60:”無法”の体現者(22)
荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。だが戦いの中で突如として割り込んできた「クエイ」と呼ばれる政府高官が率いる陣営に、悪人街の大半の人間が捕えられてしまった。
彼らの目的はエクスクモを倒し、政府機関より排除する事だった。
途方に暮れるラク達だったが、エクスクモと合流を果たし、政府の警察組織などに助けを求めるため、ファイブスターズの人間を救出する作戦を発動させ
た―――
(文字数:16401字 )
現実世界はまだ昼間のはずだが、ファシテイトの時間の流れは違う。
一足早く、電想世界には夜が訪れていく。
破壊された横浜の各所では、電灯やら、夜中になると明るくなるように設定されている道具などがほのかに光り始めていく。
ただ、破壊されているものが殆どであるため、電灯の殆どは点いたり消えたりを繰り返しており、その役割を完全に果たせているものは少ない。
その中にあって、横浜ウェルサイドタワーは一際明るい光を放っていた。
「さて、と……」
商業区と港区にまたがるここには、かつては大きなタワーなどは無かったのだがファシテイトの中が発展していくにつれて、人の往来が多くなり、横浜ランドマークタワーのようなものが必要となったときに、建てられたものだ。
つまり現実の横浜には存在しない、ゲーム内だけの施設であるというわけで、現実に忠実に作らなくてもよいせいか、現実感がやや乏しい近未来風の建物となっていた。
今この場所は、所かしこで悲鳴がこだまする地獄のような場所へとなっていた。
「次は舌でも切り取ってみるかね」
ナイフを持った一人の大男のプレイヤーが言うと、縛られていたファルが小さく「ひっ」と悲鳴を上げた。
ウェンファス姉妹は捕縛された後、姉のほうを人質に取られ、ファルは知っている事を粗方喋っていたが、解放される事はなく、そのまま拷問の餌食になる順番の中にいた。
「い、いや……」
ここには今、悪人街の主要なプレイヤー達と、ファイブ・スターズの人間達が捕えられ集められている。
目的は、この大規模戦闘を画策した「クエイ」こと「谷口謙」としてはエクスクモを撃破するための”エサ”として集めていたのだが、それは同時に彼が急遽集めた、「元・悪人街」の人間たちが復讐をする為の格好の的でもあった。
「ナンだってぇ~? 聞こえねぇなぁ」
やけに大きな肩当てをつけた戦士風のプレイヤーは、しゃがんでファルの口を乱暴にこじ開けると、ナイフを中へと滑り込ませ、舌を弄り始めた。
ファルは刃先が舌に触れるたび、金属の冷たい味と、僅かに口の中が切られて滲む血の味を感じ、彼女は震えるばかりだった。
「元・悪人街」の彼らからすれば、今のこの暴虐の行為は当然だと思っていた。
何故ならば、彼らは元々、ここの住人であったのである。
だが外人であった彼らはこの場所での権力争いに負け、元の国エリアへと追い返される形で、一度一掃されてしまった。
その時の恨みつらみは、今でも心の奥底にこびりついており、それを晴らす機会を淡々と狙っていたのであったから。
「あああああッ!!」
遠くで悲鳴が聞こえると、ファルは一瞬身体を跳ねさせ、次は自分があれを、発する番になるのか、と更に身体の震えが激しくなった。
それを見ると、戦士風のプレイヤーは口元を吊り上げた。
そして、そろそろとばかりに口の奥へとナイフを押し込み始めた。
根元から舌を切り取り、そしてそれから更に全身を切り刻んで出血多量ダメージで殺害する。
それが彼の拷問の方法だった。だが―――
「お”ッ……!?」
ファルの喉奥にナイフが到達しようとした瞬間、突然、黒い槍が戦士風のプレイヤーの胸元から伸びた。
いきなりの激痛と激熱に、慌ててプレイヤーが背後を見ようとすると更に喉へと剣が突き立てられ、彼は倒れた。
ファルは、倒れたプレイヤーの後ろから現れた姿に、ぎょっとなった。
それは漆黒の鎧に身を包んだ黒騎士の姿。先程、自分の口内へとナイフを突き立てた男よりも遥かに恐ろしそうな威容だったからだ。
ファルが震える中、黒騎士はしゃがんで耳元で呟いた。
「おっと。叫ぶなよィ……ここで騒がれると大変だからなァ」
黒騎士はそう言うと、ファルに付けられていた手錠と足の枷を持っていた大きな槍で器用に破壊した。
途端、自由になったからか、ファルの身体から力が一気に抜けてしまった。
そして、助けてくれた目の前の騎士は誰なのだろうか、と顔を上げた瞬間、ファルは青ざめた。
何故なら騎士の背後遠く、建物の影から1人、自分達を捕縛したプレイヤーの仲間がやってきていたから。
表情の変化に気付いたのか、黒騎士は背後へと一瞥した。
その時には、もう遅かった。
「ん……? あっ」
気付かれた―――と思ったその時、素早い動きで黒騎士が持っていた槍を投げつけた。
上半身を殆ど動かさず、肩と手のスナップの動きだけで槍を投げたのである。
まるでダーツでも投げるような動作だ。なのに―――物凄いスピードで槍は飛んでいき、声を上げる間もなくやってきたプレイヤーの首元を貫いた。
あっという間の一撃だった。
(す、すごい……!)
黒騎士が手をかざすと、相手に命中した槍は空中でそのまま引き抜かれ、まるで動画が逆再生されるかのように黒騎士の手元へと戻った。
「ふィ~……あぶねィあぶねィ。ポケーッとしてる奴で助かったぜィ」
「あ、あの……あなたは……?」
「俺ィか? 俺ィは”滝沢”っつうんだ。悪人街掃除屋の1人さ。ところでお前ィはもしかして、新入りが言ってたウェンファス姉妹の片方じゃねィのか?」
「そうですけど……」
「なら、ひとつ頼みがあるんだぜィ。今から周りにいる奴らを俺ィが手当たり次第、始末して回るからよィ。適当に回りにいる奴らを解放してってくれねィか? ある程度やったら、さっさと逃げてくれてかまわねィから」
「わかりました。でも、あの……さっきのって何をやったんですか?」
「さっきの? ああ、槍ィを戻した奴か。あれはなァ、理力で引っ張ってんのさ」
「フォースって……サイキッカーが使ってる奴ですか?」
「ちょっと違うが、似たようなもんだ。俺ィは物を引っ張る能力だけ取得してるのさ。これだと楽ができるからなァ」
物凄く強いのだが、どこか抜けているような話し方である。
ファルはそれに安堵したが、自分を倒したラクや白衣のプレイヤーなども同じ所属であった事にここで気付き、微妙な気分になった。
■
「見つかったか? そろそろ2丁目付近の筈だが」
「いえ、レーダーに反応はありません」
商業区北西にて。タワーの本陣でラク達が行動を起こしていた頃、放送を逆探知したクエイと、護衛として来ているプレイヤー達はエクスクモを探していた。
クエイはチートは使用せず、どこか落ち着かない様子で周囲を警戒している。
一応、感知能力の高い部下を連れてきてはいるのだが、不意打ちを気にしているのだ。
今、彼はチートを使用していない、いわば”生身”の状態である。
この世界をゲームとして見ず、ただの仮想世界として、そして自分のキャラを分身ではなく、ただのツールのひとつとして見ているなら、普通の状態だ。
しかしこの状態ではレベルが低いままで、とても戦闘には臨めない。
エクスクモから不意打ちを喰らおうでも喰らおうものなら、一撃で倒されてしまうだろう。
そうなれば今までやってきた事は、根本から破綻する事となる。
(どこだ……? どこにいる)
元々―――今回の計画は、非常に粗の目立つものであった。
谷口は「電子操業省」の「電子仮想世界担当課」と呼ばれるファシテイトの管理を行う部署の、エリート官僚たちの1人だ。
今回の作戦は、彼の独断である。いや……正確には彼を含めた「エクスクモを恨む人間」達の独断の行動であった。
常日頃から議会場へ現れては、傍若無人な態度を取り、会場の者たちを苛立たせているのに、そのくせゲーム内では実力者であり、羨望を一挙に受けている彼を始末する為、意思がひとつになったことから、開始された事だ。
しかし、政府の承認を受けているわけではない事から、この作戦は彼らにとってはかなり危ない橋を渡るものであった。成功すれば、いつも会議の場にて厄介でしょうがないあのいまいましいエクスクモを完全に再起不能にできる。
が、もし失敗すれば……それなりの責任を取らなければならなくなるだろう。
そういう意味では、明らかに自分達の方にリスクがある。
しかしそれでも彼らはこの作戦を実行した。それだけ、彼の態度を快く思っていなかったからだ。
(貴様だけは必ず始末する……! 出て来い……!!)
■
「でりゃぁっ!!」
サイモンが放った刃が命中すると、一人のプレイヤーがそのまま地に倒れた。
周囲には彼が倒したのであろう、プレイヤーの姿がいくつもあった。
「マジでレベルは低いなこいつら。こんな弱かったのか?」
「統率はされているので、数がいると強いんです。ただこういう手合いは、逆に少数でいる所に奇襲をかけられると弱いんですよ」
「兵士には向いてるが、戦士向きじゃねぇって事か」
「そういう事です。ただ……こっちも早く捕えられてる人たちを解放して数をもってこないと厳しいですね」
そう言ってラクは縛り付けられていたプレイヤーの縄を切っていった。
応援を呼ばれないよう、サイモンが周囲を警戒しつつ、全ての人間の縄を切る。
「悪い……助かったぜ。お前ら、掃除屋の奴らだろ? よく捕まんなかったな」
「丁度運よく上の方に登ってましたので……それで、ここに居るのはこれだけなんですか?」
「ああ。捕まってる奴らはタワーの付近に、ある程度ばらばらに集められてる。マスターとか幹部はタワーの入り口あたりに集められてた」
「やっぱりそうか……では、ちょっと頼みたい事があるんですが」
「何でも言ってくれ。あんだけいい様にされてて、黙ってこのまま逃げたら死ぬまで舐められる事になる」
解放した周りの人間も、すぐには逃げる様子は無く、このままやられっぱなしであると納得できない、という感じだった。
ラクはそれを確認すると、周りの人間にギリギリ聞こえるように今から行う作戦を話し始めた。
「スターズの奴らだけを逃がす?」
「そうです。詳しい話を余り話せないんですが、エクスクモを狙って相手は攻撃をかけてきてます。こうやってプレイヤーを捕縛してるのは、結局はエクスクモを誘い出す為です」
「何でそんな事を……」
「相手は賞金稼ぎではなく、それを装った政府の人間だからです。そして、その軍勢として来ているのは、前にここを占拠していた旧住人たち。つまりは―――”外国人”たちなんです」
「あんだって……? マジなのかよそれ!?」
「攻撃してきてた面子をよく思い出してみてください。午前中にいた奴らは全然、午後からの攻撃では居なかったはずです。全く違う奴らが攻撃を仕掛けて来ていたんだから」
「……確かに、いわれてみれば午前中に居た喧嘩職人軍団のやつらとか、全く見かけなかったな」
「そういや装備も全員統一されてるような感じだったが……そういう事か。なら確かに、ああいう統制された動きのはずだ」
ラクが話していくと、今までの攻撃に違和感を持っていた者も多かったようでその話に納得していく声が上がっていった。
そんな中、1人が訊ねる。
「エクスクモを狙ってきた、ってのはどういう事だ?」
「政府内でのいざこざです。邪魔なエクスクモを始末する為に、こうして大規模な戦闘を起こして、ここで彼を敗北させ、失脚させるつもりだったようです。いわば……ここを破壊しつくしたのは、ただの隠れ蓑だったわけです」
「政府内でのいざこざ……? そ、そんな事の為にここへこんなクソでかい攻撃を仕掛けやがったのか!?」
「まずそう見てありません。しかし―――エクスクモを肝心な場面で取り逃がした為に、人質を取って拷問を加え、出てくるように仕向け始めた。ここで何人も拷問を喰らったプレイヤーがいるようですが、それらも全てスターズの人間を拷問する、というブラフの一部だったというわけですよ」
ラクがそこまでを言うと、彼らも事の真相がわかり始めてきたらしく、段々と怒りの声が上がり始めた。
「ふざけやがって……!!」
「しかし、それとスターズの奴らを助けるのが、どういう関係が?」
「敵はチート使いで、政府関係者なんです。スターズの人間なら、政府の方に報告して彼らを処分できるはずです。それしか……この戦闘で勝つ術は恐らくありません」
「正面からじゃ無理なのか?」
「まず無理です。匂坂さんもやられましたし、エクスクモも逃げるのがやっとだった、と」
「マジかよ……PKギルドのマスターでもやられたのか」
「ちょっと待て。エクスクモが……ってのはどういう事だ? 会ったのか?」
「とある理由から、エクスクモと協力して今動いています。一時的に、ですが……」
「お、おいおい。冗談だろ? あんな賞金稼ぎの親玉みたいなのを信用するのかよ?」
「エクスクモとしては仲間を助けたいのは間違いありません。そして、こうまでして謀略を仕掛けてきた敵を放置しておけない、ってのも同じです。そういう意味では、一時的に共闘するのはアリなんじゃないかと思います」
ラクが粗方説明を終えると、その場に居た人間の何人かが不服そうに唸った。
こんな状況だが、無理も無いといえば無理も無い。
今まで完全に敵対している関係であった、賞金稼ぎ達のボスとも言える存在と緊迫した今の状況で、いきなり”協力している”などと言ってもまず信用できないのが普通だろう。
だが、何人かが諌めるように言った。
「手段を選んでいる場合じゃないのでは?」
「俺も同じだ。少なくとも、スターズの奴らがここで人質に取られていた以上、政府の奴らとスターズの人間はまた別と考えていいと思うが」
「しかしなぁ……」
その時、遠くで悲鳴が響き渡った。
また誰かが拷問の餌食となったのか、聞いているだけで気持ちが沈みそうな、痛々しい悲鳴である。それを聞いて、納得が行かなかった者たちも、ここでまごついている訳には行かないと悟ったらしく、作戦へと参加する気持ちが固まったようだった。
「では、これから行動を始めます」
ラクはその場にいる全員に、作戦の指示を書いたメールを送信した。
そしていくつかの事を確認すると、その場から思い思いにプレイヤー達は行動を始めていった。
■
ラクとサイモンは、解放したプレイヤー達から、スターズがどこに囚われているかを聞き出して、その場所へと向かっていた。
聞いた話では、ギルドのマスターや大事そうな人質は、全てタワーのふもとへと集められた、とのことだった。
「近くまでやってきたが……ほんとに居るのか? 人質ってのは分散させられてそうな気がするけどよう」
「遠くから見た時も主要な人はタワー周辺に集められていましたから、恐らく全員がここにいるんでしょう」
横浜ウェルサイドタワーは、商業区と都市部を結ぶ丁度間にある建物で、ふもとには高い建物が余り無く、ちょっとした公園のようになっている。
高い木々や、草の茂みも多いので、身を隠して近寄るのは思ったよりも簡単だった。
二人は茂みに身を隠し、遠くからタワーの周囲を回りながら誰が捕まっているかを調べた。
「居た……! アズールさん達に、匂坂さんや、スターズの人も居ます」
「マジで一箇所に全員集めてんのか。無用心すぎねぇか?」
「う~ん……カギが、掛かってるから安心してるんじゃないでしょうか」
「カギ?」
「匂坂さんと、アズールさんの所を見てください。手首と足の辺りです」
ラクに言われて、サイモンが改めてよく人質の様子を観察すると確かにアズールなど、マスターの人間や幹部であると聞いたプレイヤー達。そしてスターズの面々には、確認できるだけでも全員に手錠やら、錠前やらがくっついている。
普通のプレイヤーは縄で縛られていたり、鎖や首輪がついているだけだが、逃げられては戦局に影響するからか、守りが固めになっているようだ。
「なるほど。保険ってわけか……だがあれぐらいならオリが外せるぜ」
「どれ位時間が掛かるかわかりますか?」
「簡単そうな構造だ。鍵穴もデケェし、30秒もあれば何とかいける」
「って事は……自分が30秒稼げばいいわけですか」
ラクが言うと、サイモンはラクの頭を叩いて言う。
「アホか。おみぃだけでできるわけねぇだろう。姐さん相手だから、他の奴らと組んで時間を稼げ。そろそろ滝沢の奴らも来てるだろ」
確かに1人では無理である。ただ、滝沢たちがどうなっているか今はわからない。
計画では適当にある程度の数を解放したら、タワー付近まで一度集まる事になっていたが……。
サイモンに言われて、ラクは通信画面を開き、彼らがどうなっているかコールを行った。
「聞こえますか? 準備の方、出来てますか?」
『遅かったじゃねィか。こっちはタワーの東側にいる。準備は万端だぜ』
「了解。では……1分後に突っ込んでください。自分も突っ込ん―――」
「ちょっと待て。なんか向こうの様子が変だぜ」
「え?」
突然、サイモンが突入を延期させ、タワーのふもとの方を指差した。
ラクがその先を見ると、どんどんタワーの下から人が出て行っているのが見えた。
政府軍のプレイヤーたちが、何故か本陣を構えているはずの場所からどんどん居なくなっているのだ。
何故? とラクが見ていると、シエラがなにやら指示を出しているのが見えた。
「どうしたんたんでしょうか……?」
「わかんね。エクスクモを見つけたから全軍投入でもしてんじゃねぇか?」
「見つける為ならともかく、見つけた後では意味が無いんじゃ? チーターのクエイが出て行ってますし」
「んな事知るかよ。そうでもなきゃ、普通は基地の奴らを総動員したりしねぇだろうから言ったんだ」
確かに通常ならば、本拠地の人間を簡単にそう移動させたりはしない。
大きく動けば、それだけ守りが手薄になるという事なのだから。
だが―――タワーふもとのプレイヤー達はどんどん居なくなっていき、やがてシエラのみがその場に残るのみとなった。
シエラは、自分ただ1人になったことを書くにすると、ラク達がいる方向を向いて静かに言った。
「……さて、出てきな。居るんだろう?」
静寂の中でもないのに、彼女の良く通る声は、離れた二人にはっきりと聞こえた。
ラクは気付かれてしまっている事にハッとなったが、サイモンは特に驚く様子も無く、茂みからタワーの広場へと出ていった。
ラクもそれに続き、広場へと出る。
(まさか、この為に……?)
指示を出して軍勢を動かした、とばかり思っていた。
だが―――どうやら、シエラは単純にこの状況を作り出したく”人払いをした”だけだったようだ。
周りからは、捕われているプレイヤー達からの視線を感じた。
やってきた助けが、悪人街でも名のあるマスターと対峙しているのを見て、どうなるのかと固唾を呑んでみているのだろう。
「まだ居るだろう? 隠れてても無駄だよ。また遠くから視線を感じるからね」
盗賊には高い感知能力があり、その中には「視線感知」というものもある。
それによって、どうやらシエラは遠くから自分を見ているプレイヤーがどれ位いるか、かなりの精度で感知できるようだった。
シエラがその事を告げると、少しの間、静寂が場を支配していたが、やがて残って機を伺っていた滝沢とストロングも顔を見せた。
「4人、ね……なるほど。エクスクモともう1人が囮で、アンタたちが本命の別働隊ってわけかい」
「人払いを……したんですね? 伏兵がいる様子も無いし、周りに誰も残ってないって事は。なんで……こんな事を?」
「あたいはねぇ……別にあのスターズのリーダーがどうとか、この街がどうなるかとか、そんなものに興味はないのさ。ただただ、面白い戦いがやりたい。それだけさ」
(戦い、か……)
ゲームのプレイヤーの中には、ひたすら戦うことを好む種類の者がいる。
いわゆる”戦闘狂”と言われるタイプだが、それにもまたいくつかの種類がある。
自分よりも弱い相手をひたすら一気に倒し、薙ぎ払う事を楽しむ「初心者狩り」型と歯応えのある相手とのギリギリの対戦を楽しもうとする「白熱戦」型などだ。
シエラは、恐らくはその後者であると思うのだが、それにしては少々腑に落ちない所があった。
(じゃあ、なんで政府側に?)
それは”チーターと何故一緒に居るのか?”という疑問だ。
大抵、接戦を楽しもうとするプレイヤーは、大きな戦闘では有利な側にはつかず、どちらかというと弱い側につく傾向がある。
この戦闘で有利なのは、チーターであるクエイが居て、かつ人数も遥かに多い政府側である。
防衛側である悪人街側は、最初は相手がチーターである事もわからない為、かなり不利な状態だ。
そういう側に、シエラのような人間が、”戦いを楽しみたいから”という理由で付くものだろうか?
(なんか変だな。エクスクモと戦いたかったんだろうか?)
シエラとの戦いが目の前に迫っている事を実感し、緊張感が張り詰めていくのがわかった。
シエラは相変わらず表情を伺いにくい細目のままで、思いだしたように言った。
「あ、そうそう。ひとつだけ戦う前に言っておくけどさ。この場所にいる奴らは、特別な錠前がついてて、あたいが持ってるこのカギがないと開けらんないからね。つまり―――勝負がつくまでは、どうにもならないって事」
(おい、新入り。お前は行け)
ラクも戦うため、身構えていたが、突然サイモンが小声で言った。
そして、懐から持っていた小さなケースを差し出した。
中にはドライバーのような、金属製の細長いものが並んでいる。
(え? な、なんですかこれ?)
(オリのピッキングツールだ。これでカギを外せそうな奴をとりあえず外してこい。穴のサイズに合った奴でガチャガチャやるだけだ。おみぃでも出来るだろ)
(し、しかし……相手がシエラさんなのに)
(おみぃじゃあ数合わせにもならねぇし、カギは見たところ一つじゃねぇ。いくつかは普通に開けなきゃいけねぇはずだ)
サイモンは行け、というがラクは躊躇した。
相手があのギルドマスターであり、スターズのリーダーとも戦えていたシエラであるのだ。例え戦力としては乏しくとも、1人でも多く居なければとても戦えない。サイモンもそれ位はわかるはずだが……。
ラクが更に食い下がろうとすると、サイモンは自信あり気に目配せで”行け”と報せた。
(大丈夫、なんだろうか……?)
余りに強い勢いに押され、ラクは渋々、ツールを受け取って、繋がれているマスターやスターズのメンバーの下へ急いだ。
「ん? 1人離脱かい?」
「戦力にならないから、外せるカギ開けに回しただけですぜ。姐さんを撃破した後じゃあ、オリが外せるかわからねぇですからね」
「へぇ……言うじゃないか。この戦いで自信がついてきたかい?」
「ま、諦めみたいなもんですよ。どうあがいても先に進まなきゃいけないってね。それに……今はコイツがありやすし」
サイモンはラクから奪った★アクア・サーバ・セイバーを目の前に掲げ、自信気に言った。
「今度は簡単には行きませんぜ……!」
「期待しとくよ」
そして、サイモンはシエラへと突撃していった。
それに他の二人も続いた。
■
シエラとの戦闘が始まっていた頃。
エクスクモを探索しているクエイの元へ、爆発音と同時に大規模な戦闘が行われているという報せが入ってきた。
「何だ今の爆発は?」
「申し上げます! 北西に300メートルの地点で、後方から派遣されてきた援軍と、エクスクモがぶつかったようです!」
「後方からの援軍……? どういう事だ」
「聞いた話だとタワーの本陣の守りがいらなくなったので、派遣されてきた、と」
(本陣の守りが不要になっただと……? 馬鹿な、そんな筈がない。シエラめ……裏切ったのか?)
クエイはタワーの本陣で何か起こったのかもしれない、と感じた。
しかし―――爆発が起こっている地点から、巨大な斬撃が発射されたのを見てエクスクモが居る事を確信すると、戻る事を止めた。
そして一瞬だけチートを発動させ、風のようなスピードで爆発が起こっている付近へと降り立った。
「見つけたぞ……!!」
「クエイか……」
エクスクモは襲撃してきたプレイヤーを粗方倒した所だった。
周りにはいくつもの倒されたプレイヤーの山が出来上がっており、もう少し時間が掛かっていれば、またエクスクモは適当な場所に姿を隠せていただろう。
そういう意味では、シエラが行った派遣も無意味ではなかったようだ。
クエイの姿を見て、同行していたじゃがいもも驚きの声を放った。
「うわっ! 来たか!」
「お前はタワーの方へ行ってくれ。少しでも向こうの援護になるだろう」
「え? しかし、まだ援軍はやってくるみたいだぞ」
「いくら居ようがもう関係ない。アレとの戦闘になったらな。俺も……本気で行く。お前がここに居ても手加減できる保障はない」
エクスクモが振り向かずに淡々と告げると、じゃがいもは自分がここに居ても、もうできる事は何も無いという事を悟ったようでクエイが待つ方向を迂回するようにして、タワーの方へと向かって行った。
じゃがいもが出て行くのを見届けると、クエイは懐から小さなナイフを取り出し、手に持った。
「さて、これで一対一だな」
「人払いが出来るまで待ってくれるとは思わなかった」エクスクモが意外そうに言った。
「余り長い時間、戦っていたく無くてな。野蛮で、労力だけ掛かるというのに、余りにもくだらん。このファシテイトというものが、単純なVR型ネットツールであれば、どれだけ良かった事か」
「俺はゲームが出来るってことに感謝してるがな。お前みたいなのも、やっぱり居るんだなと思うよ」
「私も少しだけ感謝してるさ。こうやってナイフがあるだけで、首さえ掻っ切れば誰だって始末できる。他のゲームは違うようだが、そういうリアルな形にしてくれてるのは労力が掛からなくていい。こうやって―――」
言葉が終わりきらないうちに、クエイの姿が消えた。
エクスクモがそれに反応し、咄嗟に武器を抜いて顔の前に構えるとクエイの攻撃が目の前へと迫ってきていた。
大きな金音と共に、一気にエクスクモの剣が顔へと押し当てられる。
「一気に殺す事も可能なんだからな」
「ぐっ……!!」
喉元へとナイフを伸ばそうとしているクエイは、至って涼しい顔をしていた。
まるで料理のために使う野菜でも切ろうか、という感じだ。
大して力を込めず、押し当てているだけなのに、エクスクモにはまるで自動車でも衝突してきたかのような圧力を感じた。
自分でなければ、今頃吹っ飛ばされて壁に激突させられている事だろう。
「どうした? 賞金稼ぎたちのリーダーなんだろう? もっと踏ん張って見せろ。ゲーマーとやらの意地がないのか?」
クエイは煽るように、いかにも小馬鹿にした感じでエクスクモへ言う。
官僚である彼は、どうやらこのファシテイトがゲームとして作られているのが相当に気に入らないらしい。
「黙れ……! 貴様がチート使いというのはわかっている。小狡い手を使って、恥って物がないのかッ!!」
エクスクモが何とか弾き返し、クエイを吹き飛ばす。
クエイは地面に着地してから、俯いたまま言った。
「私はな。社会の生産に全く寄与しない”ゲーム”などというものが、世の中に憚っている現状が物凄く嫌いなんだよ。そして、”ゲーマー”とかいう人種そのものも疎ましく思っている。ゲームなどいう、なんの意味も無い世界で、あたかも現実に影響力があるように振舞っている、役立たずの代表者どもがなッ!!」
再びクエイの姿が消えると、凄まじいスピードでの斬りつけを行ってきた。
エクスクモは武器を片手で、そしてもう片方に鞘を構えて二刀流となってひたすら逃走と防御に徹した。
(くそッ! これで10分以上か……!)
発見される時間を遅らせていたため、既に15分ほどは経っている。
ラクとの通信で約束していた時間は、もう達成しているが、シエラと向こうは戦っているか、相手をしつつ人質の解放をやっているはず。
エクスクモは念のため、最初から30分近くの時間を稼いでからエリア外へと逃げるつもりでいた。
「逃げるな腰抜けがァッ!!」
(腰抜けなのはどっちだ……!)
ファシテイト内でチート使いにそんな事を言われる道理はない、と内心で思いつつ、エクスクモはひたすら距離を取った。
途中、相手が大技を放ってきたときだけ、こちらも応戦の為、大技を返した。
「エクスクモを包囲しろ! 取り囲んで足止めするんだ!!」
(馬鹿が……!)
援軍としてタワーの本陣から派遣されてきたプレイヤー達は、一応クエイの援護の為にエクスクモへと攻撃を仕掛けていったが、逃走に徹しているエクスクモへは命中するわけでもなければ、クエイも彼も本気の状態である。
周りの事など気にせず大技を放っていたため、それに巻き込まれて次々と倒されていった。
「魔刃大嵐撃!!」
エクスクモへと巨大な風の波が放たれた。
まるで龍が獲物を求めて突撃していくような、巨大な竜巻にエクスクモはそれを低空かつ高速のジャンプで回避したが、彼を取り囲もうとしていたプレイヤー達は、そのうねりに飲み込まれあっという間に光の粒へと消えていった。
余りにも高威力な為、遺骸すらも残らない即死判定となってしまったようだ。
(ほぼノーモーションであれが撃てるのか)
”魔刃”とつく剣技は武器に魔力を宿らせ、相手を切りつける技でその殆どに斬撃を飛ばす能力がある。
今クエイが使用したのは、本来なら長剣か刀でしか使用できない剣技でも、ひときわ強力なもので、恐らくチートを使って全ての剣技がナイフしか持っていない状態でも使えるようになっているのだろう。
しかも、通常ならばこのクラスの技は、両手で武器を持って大きく”タメ”が必要なのである。
つまりクエイはチートで、技の仕様すらも捻じ曲げて使うことができるという事だ。
(攻撃の予想がつかん以上、正面からやりあうわけには行かんか)
エクスクモは港区方面へ、タワーの方向から段々と距離を離すようにクエイから逃走していった。
■
「ぐおっ!!」
シエラの蹴りが顔面へと命中し、サイモンが吹き飛ばされた。
その隙を突くように、滝沢が槍での連続突きを放つが、どれも命中しない。
身体を器用にくねらせ、身体へと直撃する攻撃だけを回避する。
「ううッ!?」
そして突きの連打が終了して、技の硬直が始まった直後に高速の2連袈裟斬りが胴部へと直撃。滝沢も大きく弾き飛ばされた。
ストロングも背後からラリアットでの攻撃を仕掛けていく。
「フゴゴゴッ!!」
「おっと、危ないねぇ」
完全に背後からの攻撃だったが、顔を向けもせず姿勢を傾けて丸太のような腕の一撃をシエラはかわした。同時に腕を肩へと乗せるようにすると、そのまま背をストロングへとくっつけて背負い投げでストロングを大きく投げ飛ばした。
「フゴッ!?」
(つ、強い……!)
遠くから繋がれているアズールの鎖を外しながら、ラクは戦慄していた。
あの三人は、掃除屋の中でもそこそこ戦闘力がある三人だ。
それなのに、サイモンのスピード、滝沢の高速攻撃、ストロングのパワー。
そのいずれもが全く通用していない。
「あれでは負けるな……」
アズールが戦っている様子を見ながら言った。
確かに、ラクの目から見ても勝てる要素は全く無いと思えた。
基本的な能力の差もあるが、それ以前に戦闘経験の差が大きすぎる。
まるで軍人が空手の初心者か何かを相手にでもしているような、そんな風にしか見えなかった。
「クソ、ダメだ……どうしても外れない」
ラクはサイモンから借りたツールで錠を外そうとした。
が、確かに外れるものもあったが、シエラに言われた通り、手と足にそれぞれ、いくつか全く外す事ができないカギがあった。
これだけはシエラの鍵を奪わないと解除できないのだろう。
鍵開けに悪戦苦闘しているラクを見て、アズールが言う。
「何故……君が戦いに行かない? 君もチーターだろう。あそこにいるシエラを一瞬で倒したり、この鍵を無理矢理破壊する事が君には出来ないのか?」
アズールが怪訝そうに言った。
実情を知らない彼からすれば、当然の理屈だろう。
ラクは実際にはチートなど使用できない。そもそもチーターなどではないのだから。
「自分は……ああいうチートを使う事は出来ないんです。残念ですが」
「そうか……今はどんな手を使ってでも、あいつらを始末しなければならないというのに、残念だ」
「アズールさんなら、シエラさんとは戦えるんですか?」
「互角に、ぐらいならばな。完全な近接戦では流石に向こうには劣るが」
(くっそ! なんとか鍵が外せれば……!)
チーターは嫌いだが、こういう時にホントにチートが使えれば、とラクは思った。
どんなズルい手でもいい。なんとかカギさえ外せれば、勝てるかもしれないのだ。
だがカギはシエラが持っている。彼女を倒さなければどうにもならない。
再び、サイモン達の方を見る。
「ぐおあッ!!」
再び、突撃していったサイモンが殴られ、宙を舞っているのが見えた。
滝沢もストロングも、こっぴどくやられており、既にHPは3割を切っている。
それに比べ、シエラはほぼ無傷の状態だった。
どれだけ攻撃を放っても、当たらないか受け流されるのだから、ダメージが増えるわけがない。
「ぐ、ぐぐ……」
「どうしたんだい。もう終わりかい?」
溜息を吐いて、がっかりした感じでシエラは言った。
あれだけ気勢を上げておいて、いざ戦ってみれば最初と大して代わりが無い状態であるのだ。彼女からすれば拍子抜け、と言ったところだろう。
だが、ふらふらになりつつも立ち上がったサイモンはにやけた顔で言った。
「あ、姐さん。やっぱり……本気じゃないッスね……」
「何だって……?」
「いつもの姐さんの動きじゃあない。明らかに手加減してる動きだ。本気じゃない。そして……乗り気で戦ってないッス。丸分かりですぜ。オリには」
サイモンが言うと、シエラから痛い所を突かれたといわんばかりにさっきまで吐いていた煽りの言葉が消えた。
そして少しの間、押し黙って動きを止めてしまった。
サイモンはそれを見計らって声を上げた。
「お前ら! 今がチャンスだ!! 動け!!」
「―――ッ!」
サイモンが激を上げると、倒れていた滝沢とストロングが一斉にシエラへと向かって突撃を仕掛けた。
どうやら、事前に同時攻撃の作戦を練っていたらしく、ここに来て動きが止まったこの瞬間がチャンスだ、と確信したようだった。
シエラは反応が遅れ、攻撃を避ける事が出来なかった。
『メガ・ストライク!!』
「くぅッ!!」
凄まじいエネルギーがこめられた槍が投擲され、シエラの右肩へと命中した。
暗黒騎士クラスが使う、投槍スキルの大技であったらしく、シエラのHPが一気に3割ほど減少していく。
ふらついた所に、今度は正面からストロングが続いた。
『ゴウルド・アックス!!』
ストロングの右腕が金色に輝き始め、そのままラリアットをシエラへとぶちかました。
彼女はまた受け流しを行おうとしたが、肩へと攻撃を掛けられていたため、防御する事ができず、胴体を斜めに袈裟切りにされるが如く、金色の腕を叩き付けられ、吹っ飛んだ。
『ヴァイル・ストリーム!!』
最後に高速で肉薄したサイモンが、接近して嵐のような斬り攻撃の連打を放った。
まるで4本か5本手があるかと錯覚するような動きで、クロスを何度も描くようにシエラを斬り付けていく。
とてもさっきまでフラついていた人間とは思えない動きだ。
このチャンスに全てをかけるべく、どうやら力を温存していたらしい。
シエラの体力値が一気に3割ほどまで減少していく。
(やった! これなら……!!)
だが―――武器が突然、止められた。
「う……! なッ―――」
そのまま顎へと掌底を喰らい、サイモンは後方へと吹き飛ばされた。
無防備な所にモロに直撃してしまったため、体力は今度こそ1割にまで減り、もう動く事は不可能なレベルへと落ちてしまった。
「ふぅ―――……なかなかやるじゃないか」
シエラの方をみると、彼女の手は真っ赤に染まっていた。
そして、あろう事か武器を素手で掴んでいた。
どうやら―――シエラは”片手を犠牲”にして攻撃を止めたようだった。
フィーリング・リミッターが切れている状態であるのに、凄まじい判断である。とても、常人の神経で取れる防御ではない。
「ぐ……く、くそう……!」
「見直したよ、サイモン。アンタ本当に強くなった。今までからしたら信じられないぐらいの進歩さ。でも―――ここまでだね」
勝負は決した。もうサイモンは動く事はできない。
滝沢もストロングも同じだ。先程の最終攻撃で、本当に力を使い果たしたらしく、地面に両手をついたままの状態だ。
そして、シエラは大ダメージを受けているとは言え、まだ体力が3割以上残っている。
これをラクだけでは削りきる事はできない。
こちらの―――負けだ。
「はは、まぁ……結果はそう、簡単に変わることはないさ。世の中そういうもんだよ」
「やっぱり、何かあったんですね。姐さん……」
「悪いけど、言える事は何も無いね。話して欲しいなら、あたいに勝ってみな。どんな手を使ってでも」
「それじゃあ―――使わせて貰いましょうか」
「……何だって?」
シエラは聞き間違いかと思った。
全ての攻撃を防ぎきり、相手へと致命的な一撃を与えた。
後残っているのは、新入りが1人だけ。これはもう間違いない。
周囲にもう動ける援護の人間などは居ない。自分が勝ったはずなのに、何故サイモンが得意げにそんな事を言うのだろうか?
「新入り……受け取れやッ!!」
サイモンは上体を起こすと、最後の力を振り絞ってラクへと”何か”を投げた。
ラクは咄嗟にそれを受け取り、確認して驚愕した。
それは―――
「え……!? か、”鍵”!?」
ラクの手の中にあったのは、先程シエラがこれでもかと見せていた、アズール達を捕縛している錠前の”鍵”だったからだ。
「そいつを早く使えッ!! 急げッ!!」
「なッ、何だって……!?」
シエラが慌てて自分のアイテム袋を確認すると、中にあったはずの”鍵”が無かった。まさか、と思わず声を漏らすとサイモンが抑えきれない笑いを漏らすと共に言った。
「気分いいですね~……初めて姐さんの裏を掻けましたよ」
「サイモン……! あんたハナっから盗るつもりで……!」
「そうですよ。オリだって馬鹿じゃない。実力差ぐらいは理解してます。あの新入りよろしく、勝てないなら”結果的に勝てる”ように動けばいい。そう思ってあの二人と事前に作戦を組んでたんです。最後に”オリの盗みが成功するように大技かけろ”ってね」
鍵を使って、あっという間にラクがアズールの錠を全て除いていく。
シエラはそれを阻止しようと地面を蹴るが、数歩歩いた所でずるっと足を滑らせて転んでしまった。
「あー、そこら辺は走らない方がいいですよ。オリが適当に糊みたいなものを撒いといたから、滑ったり粘ついたりします」
言うまでも無くこれは”グルーブレイド”の能力だ。
サイモンは追撃を封じるため、あの連続攻撃時に抜け目なく周囲に粘着液をも撒き散らしていたらしい。
シエラは完全に一杯食わされた格好だった。
「ふぅ……やっと抜けられましたね」
アズールの錠前を全て外し終わると、彼は立ち上がり、すぐさま臨戦態勢となった。ラクはすぐに他の者の錠前も外していく。
自由になったアズールは手の指の関節を鳴らしながら言った。
「さて……とりあえずは、裏切った人間にそれなりの対応をやらせて頂きましょうか」
「参ったねぇ……」
シエラは諦めたような素振りをしていたが、突如、目の前に手を出した。
そして強く握りこむと、スキルを発動させた。
『エアロ・スティール!!』
黒い影のような球体がアズールを包み込み、周囲にあるものを球体の中へと吸い込んでいく。
シエラの発動させたスキルで”空気を盗み”、一時的に真空状態を作り出したのだった。
まともに受ければ中央にあるものは気圧の差で押しつぶされ、一気に破壊される。
だがアズールの周りに同じく球状のものが展開されると、程なくして黒い球体は消えた。
「良くわかっていませんねぇ。”バリアー”がある魔法系クラスに、そういうスキルを使うとは……」
アズールはそう言うと手を前へと突き出し、空中で指を動かしながらスキル名をコールする。
『シャドウ・スパーダ』
アズールが言い放つと、彼の”影”から鋭利な破片が地面を這うように飛んでいき、シエラの”影”を切りつけた。
同時に、命中した両腕と腹部にいきなり黒色の小さな短剣のようなものが突き刺さった。
「どうやら……終わりのようですね」
「はは……やっぱり、ダメだったか、ね……」
シエラはそう言うと倒れこんだ。
HPは1割を切っており、もはや戦闘不能の状態だった。
もう簡単には立つ事はできないだろう。
こちらの―――勝利だ。
「か、勝った……! 勝てた……!」
「……掃除屋の新入り君。ひとまず私があの三人の回復をやります。君はさっさと他の方の鍵を開けて下さい」
まだ信用はしていない、といった風にアズールは言った。
ラクはそれに触発されたかのように、慌ててまた鍵を開け始めた。
アズールの言葉は、やや皮肉めいてはいたが、最初に会ったときのような、毒々しい感じは少しだけ消えているように思えた。




