56:”無法”の体現者(18)
荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。
そして紆余曲折を経て、ファイブ・スターズの一人を撃破したものの、商業区が何者かによって制圧してしまい、更には戦力の殆どが敵側に捕えられてしまった。
絶望に包まれるラク達だったが、ふとしたきっかけから、敵の狙いがエクスクモにあるのではないか、と推理を行い、彼をひとまずは確保する為、残った5人で商業区の北西”商店街”地区へと向かった。
その場所で、5人はボロボロになっているエクスクモの姿を確認するものの
そこに同じくして、彼を確保する為にやってきたジャグスとニクロムが現れる。
ひとまず彼らを撃破するため、5人は二手に分かれ、更にストロングとラクでジャグスと戦う事になるが、彼の大技によってストロングがダウンし、ラクはジャグスと一対一の状態となってしまった―――
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接近戦を行う場合、注意しなければならない事は何か?
それは、相手との力量差を読み違えないようにする事である。
こう言うと簡単なように聞こえるが、それは恐ろしく難しい。
力の差といっても単純なパワーだけでない。
手数や相手の注意深さ、フェイントやカウンターにどれ位対応できるか。
そして弱点があるのかないのか、どういうスキルを持っているのか。
線引きは山のようにあり、そのどこの部分を以って「力の差」とするのか。
大抵のプレイヤーは一つか二つしかその基準を持っていない。
何故なら、そうしなければとてもリアルタイムでの対戦はこなせないからだ。
「でやぁっ!!」
「うぅッ!?」
ラクはジャグスの放った巨大包丁の一撃を両手のナイフで止めるが、一気に地面を滑るようにして吹き飛ばされた。
全体重での一撃によって、身体を後方へと持っていかれたのだ。
「チッ、受け止めたか……」
(クソ、相変わらずなんてパワーだ……)
ラクは相手の長所と短所を観察しながら、戦うスタイルのプレイヤーだった。何故なら、自身の戦闘力に特筆するべき点がないからである。
よく言えば平坦かつ汎用力がある。悪く言えば飛びぬけた点がない凡庸なキャラ。
しかし、だからこそ柔軟な戦い方が出来る、とラクは自身のアバターである「ラクォーツ」を敢えて中途半端な能力にしていた。
「どうしたぁ? 口だけかよ、威勢は」
最初の攻撃で格の違いを見せ付けておき、その後はプレッシャーを与え続けて逆転の目すら許さない。非常にアタッカーとしてはポピュラーな初手だ。
だが、散々こういう対決をこなしてきたラクとしては、挑発などどうでもよかった。必要なのは勝つための作戦であり、そのための分析だ。
(とにかく……離されちゃいけないな)
この場で一つだけラッキーな事があった。
それは、ラクがジャグスと何度か組んで戦闘を行っていたため、相手の特性を予め充分に観察できていた事だ。
ジャグスの戦闘タイプは接近戦型の剣士タイプ。それも巨大な武器をメインとした重量級のクラスだ。通常、こういった種類のキャラは対人戦には余り向いていない。
何故なら、どうしても手数の多さに対応できないからだ。
普通は大型の魔獣やら竜タイプのモンスターやらと戦う際に大剣や大斧を使った攻撃は必要となってくるのであるから、当然といえば当然ともいえる。
ハサミを使う場面のはずなのに、包丁を使って物を切ろうとしているようなものなのだから。
だが、それをやりのけているのが目の前の少年だ。
「うりゃああぁっ!!」
地面を削り取りながら、ラクが居る方向へと向かって、ジャグスが包丁を振り上げると、地面が裂け、衝撃波がこちらへと向かってきた。
慌てて左に転がって回避すると、自分が立っていた場所が割れ、背後にあった車には、巨大な獣が爪で思い切り引っかいたような跡が刻まれていた。
「危ない、”ベヒモスファング”か……!」
それは大剣を使用して放つ技であり、放った方向の上下が広範囲に切り裂かれる技だ。
そのダメージ痕が、巨大な獣の一撃で噛み砕かれ、えぐられた様な形になる事から”巨獣の牙”の名を冠していると言うわけである。
(やっぱり、中距離から遠隔攻撃だな。メインは)
ラクはこの一撃で改めて確信した。
やはり、ジャグスの本領はこの”遠隔技”にあるのだと。
通常、接近戦型の戦士、騎士などのクラスは近付いて攻撃を行うのみで、離れた相手に使用するスキルはまず持たない。
何故なら、効率が悪いからだ。
遠いところまで斬撃を飛ばすには、どうしても高消費のスキルとなってしまう。また広範囲を攻撃するとなると、武器自体のサイズも大きなものでないと発動が難しくなる。そして武器が大きくなれば、重量が上がるため至近距離での戦闘が難しくなる。
このジレンマに陥ってしまう為に、大抵の接近型クラスのプレイヤーは、遠隔攻撃を能力には組み込まない。アイテム攻撃で代替する事が殆どだ。
「毒針弾!」
ラクは片手のナイフをアイテム・カノンに持ち替え、ジャグスへと弾丸を打ち込みながら接近していった。
一見すると自殺行為のように思えるが、これが間違いなく最善の手だった。
このまま離れていては、次々に大技を放たれ、回避が追いつかなくなり、確実に倒されるだろう。少しでも勝機があるとすれば、接近しての戦闘しかない。幸い、銃弾自体はある程度残っているので、しばらくは牽制が可能である。
ラクはジャグスから撃たれる遠隔攻撃を左右に身をかわしつつ、躊躇せずに近接距離まで肉薄して行った。
その途中、ちらりとラクはストロングの方を見た。
(ダメか……死んではいないみたいだけど)
先程の一撃が効いたのか、ストロングは起き上がる気配が無い。
出来るなら同時攻撃を仕掛けたいが、ひとまずは一人で戦うしかないようだ。
(しかし、よっぽどあの一撃が応えたんだな……)
ラクは、あんな風にストロングがダウンしてしまっている姿は初めて見た。
打たれ強さは掃除屋、いや下手すると悪人街でも最高のものかもしれないというのに、ジャグスの一撃で気を失ってしまった。
よほど当たり所が悪かったのか、それとも相性がまずかったのか。
(どうするか……)
物陰に隠れつつ接近していく中で、ラクはどうやってジャグスを倒すか考えていた。
接近戦で倒す、とは言ったものの今の状態では旗色はかなり悪い。
近付いて手数での勝負に持ち込んだとしても、それで圧倒できるわけではない。もし魔法系クラスが相手ならば、接近して突きの連打でも叩き込めば、大ダメージを与えられるだろうが、この”遠隔型物理クラス”の強さは、接近しても充分に戦える部分にある。
(考えろ……別に押し切るんじゃなくていい。何とかラッキーパンチが一発通るようにすればいいだけなんだ)
遠隔でも至近距離でも隙が無い分、確かに弱点もある。
ジャグスはサイモンが言っていた通り、打たれ強さが無い。防御をミスったり、回避を失敗した時には大きくダメージを受ける。
付け入る部分があるとすればその”防御力の低さ”だろう。
しかし―――
「行けるか……!?」
接近する為、毒針弾の連射速度を上げて放つ。
だが、ジャグスは上手く巨大包丁の陰に隠れながら、弾丸を弾いて防御していた。
それだけなら問題はないのだが、足元の方に命中した弾丸が”弾かれて”いるのが見えた。恐らくは、何かしらの異能防御壁が既に張られており、射撃攻撃に対してバリアーが展開されている形となっているのだろう。
ジャグスは、弾丸を全て防ごうとはしておらず、バリアーの減衰を防ぐ為だけにやっているのである。
(クソッ、ダメか……)
これが示す事は、接近しても銃撃で怯ませたりは出来ないという事だ。
純粋に武器スキルのみ、もしくは完全な物理のみの攻撃で倒さなければならない。
そう考えると―――ひどく分が悪い。
手数で勝っても、相手の隙が突けなければ、レベル差で押しつぶされる以外の結末がどうしても見えなかった。
このまま、何も策無しに突っ込んでいく訳には行かない。
(何か―――そう、”一瞬”だ。クリティカルの一撃を決める”隙”を作らせるには、どうしたらいい……?)
ジャグスの方へと接近し、あと一度出れば、もう接近戦となるしかない程の距離までラクは近付いた。
攻撃中に作戦を考えるのは難しい為、何かやるとすればここで決めてしまわなくてはならない。
(ダメだ、なかなか思いつかない)
普通に接近戦を挑むとダメならば、後は持っているアーティファクトの何かしらの機能にかけるしかない。幸い、魔法のスキルも取得していた為、一通りの発動を行う事自体は可能である。
ただ―――どうしても上位能力を発動するとなると、捨て身になるしかない。
”強酸の剣”や、”液体窒素の剣”などを使えば、確かにジャグスを圧倒できるだろうが、回復に時間が掛かりすぎるため、その時点でもう次の戦闘は行えない。
今、そんな状態となってしまうわけには行かない。
(……待てよ。そう言えば……)
ちらりとストロングの倒れた姿が見えて、ラクは頭に「何故彼があそこまでダメージを受けたのか」という疑問が頭をよぎった。
いくらパワー型の相手だからとはいえ、あそこまで一気にダメージを受けるものだろうか? と。
ちょっとした疑問だが、それがふと、気になった。
(そりゃあ、もちろん相手が……)
そこまでを自問自答して、ラクは閃いた。
この戦闘を打開する為の”とある作戦”を。
丁度、ストロングが小さく唸り声を上げて、起き上がり始めた姿も見えた。
「これしかない……! 一気に相手を倒す秘策は……!」
ラクは今しがた思いついた作戦を頭の中で練り直しつつ、ジャグスの待つ方向へと駆け始めていった。
■
「すらぁぁっ!!」
肉薄し、ナイフでの攻撃をかけ始めたラクだったが、やはり相手には決定打を与えられずにいた。
手数では相手を圧倒してはいたものの、ジャグスの防御は思いのほか固く、連続攻撃を叩き込むと発動後の隙を狙われる為、余り大技を使うことが出来ずにいたのだった。
「ビーストクロー!」
ラクが広範囲を攻撃できるスキルを叩き込む。
武器が一時的に3つに分裂し、3つの太刀筋(3WAY)で攻撃できるスキルだ。
ジャグスは再び包丁で防御するが、強い力が加わる技なので、一時的に防御が外れた。
武器が体から離れた瞬間、ラクは連続の突き技を相手へと叩き込んだ。
「フォー・スティンガー!」
4連続の素早い突き攻撃。ラクが持っている中でもかなり強い部類にはいるスキルだ。
しかし、ジャグスはすぐに身体を後ろ飛びで引かせて、ダメージを抑えた。
どうやら武器を弾いたわけではなく、次の攻撃が大技であると予想して、逃げやすいように敢えてわずかに飛ばされたようだった。
「クソッ……!」
「ハッ、接近戦もそこそこできるみたいだけど……甘いね。そんなんじゃあ、何も変えられないよ」
(変えられない……?)
ラクは、どうも、ジャグスの戦闘中の様子がおかしいように見えた。
ストロングと戦っていた時もだったが、明らかに戦意がいつもより弱い。
普段ならば、接近戦を楽しんでいる為、いつもにやけ顔で戦っているのだが、今の彼はずっと強張った表情のままだ。
それだけ真剣にやっているのだろうか?
(……いや、ゲームはゲームのはずだ。少なくともあいつにとっては)
ふとラクは、ジャグスが本当に裏切った理由は”別にあるのではないか”と思った。
彼は確か「外でのプレイに支障が出るから……」と言う事で取引に応じたと言っていた。
狭苦しいここから出て行きたい。だから、出れる作戦に乗った。
それだけなら別におかしい理由ではない。
しかし、外での身分をごまかす方法はいくつもある。
何度か外での任務にも行ったため、自分のアバターを偽るのが、そこまで難しくはないのは経験済みだ。
(変装したり、ネームを変えたり、顔だってある程度ならごまかせるし、それに……学校で嫌ならキャラを使うのを拒否してればいい。いっその事、別のヤツにしててもいいはずだ)
ファシテイトでの自分の持てるアバター基本的に一つのみで、自分の持つユニオン・デバイスと個人情報とで紐付けされている為、これを変える事は基本的には不可能である。しかし、学校でメインのキャラを授業中に使う必要はない。
デバイスを取り替えて本キャラではなく、一時的に別のキャラにしてもいいはずだ。普通、そういう自由はあるはず。
メインキャラを使って、外へと出て行きたい理由ができたのだろうか?
今まで世話になっていた人たちを裏切ってでも?
(……いや、そんなはずはない。そんな事が裏切る理由になるはずが無い)
彼は小学生であると言っていたが、そこまで分別が無いようには見えなかった。
何か―――もっと違う理由があるはずだ。
それを、出来るならラクは知っておきたいと思った。
このまま何も知らずに倒して、わからないままというのは、何と言うか、後味が悪くて良くない。
「うりゃっっ!!」
「ッ!」
攻撃後の隙を狙って、ジャグスが武器を振り回し始める。
まるでトンカチを片手で振るうように包丁を上下に振り、命中したものを次々に両断していく。
それが車であれ、亀裂の入った壁であれ、倒れた電柱であれ、巻き込まれれば容赦なく破壊されていく。
ラクは素早く飛びのいて攻撃をかわし、距離が僅かに離れた所で訊ねた。
「……裏切った本当の理由は、何なんだ?」
「はぁ……? 今更何を言ってるんだよ!」
「それはこっちの台詞だ。戦ってればわかる。あんたは本気で戦ってはいるけど、いつもみたいに乗り気じゃない」
話しているのは、時間稼ぎでもあった。
ラクは話しかける中、相手には見えないように片手でウィンドウを開いていた。そして、思念入力でとあるメッセージを入れて、それをストロングの方へと送った。
「……フゴ……?」
起き上がったストロングは、目の前に書かれているメッセージを見た。
そこには、ラクから”とある事”の後に攻撃を指示するメッセージが書かれていた。
■
「ハッ、本気がどうたらとかならわかるが、乗り気だとか……そんなのがわかるわけねぇだろ、お前に」
「いいや、むしろ実力よりもよくわかるさ。自分はゲーマーだから、相手が手を抜いているかどうかは2、3分も対峙してれば大体わかる。もしかして―――ジャグス。あんたは作戦に乗ったんじゃなくて……”乗らざるを得なくなった”んじゃないのか?」
ラクがそう問いかけると、彼の表情が一変した。
驚いたような、今まで見た事が無いものを見つめるような表情で、こちらを見たのだった。
そして一瞬だけ歯噛みすると、ラクへと言い放った。
「そんな訳ねぇだろがよっ!! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
ラクはこの言い返すのが精一杯の一言で、逆に確信した。
ジャグスが何かの取引に応じたのではなく”従わざるを得なくなった”のだと。
(なら尚更、真相に辿り着かないまま、絶対に沈むわけには行かない……!)
ラクは持っていたアクア・サーバ・セイバーへと”マナ”と”エナジー”を注ぎ込み始めた。
やがて、清らかな清水の状態だったセイバーの中には炭酸が混じり始め、段々と泡が内部から立ち上り始めた。
これは、”塩酸の剣”の能力だった。
右手が酸に焼かれ、ジリジリと痛みが広がっていく。
(持ってくれよ……俺の右手……!)
ラクは痛みをこらえつつ、再び接近すると、一気にラッシュを掛け始めた。
相手が防御していることなどは関係の無い、とにかく手数だけを重視した攻撃だ。
「おおおおおっ!!」
(なっ、なんだ……!?)
ジャグスはこれには当惑した。
今まで、隙を見せないような慎重な攻撃であったのに、いきなり捨て身の連続攻撃を始めたのだから。
しかしその攻撃の理由には、すぐさまジャグスは気付いた。
(?、手応えがおかしい……!?)
ラクが攻撃を放つたび、包丁でジャグスは攻撃を受けていたが、先程までと命中した時の手応えが違うのである。
硬い物が命中するのではなく、少しばかり柔らかいものが当たっているような、奇妙な感触を防御する度に感じた。
「なんか……やべっ!」
ジャグスは直感で防御していると危険だと判断し、ダメージ覚悟でガードを解き、何発か喰らいながらもラクとの距離を離した。
そして振り返ってラクの姿を確認し、ぎょっとした。
「な、なんだ……? 手が……!?」
ラクの手が真っ赤に染まっているのが見えた。
丁度、セイバーの水が覆っている部分が部位ダメージ表現で覆われている。
同時に、ラクの表情が汗まみれであるのにも気付いた。
(ぐっ……まずい、気付かれたか……!)
「ッ!、よく見たら武器が……」
距離を離したジャグスは武器の方にも違和感を感じ、自分の持っている大型の肉斬り包丁を見た。
すると―――今まで見た事がない色に刃先が変色しているのが目に入った。
青白かった刀身が鈍色へと変色し、赤味がかった茶色の斑点のようなものが現れている。
「なんだこれ……? 錆びてる……のか?」
ジャグスが刃の部分をさすると、赤茶色の斑点部分にざらざらとした感触があった。
これは、変色している部分が浮き上がっているのである。
錆びついた金属特有の肌触りだ。
つまり、ラクが今使っている剣の能力は、錆び付かせるためのものと言う事だ。
「!―――これ、”酸”か……!」
「ばれちゃ仕方ないな……そうだ。これは”塩酸の剣”さ」
そのまま、話しながらラクは再び肉薄していった。
このスキルは、武器全体が強い酸性を帯びるものだ。
だから耐性が無い状態では手がどんどん溶けていく。喋っている暇などはないのである。
本来、相手に能力の説明などをしているヒマはないのだが、ラクにはどうしてもジャグスに武器の能力を見せ付けておかないといけない理由があった。
「レベル差がある以上……見込みがあるとすれば、これぐらいしか思いつかなくてなっ!!」
接近すると、相手からのクリティカルにだけは気をつけつつ、ラクはひたすらジャグスの武器を狙って攻撃を仕掛けていった。
ジャグスは、この必死の攻撃を喰らっていて、一つの事を確信した。
(なるほど、途中で見切りをつけたって事か……)
明らかな捨て身の攻撃。この行為が指す理由は、容易に想像できた。
恐らくは―――この後に攻撃に参加できるとは考えていないのだ。
力の差が思ったよりも大きかったため、ラクは自分が捨て身になり、なるべくダメージを与え、あわよくばこのまま相討ちに持ち込む気なのだろう。
それが自分が出来る精一杯であると、戦っているわずかな間に見切りをつけたのだ。
それはそれで勇気のある決断である。
だがそれを知った瞬間、ジャグスの中にはひどく失望の感情が広がった。
「はぁー……がっかりだ」
「ぐっ!?」
溜息と共に包丁の腹の部分がラクの脇腹に命中した。
そのまま軽く弾かれ、両者は距離を取る。
ラクが再度突撃しようと構えると、ジャグスは大きく身構えた。
今までのものとは違い、まるで野球選手がバットを構えるかのように、大きく縦に武器を持ち替えている。
ラクが僅かに戸惑っていると、ジャグスが落胆の声を投げかけた。
「少し期待してたんだぜ……楽しめるかもな、ってな。でもがっかりだ。そんな、雑魚のやるような捨て身戦法でしか……来れないなんてなっ!!」
ジャグスは地面に包丁を思い切り突き立てると、それを力任せにラクの方へと向けて振り上げた。
「瓦礫津波!!」
ジャグスが地面から武器を引き抜くと同時に、地盤が一緒に持ち上げられ、ラクの方へと流れていく。
どうやら、小さな山津波を引き起こすスキルであるようだった。
「うっ、嘘ぉっ!?」
ラクは全速力で流れてくる瓦礫の津波を回避すべく、攻撃とは逆の方向へと逃げ出したが、はるかに瓦礫の濁流の方が早い。
元々自分のキャラはそこまで足が速いわけではないので逃げ切る事は難しそうである。
そう判断すると、ラクは濁流の方へと向き直り、駆け出した。
「あんま自信はないんだが……やるしかないか」
(何!? 自分から飲み込まれる気か!?)
津波へと突っ込んでいくと、ラクは一番大きなビルの破片に取り付いた。
そして手早くそれの頂上まで登っていくと、二つほど津波の中にある破片に飛び移っていく。
ラクは鈍重そうな見た目であり、実際動きはやや鈍い方だが、思いの他身軽そうに瓦礫の破片から破片へと飛び移っていった。
「へえ……」
適当な破片に乗って、津波の勢いが収まるのを確認すると、ラクは再びジャグスの前までやってきた。
そして手に部位ダメージが蓄積しているにも関わらず、再び武器を強酸化させていく。
「意外と身軽だったんだな。お前」
「俺が遅いのは脚力と装備重量のバランスからだ。上下の動きはそこそこ早いさ。それじゃ……続きだッ!!」
ラクは再び、酸の剣を携えてジャグスへと突進していく。
しかし―――やはりその攻撃は単調なものだった。
スキル攻撃なども交えてはいるものの、どれも武器を狙っての攻撃だ。
恐らく、この後に控えているストロングが目覚めるまでの時間稼ぎと、いざ戦う時になった場合に、少しでも有利にする為、なんとか武器を破壊しようとしているのだろう。
だがそれは無駄な足掻きというものだ。何故なら、ジャグスの武器である「百籐鬼雀」は手入れのしやすい金属であり、多少劣化ダメージを受けようが、3分ほどあればすぐに研ぎ直す事が出来るからだ。
だから、しつこく武器へとダメージを与えるのは、無意味に他ならない。
それ位は流石にわかりそうなものだが……。
「ん? あれは……」
ジャグスがいい加減、しつこい攻撃にうんざりし、大技を使って排除するか考えていると、ラクの後方からストロングが走ってくるのが見えた。
先程の攻撃で気絶していた状態から復帰したようだ。
しかしジャグスから受けた大技の影響か、胸の部分に赤い部位ダメージエフェクトが張り付いているのが見えた。
HPもクリティカルを喰らった為か、3割弱ほどしか残っていない。
(あれなら後は一対一に持ち込めば大丈夫か……とはいえ、2人になると面倒だな)
ジャグスは蹴りで一旦ラクを離し、自身も距離を取った。
そして頭上で武器を大きく振り回し始めた。
「一気に吹き飛べ!!」
(やばっ……! ”グラインド・スラッシャー”だ!)
巨大な武器を振り回す動作は、決まって大技の前兆だ。
大剣を頭上で水平に薙ぐ動作は、非常に有名なとあるスキルの前触れだった。
ジャグスが巨大包丁を振り終えると、刃の腹の部分を地面へと向けた。
そして、ハンマーで地面を打ち鳴らすように地面を思い切り叩きつけた。
「グラインド・スラッシャー!!」
地面が打ち鳴らされると、地面から尖った岩が隆起し、周囲にある物体を次々に貫いていく。
まるで地面からどんどん槍が突き出されるような”波”が周囲へと拡散されていった。
このスキルは、地面に自分の武器と持っているエナジー、エーテルを打ちつけて、地面から槍やら刀やらの、武器の形状をした岩石を隆起させるスキルである。
エネルギーの消費が甚大であるが、非常に広範囲を攻撃できる為、大型モンスターとの戦闘の際、トドメとして使用されるスキルだ。
「うわぁっ!!」
尖った岩石郡に飲み込まれ、ラクは今度こそ地下深くへと消えていった。
ストロングはジャグスが使うのを見慣れているためか、対応が早く、素早く近場にあった車の上へと登り、ダメージを最小限に抑えた。
(よし、まずは一人……! あとは、ストロングだけだっ!)
ストロングは車から車、そして電柱へと移って攻撃を回避し続け、攻撃が終了すると、地上へと降りてジャグスへと接近してくる。
ジャグスの方は、残っている最後のエネルギーを使って、武器の攻撃力を上げた。
「トルネード・ブレイド!」
ジャグスの巨大包丁へと風の力が集められていく。
そして、刃に纏わりつくように風が束ねられると、刀身自体を中心として、小さな竜巻のようなものが発生した。
まるで見えない風のミキサーが、包丁を中心に装着されたように思えた。
「これで……終わりだッ!!」
突進してくるストロングへと、ジャグスは武器を振りかぶった。
ストロングは消耗しているようで、武器を避ける様子は無く、そのまま突っ込んでくる。到底―――この攻撃を受けきる事は出来ないだろう。
ジャグスは、勝利を確信した。
(勝っ―――うっ!?)
武器が急に重くなった事に違和感を感じ、刀身の方を見ると、何かゼリー状のものが張り付いており、竜巻の力が消えてしまっていた。
慌ててジャグスが周囲を確認すると、先程の岩石の津波に飲み込まれたはずのラクが、その中から上半身を出しているのが見えた。
(なっ、なんでやられてないんだ……!?)
アクア・サーバ・セイバーをこちらへと向かって構えており、どうやら何かしらの武器スキルを使って、竜巻の力をかき消したようだった。
(くっ、もういい! 先にストロングのヤツを……!!)
ジャグスは先にストロングの方を撃破すべく、武器をそのまま横薙ぎにストロングへと振り抜いた。
いくら彼であっても、消耗しきった状態で、この一撃を耐えられるはずは無い。しかし―――
―――ゴォン!!
「う、えっ!?」
ストロングの脇腹に包丁が命中すると、鈍い音と共に止められた。
先程と違い、まるで現実世界で鉄の壁でも殴ったかのように、手応えが硬い。
「フゴゴゴゴッ!!」
ストロングはこれを待っていたかのように、そのままジャグスの身体を掴み上空へと持ち上げた。
(や、やばい……っ! この体勢は……!!)
ジャグスは次に来る技が推測できた為、急いでリフトアップされた身体を抜こうとするが、自身が消耗している事と、肩と腰部分をしっかりと掴まれてしまった為、外せなかった。
ストロングは膝を地面に直角に立てると、その上にジャグスを背中から叩き付けた。
同時に、技名がシステム・コールとして響き渡る。
『ニー・ドロップ!!』
受身を全く取れなかったジャグスは、横っ腹からその上に落ちてしまい、腰を境にして体が変な方向へと曲がってしまった。
「ぐあ”ッッ!!」
それが彼の断末魔となった。
元々耐久力がないジャグスは、その一撃で一気にHPが0になり”戦闘不能”の状態となった。
ラクとストロング両名の勝利だった。
■
「が……はっ……」
ジャグスが地面へと倒れると、尖った岩石の山から抜けたラクが合流し、持っていた回復薬をストロングと分け合って服用し始めた。
ジャグスを首尾よく撃破したものの、まだ次の戦いが待っているので、すぐに回復しておかなければならないからだ。
その姿を見て、ジャグスが呻くようにラクに訊ねた。
「な、なんで……お前、あの技を回避できたんだ……?」
ジャグスは、確かに岩石刃の津波に飲み込まれたラクを見た。
しかし、数秒後には何事も無かったかのように、その中から抜け出てきていた。どうやってあの広範囲の攻撃を回避したのか、不思議だったのだ。
ラクは親指で自分が出てきた方向を指して言った。
「なぁに、普通に穴の中に飛び込んで避けただけさ。街中には色んな所に穴が開いてるからな」
ジャグスが指差された方を見ると、ラクが出てきた場所が見えた。
穴を掘って回避したのだろうか? と思ったが、良く見ると近くに何か丸いものが落ちている。
「ま、マンホールの、蓋……? そうか、あれに……逃げ込んだ、のか……」
「逃げれないと思ったけど、以前、同じスキルを使える奴から、この技は街中で使っても対して威力が出ない、って聞いたのを思い出したんだ。このスキルは入り組んだ場所だと威力が弱くなる、ってのと、隠れられるなら穴を掘って地面か、建物の中に隠れれば簡単に避けられる、ってな」
「クソ……ッ! くそう……」
「フゴゴ、フゴッ……」
消沈した様子のストロングが”もうカタが付いたから行こう”と言う。
確かに体力も回復できたし、先程のサイモンの戦闘状況を見る限り、旗色は決して良くなかった。だから、急いで援軍に行かなければならない。
しかし―――ラクはそのまま留まり、ジャグスに訊ねた。
「……何で裏切ったのか、聞かせてくれないか。”本当の理由”を」
「さっき、言っただろ……外に行きたかっただけだ。それ、以外に……」
「違う! そんな事は無いはずだ!」
「ッ!」
ラクは、ジャグスの言葉を遮ると、そのまま続けて言った。
「いくらでも外での生活は、ごまかす事は出来るはず。外でメインのキャラを自慢したいとか、ここでの生活が嫌になったからとか……そんな理由だけで、裏切るなんて、どうしても腑に落ちない……あんたは、そんな奴じゃなかった筈だ!」
ラクが続けて言うと、ジャグスは押し黙った。
もう言い逃れが出来ないと思ったのか、それ以上の事を話そうとはしなかった。
ラクが諦めて、サイモンへの援護に行こうとした時―――ジャグスは重い口を開いた。
「握られ、たんだ……」
「えっ?」
「住所も名前も、全部……取られた。従わなけりゃ、リアルでの生活を滅茶苦茶にしてやるって……だから……逆らえなかった」
「ど、どういう事だ……!?」
ラクが言うと、ジャグスはか細い声で、裏切った本当の理由を話し始めた。
「ニクロムから、話を……持ちかけられたんだ。もうすぐこの街が、デカイ戦いの舞台になる、から……一緒に”向こう側”の……勝つ手伝いをしないか、って」
「向こう側……?」
「あいつは最初……政府の、お偉いさん……って言ってた。俺は……ここで好き勝手にやってるのがいいから、って……断ったら、住所もリアルでの名前も、何もかも情報を握ってるって……この話を聞いた時点で、受けるか……それともゲーム自体から消えるかしかないって……」
そこまでを言うと、ジャグスの声はむせび泣くようなものに変わった。
(だから……最初から乗り気じゃなかったのか)
ジャグスからは、いつもの戦いを楽しんでいる感じが全くしないのは当たり前の事だった。自分がやりたくもない事に関して、後ろめたい気分を抱えたまま、本気になどなれるわけがない。
あんな風になるのも当然の事だろう。
「すまない……。俺には、断る勇気が、なかったんだ……悪人街に出入りしてるって……知られるのが……みんなに知られるのが、怖かったんだ……!」
「フゴゴ……」
ストロングが思わず顔を背ける。
本当の訳を知らないまま、本気で技をかけてしまった事を申し訳なく思っているようだった。
「……大丈夫だ。この戦いが終わったら、きっと何事もなく、前と同じように戻れる。必ず……」
ラクがジャグスにそう言って、サイモンが戦っている場所へと向かおうとすると、ジャグスがそれを引き止めた。
「ま、待て……待つんだ。もういいんだよ……! ラクォーツ、ストロング、お前らは良くやった。だから、もう逃げた方がいい……! 今から戦った所で……絶対に……あいつには勝てない……!」
「あいつって……ニクロムですか? それともシエラさんの……」
「違う……どっちでもない。”クエイ”、とか言う……ニクロムとつるんでる奴の方だよ……」
「クエイ……? って、確か少し前に港区でそんなのを見たような……」
聞き覚えのある名前だった、っと思い返すと、港区に行ったときの事を思い出した。
確か商業区が襲われた後、一時的に助けを呼ぶ為に立ち寄った時、じゃがいもとストロングと共に二クロム達とも合流したあの時に、現れたスーツ姿の男だ。確か、たまに視察にやってくる政府の役人だと言っていた。
ニクロムの話にも上がっていた人間だ。
しかし、戦うな、と言うことは彼は有名プレイヤーのような強さを持っていると言うことなのだろうか?
「強いのか? 戦うなって事は……」
「違う……あいつ、は……”チーター”なんだ……」
「チーター……!?」
「俺は、お前らと屋上で、戦った後に……少しだけ、あいつが戦ってる姿を見た。スーツしか着てないのに……武器すら持ってないのに、風みたいなスピードで動い、て……素手で武器を豆腐でも壊すみたいに、破壊してた……あれは、間違いなく普通のキャラじゃない……!」
「―――! そうか、だから……」
何故、匂坂やエクスクモがあそこまでボロボロにされたのか?
そしてプリミアと戦っていた僅かな間に、商業区のほぼ全てが制圧されたのはどうしてなのだろうか? と考えていたがジャグスの話で全ては繋がった。
”チートコード”を使用して、通常ではありえないほどの能力のキャラを使用している為、あっさりとここの住人達を一掃する事が出来たのだろう。
それなら確かに、出来ない話ではない。
攻撃力を最強にしていればどんな鎧も意味を成さないし、武器など持つ必要もない。
恐らく―――K.Kは自分らよりも早く降りてしまった為に、まだ戦っていたクエイに出くわしてしまったのだろう。
「フゴフゴッ!?」
ストロングも相手がチート使いであると知り、驚いた様子だった。
確かにプログラムを走らせて、特殊な空間を作るというのは、できない事は無い筈だが、それはオフライン上に限った事でありオンラインの街中ではそうそうできるものではない。
第一、そんな事をすれば重大な犯罪行為にすらなりえる。
とても正気の沙汰ではない。
「チーター……か」
「今、から……逃げりゃ、なんとか、外に逃げれるかもしれない……早く……」
「いや、逃げない。俺は戦う」
「お前……本気か……!? なんで、そこまでして……」
「まぁ、ちょっと逃げれない理由があってな……だから、やれるだけやってみるさ」
実際、逃げたい気持ちで一杯だったが、ここから外へと出た所でどうにもならないだろう。
賞金首になっている以上、街中では命を狙われ続けるワケで、更にはディバルからの依頼も放棄したとなれば、彼女からも攻撃を受ける事になるかもしれない。
退くも地獄、退かぬも地獄と言うわけだ。
(逃げれないというか、逃げられない、だな……)
「なぁ、ひとつ……聞きたいんだが、最後にやったのは、その武器の……なんてスキルなんだ……? 俺は、なんで負けた……?」
「最後にやったのは、”グルーブレイド”って剣の能力さ。粘着弾を飛ばして、武器に粘液を貼り付けて色々なアビリティを阻害する。で……竜巻を消したんだ。あれがあると最後の攻撃を、ストロングが耐え切れなかったかもしれないからな」
「……? なんだよ、その言い方……まる、で最後の攻撃が……効かないのがわかってるみたいな……」
「わかってたさ。ストロングが大ダメージを受けたのは、ジャグス。お前の攻撃が”斬撃”だったからだ。いくらスーパーアーマー持ちでも、耐性が変わるわけじゃないからな」
「あっ……!」
そこまで聞くと、ジャグスはラクの戦い方がどういうものであったのかを悟った。
彼は今まで、武器へと酸を浴びせて攻撃していたが、それが単純に武器を壊そうとしていたのではなく、武器の切れ味を限りなく落とし、”打撃武器”にしてしまおうと試みていたのだと。
ストロングはタフネスが非常に高く、体力もあれば防御力も高い。
しかし、その防御力は、主に打撃に対してのものであり、刃物での切りつける武器に対してはそこまで高くない。
「そう。つまり”刃物”じゃなく”打撃武器”なら充分にダメージを抑えて受けきれる。それに武器自体を壊すのは難しいが、切れ味を落とすだけなら、さほど手にも負担が掛からないしな」
ジャグスがストロングに大ダメージを与えられたのは、”刃物での一撃であったから”だ、とラクは早い段階でわかっていたのである。
そしてジャグスの武器の切れ味だけを殺す為に攻撃をかけていたのである。
つまり、彼は―――”全く諦める事無く”戦っていたのだった。
「それじゃあ、俺はそろそろ行く。回答も済んだしな」
ひとまずはサイモンの方へと援護を行う為、ストロングと共にラクはその場を離れていった。
二人の姿が見えなくなると、ジャグスは地面に仰向けになった。
そして目を閉じて呟いた。
「逃げれない、か……なんか大人だな。俺も……あんな風になれるかな……」
ジャグスはそのまま眠り込むようにして意識を失った。
街の空は段々と、赤味を帯び始めている。
昼の時間は過ぎ始め、段々と街の端に夕暮れの色が浮かんできていた。




