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80:ファースト・イン・ジ・アキバ(6)

 夏休みまであと1週間を切った日。

荒金靖樹ら4人はゲーム内にまだ囚われているゴブリンのプレイヤーを説得する為、

彼が元居たと思われる秋葉原の「A・フォース」というギルドへと潜入した。

銑里と夏奈がメンバーである「祭川満蔵」と接触した頃。

靖樹とミツキの二人も、メンバー二人のキャラ「ディズプ」と「魏蘭」に接触していた。

しかし銑里たちとは違い、靖樹らは入隊試験に参加中。

戦闘技能が試される、過酷なその試験の中で、戦いの火蓋は既に切って落とされていた―――

(文字数:10652)

山東我門タワーの入り口にて。

周囲に黒い紋様と悪鬼やら魍魎やらが周囲に渦巻く中、一人の近づく影があった。


「ん……?」


赤く輝くナイフを持った男の影が、入り口に座り込んでいた魏蘭の目に留まった。

隙の無い身のこなしに、遂に待ち望んだ相手が現れたと期待した。

しかし、現れた相手はスマートな剣士とも、ガッシリした戦士とも言い難い。

そして騎士と呼ぶには中途半端な鎧をまとった、なんとも無骨そうな姿の男だった。


(一人か……1対1で来るとは、堂々としたものだ)


複数で掛かってきていた最初の参加者達とは違い、周囲に他のプレイヤーの気配は無い。

だが、それでも待ち伏せや二人同時で来ない所に、魏蘭は気概を感じた。

正面から来るという事は、少なくとも臆病者ではないという事だ。

男の姿がハッキリしてきた頃に、魏蘭は訊ねた。


「貴公が残っていた二人の内の一人かな?」


「ああそうさ。俺が片方だ」


(……妙だな……)


魏蘭はその姿を変だと、いや”奇妙”だと感じた。

彼の作り出した地獄属性のフィールドを作り出す「解禍ヰ(ゲカイ)地獄」は、

かなり強力な地獄属性の力が渦巻いているフィールドだ。

中途半端なキャラなら、中に入ると同時に餓鬼や悪霊の餌食になる。

だが「ラクォーツ」と表示されている目の前の男には、襲い掛かる気配が無い。

つまり、それなりに高い地獄耐性を持っているということだ。

しかしその割には……装備がちぐはぐになっている。


「”火曜星の刃”か」


右手のナイフはアーティファクトのようだった。

恐らくは、あの武器の効果でフィールドの中でも自由に歩いているのだろう。

それだけでもかなりの実力者であるとわかる。

アーティファクトは、ファシテイトをゲームとしてプレイしている人間の実に数%しか所持していない。

故に武器としても特級の代物であると同時に、優れた防具にもなるのだ。

しかし―――奇妙なのは、それ以外の装備は至って普通としか言いようが無い事だった。

武器だけ、しかもナイフの片方だけが異様にレアリティが高い。

極端な言い方だが、原始人の格好をした人間が何故か重機関銃を持っているような、そんなおかしさだ。


「レベル……29……?」


魏蘭は思わず「正気か?」と口走りそうになった。

レベルが低い。魏蘭と比べて半分以下である。

だが、それなのに1対1でも全く弱腰でありそうな気配がしない。

1対1の戦闘に「慣れている」という雰囲気がする。

それがひどく異様に思えた。

レベル30にも達していないのにアーティファクトを持っている、なんてのもおかしい。

普通はやっとゲームに慣れてきた頃だ。

今の自分がやっとの事で持っているようなアーティファクトを、こんなレベルで持っているわけがない。

何か特殊な事情でもない限りは。


「やる前に一つ聞きたいが……ハッカーかチーターではないよな?」


魏蘭は自分の疑念を払拭しようと、訊ねた。

ラクは間髪入れずに答えた。

チート使いだと思われるのは、ゲーマーにとってはある種の恥だからだ。

それが仮に本当に力の差だとしても、正々堂々ではなかったと疑われる事自体が、ラクには我慢ならない事でもあったからだ。


「違う! ま、変だと思われるのが普通だよな……こんな不釣合いなモノ持ってると」


どうやら本当にチーターではないようだ。

イカサマをやっているような連中とは違う、正々堂々さがある。


(わからん……)


魏蘭はチーターやハッカーとは、何度か戦った事はある。

子供のような、ワガママが一つでも通らないとすぐにグズるような奴らばかりだ。

信じられないぐらい情けない振る舞いをするから、すぐに反則者はわかる。

そして魏蘭にとって、そういう”武器が単純な奴ら”は全く怖くなかった。

だが目の前の相手からはそういうモノではなく、全く真逆の―――懐かしさと、畏怖の念を抱きたくなるような雰囲気を感じた。

中二病的に言うなら「真の強者だけが持つオーラが漂っている」とでも言うか。


「まるで”閣下”のような……いや、気のせいか」


「ん? 何か言ったか?」


「いや……やる前に、名前を聞いておきたい」


魏蘭は訪ねた。

普段なら、有象無象の雑魚に対して名前を聞くことなど無かった。

だが今回はステータス欄から知るのではなく、ちゃんと名前を口から聞いておきたいと思った。


「り、”リランデ・ルバー・ラ・クォーツ”だ。ラクでいい」


「なるほど。私は……最初も名乗ったが”頑零寺魏蘭(がんれいじ ぎらん)”という」


名乗りだけが行われると、二人はただ武器を構えた。

その他には無駄な話は一切必要が無いとでも言わんばかりに。


「さぁ……行こうかッ!!」


■


ラクと魏蘭が戦い始めた頃、別の山東我門タワー近くのビル屋上では、同じようにセイグンタとディズプが戦闘を始めていた。


「おわッ!!」


何度かセイグンタが斬りかかるが、全て攻撃を防がれてしまう。

ディズプの足元から出てきている蜘蛛の足に、刀を全て打ち払われるからだ。

まるで筋肉の塊のようなその蜘蛛の足は、今の所はディズプを守っていた。


(チッ……あと一撃綺麗に入れば勝てるってのに)


最初の不意打ちは、ラクの提案だった。

「恐らく視線感知でわかってる相手から始末しに行くはず」と言われ、自分達の方でも他の逃げ出したプレイヤーの場所は把握していたので、そこに先回りしてディズプを待ったのだ。

言い方が悪いが、他のプレイヤーを囮にしたのである。

だが、助ける義理は無い。それにオフライン空間である。

仮に死亡してもデスペナは無いはずだ。


(一発入れたまでは良かったが、こうもガードが固いとは思わなかったぜ)


予想は的中し、3人を片付けたディズプは大きく隙を見せた。

そこに一撃をヒットさせた……というのが先程までの顛末である。

完全に油断していた所に、セイグンタの隠れるスキルを組み合わせ、

持ち前の敏捷さで一気に飛び掛った。

急所へクリティカル・ヒットが叩き込まれ、その威力はまさに絶大だったというほか無い。

ただ一つ。攻撃が入る前に、地面から伸びていた蜘蛛の足が邪魔して来なければ、

もしくはレベル差さえなかったなら、確実に葬っていた一撃だろう。


「おれ、おれ、おれを待っていたのか! 先回り、先回りして……!」


不覚、とでも言いたげな口調でディズプは左肩を押さえた。


(何言ってんだこいつ、どもりやがって……それともこういう喋り方なのか?)


ディズプはかなり身体が脱力しているようだ。

無理もない。両手持ちのセイグンタの一撃が、背後からまともに入ったのだ。

レベル差が開いてなければ間違いなく即死レベルの攻撃である。

立っているだけでもかなり辛いはずだ。

ディズプが今、戦闘を続行できているのは、単純に彼のプライドとレベル差から、単純に追撃を喰らっていないだけである故に過ぎない。

もし―――あと一度、直撃しなくてもいい。

普通に斬り付けられる事が出来れば、倒すことが出来る。

それほどまでに体力は減っていた。


「これでどうだッ!」


「―――!」


セイグンタが上に斬り上げる動きと、刀を振り下ろす動きを素早く三度行う。

同時にスキルコールを行った。


「奥義・三峰鎌鼬(みみねかまいたち)!!」


地面を走るように斬撃の衝撃波が発射され、ひとつは地面を細く鋭くえぐりながら直進し、他のふたつの斬撃は左右に分かれてから、交差地点にディズプを補足するようにして迫った。

まるでカマイタチが両腕を広げて襲い掛かるような攻撃だ。

ひとつを避ければ、他のふたつが追いかけるように動きを変える。

そのため、非常に避けにくい刀剣技の奥義である。


「ドゥラ・ダールビ」


(うっ!)


呪文のようなものを唱えると、ディズプの足元から伸びていた蜘蛛の足が引っ込み、今度は”背中から伸びた”。

背中に魔術の陣のようなものが現れ、そこから足が出ているようだ。


(なっ、なんだありゃ……!?)


そしてその筋肉の塊としか言えない足で、前方からの攻撃をガード。

残りの左右からの衝撃波を、残った蜘蛛の足で斜めに跳ねながら回避する。


(一気に一気に、別の建物へ飛ばなければ。回復、できない……)


ディズプは距離を取りたいと思った。

目の前のセイグンタ、と名乗ったプレイヤーはレベルこそそこまででもないが、明らかに接近戦型の相手である。

レベル差があれど、このまま至近距離で戦っていては、とても呪文で攻撃は出来ない。

その上回復もする隙も無い。なんとしてでも距離を離す必要があった。

しかし―――今の傷ついた身体で大きく跳躍した場合、着地時にかなり大きな隙が生まれてしまう。

そこを狙われてしまったら、今度こそ終わりだ。


(こいつ、なんとなく、他の奴と動きが動きが、違う……)


目の前の相手が、運良く自分に一撃を叩き込めただけの相手なら。

ただの運がいいだけの中級者なら、すぐに大ジャンプのスキルと自分の魔術の力を組み合わせて逃げられる。

しかし―――視線感知を見抜いていた相手である。

動きもどこか、熟練のサムライを思わせる動きだった。

ディズプは、簡単には逃げられるような気がしなかった。


(くそっ、なかなか飛ばねぇな)


セイグンタは、ディズプが大ジャンプで離れるのを待っていた。

ただでさえ着地の隙が大きいスキルを、弱った状態で使えばどうなるか。

それを十分に知っていたからだ。

ディズプの勘は当たっていた、というわけだ。


(うぅ……ぐぅっ……!!)


ディズプを見ていると、セイグンタは気持ちが悪くなってきた。

蜘蛛のマスクからは、ゴキブリの足を思わせるような棘の触手が何本も伸びている。

服装は薄汚れているが、何故か照り返しの強い装飾品が不釣合いに身に付けられている。

手には悪魔を思わせる異様に長い爪の篭手をつけていて、杖は先端に血の様な真紅に輝く、異様にどでかいルビーがついていた。

一言で言うと”ホームレスの司祭”という感じだろうか。

嫌悪感を抱く事こそあれ、決して好感を持つ事はない見た目だ。


(吐き気がしてきた……これが”幻惑フィールド”か? 気を抜くと一気に意識が持っていかれそうだ)


ラクから注意は受けていた。

幻惑の属性を持つ職業のキャラは、近くにいたり見つめていると大なり小なり、なんらかの効果を受けてしまう、と。

それは魅了だったり、好意的に接してしまうようになったりするものから、精神を害するような波長を放つものもあったりする、と。

”狂気の魔術師”なのでかなりそれも強いはずだ、と聞いていた。

だが、予想以上だ。


(長くは戦えねぇ。どうする……? ”あれ”しかねぇか?)


長く戦えないのは、ディズプも同じだった。

ある程度二人が接近してから打ち合っていると、やがて痺れを切らしたのか。

ディズプが叫ぶように呪文を言い放った。


「ヴァジ・ファジ・ゴーガラ!」


持っていた杖の先端から、左右に分かれるように血の雫が伸びた。

そしてそれが固まると、鈍く赤く光り始めた。

まるで”血色のトライデント”という感じの槍だ。

同時に蜘蛛の足が更に伸び、槍を持ったディズプと同じほどのリーチとなった。


「キエエエエッ!!」


「ッ!」


ディズプは背後から伸びる蜘蛛の足と組み合わせて、突きの嵐を放ってきた。

どうやら自分から逃げる事は止め、この場で多少不利でも接近戦を行い、レベル差で押し切る方を選んだようだった。


「ぐうッ!!」


セイグンタも応戦するが、魔術師とは思えない重い攻撃の連射に受けきるのが精一杯となっていた。

レベル差があるとはいえ、セイグンタは完全な至近戦特化型キャラだ。

大して魔術師のディズプは遠隔型。接近して戦う事は苦手なはず。

だが、攻撃の一発一発がとてつもなく重い。


(こ、こいつ本当に魔術師か!? なんつー攻撃だ……!!)


背中から生えている腕が何本もあり、そしてその一つ一つが筋肉モリモリの蜘蛛の足。

そしてディズプ本人の”血の槍”は、更に強力そうな魔力を帯びている。

魔法戦士か、魔竜騎士でもこういう激しい連続突きをやれる奴は少ない。


「シェハァッ!!」


「やべ……ッ!」


―――ギィン!!


セイグンタは強烈な大振りの一撃を、受け流し損ねてしまった。

力がモロに受けていた武器に掛かり、主武装である”鋼牡丹”が真ん中から真っ二つに折られた。


(しまった、刀が……!)


同時にセイグンタは溜まらず、距離を取った。

それが命取りになった。


(勝った勝った……!!)


ディズプは全ての蜘蛛の足を背後へとやり、すさまじい跳躍でセイグンタへと飛んだ。

血の槍を構え、トドメの一撃を胴へと叩き込むために。

しかしディズプはその瞬間、見た。

彼の表情が綻び、”笑った”のを。


(待ってたぜ……! ”槍一本”になって突っ込んでくるのをな!)


セイグンタが折れた長刀を捨て、”脇差”のみを持って構える。

姿勢を極限まで下げ、地面に刺さるかどうかまで刀を下げて。

まるで野球で、ボールを迎え撃つ打者のように。

セイグンタは口元を吊り上げたまま、スキルコールを行った。


『超―――絶技!』


一瞬、セイグンタが縦に回転した姿が見えた。

そして数度、その場で高速回転した後に、彼は縦斬りを繰り出した。


「う、ううっ!?」


まるで凄まじい勢いで弾き出された撃鉄の如く、脇差が振り抜かれた!


『撃鉄葬!!』


超高速の一撃は、まるで銃の撃鉄のように殆ど見えず、脇差の刃が命中すると、ディズプの魔槍は砕け散った。


「馬鹿、なっ……!」


それどころか同時に蜘蛛の足の半数以上も切断し、いくつもの昆虫の足がその場に散らばった。

守られていた自身にこそたいしたダメージが無かったが―――防御が全て破壊される致命的な一撃だった。

ディズプは強烈な衝撃を同時に受け、ビルの屋上の手すりにまで吹き飛んだ。


「うぐぅっ!!」


そのまま金属の手すりに沿うように、身体をくの字に曲げさせられる。

うめき声を上げ、ディズプは敗北を覚悟した。


(……?)


だが追撃の攻撃がこない。

慌てて残っている蜘蛛の足で姿勢を戻し、セイグンタの方を見た。

すると、膝を着いて脇差で身体を支えているセイグンタの姿が目に入った。

どうやら技の反動で動けなくなってしまったようだ。


(ううう……どっ、土壇場で成功したはいいが、動けねェ……”超絶技”だから負荷がスゲェ……!)


身体がまるで、鉛のようになっていた。

無理もない。セイグンタが使った技は、剣士型スキルの中でも群を抜いて強力な「奥義」と呼ばれるものを越える「絶技」だったからだ。

更に、その絶技の中でも成功させるのが難しい「超絶技」であったので、レベルがそこまで高くないセイグンタには負荷が大きすぎたのである。

故に、技のクールタイムが膨大なものとなってしまい、動けなかった。

絶体絶命の無防備さだが―――ディズプは反撃には転じなかった。

これだけレベル差があっても接近戦で痛い目を見せられた為に、これ以上接近戦を挑む気力が失せてしまっていたのであった。


(今、今だ……!!)


ディズプは千載一遇の好機と、その姿を見た瞬間に、残っている蜘蛛の足を使って「大ジャンプ」のスキルを発動させた。

途端、バネのようにディズプの身体が跳ね、隣のビルへと移動していく。


「ま、待ちやがれ……!」


その姿を追って、ビルの端にある鉄柵へと倒れこむようにしてセイグンタが寄りかかった。

案の定、別のビルへと降り立ったディズプは動きが止まっていた。

着地の反動で大きく膝を着き、手すら着いて無防備になっている。

しかし―――追撃のスキルが出せない。

クールタイムからはまだ抜け出せなかった。


(ダメだ……仕方ねぇ)


ディズプは山東我門タワーの方向へとジャンプして移動していく。

セイグンタは技のクールタイムが終了し、身体が動くようになると急いで地上へと降りた。


『早駆け!』


スキルコールを行うと、足に今まで重りがついていたのでは、と思えるほどに軽くなっていく。

セイグンタはそのまま高速の駆け足で、ディズプを地上から追った。


(間に合うか……?)


セイグンタは不安をよそに、ラクが今戦っているはずのタワー前へと走った。


■


山東我門タワーの前。

丁度セイグンタが戦闘を開始した頃に、ラクも同じく魏蘭との戦闘を開始していた。


(一撃で終わると思ったが……)


魏蘭は何度か牽制を放ち、隙を見ては突撃して強打を試みた。

しかし、相手の肩や腹などに掠りはするものの直撃しない。

レベルの差からすると、驚くべき事だった。


「危ない……くそ、全然気が抜けないな」


魏蘭のレベルは66。大してラクのレベルは30。

ハッキリ言って勝負になるレベルではない。

例えるなら42.195kmのフルマラソンを完走できるランナーと

1キロにも満たない距離をジョギングするだけでも、途中で息が上がって動けなくなる運動不足の人間。

基礎的なステータスにそのぐらいの差がある。

だがラクは、元は50手前までレベルが上がっていた身。

戦いの経験値で言えば決して魏蘭には負けていなかった。


「どうやら……中堅クラスの戦いを経験してきたレベルであるようだな」


「ああ。元はもうちょっとで準上級クラスが見えてくるぐらいだった」


「デスペナでそこまで下がったという事か? 余程の事をしでかしたようだな」


ラクは沈黙で答え、それ以上は喋らなかった。

”余程の事”―――確かにその通りだったからだ。

普通にゲームをプレイ出来ていれば、それに越した事はない。

何の因果か、とんでもない事件に巻き込まれて、今までプレイして積み上げてきた”財産”とも呼べるキャラのデータを失ってしまった。

だが、代わりに色んなものを手に入れた。

こうやって目の前に魏蘭が居るのも、ある意味では宝のようなものだ。

普通に日常を送っているだけでは、彼のような相手と巡り合う事などなかっただろう。


「ッ!」


消えた、と思った瞬間。

ラクの目の前に魏蘭が現れていた。

咄嗟に攻撃が来る方向を読み、持っていた★火曜星の刃で受け止める。


「ぬんッッッ!!!」


魏蘭の戦闘スタイルは「高速型のサムライ」といった所だろうか。

読みやすい攻撃をしてくるが、その攻撃はどれも特化された一撃だ。

素早い居合い抜きは、まさに神速のスピードといった動きで確認できた時には攻撃が終わっている。

ミツキからサムライの居合いの型についてはある程度教えてもらっていたので、攻撃の前兆を予想できるため、それでガードできている。

が―――僅かでも対応が遅れたらすぐに首が飛ぶ事だろう。


「グッ!!」


そして今やってきている力任せの鍔迫り合いなどは、逆に振り抜く動きこそ見えるが、とてつもなく攻撃が重い。

まるで電柱か何かで殴られているような圧力がある。

地面をしっかりと踏みしめていても、大きくノックバックさせられてしまう。

同時に、体力ががくっと減少していく。

防御のダメージだけでもこれなのだから、まともに一発でも刀で撫でられたらそこで間違いなく即死だろう。


「うわっ!」


鍔迫り合いの最中に、黒く巨大な芋虫のようなものが突進してくる。

それはラクの身体に喰らいつき、身体の中に潜り込もうとしてくるが、鎧に喰らいついた時点で動きが鈍くなり、噛み付きの力も大分弱まった。


(危ない……)


戦闘中、もっとも面倒なのがこの”乱入”だった。

今、自分は「地獄フィールド」の中に居る為に、周囲に発生している地獄属性のモンスターが自分へと攻撃を仕掛けてくるのだ。

アーティファクトを持っているため、耐性でだいぶダメージを軽減できているが、もし武器が無ければ魏蘭に会う事すら出来なかっただろう。

この地獄属性の追加攻撃が、どの場面においても本当に厄介だ。

今のような鍔迫り合いの途中でも、遠慮なく乱入してくる。

これでダメージまで耐性なしの状態だったならどうしようもない。


『瞬・刹那』


刀を弾き飛ばし鍔迫り合いから逃げると、魏蘭が刀を鞘に納めた。

そして、”何か”を言った。


(やばっ、”刹那の型”……!)


それがスキル・コールであるとわかった瞬間にラクは背中にナイフを回した。


『迅影!』


スキルコールが終わるか終わらないか、という瞬間的な時間で

魏蘭がいきなり背後に現れた。

そして、刀で背中が袈裟斬りにされた。

傍から見たら、魏蘭が一瞬、二人になっているほどのスピードだろう。

だが、ガードできた。

刀が背中の僅か上を撫でると、鋭い痛みが走った。


「くっ!!」


ナイフを回していたからこそ防御できたが、余りにも素早い攻撃だ。

攻撃を受けると、その攻撃を利用してラクは距離を離した。


(持ってるのは”瞬”だけか……?)


「刹那の型」というのは、”導侍”と呼ばれる魔法戦士の侍版のようなクラスが持つ技のことを言う。

”瞬”、”壊”、”滅”、”漸”の4種の型を持っており、それぞれが優れた技性能を持つ。

上位クラスになっても使われていて、中堅クラス以上になると、剣士型キャラの特に警戒しなければならない能力となる。

なにせいきなり背後に現れたり、地面から攻撃を出したりするのだ。

離れていても、単純に防御を固めていても油断できないのである。


(チッ……やはり読まれたか)


このスキルは強力なのだが、弱点がある。

”スキル・キャパシティ”が大きい事だ。

キャラクターには持てる能力の容量(キャパシティ)とも呼べるものがあり、刹那の型はそのキャパシティが大きいのである。

だから複数の型を持っていると、それだけの他の能力を憶え辛くなる。

この辺りのキャラの能力構成の組み方も、プレイヤーの熟練度合いが出る。


「はぁ……はぁっ……」


傍目から見ていると互角な戦いだが、明らかに分が悪い。

回避や攻撃の受けを少しでもミスれば即死であるし、防御するだけでもじわじわと体力が削られていく。

魏蘭はそれを見越してか、力任せの攻撃こそしてくるが、反動の大きな技や隙の大きな魔法攻撃などは使用してこない。

確実に勝ちに行っている。

こういう相手が、一番戦いにくい。


「そろそろトドメと行くか。”レ・ダルー・コール・イー・コール”……」


「うっ!」


魏蘭は、ラクの体力が無くなってきたのを見計らうと何かの呪文を詠唱し始めた。

魔法攻撃のようだが、それが何かまではわからない。

ただ、今度の魔法攻撃は例え地獄属性でも防御は出来ない。

フィールドのような耐性が高くなっていると影響が小さくなるスキルとは違い

完全に攻撃用の呪文を喰らえば、どうなるかは明らかだ。


「こ、これでも受けてみろ! ”パングレネード”!」


ラクは腰につけていたアイテムランチャーを使い、小さな爆弾を放った。

”パングレネード”は、通常のグレネード弾よりもやや大きい科術武器である。

呪文の詠唱を始めた無防備な状態ならば、命中するはずだ。


―――グオオオ!!


「なっ!?」


まっすぐ飛んで行ったグレネード弾は、魏蘭に命中する直前に防がれてしまった。

地獄フィールドの影響で、魏蘭を守るように鬼の腕が現れてきたからだ。


「悪いがこのフィールドを飛行する物体は、こういう風に魍魎どもの格好の餌食になる。投擲武器や銃弾は、ここでは易々とは届かんよ」


(やばい……ッ!!)


「さぁ……炭よりも黒く染まるがいい! 『煉獄鬼ノヱ』!」


魏蘭が呪文を完了させ、スキルコールを行うと彼の周辺に巨大な光の円陣が5つ現れた。

トラックでも通れそうなその巨大な光円の中から、炎に塗れた何かが現れた。

鈍く金色に輝く異形の目、炎が纏わり付いているというのに、焦げていない紫色の肌。

それは―――「鬼の頭」だった。


「しまったっ!!」


鬼の頭が出てくると、今度は他の4つから恐らくは鬼のものだろう腕と足が2つずつ出てきた。

だが今度は完全に炎の塊としか言いようが無いものだ。

それは、何もかもを飲み込む真紅の炎の色をしていた。


「ガアアアア!!」


鬼の叫びと共に腕が伸び、ラクの身体が業火に飲み込まれた。


「ぐわああああっ!!」


腕が何度も薙ぎ払い、足が蹴りの動きで身体を通り抜けていく。

火炎が身体を焼き、装備品が見る見るうちに破壊されていく。

やがて体力がほぼゼロまで減り、ラクは地面に伏した。


「ううっ……」


「む……? 生き残ったか? アーティファクトのおかげか」


もうほぼ勝敗は決していた。

トドメを刺そうと、魏蘭が近づいていくと―――ディズプが上空から魏蘭の前方に降りてきた。


「ディズプ!? 一体どうした、その姿は?」


降りてきた、というよりは半ば落ちてきたような感じだ。

息を切らし、かなりボロボロの状態になっている。

それに魏蘭が驚き、彼に駆け寄って言った。


「ふ、不覚不覚を、取った……合流、合流だ」


魏蘭はディズプが焦っているその姿を見て、僅かに動揺した。

相当な強さを持っている他のメンバーが、こうまで傷ついている姿は見たことが無かったからだ。

どうやらもう一人の方と1対1で戦ってこうなったのだろう。

余程相性が悪かったか、それとももう片方も雑魚ではないのか。

魏蘭が周囲を警戒すると、セイグンタも遅れてその場に到着した。


「ラク! 大丈夫か!」


「ぐ、グンタか……助かった。もうちょっとでやられる所だった」


「たまにオメェーのそういう姿が見れると安心するぜ。ホレ、さっさと回復しろ。回復薬のひとつふたつ持ってるだろ」


セイグンタが現れると彼が前へと出た。

魏蘭はディズプに回復薬を渡し、大きく跳躍して道の反対側へと回りこんだ。

丁度ディズプと魏蘭とで、挟み撃ちになるように配置を変えたのだ。

ディズプが回復薬を飲むと、ラクも同じタイミングで傷薬を使って体力を回復させる。

そして二人ともある程度HPが戻ってきたところで、戦闘が再開された。


(アイツ、めっちゃつええな……ヤスの野郎がここまで追い込まれるとは)


(あの異国風の侍が仲間か。ディズプをここまで痛めつけるとは……)


今度は魏蘭対セイグンタ、ラク対ディズプの形だった。


(狂気の魔術師か……幻惑攻撃がどこまで防げるかわからないが、やるしかない!)


(あいつあいつ、魏蘭と正面から戦えてた……あいつも至近至近型、か?)


じりじりと二人と二人が距離を詰め、まさに攻撃に入ろうとした時。

遠くから微妙に間の抜けた声が響いた。


「待つでござる~~~! その戦闘、待ったでござる~~~!!」


「はん? な、なんだぁ? いきなり」


「んん……? ダパルか? どうしたのだ」


山東我門タワーの中から、ダパルケットが現れた。

かなり慌てた様子で、対峙していた魏蘭とセイグンタの間に割って入る。

と、同じくしてダパルケットに続いてアリカもやってきた。


「そっちも、ちょっと待ったぁ~~~!」


「う……? その声、あの時おれ、おれに注意してくれた……」


「その声は……銑里ちゃんか?」


二人と二人の間に、また別の二人が入り、戦闘が中断される。

靖樹らはこの後、二人から事情を聞き、驚く事になるのだった。

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