52:”無法”の体現者(14)
荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。
いくつかの戦闘を何とか乗り越え、午後からの本格的な攻撃が始まると、PK系ギルドの領地「商業地区」への攻撃が本格的に行われ始める。
もっとも戦闘力の高いプレイヤーが集まっているここを制せば、勝敗は大きく左右されると踏んでの総攻撃であった。
敵側の「ファイブ・スターズ」の最大戦力が投入されていき、戦闘は激しさを極めていく。そんな中、「アイドル」のクラスであるプリミアが歌い始めると、広範囲にステータス上昇効果が掛かり、商業地区の戦況は見る見る悪くなっていった。
ラクは戦闘の中でみかけた掃除屋の「ヴェネディア」に協力を求め、彼女の協力により、歌の効果を無効化してもらう事に成功する。そしてプリミアを撃破すべく、彼女が陣を構える雑居ビルへと、ラクは突撃していく―――
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時間は昼を回り、ゲーム内にて13時を回った頃。
悪人街にて始まった賞金稼ぎの軍団と、悪人街のギルド民達の戦闘は、大詰めを迎え始めていた。
陽動のための全地区への攻撃が行われ、その攻撃が段々と収束に向かい始めていた時、ここ”商業地区”における戦闘の激しさはピークを迎えていたのである。
ラクはガンテス達と合流し、ファイブ・スターズのプリミアが率いる賞金稼ぎ達の攻勢に耐えていた。
しかし合流してほどなく―――
「ん? なんだ……? この曲は……」
ガンテスは、プリミアの歌声が響き渡る中、”別の歌声”が混ざり始めた事に気付いた。
プリミアの透き通るような歌声に対して、それは周囲に柔らかな空気を満たしていくような歌声。
ラクの耳にそれが届くと、すぐさま彼はガンテスに告げた。
「ガンテスさん今です! 全員に突撃命令を!」
聞こえてきているのは、ヴェネディアが歌う「ブースト解除」の効果を持つ”アンチ・ブースト”の曲だった。
これは今、商業地区全体にかけられている、プリミアの「ステータス・ブースト」のスキルを無効化するものだ。
「何……?」
ガンテスはその言葉に、怪訝そうな視線を返した。
今、こちらの状況はかなり悪いのである。
全員がHPをかなり削られて、いつ総崩れになってもおかしくない。
そんな状況の中で、突撃を行うなど、自殺行為にしかならない。
それは新入りであるラクの方もわかっているはずだった。
だが―――ガンテスが見たラクの表情は、真剣そのものだった。
ガンテスが知る、作戦に”確固たる自信”を持っている時の男の顔がそこにはあった。
彼は「へっ」と鼻で笑うと、周辺に響き渡る大声で言い放った。
「野郎共ォッ!! 全員―――突撃だッ!!」
ガンテスが口火を切るようにして、プリミアが立てこもるビルの中へと一番に突入していく。
すると、それに続くように周囲のメンバー達も続いた。
「隊長に続けェーッ!!」
「ハッ! 馬鹿がッ!!」
プリミア率いるハンター側が、それを阻止しようと目の前に立ち塞がった。
だが―――ガンテス達の突撃は止められなかった。
「ゥオラァッ!!」
「グッ! ウワッ!?」
ガンテスの一撃が振るわれると、武器の軌道上にいたプレイヤー達が面白いように薙ぎ払われていった。
今までは、攻撃を行っても踏ん張りが効いて、思うようにダメージを与えられなかったのだが、ブーストが弱まったため、能力が落ち込んでいる。
その為、攻撃が今までのものよりも通るようになっていた。
「うっ!? な、なんだ!? いきなり防御力が下がって……」
その事に気づいている者は、まだ殆どいなかった。
ブーストの効果は知っている者がいたようだが、それ以上の説明を受けていないのか、ブーストを解除するスキルについては、どうも知らなかったらしい。
「そらぁっ!!」
続くほかのメンバーらの攻撃も、ハンター側のプレイヤー達には防御する事が出来ず、数人が一気に沈んでいく。
今までとは違い、相手に格段にダメージが与えられるようになっていた。
ガンテスが一気に突き進める事を示すと、ギルドメンバー達にもそれが伝わったのか、次々に目の前のハンター達を撃破し始めていった。
「くたばれやぁーッ!!」
堅牢に見えていた防衛線が瞬く間に崩れていき、プリミアが立てこもっているビルの入り口が、こじ開けられる。
ガンテスは入り口の敵を一通り撃破すると、ラクに向かって言う。
「おい! 新入り!」
「何ですか!?」
「お前は―――先に行ってあの歌ってる奴をどうにかしてこい! ここは俺らで何とかするからよ!」
「えっ!? ひ、一人でですか!?」
「そうだ! ここはすぐには一掃できねぇ! お前も掃除屋の一員なら、身体張って止めるぐらいやって来やがれ!」
ガンテスは怒るようにラクへと言った。
まるで、失敗をなじるような、ミスを咎めるような、怒号。
しかしラクにはその言葉が、自分を一人前に認めてくれたからこそ出てきた台詞のように聞こえた。
たった一人で、スターズを止めて来い、と言っている。
捨て駒でなく、れっきとした一人のメンバーとして、”抑え”をやって来い、と言われているのだと感じたから。
「……わかりました!」
ラクが応えると、ガンテスは歯を見せて笑った。
”頼んだ”と言われたような気がした。
■
ラクはプリミアが歌うビルの屋上まで、一気に駆けあがった。
途中で敵に出くわすと思い、ラクは万全の体制で階段を登っていたが、意外にも敵は出て来ない。
入り口と、2階の辺りに防衛線が出来ていたが、あそこにほぼ全ての戦力を集中させていたようだ。
(もうちょっとだ……!)
最上階のドアを蹴破り、屋上へと出るとビル下から見えていた、小さなライブ会場のようなものが見えた。
小さなステージが設営されていて、スピーカーなどの音楽機材や、演奏を行うのか、ドラムやキーボードなどが見えた。
(なんか……)
小ぢんまりしているな、とラクは思った。
”アイドルのライブ会場”と言うと、観客が恐ろしく大量に入っている巨大なスタジアムを想像するが、今ここにファンらしき人間は殆どいなかった。
屋上を見回して目に入るのは、プリミア直属の護衛らしき人間が5名ほどで、他に防衛要員らしい人間は、誰も見えない。
どうやら、プリミアはそこまで大人数でやってきたわけではないようで、ガンテス達が今戦っている場所を重点的に守っていたようだった。
「あら……ここまで来ちゃったみたいね」
「ライブもここまでだ……覚悟しろ、プリミア!」
「覚悟? 私はいつだって覚悟してるわよ。この衣装を纏ってる間は、ずっと私は、歌に魂を込めてる。本気じゃない瞬間なんて、全くないわ」
「ルル様は我らがお守りいたす!」
ラク達が攻撃に入ろうとすると、周りに居た親衛隊らしきプレイヤーが前へと立ちはだかった。
「うっ……!」
現れたプレイヤー達を見て、思わずラクは後ずさった。
正確には全員の”レベル”を見てだが。
全員、40以上で高い者は50近くになっている。
恐らく、数を少なくする代わりに精鋭中の精鋭が残って護衛役をやっているのだろう。
歌での補正は、もうだいぶ弱くなっているはずだが、消えているわけではない。
元々強者である彼ら5人を、ラク一人で相手にするのは無理があった。
(くっ……まずい、どうする……!?)
ここにガンテスが居れば、かなり違ってくるのだが、防衛線を開けるときに彼は残ってきてしまっている。こちらには、自分ひとりしか居ない。
このままぶつかっても、勝機は薄いだろう。
一旦引くべきか? と考え始めたラクだったが、背後から声が掛けられた。
「おい、一人で先走って、いいトコだけ持ってこうとしてんじゃねーぞう」
のらりくらりとした聞き覚えのある言い回し。
ラクが振り返ると、そこには―――
「せっ、先輩……!?」
「よう。切羽詰ってたみてェーだなァ? 新入り」
後ろから、援護の人間が来ていた。それも、ただの援護ではない。
全員、掃除屋のツワモノばかりだった。
「フゴッ! フゴッ、ゴッ!」
「……」
「あぁー? ヒョロくてウザそうな野郎ばっかだなァ」
「丁度6対6かー」
サイモン、ストロング、K・K、ニクロム、ジャグスの5人が、ラクの前へと出て行く。どうやら、自分達の地区の防衛に早くカタを付けられたので、こちらへと援護に来てくれたようだった。
「所で―――誰があそこのアイドルと戦うんだ?」
「早いもの勝ちでいいんじゃね?」
相互協力する気は全く無いようだが、頼りになる5人だ。
プリミアは援護に来た者達が、只者ではない事を知ると、僅かに眉をひそめたが、それ以上は動じる事もなく。マイクを取って、背後の機器のスイッチを入れた。
途端、静寂に包まれていた世界に、音楽の風が巻き起こっていく。
「わーたーしはー……」
歌声が響き渡ると共に、ラクと掃除屋の面々はプリミアがいる方向へと突撃していく。
自分ひとりだけであった時は、勝てる可能性は恐ろしく低かったが、この面子ならば問題はない。
もう少しすれば、ガンテスも応援にやってきてくれるはずだ。
(これなら勝て―――)
勝利を確信しようとした時、頭の中で”何か”がそれを邪魔した。
上手く行きすぎている、と疑念が頭の中で首をもたげてきたのだ。
相手へと突撃しながら、頭の中で一つの懸念が巻き起こる。
なんで―――”5人”も来るんだ? と。
だが、今はそんな考え事をしている余裕はない、とそれを振り払う。
(ダメだ、今は目の前に集中しないと……!)
「うおおおっ!!」
ラクはナイフでの攻撃を、プリミアのガード・プレイヤー達に浴びせつつ、適当に相手をしたら一気に彼らを振り払い、プリミア本人の方へと近寄っていく。
このまま、前衛の人間と戦っているより、プリミアへと攻撃を仕掛けて歌を妨害した方が遥かに得策だ。
明らかに、力量だけならばこちらの方が上回っている。
少しだけでも歌を妨害できれば、あとはガードの相手を速攻で倒して、あとはプリミアを全員で集中攻撃すれば、それで終わりだ。
「一気に―――決めるッ!!」
「ッ!」
ラクがステージ上へと突撃を仕掛けると、プリミアは高く飛び上がり、舞台の鉄骨で出来た天井部に立った。
歌は中断され、もう後が無い状態となった。
ラクはプリミアへと言い放つ。
「もう終わりだ! 観念しろ!!」
「もしかしてさ。あなた……あたしがアイドルだからって戦えない人って思ってない?」
「何?」
「もしそうなら、大間違いだよ」
プリミアはそこまで言うと、大きく息を吸い込んだ。
歌う前のように、だが、もう至近距離での戦闘が始まってしまっている。
今更、ブーストを掛けた所で大した意味はないはずだ。
(なんだ? まだ歌のスキルを使うつもりなのか……?)
ラクは、また歌を開始する瞬間を狙って、今度は決定打になるスキルを放とうとした。
だが―――何か違和感を感じた。
”戦えない人だと思ってない?”と、彼女は先程言った。
てっきり、吟遊詩人は戦闘では広域ブーストを行えるが、その代わり近接戦闘では役立たずになるクラス、と考えていたが、それならプリミアが言った台詞はどういう事なのだろうか?
もしやレベルの高い吟遊詩人は、近接戦でも充分に戦える技能があるのでは……?
(……やばいっ!!)
その考えが頭をよぎった時、ラクは追撃をやめてステージ上から離れていた。
転瞬―――システムメッセージのごとき、スキルコールが響いた。
『ノイズクエイク!』
プリミアが大きく口を開くと同時に、低音が響き渡り、ラクが居た場所に衝撃波が走った。
そしてステージにヒビが入っていき、崩れていく。
(なっ……何だ今の!?)
いきなりステージセットがひび割れて壊れた。
何かの攻撃をやったようだが、見た感じでは何をしたのかわからなかった。
「ハァ~……」
プリミアは呼吸を整えると、再び口を開いた。
すると先程と同じようにスキルコールが響き渡る。
ラクの背中に悪寒が走った。
『バーストボイス!』
(まずい……何をやってるかはわからないけど、とにかく飛び道具だ!)
魔法攻撃か科術攻撃かはわからないが、遠隔攻撃なのは確かだ。
ただ突っ立っていてはいけない。
ラクは叫ぶようにして言った。
「攻撃来ます! 全員、回避してください!」
先程よりも巨大な圧力がプリミアの方向から放たれ、周囲に破壊の衝撃波を及ぼしていく。
ラクは身を低くして回避を試みた。
ステージのセットは一気に粉々になって吹き飛ばされていき、ビルの屋上にあったアンテナやら落下防止の柵なども破壊されていく。
「うわあああああぁっ!!」
戦闘を行っているメンバー達にも、攻撃は波及していき、立っていられないほどの強風が周囲を薙ぎ払っていった。
■
攻撃が止んだのと同時にラクが立ち上がると、ビルの屋上には殆ど何もない状態となっていた。
柵も、ステージセットも何もない。
屋上とビルの下へと続く階段がある塔屋がかろうじて残っているだけだった。
「いっ、一体何が……」
「……吟遊詩人ってのはね。歌う事のエキスパートってだけじゃないのよ。いわば……”音を出す事”そのものが武器にもなる」
離れた位置からプリミアが言う。
今度はステージセットの上に立っているわけではないが、見下ろされているような感じがした。
ラクはプリミアに訊ねる。
「まさか……今のって”ゴッドブレス”なのか!?」
「あら、知ってるの?」
”ゴッドブレス”というのは、聖書における神の祝福の事を指す。
RPGゲームで使われる風のスキルとして有名であり、ファシテイトの中でも風属性の魔法使いは、高レベルになれば繰り出せるスキルだ。
だが―――この技は、魔力を使わずともモンスターは繰り出す事ができる。
巨大な図体のモンスターは、その肺活量を使ってただ深呼吸をして、それを全力で吐き出すだけで「ゴッドブレス」のスキルを発動させる事できるのだ。
「馬鹿な……そんな事が……」
「吟遊詩人は基本的に風の属性。レベルが高くなれば、こういう事もできるのよ」
(ヴェネさんが風使いだったのもそれか……)
どうやら、プリミアは歌うだけでなく風を使っての様々な攻撃能力も持ち合わせているようだ。
迂闊に攻撃は出来ない。
しかし―――ラクは何故か、拍子抜けしたような感触がした。
(こんなもん……なのか?)
確かに強力な能力だ。先程使った”衝撃波”と、恐らくステージをひび割れさせて破壊したのは”超音波”の攻撃なのだろう。
他にもいくつかあるのだろうが……とにかく風の攻撃である。
刃物の武器でなんとか対抗は可能な筈だ。
(もう……後の奴らは居ないか)
彼女のガード・プレイヤーも倒されたか、それとも先程のノイズクエイクの衝撃波で飛ばされたのか、掃除屋の人間しか残っていない。
しかも、全員だ。最初に回避するよう告げたのが功を奏したのか、誰一人欠けていない。
これで後は集中攻撃をすれば、いかに彼女がスターズの人間であろうとも、まず勝つ事は不可能だろう。
(勝てる……! いや、もう勝ったも同然だ……!)
ラクは勝ちを確信―――しようとした。
しかしその時、再び最初の疑念がふつふつと湧き上がってきた。
『何故5人も来てるんだ?』との疑念だ。
(……)
今、商業地区は激戦区となっている。
他の地区も戦闘真っ只中のはずで、他の場所に援護に来れるような余裕は、なかなか無いはずだ。それに……
「あの……すみません先輩」
「あン? なんだよう。今話かけんじゃねェよ。戦闘中だっつうのに」
「それじゃあ行くぜぇっ!!」
ニクロムらがプリミアと戦い始める中、サイモン、ストロング、K・Kの三人は同士討ちを避けるため、少し離れてプリミアとニクロム、ジャグスが戦い始めるのを見ていた。
ラクは、呼吸を整えるフリをしてサイモンに訊ねる。
「あの……ここへ来たのは誰に言われて、何ですか?」
「あぁ? ああそりゃあ、姐さんから言われたからよう……ここが激戦区になってるから、援護に行け、って」
「援護に……ですか?」
「ああ。それでこの辺まで来て、途中でストロングとK・Kの奴を見つけたから、誘ってきたのさ」
「ニクロムさんとジャグスさんとはどこで会いました?」
「このビルの前だ。戦闘に参加してて、オリらも登ろうとしてたらよう、こいつらも上にスターズの奴らがいるから、って一緒に来たぜ」
「……」
おかしい、とラクはその時に改めて感じた。
それは”何もかもが都合よく回りすぎている”という不安だ。
目の前に食べられもしないニンジンをぶら下げられているロバのような、”誘い込まれている”という感覚が、急に心の中に充満していく。
こんなに、スターズの人間を簡単に圧倒できるものなのか?
そして、このままこちらが押し切ってこの防衛戦は勝利できるのだろうか?
(―――違う。そんなわけはない……!)
今まで戦ったスターズの人間は、やや抜けている部分が多少なりともあったが、皆、間違いなく強力なプレイヤーだった。
そんな彼らが、前衛の配備を手抜きにして敗北なんて、考えにくい。
普通なら、もっと防衛の人数を増やすか、スターズのプレイヤーを二人一組にして戦闘に臨むはず。
明らかに―――防衛人数が少なすぎる。
(では、もし何か訳があるとして、それはなんだろう……?)
ガードが必要なプレイヤーに対して、防衛役が少ない理由。
それは―――”本人が単独でも大丈夫なぐらい強い”か”充分に防衛のプレイヤーが割り当てられている”場合だ。
彼女は強い事は強いが、この大規模戦闘において、一人で戦闘を何戦も続けられるようなタフさは、恐らく持っていない。
良くも悪くも”強力な後衛”という感じだ。だから前者ではない。
では後者かというと、それも違う。
(プリミアは捨て駒か何かとして使われてる……? いや、その線もありえないか。重要なポジションのクラスだ。絶対強力な守りが敷かれてるはず……)
それでは、ビルの正面を防衛していたプレイヤーと、ここで直々にガードをしていたプレイヤーは強力な相手であり、それを思いのほか簡単に撃破できただけなのか……?
(……それも違う。そもそも、さっきファルが言っていたじゃないか。この作戦には……元々賞金稼ぎ達が余り参加してないんだ。だから、有名なハンターを護衛につけるって事が単純に出来なかっただけじゃないか? それとも別の……)
そこまでを考えた時、ラクは凄まじい悪寒を覚えた。
もし―――”既に護衛の人間が来ている”としたらどうだろうか、と。
護衛を全員倒したと思いこんでいるだけで、今この中に”既に居た”としたら。
「待たせたな!」
ニクロムとジャグスがプリミアと戦闘を続ける中、残っていた塔屋のドアを開け、ガンテスが屋上へと現れた。
どうやら、粗方下のプレイヤー達を始末して、数人の部下だけを連れて屋上まで援護に来てくれたようだ。
これで勝ちはほぼ確定―――と思う所だが、ラクは嫌な予感が強まっていった。
『バーストボイス!』
プリミアがガンテスの元へと向けて、音波攻撃を放った。
咄嗟にラクは言った。
「回避してください! ”音”の飛び道具です!!」
ガンテスはその言葉を聞くと、反射的に転がって身をかわした。
攻撃は塔屋の方へと命中し、ガンテスのほかに来ていた援護のプレイヤー達を吹き飛ばす。
「ぐああああっ!!」
「ッ! お前らッ!」
ガンテスと違い、反応できなかったほかのプレイヤー達は、音波攻撃の直撃を受けて、一気にHPがゼロへと変わり、光の粒子となって消えていった。
ラクは、続けて言葉を繋げようとしたが、出来なかった。
”次の攻撃”が見えていたからだ。
「おっと、隊長は~~~……ここまでだッ!!」
―――ザンッ!
「う……な、にッ……!?」
ガンテスが立ち上がった時、いつの間にか隣にはニクロムがやってきていた。
そしてガンテスが鈍痛を憶えた時には、既にニクロムの太刀が振り下ろされた後だった。
「あ……兄貴ッッ!!」
ガンテスのHPバーが一気に赤色になり、死亡状態へと変わった。
サイモンがそれを見て、動揺して身を乗り出すが、ラクは彼の前に立ち塞がり、武器を構えた。
転瞬―――重い金属音が響き渡り、ラクは吹っ飛ばされていた。
「うぐあぁッ!!」
「え、あ……!?」
崩れた塔屋の中へと吹き飛ばされたラクは、瓦礫に身体が埋まった。
サイモンがラクが先程まで居た場所を見ると―――巨大な中華包丁が、地面に突き刺さっているのが見えた。
ジャグスが使っていたものだ。
「すらぁっ!!」
「うおッ!?」
包丁の向かい側から、ジャグスが飛び掛ってくるのを見たサイモンは、間一髪で蹴りをかわし、そのままラクの方へと駆け寄った。
「新入り! しっかりしろ!」
「フゴッ!? フゴゴゴゴゴ!!」
「!?」
ストロングとK・Kは何が起こったのか、全くわからないようでうろたえていた。プリミアと戦っていたと思った二人が、急に攻撃対象をやってきたガンテスと、サイモンの方へと変更したのだから。
「っと……しまったな。もう一人はミスっちまったか」
「てめぇ!! ジャグス! ニクロム!! 何しやがる!!」
皮肉っぽく言うジャグスにサイモンが怒号を上げる。
そして、そのままジャグスへと駆け寄ろうとする。
だが、ラクはサイモンの服を掴み、引き止めた。
「なっ……邪魔すんじゃねぇ新入り!」
「無駄です先輩。あの人達は……いや、あいつらが―――”裏切り者”だったんです」
「……はっ?」サイモンが、間の抜けたように言う。
「おやおや、わかってやがったのか? お前よ?」
ニクロムは、ラクが見つめる先でにやけていた。
恐らく、作戦が上手く行った余裕からなのだろう。
ただでさえ意地の悪そうな風貌だったが、今は更にその表情が悪意に満ちたものに見えた。
「とにかく……ストロングさん、K・Kさん、こっちへ! 固まってください!」
ラクは二人を呼び寄せると、動揺していた二人はハッと気付いたようになり
すぐさま崩れた塔屋の方へと集合し、楽を中心にして陣形を組んだ。
強力な敵を迎え撃つために行う”結集”の陣形だ。
誰に言われるわけでもなく、サイモン達は緊急事態である事を悟り、この陣形を組んだのだった。
「いい、ですか……もう”楽勝”だと思わないでください。さっきと違って……もう1対1か、それ以上に悪い戦況になってます」
「フゴッ!? フゴゴゴゴ!」
「一体どうやってやがる……!? なんであいつら、いきなり敵に……!? おみぃ、あいつらが裏切ってるってわかってたのか!?」
武器を構え、じりじりと近付いてくる三人と向かい合いながら、ラクはサイモンと、ストロング達に説明していく。
「わかってた、と言うよりは……つい先程、一気に裏切ってる確率が高くなった、ってのを、理解できただけです」
「裏切ってる確率?」
「三つほど、気になった事があったんです」
ラクが言うと、ニクロムがやや眉を吊り上げて訊ねた。
「俺も聞きてぇなァ? なんでお前……俺らがあそこで攻撃する、ってわかったんだァ? あの動きは、どう見ても先に察せてねぇとできねぇ動きだ」
「……一番大きかった理由は、”5人”ここへやってきた事」
「何ィ?」
「ここが激戦区になって、そこまで時間が経ってないはずなのに、サイモンさん達が一気にやってこれた……それがまず変だと思いました。掃除屋は、この戦闘で自由に動けるから、忙しい人たちです。そんなに勝手にできないはずなのに、それが5人も……しかも一気にここに揃うって事が、どうにも腑に落ちなかった」
「……そりゃ、そう言えばそうだけどよ。だがここが激戦区になってるって聞けば、そこまで変じゃねぇだろ?」
「それもそうですが、早すぎるんです。来るのが。それに……プリミアの守りが手薄すぎた」
「手薄?」
ラクは歩いて来ているプリミアを顎で指しながら言った。
ニクロムとジャグスの背後から、最初から仲間であったかのように、隙だらけの状態でゆっくりと近付いてきていた。
「彼女は……確かに強いですけど、接近戦が得意じゃないクラスです。なのに、守りを固めているのが、ビルの前で防衛線を組んでた人たちと、その他たった5人だけ、ってのはおかしい。ビルからビルに飛び移れるスキルを持ってる人達あたりに、もし万が一、不意を突かれてここが攻撃された時、どうするのか? と」
数拍置いて、更にラクは続けて言う。
「そして最後に……あの二人が来ていた事です」
「あの二人って……ニクロムとジャグスの野郎か」
「はい。あの二人は……どちらも戦闘力が高いから、一匹狼タイプのプレイヤーです。協力するより、単独で戦うタイプの二人が、わざわざ揃ってここへきたこと。そして、自ら先陣を切ってプリミアと二人で戦い始めた事……よくよく考えれば、不自然極まりないです」
「こじつけもいい所だなァ? お前、少しは疑心暗鬼になる事から足を洗った方がいいんじゃねぇか?」
からかうようにニクロムは言った。
確かに、ただ根拠の薄い事柄を元に疑っているだけ……といえば、それは間違いない。ただ、不自然であったことは確かだ。
「確かにこじつけです。でも、警戒してたからあの一撃を防げれた」
念には念を入れておいて損はない。
今回のような大事な戦闘などでは、最悪のパターンを考えて行動する事の方がむしろ普通である、とラクは考えていた。
事実、ガンテスの方は阻止できなかったが、サイモンの方へジャグスが放った中華包丁の投擲は防ぐ事ができた。
自分もダメージを受けたものの、ガンテスに続き、サイモンがいきなり戦闘から離脱させられるよりは遥かにマシだ。
「ただ……どうしてもわからない事があります」
ニクロムに向かって呟くようにラクが言うと、サイモンが訊ねる。
「なんだ? わからない事ってよ」
「”理由”です。たとえ賞金稼ぎの陣営に協力したとして……あの二人も、ここが無くなったら困る悪クラスのプレイヤーのはず。お金や賞品なんて貰ってもしょうがないし、誰か恨みを晴らしたいプレイヤーでもいるなら、賞金稼ぎ側に協力する必要が無い」
ラクは呼吸が整うと立ち上がり、ニクロム達へと改めて訊ねた。
「戦う前に聞いておきたいんですが……ニクロムさん、ジャグスさん。あなた達がそっち側に加担した理由は、何なんです?」
「あぁ~……? ああ、理由ねぇ。そんな事話してどうすんだ? これから……」
ニクロムが面倒くさそうに言おうとすると、ジャグスが横から言った。
「”免罪”してやるって言われたからさ」
「”免罪”?」
「俺さぁ……いい加減、外でもうちょっと思いっきりプレイしたい、って思ってたんだよね。ここも悪くはないんだけど、ダチに気軽に会いにもいけないし。学校じゃあ、偽装した状態でアバター使わなきゃいけないし……窮屈なんだよ! このままじゃあ!」
そう言えばジャグスは小学生だったな、とラクは彼の言葉を聞いて思い出した。恐らくは、何とかしてこの街を出て行きたかったのだろう。
そこに話を持ちかけられ、乗った、と言う所か。
「ニクロムも似たような理由だと思うぜ。とにかく、街から出て行きたかったんだよ」
「まぁ……そうだな。似たようなもんだ。免罪目当てさ」
「二人とも、騙されてますよ! 免罪なんてありえません! 仮に賞金稼ぎの協会から許可が下りても、被害者から取り下げが無いと……」
「俺も最初はそう思ったんだけどよ。”電子操業省”のほうで、そっちの賠償とかは取り持ってくれるって話だったぜ」
「―――えっ?」
ジャグスが言った言葉に、場の空気が一気に緊張を帯びたような気がした。
サイモンも顔色を変え、焦るような声音で訊ねた。
「今、お前なんつった?」
「”電子操業省”だよ。俺らが取引してるのは、ハンターの方じゃない。”クエイ”って言う電子操業省のお偉いさんと、なのさ」
(なんだって……!?)
「さて……そろそろ終わりにするか。ちょっと喋りすぎちゃったし」
「そうしてくれると、助かるかな」
プリミアが後ろに付き、前衛の二人が構える。
ストロング、K・Kも同じく身構えていく。
ラクも武器を構えるが、最初の一撃をガードした為、身体はふらついてしまっていた。
「おい、寝てる場合じゃねーぜ! 新入り! おみぃもオリらも。ここが正念場なんだからよ……!」
「わかってますよ……!」
ラクは、全身で無理矢理、戦闘態勢を整えていく。
サイモンの言う通りである。
間違いなくここが―――”正念場”だった。




