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82:カチプトの攻防

夏休みまであと1週間を切った日。荒金靖樹ら4人は

ゲーム内にまだ囚われているゴブリンのプレイヤーを説得する為、

彼が元居たと思われる秋葉原の「A・フォース」というギルドへと潜入。

幹部ら三名から在籍していた人間の情報を得た。

そしてそこから彼が現実へと戻りたがらない理由を突き止め、

説得の為の材料を持って再びカチプトを訪れる―――

(文字数:12461)

「んん……」


テントの中で靖樹は”ラクォーツ”となって目を覚ました。

現実世界では午後4時を過ぎた頃だが、ファシテイトの中は朝になり始めたぐらいの時間帯といった所だろうか。

テントの入り口から朝日が差し込み、眩しい。


「あ、あれは……!」


テントから出るなり、グンバは目を見開いた。

雪が積もった森の向こう側。

うっすらと遠くに見えるカチプトの街から、”黒煙”が上がっているのだ見えたからだ。

急いでセイグンタ達を起こし、テントの外に連れ出した。


「な、なんだありゃ……!? 人間側の攻撃がもう到達したのか?」


「わからないだ……と、とにかく、行ってみるだよ!」


4人は不安をよそに、ひとまずカチプトの付近まで近づいた。

街を囲っている城壁の周りには、戦闘が行われたらしい形跡はなかった。


「死体も戦った後も……ないな。近くまで人が攻めてきたって訳じゃないのか?」


「注意して入るだよ。あんな煙が上がってるなんて……ただ事じゃない」


ラク達はキャラクター・チェンジのコマンドを使用し、

それぞれオーク、スケルトン、スライムの姿となった。

そしてコボルトのルゥリと共に、カチプトの門から中へと入った。

門を通り抜ける間際、グンバは言った。


「と、入る前に。先に一つだけ言っておくだけんど……キッチェ、ルゥリの二人は”本当に危なくなったら、独断でもいいから逃げる事”。これだけは約束して欲しいだ」


「えっ?」


「それは……どういう事でしょうか? 危険になったら、みんなで逃げるんじゃ?」


グンバは戦いの予感を感じているのか、掌を握り込みながらそれを見ていた。

そして視線を動かさずに、二人に言った。


「これがら、あのゴブリンのルダントと話すだ。A・フォースの事を話して、カチプトの占有を放棄してもらうように説得するつもりだけんども……これは、正直、失敗する確率がかなり高いだ」


「どうして? 何で失敗する可能性のほうが高いの? だって元居たギルドの奴らに、ちゃんと理由を聞いて、それで戻ってきて貰うために、動画だって用意したんでしょ?」


ルダント、もとい”アギレイ・ウー”が現実世界へと帰りたくないのはファシテイトにおける彼の”居場所”であったA・フォースのギルドに居場所が無くなってしまった事が原因だった。

ゲーマーであろう彼の人生の殆どが賭けられていたといってもいいギルドが彼を拒絶したのは、まさに心の拠り所が無くなったに等しかったのだろう。

新しく別の居場所を探せばいい、と言えば簡単だが、他で代替できないような居場所も人にはある。

グンバにはその気持ちがよくわかった。


「これは……”即席の手”なんだぁ。帰る場所……つまりA・フォースが、まだウーの帰りを待ってるから、戻ってきて欲しい。ギルド員もウーを追放しだのは、勘違いからだった」


気持ちとは、そんな簡単に切り替えられるものではない。

失ったもの、変わってしまった事が本人にとって大きければ大きいほど、

なかなかスイッチは切り替えられないものだ。


「だから、捨て鉢になっている必要は無いだ、ってのが説得の材料だけんど、これだけじゃあ自暴自棄になった人間を説得するには……たぶん弱いだ」


「多分弱い……って。じゃあ、ダメだったらどうするの? 別の手を探すの?」


「いや時間が無さ過ぎるだよ。これ以上は伸ばせないだ。それに……ウーの母ちゃんに連絡を取ってたりしたら、いつになるかわからない。時間的にも、タイミング的にも、多分、いまこの時しかない。ここで、賭けるしかないだ」


「あの、せ、説得できなかった……どうなるんでしょうか」


「オラは見捨てるつもりは無いだ。最後まで説得はしてみるつもりだぁ。でんも……ルダントが説得にはもう応じない可能性も高いだ。逃げ損ねる可能性も高い」


「……だから独断でもいいから逃げろ、ってわけね」


キッチェが言うと、デアルガが言う。


「グンバとオレはまぁ、逃げるのには慣れてるが、お前ら二人は確かに心配っちゃ心配だからなァ」


「女だからって甘く見ないでよね。逃げ足だったらあたしだって中々のモンよ?」


カチプトの門を抜けようとすると、突然―――赤色の虎のようなモンスターが4人の前に現れた。


「ひえぇっ!! な、何こいつ!?」


スライムの身体をプルプルさせながら、キッチェは思わず後ろに下がる。

虎のモンスターは、赤い身体から僅かに炎が立ち上っており、周囲にある雪を溶かしながらそこに居た。

相当に強そうなモンスターだ。

デアルガとグンバが前に出て、武器に手をかけ、構える。


「C-の”コークスタイガー”だぁな。前に入ろうとした時には居なかったけんど……」


コークスタイガーはしばらくグンバたちを見ていたが、こちらがモンスターである事を確認すると不機嫌そうに街の中へと引っ込んだ。


「やっぱりただ事じゃないな。前と違ってピリピリしてやがる。それにあいつ……ミドル・ボス級の奴だ。ああいうのは前線に配置されてるはずだぜ」


「急ぎましょ!」


4人は駆け足になり、街の中へと入っていった。



騒ぎの中心へと走っていくと、やがてカチプトの役所前へとたどり着いた。

ゴブリン達が集まっていた役所の前には、今は大勢のゴブリンたちが傷ついた姿でおり、所々で治療を受けていた。

まるでここだけ野戦病院にでもなったかのようだ。


「な、なにがあったんだか?」


「お、前たちは……」


役所の方まで行こうとすると、真っ赤な姿のホブゴブリンに呼び止められた。

最初にカチプトにやってきた時、世話になった”ヌラノラ”だ。


「お前ヌラノラ、だったか? どうしたんだ。ボロボロじゃねぇか」


最初にルダントの現実世界での名前を調べようとした時、倉庫にて彼からルダントが「アギレイ・ウー」と名乗っていた、と聞いた。

あの時は倉庫の防衛をやっているとかで、つまらなさそうにしていたが、今は満身創痍といった感じで、赤い身体には、身体の色と微妙に違う液体がべっとりとついていた。


「ひどい怪我だぁ……どしたんだか?」


「どうしたも何も、いきなり街の中に人間が入ってきやがって……残ってた奴らで討ち取ったんだ。お前らは居なかったのか?」


「お、オラたちはちょっと用事で外に行ってただ。人間が出た、って……ここにどうして入って来れただ?」


グンバが訊ねる。

人間、つまり現実のプレイヤーは確かに北海道のエリアのひとつ「カチプト」を奪い返そうと今も攻勢を強めている。

しかし、まだ北海道の西側。札幌方面のほうでボス格モンスター達と戦っているので、こちらまではやってこれないはずだ。

いきなりこちら側へとやってきたのだろうか?


「わからん。いきなり街中に出てきて、何人もやられた。かなり強い奴だった……」


(移動系の魔法か何かを使っただが……? いや。そういうのは基本、個人では使えないはずだぁ)


街や国を越えて移動する魔法……というとゲームではメジャーなものだが、ファシテイトにそういうものは基本的には存在しない。

街をつなぐワープ・ゲートがある事と、国を跨いで移動するのは国ごとの法律の違いなどから、許可されていないからだ。

必ずワープする場合は街を経由する、もしくは国ごとの入場用の場所を経由する必要がある。

徒歩なら自由に行き来することは可能だが、札幌方面からここまでは距離がありすぎる。


「見た目はどんなのだ?」


デアルガが訊ねる。

するとヌラノラは、片手に持っていたボロ布の切れ端を見せて言った。


「こんな黒い布切れみたいなものを全身に巻いてた。かなり素早かった……たぶん、あれは”盗賊”って奴じゃないか」


「これは……」


グンバは布切れをヌラノラから借りて、触り心地などを確かめた。

やけに軽いその布は、多少擦った程度では全く音がしない。

摩擦に非常に強い素材で出来ており、しなやかな材質で出来ている。


「なにそれ?」


「”忍装束”だぁ……」


「ニンジャか暗殺者アサシンの装備か。こりゃ本格的にここを攻撃しにきたって事だな」


ヌラノラが訊ねる。


「何なんだそいつら?」


「闇夜に紛れて敵を暗殺する、忍者みたいなのさ。盗賊よりも遥かに戦うのが得意で危険な奴らだ」


「こいつ、倒したらどうなっただ?」


グンバはヌラノラに、倒された人間のプレイヤーはどうなったのかを訊ねた。


「俺が倒したが……光の粒みたいになって消えちまったよ。死体を調べたかったが、出来なかった」


「って事はもしかしで、あの戦法を取り始めたんじゃ……!」


グンバは急に焦った様子になり、役所の中へと急いでいった。

グンバが言った言葉の意味を、キッチェとルゥリは理解できなかった。

ヌラノラも同じく、何を言っているのかと呆然としていたが、デアルガは少し考えた後に、急に閃いたように言った。


「もしや……そういう事か? いや、十分あり得るな。相手が相手だ」


役所の中へと入ると、戦闘で傷ついたのだろう、かなりの数のゴブリンが運び込まれて手当てを受けていた。

外に居る者よりも、怪我が酷いものが多いように見える。

ゴブリンだけでなく、他のモンスター達の姿もちらほら居た。

その中を駆け抜け、市長室の扉を開ける。


「これからどうするンダ! 市長!」


「犠牲者が相当出てしまった。人間があんな技を使えるとは聞いてない」


「いきなり街中に現れたら、巨人たちもお手上げじゃナイカ!」


「……」


市長室には、貴金属や美しい布で着飾った位の高そうなゴブリンが多数詰め掛けており、その奥には目を瞑って、黙って抗議を受けているルダントの姿があった。

街に居たゴブリンたちの文句が終わると、ルダントの傍に居た秘書らしいゴブリンが、彼の代わりに言った。


「とにかく、防衛の担当者の数を増ヤス。ここは一度、自分の顔に免じて収めてくれんカ」


秘書らしいゴブリンが必死に場を収めると、しばらくして詰め掛けていたゴブリン達はその場を後にして戻っていった。

不満そうなその表情は、納得はしていないという感じだった。

ゴブリン達が居なくなると、秘書のゴブリンが言う。


「ルダント様。今回は何とかなりましたガ、根本的な対策を取らないと、どうにもなりませんゾ」


「わかってるダニ……」


「おや、客人ですカ。あなた方は? 確か少し前に来られた方と似ていますガ」


秘書らしいゴブリンの言われ、グンバは言った。


「その通りだぁ。少し前にお邪魔したグンバだよ」


「今日は何用デ?」


「……ルダントとオラ達で話したい事があるだ。悪いけんど、席を外してもらっていいだか?」


秘書のゴブリンはそう言われ、一瞬眉間に皺を寄せた。

いきなりやってきて、邪魔だから出て行け、と言われては気分を悪くするのも無理はない。

黙ったまま秘書はルダントに目配せをした。

「どうするのか」と無言で問いかけているようだった。


「……ジャビーノ。ちょっと席を外すダニ。危険な奴らじゃないから、心配は要らないダニ」


「承知しましタ。では30分ほど人払いをしておきマス。この後は、防衛についての会議がありマスカラ、あまり猶予は無い事を念頭に置いておいて下サイ」


「ああ、わかってるダニ」


俯いたまま、ルダントが言うと秘書のゴブリン「ジャビーノ」は「では」と短く挨拶をして部屋を出た。

そして外から鍵をかけた。誰も入れないようにする為だろう。

グンバ達4名と、ルダントだけの状態になると、ルダントは口を開いた。


「それで? 何の用ダニ? オイラは今忙しいダニ。そんなに時間は取れないダニ」


「オラ達は……”交渉と提案”のために来ただ」


「交渉と提案……どういう事ダニ? もっとうまい汁を吸わせろ、って事ダニ? ってかそもそもお前たちはどっち側ダニ?」


「オラ達はどっち側でもないだ。強いて言うなら事を穏便に済ませたいだけの第三者ってとこだぁ」


「ふ~ん……それで? 結局、オイラに何をやれって話ダニ?」


「ルダント……いや、アギレイ・ウー。ゴブリン達と、そして他のモンスター達をここから退去させてほしいだ」


「ダニ? マジで言ってるダニ?」


ルダントは呆れたように笑った。

「何を言ってるのだろうかこいつは」とでも言いたげだ。

グンバはそのまま続けて言う。


「アンダが指揮官なんだがら、そういう事は可能なはずだぁ。街からモンスターを引き上げさせる。そうすれば……この騒動は収束するし、オラ達も最初に言ったように、アンダが元の状態に戻れる手伝いをするだ。現実にも、元の人間のキャラにも、戻れるように」


「ハッ、馬鹿げてる話ダニ。その話は一度断ったダニ」


「現実にはもう未練がないって訳だか?」


「……オイラはもう、ここで生きてここで死ぬダニ。もっとも、死ぬつもりなんて毛頭無いダニ! ここでモンスターの国を作って、オイラの帝国を作るダニ。今度こそ、誰にも邪魔されない、本当のオイラの国を!」


(……”今度こそ”か)


グンバはここで確信した。

彼が現実に戻りたがらない理由は、やはり居場所が無くなってしまったからだ、という事に。

面白い事を現実世界で見つける事が出来ず、きっと友達もそんな居るわけでもなく。

ファシテイトの中に、彼はきっと自分の居場所を見出していた。

そしてそれがなくなったから、どうしていいかわからずにモンスター化した後はそちらに傾倒するようになってしまい、いっその事こっち側でモンスターの王にでもなってしまおう、と。


「それは……アンダの古巣の奴らの事も、もう要らないって事でいいんだか?」


「?……それはどういう意味ダニ」


「これを見て欲しいだ」


グンバは、目の前に仮想ウィンドウを出して、それをルダントに見せた。

そして動画を再生し始めた。



「な、何ダニ。これは……?」


映し出された動画には、正座をしている魏蘭の姿があった。

彼は、土下座とまでは行かないものの両手を膝に着け、地面に顔をつけてしまいそうなぐらいに頭を下げた。


「言葉が通じないと思うから、訳すだ」


深く頭をしばらく下げると、ゆっくりと今度は上げ、彼は話し始めた。


「えー、閣下。聞こえておりますか。私はA・フォースの魏蘭。あなたの指揮の下で戦っておりました頑零寺です」


少しだけ遅れながら、グンバが翻訳して話していく。

時折、オーク特有の鼻言葉が混ざってしまうが、グンバは舌をうまく回し、可能な限り標準語のように喋っていった。


「この動画は……ここを訪れた、閣下を見つけたプレイヤーなる者に、閣下を説得する為に必要だから、と請われ撮影しております。自分は反対いたしましたが、他2名がどうしても、と言うので」


「魏蘭……」


ルダントは先程の悪態をついていた表情から、打って変わったように生気が抜けたような顔になって、動画を見ていた。

魏蘭の姿が映し出されると、カメラが少し引き、両隣に同じように正座をしているディズプとダパルケットの姿が映った。


「ディズプに、ダパル……どうしたんダニ?」


「総帥。見ておられるでござるか? 拙者らは今、総帥がどのようになっているか。判らぬ故、御身を案じる事のみをお伝えする事しかできないでござるが……一つだけ。拙者らは謝らなくてはならないでござる」


「謝る……? どういう事ダニ?」


「それは、総帥が追放となったあの日の会議のことでござる。あの時拙者らは総帥ではなく……我門に票を入れたでござる。それは、拙者らの意思でござった。しかし、拙者らは我門らを認めたわけではござらぬ! 拙者らは、騙されていたのでござる……」


魏蘭が続けて言う。


「そう。あの時、我々は我門と取引をしたのです。一度、あなたを副リーダーに降格する。そしてその時にあなたの人望が足りなかった。姿も見せないリーダーには全ては任せられない。そう行ってあなたを一度、ここへと現れるようにするように説得する。その芝居を打つ手伝いをして欲しい、と……」


魏蘭が言うと、ルダントは双眸を僅かに広げた。

そして視線を下へと下げた。

ダパルケットが続けて言った。


「拙者らは、総帥にまだ一度も会った事がござらぬ。拙者らはそれでもよいと思っていたでござるが……一度会ってみたかった事も事実だったでござる。だからこそ、あの時の我門の口車につい乗ってしまい申した。さすれば、一度ここへ主要なメンバーが全員集まることが出来る、と……」


ダパルケットは数拍置いて言った。


「しかし、乗った結果は総帥の知る所でござる。我門は……とんでもなく狡猾な簒奪者であったでござる。彼奴は我らの居場所であったギルドを、踏み台程度にしか見ていなかったのでござる……」


そこまでを言うと、ダパルケットは再度頭を下げて言った。


「本来なら謝罪の言葉も無いでござるが……総帥。ごめんでござる!! どうか、これを聞いているならば、帰ってきて欲しいでござる!!」


ダパルケットが両手を地面につけ、土下座をするとディズプが言った。


「首領、首領。帰ってきて、欲しい。おれたち、おれたちのA・フォース。もうなくなりそうになってる。みんな、みんな居なくなってしまった……でも、首領が戻ってきてくれれば……いや、近いうちに、近いうちにおれたちの手で絶対に取り返す。だから、戻ってきて欲しい」


ディズプも頭を下げた。

倒れたような、ただただ無様な土下座。

しかしその姿からは悲壮感からは、申し訳なさそうな気持ちが態度として滲み出ていた。

最後に、魏蘭が言った。


「フィサトもバリサダも、もうここには居りません。”俺の居場所は壊れてしまった”と言って去っていきました。我門は我らを煙たがっております。このままでは近いうちに我らもここを去ることになりましょう。ですが……」


魏蘭は握りこぶしを前へと出し、語気を強めて言った。


「閣下が帰ってくれば、話は全く違うはずです。仮にもうマスターとして収まる気が無くとも、私はもう一度あなたと共に戦いたい。だから……気が向いたらで構いません。ここに一度立ち寄って下さい。我らの登録データ自体は、ここに長く残るはずです。連絡を下されば、すぐに駆けつけます」


魏蘭は最後に”それでは”と一言だけ言った。

動画はそこまでだった。


「……」


ルダントは黙ったまま、俯いていた。

何かを考えているのか、それともモンスターとして自分の国を作る、という意思が揺らいでいるのか。それはわからない。

だがグンバは、彼の様子を見るにこの動画を撮った事は少なくとも無駄ではないと感じた。

何か声を掛けようとしていると、デアルガが言った。


「お前には、帰る場所があるはずだ。そこに戻らなくていいのか? 本当にこの辺のモンスターの親玉としてこのゲームの中で死ぬつもりなのか?」


心配してルゥリもキッチェも言った。


「帰りましょう。今ならまだ、ここを放棄すれば逃げ出せます!」


「そうそう。命なんて賭けても、いい事なんてないわよ? あたしら何度か賭けてるから、その辺よくわかってんだから」


しばらくルダントは目を瞑って考え込んでいたが椅子から立ち上がると言った。


「よく……撮った来たものダニ。感心したダニ。お前たちは……オイラがどこの誰かって調べただけではなく、そこで起きた事をこの短い間で調べてきたって事ダニ」


「ああそうさ。苦労したぜ」


「でも……オイラはもう戻る気はないダニ」


ルダントが申し訳無さそうに言うと、キッチェが言った。


「どうして!? あんた、ゲームの中の住人にでもなりたいっての!?」


「違うダニ……正直に言えば、戻りたいダニ。モンスターのこの状態から戻れるって話も、本音を言えば乗りたいダニ。オイラはゲームは好きだけど、魂まで全部ゲームに売りたいとか、そういうのじゃないダニ」


「って事は……”責任”のためって事だか?」


「えっ……?」


ルゥリが訊ねると、デアルガが言った。

ルダントは黙っていたが、逆にそれが肯定の表れにもなっていた。


「なるほど。少なからずモンスターを自分のためにこれだけ動員しちまったから、今更自分の都合で帰る、なんてできねェ、と?」


「……そういう事ダニ。これだけ大事になってる以上、オイラだけの都合でゴブリン達もモンスター達も、もう動かせないダニ。かといってオイラだけ逃げるのも……それは出来ない相談ダニ。第一、今戦争を止めると、きっとジャーバスが激怒するダニ」


「ジャーバスって、あのタイタンだか?」


「ダニ。あいつは北海道の奥地で暮らしてる巨人族の中でも、郡を抜いて強い巨人ダニ。オイラは、あいつと仲良くなったから今回の戦いを思いついたダニ」


タイタンとは、巨人族の種族を指す。

巨人自体は余り人前に出てこないモンスターだが、その種類は多様でD++の「ギガース」やC--の「サイクロプス」そしてC-の「ジャイアント」などはイベントバトルでも時折出てくる。

その強さは中堅の実力派のファシテイトプレイヤー達でも苦戦するレベルで、基本的には一人で戦う事は想定されていないボス格モンスターとなる。

なにせギガース1体でも、この前のルサーラの町で戦ったあのレベルなのだ。

もっとも、あれは鎧で武装しており、戦闘の訓練も受けていたので二周りほどは厄介な存在だったが。


「しかし、タイタンがなんで街を攻撃するのに手を貸す気になったんだ? あいつら滅多な事じゃ山から降りてこねぇだろ」


巨人タイプのモンスターは、人前に出てくる事は中々無い。

それは彼らの住む世界が極めて厳しい規律によって成り立つ、いわゆる「封建的」な社会であり、その長が基本的には人間の町付近へ降りる事を禁じている為である。

だからタイタンのような上級の巨人族は、山奥まで行かないとその姿を見る事は出来ない。


「なんでも街の中央にある”ポーションの湧き出る井戸”がどうしても欲しかったとか言ってたダニ。だから人間の町を攻める機会を伺っていた、とか」


「ポーションの湧き出る井戸? もしかして”聖なる井戸”の事か?」


グンバはそれを聞いて掌に拳を落とした。


「なるほど! そういえばここ、北海道だから寒冷地帯なんだぁな。薬草とかも山にはあんまり生えてないがら……」


「ああ……そういう事か。薬の材料が欲しかったわけか」


実際の北海道は草木も生えない冬の国……というわけではないが、ファシテイトの中の北海道、つまり寒冷地帯は基本的には雪が降り積もる景色が続いている。

そこには枯れ木ばかりで中々植物らしい植物が生えず、夏の間ほんの僅かに葉を持つ植物が顔を覗かせる程度だ。

だから薬草をはじめとした植物アイテムを集めるのには向いていない。

巨人達はどうやらポーションの蓄えが欲しく、人間の町を襲う気になったようだった。


「井戸から薬が湧き出たりするの?」とキッチェが訊ねる。


「薬そのものじゃなく、正確にはその原料になる水だ。ポーションってのは植物や一部の金属を溶かし込んだりして作るんだが、その元になる水がどういうものか、ってので作れるものが違ってくる」


「どういう事?」


「例えばだが……汚れた水をもし薬にするとしたら、まず綺麗にしないといけないだろ?それから材料をいくつか混ぜなきゃいけない。でも、だ。もし材料がある程度、最初から混ざってて、かつ綺麗な水が手に入ったら、メチャクチャ簡単に薬が作れるだろ?」


「あー……そういう事なのね」


「ここのその”聖なる井戸”って、その成分がはじめから入っているんですね」


納得した様子でルゥリが言った。


「んだ。確かここは、地下で薬草を栽培してる場所だぁ。で、そこから成分が漏れ出してて、後は例えば鉄粉を加えるだけで、しばらく防御力が上がる薬を作ったり出来るだ」


「便利ですね……それは」


「おまけに酒なんかも作りやすい。確かに、そりゃ欲しがるだろうな」


非常に薬や酒などを作りやすい井戸。

巨人達はどうやら山では入手しにくい、その原料を欲しがっていたらしい。


「しかし、となると説得は難しいだな」


「だろうな。井戸が欲しかったって事は、ただのアイテムじゃなく、ここの”土地が欲しかった”って事だ。説得にゃまず応じねーだろうな」


「ダニ。だから……もう少し戦況を見てから、話は切り出すつもりダニ」


「そんな時間は無いだよ! お前も、わかってるだぁ!」


グンバは机を叩いて言った。

どことなく、慌てているようにも見えた。

キッチェは何故そこまで焦っているのか、訊ねた。


「ねぇ、なんでそんな急いでんのよ? タイタンってのが心変わりするのを待ってもいいんじゃないの?」


「良くないだよ。だって……”決死隊”まで使ってきたって事は、下手すると今夜一気に仕掛けてくるかもしれないだ!」


「えっ……!?」


キッチェはルダントの方を見た。

俯いているのでわかりにくかったが、彼の表情は曇っていた。

眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰しているような表情でいる。

どうやら今の状況が酷くまずい事は、彼にもわかっていたようだった。


「決死隊って……どういう事?」


「簡単な話だぁ。まんず、ファシテイトはゲームだぁな」


「うん。それはそうだけど」


「で、オラ達は今、死んだら一巻のおしまい……かもしれねぇけんども、普通にプレイしている分には、ゲーム中で死んでもペナルティがあるだけ。つまり”捨て身で敵地に特攻”する事が可能なんだぁよ」


「えっ、それって……もしかして!」


死んでも問題ないならば、捨て身で攻撃をする事も低リスクで行える。

これがどういう事を意味するのか?

つまりは死亡覚悟で、相手の陣の奥へと突っ込む事が出来る。

そして―――”様々な情報”を手にする事が出来るのだ。


「そうだ。つまりもう前線からここまでの防衛モンスターの配置、それにこの街の戦力の把握がされちまった、と考えていいだろうな」


デアルガが確信したように言った。


「これで”全力でどこまでブッパ”すればいいかバレちまったって訳だ。グンバの今日の夜にも総攻撃が来るってのは、あながち間違っちゃいねェ。メチャクチャ危険な状態だと思うぜ。確かに」


「……じゃ、じゃあどうすんの!?」


皆でルダントを見た。

常識的に考えるなら、逃げる方がいい。そこは彼の決定次第だ。

だが、彼は首を横に振った。


「オイラは……一人だけで出て行くなんて事はできんダニ。オマイラはもう出て行くダニ。これはオイラの責任ダニ」


「でも……」


ルゥリが引きとめようとしたが、ルダントは答えを変えなかった。

そして、その後に全員で彼を説得しようとしたが、頑なに首を立てには振らなかった。



やがて4人はカチプトの市役所の外へと出た。

外へ出ると怪我の手当てを受けるゴブリン達は、先程よりも減っているように見えた。

治療が一段落したのだろう。

その一角の休憩所でとりあえず休む事になった。

キッチェがまず愚痴をこぼした。


「なにアイツ! せっかく人が心配してやってるのに!」


スライムの体をプルプルさせ、中心の核が飛び出さないばかりに揺れる。

相当ご機嫌ナナメのようだ。

何せもう昼前ぐらいになっている。かなり時間をかけたのに、それが徒労に終わっては、愚痴の一つも出るというものだ。


「そう言うなど。あいつは……ギルドのリーダーだった男だぁ。仲間を見捨てるのが嫌なんだぁよ。オラにも気持ちはよくわかるだ」


「しかし、あんだけ言ってもダメだったって事は……あいつ自身にいくら言っても無駄って事か」


「そうなるだぁな」


あれだけ粘り強く説得を重ねても、”ダメだ”の一点張りだったのだ。

そうなると、他に方法を探す必要が出てくる。

ここからモンスターを立ち退かせる方法を、別に考えなければならない。


「他のゴブリンさん達を全員説得しないといけないんでしょうか」


「それは無理だろ……族長だけに絞っても何十人も居るみたいだぜ。それこそ下手すりゃ一ヶ月単位で掛かるぞ」


「そんな時間はないだ。今日か明日、最悪でも明後日までにはカタがつかないど……」


時間が無い。間違いなく近いうちに総攻撃が行われる。

ギルド間の”戦争”に参加したグンバには確信があった。

今回は現実世界をも巻き込んだ大規模なものだ。

尚の事、早く勝負をつけようとしてくるはず。


「どうしたらいいんだろ? なんか一気にみんなを」

「力付くで言う事聞かせたりできないのかな」


グンバが街の中央で仁王立ちをしている巨人に目をやった。


「あんのタイタンなら、何とかなりそうだけんど……」


タイタン。それは”上級巨人族”というモンスターを代表する種族であり、原始的であったギガースとは比べ物にならない高度な能力を有する巨人である。

武器、知略を使って人間とほぼ変わらない動きをするうえに、初級ではあるものの魔法攻撃も取得している危険な相手だ。

能力はC++クラスで、本来なら数十のギルドが連合を組んで数百対一の状況に持ち込み、やっと何とか互角になるようなレベルだ。


「あいつを何とか説得できねェかな? ここに執着してるモンスターで一番強いのはどう見ても巨人族だしな。その中で一番のアイツが街を放棄するなら、たぶん皆従うはずだぜ」


「でもぞれは難しい筈だぁ。あいつは”戦士”だから、最後まで戦い抜くのを美学にしてる。きっと……戦ってその力を認めさせないと、こっちの言い分は聞かないと思うだ」


「……無理だな。そんなのはよ。勝つどころか10秒持つかどうかってレベルだ」


タイタンはそのパワーもさることながら、魔法攻撃が使えるという点が他の下級巨人族とは大きく異なる。

巨人族はどれも魔法を使うのが下手で、タイタンも初級程度の魔法しか使えないのだが、

何せ使う側が巨大なので、単純な初級魔法、例えば火の玉を打ち出す『ファイアボール』でも馬鹿でかいサイズで放たれる為、恐ろしい威力となるのだ。


「う~ん……」


確かに難しい。

とはいえ、それ以外に手は無さそうなのも事実だった。

ルダントが言っている通り、彼が指揮を執っているのは確かだが、支配まで出来ているわけではない。

あくまでも統率、代表者としているだけで、彼らに強制的に命令に従わせるような力は無いのだろう。

堅牢なように見えて、砂の上に立っている城のようなもの。

それはモンスターが国を作る、という無茶の限界でもあった。


「……」


「攻撃は、来るとしたら多分夜だな。何かやるとしたら、今から夜になるこの間がラストチャンスだぜ。多分」


考えがまとまらない。

このままいきなりタイタンに挑むべきか?

それともルダントを見捨てて逃げるべきか?

少し様子を見て、状況が変化するのを待つか。


「どうしましょうか?」


ルゥリが心細そうに訊ねた。

グンバはしばらく腕を組んで考え込んでいたが、やがて何かを思いつくと、皆に言った。


「オラはしばらく、ここで待とうと思うだ。戦いの準備をやっで」


「戦う……のか?」


「んだ。皆、これから言う物を準備して欲しいだ」


それから、グンバは”ある事”の為に動いて欲しい、と皆に頼んだ。

その頼みを聞くなり、キッチェとルゥリは驚きの声を上げた。


「えっ……!? ちょっ、あ、アンタそれマジで言ってんの!?」


「無理があります! そんなの、どう考えても……!」


二人はグンバからの提案を聞いて、”信じられない”と言った風だった。

デアルガも同じく、手を前で振りながら言った。


「いやいやいや! てめェ……正気か!?」


「これしか無いだ」


拳を握り締め、決意の表情と共にグンバは言った。


「オラが……一対一でジャーバスと戦うだ」


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