再会
ようやくここまできました…
いい時間になったので、王宮の隠し通路へと向かう。
暗くて私にはどこが入り口かよくわからなかったけど、案内されるがままに身をかがませると、中は細い階段になっていて、そのまま上へとのぼっていく。
壁に手をつき時折息をととのえながら、
少しずつ階段を上がる度に心が重くなっていく。
国王に会って、王族としてしゃしゃりでるな、とかなら言われてもなんとも思わない。
でも、母を護りきれなかったことを責められたら、きっと自分は返せない。
そんなことを考えていたら、いつの間にか目的の場所についたようだ。
階段が突き当たったところからかすかに光が漏れていた。
「姫様。お心の準備は宜しいですか?」
先を歩いていたロードさんが、階段の上から私に静かに尋ねる。
「……はい」
どちらかと言えば会いたくないかもと思っていたせいか少し間をおいてしまったが、ゆるく頷いた。
静かに壁をノックする。
すると、向こう側から壁を動かしてちょうど一人が通れるくらいになった。
そこから一人の男性が顔を覗かせる。
「…どうぞ」
私達を室内に招き入れた男性は
長い銀髪を後ろで一纏めにしていて中世的な美しさなのだが、その顔は完璧なまでの無表情。
部屋に入った私の姿を見る目にも感情の色は伺えない。
「お初にお目にかかります。ティア・ウィリアム・セレスティナ姫。
私は、オーウェン・ラチナス。恐れながらこの国で宰相の地位を賜っております。」
以後お見知りおきを、と丁寧に深く頭を下げる。
しかし、その切れ長の目はこちらを見ているにも関わらず何もかもを見ているようでも何も写していないようでもある。
「こちらこそよろしくお願いします。すでに国では厄介な存在でしょうに寛大なお心でお招きくださったこと、感謝いたします。」
そう言って私も頭を下げると、一瞬だけ驚いたように切れ長の目を見開いたが、
すぐに戻ってしまった。
「…では、国王陛下のもとへご案内します。こちらへ。ロード殿、フィリス殿も共に来るようにと。」
「かしこまりました」
「はっ」
2人が畏まっているところ初めて見たかも…城に戻る際に騎士服を着たせいもあってかより凛々しく見える。
そんなことを感じている間に、小さな扉の前までやってきた。
「姫様、こちらは王のプライベートな謁見の間になります。城内もすでに他のものは出払っておりますのでゆっくりとお話なさってください。」
この扉の向こうに国王陛下…父がいる。
足がすくんでしまって思わず横を見ると、フィリスさんと目が合った。
青い瞳を見ていると少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
…よし。
私がうなずくと、オーウェンさんはドアをノックして、返答を待ってから扉をゆっくりと開いた。
「失礼致します。」
中には、大きめのソファにゆったりと腰掛ける男性がいた。
――この人が。
私が生まれたのが国王陛下が20代後半の時だったって言ってたから、もういい歳のはずだ。
しかし、目の前の男性は年齢を全く感じさせない精悍な顔つきで、短めだが後ろに流している髪の色は私と同じ琥珀色。
その男性は立ち上がりこちらに歩み寄ってくる。
「カレン……!?…いや、ティア、だな?」
急に出てきた母の名前にビクリと身を震わせてしまい、それを誤魔化すように頭を下げた。
「国王陛下、本日は、お招き頂きありがとうございます。ティア・ウィリアムス…です。」
セレスティナ、という王族としての名前まであるのは最近まで知らなかったし
使っていいのかもわからないので省略しておく。
私の態度を見てか国王陛下は少しだけ辛そうに顔をゆがめたけど、
「そう堅苦しくならずとも良い。家族なのだから…ティア。」
そう言った顔が本当に優しくて、まるで母に笑いかけられているようで――
目の奥が熱くなった。
「顔を見せておくれ、ティア。」
涙がこぼれていないことを確認して勢いよく顔をあげると、そこには涙に濡れた顔を隠しもせず笑う父がいた。
「本当に…もう会えないかと……私とカレンの宝…生きていて良かった。無事でいてくれて、心から嬉しく思う。
ティア……ありがとう。」
一人になってから、一度も泣いたことなんてなかったのに。
私の目からも大粒の涙が零れ落ちていた。
この人に、言わなくてはいけない。
「わ、わたし、は、母を、護ることが、できませんでした。
ほんとうに、申しわけ、な…っ」
つかえてうまく喋れない私の言葉を遮って、国王陛下が私を優しく抱き寄せた。
「ティア、断じてお前のせいではない。だから気に病むことはない。…大丈夫だ」
そっと抱きしめられ、背中をポンポンとされる。
旅の最中に怖いことがあるとよく泣いていた私を母はそうやって慰めてくれた。
母とこの人は、きっといい夫婦だったんだな…
頭のどこか片隅でそんなことを思いながら、温もりに包まれていた。
どれくらいそうしていただろうか。
国王陛下が口を開く。
「ティア…よければ、またこの私を父と、呼んではくれないか?
君が王族として生きていくのに抵抗があれば、公にしなくても構わない。」
久しぶりに思い切り泣いたら、頭の中まですっきりした。
だから、今感じだことを真っ直ぐ目を見て口にする。
「…母は、自分が王妃だということは私に話さなかったけれど、
この国がいかに豊かな国か、自分がどれだけ愛しているか、教えてくれました。
あなたがとても私達を愛してくれていることも。
そして、ここに来るまでに実際に母がやってきたことの一部に触れて
それを実感しました。」
始めは、突然姫って言われても困ります!って思ってた。
とにかく、一言言ってやろうくらいの気持ちで出発した。
でも、今は。
ここで一呼吸おき、大事なことを告げる。
「私は、できるなら、母とあなたが護ってきたこの国を一緒に育てるために少しでもお役に立ちたい、と思っています。
………お父様。」
少し照れながら最後の一言を付け加えたとき、
目の前にいる父は破顔した。
読んでいただきありがとうございます。
なかなか恋愛系の話に持っていけないですが、そろそろ入れていけるはず…!




