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53:”無法”の体現者(15)

 荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。

 午後からの本格的な攻撃が始まると、PK系ギルドの領地「商業地区」において、ファイブ・スターズの「アイドル」クラスであるプリミアが歌い始める。すると、広範囲にステータス上昇効果(ブースト)が掛かり、商業地区の戦況は、見る見る悪くなっていった。

 ラクは戦闘の中でみかけた掃除屋の「ヴェネディア」に協力を求め、彼女の協力によって、歌の効果を一時的に無効化する事に成功。

 そしてプリミアを撃破するべく掃除屋のサイモン、ストロング、ニクロム、ジャグスと共に5人で彼女へと集中攻撃をかける。

 更にガンテスが駆けつけ、勝利は確実かと思われた時、ニクロムとジャグスが裏切り、ガンテスを倒してしまう。

 一気に3対3の状況へと持ち込まれる中、この大規模戦闘を左右する重大な戦闘が始まった―――

(文字数:17665)


 プリミアが陣を張っていたビルの屋上。

 ラクは悪人街のプレイヤーであるサイモン、K・K、ストロング、ニクロム、ジャグスの5人と共にプリミアを追い詰めるが、土壇場で二人が裏切り、窮地に追い込まれてしまった。

 丁度、午後の2時に差し掛かろうとしていたときだった。


「くっそぉ……あいつ等、裏切ってやがったのか……!!」


 サイモンが歯軋りをしながら、苦虫を噛み潰したような表情になる。

 恐らくは、裏切り者がいないと思っていたのだろう。

 この戦闘は、この街の命運を決めるような大きな戦いである。

 こんな状況での裏切りは、本来ならばありえない。

 例え”免罪”をちらつかされたとしても、行き場を無くしてしまうのだから、やるメリットはないのだ。

 ただ―――それが、政府そのものが持ちかけた取引となってくると、話は少し違ってくる。被害者への賠償などを帳消しし、かつ国そのものが責任を持つのだから、プレイヤーが主に作っている組織とは、比べ物にならない権限の赦免となるのだ。

 その位の権力があれば、本来の意味での「免罪」となるには充分だろう。


「フゴッ、フゴ、フゴッ!」


 ストロングは指を宙で動かしながら、サイモンとラクの方を見た。

 指示を待っているような素振りから、ラクは彼が「どうするんだ?」と、言っているのが何となく読み取れた。


「どうするって言われても……」


 ストロングもK・Kも思わぬ裏切りに完全に気が動転しているようで、戦闘の準備がまるで出来ていない。このままでは、戦う以前の問題だろう。

 ラクは慌てて、全員へと指示を出していく。

 力量的にサイモンが出すべきかもしれなかったが、

 もうそんな事を考えてはいられなかった。


「とにかく―――K・Kさん! ニクロムさんを! ストロングさんは、ジャグスさんを! サイモンさんは、自分と一緒に来てください!」


 慌てて指示を出すと、ハッとなったように三人は戦闘の構えを取った。

 リーダーをどうするか、という事について全く何も言及していないのに、いつの間にかラクがリーダーのようになっていた。


「ほう……俺の相手は、てめぇかよ」


「……」


 K・Kは持っていたアサシンの刀を両手に持ち、ニクロムと対峙した。

 ジャグスと対面したストロングも、両手を前に出してファイティング・スタイルを取った。


「フゴ……、フゴゴッ、フゴッ……!」


「”本当に裏切る気なのか”だって……? 今更何言ってんのさ。こんだけやってて、それを今聞くとか、頭おかしいんじゃないか?」


 ジャグスはドライに告げると、武器を威嚇するように振り回す。

 巨大な肉斬り包丁が振られると、周囲に風が巻き起こった。

 鋭い太刀筋であるからか、どことなく冷たいそれは、彼の決意が気まぐれからではない、本気のものである事を物語っているようだった。

 それに説得されたかのように、渋々、ストロングは身を低くした。

 いつでも激突できるように構えたのだ。


(よし、あの二人なら大丈夫だろう……!)


 ラクがこの采配をしたのには、ちゃんとした理由がある。

 まず、ニクロムは二刀流で戦う手数の多いプレイヤーである事。

 これを捌くのは、本格的な剣術使いでないサイモンには難しい。かといってストロングにも相性的に厳しい。

 いくらスーパーアーマーの能力を持っているとしても、ダメージをゼロに出来るわけではない。むしろ手数が多い分、受けるダメージは多いので不利といってもいいだろう。

 となると、やはりアサシンのK・Kでないと相手には出来ない。

 ジャグスも似た感じだ。手数だけで言えばストロングは負けているが、大振りの相手であるので、代わりにパワーでは圧倒できる。

 スーパーアーマーは切断攻撃に対して高い防御力を持つ為、単純な一発で勝負するパワー型には強いのである。


「プリミア……! お前は、先に倒させてもらう!」


「あら、あなたにできるかしら? いくら仲間が出てきたって言っても、あたしはまだまだ全然大丈夫よ?」


「オリとこいつを一緒にすんじゃねぇよ。この新入り野郎と同じ意見なのは癪だが……オリは今、物凄く頭にキてんだ。さっさと始末させてもらうぜぇ」


(二人が時間を稼いでいる間に、なんとかプリミアを倒さないと……!)


 ここで自分たちが倒されてしまえば、また歌による広域ブーストが再開されるだろう。そうなったら、今度こそおしまいだ。

 ここで何としても、プリミアを撃破する必要があった。


■


『ノイズクエイク!』


 プリミアが発声すると、衝撃波が地面を伝わって、まるで地震でも起きたかのような波が広がっていった。

 慌ててサイモンとラクは転がって攻撃をかわす。


「うぉいッ!?」


 二人が居た場所は、ひび割れていき、やがて破壊されて大穴が口を開いた。

 スピード自体は何とか回避できる程度のようだが、効果範囲が広いためにいつまで回避できるかわからない。

 そして、もう一つの「バーストボイス」は、風の炸裂波をこちらへと向けて放つスキルのようだ。

 プリミアの主に使用する能力は、この二つのようである。

 ただ―――これが全てではない、と戦っていて感じた。


「くっそ……近付けねぇぜぇ……!」


(あと……持ってるスキルはなんだろう)


 ラクは、プリミアが持っている戦闘用のスキルはこの”二つ”だけなのだろうかと考える。

 戦闘の能力に特化したプレイヤーは、多くのバトル・スキルを持っているが、基本的に、メインで使用するのはせいぜい4~6種類程度だ。

 多くのスキルを使いこなしている人間も居るには居るが、余りにも多いと技の修練が大変になる為、いくつかにスキルをしぼって鍛えるのが普通だからである。


(歌の能力をメインとして、もし近接戦闘も両立できるようキャラメイクを行っているなら……)


 歌の能力を別として、戦闘能力も持つなら、恐らく「4つ」はバトルスキルがあるはずだ、とラクは推測していた。

 これはバトル型キャラとしては最低限のレベルだが、補助型のキャラなら多いぐらいだ。

 しかし有名ギルドの人間ならば、過酷な戦闘に備えて、これ位持っているはず。

 ラクはあと二つは使用スキルがあるものとみなし、サイモンと戦闘に挑みつつ、プリミアの出方を注意深く伺った。


■


「うおりゃぁっ!!」


 サイモンがダメージ覚悟で近付き、ナイフでの切りつけを仕掛ける。

 盗賊クラスのスピードを活かしての高速攻撃だ。

 ラクが受ければただでは済まないラッシュである。

 しかし驚いた事に、プリミアは的確に相手の動きを先読みして、最小限の動きで身をかわしていく。

 動体視力が優れているのか、攻撃がまるで命中しない。


「くっ……! 当たれやぁっ!」


「ハッ!!」


 サイモンの連続攻撃は一定の呼吸があり、攻撃後はそこに隙ができる。

 プリミアはその一瞬の隙を逃さず、彼の首根っこを掴むと、そのまま一本背負いの要領でサイモンを地面へと投げつけた。


「ぐぉっ!」


(いっ!? じゅ、柔道の技!?)


 サイモンは地面に叩きつけられながらも、下半身を大きく振って素早く起き上がる。

 そして、激昂した様子でスキルでの攻撃を放った。


『ポイズンファング!』


 地面にナイフを突き立てて、アッパーを打ち出すようにして、毒属性の刃を放つ一撃だ。

 しかし、これもプリミアにあっさり回避されてしまう。

 更に―――彼女はサイモンを掴んで、今度は持ち上げた。


(ぐっ……な、なんだこの力……!? こ、これが女のパワーかよ!?)


 サイモンは彼女の手を振り払おうとするが、完全に足が地面から離れるほど持ち上げられている為に、踏ん張りが効かない。

 その上、プリミアは見た目の可愛らしさとは裏腹に、凄まじい怪力を持っているようで、サイモンが腕をぶつけた程度では、ロックされた手を外せなかった。


(怪力……!? もしかして、格闘型の能力を持ってるのか!?)


『パワースラム!』


「うおおおおおおおおおっ!!」


 プリミアはサイモンの身体を僅かに傾けると、そのまま投げつけた。

 サイモンはコンクリの屋上へと半身を叩きつけられ、悶絶の声を上げる。

 ラクは彼のHPが一気に4割程度、削られるのが見えた。

 強烈な威力の投げ攻撃だ。


「ぐぅ!? うぐっ……!」


(また投げ技だ……)


 このままでは一気にトドメを刺されそうである。

 見かねてラクが出て行くが、プリミアは今度は口を開いてこちらへと攻撃を仕掛けようとしてくる。

 まるで竜型モンスターがブレス攻撃でもやろうとしているようだ。

 ラクはサイモンより移動スピードでは劣る為、近づけない。

 無理に接近して加勢しようとすれば、そのまま破壊音波の攻撃にやられてしまうだろう。


(くそっ……! ダメだ、近づけない)


 遠隔攻撃を仕掛けようにも、今度はサイモンが邪魔になってしまっていた。

 あれだけいいように身体を掴んで持ち上げられるなら、射撃で狙った場合、サイモンを逆に盾にされてしまうかもしれない。

 サイモンは今の所は持ちこたえていたが、このまま続ければ、恐らくプリミアのほうが競り勝つように見えた。


(どうする……?)


 どうも、プリミアの能力は見た限りでは「歌声」に「投げ」であるようだ。

 接近された時の為、恐らく回避の能力を上げていたようだが、それが高くなっていく内、投げのスキルに適した能力になったので、そのまま至近距離での戦闘用に投げ技を身につけた、と言うところか。

 外見の可愛らしさとは裏腹に、柔道やプロレスを思わせる能力である。

 どこかのアニメの格闘ヒロインでも思わせるような姿だ。


(くそっ……サイモンさんじゃなくてストロングさんを当ててれば……)


 こういう相手にはストロングの方が適している。

 パワー型で、かつ投げ能力も高いストロングは、まさにこういう相手にうってつけだ。

 しかし彼は今、ジャグスの相手をしている。

 ちらりと様子を見ると、あちらもあちらで苦戦しているようだ。

 ジャグスの攻撃は大振りで、回避は比較的楽だが、その分威力がある。

 スーパーアーマーを持つストロングは、欠損攻撃こそ受けないものの、ダメージ自体を防げるわけではない。

 回避をしそこなった攻撃を受けて、じわじわとHPを削られているようだった。


(あっちは……)


 ニクロムと、K・Kの方は見た感じでは問題ないようだ。

 同じ高速攻撃型で、むしろスピードなどに関してはK・Kの方が押している。

 こちらは、任せておいても問題はないようだ。


(なんとか交代させられれば……)


 ストロングとサイモンが交代してくれれば丁度よい形となるのだが、完全に戦闘態勢となってしまっている今、相手をチェンジするのはまず無理だ。


「……」


 様々な手を巡らせ、ラクは打開の手を考えるが―――それは”ひとつ”しかなかった。簡単に思いつく、たった一つの手段だ。

 しかし、なるべくなら”取りたくない手”でもあった。


(ダメだ……考えてる暇はないッ!)


 ラクは覚悟を決めると、プリミアへと突撃を仕掛けた。

 そしてサイモンへ追撃を行おうとしている彼女を斬り付ける。

 突然の事に、思わずプリミアはサイモンへの攻撃を止め、距離を取った。


「ぐっ……おみぃか……」


 サイモンが「遅いんだよ」と言おうとした時、それを遮ってラクが言う。


「サイモンさん! ストロングさんの方に行って下さい! 自分が時間を稼ぎます!」


「なに!? おみぃ何を言って……」


「早く! このままやってても、勝てません!!」


 ラクの強い口調にサイモンは押され、気を乗らないが、そのままジャグスの方へと向かった。彼にも薄々、このまま1対1で戦っても勝てない事はわかっていたからだ。

 勝つには―――先に別の組を潰すしかない。


(クソッ……あんな新入り野郎に、時間稼ぎを頼まなきゃいけねぇとは……)


 サイモンがストロングの方へと応援へ行くと、プリミアはラクの方へと向き直った。


「あれれ……? 相手、交換かな? 君が今度は私の相手?」


「ああ。たぶん力不足だろうけどな。だが―――すぐにやられるつもりはない……!」


■


「まずは―――これでもどうだっ!」


 ラクはアイテム・カノンを使って、先制攻撃として火薬玉を発射した。

 接近戦でもサイモンを退けるほどの能力である。

 ひとまずは遠隔からの攻撃で勝負するしかない。

 吟遊詩人は、防御力自体はさほど無いので、命中すればダメージは通るはずだ。


(だが……これが通じるか?)


 正直―――こんな単純な攻撃が通じるとはとても思えなかった。

 アイテム投射ぐらいの攻撃が通用するなら、サイモンが倒せているはずだ。

 ラクの攻撃は、彼女が”どういう風に”防御するかを見定める事にあった。


「フフフ……」


 火薬玉は真っ直ぐにプリミアの方へと向かっていった。

 間違いなく、命中する軌道だ。

 しかし―――彼女の直前で、地面から”風”が巻き起こった。


(ッ!?)


 強風が彼女のドレスをかき乱し、飛んできた火薬玉も上空へと高く舞い上げていく。

 火薬玉は、ふらふらと上空へと飛ばされていくと、そのまま無常にも弾け飛んで消えた。


「風……? まさか、風のバリアか?」


「さっき言ったじゃない。吟遊詩人は、風の属性がメインだって。これぐらいなら届きもしないわ」


(くっそ……やっぱりダメか)


 予想はしていたが、やはり投射武器は簡単には効かないようだ。

 だが、これで防御の能力が何かを知る事ができた。

 彼女の防御能力は、攻撃と同様”風”であるようだ。

 だから、”鋭いもの”や距離をつめての高威力の射撃なら、なんとか届くだろう。


(まぁ……それに持ち込むのが一番難しいんだけど)


「さて、今度は―――こっちから行くわよ!」


 プリミアが僅かに何かの言葉を呟くと、床を風が舐めるように吹き抜けた。

 まるで、床すれすれの部分にだけ、扇風機の風が吹いているような不自然な状態だ。

 どうも何か魔法を使用する前触れらしく、ラクは嫌な予感を感じた。


『ウィンドスパイク!』


 やがて地面から、明るい緑色の刃が飛び出して腰元辺りまで伸びてきた。

 慌てて、ラクはそれを回避する。


(魔法攻撃も持ってるか……)


 どうやら、思った以上に多様なバリエーションの攻撃を持っているようだ。

 ただ”風の属性”と言う事は共通している。

 弱点があるとすればこの辺りか。


(風は……確か切断とかの攻撃で、”冷気”とか”高温”の属性と一緒に使ってたはず)


 風の属性攻撃は、視認しづらい為か厄介なものが多い。

 代わりにそこまでの威力は無く、一定以上の防御力を備えている相手には効き辛い、という特徴がある。

 恐らくプリミアの所有能力は、風の斬撃魔法、そしてあのバリアーに各種曲スキル、最後に接近された時の投げ能力の4つだろう。

 思いのほかバランスが取れているスキル構成である。流石は有名ギルドのプレイヤーと言った所か。

 ラクは全ての手札を見れた、とここで推測して、相手を打ち破る為の策を巡らせた。


(風の属性技、歌う能力、投げ攻撃、ブースト技……)


 サイモン達が加勢に来てくれる、とはこの状態で考えてはいけない。

 時間稼ぎがどれ位必要になるかわからない上、ジャグスとの戦闘に勝てるかも確証はない。逆にジャグス達に倒され、こちらが3対1になる可能性すらあるのだ。

 ここは―――なんとしても、自分だけの力で道を切り開かなくてはならない。


(出し惜しみをしている場合じゃないな)


 まだどれ位戦闘が続くかわからないが、ここで武器アイテムを出し惜しみはしていられない。

 ラクはそう判断し、総力戦でプリミアを一気に撃破することにした。


■


「あんまり、人間には使いたくは無かったけど……」


『エアロバニッシュ!』


 プリミアのが手をかざすと、そちら側から何か”歪み”が発生した。

 空気が渦を巻いているようで、地面の散乱している瓦礫を巻き上げながら、ラクの方へと迫っていく。


(この技は……確か、中央が穴になっていたはずだ)


 「エアロバニッシュ」は、風の魔法攻撃だ。

 回転しながら触れる物を破壊する空気の輪のようなものをいくつも生み出し、見えない回転刃(ブレード)で前方を粉々に破壊していく、というものである。

 ただしこの攻撃は、中央には丁度台風の目のような穴が出来上がり、その部分を射撃アイテムが通り抜ける事ができる。

 ラクはそこを狙って、持っていた特殊なアイテム・ランチャーに「ボム・ダーツ」をセットした。


(悪く思うなよ……ッ!)


 ボム・ダーツが人間に直接命中すれば、かなり悲惨な事になるだろう。

 だが、強敵相手には致し方ない。

 ラクは覚悟を決めて、ダーツを発射した。

 勢いよく発射されたダーツは、風のミキサーの中央を通り抜け―――


「んん?」


―――カチリ


 プリミアのドレスに、ダーツは命中した。

 その瞬間、ラクは勝利を確信した。


(やった……! これで終わりだ!)


 ボム・ダーツは相手に食い込んで爆裂する強力な爆弾である。

 硬い金属製の鎧の上からでも、命中すればほぼ即死の威力で、薄いドレスの上で爆発などすれば、いかに高レベルのプレイヤーとて一溜まりもない。

 風のミキサーの攻撃を回避して、ラクは高らかに告げた。


「プリミア! もうお前の負けだ!」


『ソプラノマジック』


 爆発する寸前、プリミアは呟くように二言、三言の言葉をやさしく呟いた。

 すると、爆発しようとしていたボム・ダーツの動きが突然、停止した。

 動きが止まると、プリミアはダーツを軽く引き抜く。


「何これ? 爆弾……かしら?」


 ダーツは服と、恐らくは身体自体にまで食い込んでいるはずで、簡単には外せないはずだが、シールでも剥がすように爆弾を簡単に外してしまった。


「な、何……!? 爆発が止まった……!?」


「吟遊詩人の能力にはねー、”沈静化”ってのもあるのよ。爆弾とか炎の勢いを弱めるってやつ。だから―――あたしにこういうのは最初から効かないの」


「馬鹿な……」


『モノケーションリズム』


 再び喉元に手を当てて、プリミアが歌い始めると、今度は彼女の周囲に音符の形をしたエネルギーが実体化していく。

 そして、それらが一気にラクの方へと嵐のように飛来した。


「うわっ!!」


 音符の形のエネルギーは、何かに命中すると小さく爆裂していく。

 一つ一つが小型爆弾のような威力を持っているようだ。


(まずい、甘く見すぎてた……!!)


 4つどころではない。

 プリミアは、自分が思っている以上のスキルを持っている。

 それこそ、至近距離でのスキルから、中距離~遠隔に対応した豊富な能力を持っているようだ。

 ラクは最強クラスの賞金稼ぎたちがどれ位かというのを、甘く見すぎていた事を後悔した。


(くそ……まずい、このままだと押し切られる!!)


 音符のエネルギーが周囲に降り注ぎ、回避が不可能になり始めた時、ラクは苦し紛れに煙幕玉を周囲にありったけ振りまいた。

 持っている限りの煙幕玉を使って、屋上エリア中が真っ白な霧で満たされるほどに煙幕を満たしていく。

 そして、ひとまずプリミアから距離を取った。


(どうする……?)


 プリミアの攻撃が止むと、ラクは逆転の為の策を考えた。

 このままでは、自分が敗北した後に他の三人がすぐさま倒され、また最初の状況に逆戻りしてしまうだろう。

 なんとか、逆転の目を考えなければならない。

 煙幕をありったけ使ったせいか、他の2組の戦闘も一時的に止まっているようで、作戦を考えるにはうってつけの状態だった。


(歌……とにかく、あの歌をどうにかしないと……)


 接近戦でもかなりの強さのようだが、そちらは何とかなる。

 ただ、問題はやはり”歌”の能力だ。

 思った以上に多種多様な能力である上、中距離~遠隔に関して言えば攻撃、補助、防御の全ての面で使える技が揃っているようで全く歯が立ちそうにない。

 なんとか、あの歌うスキルを封じるか、弱点を突く必要があった。

 いくつか、考え付く事を上げ連ねてみる。


(マイクを奪う、周囲を煙に撒いてしまって呼吸を阻害する、周囲を防音の壁か何かで囲う……)


 いくつか、考えてみるがどれもいい方法ではない。

 マイクは無くとも歌う事は可能なようだった。恐らくはあのマイクは、杖か何かと同じようなもので、恐らくは歌スキルの効力を上昇させているだけであり、使用の可否自体に関係しているものではない。

 周囲を煙に撒く、というのはいいアイディアだが……それをやるにはもう道具が足りなさ過ぎる。煙幕玉は、今周囲を撒く為に殆ど使ってしまったし、唐辛子弾や、胡椒を撒くアイテムはもう品切れだ。

 防音の壁か何かで囲う、というのもいいアイディアだが、やる方法が全く思い浮かばない。


(ダメだ……いい案がない……)


 第一、歌うスキルを封じれたとして、それで持ち込めるのは接近戦までだ。

 自分が接近して攻撃したとして―――勝てるだろうか?


(難しいな……)


 武器持ちのアドバンテージこそあるが、アクア・サーバ・セイバーを持ったサイモンでも全く刃を当てられなかったのだ。

 自分の場合は、もっと悪い結果になるだろうというのは、想像に難くない。

 正面からでは、絶対にダメだ。


(歌、音を……封じる。近付いたら投げ、超反応の回避と、体術が待ってる……)


 ラクは持っている情報を頭の中で必死に繋ぎ合わせ、そして自分が出来うる攻撃、攻撃の様々な可能性をシュミレートしていく。

 少しでも勝つ可能性があるルートを、そして僅かでもその確率を高くするための”決定打”を脳細胞をフル回転させて探す。

 絶望的なレベル差でも、負ける可能性は100%ではない。

 必ずどこかに、有効な攻略法があるはず―――


(……待てよ。そうだ、歌と言うよりは、”音”として考えるんだ。吟遊詩人は音を操る職業。なら―――)


 ラクはそこに気付くと、”音”を一時的にだが、完全に無効化できる方法を思いついた。

 だが、これだけでは足りない。接近してからが勝負なのだ。

 一気にカタを付ける方法がもう一つ必要だった。


(しかし、格闘戦で勝負とかはちょっとな……)


 レベル差がかなりある以上、正面からただ行くだけでは負ける。

 では―――その差を覆すには、どうするべきか?


(……アイテム攻撃は、物によって効くかわからない部分があるから、ちょっと信頼性に欠けるな……。しかしスキル攻撃はまず、当たらないと思った方がいい。あの身のこなしが凄すぎて回避率が高いから……)


 身のこなし。そう、彼女の武器は回避とかそういうモノではなく、あの身軽さと、運動選手のごとき身体の柔軟さ、と言う部分だろうか。

 恐らくはアイドルというのはダンスなどで身体を良く動かす為に、運動能力が高くないとならない為、自然と身に付いた動きなのだろう。

 そんな元からあった敏捷さに、柔術を組み合わせ、接近された際の対処ができるようにした、というところか。

 だからつまり―――単純に筋力などで勝負できれば、まだ勝機はある。

 ストロングがここで居れば、かなり有利に持ち込めるのだが……。


(ホントに采配はミスだったな……)


 サイモンとストロングが逆だったら……と考えるが、今更間違いを嘆いても仕方が無い。

 ラクは考え抜いた末、ある作戦を更に組み合わせてみることにした。


(ダメで元々、か……!)


■


 煙幕によって作られていた霧が晴れると、プリミアが離れた位置に現れた。

 そして、戦っていた2組も現れ、再度対戦を始めていった。

 全員、その場から余り動く事無く、周囲の様子を伺っていたようだ。

 時間にして20秒程度なので、懸命な判断といえるだろう。


「もうおしまいかしら? 手品みたいなのだったけど……」


「……」


 ラクは嫌な汗が額を伝わるのを感じた。

 これからやる作戦が、どれだけギャンブルじみているのか。

 それを自分自身が良くわかっている為だろう、と思った。

 ちらりとラクは他の2組の戦況を確認する。

 ニクロムとK.Kの組はやはり高速攻撃の押収が続いており、すぐ決着が付く様子はない。

 ジャグスとサイモン、ストロングの組も同じような感じだ。

 2対1ではあるのだが、サイモンがプリミアとの対戦で弱っているのと、ジャグスの大振りの攻撃をまともに喰らうわけにはいかない為に、慎重な立ち回りをしている為、時間がかかっているようだ。

 覚悟はしていた事だが―――助けを当てにはできない。


(なんとか……プリミアを倒すか、大ダメージを与えるぐらいに持ち込まなきゃな……!)


「ねぇ。ひとつ―――聞いておきたいんだけど」


 突然、プリミアが訊ねてきた。


「ん?」


「きみ、少し前に話題になったチーターだよね?」


「え……あ、ああ。そうだけど」


「きみは、結局何をやったチーターなの? えらくあの人、血相を変えてたけど」


「あの人……スパイダーが、って事か?」


「そう。この作戦が提案された時はあの人、乗り気じゃなかったけど、あなたの件に関しての何か……資料を見せられてから、人が変わったみたいに乗り気になって、あたし達に招集かけたんだから」


(資料……?)


「普段はみんな揃う事なんて滅多にないってのに、無理に招集かけるんだから、どんな相手かって思ってさ」


「……俺は、チーターなんかじゃない。ちょっと他のプレイヤーにはできない事が、確かに出来るけどさ」


「それをチートって言うんじゃないの?」


 違う、と二度目は言えなかった。

 チートというのは、ひどくザックリと言えばゲーム内で通常なら行えない、ズルやイカサマをやるような事だ。

 その点では、今の自分がチート使いになっている、というのは間違ってはいない。


「そりゃ、そうとも言えるが……でもこれは、半ば公式―――」


「え?」


「い、いや、何でもない。そんな事より……続きをやろうじゃないか」


 思わず「公式のスキル」と言いかけそうになってしまった。

 キャラクター・チェンジの能力は、ワールド・マスターよりキャラに付与された能力であるので、これはいわばゲームの”真の開発者”から直接貰った”公式”のアビリティと言ってもいい。

 しかし、それを口に出して主張するわけにはいかない。


「たぶん、これからの攻撃で勝負がつくと思うし、出来れば見せてもらいたいわ。あの人が動いたチートってのが、どんなものなのか。興味があるから」


 プリミアは勝ちを確信しているのか、なるべく情報を引き出そうと話しかけてくる。ラクがどんな件でチーターとして手配されたのか、詳細の部分を知らないので、そこに興味があるのだろう。

 ラクは見せびらかしてみたい、という気持ちに支配されかけたが、すぐにその考えを振り払い、戦闘モードへと気持ちを戻した。


「悪いけど……戦闘中の今はそんな気分じゃないんだ。発動はさせられるだろうけど、戦闘を有利にさせられるものでもないし」


「ふぅん」


 戦闘に余り役立たないというのを聞くと、プリミアは興味が失せたらしく、それ以上は訊ねなかった。

 もしくは、意外と強く拒まれたので後で調べる事にしたのだろう。


「それじゃ……行くぞッ!!」


■


『モノケーションリズム』


 プリミアが先程と同じように呟くような曲を歌い始めると、彼女の背後から音符のエネルギーが実体化していき、流星のようにラクの方向へと降り注ぎ始めた。


「ぐっ……!」


 今度は先程のものと違い、命中しても爆発はしないが、代わりに一発が岩のように硬く、命中すると目に見えた体力が削られていった。

 飛来するスピード自体はそこまでではないのだが、いかんせん数が多く、全てを回避するのが難しい。


(くそっ……)


 この攻撃は音楽に関連した魔法系スキルと言った所だろうか。

 純粋な音を放つスキルではないので、これは回避に徹するしかない。

 プリミアの使う―――いや、吟遊詩人の使うスキル全般に言えることのようだが、この”歌”のスキルは、発動した後に自動でしばらくの間、歌が続いていくようで、武器を使った技の”リチャージ”のような感じで、同じ技を続けて出す事は出来ないようだ。

 だからこのスキルの使用後、必ず何か別のスキルを使用するはず。

 そこが―――作戦の起動タイミングである。


『ノイズクエイク』


 音符の流星雨が降り止むと、大きく息を吸い込んでから、次のスキルを発動させようとした。


(来た……ッ!)


 歌を発動させようとした所を確認すると、ラクは持っていたアイテム・カノンに”ある弾薬”を込めて、プリミアへと向けて発射した。


「轟音弾、発射!」


 ラクが放った弾丸は、プリミアの目前まで飛来すると爆発を起こし、周囲に強風と共に凄まじい爆音を響かせた。


「ッ! な、何これ……!?」


 プリミアはノイズクエイクを発動させたようだが、今までのように床にヒビが入ったりしていない。

 振動波が周囲に何も影響を及ぼしていないのだ。

 これは、”音”のスキルが同じく音によって相殺されている為に、起こっている現象である。

 歌を歌っても、より巨大な爆音が発生すれば、かき消されて消えてしまうのと同じ理屈だ。

 半分”賭け”であったが、上手く行った。


(今だ……!)


 プリミアは歌手としての能力が高い為なのか、爆音に怯んでしまい、スキルが阻止された事に気付いていないばかりか、目を閉じ、更に耳を塞いでいて隙だらけの状態となっていた。

 ラクは、そこを見計らって一気に距離を詰めた。

 そして、持っていた大型ナイフでの高速攻撃を仕掛けていく。


「しゃぁぁっ!!」


 プリミアは至近距離までラクが迫ってくると、流石に気付いて攻撃を回避していく。

 元々、ナイフでの攻撃は当たるとは思っていないので、ラクは牽制のためにこの攻撃を出していた。

 問題は―――ここからだ。


(やっぱ当たらないか……)


 回避力が高いので、当たっても有効打にはならない。

 そう肝に銘じて、牽制に徹した素早い攻撃を出しているが、それでも全く命中する気配はない。

 まるで舞い落ちる木の葉を切ろうとしているかのように、ひらりひらりとプリミアは身をかわしていった。

 やがて、ラクの攻撃のタイミングを読み切ったのか、ナイフでの突きを放つと、腕を絡ませてラクの身体を引き寄せようとする。


「おっと!」


 組み合ってしまうとほぼ負け確定なので、ラクはそれを素早く振り払う。

 なるべく時間をかけるように、相手の動きに油断の色が出てくるのを、防御に徹し、ひたすら待った。

 やがて業を煮やしたのか、接近戦でもプリミアが攻撃を仕掛け始めてきた。


「はっ! はぁっ!!」


 無理矢理身体を引き寄せようと、こちらの鎧や服の一部を掴もうとしてくる。

 ただ、身のこなしと違い、攻撃に関して言えばそこまでのスピードではない。

 なんとか受け流して時間稼ぎをやる位には、避ける事ができる。

 ただ―――いくらなんでも長い時間、かわし続けていられるわけではない。


「うぐっ!?」


 ラクは攻撃の一部をかわし損ね、徒手空拳の一発がわき腹に命中した。

 途端、HPが先程の音符の実体化攻撃を喰らった時よりも大幅に減った。

 ただ掴み損なった攻撃が、掌底の一発になって当たっただけ。

 だが、このレベル差では、同レベルの相手から大振りのパンチをモロに食らったような威力があった。


(まずい……あんまり長くは持たないぞ……!)


 もはやHPは4割近くまで減っている。

 投げの大技をこれで掛けられたりでもすれば、そこでゲームオーバーだ。

 プリミアはラクのダメージを見て、一気に倒せると感じたのか、勝負を決めるため、一気に踏み込みを深くしてきた。


「これで―――」


(やべ……ッ!!)


 プリミアは肘をつけるほどにラクにくっつき、そのまま腰が支点になるようラクの身体全体を自分の腰へと乗せた。

 一本背負い―――”山嵐”の投げ技だった。


「終わりっ!!」


―――ゴッ!!


「ぐあ”っ!!」


 プリミアに投げられ、腰から落ちる形で、身体をコンクリの硬い地面へと叩き付けられた。

 腰に鈍く、重い痛みが走り、全身が痺れるほどに揺さぶられる。

 HPが一気に3割ほど減少し、ギリギリ2割まで削られる。

 もう戦闘不能直前のような状態だった。


「トドメぇ―――ッ!!」


 プリミアは最後の一撃を入れるため、倒れたラクの頭めがけて、踏み潰しを決めようとしてきた。

 アイドルが履いている靴は、ハイヒールというのだろうか。

 底面の一部が割れて、カカトを支柱が支えるような形状になっていて、いかにも踏み潰しに活かせそうな形をしていた。


「危ねッ!!」


 慌ててラクは掴まれている服を引きちぎって、そのまま素早く転がる。

 そして、何故か両腕で顔の部分を隠すようにしてガードの姿勢をとった。

 転瞬―――爆発音が響いた。


「う、えッ!?」


 丁度、プリミアがラクの顔面を踏み潰そうと足を振り下ろした場所。

 そこから、何故か爆発が起こったのだった。

 ラクは近距離に居たが、素早く転がって距離を取ったのと、ガードの姿勢を取った事が功を奏し、ギリギリHPは1割前後で踏みとどまった。

 対して―――プリミアの方は、かなりのダメージとなっていた。


「なん、で……っ……!?」


 靴は完全に破壊され、素足の状態となっているばかりか、振り下ろした方の右足全体にわたって、火傷のようなダメージを負っていた。


「さっき……煙幕を張った時に、仕掛けといたのさ。こういう感じの奴を」


 ラクは、地面に落ちていた何かの破片を拾ってプリミアに見せた。

 先程、プリミアに大ダメージを与えた部分から、爆発して飛び散ったものの破片のようだ。


「まさか……地雷!?」


「そうさ。うまく瓦礫の中に隠れててくれたから、感知できなっただろう。近くに投げられた時は流石に終わったと思ったけど……運よく爆発しない位置に投げられて助かったよ」


 プリミアは立ち上がり、再びラクに掴みかかろうとしてくる。

 しかし足にダメージを負っている為に、スピードが目に見えて落ちている。

 先程よりも、格段にかわすのが簡単だ。

 掴むのが難しいとわかると、彼女は距離を取ろうとするが、離れようとするとラクは逆に近付いていき、付かず離れずの間合いを保った。

 そして、歌を発動させようとするとすかさず牽制を放ち、歌スキルの発動を阻止する。

 これでは、プリミアは身動きが取れなかった。


「くっ……!」


(これで、ひとまずは時間が充分稼げるはずだ。あとは……どっちかがうまくやってくれるのに期待するしかない……!)


■


 ニクロムとK.Kの対決は一進一退で拮抗していたが、ジャグスとストロングの対決は、サイモンが加わった事で大きな動きを見せていた。


「でやぁっ!!」


『油の剣!』


 ジャグスの一撃をサイモンが受け流す。

 持っていた「アクア・サーバ・セイバー」のスキルを使い、ナイフを油まみれにして、だ。

 ジャグスが振り下ろした巨大な肉斬り包丁の一撃は、刀身を伝ってはじかれた。


「うげっ!? な、なんだこりゃ!?」


 ジャグスは奇妙な手ごたえに、思わず身を引いて武器を確認する。

 包丁の刃の部分は、ねっとりとした糊のようなものが付着しており、これでは相手を切りつけられそうに無かった。


「自慢のそいつも、油塗れじゃあ使えねェよなぁ~?」


「そいつが噂のアーティファクト、ってわけか……」


「ああ。あの新入りのやろうが持ってやがったのを頂戴したって訳さ。使えるぜぇ~? こいつは。お前みたいな脳筋野郎には特にな」


 サイモンが持っているアーティファクトのナイフを得意げに見せながら言うと、ジャグスは苦々しく舌打ちする。

 背後からもストロングが挟み撃ちで攻撃を仕掛けようと、隙を伺っていた。


「おいストロング。ちょっと待て。攻撃はすんじゃねぇ」


「ゴゴッ?」


「ジャグス。おみぃにひとつ聞いておきてぇ事がある」


「何さ? 急に改まっちゃって」


「裏切った―――”本当の理由”は何だ?」


 サイモンが静かに、しかしはっきりと聞こえるように言うと、急に場の空気が張り詰めたように思えた。

 ジャグスは、サイモンの問いかけに、僅かに動揺したように見えた。


「な、何を言い出すのさ。突然……さっき言ったじゃないか」


「ありゃ、嘘だろう。おみぃとたまに組んでる時はあったが、楽しんでる感じはあっても、嫌そうな素振りはまるでなかったじゃねぇか」


「それ、は……」


「何かおみぃ、隠してる事があるんじゃねぇのか? オリの勘が”何か裏がある”って、そうビンビンにおったてて言ってやがるぜぇ」


「……仮にあったとしても、話す事は何も―――無いッ!!」


 ジャグスは、肉斬り包丁を今度は下から振り上げるようにして斬りかかった。

 サイモンは僅かに身を引いて、武器の間合いから離れる。

 しかし―――突如、包丁が燃えあがった。


「うッ!?」


「でやぁぁ―――ッ!!」


 巨大な包丁の乱舞に、サイモンは思わず武器を構える。

 包丁が何度も目の前を行ったり来たりして、サイモンの身体に食い込もうとするが、構えた大型ナイフに阻まれ、それは叶わなかった。

 しかし、武器自体の重量を受け止める事に失敗し、サイモンは吹っ飛ばされた。


「ぐおっ!!」


 空中に打ち上げられたサイモンは、宙を舞いつつも身体を捻らせて、猫科の生き物を思わせるような動きで、受身を取った。


(あぶねぇ……油を地面と擦り合わせたときの火花で着火させやがったか。しかし全ッ、然手加減無しだなこいつ……)


 やはり、何かあるとサイモンは改めて感じた。

 ジャグスが、余りにも”本気になりすぎている”からだ。

 彼は、基本的に戦闘でマジになって戦う、という事が余り無い。

 どんな戦闘でも、楽しんで戦っている為に、身体の力が抜けている事が殆どだからだ。

 負けても勝っても、面白ければいい。

 そういうスタンスで戦っている、いわばシエラと同じような人間である。

 そんなジャグスが、こうも力を入れて戦う―――というのは何かおかしい。

 サイモンは薄々、それを敏感な”心の嗅覚”で嗅ぎ取っていた。


「おい! ストロング!」


「フゴッ!?」


「こっちはもうオリ一人でいい。あの新入り野郎の方に助太刀に行って来い」


「フゴゴ、フゴッ!?」


「”大丈夫か”だって? 充分休ませてもらったから大丈夫だ。それに―――こいつとオリとじゃあ、”格”が違う。心配はいらねぇよ」


 サイモンがそこまで自信たっぷりに言うと、ストロングは渋々、踵を返した。

 そしてラクとプリミアが戦っている方へと、駆け出していった。


「さて……これでもう、邪魔は入らねぇな」


「……!」


「どうやら、思ったより込み入った事情があるみてぇだから、もう聞かねぇ。ただ―――オリももう手加減はしねぇぜ」


 サイモンが言うと、両者はもう喋らなかった。

 数泊後―――両雄の双眸が見開かれると、一気に二人は詰め寄って、嵐のような剣舞を演じ始めていった。

 息つく暇もない、激しい刃の応酬を。


■


 ラクはプリミアの攻撃を避け、そして組み合いに持ち込まれそうになると、素早く振りほどいて時間をひたすら稼いでいた。

 レベル差がある以上、これが自分に出来る精一杯だからだ。

 しかし―――それも段々と限界に近付いていた。


「ぐぅっ……!」


 レベル差が覆しようのないほどであるとわかると、プリミアは歌スキルの発動と投げ技を諦めて、通常の徒手空拳で攻撃を始めた。

 これが―――意外にも厄介だった。


「はっ! ぃやぁっ!!」


 サイモン達に比べれば、プリミアは体術のレベルは劣っている。

 投げ能力と、広域支援のスキルがメインだからだ。

 しかし―――レベル差がある為に、この単純なパンチや蹴りが思った以上に回避しづらく、またガードしても確実に体力を削られる。

 既に2割前後にまで減っていたラクにはこれを防ぐ力は無かった。


「今っ!!」


 ラクのHPが1割にまで落ち込み、戦闘不能寸前となると、プリミアは一気に懐へと入り込み、腰と首根っこを掴んだ。

 ラクはこれを外そうとするが、既にフラフラになっている為に振りほどけない。


(しっ、しまった!)


 ”終わった”と観念した時、ラクの目に―――虎の顔が飛び込んできた。


「フゴゴッ!!」


 ストロングがラクを投げようとしていたプリミアに両足を束ねてのドロップキックを放った。

 プリミアは素早くラクを離し、その場から離れた。


「痛っ!!」


 しかし、足を痛めている為に反応が遅れ、距離を離すまではできなかった。

 そこを容赦なく―――


「フゴ、ゴッ!」


「きゃっ!!」


 ストロングは、その巨体からは予測できないスピードでプリミアの背後に回ると、丸太のような両腕でプリミアの腰を両手ごと押さえ込むようにロックした。


「し、しまっ……!」


 プリミアの小さな悲鳴が漏れた時―――それをかき消すように、技名がシステムコールとして響きわたった。


『タイガーバックドロップ!』


 ストロングが腰を支点にして、後ろへと倒れ込むように、プリミアを頭からコンクリートの床へと投げつけた。

 プロレス技の「バックドロップ」である。

 相手は女の子で、アイドルであるが、全く容赦の無い攻撃だった。


(うっわ……すげぇ)


「フゴ」


 プリミアはこの一撃がクリティカル・ヒットとなり、一気に体力が1割を割った。


「あ……あ、あ……」


 ラクが見ると、彼女は目を回して完全に気絶してしまっており、”戦闘不能”の状態となっていた。もうこれ以上、この戦闘に参加はできないだろう。

 勝ったのだ。あのスターズの一人に。


「か、勝てた……か。助かりました。ストロングさん」


「フゴゴ、ゴ、ゴッ!」


「え? ああ、そうですね。先輩達を助けに行かないと……」


 ラクはストロングが”サイモン達の援護に行かなければ”と、言ったのが聞こえたような気がした。

 いつの間にか、彼もストロングが何を言っているのかがわかるようになっていた。


「ちっ……ここまでか。引くぜ、ジャグス」


 プリミアが敗北した事を知ると、ニクロムはすぐさまK.Kより離れた。

 そしてジャグスに一声だけ掛けると、ビルの外へと飛び出していった。


「……悪いが、勝負はまただな」


「あっ! おい、待ちやがれ!」


 ジャグスもニクロムの後を追うようにして、ビルの外へと飛び出していく。

 慌てて、残った4人は屋上から下を覗き込んだ。


「け、剣で……あんなことできるのか」


 ニクロムとジャグスは、持っていた武器を壁に刺して、ガリガリと壁を削りながら、それを支えにしてビルの下へと降りていた。

 まるで谷に張られたロープを、木の棒を支点にして、滑っていくかのようだ。


「武器が使えなくなるから予備の奴でやってるな……予め、逃げる為のをもってやがったのか」


 逃げ出したのを見ると、サイモンは塔屋があった場所に倒れているガンテスを起こした。

 瓦礫を払いのけて、身体をゆさぶって起こそうとするが、背中から腹部にかけて大きく欠損ダメージを受けており、HPもゼロを割って”死亡”の状態となっている。

 ガンテスは、もうこれ以上は戦闘に参加する事はできないだろう。


「兄貴……」


 ラクも瓦礫を払いのけながら、下へと降りる階段を探した。

 自分達も同じように降りればいいのだが、サブの武器も無ければ、壁を駆け下りる能力を持っているわけでもない。

 K.Kだけは壁を走る”登攀”の能力を持っている為、すぐに後を追っていた。


「くっそ……まさか掃除屋の中から裏切りモンが出るとは……」


「あの二人だけじゃないかもしれませんよ」


 ラクは瓦礫を払いのけて、階段が見えるとその場所を重点的に掘り返していく。


「何? どういうこった?」


「今まで……ここに来るようなプレイヤーは、事実上まず”免罪”できない。もしくは物凄くそれが難しい。だから、裏切りはまずないだろう……っていう風に考えていました。でもそれが、政府が直接関わってきて、可能だって事になったら、罪状によっては免罪の可能性が、そして向こう側に取り込まれる可能性が出てきます」


「何人も他に加担してる奴が居る、ってのか!?」


「断言はできません。でも、前提が違うなら可能性は出てきます」


「……あんまり他の奴を疑いたくはねぇな」


「とにかく、下へ行きましょう。なんだか……様子が変です」


「変?」


「耳をすませてください。下が……静かになってます」


 ラクから言われ、サイモンは耳をすませた。

 戦闘地域であるので、遠くでは爆発音や戦いから起きる様々な金属音などがわずかに響いてくるのだが―――ボリュームがやけに小さくなっている。

 ビルの下のほうが、急に静かになった為、その分だけ音量が小さくなったのである。

 あれだけ激しい戦闘が行われていたはずだが……。


「確かに……なんだこりゃ。急にシーンとしてやがる。どうしたんだ?」


「……ちょっと、急がずに気をつけて降りましょう。どうも嫌な予感がします」


「フゴ、ゴッ……」


 ラク、サイモン、ストロングの三人は、体力をアイテムで回復すると共に、注意深くビルの下へと階段を降りていった。

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