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59:”無法”の体現者(21)

 荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。だが戦いの中で突如として裏切りが巻き起こり、割り込んできた政府たちの陣営に、悪人街の大半の人間が捕えられてしまった。

 彼らの目的はエクスクモを倒し、その信用を失墜させて政府の治安維持機関より抹消する事だった。

 途方に暮れるラク達だったが、ふとしたきっかけから、エクスクモと合流を果たし、悪人街の人間とファイブ・スターズの人間が囚われている商業区の端にある「横浜ウェルサイドタワー」に集められたプレイヤー達を救出するべく、そしてこの大規模攻撃の首謀者である「クエイ」を倒すべく、作戦を練っていた―――

(文字数:12918)

 夕暮れの時間は終わり、電想世界の横浜に夜の闇色が充満していく。

 普段その闇は、邪悪な者どもを内包する何かしらの思念が染み出していそうな、そんな薄気味の悪い闇であった。だが、完全に破壊されてしまった今は廃墟となったビル郡や建物を嘆いた誰かが、その空虚感を慰めるためにかけたベールか何かのように思えた。


「それで……? 結局、作戦ってのは決まったのか?」


 エクスクモが光の傍に集まっている者達へと訊ねた。

 今、微かな灯りだけがビル内の中央を灯している。

 サイモンが持っていたロウソクの火だ。

 ビル内であるが、電気などはもう電気系統が完全に破壊されてしまっていて、破壊されて使うことが出来ない為、仕方なくロウソクを取り出して、そこに火の魔法で点火を行って灯りにしている。

 いっそ焚き火などを起こしてもいいのだが、火事になる危険もあれば、余りに大きな灯りをつけると場所がバレてしまうため、こういう小さな灯りでないと危ない。


「……それが……」


 力なくラクが問いかけに答えた。

 作戦会議を始めてから、もう30分ほどが経っていた。

 街は不気味なほどに静かになり、もう武器が打ち鳴らされる金属音なども、たまにしか聞こえなくなっていた。


「有効な手が無い?」


「戦力差がありすぎるんです。向こうは何人いるかわからないから……クエイと側近だろうプレイヤー達だけなら、こっち側の全員でぶつかって潰せるかもしれないんですが」


「どういう事だ? クエイのヤツだけを始末すれば終わりじゃないのか? 陽動の案だけ考えれば済む事だろう」


「いや……それは出来ません。あそこで陣を組んでるんだから、突っ込んでいってタイマンに持ち込むことなんて、土台無理ですよ。それを差し置いても、相手の数が多いって事以外全くわからないので、作戦がどうにも立てられないんです」


「雑魚ぐらい大技でどうとでもなる。お前達はあのシエラとクエイの奴をどうにかする方法を考えればいい」


「それも無理です。大技は接近して放たないといけない。隙を狙われたら一巻の終わりです」


「じゃあここから撃つ。一気にクエイを狙えばいいだろう」


「外したらどうするつもりですか? 潜伏してる場所がバレて一瞬でお陀仏です。それに、そもそもそれだと向こうに到達するまでにラグがあるから、当たってもその時には”絶対防御”のチートを発動されてるかもしれない」


「周りの奴らは壁代わりにしてる、って訳か?」


「そうです。地形と……距離が壁になっています。奴らにとっても、自分らにとっても。今―――こうやって作戦を考えていられるのも、まだ場所がバレてはいないからです」


「なるほど。難しいな。そう考えると……」


 エクスクモは今の状況を説明されると、改めて作戦を考える難しさがわかったようで、腕を組んで近場の柱の上へと座り込んだ。

 ラクは窓の外を見つめ、推測していた”これから行われるであろう事”を話した。


「で、多分なんですが……これから向こうは、あなたが”出てこざるを得ない何か”を仕掛けてくるはず」


「出ざるを得ない何か?」


「まず―――大前提として、このまま相手側は持久戦には持ち込めません。何故なら、他の悪人街からここへ向かってきてる援軍がいるから。こちらの完全な味方かは置いといて、ですが。とにかく……確実に一気にカタを付けようとして何か手を打ってくるはず」


「援軍が来てるのは俺も知ってたが……なにをしてくるってんだ?」


「何をしてくるかまではわかりません。ただ……もし自分がクエイの立場ならそうします。地道に街全体を当たって探す、ってのはやりません。それだと時間が掛かりすぎる。必ず、こっち側に出てこないといけないように仕向けるはず」


 ラクがそう言って、作戦を練り直しに入り、しばらくすると―――突然、ラク達の目の前にウィンドウが開かれた。


「ッ! な、何だ!?」


 目の前に個別に電子仮想ウィンドウが開かれ、その中にはスーツ姿の男が移っていた。


『聞こえているかね? 街に残っている諸君。いや……”エクスクモ”。お前に伝える事がある』


 ややアゴヒゲが目立ち、がっちりとしているように見える顔であるが、体格自体は至って普通のもので”標準的な公務員”という感じの姿だ。

 ただ、眠そうにも見える半目のその表情からは、冷徹そうな雰囲気が漂っていた。

 エクスクモは彼の姿を見るなり、呟くように言った。


「クエイ……ッ!」


(なんだ……? 一体何のために通信してきたんだ?)


 どうやら、クエイは街の戦闘が一旦落ち着くのを待ってから、街全体へと広域の通信をかけたようだった。

 彼の後ろには、タワーの根元が移っており、そこには両手を楔で打ち抜かれ、貼り付けにされている匂坂の姿があった。


『これから―――ここで一人ずつ、この街のゴミどもを処刑をしていく』


「何……!?」


 クエイが言うと、彼の仲間らしい人間が匂坂の身体に刃物を突き立てた。

 途端、匂坂の悲鳴が周囲に響いた。


「ぐああああっ!!」


 単純にナイフを手に突き立てられただけ、しかもすぐに抜き出された事から、ダメージなど殆ど無い筈だが、ファシテイト内では滅多に聞かない声だった。

 その声の凄惨さに、思わずラクは慟哭の声を漏らす。


「うっ……」


『ああ、そうそういい忘れたが……今”フィーリングリミッター”と呼ばれるものの解除を行っている。これは、本来はゲーム上の安全措置として痛覚や触覚の強さを、安全なレベルにしているシステムを解除するものだ。当然……』


 クエイが武器を受け取って、更に匂坂へと武器をつきたてると、匂坂は悲鳴を周囲へと撒き散らした。

 力の限り、あらん限りの声を搾りだしているような、悲痛な叫びだった。


『ま、どうなるかは言うまでも無いだろう。死ぬかどうかまでは私にはわからんが、場合によっては現実の方でも何か起こるかもしれんな?』


 クエイは他人事のように言いながら、気が済むまで武器を突き刺す。

 やがて匂坂は叫ぶ事もしなくなり、武器が突き立てられる度、身体を大きく跳ねさせるだけになっていった。


『ん……? 気絶したか』


 動きが鈍くなると飽きたのか、後は部下に任せて、残りのメッセージを送りはじめた。

 背後で別のプレイヤーの悲鳴が響き渡る中、恐ろしいほど冷徹にクエイは言った。


『さて、このような感じで、街のゴミ掃除をやっていくが……”お前の仲間も当然そこに入っている”』


「……ッ!」


『とりあえず適当に処理していくが、順番が近いうちに回ってくるだろう。解放したいなら、なるべく早く出てくることだ。お前がこいつらの犠牲如きをなんとも思ってないなら、出てこなくても構わんがな』


 そう言うとクエイの通信は途切れた。

 通信が切れるなり、エクスクモは血相を変え、持っていた武器を抜いて、建物から出て行こうとする。

 ラクは思わずそれを呼び止めた。


「ちょっ……! い、行くつもりなのか!?」


「当たり前だ。放ってはおけるか!」


「だ、ダメだって! 作戦もなしに……」


「作戦だと!? 作戦なんていくら考えた所でチーター相手にはどうしようもない! それとも、お前は何か有効な手立てを今すぐ考え付けるってのか!? ああ!?」


 エクスクモに襟首をつかまれ、怒りに任せてぶつけられる言葉に、ラクは返す文句が続かなかった。


「う……いや、それは……」


 確かに―――今の所、有効な手立ては言う通り思い浮かばない。

 ただでさえ数で負けているのに、その上相手に強力なチーターがいるのだから。

 こちらに強力なプレイヤーが居た所で、一点突破をする事もかなり難しい。

 勝てる算段どころか、相討ちに持ち込むことすらままならない、というのが正直な所だ。

 しかし、かといって正面から馬鹿正直に行っても絶対に負ける。

 チーターとまともにぶつかっては勝負にすらならない。

 それを思ってか、ラクは半ば無意識にエクスクモに言った。


「じゃ、じゃあ……負けに行くつもりなのか?」


「……そんなつもりはない。奴のチート使用時間一杯まで時間を稼いで、そこから一気に勝負を掛ける」


「馬鹿な! そんなので勝てるわけ無い!」


「黙れ! 俺は勝ってみせる!」


「じゃあ……相手のチート使用可能時間が正確にわかるのか? 何分何秒か、それが把握できてるのか?」


 ラクが言い返すと、エクスクモは言葉に詰まった。

 畳み掛けるようにラクは言った。


「10秒違うだけでも全然違うんだぞ! それにもっと長いかもしれない。そんな時間を、たった一人だけで、本当に戦い抜けるって思うのか!?」


 今までの話を省みるに、チーターのクエイは、戦闘時にチートコードを発動させ、全てのステータスがMAXの状態で戦うはずだ。

 それはつまり「ハエかのように凄まじいスピードで動き」、「巨人のようなパワーで殴りつけてきて」、「鋼鉄よりも硬い肉体を持ち合わせ」、「最強の魔法系攻撃を扱い」、「罠は全て看破され」、「状態異常に対しては無敵の耐性を持つ」ということだ。

 そんなの相手にただ一人で時間稼ぎなど出来ない。いくらスターズのリーダーであるとはいえ、出来るはずがない。だが、エクスクモは「出来ない」とは言わず、ただ押し黙っていた。

 出来ないと言ってしまったら、その時点でプライドの全てが否定されてしまうように思えたからだろう。

 それを察してか、ラクは付け足すように言った。


「……あと5分だけ待ってくれ。あんたが居なくなったら、本当に勝てる確率がゼロになる」


 悔しげに歯軋りをしながら、エクスクモは言う。


「……3分だ。3分で考えろ。それ以上は待てない。ギャロットの奴はともかく、他の奴らは拷問なんぞには、とても耐えられないんだ」


 ラク達はそれから、ロウソクを囲うように腰を下ろした。

 そして、今度こそ何かしら通用する作戦を考える事となった。


「結局の所―――どうすればいいんだ?」


 じゃがいもが口火を切るように言う。

 ラクは、今の所判明している材料をとにかく整理していく。

 ウィンドウに適当な写真を表示させて、ラクは話し始めた。


「まず、相手の情報を整理します。現状の敵は”シエラ”、そして政府側の軍隊として動いている”外国人プレイヤー”たち。最後に”クエイ”です。この中で一番数が居るのは外国人プレイヤー達ですが、彼らはそこまで能力が高くはないようです」


 シエラの顔写真のスクリーンショットと、先程の通信の際に表示された顔を映し出し、続けて言った。


「厄介なのは……クエイとシエラ。特にクエイの方はチート使いらしく、恐ろしいほど高い能力でこちらを攻撃してくるはず。まずはそれをどうするか……って対策をする必要があります」


「長い間は使えねぇんだろ? オリらで時間稼ぎをすればいいんじゃねぇのか?」とサイモンが訊ねる。


「それが一番ですが……稼げ、ますかね? エクスクモなら何分か稼げるかもしれませんが、正直に言うとここにいるレベルの人たちでは、全員で掛かっても30秒持つか微妙じゃないか、と思います」


「おいおい、そんな事を言うんじゃねぇよ。みくびるなよ」


「いえ、見くびってなんかいません。ただ……相手が強すぎるんです。例えば、ハエみたいに動く投げナイフが執拗に自分の喉元やら頭やらを狙ってきてて、それをいつまで回避し続けられるか? という話です」


「ハエ? なんだそりゃ? 突然よう」


「さっきエクスクモから聞いた話なんですが、風のように動くクエイは、まるで”人間大のハエが舞うようだった”と」


「そ、そんなスピードなのかよ……?」


「ま、お前らなら確かに10秒も持たないだろうな」


 ラクが説明する中、エクスクモが挑発するように言う。

 すると、売られた喧嘩とばかりにサイモンが食って返した。


「んだとぉ? おみぃならどれぐらい持つっつーんだよ!」


「俺は……わからん。1分ぐらいか。10秒でやられはしないな」


「スパイダー。先にあんたに聞いておきたいんだが、相手のチート使用時間は、大体どれぐらいだったか、わからないのか? 匂坂さんと戦ってる最中に対峙したんだから、わかるだろ?」


 じゃがいもが訊ねると、エクスクモは難しい顔をして自信なさ気に言った。


「……3分ぐらいだったと思うが、正確にはわからん。俺があの場所から逃走できたのも、あの匂坂の奴が相手をして時間を稼いでいたからだ。あいつが戦い始めて、その攻撃の仕方を見ているうち、俺はチーターであると直感で判断して場を離れた」


「で、追って来られてあの深手を?」


「そうだ。逃げの一手だったが……それでもあのザマだ。だが、俺と対峙して1分ほど経つとアイツは突然、追いかけてくるのをやめた。それで、その後に”早駆け”のスキルで一気に距離を取って逃げ切れたんだ」


「なるほど……その合計の戦闘時間が3分ぐらいだと」


「そうだ。もっとも、奴が正確な時間を知られないために、敢えてチート使用を抑えていたなら、もっと長く使える可能性もある」


「いや、それはないでしょう」


 二人が話している中に、ラクが割り込んで言った。


「何故そう言える?」


「クエイは今までの話を聞くに、ゲームなんて殆どやらない奴ではないでしょうか? ゲームで対戦をする事はおろか、プレイ自体を余り行わないカタブツな人間……という感じでは? どうも聞く話からは、そんな印象を受けます」


 ラクが訊ねると、エクスクモは憶えている彼の人物像から、実際にどういう風な人間であったかと思い出していく。

 そして確かに、言葉の端々からゲームなんてもってのほか、という人間であったという事を思い出す。


「……ああ。奴はゲームのゲの字も知らないような奴だ。それどころかファシテイトを利用する事すら嫌がっていたな」


「なら、尚更です。そんな奴がこのファシテイト内で、戦略的に能力の使用時間を抑えて戦う、なんてのは多分ありません。使えるだけ使って、ダメなら引いて抑えの奴らで倒す。それだけでしょう。これだけ大規模な戦闘をやるんだから、バックには信頼を置いているみたいですし、そこまでの戦略は持ってないと思います」


「だからおおよそ3分で間違いないと?」


「恐らくは。だから……その3分間を如何に凌ぐか? ってのが勝負です」


「でもよ、3分って言ったら結構なげぇぞ。実際攻撃をかわし続けながらってなるとよう……」


「いえ、3分なら時間を稼ぐ手は充分出てきます。やはり持続時間に不安があるから、クエイはああいう風に陣を作って、そこに来い、と言っているんでしょうし」


「なるほど。待ち構えているのは、不安の裏返しってわけか」


「そうです。だから……こういう手を取るのはどうでしょうか?」


 ラクは今まで判明した情報を元に、とある作戦を考え、全員へと提案していった。単純だが、今出来うる最善の戦略を。


■


 丁度、クエイの広域通信が終わってから5分ほど経った頃。

 彼の元へと通信が入った。


『聞こえるか?』


「ん……誰だ?」


 クエイの前に開いたウィンドウに映っているのは、白衣姿のプレイヤー「じゃがいも」だった。

 エクスクモが持っていた折れた長剣を手に持っており、やや緊張した面持ちでウィンドウへと向かって喋っている。

 僅かに咳を吐いてから、彼は揚々と話し出した。


『自分は悪人街科術研究者連盟『ブラック・ジャック』のメンバー「じゃがいも」だ。先程、エクスクモを話し合いの結果、そちらへと引き渡すべく交戦後に捕縛した。しいては、引渡しのために取引を行いたい』


 じゃがいもが言うと、シエラは誰にも聞こえない声で呟いた。


(……ウソだね)


「戦闘不能にした証拠は?」


『この武器……ぐらいしかないな。あいつの持っていたものだ。後はこちらへ来て確かめて貰いたい』


「信用できない。捕縛している姿を見せろ」


『悪いがこちらもそちらは信用できない。見せられるのはこれまでだ。これ以上は取引の場所で見てもらおう』


 クエイはじゃがいもと話している間、彼からは見えないように手元を操作した。

 そして、個人用のプライベート・ウィンドウを開き、チートコードを使用する操作を始めた。

 クエイはチートを使用して、僅かな間だけ感応値(PSY)を最大に引き上げ、レーダーの範囲を超広範囲へと広げていく。

 やがて、レーダーに通信を行っている反応が映りこみ始めた。


(通信しているのは……北西の商店街の辺りか)


 単純に感応値だけを上げただけでは、通信している相手を見つける事はできない。

 クエイはステータスを上げるのに加えて、通信を感知するサイキッカーのスキル「アンテナ」を発動させて通信箇所を割り出したのだった。

 これは電子的な通信の流れを読み取るスキルで、能力が高まると電気信号に乗った通話やメールデータなどを頭の中で直接受信して読むことが出来る。

 場所がわかるとクエイは鼻で笑い、”仕方ないな”という感じで応えた。


「いいだろう。このままだと時間が掛かりそうだからな。それで……取引の場所は?」


『公園区の中央に小さな管理用の小屋がある。そこで取引だ』


「わかった。部下と共に向かおう」


『了解した。こちらも使者を向かわせる』


 そう言って通信は切れた。

 クエイは通信が切れると同時に、部下へと命令を告げた。


「通信場所は北西の商業区、2-11番地にある商店街の雑居ビルだ。探せ! 見つけ次第全員こちらへと連れて来い! 殺しても構わん。死体があればどうとでもなる!」


「あたいもいった方がいいかい?」


 命令を一通り出し終えたところで、付近に居たシエラが訊ねた。


「そうだ。中隊を向かわせる。一気に殲滅してくるんだ」


「あたいは罠だと思うけどね」


「何?」


「あいつらは思ったよりも頭が回る奴らさ。アンタがすぐに場所を勘付くって、計算に入れて行動をしてると思うね」


「こうやって人員を送ることを予想して動いていると?」


「そうさ。もうちょっと考えてから次の手を打った方がいいんじゃないかね? あたしなら……少し様子を見てから駒は動かすね。相手の動きがある程度わかるまで、一気に全部は動かさない」


 シエラが言うと、クエイは少しだけ顎に手を当てて考えていたが、確かに一理ある、と思ったようで、シエラには待機命令を出した。


「う~ん……どうやら、兵だけで向こうに行くみたいですね」


 シエラとクエイが話すそんな様子を、少し離れた場所にて、ラク達は見ていた。


「やっぱり様子見か。ま、最初はそうするか」


 二人はエクスクモ達と別れて、タワー付近にある別の商業ビルにまで、やってきていたのだった。

 ここからタワーを挟んで反対側のほうには、ストロングと滝沢も居る。

 この「三隊分け」がラクが提案した今回の作戦であった。


■


 クエイに通信を行う前に、ラクがとある作戦を、付近の地図を提示すると共に話した。


「二手に別れて通信を行う?」


「はい。正確には三つのグループにですが……」


 大きく映し出されたラクのウィンドウには、今いる位置と、タワーまでの地形が映し出されている。

 ラクはタワーから離れた場所である商業地区を指差して言う。


「まず、ここのビルにエクスクモとじゃがいもさんが残って通信を行い、クエイに言います”スパイダーを捕らえたから引き渡す。ただし、こっちの安全を確認させろ。お前達の方からこっちに来い”と、言う感じです。そして、他の4人は通信を行う前に、なるべくレーダー探知に引っ掛からないように身を潜めて、あのタワー周辺に隠れます」


「クエイをこちらへ誘い込む気か? 馬鹿な。来るわけが無い。そもそもそんな提案を奴が呑むわけがないだろう」


 エクスクモが言う。確かに、作戦の内容としては無理がある。

 クエイは攻撃を失敗させない為に、わざわざ陣を張って来いと言っているのだ。

 逆にこちらへ来いとの誘いに、絶対に乗ってくるはずはない。


「どうせまともには受けないってのはわかってるから、来るかは二の次なんです。ここである程度の戦力が向こうから二分されるはず。それが狙いです」


「二分?」


「向こう側は、なるべく時間を掛けずにこちらを倒したいと思っているので、恐らく、戦力を本陣にクエイ、そしてこちらへの捕縛隊にシエラを加えて、二分したような形にして攻撃をかけてくるはずなんです。自分の予想では」


「来なかったらどうするんだ? どっちも来ずに、部下の奴らだけ寄越されたら?」


「まず、どちらも来ないという事はないです。恐らく―――クエイは通信を行ったら、すぐに一瞬だけチートを使用して、通信した人間の位置を探知しようとしてくるはずです。感知能力は最強にしたらそういう事が出来たような記憶があります」


「逆に300の方が探知されて、エクスクモがそっちに居るんじゃないか? って状況になったらどうするんだ?」


 じゃがいもが訊ねた。

 彼は今回、エクスクモと残って通信役をやる事になるが、完全に作戦の大筋から外れた所で動く為、不安げだ。


「通信の方を探知されるはずなので、周辺の探知は行わないと思います。仮にやられても、その為に隠れますので……大丈夫かと。あと、もしシエラもクエイも来ない場合は……来るまで部下の奴らを速攻で始末してください。それぐらいは……できますよね?」


 ラクが訊ねると、エクスクモは感心したような声で応えた。


「ほう……言ってくれるな。それができない、とでも思うのか?」


「いえ、撃破スピードがキモになるので、一応……」


 ラクが遠慮げに言うと、エクスクモはこの作戦にまだ不安があるのか、続けて訊ねた。


「しかし、二分して何になる?」


「まずはシエラかクエイのどっちかを叩かなきゃ始まらないから、です。もし、シエラの方がこちらへとやってきたら、そのまま叩いてください。全快の状態のあなたなら彼女を倒せるはず」


「それは問題ない。だが、先にクエイの奴がこちらへ来たら? もしくは戦闘の真っ最中に来たらどうするんだ?」


「クエイが来たら、どんな場合でもシエラとは戦うのを止めて、とにかく逃走してください。その間に、本陣へ自分らで切り込みます。そして可能な限り、捕縛されてる人たちを解放して、なるべく周囲で暴れてもらう。クエイは、きっとその時になったら慌てて本陣へ戻って来ると思うので、それまでには退散します」


「また捕まってしまうんじゃないのか? 戻ってきたら。何の意味があるんだ? その作戦に」


「スターズの人間は最初に逃げてもらうようにします。ここが肝です。自分らが暴れるのはその時間稼ぎで、です。悪人街の人間だけになれば、人質としての価値は薄れるし、それに政府の方へ助けも求められるはず。クエイは独断で、政府の意思とは無関係に攻撃をかけてきていると思いますので、それを報告すれば何とかなるかな、と……」


「ああ……! なるほど。戦って倒すんじゃなく、人質だけを減らす、って事か」


 ラクが全ての説明を終えると、じゃがいもがピンと来たといわんばかりに拳を作って手を叩いた。

 そう、この作戦ははじめから勝つことを目的としているのではなく、スターズの人間だけを救出することに的を絞って、行動を行う事を目的としているのだ。

 奴の目的は、エクスクモを無残に敗北させる事であるから、スターズの人質だけを取り戻し、後は雲隠れをしてしまって政府の別の勢力の人間に動いてもらえばよい、というわけだ。

 そうすれば戦わずにクエイを撤退させる事ができるはず……という作戦だった。

 だが、サイモンが厳しい顔つきで言う。


「だが、不安要素も多いぜ。政府の別の奴らが協力してくれる……ってまではいいが、エクスクモが時間を稼げずに捕まったら、一気に作戦は終わりだ。それにクエイの奴だけが逆にタワーの陣からこっちに来たら……姐さんをオリらの誰かが相手にしなくちゃならねぇ」


「仮にシエラさんだけがタワー側に残った場合は、自分が囮になります。時間を稼ぎますので、他の人達で本陣に入って、とにかく強い人たちから解放してください。自分らでは無理でも、他のマスターの人たちなら何とかなるはず……そして、もしクエイだけが出ていった場合は……エクスクモには何とか逃走してもらうしかない、という感じです」


 全てを言い終わると、ラクは数拍置いてから大きな溜息と共に、弁解するように言った。


「現状―――穴が多いですが、これが自分が思いつく精一杯の作戦です。これ以外となると……」


「いや、それでいい。俺はやるぜ」


 無理がある作戦のように思えたが、エクスクモは先程よりも乗り気になっていた。

 か細い糸だが―――1人だけでただ闇雲に突っ込むよりは、遥かに成功する確率は高い。

 目的がはっきりと見えてきたという事が、彼に気力を与えていたのかもしれない。


「おいおい、お前、こいつに囮に……いや、完全に捨て駒も同然の時間稼ぎをしろって言われてるんだぜ? 仮にもあのスターズのリーダーがよう。少しは腹が立たねぇのか?」


「構わん。仮に最悪、俺が捕まって拷問喰らうだけなら、それでいい。あいつらを助け出せる可能性が少しでもあるなら、俺はそれに乗る」


 言い切ったエクスクモの言葉に、迷いは微塵も無かった。

 サイモンはそれに、呆気に取られていたが、やがて後は何を言っても無駄であると悟ると手を外側へ向けて言った。


「……はいはい。美しい仲間意識ですこと」


 かくして、三隊を二手に分けて「三隊作戦」が決行されることとなった。


■


 ラクはサイモンと共に動きつつ、タワーに程近い廃ビルの中へと移動してきていた。クエイの位置を確認しつつ、彼らの動向を探っていたのである。


「動いたか? 姐さん達はよう」


「何か話をしたようですが……やはり動きませんね。兵だけがそっち側に行ったようです」


『なるほど。じゃあさっさと始末しておくか』


 プライベート通信モードを使用し、連絡を取りながらエクスクモ側、そしてもうひとつ別に動いているストロング側と指示を行う。


「なるべく通信などをさせないように、一気に始末して下さい。その方がより早く、シエラを引きずり出せるはず」


『わかっている。あの数とレベルなら30秒も掛からんから安心しろ』


「お願いします」


 エクスクモへと攻撃を指示すると、ストロング達の方にも連絡を取る。


「そちらの様子はどうですか? アズールやシーカーさん達は?」


『フゴゴゴ! フゴッ!』


 滝沢のウィンドウにストロングが割り込んでくるが、それを滝沢は押し退けて、報告を行った。


『場所は確認してる。いつでも大丈夫だぜィ。指示があればすぐに突入できる』


「近くにどれぐらい守りは居ます?」


『守りは大した事はなィぜィ。ただ……シエラ達のいる場所と距離的に近い。あいつらの注意を完全に逸らさないとダメだぜィ。警護にいる奴らだけなら、俺だけでも始末できるが……援護に来られたらヤバイ』


「自分らはシエラ達を見ていますので、動きがあったら知らせます。待機しつつ、可能なら他のメンバーの位置をなるべく把握して置いてください」


「わかったぜィ」


 通信を切ると身を潜めつつ、ラクは再びタワーのふもとの様子を伺った。


「さて……問題はどう動きがあるかですが」


「兎角、向こうの動きがあるまで待機だな」


■


 じゃがいもが通信を行った場所へ戦闘員を送り、少し経った時、クエイの元にひとつの報告が入ってきた。

 それは「誰も捕縛に行った者が戻らない」という事だった。


「捕縛に行った者たちから連絡が無い?」


「はい。誰も……通信の応答すら返ってきません。恐らく、通信する間もなく倒されたものかと」


「クソッ……! 猪口才な真似を……!!」


「どうする? 他に誰を向かわせるんだい? あたいが行こうか?」


 クエイはシエラに言われ、少しだけ次の手を考えていたようだったが、やがて報告に来たプレイヤーに、エクスクモが確かに向こう側に居るのかを訊ね始めた。


「……エクスクモが居るのは確かだとわかるか?」


「え? そ、それは……シエラ殿の報告から聞くに、残っている人間は、他には悪人街の掃除屋たちが少しですから、恐らくはエクスクモの方かと」


「本当に―――そう言えるか?」


 念を押すように強い口調でクエイは言った。

 報告に来たプレイヤーは、少々それに尻込みしたが、ある程度の確信を持ってはいたので、クエイへ居るだろうと推測できる理由を説明した。


「二中隊編成でしたので、相手が奴でなければ、通信する余裕ぐらいはあります。何も報告すらさせずに殲滅させられるのは、奴以外には有り得ません」


「そうか。ならば……私が行こう」


 クエイが言い放つと、シエラが僅かに眉を上げた。

 意外な答えだった。


「あれ? あんたが行っちゃっていいのかい? ここ、他に守れそうな強い奴はあたい以外に居なくなるよ」


「私の目的はエクスクモだけだ。後はどうなろうが構わん。ここも人質になりそうなやつを集める為だけに作った場所だ。どうでもいい。適当に守っていろ」


「はいはい……」


 クエイが吐き捨てる言葉に辟易しながらも、今のところは雇い主は彼であるので、仕方なくと言った風にシエラはタワーの方へと足を向けた。


■


「ッ!、動きました!」


「姐さん行ったか」


「いえ……クエイの方が出ます!」


「何!?」


 タワーの方から10人程度の護衛を連れ、クエイが出て行くのを確認すると、ラクは慌ててウィンドウを開いて、エクスクモへと敵の襲来を告げた。


「そっちにクエイが行く! 気をつけてください!」


『!……来るか。奴自ら先に出てくるとはな』


「難しいと思いますが、時間を稼ぎつつ、町の外へ離れていってください! 外へ出たら完全にワールドアウトしても構いません!」


『わかった。ただ、何分稼げばいい? 大方の目安を言え』


「……30。いえ、20分稼げれば何とか……」


『10分で何とかしろ。奴は俺を見つけるまでコードを発動しないだろうが、発動されたら何分持つかわからんからな』


「わかりました」


 ラクはウィンドウを閉じると、すぐに滝沢たちにも連絡を取った。

 そして、同時攻撃の算段をすぐに付けていく。


「滝沢さん、ストロングさん、聞こえますか? クエイが先に出て行きました! これから2分後に突入します!」


『フゴゴッ!?』


『急すぎじゃないかィ? もうちっと様子を見てからで……』


「いえ、今を持って他にチャンスはないです。クエイが離れている状態じゃないと……とても戦力が足りない。理想としては両方とも居なくなってくれてるのがベストでしたが、クエイの方が先に出てしまって行った以上、もうやるしかありません」


『わかったぜィ……しかし、シエラの陽動はどうすんだィ?』


「陽動は打ち合わせ通り自分がやります。それで……」


「いや、オリにやらせろ」


 滝沢へ囮役のことを伝えようとした時、サイモンが言った。


「え? でも……」


「さっきは一気にやられちまったが、今度はきっちり稼ぐ。余りみくびんな。それにおみぃ~じゃあ、スパイダーの奴じゃないが、姐さん相手にゃ本当に10秒ももたねぇだろ。ニクロムの奴とはレベルが違うんだぞ」


「……わかりました。じゃあお願いします。こいつも渡しておきますんで」


 ラクはもう自分が持っているよりは、サイモンが使った方がいいと感じ、★アクア・サーバ・セイバーを返却した。

 これからはスピードと、陽動する側の時間稼ぎの問題となる。


「あいよ。……ついでで悪ィんだが、ナンか時間稼ぎに使えそうな技、知らねぇか?」


 どうやらサイモンは、先程改めてシエラと戦って、その力の差を思い知ったようで、珍しくラクへと助力を求めてきた。

 ラクは内心”珍しいな”と思いつつ、セイバーの特殊能力について、出来る限りのことを教えた。


「水のバリアと粘着ソードの能力があります。”グルーブレイド”って奴ですが……」


「やり方だけでいいから教えろ。使い方は実戦で憶えるからよう」


「わかりました」


 手短にラクは能力の発動のやり方を教える。

 元々、サイモンも魔法攻撃の心得ぐらいはあるようで、方法だけを教えれば、時間さえあれば使えるようになるだろうと思えた。


「魔法攻撃の応用みたいな感じか。あんま使った事はねぇが……」


「練習してる暇はないんで、後は実戦で。そろそろ時間です」


 サイモンへの短いレクチャーが終了すると、丁度、攻撃の開始時間を迎えた。

 二人は武器を構えて、攻撃のタイミングを伺った。

 やがて完全に夜を迎えたタワーに、灯りが点灯し始めた時、ラクは言い放った。


「―――行きますッ!!」


 そして―――攻撃が開始された。

 この大規模攻撃の、終着点が決まる、最後の攻撃が。


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