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63:”無法”の体現者(25)-BOSS-

 荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。だが戦いの中で突如として割り込んできた「クエイ」と呼ばれる政府高官が率いる陣営に、悪人街の大半の人間が捕えられてしまう。

 彼らの目的はエクスクモを倒し、政府機関より排除する事だった。

 それに気付いたラク達は、エクスクモと協力し、彼らの作戦を一時的に阻止するも、クエイがチート・コードを使用し、窮地に陥ってしまう。

 全ての作戦が失敗し、エクスクモが仲間を守る為、自分のキャラデータを削除し始める中、ラクはキャラチェンジを使い「グンバ」となり、捨て身の一撃を仕掛けると、何故かその攻撃は今まで全く攻撃が通用しなかったクエイに通ってしまった―――

(文字数:17465)

 静寂が場を支配していた。

 その場に居たのは、豚の戦士の姿「グンバ」となったラクォーツと、今までその場に居たどんなプレイヤー達よりも強かったスーツ姿のチート使い「クエイ」だ。


「許さん……絶対に許さんぞ……!!」


 全ての敵を薙ぎ払ったクエイは、何故かキャラを変えただけのラクに、大ダメージとなる一撃を受け、その痛みから表情が激変していた。

 今までの、余裕で満ち溢れていたその顔は、捻じ曲がった怒りの表情に。

 そして、全く攻撃が通らなかったクエイにダメージを与えてしまった当のラク、いや「グンバ」は、呆気に取られた表情でいた。


(攻撃が通った……!? どうしてだか……?)


 クエイはチート・コードのプログラムによって、全てのステータスが最大となっているため、鋼鉄の身体、無限の攻撃力、そしてマッハいくらというほどの敏捷さ、更に破壊された部分からすぐに傷が埋まっていく恐るべき回復力を備えている。

 まさに無敵というほかない状態だ。

 だが―――グンバの攻撃はそれら全てを貫通し、一気に3割ほど削った。

 クエイの体力は、恐ろしいスピードで回復しているが、この威力なら何度か連続で攻撃を打ち込めば倒せるかもしれない。

 しかし、どうして攻撃が通ったのか、全くわからなかった。


「死ねィッ!!」


 クエイは拳を握り締めると、それを天へと高く突き上げ、言った。


「降れ! 銀の雨よッ!!」


 クエイが呪文らしきものをコールすると、夜空に突然、星の光が満ち始めた。

 ファシテイトの都会の夜空は、人工の明かりを再現している為、現実の都会同様、星の光を見ることは殆ど出来ないがそれでも星が無いわけではない。

 空には確かに星はあり、その一つ一つが今、クエイの呼びかけに応えて、突如として輝きを増し始めていた。


「な、なんだぁ……!?」


 やがて光が激しくなり始めると、そのいくつかが空から地上へと降り注ぎ始めた。

 巨大な建物の塊のような”星”が、地上へと落ちて来る。


(え”……ッ!? ま、まさか、め、メテオ!?)


白金イングラフラム落星メテオ!!」


 グンバがその場から逃げると、地上へとひとつの星が落下し、大爆発を起こした。


「うわぁっ!!」


 倒れこんだ後、グンバが自分が居た場所を見ると、そこには大穴が口を開き、周辺にあったコンクリートの地面がぐらぐらと煮立っているのが見えた。

 余りにも高熱であるため、ドロドロのタール状に融けてしまっているのだ。

 こんなものが命中したら、間違いなく死ぬ。

 だが落ちてくる星はひとつではなかった。


「トドメだッ!!」


「う、うわあぁっ!!」


 二度目、三度目の星がグンバへと命中し、グンバの身体は真っ白な爆発の光に包み込まれた。


「し、新入りっ!!」


 悪人街のほかのプレイヤーは、崩壊しかけている横浜駅と、周辺の破壊されたビルに逃げ込み、落ちてくるメテオ攻撃を避けていた。

 今のもどこの建物も潰れてしまいそうだが、これでも建物の外に裸のような状態でいるよりは遥かにマシである。


(くっ……!)


 ガンテスはシエラの身体をいち早く抱きかかえ、駅の中へと逃げ込んでいた。

 そして、他のプレイヤー達と共に、グンバとクエイが戦っているのを見ていた。

 だが、あのメテオが命中してしまった今、もはや彼が生きている事は無いだろう。

 誰もが、そう思ったが―――


『干渉できません。マスター・コードではありません』


「……ありゃ?」


 白銀色の爆発が収まり、粉塵と爆炎が止むと、グンバは何食わぬ顔で攻撃の中心部に立っていた。

 クエイはその姿を見て、驚きの声を漏らした。


「何……!? き、効かない!? 何故だ……!?」


「す、すげぇ! あいつ攻撃に耐えてやがるぞ!」


 グンバが攻撃を耐え切る姿を見ていたプレイヤー達が、歓喜の声をあげ、声援を送り始めていく。


「そうだぜ! こっちにもチーターが居たじゃねぇか! あいつならやってくれるはずだ!」


「やれ! やってくれ掃除屋の奴!」


 クエイは苦々しく顔を歪ませると、今度は腕をこちらへと向け、更に魔法攻撃を放った。


魔弾マジックボルト!!』


 グンバは思わず身を低くして回避しようとするが、いくつかの源子弾が身体へと命中した。

 今度こそダメかとグンバは観念したが、魔弾は身体に命中すると、粉々に砕け散るように消え、大して痛くも無ければダメージも殆ど入っていなかった。


『干渉できません。マスター・コードではありません』


「う……うん?」


 体力が元々、残り25%ほどなので、どれ位減ったかがわかりにくいが、とにかく微量だった。

 何かのシステムメッセージと共にダメージが”僅かに”入っただけだ。


「う……!? ま、またしても効かんだと……!?」


(今、システムメッセージ、なんて言っただか?)


 グンバは二度目となったシステム・メッセージが気になった。

 クエイには遠いからか聞こえていないようだが、自分にははっきりと聞こえた。

 そして、攻撃を受けた時に、まるでガラスが砕けるようなエフェクトが、魔弾のほうに起こったように見えた。


(耐え……られた? 効かなかっただか? いや……そういうわけじゃないだ。痛みもあったし、HPも少しだけ減ってるだからぁ、単純に”物凄く軽減された”ってだけだなぁ)


 メテオ攻撃での大破壊攻撃後の、静寂が支配する中、2人は動けなかった。

 クエイは、自分の攻撃が効いていないという想定外の事態から、そしてグンバは、自分がどうして攻撃を耐えられているのかがわからず、まだ原因を考えていたからだ。

 やがてクエイが痺れを切らし、魔法攻撃を発動させた。


「ま、まだだ! もう一撃!!」


 掌を上へと高く上げ、力の限り地面へと振り下ろす。

 すると空の星の光が再び輝き始め、地上へと降り注いでいく。

 しかし、先程のような凄まじい破壊の雨ではない。

 細やかな惑星片の雨が降り始めた。


流星シューティングスター!』


 クエイが発動したのは、今度は流星の魔法だった。

 威力はメテオほどではないが、攻撃の数は桁違いである。

 生き残っていたプレイヤー達が、入っている建物にも降り注ぎ、今にも崩れそうな横浜駅などを容赦なく揺らしていく。

 まるで大きなひょうが降って来ているかのごとく天井を流星の欠片が叩いた。


「お、おい、大丈夫なのかよ。駅の方はよ」


「た、隊長、俺たちはどうしたらいいんでしょうか? 加勢するべきですかね?」


「無理だ。こんな状態じゃ、外に出ただけでお陀仏だろうぜ。それより、誰か回復薬持ってねぇか。シエラの傷を治したい」


「え? 裏切った……シエラさんを、ですか?」


 ガンテスの部下が言うと、ガンテスはシエラの事を言った部下にデコピンを放った。


「い、痛ッ!!」


 大きな指から放たれた一発は、まるで固い割り箸を叩き付けたように、部下の頭を揺らした。


「いってぇ~……! た、隊長、一体何を……!?」


「いいか。シエラが今味わってるのは、こんなもんじゃねぇんだぞ」


 ガンテスが厳かに言うと、聞いていた部下達と、周りに居た者は思わず息を呑んだ。

 皆、「どうして敵をわざわざ助けるのか」と思っていたが、次に放ったガンテスの一言にその考えは間違っていたと思うこととなった。


「今は……もうゲームじゃあねぇんだ。ここに居るのは裏切り者じゃねぇ。利用されちまって、無残な状態になってる。”俺たちの仲間”だ。それを助けて何が悪い?」


 ガンテスは全くぶれることなく言った。

 シエラは”裏切り者ではなく仲間”だ、と。

 その瞬間、周囲に居た者達が思わず俯いた。


「……利用されていただけ、か」


「そうだな。俺たちだって、目を付けられてたら、向こう側に引き込まれてたかもしれない」


 場の空気が一変すると、なけなしの回復薬はすぐに集まった。

 ガンテスはそれを全く躊躇せずにシエラへと全て使用し、少しでも体力を回復させていった。


「これで痛み止めぐらいにはなるだろ。とはいえ……」


「槍を抜けないんですか?」


「ダメだ。こいつぁ”欠損ダメージ”になっちまってる。四肢が欠けてるのと同じだ。痛みの制限が無くなってる今、無理に引き抜くと、今よりもやばい状態になるかもしれねぇ」


「でも、こいつが刺さったまんまじゃあ、薬の効果が……」


 いくら薬を大量に使って、大回復を行っても、槍が突き刺さったままでは効果が薄い。

 欠損部位が回復しない状態となっているため、肝心の体力が戻らないからだ。

 すぐにでも復元などを行える魔方陣か、街の施設に行かなければならないが、今の状態では戦闘エリアを抜けることも不可能だった。


「あの新入り野郎に賭けるしかねぇな」


「決着が付くよりも、建物が崩れるのが先かも……」


 ガンテス達が逃げ込んでいる横浜駅は、今のところは流星の攻撃に耐えているが、元々、クエイの攻撃で両断されてしまった後なので強度的にはかなり磨耗している状態だ。

 いつまで持つかはわからない。

 天井を削る音が、段々と大きくなっていくような不安を胸に抱きつつも、ガンテスは駅の外で攻撃を耐えているグンバに目をやった。


(頼む新入り……何とかそいつを倒してくれ……!)



 流星の降り注ぐ中、グンバは流星の攻撃を少しでも回避できるように、近くにあった壊れた自動車の下に潜り込み、攻撃を耐えていた。


(考えるだ。何で効いてないだか……)


 今にも自動車は破壊されそうだったが、クエイはまだ先程のパンチが効いているらしく、呼吸を整えているだけで追撃を行ってはこない。

 グンバはその隙を見計らって、思考をフル回転させていった。


(その理由がわかれば、もしかするとアイツにも、何か反撃の一手が打てるかもしれないだ)


 本来ならば、あっという間にやられてしまうだろう相手からの攻撃。

 それを何故、耐えられているのか? そして先程の攻撃が通った理由は何か?


(オラとあいつとで、今、違うところ……クエイの方は、管理者でチーターだぁ。オラのほうは……名前だけがチーター。今使ってるこの”キャラチェンジ”は厳密にはチートじゃないだ。マルールに貰ったもの、だ。その違い……って事だか?)


 さっきまで、この”キャラチェンジ”を使うまでは自分は他のプレイヤーたちと同じ、チート攻撃の前に成す術が無かった。

 オークへと姿が変わった後から、攻撃が急に通るようになったのである。

 しかし、姿が変わるこの自分のコマンドは、”本当に姿が変わるだけ”のはずである。

 友好的なモンスターなどと話せるようになったりはするし、オークとなって、僅かにHPなどが変化はするが、サイモンと戦った時に、コテンパンにやられたように能力的には変化は殆ど無いはずなのだ。


(でもそれなら、なんで攻撃をこうも防御できるだ? 普通に使う分には、モンスターの姿になるのは、ステータスや特性が変化しても、ゲームプレイの進行事態に影響を及ぼしてなかったはずだぁ……)


 通常プレイでは、影響は現れていなかった。

 この今使っている変身コマンドは、どちらかというとチートでデータを弄るというよりは、”いずれゲーム内で使えるもの”をふとしたラッキーから先に使えているだけ、という感じだ。

 ”公平さ”では全く違いはない。


(……そもそんも、攻撃を、無効できてたわけじゃないだ。確か)


 今まで起きた事を、可能な限り思い出し、今起きているこの事態がどういった理由で引き起こされているのか? を推理していく。

 ゲームでバグを発見した際に、その理由を探すかのように、ゲーマーとしての嗅覚と直感を駆使して、思考を逡巡させる。


(まんず、やってるのは……”防御”だ。相手の攻撃が”極端に弱く”なってるだ。それができてるのは……”相手がチート使い”だから? このキャラチェンジ時は、”チートを防御”してるだか?)


 グンバはそこで最初の方に、システム・メッセージとして鳴り響いた声を思い出した。


(確か―――)


『干渉できません。マスター・コードではありません』


(こんな感じの……”マスター・コードじゃない”って言ってたはずだぁ。だから、つまり……”防御”じゃなくて……何か別の……なんていうか)


 流星が車の天井部分を破壊し、金属が穿たれる音が自分へと近付いてくる。

 もう車のシャーシと底の金属板が破壊されれば、流星の雨の中に自分は投げ出される事になる。


(……もしかして―――!)


 しかしそんな中、グンバはしっくりと来る言葉を思いついた。

 今のこの現象を説明するに、ピッタリというほか無い言葉を。


(オラの使っているこれは”ワールドマスター”のコードだぁ……そしてクエイの使っているものは、管理者権限だから、要するに”ゲームマスター”の使うコードと同一のもの、いや、”同一のレベル”のはずだ。なら……今のオラの使っているのが―――いうなれば、ゲームの”本当の製作者”の使うコードのはずなんだぁ。だから……アイツよりもオラのほうが、使っているコードの、なんというか、”優先順位が上”なんじゃないんだか?)


 チート・コードはゲーム上のデータを弄る為のコマンドである。

 システムデータ自体を改変するほどの力は無い。

 だが―――今、自分が使っているのは”ゲームの開発者”が使っているものである。

 それは、もしかするとシステムを直接書き換えて、キャラの変化を行っているのではないか?

 このデータが何よりも優先されているのならば、クエイの”データの上書き”が下位権限のものとなっており、全て無効化されているのではないか?


(考えてみると……さっき喰らったメテオの威力、丁度、初心者がこっちに憶えたてのファイア・ボールを当てたぐらいのパワーのような……)


 魔法攻撃の初歩の初歩である「ファイア・ボール」。

 グンバは騎士姿の「ラク」である時に、ダメージの計算などをやる為に初級魔法を喰らった時の威力を測定した事があったのだが、それと丁度同じような威力であったような気がした。

 ”火で炙られた”というレベルですらない、強い熱風が当たった程度のダメージだ。

 クエイのチートが無効化されていて、全く強化がされていない魔法攻撃なら、丁度そのぐらいの威力だ。


(つまり……チートで上昇している分のステータス。攻撃も防御も、両方が”無効化”じゃなく、”初期化”されてるんだ! ってことは今なら―――普通にこちらからの攻撃が全部効くはず……!)


 グンバはその結論に至ると、隠れていた自動車の下から意を決して這い出た。

 そして流星の雨の中、仁王立ちとなってクエイを見た。


「……」


 車が流星の雨に削り壊さていく中、グンバの体力は殆ど減らなかった。

 クエイの全ての能力が、自分にとっては”初心者の使うそれと同じ”なら、無理矢理使っているこの流星の雨は、殆ど攻撃力の無いものとなっているはず。

 身の丈に合わない力で動かしているのだから、攻撃力自体がまるで無いのだろう。

 思ったとおり、流星の雨は自分に命中しても、雨粒のようにすぐに砕け散っていく。


(これなら……!)


 グンバは流星雨の中、クエイへと全力で駆け寄っていった。

 クエイは、その光景を前に双眸を見開いた。

 流星の雨をものともせずに、モンスターがこちらへと突進してきたのだから。

 グンバはクエイへと肉薄すると、右腕で思い切り顎めがけてパンチを放った。

 クエイは動揺していたからか、全く回避行動を取れず、またも顔面に拳がめり込む。


「ぐ、う”お”ッ!?」


「もう一発ァッ!」


 グンバが更に殴りかかろうとすると、クエイは激昂し、突如、グンバの目の前から姿を消した。


「うっ!?」


 クエイが消えると、流星の雨が止んだ。

 同時に、周囲に余り耳にした事が無い音が聞こえ始めた。


―――キィィ……


(んん……? な、なんだぁ、この音……)


 機械の音のようだが、音は大きくなったり小さくなったりしていた。

 グンバがクエイの姿を探し、周囲を警戒していると、クエイの声が周辺に響き渡り始めた。


「ク ソ 豚、が……!!」


(!)


 声は一方向から聞こえてくるわけではなかった。

 周囲一帯から、まるでスピーカーを通してのように広い範囲に響くように聞こえてくる。

 クエイの声は、静かなる怒気を纏っていた。

 いやもはや、それは”殺意”と呼んでもいいものかもしれない。


「どうやら チーターという噂は 本当だったようだな……今まで力を 隠していた というわけか」


(ど、どこだか? どこから話してるだ……!?)


 グンバはクエイの姿を探すが、どこにも姿が見えない。

 やがて―――機械音が急に大きくなり始めた。

 同時に、横浜駅のほうからサイモンの激が飛んだ。


「首を守れ新入りッ!!」


 サイモンの声が耳に入ると、グンバは反射的に首に腕を回していた。

 同時に、鋭い痛みが腕へと走った。


「ぐっ……!!」


「チッ……余計な事を」


 グンバはその時、一瞬だけ目の前にクエイの姿が現れたのを見た。

 手に先程、匂坂達との戦闘で使っていたバタフライ・ナイフを持っている。

 これを使って、どうやらこちらの首を狙ったようだ。

 グンバはクエイを掴もうとするが、すぐに彼の姿は煙のように掻き消えてしまった。


「し、しまっただ……!」


「無駄だ 無駄」


 再び、周囲に機械音のような高い音が鳴り響いていく。

 それが何の音であるのか、グンバはやっと理解した。

 これは、クエイが余りにも高速で動いている為に発生する”空気の切り裂かれる音”なのだ。

 野球やサッカーのボールが、すぐ自分の近くを通過した時に、耳元で流れる音の大きなものが鳴っているのである。


(クソ、なんてスピードだ……!!)


 どうやら、今のこの状態はクエイとの攻撃力、防御力の差は埋められるが、クエイ自身が持っているスピードまでを打ち消せるものではないようだ。


(攻防の数値は初期化出来てるみたいだけど、動きまでは無理だって事だか? どうするだ……? 補足出来ない相手は、どうすればいいだ……?)


 グンバは音が大きくなるたび、首を守りながらクエイを掴もうとするが、相手の姿が殆ど見えない。

 影のようなものが滑るように動いているのが、かろうじて見えるが、まるで鳥が空を飛ぶ影を追う様で、全く追いつける感じがしない。

 やがて―――グンバの左目に、鋭い痛みが走った。


「ッッ!!」


 目を押さえると、自分の目の前の光景が深紅に染まっていくのがわかった。

 それは薄い赤色が画面全体に掛かった状態で、片目だけをつぶった状態のようだった。


(しまっただ……左目を、潰された……!)


 周囲に風を裂く音が再び充満していく中、クエイの声が再び響いた。


「さて もうすぐ終わり だ このまま―――全身を切り刻んで 出来損ないの ハムのようにして 殺してやる……!! 現実の意識もろとも 焼き切れて 死ねッ!!」


(くっ……!!)


 クエイの攻撃は、今、確かにチートでの上昇分が掻き消されている為、大幅に減少している。

 つまりはスピード以外の数値がグンバにとってはレベル1と同じ状態となっているのだ。

 だから、単純に刃物での攻撃であっても、かなり綺麗に決まられなければ、即死させる事はできない。

 しかし―――スピード差を埋められない以上、もはやグンバに打つ手は無かった。


「は は は は !! どうした 逃げてばかりか !!」


 グンバはクエイを捕まえようと、音が大きくなるたびに、クエイの影を掴もうとしていた。

 熟練のゲーマーである自分のカンを頼りに、高速の一撃を巧みに回避し、致命傷は逃れながら、粘り強く戦っていく。


(くそう……一瞬だけでも、動きを止められれば……!)


 その姿を、悪人街の生き残り達は固唾を呑んで見守っていた。

 その勝敗次第では、自分達の運命も決する。

 これが”最後の対決”であったから。


「な、なんでアイツ、チーターとまともに殴り合えてるんだ……!? クエイのSTR値、見たこと無い数値だってのに……」


「ここに、居たかァァ~……」


 横浜駅のほうへ、シーカーがくたびれた身体を引き摺って入ってくる。

 肩にはアズールを抱えており、彼もアズールも、先程のクエイとの戦闘で身体はボロボロの状態となっていた。


「シーカー、生きてやがったか」


「何とかなァァ~……アズールの奴も、俺もォ、もう起きてるのがやっとだがよォォ~~~……」


 シーカーがその場にアズールを下ろすと、彼もへたり込み、荒い息を漏らした。

 ダメージがかなり身体に溜まっているようで、もはや動く事はできなさそうだった。


「た、隊長。今更なんですけど、何でアイツ、普通に攻撃できてるんですか……? 相手、チーターなんじゃ……?」


「わからん。同じチート使いだから、か……? あの野郎、チーターだって言ってたしな」


「いやいやいや。確かあのラクォーツって奴、そういう事は出来ないって言ってたじゃないッスか! アズールさんに言ってたの、俺聞きましたよ!」


「そんな事をオレが知るかよ! 出来てるんだからやれてンだろ!」


 グンバは攻撃を避けながら、もはや攻撃のしようがないクエイを捕まえようと奮闘していた。

 傍から見ると滑稽な姿にも見えるが、相手のスピードが尋常では無い。

 そして、今まで散々に力の差を見せ付けられていた悪人街のプレイヤー達からはその姿は異常な風に見えていた。

 シーカーは、その姿を見て、呟くように言った。


「……いや、仮にィ、アイツがチートを使えても、普通の奴じゃあ、クエイには勝てないはずだぜぇ~……」


「え? ど、どうしてだ? 同じ力だから、互角にやれてるってわけじゃないのか?」


「違うぜェェ~~……クエイが使ってるコードは、あいつの台詞を信じるならァ、国から与えられてる権限をそのまま悪用してるものだァ……だから市長とかァ、SGM社のゲーム・マスターが使う奴と、同レベルのことが出来るんだァァ~~……」


「新入りの使ってる奴は、同じじゃないって事か?」


「どんなハッカーでも、ファシテイトのシステムをハックは出来てねぇ。あいつの使ってるのは、権限のレベル自体が下か、どうやっても同等のはずだぜぇ……少なくともォォ……あんな、一方的に相手を殴り倒せるような事はァ、デキねぇはずだァァァ……」


「じゃあ、どうやってンだ……!?」


 ガンテスの問いかけに、シーカーは答えなかった。

 どうやっても、グンバの攻撃の方が上回っている理由が、わからなかったからだ。


(どう見てもォ……アイツのそれは、クエイの奴よりも優先されてる。って事は、まさか……ゲームマスターよりも上の権限のコードとでもいうのかァ……? 馬鹿な。有り得ねぇぜェェェ……!!)


 グンバの身体には、僅かな切り傷と共にダメージが蓄積していった。

 レベル差もあり、耐えられてはいるものの、元々グンバはかなりのダメージを受けていた為、HPが2割を切るのはすぐだった。


(回復分が削りきられたか……!)


 2割を切ると、途端に身体に脱力感が満ちていく。

 段々と”戦闘不能”の状態へと体力が落ち、移行して行っているのだった。


(負けたくない……いや、負けられないだ……!!)


 チート使いに負ける、という事はグンバには耐えられなかった。

 卑怯な手を使っている相手に負ける、というのは、ゲーマーにとって最大の恥であるように思えたからだ。

 しかし、それよりもグンバはちらりと目をやった先にあった光景を見て、考えていた。


(まだ、間に合うはずだぁ……!)


 グンバが見ている先には、エクスクモの姿があった。

 身体が白い燐光に包まれ、少しずつゲーム・データの削除が始まっていってしまっている。

 しかし、グンバは知っていた。

 まだ―――”完全に削除されるまで”は、時間的な猶予があるはずである、と。


(コイツを何とか倒しきれば……!!)


 絶望的な差がクエイとグンバにはあったが、グンバの戦意は全く折れてはいなかった。

 こちらの方が、まだ有利ですらあるのだ。大きな一撃が、上手く連続して決まれば、充分勝利の目はある。だが、その一撃を与えるのが難しい。


(一瞬でいいだ、一瞬だけ、動きを止める事が出来れば……)


 しかしもはやアイテムも、魔法攻撃を放つ余裕も無い。

 小細工を仕掛けるには、場所も悪すぎる。

 ”後一手”が、どうしても足りなかった。

 やがて―――グンバの体力が1割を切ると、本格的に立っている事が難しくなってきた。


「くぅっ……」


 思わずグンバが膝を着くと、再びクエイの声が聞こえてきた。

 風のように素早く動いているからか、いつもよりも高い声だ。


「さて……お前は首をはねてやろうか」


 高スピードでの攻撃が効いたためか、クエイは更にスピードを上げたらしく、もはや風を切る音と、影のようなものが舞っている光景しか見えなかった。


「一気に殺してくれるんだか?」


「ああ。ただ……本来なら心臓を狙ってやる所だ。首はな……切断された後、少しの間、意識が残るんだ」


 素早いスピードで話しているからか、音は周囲にこだましている。

 本来、こんな凄まじいスピードで話をすれば、声が早回しのようになって、聞こえなくなるはずだが、破壊された横浜駅に反響して、丁度、広域にスピーカーが響くような形になっているようだ。


「この痛覚設定が解除されている状態だと、ゲームを飛び越えて、現実の意識にまでダメージが残るかもしれない、との事だ。だから今までは一応、胸を狙っていた」


 グンバはそれを聞いて息を呑んだ。

 確かにこんな痛覚の制限が無い状態で、首を刎ねられでもしたら、その時に受ける「死の感覚」は、恐ろしいものになるだろう、と容易に想像できた。


「だが……貴様は許さん。首を何度も切り裂き、最後に切り飛ばしてくれる―――!!」


(……くそっ、そ、それって、殺害予告と全く同じじゃないだか!)


 グンバは現実とゲームの区別が出来てないのはどっちだよ、と思った。

 クエイも気付かない内に、ゲームの虜になっているのではないだろうか?

 だが、そんな事を考えている暇はない。


「うっ!」


 風が強く身体に吹き付けられたかと思うと、首元に痛みが走った。

 同時に、首筋に赤い線が走っていく。

 どうやら、処刑の時間が開始されたようだ。


「くそっ! ど、どこだ!」


 グンバは首元を押さえ、慌てて周囲をまさぐるが、風のように動いているクエイを捕まえられるはずも無く、手は空を掴むばかりだった。

 このまま、何度も首へと攻撃を掛けて、予告どおり最後に首を刎ねるつもりなのだろう。


(ダメだ! こんな一か八かに賭けてちゃあ、ダメだぁ!)


 エクスクモは、グンバが無駄な抵抗をしているのを遠目から静かに見ていた。

 キャラが削除されていっているからか、意識が薄れていく。

 そのせいか、感情が乏しい感じがしていた。


(なんで……そこまで、粘るってんだ。勝てるわけがねえだろう。最初ッから、チートなんかしてる野郎に……)


「無駄な抵抗は止めたらどうだ? 綺麗に首が飛べば、気持ちよく死ねるかもしれんぞ?」


「ふざけるんじゃねぇだぁ! おまいみたいな、卑怯な奴には、オラは絶対に負けないだ!!」


「この力の差を見て―――まだそんな事を言うか!」


「例え最初から勝てなくても、最後までオラは戦うだ……それが―――ゲーマーってものの生き方だからぁ!!」


(……!)


 エクスクモは、その一言に、思わず息を呑んだ。

 自分が昔―――ゲームを始めた頃に、抱いていた心。

 ゲームというこの世界に持っていた、憧れや情熱。そして夢。

 挫折し、再起していく中で、効率さや冷静さを得るのと引き換えに、失ってしまったあの”熱さ”を思い出したからであった。


「下らん……ならば、そんな言い訳も通じないほどに……貴様も無残な負けを晒せッ!!」


 再びクエイの容赦ない斬り付け攻撃の嵐が始まった。

 じわじわと、恐らくはもはや急所を狙っていない攻撃が連続して全身に加えられ、グンバの体力がどんどん削り取られていく。

 グンバはそんな状況の中、ひとつのことを思い出していた。


(あの時……)


 それは、最初にクエイがガンテス達と戦っていた時の事だ。

 最後にガンテスの胸に、抜き手を仕掛けて倒そうとした時。

 シエラが”何か”をしようとして、クエイの動きは止まっていた。


(何をやったのか、よくわからなかったけんども……)


「は は は。どうだ、じわじわと命が削られていく気分はぁ!!」


 あれは、ただクエイが”驚いた”だけだったのだろうか?


(いや……確か、確かに、クエイの動きは”止まっていた”はずだど)


 頭にやがてクエイのナイフの一撃が掠ると、そのショックでシエラがやっていたポーズが頭に浮かんだ。

 掌を前にして、何か、握りこむような仕草。

 それは、どこかで見た事があるようなポーズだ。


(あれはアイテムや、魔法攻撃じゃなかっただ。ある程度離れた位置から……)


 その時―――”あること”がグンバの頭の中でフラッシュバックした。

 それは、最初にサイモンと地下の廃駅内で戦った時のことだ。


(……待てよ。あのポーズ、なんか見覚えがあるような……)


 シエラと同じ事を、サイモンはやっていた。

 それはなんだっただろうか?


『ハッ……こんなモンがオリに当たると思ってんのかぁ?』


(―――ッ!!)


 サイモンの声を思い出したと同時に、グンバはシエラがやっていた事が”何”であったのか、直感した。

 サイモンから教えてもらった”アレ”と、シエラのポーズが全く同じではないか、と。


(シエラさんの方がレベルが高いから、”距離”を取れる、って考えると……!)


 グンバは膝を着くと、これからやる”攻撃”を頭の中で素早く組み立てていく。

 それは逆転の為の、一縷の望みを掛けた”賭け”だ。

 だが―――やらないでこのまま倒されるわけには行かない。

 それが、自分の信じるゲーマーとしての戦い方だからだ。


(最後まで、もがく。もがいてやるだ……!)



 グンバは膝を着くと、身体を完全に脱力させ、呼吸を整えていた。

 同時に、攻撃は止んでいた。

 人型の物体が、空を切る金属音にも似た音だけが、周囲に響いている。


(思った通り、一気にトドメには来ないだな)


 クエイの性格を考えると、この状態にした後で、恐らくはこちらに命乞いの強制やら、脅しやらを掛けてくるはずだ、とグンバは読んでいた。

 官僚としてやるには余りにもリスクが高すぎる悪人街への攻撃を画策するほどの恨み根性満載の人間である。

 恐らくは、エクスクモへとしたように”負けを認めさせる”という事を確実に最後の攻撃の前にしてくるはずだ、と思ったからだ。

 やがて、グンバが抵抗できなくなったと思ったのか、クエイが動きを止め、グンバの前方、離れた位置に現れた。


「どうやらここまでのようだな。さて……最後のチャンスだ」


 クエイは拳を握ると、親指を地面へ向けて、下へと落とすサインを見せた。

 ”サムズダウン”と呼ばれるもので、相手にブーイングをする時や「地獄へ落ちろ」という侮辱の意思を見せるサインである。


「土下座して詫びろ。そうすればトドメは勘弁してやろう」


「……悪趣味だんな」


「悪趣味? 寛大な心を見せてやっているんだぞ? あそこのクズのように、データの削除まではしないでいい、と、見逃してやっているんだからな」


「官僚ってのは……どうもやっぱり、想像通りの奴らみたいだんな。おまいみたいな―――腐った奴らばっかりなんだろうなぁっ!」


 グンバが放った言葉が、そのまま引き金となった。

 それに呼応するように、クエイが怒声を放った。


「―――豚が、一端の口をほざくなぁっ!!」


(今だっ!!)


 クエイの姿が声と共に掻き消え、こちらへとトドメの突進を掛けてきたその時、グンバが空中で何かの動作を行った。

 空中で何かを掴むような、妙な仕草だ。

 すると同時に―――


「う……な、なにっ!?」


 グンバの前方に、突然、クエイの姿が現れた。

 まるで、足に見えないツタでも絡まったように、クエイの動きがいきなり”詰まった”のだ。

 前のめりにつんのめった形になり、身体のバランスを崩し、転びそうになった。

 グンバはそこを狙い、一気に飛び掛った!


「うおおおっ!!」


 温存していた力を使い、クエイの胸元を掴む。

 そして腰を身体へとひきつけ、柔道の要領でクエイの身体を持ち上げた。


(確か……足の速い奴は、こうやって身体を浮かせれば、動きを止められたはずだぁ!)


 どんな素早いキャラも、そのスピードを生み出しているのは脚力である。

 足が地面に触れていなければ、動く事はほぼ出来なくなる。

 それがスピード型キャラに共通する、大きな弱点だ。


「ぐ……!? あ、足が……!!」


「ふんぬッ!!」


 グンバはクエイの掴んだまま、思い切り顔面を三度殴りつけた。

 一気に最初のパンチが命中した時のように、HPががくっと減少する。

 最後にグンバが顔面に頭突きをかますと、無理矢理クエイは身をよじって逃げた。


「ぐっ……ら、ラッキーパンチが……二度三度と続くと思うなっ……!!」


(一気にコンビネーションで攻撃を叩き込まないとダメだぁな)


 再び、甲高い空気の擦過音が聞こえ始める。

 左目を潰された中、グンバは再度、攻撃が放たれるのを待った。

 やがて―――クエイの体力が自動回復しきると同時に、黒い影が背後から迫って行った!


(死ね……!!)


 死角からの攻撃。クエイはこれで自分の勝利を確信した。

 だが―――後ろへとグンバが突然、振り向くと、再度、先程と同じように眼前で手を振った。


「うっ!?」


「そりゃあぁッ!!」


 最初と同じなら結果も同じであり、クエイは再度胸元を掴まれると今度は身をよじる暇もなく、ヘッドバッド、膝蹴り、そして思い切り顔面へのストレート・パンチを食らった。

 最後の殴打は、思い切り顎を抜けるような一撃を受けてしま、クエイは頭が一瞬真っ白になる。


(ぐっ、ぐううう……!? なっ、何だ、コイツの攻撃は……!?)


 攻撃を喰らうと同時に、クエイは身体に激しい脱力感を感じた。

 まるで身体から空気が抜けていくように、満たされていた力が消えていくような。

 そして同時に体内に鉛が詰め込まれていくような、重みが急激に身体に満ちていく。


(ち、力が……抜ける……!?)


 それは、自分の気力がダメージを受けた事で削られていっている”精神的な疲労”だった。

 思いきり痛覚制限なしでの殴打攻撃を受けた為、現実の意識へとダメージが跳ね返っているのだ。

 通常のゲームプレイでも、これは起こりうることだが、感覚制限がちゃんと盛り込まれている為に急激な消耗とはならない。

 だが、ゲームのプレイなどを殆どやらないクエイには、何が起こっているのかわからなかった。

 そして、エクスクモやグンバのように、気力を強く持って戦うことも出来なかった。


(くそ、クソがぁぁぁぁっ!!)


 クエイは何度か高速移動のチートで攻撃を仕掛けようとするが、何故かどの攻撃も掴まれてしまった。

 魔法攻撃や飛び道具は殆ど効かず、痺れを切らして接近すると、たとえ背後からでも何故か掴まれる。


「そこだぁっ!!」


 グンバは相手の動きを掴んで止めると、その度に、クエイに喧嘩技のような攻撃を仕掛けていった。

 ヘッド・バッドを執拗に加えてからのエルボー・アタックやフック、膝蹴りと加えてからの打ち下ろしのチョッピング・ライトのコンビネーションなどだ。

 これは、ファシテイトの格闘技を学んでいれば、ごくごく初期に修得する投げ技のバリエーションなのだが、経験的には素人であるクエイにとっては、防御も受身も全く取れない。

 自動回復がなければ、確実に二度目以降を耐える事はできなかっただろう。


「ぐうっ!? ぐうううッ!?」


 そして、グンバの掴み攻撃は、どれも非常にオーソドックスなものだが、それ故に素早く繰り出せるため、確実にクエイにダメージは蓄積されていった。

 今は痛覚の制限が取り払われている為、見た目よりもダメージは大きい。

 やがて、体力の自動回復も鈍くなっていく。


(何故だ、何故……何故、回避される……!? 何故、こっちを掴める……!?)


 その様子を、遠くからエクスクモは見て、驚いていた。


「な、何故……あいつ、戦えているんだ……?」


 トドメを指される一歩手前から、何故か今度は急に一方的な攻撃となった。

 そのカラクリが、エクスクモにはわからなかった。

 やがて、彼の背後から声が聞こえた。


「まさかあの野郎……姐さんの戦い方を、即興で真似しやがったのかぁ? もしかしてよう」


「お前は……」


 エクスクモの背後から来ていたのは、サイモンだった。

 どうやらエクスクモの様子を見に、横浜駅から出てきたらしかった。

 彼は掌を上へと上げる仕草をしながら、”立て”という風にエクスクモへ言う。


「もうデータ削除なんてやらなくても大丈夫だぜ。オリとアイツの考えてる事が同じなら、もうあの野郎の勝ちだ」


「真似とは……どういう、事だ?」


 サイモンはグンバの戦い方を見ていて、彼が行っているクエイの動きを止める”タネ”に気付いたらしく、呟くように言った。


「……さっき、姐さんが一瞬だけアイツの動きを止めただろう?」


「……ああ、アレの事か。あれは……何か、スキル攻撃をやろうとして、クエイが驚いて、動きが止まっただけじゃないのか」


「違う。オリも最初はそう思ってたんだけどよう……どうやら違ったらしい。あの新入り野郎、それに先に気付いて、その戦い方を真似しやがったみたいだ。チクショー、先を越された気分だぜ」


「どういう……意味だ? さっきのは、意図的だったとでも?」


「いいから、まずデータの削除を止めろよう。オリはあのギャロットとか言う奴らがうるせーから来たんだからな」


 サイモンはエクスクモに肩を貸し、横浜駅の中へと引っ張っていく。

 もうキャラデータの削除は、停止していた。


「奴がやっている事は、何なんだ……?」


「姐さんはな……”偶然”じゃなく、アイツの動きを”スキル”を使って止めたんだぜ。明確に”テクニック”でな」


「何……?」


「いいか、あの野郎の動きを見てろ。特に……あいつが最初に何をやってるか、だ」


 サイモンが足を止め、グンバの方を指差した。

 その先には、クエイが再び攻撃を仕掛けんとしているのが見えた。

 だが、またもグンバが手を空中で振ると、クエイの動きが止まり、そこを狙って掴み攻撃を放たれていた。

 先程から完成されたばかりの、クエイへの有効な攻撃手段だ。


「?、手を動かしているだけにしか見え……」


 そこまでを言って、エクスクモはハッとなった。

 ”何をしている”のか、というのが彼にもはっきりとわかったからである。

 風のように飛ぶクエイを”明確に捕まえる方法”というのを。


「中々考えたもんだ。”盗む”にあんな使い方があるとはよう」


「わざと”盗みを失敗”して止めているのか……!!」


 そう、グンバがやっているのは、クエイが身につけている腕時計や政府の官僚がつけているバッジを狙って、”盗み”を失敗させる攻撃を放つことだった。

 通常、盗む攻撃は相手の装備品などを盗みにくくなっている。

 これは対人戦を仕掛けることができるファシテイトでは、簡単にプレイヤー間で窃盗行為ができると危険である為なのだが、この”盗み”が失敗した際に、僅かだが、身体が”引っ張られる状態”となる。

 成功すれば問題は無いし、通常ならば殆ど感じ取る事ができないような、微量な”止め”なのであるが、これが、まさに音速に近い超高速で移動するクエイにとっては、致命打となる。

 単純に歩いているだけなら、バランスを崩しても大したことは無いが、全力疾走しているときにバランスを崩すと、転びやすくなる原理だ。

 それを自転車、バイクなどに乗っていて行われればどうなるか? 少なくとも、バランスを取っている事などは到底出来ないだろう。


「あんな方法が……」


 エクスクモはグンバのスキル使用の工夫に感心すると共に、思い出した。

 少し前に、彼が言った言葉を。


『悪いが……知り合いを完全に見捨てて逃げるほど、ゲーマー辞めてないんでね』


「……”ゲーマー”か。なるほど。お前はチーターじゃなく―――本当に”ゲーマー”だったのか」


 クエイが最後の攻撃を仕掛ける。

 自らの破滅を意味する、最後の攻撃を。


「まだだ……! まだ私は負けていないィッ!!」


 空気を切り裂く金切音が最高潮に達していく中―――グンバは静かに言った。


「おまいはひとつ、勘違いをしてる……おまぃは、チート使いだ。まともに勝負をしてるわけじゃない。最初ッから―――」


 言い終える前に、クエイは攻撃を放った。

 左後方からの、顔面を狙ってのナイフでの刺突攻撃を。

 しかし―――またもグンバは、それに反応すると”盗み失敗”の後にクエイの胸元を掴んだ。


「ううッ!?」


 クエイの体力は、自動回復のおかげで完全回復していた。

 だが―――クエイ本人の精神力は、磨耗しきっていた。


「勝負の土俵にすら、立ってないんだァッ!!」


「ぐ―――う”、お”ッ!?」


 グンバがクエイの顔面へと放ったパンチは、顎へとクリティカル・ヒットした。

 これが―――トドメの一撃となった。

 拳骨が命中したその瞬間、クエイのHPは赤へと変色し、危険域を割った。

 ”戦闘不能”状態となる領域を。

 ここからでも、ある程度ゲームに慣れたものなら、もしくは強い意思を持っている者は、まだ戦闘を続行できる。

 だが―――ゲームとしてファシテイトをプレイしていないクエイに、戦闘不能の強烈な脱力感を耐え切る事はできなかった。


「く……か、あ、がッ」


 クエイは意識が朦朧とする中、か細い悲鳴を漏らして大の字になるように後方へ崩れ落ちた。


「な、ぜ……だ……何故、読め、る……」


 クエイが弱弱しく訊ねた。

 するとグンバは最初に潰され、赤色の欠損表現が張り付いた左目を指差して言った。


「……簡単な理屈だぁ。目を最初に潰したからなんだろうけんども……おまいはオラの左側、それも、左の背後の方からしか攻撃してこなかっただ。つまり―――”ワンパターンすぎた”んだぁな」


 グンバが答えると、クエイは意識を失ったのか、答えなかった。

 後には―――奇妙な静寂が場に残った。

 やがて、サイモンが嬉しげに言った。


「勝ちやがったな……!!」


「な、なんてヤツだ……正面からチーターを倒すなんて……!」


 やがてクエイが意識を失うと、同時に彼が発動させていたコマンドが解かれたのか閉鎖領域が解け、周囲に援護に来ていたのか、政府軍のプレイヤー達が現れ始めた。

 そして彼らは誰もが驚いた様子で、地面に大の字になっているクエイを見て、口々に言った。


「え……? た、大将がやられてる……!?」


「う、嘘だろ?」


「そんな馬鹿な、負けるはず無いんじゃなかったのか……!?」


 うろたえる政府軍のプレイヤー達を前に、シーカーが言った。


「おいおィ~~……まだこんなに残ってたのかァァ~~~……?」


 シーカーが面倒そうに言うと、ガンテスが大笑いをしながら周囲に良く聞こえるように言う。

 豪壮な声が響き渡ると同時に、周囲の悪人街の生き残り達のボルテージが高まっていった。


「おい、野郎共! どうやらまだ掃除しないといけねぇ奴が残ってるようだぜ! どうしてやろうか!!」


「やっちまえ―――!!」


「殺せェ!! 骨も残さねぇッ!!」


「おうよ!! 一番面倒なヤツが消えた! 残ってるのは雑魚ばっかりだ! やっちおうぜぇっ!!」


 ガンテスが言うと、悪人街の生き残り達は、ボロボロのままで政府軍の生き残り達を次々と攻撃していった。

 少々部が悪いように思えたが、ガンテスは笑っている。

 負けるとは露ほども思っていないようだった。


「おぉい……おいちゃんよ、これって結構辛いんじゃないのぉ? まぁ素手でも楽勝だけどさ」


 1人出遅れた匂坂が、そんな事を呟きながら、乱戦へと加わっていった。

 再び、激しい乱戦が幕を開けると、グンバは疲労感が身体の芯にまで染み渡ったような気がした。


(勝った……つ、疲れただ……)


 眠気が意識の隅々にまで染み渡ると、グンバは元の「ラクォーツ」へと戻り、そのまま眠り込んでしまっていた。

 彼が次に目を覚ますのは、それからゲーム内時間で5時間ほど経ってからの事となった。

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