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57:”無法”の体現者(19)

 荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。だが戦いの中で、商業区が突如、何者かによって制圧されてしまい、戦力の殆どが正体不明の敵陣営に捕えられてしまった。

 絶望に包まれるラク達だったが、ふとしたきっかけから、敵の狙いがエクスクモにあるのではないか、と推理を行い、彼をひとまずは確保する為、残った5人で商業区の北西”商店街”地区へと向かった。

 そこで、5人はボロボロになっているエクスクモの姿を確認し、更に彼を確保する為にやってきたジャグスとニクロムと対峙。辛くもラクはジャグスをストロングと共に撃破した―――

(文字数:9819)


  悪人街全体の昼は過ぎ、僅かに夕暮れの色が見え始めた頃。

 ラクとストロングの二人は、サイモンが戦っている場所へと急いでいた。


(しかし、まさか本物のチーターが相手にいるとは……)


 ラクは、先程ジャグスから聞いていた話を思い返していた。

 個人情報を握られてしまった、という事と相手の中にチート使いがいるらしい、という話だ。

 確証があるわけではないが、彼の話を聞く限りでは、充分にありえる話である。全くゲームプレイヤーではない姿なのに、そんな異常に高い能力を使用するのなら、ほぼ間違いないと思っていいだろう。


「フゴフゴッ?」


 サイモンの元へと走っているとストロングが不安げに訊ねた。


「”チーターなんかとどう戦うんだ?” だって? そんな事は……まだ考えてないですよ。そもそも……チートコードを使用するって事は、ゲームの内部規則に思いっきり逆らうって事ですから、そんな長い間できるはずが無いと思うんですが……」


「フゴゴッ?」


 ストロングが”どうして長い間できないんだ?”と訊ねる。

 ラクはゲーム内のチート対策についての事を説明する。


「ゲーム内でチート行為をやるって事は、確かに可能ではあるんです。でもオンライン上でそんなステータスMAXみたいなのが使われたら大変だから、修正プログラムってのが常に動いてて、すぐに異常なコードの発動を感知して修正します。だからそんなに長い時間は使えないんです。実際、ステータスを最大値にするチートを使ったところを見たことはあるんですが、すぐに無効化されていました」


「フゴ、フゴフゴッ?」


 ストロングは”じゃあなんで同じように相手のは無効化されないのか?”と訊ねる。確かに当然の疑問である。

 ここ悪人街はアンダーグラウンドな場所であるが、れっきとしたゲーム内でもある。同じようにイリーガルなプログラムは即座に無効化されてしまう筈だが……。


「恐らく……ですが、戦闘になった時だけ発動させて、修正プログラムの目をかいくぐってるんだろうと思います。長時間発動させたり、何度も警告を無視して発動させたら、最悪キャラごと消されますしね」


「フゴゴゴゴ」


「そうです。だから……不意をつければ勝てる可能性は充分あると思います。とはいえ……恐ろしく不利なのに変わりはありませんが」


 話していると、二人はやがてサイモンが戦っていた場所まで辿り着いた。

 サイモンとニクロムはまだ戦っていたが、HPバーを見ると明らかにサイモンの方が敗色が濃厚な状態となっていた。

 どうやら急いでやってきて正解であったようだ。

 二人はラクとストロングを見るなり、表情を変えた。


「クソ、しくじりやがったのかあのガキは……」ニクロムは悔しげに呟く。


「さて、あとはテメェだけだぜ……!」


 形勢が一気に逆転した事がわかると、サイモンはニクロムへと一気にラッシュを掛け始めた。

 片側が勝ったので、もう余力を残しておかなくても問題ないと判断した為である。


「ちっ……!」


 サイモンに押されると、ニクロムも流石に3対1ではマズイと思ったのか、距離を取り、背を向けた。

 そして、エクスクモが逃げていった方向へと逃げ始めた。

 サイモンとラク達もすぐさま後を追っていく。


「逃がすかッ!」


 やがて走って路地裏へと駆け込むと、ニクロムが路地裏を出た場所で立ち止まっている姿が目に入った。


「もう終わりだぜ、裏切りモンがよぉ!」


(ッ!)


 もう逃げられないと観念したのか? と思ったが……ふと、ラクは彼の足元に誰かが倒れている姿が目に入り、慌ててサイモンを止めた。


「ま、待ってください!」


「あ!? なんだテメェ! 何をしやがる!」


「あいつの足元を見てください! 二人が……」


 サイモンがラクに言われて、再度ニクロムの足元を見ると、”手がふたつ”地面に転がっているのが目に入った。

 建物からはみ出るような形なので、注意して見なければわからないが、倒れている人間の手がニクロムの足元に間違いなく見える。しかも、片方が黒い篭手、そしてもう片方からは白衣が僅かにはみ出ていた。

 どうやら―――”じゃがいも”と”滝沢”のものであるようだった。


「うっ……あれは……!」


「どうやら二人ともやられたようです。って事は……」


「あーあ、やっぱりこうなっちゃうんだねぇ」


「ッ!」


 どことなく茫洋とした声が聞こえると、ニクロムの背後から、赤髪を携えた女性の姿が現れた。


「姐さん……!」


 背後から現れたのはシエラだった。


「シエラさん……」


「念のため、来ておいて正解だったね」


 後ろから現れたシエラは言葉少なく、武器をさっさと用意すると、戦闘の姿勢を取り始めた。

 一気に場の緊張が高まっていく。

 サイモンはそんな中、シエラへと思いつめた様子で言った。


「姐さん……あんたが裏切った理由はもうききやせん。何か、いえない訳があったんでしょう。ですから、オリらも手加減はいたしやせん」


(……いや、それは違う)


 ラクは恐らく、ジャグスと同じようにシエラも何かしら、”取引”を持ちかけられたのではないかと確信していた。

 しかし、こんな状態で問い質して無意味だ。話してくれることも無いだろう。

 ここは―――実力で突破するしかない。先程ジャグスを倒したように、シエラを倒すしか、この場を切り抜ける方法はない。


「フゴゴゴ、フゴッ!」


 ストロングとサイモンも戦闘態勢を取る中、ラクは次の手を考えていた。

 このまま戦っても、実力差がありすぎる為、間違いなく倒されるからだ。

 シエラは上級クラスのキャラであり、こちら側は仮にラクがレベル50台だったとしても、あと10人ほどは居ないと話にならないだろう。


(考えろ……この場を切り抜ける方法を。このまま正面から戦っちゃあダメだ。能力差で絶対に潰される)


 シエラはギルドマスターだ。ただでさえ能力は通常のプレイヤーとは一線を画している上、マスターである為、広範囲の攻撃技を多数持っているはず。

 自分は元より、サイモンもストロングも、同じくシエラと戦うのは無理だろう。

 三対一でも難しいが、更に今は相手にニクロムまでいる。戦えば負けるのは明白だ。


(自分が捨て駒になって自爆でもするか……? いや、それでもダメだ。爆弾アイテムがもうそんなに無い。仮に自爆しても倒せるとは思えない)


 ラクはふと、ひとつの事が頭に思いついたため、レーダーを確認した。

 エクスクモの位置を確認する為だ。


(今どの辺だ……?)


 レーダーにはここからやや離れた場所に、ひとつの点が映っていた。

 少しずつ動いていっている所を見ると、倒されてはいないようだ。

 恐らく、もはや動く事が難しい為に簡単に捕えられると、捨て置かれているのだろう。

 まずは茶々を入れてくるネズミの駆除を、シエラ達は優先しているというわけだ。


(確保されてるわけじゃない。となると……)


 こちらの勝機があるとすれば―――それはひとつ。やはり、エクスクモから力を借りるほか無い。

 しかし、そのためにはどうしても時間が必要だ。


「先輩、自分が時間を稼ぎます。なんとかエクスクモの方を……」


 少しでも時間稼ぎの手助けになるように、ラクはアクア・サーバ・セイバーをサイモンへと差し出した。

 しかし、それをすぐにサイモンはラクへと返した。


「いらねぇ。おみぃが行け。何を考えてるかわからねぇが、時間稼ぎはオリの方が出来る」


「フゴゴゴ」


 ストロングも同意しているようで、”行け”と手を振った。


「せいぜい持って”1分”だ。その間に何とかしろよな」


(ま、また俺がこういう事をやるのかよ!?)



「行くぞオラッ!!」


 シエラが参戦して一気に有利になったからか、先程までと違い、余裕の表情のままニクロムが突撃してきた。

 ラクとストロングが迎え撃とうとするが、サイモンがいち早く攻撃の気配に気付いてストロングに言った。


「まじぃっ! 横に避けろ!!」


 ストロングはサイモンの声に鋭く反応し、ストロングは素早くサイドステップでニクロムの軌道から外れた。

 その瞬間、黒い球状の領域がサイモン達が居た場所を覆い、強風がその黒い球状のエリアへと流れ込んでいった。


「”エアロ・スティール”……か」


 寂しげにサイモンは言う。

 シエラが持っている盗賊クラスの強力な広範囲攻撃スキルのひとつだ。

 3~10メートルほど離れた場所一帯の空気を窃盗し、真空の領域を発生させてダメージを与える。大型のモンスターに効果的なスキルだ。


「手を抜いちゃいけないからねぇ。あんたらも本気できな。こういう機会は滅多に無いよ。マジで殺し合いできるなんて……レアなイベントはねぇっ!!」


「来るぞッ!」


 ニクロムがストロングへと突進していき、サイモンが両手にナイフを持ってシエラと戦い始めた。


「はぁっ!!」


 シエラが攻撃を放つと、サイモンがナイフを受け止めた。

 同時に、甲高い音が周囲に響いた。


(ぐっ……お、重てぇ……!)


 女の細腕から繰り出されている攻撃であるが、レベル差がある為か、まるで大木が圧し掛かってきているように重い。

 歯を食いしばって攻撃を耐えるサイモンだったが、やがて堪えきれず、飛びのいて攻撃を避けた。


「どうしたんだい? まだ10分の1も力入れてないよ? アンタは一応は幹部なんだから、もうちょっとは歯応えある筈だろう」


「あんまり舐めないで下さいよ。オリもこんなのが本気じゃねぇんですからね……!」


 ストロングの方もニクロムと戦い始めていく。

 しかし、今度の相手はジャグスのように大振りであるわけではなく、手数と攻撃力を兼ね備えた相手である。

 恐ろしく相性が悪い為、防戦一方である事に変わりは無かった。


「フゴッ……!」


「お前には前々からイライラさせられてたんだよ……!! あの時も最前列にいたしなぁ……!!」


「フゴ!?」


 ストロングが”最前列とは何だ!?”と言うとニクロムは訊ねた事だけはおぼろげにわかったらしく、彼に言った。


「俺様の前のキャラ名は”陳貞近チェン・ジョンジン”って言うんだよ。こう言えばお前はわかるんじゃねぇのか?」


「フゴッ!? フゴゴゴ!!」


 ストロングはその名前に心当たりがあった。

 それは、この街を牛耳っていた海外のプレイヤー達が所属していたギルド。

 その中でも最大のものを統率していた首領プレイヤーの名前だ。


「ゴッ!?」


 ニクロムの素早い攻撃がストロングの両肩へと命中し、体力を激しく削っていく。部位ダメージにはならなかったが、一気にHPを二割ほど削られてしまった。

 ニクロムは自分が有利である事がわかると、にやついた顔になって言った。


「実を言うとな、お前らを始末したらよぉ、俺がここの新しい支配者になれるのさ」


「フゴ……!?」


「そういう取引だからな。いやぁ、昔の奴らを集めるのは苦労したぜぇ」


「フゴゴゴ?」


 今回の攻撃の中には彼が集めた者が多くいるらしかった。

 どうやら、政府軍と昔この街を牛耳っていた海外のプレイヤー達で、相手の軍勢は構成されていたようだ。

 それを聞いて、ストロングは午前中と攻撃時に受けた印象が違った事に合点が行った。

 首領である彼が率いていたのは主に中国や韓国の東アジアのプレイヤーだ。

 それなら戦い方が違ってきて当然である。


「はっ、さて……俺がここの主になる前に……邪魔な粗大ゴミは駆除しねぇとなぁぁっ!!」


「フゴ……!」


 ニクロムは邪悪な、しかし野望の満たされた笑顔で両手に刀を携え、ストロングへと突進していった。



 サイモンとストロングが時間を稼いでいる中、ラクはレーダーを見ながらエクスクモが逃げている方向へと向かっていた。


(もうちょっとだ……!)


 やがて、商店街の一角にあるコンビニの内部で倒れている人影を見つけた。

 すぐさま駆け寄るが、近付くとラクの気配に気付いたのか、エクスクモは持っている剣をラクの方向へと向ける。


「うっ!」


「はぁ……、ハァ……近、付くな……クソチーターが……」


 HPがもう数ミリほどになっていて、もう意識を失いかけているはずだが反射的に素早く武器を向けるところは高レベルプレイヤーらしい動きだ。

 既に武器は先が折れており、とても満足には切れ味は残って無さそうだが……。


「ちょ、ちょっと待ってください! 話を聞いてください!」


「お前……みたいな奴と話す事、は……」


 ラクは、思い切って喉元に刃が当たるまで近付いて言った。


「話を聞いてくれ! これは取引で、同時に時間が無い頼みなんだ! それに……俺は、チーターじゃない!」


「……チーターじゃない、だと……?」


「そこら辺は……ちょっと今は詳しく話せない。でも、とにかく、アンタの力が必要なんだ!」


「どういう、事だ……?」


「とにかく、黙ってこいつを飲んでくれ! 今持ってる最強の回復薬だ!」


 ラクが薬を差し出すと、エクスクモは薬を受け取る気は無く、ただただ怪訝そうにしていた。

 当然の反応である。今、追われている状態であり、いきなり目の前に知り合いでもない人間から薬瓶を出されても普通は信用していきなり飲み干す、なんて事はしない。

 自分を捕える為の毒か何か、と見る方が自然だ。


「な、何のつもり……だ……?」


「今の事態を切り抜けられたら、後でいくらでも説明する! とにかくはや……」


 ラクが言い終えようとした瞬間、コンビニの入り口が破壊された。

 薬瓶を思わず落としてしまい、拾おうとしたが、先にラクは入り口の方を見た。

 すると、そこにはボロボロになったサイモンを、片手で持ったシエラと、まだ斬り足り無さそうな表情をしたニクロムが立っていた。


「っ! ま、まずい!」


「後はあんただけだねぇ。さぁ、どうするのさ?」


(ぐっ……ど、どうする……!? ストロングさんもやられたのか……!)


 シエラが入ったことで大幅に形勢が悪くなった為、どうやらストロングも一気に倒されてしまったようだ。

 ニクロムはもはや自分が負けるとは梅雨ほども思っていないようで、溜息混じりにラクへと訊ねた。


「しかし―――なんでお前みたいな奴が残って戦ってんのが疑問だな。チート使いだからって油断しちゃったか? ほれ、使ってみろよ、あのチートをよ」


「あれは……使っても無意味だ。ほぼ姿が変わるだけだし、それに……あれはチートじゃあないんだよ!」


「はぁ? あれがチートじゃねぇってんなら何がチートになるんだよ。馬鹿かお前は?」


 サイモンがゴミでも出すかのように放り投げられ、ラクの足元に転がった。

 ラクは彼から武器を受け取り、自分の剣と合わせて二刀流になった。

 サイモンは、悶えるような声で言う。


「クッソ……30秒しか持たなかった」


「いえ、充分です。どっちにせよ、もうこれ以上時間があっても同じみたいですし……」


 ニクロムはにやついた顔でそのやり取りを見て言った。


「はっ、逃げるなら見逃してやってもいいぜ? お前みたいな雑魚に構ってるヒマがねーんでな」


「悪いが……知り合いを完全に見捨てて逃げるほど、ゲーマー辞めてないんでね」


 ラクが言うと、エクスクモの双眸が僅かに見開かれた。

 そして彼はラクの方を上目で見た。

 これから恐ろしく不利な戦いに向けて、苦々しい顔をしながらも、戦闘の態勢を取るラクの姿を。


「そうかよ……じゃあ消えなッ!!」


「ッ!」


 ニクロムが武器を持って無造作に突っ込んでくる。

 牽制などは全く無い。レベル差があるので、こちらが大した反撃が出来ないと舐めているのだろう。

 クロスに振られる剣をひとまずラクは防御する。


(くっ……重い……!!)


「ほれほれほれ、どうしたぁ?」


 パワーの差で一気に押されるが、ラクは僅かにナイフの角度を変えて武器を頭の上へと滑らせた。


「んっ!?」


「ヒルトブラスト!!」


 ラクはニクロムの武器が頭の上を通り過ぎると、そのままナイフの柄の部分を素早くニクロムへと向けて、顎へとアッパーを繰り出した。

 剣・ナイフスキルのひとつ「ヒルトブラスト」だ。

 柄で殴りつけるという単純なものだが、少ない隙で繰り出せる上、使い方によってはカウンターを取る事もできる、非常に使い勝手のいい技だ。


「ぐおっ……!!」


 ナイフの柄は、的確にニクロムの顎を捉え、彼の頭を後ろへと仰け反らせた。

 かなり綺麗に決まった一撃であった為か、ニクロムのHPが一気に2割弱ほど減少する。


(くそ……! 打撃だから浅いか)


 カウンターが綺麗に決まりはしたが、やはり体力に大きく差があるため、思ったほど効いてはくれない。

 これがナイフでの一撃なら、首元を狙って即死を狙えていたのだが、スピードが落ちるため、恐らくクリティカルとはならないだろう。


「くそが……ッ! 雑魚野郎のクセに……!!」


「雑魚雑魚って連呼するなっての。これでもレベル相応の戦い方はやってるんだから」


 敢えて冷静に対応する。一応煽れるようなら煽る為だ。

 パワー型の相手に一番効果的なのは、隙を作らせる事である。

 ファシテイトの対戦は、例えレベル差があってもクリティカルが決まれば一撃で倒される可能性が出てくる。

 こういう接近パワー型は、大抵煽られる事に弱い為、そこそこ隙を作り出すことに意味はあるのだ。


(次は首狙いでいけるか……?)


「真空斬り!!」


 ニクロムが力を込めてラクへと武器を振ると、風の刃がラクの方へと放たれた。

 ラクは刃が到達するのに合わせて、セイバーをかざした。

 そして何かしらのスキルを発動させると、水しぶきと共に真空波を防御した。


「何? 防御しただと……!?」


(”水の盾”さ。ちょっとタイミングが難しい技だがな)


 ラクはセイバーの固有スキルのひとつである”水の盾”を発動させたのだった。

 これは剣に魔力を注ぎこんでいる間、風と炎に対して非常に高い防御力を持つ水のバリアーを発生させるものだ。

 ただし持続時間が短い為、タイミングが合わないと防御をミスしやすい難度の高いスキルでもある。


「喰らえ!」


 ラクは少しだけ水の剣の刀身を伸ばし、ニクロムへと向かって振った。

 そして彼がやったように、水の斬撃を何度も飛ばした。


「ちっ……」


 ニクロムの体力が更に1割ほど削られたところで、彼は痺れを切らしたようで、防御を解いてこちらへと接近してきた。

 ラクはそれを再び防御するが、今度は受け流しが出来ず膝を折った。


(ま、まずい……!)


 そのまま防御を弾き飛ばされ、ラクは一撃を喰らってしまった。


「ぐ……ッ!!」


 一気に体力が3割ほど持っていかれ、更にラクは蹴りで吹っ飛ばされた。

 コンビニの商品陳列棚へと突っ込まされ、さらに奥の飲料水が置かれている場所の手前へと飛ばされていく。

 ポテチの袋を跳ね除けつつ、ラクは起き上がって再び戦闘の構えを取る。


「まだ、まだだ……!」


「いくらやっても無駄だ。仮に俺を倒しても、まだシエラのねーさんがいるんだぜぇ? 実力で劣ってるのに、二対一じゃあ……」


「いいや―――二対二だ」


 ニクロムはぞくりと気配を感じると共に声の方向を見た。

 すると、倒れていたエクスクモが起き上がってきていた。

 驚くべきは、いつの間にかHPが5割近くにまで回復していた事だった。


「最強というだけはあるな……力が漲ってきたぜ」


「なっ……!? い、いつの間に体力が……」


「さっきそっちの奴から回復貰ったんでな」


 ラクが見ると、先程落としてしまった薬の瓶が中身の無い状態で落ちていた。

 どうやら、落としたものを拾って飲んだらしかった。

 シエラはエクスクモが立ち上がったのを確認すると、自分の出番がやっと来たとばかりに言った。


「じゃあ、あたしはそっちが相手かねぇ。半殺し状態みたいだけどさ? もうちょっと回復する時間が欲しいかい?」


「余計なお世話だ。武器がちょっとアレだが……お前程度なら相手にするのは問題ない」


「あはっ、言ってくれるじゃないかい」


(やばい……!)


 慌ててラクはコンビニの外へと出た。

 ニクロムは彼を追って、再び真空波を飛ばす。

 何発かが命中するが、ラクは構わず距離を取った。

 高レベルのプレイヤー同士の対決。そうなれば必然的にどういう事が起こるか、ラクにはわかっていたからだ。


「チッ、外に逃げやがっ……」


 ニクロムが悪態をつき終わる前に、コンビニ内から強風と爆音が響き渡った。

 同時に、ピンク色の火花が散り、彼はコンビニの外へと吹き飛ばされた。


「ぐおっ!?」


 店内で強力なプレイヤーが戦闘を始めたため、範囲の広い攻撃が使用され始めたのだった。

 今まで、体裁上はシエラは仲間であった為、スキルを抑えてようだが、今は敵同士で、そしてエクスクモも味方になってくれたわけではない。

 そして恐らく、ニクロムもシエラは味方とは思っていないだろうから、二人が戦い始めれば、確実に強力なスキルを使い始めるだろう。

 ラクはそれがわかっていた為、さっさとコンビニ内から飛び出したのだった。


「くっ……くっそ、俺がいるってのに……!!」


「お前はどうやら数のうちに入ってないみたいだな。お構い無しに攻撃を行ったところを見ると」


「黙れ! クソ日本人め……!!」


「ん? 日本人……?」


 ふとニクロムが発した一言に、ラクはすぐさま反応した。

 そしてもしや、と半ばカマをかけるような形で訊ねた。


「って事は……お前外人プレイヤーなのか? もしかして」


「ああそうさ。俺の元のキャラ名は”陳貞近”ってんだ。そこそこなの知れたキャラだったんだぜ?」


「陳……ってことは中国人か。なるほど、って事は……もしかして政府の陣営にも、外人が大分入ってるな?」


「何だと?」


 何でそんな事がわかるのか、とニクロムは訊ねた。

 ストロングには政府の陣営と、ここを追われた元・悪人街の住人達が合流して軍を形成している事を伝えたが、それをコイツには話していない。

 自分が中国人であるというだけで、何故そこまでわかったのか、気になったからだ。


「素性が知れない奴を、政府の奴らが雇うはず無いだろう? もうこっちは悪人街を襲ったのが、賞金稼ぎ達じゃなく、政府の奴らだと大方目星がついてるんだよ」


「何……!?」


「でも……政府の関係者を直接集める、にしては数が多すぎると思ってたんだ。最初ボットかとも思ったが、それにしては人間臭い。なら誰だ……って思ってたら、お前が自分を外国の人間だというじゃないか。なら、そっちで固めたのかな、と思ったのさ」


(こいつ……!)


 ニクロムは初めて危機感を覚えた。

 そして同時にあまりに相手を舐めてかかっていたと痛感した。

 こいつは”頭が回る”相手だ、と。


(さっさと潰しておくべきか……)


「やるか? もうお前のHP、5割切りそうな位だぞ? 今なら……削り切れる!」


「あんまり調子に乗るなよ……! レベル30台が」


 武器を構えながら、ラクは更に続けて言う。


「調子に乗ってないさ。冷静に見た時の感想だ。さっきの9割近い状態でマジモードで来られたら負け必死だが……半分ぐらいならアーティファクト込みの装備で充分倒せる圏内だ。少なくとも、俺の経験から言えばな」


 誰も居なくなった商店街の表通りで、二人の戦士は共に再び二刀を構えた。

 もうどちらにも油断はなかった。

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