義姉ができました
エド視点。
王座を奪え――
母親にはそう言われ続けて来た。生まれてからずっと。きっと言葉がわかる前からそうやって話しかけてきたんだろう。
うんざりだった。
そう言われることにも国王以外に擦り寄る醜い母親自体も。
その周囲で自分に媚びへつらい世辞ばかり言ってくる輩も。
でも、冷めきった気持ちを持ちつつも、その状況を打開できない自分に一番苛立っていた。
少しでも冷めた態度や反抗的な気持ちが表に出ると、母親は容赦なく暴力をふるった。
なんでも僕は産みたくて産んだわけじゃないそうだ。
それならこっちだって生まれたくて生まれたんじゃない。よりにもよってこんな母親のもとに。
暴力を回避するために次第に表情を隠すよう俯きがちになり、あまり積極的に口を開かなくなった。
国王である父は優しかったが、それでも母親の手前、主立って何かをしてくれることもない。思えば父なりに僕を奮闘させて育てようとしたのかもしれない。
そんな鬱々とした毎日が変わる予感がしたのはあの日。
虫の居所が悪かったらしい母親に八つ当たりをされ、小さな庭園に逃げてきた時、そこには先客がいた。
「…寝てる…?」
4,5歳年上だろうか。長いすに腰掛た女性は、まぶたを閉じ、規則的に肩が上下させている。
長いまつげが月明かりで顔に影を作り、小さな作りの口は化粧もしていないのに色づいて…
キレイなひとだな…
眠っている女性の傍に行くのもどうかと思ったがもう少し見ていたくて隣に腰掛けた。
暫く眺めているうちに、どうやら眠ってしまったらしい。
隣で身じろぎしたはずみでふと気づき、目を開ける。
女性が戸惑うようにこちらを眺めていた。そのエメラルドのような瞳と目が合った瞬間、胸がざわついた。
けれど。
なでなで。
何故か頭を撫でられた。
とっても楽しそうにしているので何もいえない。
「………」
「ああ~きゃわいい~癒される~」
少し高いはずんだような声が耳をくすぐって、一気に恥ずかしくなった。
「あの…」
「はっ!ご、ごめんね!痛かった??」
「いいえ…僕の方こそ、勝手に寄りかかって眠ってしまってごめんなさい…」
痛くなかったしむしろもう少し撫でられていたかった気もする。
自分が来たことで僕の邪魔をしたと思ったようで、謝られた。
はは、と快活に笑った顔がまぶしい。
おかしい。一体自分はどうしたんだ?
こんな見ず知らずの女性と何故気軽に語り合っているんだろう。
お詫びだと言って、女性は噴水の傍に行ってしまった。
隣の体温がなくなって少し寂しいような気がして、さらに戸惑う。
そんなことを考えているうちに、滝のように噴射し始めた噴水にキレイな虹が現れた。
「すごい…」思わずつぶやくと、月の光で出来る虹で見た人には幸せが訪れるんだ、と、そう言って女性は微笑んだ。
月明かりと月虹の中で笑うその姿は幻想的ですらあり―――とても美しかった。
自分も何かをあげたい、と思った。こんなこと初めてだ。
小さなお花くらいしか出すことができなかったのが悔しい。でも女性が褒めてくれたから、嬉しくなってその花を髪につけた。
そのときに触れた髪がさらさらでどぎまぎしてしまったけど、目の前で花が綻ぶような笑顔を見せられ、つられて笑った。
しかし、腕の傷を見られてしまった。
さっと腕を隠して適当に誤魔化す。
この人には、自分が情けないのを知られたくない。
そうして俯いていたら、そっと抱き寄せられた。
誰にもそんなことをされたことがなかったのでどうしていいかわからず固まっていると、ポンポンと背中を叩かれふわっと優しい風で包み込まれる。
ほのかに漂う石鹸の香りに頭がくらくらして、何も考えられなくなる…自然と力が抜けた。
誰かの腕の中とはこんなにも安心できるものだったのか。
気がついたら、無用心にも涙がこぼれていた。
女性はしばらく抱きしめてくれた。
落ち着いたら恥ずかしさがこみ上げてきたけど、そんなことよりも今この人の名前を聞かないと次はいつ会えるかわからない。
絶対後悔する。そう思って先に名乗ると、女性も名乗った。
ティアっていうのか…
去り際に またね、と言ってもらえたのが死ぬほど嬉しかったのは誰にも秘密だ。
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毎晩ティアさんに会いたくて庭園に通った。
ティアさんは、毎日待ってくれていた。
身分を明かすとこうして会うこともできなくなるかもしれないのでそれを隠しつつ、2人で色々な話をした。
自分が話したことに目を丸くしたり笑ったりするティアさんを見ているのが、
生まれてきて一番幸せな時間だった。
この時間は、月虹がくれたのかもしれない。
そうして充実した日々を過ごしていたのだけれど、ある日突然父から呼び出しがかかった。
以前から存在が噂されていた義姉が城に戻ってきたのだと騎士団の第一部隊隊長が教えてくれた。
…面倒だな。これでまたあの女―母親が煩くなりそうだ。
そう思って出向いた先で待っていたのは…なんと、ティアさんだったのだ。
ティアさんが、義姉?
何故だか複雑な気分だ。
でもティアさんがとても喜んでくれたので、よしとする。
「姉上」
そう呼ぶと、これ以上ないくらい愛でられた。…これも悪くない。そう呼ぼう。
そんな幸福な時間を、あの女がぶち破った。
バンッ!!と乱暴に開かれた扉の前に立っていたのは、間違いなく母親である側妃だ。
わめきたてた後、僕を連れて行こうと近寄ってくる。
すっとその間に割り込んだのは…姉上。
バシィッ!!
凄い音がした。
頬から血が滴るのも気にせずに「あなた様にこそ躾が必要に感じます」
冷たく笑う姉上は凄味があり美しい。
「あれが側妃?猪の間違いじゃない?」
その呟きにニヤリとしてしまったが、振り返った顔の傷を見て真っ青になった。
姉上が治療師のところに連れて行かれた後、宰相が話しかけてくる。
「…殿下、大丈夫ですか?」
「…私は問題ない。ただ…姉上のことが心配だ。」
いつもよりしっかりしたその言葉に驚いたように目を瞠り、しかし、宰相は満足げにうなずいた。
護られてばかりでは嫌だ。僕が護りたい。
心に小さな火が灯った。
義姉を褒めちぎる義弟。
大好きすぎだろ…