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81:ファースト・イン・ジ・アキバ(7)

夏休みまであと1週間を切った日。

荒金靖樹ら4人はゲーム内にまだ囚われているゴブリンのプレイヤーを説得する為、

彼が元居たと思われる秋葉原の「A・フォース」というギルドへと潜入した。

そして戦闘を経て、「ダパルケット」をはじめとしたA・フォースの幹部ら三名と

何とか接触する事に成功した。

靖樹らはダパルケットのプレイヤーである「祭川満蔵」をはじめとした幹部勢に、何故ここのギルドマスターが突然交代したのか、そして彼が現実へと帰りたがらない理由は何かを訊ねる―――

(文字数:9522)

ファシテイト内のタイマーは14時半ほどを差していた。

ファシテイト内での時間経過は3分の1なので実際には1時間強ほどは戦っていた事になる。

4人の戦闘は、アリカとダパルケットの二人が止めに入り中止となった。

魏蘭とディズプは不満げだったが、ダパルケットが現ギルドマスターの”我門”から告げられた事を話すと、魏蘭は激昂するように言った。


「なにッ……!? ギルドから追放だと!?」


「そうなのでござる」


魏蘭は続けて言った。

かなり憤慨している様子で、近くにあったビルの残骸を殴りつけて破壊していた。


「馬鹿な! 元から居た幹部の人間にそんなに簡単に追放宣告をするなど……」


「首領首領が、居なくなって、から、あいつあいつら、やりたい放題、だ」


二人がうんざりしたように言うと、ダパルケットは言った。


「しょうがないでござる。元々、残っていた我らは、彼奴らからすれば目の上のたんこぶ。追放する機会を今か今かと待っていたろうでござるからな」


「それじゃ、あたしらのせいで……」


アリカが申し訳無さそうに言うと、ダパルケットは掌を前に出して止めるように言った。


「いやいやいや! 貴殿らの責任ではないでござる! それにそんなに悲観する事もないでござるよ。元より、総帥の居場所がわかったと聞いた時から、こうなっても良いと覚悟して案内したのでござるからな」


ダパルケットが言うと、魏蘭とディズプの顔色が変わった。


「何!? 閣下の居場所がわかったのか!?」


「ほんと、ほんとか!?」


「左様でござる。とは言っても……今日の体験入隊の参加者である、彼女からの話でござるが」


そう言ってダパルケットはアリカを指差した。

魏蘭はそれを聞いて驚いて言った。


「なっ……! 今日来たばかりの人間の話か? そ、そんな話をお前は信じたというのか!?」


「しかししかし、魏蘭。首領が例の事件に巻き込まれて……という事は、誰も誰も、知らないはずだ。少なくともあいつらと、出てった奴らは……」


ディズプが言うと、魏蘭は「むむ」と唸ってから黙った。

どうやら何か思い当たる節があるらしい。

いい加減、要旨を聞きたくなったので、ラクは訊ねた。


「ちょっと話を先に進めちゃってるみたいだけど……事情を説明してもらってもいいか?」


「……ラクォーツと言ったな。貴公らは全員同じチームか?」


ラクが「そうだ」と言うと、魏蘭は大きな溜息を吐いてから「本当に大丈夫か?」とダパルケットら二人に訊ねた。

そしてしばらく何か相談し合った後、魏蘭は話を始めた。


「まず……君らの目的を聞こう。ギルド名もな」


「えっ。ギルド名……?」


魏蘭に訪ねられると、ラクは返答に詰まった。

この4名は……今の所どこにも所属していなかったからだ。

正確には、セイグンタが学校のギルドに所属しているが、それだけ。

実質全員がフリーのようなものだ。

それをそのまま話していいものか、と迷ったのだった。


(いや、隠してもしょうがないな)


ラクは正直にセイグンタ以外は所属無し、と答えた。


「無所属だと……?」


「ちょっと待て、待て。魏蘭、ダパル、こいつの顔。どこかで見覚えがある」


ディズプはそう言うとすぐに電子仮想パネルを開いて”賞金首リスト”を見始めた。


「見覚えがある?」


「前に前に、300万キャッシュで出てた賞金首と顔がそっくり、そっくりなんだ。でも、もう出てない……」


「ああ……そ、そっちはもう登録が消されたから出ないと思うよ」


申し訳無さそうにラクが言うと、ダパルケット達3名の視線がこちらへと向けられた。

険悪そうな雰囲気が立ち込め、魏蘭が訪ねた。


「消された? つまり一度登録されたと言う事か?」


小汚い人間に向けるような視線で言う。

無理もない事だった。

賞金首ブラックリストに登録される人間は、それなりの事をしでかした事があるという事だ。

要するに”前科者”なので、嫌悪の目を向けられるのも当然だった。


「ああ。ジャッジ・バトルで逃げ出したから、それで賞金が掛かった」


「300万がそれだけで……?」


「思い出した。出した。グランドマスターから逃げた逃げた、不届き者がいるとか少し前に噂になった」


「それが……貴公というわけか」


ラクはただ黙って頷いた。

ダパルケットが訊ねる。


「元賞金首のそなたらが、どうして総帥の行方を知っているでござるか?」


「気になるな。まずは閣下がどこにいるのか、そしてどんな事情からここへ来たのか。こちらから話す前に、まずはそちらの事情から話してもらおうか」


かなり深刻な面持ちで魏蘭が言った。


(おい、大丈夫か? 下手な事を言うと……)


静かにセイグンタがラクに耳打ちする。

だが、確かに何も話さずにいるわけにもいかない。

ラクは大きく深呼吸すると、今までの経緯を話し始めた。



「ではこういう事か?


しばらくラクの話を聞くと、魏蘭が整理するように言った。


「”ゲーム内で閣下らしき人間”が彷徨っているのを見かけた。だが、閣下自身がゲーム内から戻りたくない、と言っている……それで、閣下を連れ戻す為に戻りたくない理由が何なのかを探しにやってきた、と……」


魏蘭が言うと、ラクは頷いた。

かなり重要な部分を濁して伝える事になってしまったが、出来る限りの事を伝えた。

無論、アギレイ・ウーがどこでどのような姿になっているか、という部分が話せない以上、かなり不自然な証言になってしまっているが……。


「……」


すぐに問い詰められる、と思っていたものの、3人は何も質問してない。

思い当たる節があるのか、押し黙って考え込んでいるようだった。

ラクはそれが不思議だったので、訊ねた。


「どうしたんだ? 信用できない、とかどこで見たとか、どういう状態だったのか、とか聞かないのか? そもそも自分で言うのもナンだが、信用してくれてるのか? 俺達を」


「やはりやはり、あの事が原因なのでは……」


「拙者もそう思うでござる……もし本当ならば」


「?」


何も事情がわからないまま、更に訊ねようとするとダパルケットが呟くように言った。


「……この会話は第三者には聞かれていないはずでござるな?」


空を見上げ、そう言うと魏蘭が答えた。


「ここはオフライン空間だ。さっき言っていた……もう一人の観戦者以外は見ていないし、戦闘後だから記録にも残らないはずだ。そもそも今日の入隊試験のこのデータは、ログを取っていないしな」


もう一人の観戦者とは夏奈のことだ。

彼女は他の3人とは違い、モンスター形態のままである為、アリカから観戦許可を出してもらい、このプレイを見てもらう形を取っている。

ファシテイト内と現実では時間差がある為、リアルタイムに話は伝わらないが、話の成り行きはわかるはずだ。


(なんか……相当込み入った事情があるみたいだな)


ダパルケットや魏蘭の態度から、かなり警戒している様子が見て取れる。

どうも、彼らが置かれている状況は相当に厳しいようだ。

「ならば……」と魏蘭は半ば諦めたようにダパルケットに言うと、腕を組んだ。

”任せる”と言う事なのだろう。

ダパルケットは少しばかり溜息を漏らしてから、話し始めた。


「そちらのお二方……世々野どのと後藤どのには話したでござるが、現在、このギルドは勢力争いの真っ最中なのでござる。といっても、それはほぼほぼ決着が付いている状態で、我らの側から言えば”崩壊しかけている”と言っても過言ではござらぬ」


「崩壊しかけてる……?」


「元々、このギルドは二人のリーダーを中心に回っていたのでござる。一人はいわずもがな総帥。ギルドマスターのアギレイ・ウー。そしてもう一人は副リーダーを努めていた”我門”どの」


「我門って、あの一番上の部屋に居たゴツイのの事?」


アリカが訊ねる。


「左様でござる。名を我門恭也がもんきょうやと言う」


「我門……? それって、あの”イーストリーグチャンピオン”の我門か?」


名前を聞くと、ラクがどこかで聞いた覚えがあるように言った。

魏蘭がそれに答えた。


「そうだ。よく知っているな」


「何なのそれ?」


アリカが訊ねるとセイグンタが答えた。


「格ゲーの大会だよ。聞いた事あるぜ。VRの格ゲー専門大会で”東の我門”って呼ばれてるつええ奴が居るってよ」


「格闘ゲームのチャンピオンなの?」


「ああ。ファシテイトが流行りだしてから、格ゲーもそっちに移行しちまったんで、プレイ初めてどっかのギルドに入った……って話を聞いたきりだったが。ここの副リーダーやってたのか」


セイグンタが説明すると、魏蘭が付け加えるように話し始めた。


「奴は……ここが出来て名が知られ始めた頃に入隊してきた。強力な格闘型のキャラで、当時ここの最前線を張っていたメンバーを倒し、一気にエースの座にのし上がった男だ」


「実力は折り紙つきってわけか……」


「そう。実力も……野心もな」


「えっ?」


魏蘭は空を見上げ、大きく溜息を吐いてから言った。


「閣下と我門とのコンビネーションは見事と言うほかなかった。統制と指揮に優れる閣下と、最前線に自ら出ながら戦う我門。我らはギルド対抗戦でも華々しい戦果を上げていた。あの日までは……」


「”あの日”……?」


「我々は少数精鋭のギルドだった。現在は団員が幹部含め”120名”居るが、元は閣下含め、たった10名だった」


「10人……!? そ、そんな少数で初期のギルド対抗戦をやってたのか!?」


ラクが信じられない、と言う風に言った。


「そんな驚くよーな事でもないでしょ。どうしたの?」


「いや、ギルド対抗戦って、確か俺の記憶だとどう少なく見ても”30名以上”からだったと思うんだが……」


ギルド対抗戦というものがある。

日本各地、または世界各地からファシテイトのプレイヤーが集まっているギルドやらクラン同士で対戦を行い、相手を倒した数や、相手の陣地を奪った広さなどでポイントを競うゲームだ。

かなり盛んに行われているもので、公式戦ではアーティファクトが賞品になったりして一時期はラクも熱心に参加していた。


「えっ……じゃ、いつも3倍以上の敵がいたって事?」


「そうなる。正直信じられないけど……」


ギルド対抗戦ではおおまかな規定こそあるが、基本的にルールは無い。

レベルの上限がせいぜいあるぐらいだ。

だからレベルも人数もバッチリ揃えてから挑むのが普通なのだが……。


「そうだ。いつも我らは2倍、3倍の敵を相手にしていた。それでも8割から9割近くの勝率を維持していた」


「信じらんねェな……」


「だが、やはり人数が少ないという事は大変な場面が沢山ある。だからある日―――我らのギルドは人を大幅に集める事となった。入隊試験をクリアした強者を増やし、対戦の負担を軽くする……はずだった」


魏蘭は数拍置いてから言った。


「しかし……そこで我門がある提案をした。”即戦力になる奴らを知っているから、そいつらを入れないか”と」


魏蘭が言うと、ダパルケット、ディズプらの表情が重くなった。

魏蘭も表情を暗くするが、構わずに続けた。


「やってきたのは、我門の昔の知り合い……”格闘ゲーマー”達だった。彼らは確かに強かった。だが……その殆どはチンピラのような気性の者達ばかりで、とてもではないがギルドの輪を成せる者ではなかったのだ。そればかりか、我門は自分の知り合いならば試験無しでいい、と未熟な実力の者たちまでギルドに入れ始めた」


「そ、それって……乗っ取りじゃないのか? どう見ても」


「そうだ。我門は名の挙がったAフォースの”ブランド”が欲しかったのだろう。瞬く間にギルド員は100名を越え……大規模なものになった。そして逆に、元居たメンバー達には様々な嫌がらせが行われるようになった。わざと単独で大群に突っ込まされたり、追加の支援が送られなかったり、とな」


ディズプが言う。


「みんなみんな、どこかへ行ってしまった。おれたちが不甲斐ない、不甲斐ないばかりに」


「そればかりか拙者らは……」


俯いたままダパルケットが何かを言おうとする。

しかし言葉は途中で途切れ、最後までは言えなかった。

魏蘭がそれを補完するように続けて言った。


「そして……そうだな。確か……あの大規模な意識不明事件が起こる前だから、2、3ヶ月ほど前になるか。我ら三名に我門は言ったのだ。”これからリーダーの追放会議を行う”と」


「ど、どうして……? ウーって人、ちゃんとギルド運営してたんでしょ?」


「奴の言い分は、”ここまでギルドを大きくしたのは自分だ”と。だから自分の方がリーダーとして相応しい、そして―――リーダーはここに二人も必要ない、とな」


それを聞くと、ラクたちは凍りついた。


「我らは―――閣下に投票しなかった。結果、幹部たち10名の票が全て我門に投票され、閣下は追放された。閣下は……何も言わなかった。文句一つ言わずに去っていってしまった」


魏蘭がそう吐き捨てると、我慢できなくなったのか、銑里が言った。


「な、なんでアンタらはアイツの方に投票したのよ! 昔から一緒に戦ってた人なんじゃないの!?」


「我らは騙されたのだ! 我門の奴に!」


「何? どういうこったそりゃ」


「我門は我らに最初に言ってきたのでござる。”これは単純にウーの奴を副リーダーに降格するだけの裁定だ”と。そして”実際にこれを行使する事は無い。俺はアイツの姿を見たいだけなんだ”と。そういう話だったのでござる」


ダパルケットが続けて言う。


「我々は、部下の素行の悪さはあれど、まだその時はいい顔をしていた我門を信じていたのでござる。しかし……投票が終わると、”リーダーは一人でいい。二人も要らない”と、今まで見たことの無い険しい顔になったのでござる」


ディズプが言う。


「おれたちおれたちは、追放が決まった後に、一緒に首領と抜けようとした。でも、首領はアドレスとかの連絡連絡先を、誰にも教えてなかったんだ。だから追いかける事も、おれたちおれたちが、ハメられた事も知らないまま出て行った……」


「誰もリアルであった事がないのか?」


ラクが訊ねるとディズプが答えた。


「ない。ギルドにギルドに一人だけ登録されてる、女性プレイヤーが首領の首領の、母ちゃんらしいんだけど通信してももう出ない……」


「か、母ちゃん……? なんでそんな人が登録されてるんだ?」


魏蘭が答える。


「初期の頃、余りに人数が少なすぎたから人数合わせに登録してもらっていたんだそうだ」


「本人には誰もあった事が無いのかよ? 一人ぐれェーはいるだろ? ギルマスなんだから幾らなんでもよ」


「ない。我らはファシテイト上で会う事はあっても、ここを拠点としているだけで、リアルで会うのは一部のみだ。せいぜいここにやってきていたのはダパルケットとディズプ。そして元居た10人のうち、我門を含めあと3名ほどだった」


「ろ、6人ぐらいでこんな大きなビルを貸し切りにして使ってたのか?」


「我らの拠点は元々は4階だけだったのだ。それも最初は間借りのような形だった。大会での知名度が上がるにつれ、拡張されて今の形になったのだ」


魏蘭たちから話を聞くと、ラクは腕を組んで唸りだした。


「なるほど。出て行く理由は十分あったわけか……」


「ござる。そして……拙者らはその後にその母方経由にて、総帥が意識不明事件に巻き込まれた事を知ったのでござる。だから我門や、出て行った他のメンバーは知らぬ事。それを知っている、という事は……と拙者は貴殿らの話を信じる気になったのでござるよ」


「首領が出て行った出て行ったのは、おれたちの責任。すぐにでも謝りにいきたい……」


ディズプは頭を抱えて、申し訳無さそうに呻いた。

どうやら責任を抱え込むタイプのようだ。


(ヤス、どうする? こいつらを連れて行くか?)


(う~ん……難しいなぁ)


ラクは深く逡巡した。

当然、ゴブリンとなっているままのウーに合わせる訳に行かない。

言葉も通じないのだから、謝罪どころの話ではない。

第一、モンスターまみれのカチプトにはとても連れて行けないだろう。

しかしウーの母の方を頼るにしても、もう連絡が取れないのではどうしようもない。


「……なぁ、一つだけ質問してもいいかな。この場に居る全員に」


「えっ?」


「例えばだけど、今まで唯一の楽しみだった事が突然できなくなった。それ以外は何をやっても面白くない。そんな……なんていうか自暴自棄みたいになった奴を、自分のチームに勧誘する時ってどういう風にする?」


「?、突然何を言い出すんだ?」


「多分だけどさ、今のウーはそういう状態だと思うんだよ。のめりこめる場所を無くして、どうしていいかわからないから、きっと目の前の面白そうな事をやってるんじゃないかと思うんだ。そういう奴を引き戻す為には、どうすればいいと思う?」


「それは……」


「好きだった場所を元に戻す、とかでござるか……?」


「ここにここに、戻りたいはずだから、謝るべき……」


一度、失望して諦めてしまった興味を取り戻させる。

絶望して失ってしまった情熱を取り戻させる。

これほど難しいことは早々無いだろう。

それは、ゲームをよくやる人間ならば知っている。

いくら待っていても自分の好きなタイトルが出なかった時。

自分の好きなジャンルが枯れてしまったときに、どうしたらいいのか。

その辛さを知っている人間でなければ、わからない感覚だ。


「じゃあ、やる事は決まった。とりあえず3人とも、土下座して貰っていいか?」


「……はっ?」


「その様子を動画で撮って見せに行く。そしてアイツを説得してから、ここを奪還する。もうそれしかない」


ラクの思わぬ申し出に、魏蘭は慌てるように言った。


「な、何を言っている! 居場所は知っているんだろう? 直接謝りにいく。我々に場所を教えてくれれば……」


「それは出来ないんだ。居る場所が場所だから」


「場所……とは?」


「カチプトのど真ん中なんだよ」


セイグンタがそれを聞いて、ラクの肩を引っ張って言う。


(お、おい! それ言っちまっていいのか!?)


(大丈夫だって、俺に任せてくれ)


セイグンタは少し迷ったが、ラクに任せ、身を引いた。

少し心配になったが、何はともあれ、ラクは言い包めるのがうまい。

それは今までの経験から知っている。


「カチプト……? カチプトとは、確か今、北海道のモンスターの大侵攻が起きているその中心地ではないか? 何故そんな場所に」


「意識不明事件があって、北の方に行きたくなったんだとさ。それでカチプトに留まっている内に街の襲撃事件が起きて、そのまま閉じ込められてる、ってワケなんだ」


ラクが説明すると、胡散臭いものを見る目で魏蘭は訊ねた。


「……どうしてそんな事を知っている? 今の北海道は、街道も街も、ほぼ全てがモンスターに占拠されていて、ろくに歩く事も出来ないはずだ」


「俺たちには……余り長い時間使えないんだが、ゲームの開発者特権みたいなものがあって、姿を隠す事が出来るんだよ」


「何……!? チートが使えるのか?」


「チートってか、デバッグモードみたいな奴だ。何せ今、外からこっちの話を聞いてる子は、開発者の娘さんなんだ」


「何!?」


「今回の事件はかなりイレギュラーな事らしくて、様子を見るだけって限定された目的にしか付かないって決まりだけど、その代わりにずっと透明化することができる、みたいな能力を使えるんだ。俺達はそれを使って、今回の事件がどういう理屈で起きたか調べてた。その過程で……ウーを見つけたのさ」


「……ちょっと待ってくれ」


魏蘭はダパルケット、ディズプらを集めて三人で話し始めた。


(貴公らはどう思う? 正直、自分は信じるに値しない話だ思う)


(しかししかし、おれたちに今の所手がかりはないぞ。あいつらも……多分多分、一度説得しようとしたけど、ダメだったからここへここへ来たんだろう。おれは賭けてみてもいいと思う)


(拙者も同意見でござる。拙者はもう追放となっている身。今日中には出て行かねばならぬし、このまま居れば魏蘭ら両名も恐らくは同じ道でござるぞ。それに、開発者の関係者というのも間違いはなさそうでござる)


ダパルケットは、ウィンドウを一つ開いて魏蘭とディズプに見せた。

そこにはファシテイトの開発者インタビューが出ており、そこに”後藤”と言う名前の開発者が出ていた。

インタビュー内では娘がいると話す部分があり、名前は季語を入れて付けた、という話も載っていた。


(後藤夏奈……確かにそれならば辻褄が合うが……)


(それに土下座するぐらいで、総帥が戻られるなら、安いモンでござるよ)


(そう、そう。おれも安いと思う)


(貴様ら……土下座した動画が撮られるんだぞ? なんでそんな冷静なんだ。嘘だったとすると動画サイトにでも上げられてしまうかもしれない。そんな事になれば、いい恥晒しだ)


魏蘭はかなり抵抗を感じているようだった。

確かにいきなり「説得に使うから土下座の映像を撮りたい」なんて初対面の相手から言われて、信じる方がどうかしている。

だが―――気に掛かるのは、彼らはアギレイ・ウーが意識不明事件に巻き込まれ、ゲーム内のどこかに居る可能性が高い、という自分達が持っていた情報を知っている点だ。

これは我門たちには知りえない情報のはずで、十分賭ける価値のあるとも言える。


「とりあえず、俺のパーソナルカードを出しておく」


ラクはそういうと、電子仮想ウィンドウを開き、何かの操作を行った。

するとダパルケットら三名の前に、文字やら顔写真やらが移ったウィンドウが現れた。

履歴書のような構造になっているそれには、どうやらラクのものらしい

個人情報が書かれていた。


「これは……なんだ?」


「これぐらいはやらないと信用してもらえないと思ってさ。もし土下座の映像が何かの拍子で漏れたら、俺の責任と思っていい。これはその担保みたいな奴だ」


この行為が意味する事は、もし情報が漏れたら訴えるなり学校側に連絡するなり、何でもやっていい、と言うことだ。

魏蘭は腕組みをし、しばらく考え込んでから訊ねた。


「ラクォーツ、と言ったな。貴公は……絶対に閣下を連れ戻せると約束できるか?」


「わからない。でも……俺は絶対に連れ戻すつもりだ。見捨てる気は無い」


魏蘭はその時、ラクの目を見た。

強い視線を放っている、と感じた。

弱いプレイヤーと、強いプレイヤーは色々と判断出来る部分があるが、魏蘭はこの”視線の強さ”で人を見る癖があった。

目は決意の強さと、その内容を表す。

邪な考え方をしている人間は、どこか濁った部分があるし、頼りにならない奴は曖昧な目線をしている。

だが―――彼の目からは強い決意に満ちたものを感じた。


「わかった。協力するとしよう」


「……ありがとう! 助かるよ!」


「だが自分は土下座はしないぞ! 閣下が目の前にいるならともかく……」


10分ほどで、3人の動画の撮影は終了した。

それから一度、ゲームから抜けて全員集まり、今日の情報をやり取りした後、ラク達は別のネットカフェへと移動した。

時間は午後4時ほどを回っていた。


「さて……それじゃ本番に行くとしようか」


「これからまた何かするんですか……?」


「勿論、このままウーを説得しに行くのさ」


「えっ!? あ、明日でもいいんじゃないの?」


「戦う必要は無いよ。後はディックを説得するだけだ。それに……もう時間が無い。今も攻撃は続いてるはずだ。今日中には勝負をかけたい」


そう言うと、少し皆の動きが止まってから、銑里が言った。


「こういう事ね。今日夜ギリギリまで掛かるかも、って言ったワケは……」


「私も行きます! 人の命が掛かってるなら、門限なんて気にしません!」


「それじゃ、また北海道に戻りますかね」


4人はネットカフェの中から、再びファシテイトへとインした。

手早く説得が終わる事を期待して再度カチプトへと挑む彼らだったが、

これが思いのほか大変な事となるのに気付くのには、そう時間は掛からなかった。


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