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61:”無法”の体現者(23)

 荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。だが戦いの中で突如として割り込んできた「クエイ」と呼ばれる政府高官が率いる陣営に、悪人街の大半の人間が捕えられてしまう。

 彼らの目的はエクスクモを倒し、政府機関より排除する事。

 それに気付いたラク達は、エクスクモと協力し、彼らが取った人質作戦の裏を掻く作戦に出た。

 シエラの乱入により、作戦は一時、失敗寸前にまでなったものの、サイモンの機転によりシエラを撃破する事に成功。

 あとは、人質の中でもっとも重要であるスターズの人間を、逃がすだけとなったが―――

(文字数:12015)

 ゲーム内の横浜の「悪人街」は完全に夜に包まれた。

街の大部分は闇に包まれているか、もしくは壊れた街灯やらネオンの看板などが、頼りなく光っているだけとなっている。

 だが、その中で「横浜ウェルサイドタワー」にだけは、眩いばかりの灯りが満ちていた。

 ここが悪人街を攻撃している者達の拠点であったからだ。

 しかし今―――その番人であった裏切り者「シエラ」は地面に倒れていた。


「ひとまず、戒めは解けたが……」


 サイモン達と、囚われていたプレイヤー「アズール」の活躍により、シエラを倒したラク達は、その場に居たプレイヤー達に掛かっていた錠前を、手当たり次第に外し、タワーの付近にいる者たちの大半は自由の身となっていた。


「これからどうするんだァ? 戦うのかァ~……? 準備も何も出来てねぇ状態だがよぉ……」


アズール達と同じくして、自由の身となったシーカーが言った。

シエラが政府軍の殆どを、エクスクモ探索へと向けたため、今のところは周辺の敵勢力は手薄となっている。だが、まだ敵地のど真ん中である事に変わりはない。

 ここからどうするか、というのが肝心だった。

 アズールがラクに訊ねる。


「この惨状の中、逃げずにこうしてここまでやってきた、という事は、当然何か考えがあっての事でしょうかね。それを聞いても?」


「それはこれから話します。とりあえず……スターズの人達はどこにいますか?」


「ここだ」


 ラクが訊ねると、滝沢が人を連れてきた。

 全員、身ぐるみを剥がされてしまっており、装備がキャラクターメイク時のデフォルトである上下の下着一枚となっているが、顔は全員覚えている面子だった。

 1人は全身ボロボロの状態で、肩を貸してやっと立っているという状態だ。


「君、は……何故、ここへ来たんだ。あいつらのように、何か僕らに利用価値があるからか……?」


「その声は……ギャロットさんですか!? 中華街の方に居た」


 見た目がまるで違う為、すぐにはわからなかったが、ボロボロのプレイヤーは巨大な鎧を着ていた騎士のプレイヤー「ギャロット」だった。

 中華街区にて、強襲をかけてきた最高レベルの騎士プレイヤーである。

 彼は拷問を受けたのか、背中と肩に、真っ赤になっている損傷箇所があった。

 声にも力が無い。どうやら相当な時間、苦しみに耐えていたようだ。


「ああ、そうだ……情けない姿だがな」


「そんな事ないですよ! ギャロットさんが先に出てくれたから、僕らは……」


 涙ながらに後ろから来ていた少年が言った。

 恐らく、彼が学生服姿で超能力を使っていた「ハヤト」だろう。

 そして少女の姿が更に2人見えた。

 2人も……? とラクは目を凝らして数拍の間見ていたが―――”誰か”というのがわかった瞬間、ハッとなった。


「まさか……ぷ、プリミア……!?」


 金髪ポニーテールの少女の身体に掴まってやっと立っている少女は、桃色の長い髪を見るに、どうやらあのアイドル・クラスだったプレイヤー「プリミア」のようだ。

 しかし彼女はビルの屋上でストロングからバック・ドロップを喰らい、瀕死の状態となっていたはず。


「な、なんでここに居るんですか?」


 思わずラクが言うとサイモンが答えた。


「クエイの奴が復活させたようだぜ。どうやらよう」


「復活?」


「あいつ、遺骸とかも部下に回収させてただろ? どうやらあれはよ、ここでチートかなんかで復活させるためだったらしい。他にも倒されてた奴らが寝かされてたぜ」


 確かに、死亡後のキャラを政府軍が回収していたのをラクは目撃していた。

 その理由がよくわからなかったが、どうやらここへ集めて、重要そうな人物を復活させるためだったようだ。プリミアは復活してさほど時間が経っていないようで、虚ろな目でいた。

 恐らくはまだ意識がはっきりとしないのだろう。


「人質にでも使おうとしてたんでしょうか……?」


「さぁな。だが、やるとしたらそれしかないだろうなぁ」


 ナルミとハヤトには特に体に傷らしいものは見えなかった。

 恐らく、先にギャロットが出て集中して拷問を受けた為に、手が及ばなかったのだろう。


(仲間思いなんだな……)


「しかしよう、嬉しい誤算があったぜ」


「へ? 誤算?」


「こっちですぜ!」


 サイモンが手を上げて親しげに言うと、ハヤト達の更に後ろから大柄な男性の姿と、顔を布で隠した忍者のようなプレイヤーが現れた。

 現れた二人は、シャツと簡単な灰色のパンツしか身につけていなかったが、どちらも見慣れた顔だった。二人が現れるなり、ラクは驚きの声を上げた。


「が、ガンテスさんに……K.Kさん!?」


 そこに居たのは倒されたはずの「ガンテス」と「K.K」だった。

 どうやら彼らも蘇生の恩恵に預かる事が出来たらしい。

 ”今しがた起きてきた”という感じで大あくびを発しつつ、ガンテスが言う。


「ふぅ~……寝ちまってた間に、結構大変な事が起きてたみたいじゃねェか。寂しいもんだぜ」


 ガンテスが言うと、続いてK.Kも周囲を指差した後にラクを改めて指差す。

 そして自分の顔に拳を近づけて、親指を立てる”サムズアップ”のサインを繰り出した。

 どうやら”大丈夫だったか?”と聞いているようだ。


「何とか倒されはしませんでした……大変ではありましたが」


 そう言うとK.Kは顎に手を当てて大袈裟に頷いた。


「今……時間的には大丈夫ですかね」



 世の中を生きていくと、人間は必ず価値をどういう風に持つかで、色濃く個性が出てくるものだ。

 趣味だったり、お金儲けだったり、人付き合いや仲間との信頼関係だったりで、人が持つ価値観ってのものは千差万別だ。似たようなものはあっても全く同じものは恐らく無いと思う。


(”価値”って何なんだろう)


 シエラは、子どもの頃から色々なものの価値がよくわからない人間だった。

 頭が良くて、運動神経も良い。良いどころかずば抜けている少女。

 でも、何をやっても満足感が得られなかった。

 学校でよい成績を取って、試験の結果で一握りの上位に入って、そしてスポーツ系の倶楽部に入って、汗を流して競う事をやって。

 それを全てそつなくこなしながらも、いつも考えていた。


(こんな事が、他の人にとっては面白いのだろうか?)


 最初は時間が掛かっていたり、中々出来なかった事が出来るようになっていく事が?

 すばらしい成績を残して、大勢の中で頭ひとつ飛び抜ける事が?

 他人に慕われて友達や仲間との関係が広くなっていく事が?

 そんな事が面白いのだろうか、と。

 現実のシエラにとっては、どれも面白くもなんともない事だった。

 1人で時間潰しにやる石蹴りだとか、ノートへの落書きだとかと、同じレベルのものに見えた。


(つまらないなぁ……)


 子どもの時はずっと何もかもが面白くなかった。それが変わったのは、学生になってからだ。

 世界に先駆けて日本で発売された新しいウェアラブルデバイス「ユニオン」とそれとほぼ同時に発売されたゲームソフト「ファシテイト・ファンタジー」が自分の”つまらない世界”を吹き飛ばしてくれた。

 目の前に広がっていたのは、現実と似ていながらも、全く別物の世界。

 電子仮想ウィンドウが出せたり、現実にはない大陸があったり、見た事の無い生き物が居たり……。

 魔法が使えたり、近未来的なアイテムや、ファンタジー世界にしかないような道具があったりした。

 心なしか、触れるものも、身体を撫でる風すらも現実のそれとは違って新鮮に思えた。

 シエラはその世界にすぐに虜になった。そして、楽しい事を探し続けた。

 シエラの心をもっとも惹きつけたのは、戦うことだった。

 命がけで戦って、強くなっていく事なんて現実ではとても出来ない。

 ギリギリの戦闘の感覚は、言葉に代え難いほどの魅力となった。


『目に見えない事にこそ、本当の価値がある』


 シエラがその事実に気付いたのは、ファシテイトの中で相当な上位プレイヤーになってからだった。 戦うことが好きで始めたゲームだったが、その中で段々と自分と戦えるプレイヤーが少なくなっていた時に、気付いたのだ。


(それが、こんな結果か……)


 アズールの攻撃によって瀕死の状態まで体力を失ったシエラは、地面に伏したまま、そんな事を考えていた。

 まるで、ここまで来る事になった経緯を、昔から現在への走馬灯のように。

 僅かに上を見ると、アズールを初めとして、解放されたプレイヤー達が見えた。


「あの二人と、シエラが裏切ってた、なんてな……」


 ガンテスが元気なく呟く声が聞こえた。

 いつもの豪快な口調からと違い、珍しく落胆したような声だ。


「理由はわかりません。ただ、ニクロムはともかく、ジャグスと同じように、何かの理由があってではないかと……」


 周囲の警戒をサイモン達に任せつつ、ラクは今起こっている事とそれに対抗する為にやっている作戦の概要を話していた。


「一体、何の理由が……」


「ギルドマスターがここを裏切る理由って、何なんだよ?」


 裏切りの事実が判明すると、周囲に動揺が広がった。

 だが、ガンテスがそれを一喝する。


「ワケなんざどうだっていい。裏切った野郎には、後で相応の罰ってもんをくだしゃあいいだけだ。今はよ、それよりも大事な事があるだろう」


 ガンテスはそう言うと、強引にラクに、今起こっている事の顛末の続きを訊ねた。

 ガンテスは所属こそ違うが、彼女と仲が良かったようであったので、これ以上非難の声を聞きたくなかったのだろう。

 ラクも対峙はしていたものの、同じ気分だった。

 陰鬱な気分になりつつも、ラクはこの悪人街への攻撃を行っていた本当の黒幕が誰であるのか、そして彼らの目的をわかっている限り、手短に伝えた。


「エクスが戦ってる……だって!?」


 クエイをひきつける為、エクスクモが戦っていると伝えると、ギャロットは驚いたような声を上げた。


「はい。エクスクモが今……政府軍を率いていた”クエイ”と戦って、時間を稼いでいてくれています。ただ……正直、もう余り時間は無いと思ってください。突入を開始してから、かれこれ10分近く経っています。いくらスターズのリーダーであるといっても、流石にそろそろ限界の筈です」


「これから、どうすればいいんだ? 援護に行くべきなのか……?」


「この戦闘で本当に大事なのは……エクスクモに決定的な敗北を与える為、脅し(ブラフ)をかける材料であるスターズのメンバー。つまりはギャロットさん達が、一刻も早くゲーム外に出る事です」


「とにかく、戦闘区域から出てワールドアウトしろ、と言う事か? 彼を見捨てて行け、と……」


「クエイの思惑は―――エクスクモを完全に敗北させて、失脚させる事です。どんな手を使ってでも。ここから……あなた方が居なくなってしまえば、少なくとも脅す材料を失うことになる。そうすれば、少なくともこれ以上の事態の悪化は避けられます」


「しかし、出たとしても、クエイをどうにかできるわけではないんじゃないか?」


「それは違います。午前にわざわざ賞金稼ぎ達を集めて、こちらが彼らと戦っているとみせかけていました。これはつまり、ある事実を示しています」


「事実?」


「この攻撃はクエイとその……側近や、せいぜいエクスクモを疎ましく思っている一部の人間達だけで攻撃を仕掛けて来ているという事です。もし、政府公認だったりすればカモフラージュの必要はありません。つまり、この事は”露見するとマズイ”って事です」


「そうか、つまり……公安がちゃんとこの事実を知れば……!」


「そうなんです。クエイはリアルでは電子操業省の人間ですから、致命的なダメージを受けるはず。だから、警察だとか電子治安維持局とか、とにかくどこでもいいので、”政府の人間がチートを使用して悪人街で暴れまわっている”と拡散させれば、何かしらの理由で撤退させられると思います」


 ラクが練っていた作戦を話すと、それに納得できないのか、一人の年老いた戦士風のプレイヤーが訊ねる。やはり、なるべくなら攻撃をしてきている相手を正面から倒したいのだろう。


「うぅむ……クエイを何とか倒す事はできないのか?」


「奴はほぼ確実に”チート・コード使用者”です。ファシテイトの中では正面からじゃ、倒す事はまず不可能だと思われます。常に使用し続けられる訳じゃないので、100%ではないと思いますが……勝負を賭けるにしては余りにも分が悪すぎる」


 そこまでを話すと、渋々納得したのか、ギャロットは言った。


「わかった……では悪人街からすぐに出よう。退却だ」


「お願いします。横浜から出て、どこかの街のエリアまで辿り着ければ、戦闘区域判定が消えるはずです。そうすればワールドアウトが可能になります」


「護衛に私の部下もつけるとしよう。少しでも数が居た方がいいだろう」


 退却の意思を固めると、スターズの面々には、滝沢、ストロングとアズールの部下達が護衛につく事となった。

 時間との勝負である為、彼らは準備が出来るとすぐにタワー付近から離れていった。


「さて、とぉ……あとはこっちが、暴れ続けれてりゃあぁいい、ってワケかよォォォ~~……」


 アズールと同じように捕縛から解かれたシーカーが言った。


「はい。後はとにかく暴れまくって、こちら全員で時間を稼いでいれば……勝てる、と思います」


 自信なさ気にラクが言うと、シーカーが訊ねた。


「なんか弱気じゃねェかァ~……どうしたんだ?」


「いえ、ちょっと不安な感じがしまして……」


「不安?」


「作戦が余りにも上手く行きすぎている感じがします。どこかで破綻が来そうな気がするというか……」


 世の中、上手く行き過ぎているときほど、その先に致命的な失敗が待っていたりする事がある。

 完全に何もかもが回るわけが無い、という不安がラクにはあった。


「考えてみてください。クエイはゲームの素人だとして……戦略に甘い部分があるのは、仕方ないかもしれませんが、でも、れっきとした”政府の役人”です。駆け引きに長けている大人には間違いないはず。こんな風にうまく行くのか……? と思うんですよ」


「考えすぎだろォ~……エクスクモの奴はそう簡単には倒されねぇだろうし、最初から時間稼ぎと逃げに徹してればよぉォ~……スターズの奴らが逃げ出す時間ぐらいは作れる。その後に負けてよォ、ちょっと俺ら含めて、痛い目に遭っちまうかもしれねぇが、あとはスターズの奴らで圧力を掛けてくれるだろ。結果的には勝ちになる」


「スターズは……これまで敵だったのに、そううまく助けてくれると思いますか?」


 今までずっと敵対していた人達が、強力な敵が現れたからとそう都合よく最後まで味方になってくれるものだろうか?

 ラクは作戦を立てていて、その部分にずっと不安を抱いていた。

 この作戦は―――ある意味「信頼」が無ければ成立しないのだ。

 今まで敵対していた組織同士が、いきなり協力し合うから、乱入してきた第三者を倒す事ができる。

 第三者は、敵対していた者同士が協力しないと思っているから、弱ったところ、混乱しているところに乗じて作戦を遂行するのであるから。


「もし、俺らとあいつ等の立場が逆だったらよォォォ……その懸念はするべきだろうが、相手は正義の味方気取ってるような奴らだァ~……その心配はいらねぇだろうぜぇ~」


「そうでしょうかねぇ」


「今は―――とにかく周りの奴らを排除する事が先決だぜぇ……」


 シーカーはそう言うと懐からミドル・ソードのようなものを取り出した。

 ただ全体的に尖っておらず、どうやら刃物ではないようだ。

 持ち手の部分はシーカーの手にピッタリと収まるよう、彼の手の形に窪んでいる。

 まるで最初から剣が手の一部になっているような、そんな形になっていた。


(な、なんだあの武器……?)


「さて、久しぶりに暴れてやるかなァ。少し、痛い目を見せてやらねェと、気が収まらねぇぜぇぇぇ」


 スターズが離れ、悪人街のプレイヤー達が散開を始めると丁度、政府側のプレイヤーが現れ始めた。

 守備側の交代の時間が来たのだろうか。

 時間的には、ギリギリのタイミングだったようだ。


「なっ……!? えっ!?」


「くたばれやぁーッ!! 政府のクズどもがァァァッ!!」


 政府軍のプレイヤー達は、タワー周辺の状況が一変している事に、戸惑っているうち、戒めから解かれた悪人街の住人達に次々と倒されていった。

 ラクはこの”時間稼ぎ”が失敗しないように祈りつつ、乱戦に参加していった。


(あとはクエイがどう出るか……)


 このまま何かもが上手く行くはずだ、と考えていた。

 だが、そんな訳はないのだ。

 いつも希望は一瞬にして絶望へと変わる。

 それを、ラクは乱戦が始まってしばらくして、現れた人物によって告げられる事となった。



 大方、政府軍プレイヤーの排除が終わり始めたとき、タワーのふもとに一人のプレイヤーが現れた。


「えっ……あれは……!?」


「じゃがいも? どうしたんだオメェ、確かあっちに行ってんじゃなかったのか!?」


 白衣姿のプレイヤー「じゃがいも」は、ボロボロの状態でやってきていた。

 片腕が無く、体力値の表示も赤色―――10%前後にまで下がっている。

 まさに瀕死の状態というほかない。

 すぐにラクが駆け寄ると、じゃがいもはその場に膝をつきながら言った。


「はっ、早く……援護に行ってくれ……」


「えっ!? どういう事ですか?」


「クエイが……途中で……エクス、じゃなく……」


 じゃがいもから話を聞こうとするが、フィーリングリミッターが解除されているおかげで、意識が朦朧としているようで言っている事が要領を得ない。

 すぐにやってきたK.Kが、持っていた薬でじゃがいもの体力を回復させると、呼吸を荒げつつも、じゃがいもはやっと話が出来るようになった。

 彼は腕を押さえながら口早に言った。


「は、早く……逃げた奴らの方に行くんだ……! クエイの奴、途中でこっち側の異変に気付いて、攻撃目標を変えたみたいだ……!」


「な、何だって……!?」


「最初、エクスクモがアイツと……戦い始めたときに、こっち側に行けって言われて、援護の為に向かってたんだが、途中で……後ろからクエイが追いかけてきて……」


(どこかで気付いたって事か……?)


 シエラが送った援軍の誰かが異変を伝えたのか、それともじゃがいもが1人だけエクスクモから離れていったのを目ざとく見ていたのか、それはわからない。

 だが、クエイは途中でどうやらエクスクモが完全な囮で、本命はタワー側の人質であると気付いたようだった。


「なんで逃げた奴らの行ってる方向がわかってんだ?」


 ガンテスが不思議そうに言った。

 クエイがいる位置と、こちらとは距離がそこそこあり、さらにこの場所からどこへスターズのメンバーが出て行ったのかは、いくらなんでも離れすぎていて気付けない筈だからだ。


「クエイはチートでレーダー能力を最強にしてるんです。だから、街全体の人間の位置も感知しようと思えばできる。ある程度固まってる一団の中で、街の外へ出ようと動いてる奴らを見れば、どっちへ逃げたかすぐにわかります」


「まじいなそりゃ……」


「すぐに自分らも追いかけましょう。確か……駅側に向かって行ったはずです」


「しかし、ここを空にするとシエラの奴が逃げ出すかもしれねぇ。トドメを刺すにしても、復活されると後が面倒だろ」


 ガンテスが金属の鎖でグルグル巻きにされたシエラを見て言った。

 気分が乗らない、という感じだ。

 ここでシエラにトドメを刺すのは、それほど難しい事ではない。

 ただ、倒してしまうとホーム・ポイントに設定されている場所で、一定時間後に復活されてしまう。

 そうなると、また捕縛するのはかなり大変な事となる。

 そういった意味でも、なるべくシエラは倒さずに、この戦闘が終了するまで、捕えておきたいところだった。


「う~ん……心配ではありますが、もう置いていっても問題ないと思います」


「だが、それだと来た奴に体力を回復されちまうかもしれねぇぞ?」


「いえ。仮に体力を全回復されても、もうシエラさんは戦えないと思います。あれだけボロボロになった後ですから……」


 ファシテイトでは、戦闘システムはゲームのそれとなっていて、体力値が減ってくると、身体中に脱力感が満ち、実際に立てなくなる。

 しかし、強制的に動く事が不可能となる状態は、HPがゼロを割った瞬間となるので、体力がゼロの状態でも、気力さえ続いていれば戦う事は理論上は可能となっている。

 だが―――そんな事をできる人間は、殆どいない。

 精神的に、そして現実の気力が続かないからだ。

 男性のプレイヤーの方が、接近して戦う職業に向いているのも、これが理由だ。

 ゲーム中で男女の差は、極力埋められているのだが、体力が回復された後に、現実的な体力・気力のある男性プレイヤーとそうでない事が多い女性プレイヤーとでは、どうしても差が出てくるのである。


「……確かにな。あんなボロボロじゃあ、もう無理か」


 シエラは体力値が10%を切った”瀕死”の状態のまま、座り込んでいた。

 あの激しい戦いの後、全く回復を行っていないのだから、肉体的には相当な負担になっている。

 しかもそれは、通常のプレイ時の状態であって、サイモン達との対決の際にはフィーリング・リミッターも切れた状態だった。

 つまり、普段の何倍もの神経を磨耗したはずであって、とても戦う気力は残っていないだろう。


「よし、じゃあ行くか!」


 ガンテスは判断が早かった。

 シエラを置いていくと決めると、周囲の残りの敵を片付ける為、10名程度のみを残して、他の全員は、戦闘エリアから脱出するスターズを追うことになった。

 全員へと通信ウィンドウを開き、ガンテスは追いながら激をかける。


『お前ら。恐らくはこの追いつくまでの追跡戦と、クエイに追いついてからのスターズの野郎共が、戦闘エリアを抜け切るまでが、本当にラスト、最後の戦いだ。気合を入れて―――かかれッ!』


 ガンテスが通信を終えると、心なしか悪人街を覆っている夜の闇が震えたような気がした。


(持ってくれよ……!)


 タワーの周辺から悪人街のプレイヤー達が去って言った後、シエラは面を上げた。


(……行かなくちゃ、ねぇ……)



 移動中の通信にて判明した事だが、じゃがいもは時間を余りかけずに、あの場所へと辿り着いたという。それが功を奏したからなのか、それとも即座に動いたからかわからないが、幸運にもラク達が辿り着いた時、まだ撤退中のスターズは追いつかれていなかった。

 しかし―――代わりにもっと不運であると痛感させられる事態が目の前に広がっていた。


「な……ど、どうなってんだこりゃあよ」


(これは……!)


丁度、駅の上空を境にして青白いカーテンのようなものが見える。

まるでとても濃く、固いオーロラが現れているかのような、不気味なエフェクトが

駅上空に壁のように現れていた。

そして、駅前に先に出ていったはずの撤退中のスターズ達がいた。

周囲に現れている政府軍のプレイヤー達と戦っているようで、

ラク達もすぐに援護に入った。


「!、来てくれたか! 助かった!」


スターズの護衛についていたアズールの部下が言った。

ダンディなヒゲが眩しい大柄の魔法使いだ。

棒術の心得があるらしく、打撃と魔法攻撃を組み合わせて戦っている。

ラクは何故、駅を抜けずにここに居るのかを訊ねた。


「なんでここで止まってるんですか!? クエイはこっちの動きに気付いてます! すぐに駅を抜けないと!」


横浜駅を抜ければ、別の地区へと移動する為のエリア・ゲートがある。

すぐに戦闘エリアを抜けられるのだが、ここで撤退は止まってしまっていた。

追っ手が現れたわけではなく、別の理由によって。


「それが……抜けられないんだ」


「抜けられない?」


「上空に広がっている、青白い壁のようなものが、駅の中にまで広がっていて、この駅を境にして全く外へ出られない。まるで……閉じ込められてしまったような感じだ」


(閉じ込め、られる……)


どこかで見たような現象だ、とラクは思った。

同時に背筋に例えようのない寒気が走った。

まるで、すぐそこにまで死が迫ってきているような、恐ろしい感覚。

どこでこの状況と似たものに出会ったか、思い返してみて

ラクはある事を思い出した。


(閉鎖領域化……!!)


以前、自分がファシテイトの中に囚われていた時、現実へと戻れないかと

自身のアバターへと会いに行ったとき、自分の身体には「プリブラム」と

名乗る何かが入っていた。

それは今では電子知性の1人であったとわかっているのだが、その時に戦った際、

彼は学校自体をオンラインから切り離す”閉鎖領域化”というシステムを使った。

これは管理者権限を用いて、自分を逃がさないようにする為のものだったが、

実際にオンライン上でも使用を行う事自体は可能である。

ただし、理屈上でのことで、ファシテイトの開発黎明期に使われていたというだけで

今の実際にオンライン上で何百万人と利用者がいる状態で、使用される事はない。

”通常”ならば。


(まっ、間違いない! これは、クエイが自分達を―――)


「やっと見つけれたな」


どうしようかと迷っていると、聞き覚えのある声が聞こえた。

冷徹そうなその声は、今の悪人街が静かであったからか、

辺りに響き渡っていたような気がした。

恐る恐る、ラクが顔を上げると、駅へと続く大通りの道。

そのど真ん中に、スーツを着た一人の人間が立っていた。


「クエイ……!!」


スーツを着た議員風の姿の男は、クエイだった。

据わった目をして、こちらを睨み付けるように見ている。

”散々てこずらせてくれた”といわんとばかりの表情だった。


「ようやく追いついたものだ。さて……覚悟は出来ているんだろうな?」


「おい、テメェよう。俺とサシで勝負しろや」


こちらへと近付いてくるクエイに向かって、ガンテスが歩み寄っていく。

一見すると、単純に喧嘩を売っただけのように見えたが

彼はラクとシーカーが並ぶ間を抜ける際に、小さく呟いた。


(なるべく時間を稼ぐ。その間に何とかしろ)


(えっ……!?)


ゆっくりと、しかしどっしりと構えながらガンテスはクエイの方へと歩いていった。

シーカーはすぐにウィンドウを開き、何かの計算を始めた。

ラクは、何をしているのか訊ねた。


「な、何をしてるんですか?」


「あの閉鎖領域を破れないか、調べてるんだぜ~~……もう、単純にどっか抜け穴を探すとかやっても無理っぽいからなァァァ……」


「迂回とかはできないって事ですか?」


「多分なぁ~~……クエイの奴がやったのは、単純に壁を作っただけじゃなくてよォォ……俺らがいる、横浜のエリアの、ほぼ全体を無理矢理オンラインから、切り離したと見た方がいいからなぁ~……」


(確かに、多分……ダメだ)


 プリブラムの時と同じなら、このシステム設定の改変を元に戻すには、同じぐらいの権限を持っている人間が、直接操作を加えなければならない。

 それはつまり、ファシテイトのシステムの根幹にハッキングをかけなければならないという事だ。


(そんな事、できるのか……!?)


「……突破は出来そうだがァ、時間が掛かるなこりゃあよォォ~……」


「出来るんですか!? どれ位時間があれば……」


「5分だァ~……。5分ありゃ行けるぜぇ~……」


 たった5分。それで本当に突破が可能なのか? とラクは疑ったがシーカーは自信があるようだった。もう後は、これに賭ける以外、他はない。


(クソッ! もう後は全員で掛かるしかない……!)


「おい、チーター野郎。一度チートを切ってから来てみろや」


「……」


 ラクは、ガンテスが近付いて時間を稼いでいる間に、全員にメールでの指示を送った。

 「5分何とか時間を稼げば、閉鎖領域を突破できるかもしれない」と。

 それを送った瞬間に、ガンテスの腹へとクエイの拳がめり込んだ。


「がッ……!!」


「遠慮させてもらおう。サファリパークで車から降りる気にはならんのでな」


 クエイがガンテスの胸倉を掴むと、そのまま駅のほうへと投げつけた。

 巨大なガンテスの身体が、まるでボールでも投げたように、一直線に飛んでいく。


「うわっ!」


 ラクが慌てて回避すると、そのままガンテスは駅の壁へと叩き付けられ、放射状に壁がひび割れていった。

 ガンテスのレベルと体重を考えると、とんでもないパワーだ。


「さて……後は貴様らを―――」


 クエイが攻撃に入ろうとした瞬間、彼の背後から剣が振り下ろされた。

 見ていた者達の表情の変化で、その事に気付いたクエイが、咄嗟にチートを発動させ、前方へと倒れこむように身体を飛ばした。

 だが僅かに回避は間に合わず、頭部から背中にかけて一撃が刻まれた。


「ぐっ……!」


「どうやら、効かないわけじゃあないようだな。HPは人間の持てる範囲でMAXになっているだけか」


 背後から斬りかかったのは、エクスクモだった。

 どうやら、クエイがこちらへと向かった時、彼は逃げる事を選択せず、クエイを追いかけてきたようだった。


「え、エクス……!」


 ギャロットが驚いたような声を漏らす。

 エクスクモは、時間稼ぎだけを最初、役目としていた。

 どうやってもクエイを倒す事は不可能だからだ。

 だから時間稼ぎだけを行って、それで撤退という事になっていた。

 それでもクエイを追いかけてここまで来た、という事は”自分自身”が犠牲になる覚悟でいるという事だった。


「貴様……!!」


「まだ決着、付いてなかっただろ? 逃げるなよ」


(今しかない……!)


 勝負を掛けるとしたら、今だ。

 エクスクモが残っている状態で、全員で掛かれば5分間ならば、持ちこたえられるかもしれない。

 それに気付いたのは自分だけではなかったようで、自然と声が上がっていた。


「掛かれェー!!」


「全員で行くんだッ!!」


 エクスクモが戦い始めると、その場に居た全員が臨戦態勢となっていた。

 それが大きな間違いであったと、誰も気付く者は居なかった。

 チートを使う相手が、ただ多数で掛かった程度で、5分も時間をくれるようなものではない、と。

 次の瞬間、甘い希望は真っ黒な絶望へと変わった。


「ふぅ……」


クエイが溜息をつきながら、片腕を上げ、斜めに大きく振り下ろした瞬間


『無刀斬鉄剣』


世界が―――斜めにずれた。

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