51:”無法”の体現者(13)
荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。
いくつかの戦闘を何とか乗り越え、午後からの本格的な攻撃が始まるとPK系ギルドの領地
「商業地区」への攻撃が行われ始め、そこに賞金稼ぎ側の「ファイブ・スターズ」の三人が投入され、戦闘は激しさを極めていく。
そんな中、「アイドル」のクラスであるプリミアが歌い始めると、広範囲にステータス上昇効果が掛かり、商業地区の戦況は見る見る悪くなっていった。
ラクは一旦、援護を求める為に港区へと赴くが大した結果も得られずに商業地区へと戻り、そこで再度出会った爆弾使いの賞金稼ぎ「ウェンファス姉妹」を倒す―――
(文字数:12757)
商業区では、午後からの戦闘が開始され、そこらかしこで悪人街のプレイヤーと、賞金稼ぎ達が戦闘を始めていた。
ラクは、ウェンファス姉妹との戦闘に勝利した後、一時、付近にあった車の物陰に隠れていた。
「なるほど……こういう風に使うのか」
「もう一回だけやって見せるわ」
「手短に頼む」
ラクはファルから攻撃用の道具を分けてもらい、使い方の説明を受けていた。
殆どの道具は、自分が使ってるものと似た感じなので、説明なしでも使い方はなんとなくわかったが、一つだけわからないものがあったので、それの説明を受けていたのだった。
「ボム・ダーツ」である。
これは販売などもされていない、ファルのオリジナル武器であるので、これだけは使い方がわからなかったのだ。
「こんな構造だったのか……」
ファルがダーツの背面にある楕円形の中央部分を押すと、反対側にある触手の部分が開閉し、まるでタコが獲物を探すかのように動いた。
「まず、背中にあるスイッチを一度押すとスタンバイ・モードに切り替わるわ。その後、何かの障害物に命中してお腹のほうにあるスイッチが押されると、今度は起動モードになる。そしたら約3秒後に爆発するわ」
「二段階で変化するんだな……どっちが上手く動作しないと、爆発までは行かないわけか。意外にしっかりしたセーフティが付いてるんだな」
「なによその言い方? もっと適当に出来てると思ってたの? 女の子が作ったから?」
「い、いやそういう訳じゃないけど……」
不況を買いそうになると、ラクは何とかごまかしていた。
ラクはその説明を受けつつ、次の手を考えてていた。
貰ったものを使って、これからどういう事が出来るのか。
どれぐらい自分の攻撃が通用するのだろうか、と。
(待てよ、そう言えば……)
ラクはひとつ、彼女から”ある事”を聞き出せないか、訊ねてみることにした。
それは、この戦闘に参加しているほかのプレイヤーについて、だ。
「所で……ひとつ聞きたいんだけどさ」
「何よ?」
「この午後の戦闘に参加してる、有名なプレイヤーとかわからないか? 無理なら答えなくてもいいが……できれば、どんな人が参加してるのかを把握しておきたいんだ」
「スパイってわけか?」じゃがいもが薄笑いを浮かべて訊ねる。
「まぁ、そうなるっちゃそうなるけど……」
どれぐらいの有名な賞金稼ぎが参加しているのか、そこを出来れば聞き出しておきたい。
だが、ファルからは意外な答えが返ってきた。
「参加してるのは……私達だけよ」
「―――えっ?」
「うん? どういう事だ? 午後のこの戦闘が、いわば本番みたいなもんだから、向こうの奴らは、総出で来てるんじゃないのか?」
ラクもてっきり、有名な賞金稼ぎ達が、勢揃いして参加して来ているとばかり思っていた。
なにせここは悪人街なのだ。そこを潰せるのなら、こんな大チャンスは他とない。
大物の首を上げる大チャンスであるのだし、日本中の全ての賞金稼ぎ達が集まってきていても変ではない。
「自分もてっきりそうだとばかり……”仕事人連合”とか、”喧嘩職人軍団”とか参加してるのかと」
「それなんだけど……始まる前に、なんか集まりがあってさ。その後に、私達には参加を見合わせるように、みたいな事を言われたわ」
「参加を見合わせる……? ちょっとその話、詳しく聞かせてくれないか?」
「えーとね……」
彼女が言うには、こうだ。
まず、攻撃開始時は完全な自由参加であったのだが、最初の攻撃で駅前の領地を奪い取る事ができた為、そこを拠点として午前中は攻撃を行った。なので午後もそこに集まるようにとの事で午前中の攻撃は終了した、との事だった。
「まぁ、セオリーどおりだねぇ。わかりやすい場所を拠点に他の領地を攻撃する、ってのは」
「それでね……」
ファルが続けて言う。
午前はこちらでも知っている通り、賞金稼ぎ達が悪人街の勢力を押し切る形になり勝利を飾った。そして、午後もこの波に乗って一気に畳み掛けてやろうと、賞金稼ぎ達は意気揚々としていた、とのことだ。
「確かに、午後の始めは仕事人連合の人とか来てたわ。いっぱい有名な人たちがいた。でも……駅前に集まってたら、なんか急に通達が来たのよ」
「通達?」
「解散して欲しい、って」
「解散命令だって?」
「うん。攻撃が始まる前なんだけど……各ギルドのリーダーで話し合ってる時に、そういう通達が来たらしくて。”これからこちら側の人間が対処します”とか言われて、午前中に参加してた人達は、もういいって」
「なんだそれ? 誰が解散なんてさせたんだ……?」
「知らない。スターズの人達じゃないの? 有名ギルドのリーダー達を、全員納得させてるんだから。てっきり……上の人達だけでボーナス横取りしようとしてるのかも、って思ったから、こっちに来たんだけど……」
(どういう事だ……?)
ラクは、何か”きな臭さ”を感じた。
ファルから聞いた限りでは、勝ちを確信した為に上位の人間だけで手柄を独占する為、残りのプレイヤーを排除したという風に聞こえる。
それだけなら別に不思議な事ではない。
賞金首を狙って貪欲な争いが起きた場合、力のあるプレイヤーは持っている権力で外野を捻じ伏せ、排除してしまうというのは現実に起こる事である。
ただ―――今回は、規模が規模である。
失敗が許されない上に、外部からこちら側へと援軍勢力が近付いている。
更に、戦力的に悪人街の人間はハンター側の人間と同じか、それよりわずかに上であると言ってもいい。戦力的には、ネコの手も借りたい状態のはずだ。
こんな状態で、大部分の戦力をいきなり外す、なんてのは妙である。
(こんな時に、そんなに人を減らすなんてやるか……?)
「確かに……午前中となんか違う感じはしたけど、かなり参加者が入れ替わってたんだな」
追加の援軍を増やす事は有り得るだろうが、逆はまずやらないはずだ。
ならば、何故そんな事をやったのだろうか?
じゃがいもがファルに訊ねる。
「って事は……今は誰が参加してるんだ? この戦闘。今の話を聞くと、午前中に来てた奴らが殆ど参加してないって事なんだろう?」
「そうだけど……誰が来てるなんて知らないわ。ただ解散しろって言われただけなんだもの」
「なんか……嫌な予感がするなぁ」
「確かに、不気味だな。賞金稼ぎの奴らじゃないとすると一体誰が……」
ラクが思案を始めようとすると、ファルとルーの姿が目に入った。
二人とも、視線がうつろ気味になっていて、息が上がっている。
接近戦タイプであるファルは、まだそこまでではないが、ルーの方に至っては先程の戦闘で疲れ果てているようで、今にも座り込んでしまいそうな感じだ。
ラクはもうこれ以上、彼女らは戦闘地域にはいない方がいいだろうと思い、彼女らを帰す事にした。
「まぁ、とにかく後はもうこっちの話だ。君らはもうここを離れた方がいい」
ラクが言うと、ファルはまだこちらが信用できないのか、懐疑的な視線を向けて訊ねた。
「……ホントにあたし達を見逃すの? このまま倒すか、悪人街の奴らに突き出せば……」
悪人街の人間が、政府型から賞金首とされて懸賞金がかけられているように、その逆も存在する。
悪人街では名のある賞金稼ぎを倒せば、賞品や賞金が各ギルドから貰えるし、所属ギルドの人間も有能だと認められ、重用されるようになる。
ウェンファス姉妹も、このまま捕縛してPK系ギルドのどこかにでも突き出せば、結構な褒章が貰えるだろう。
しかしラクにとっては、そんなものはどうでもよかった。
「さっきも言っただろ。俺はそんなものに興味は無いよ。君らは、さっさとここを離れてワールドアウトした方がいい。戦闘地帯でそんなボロボロじゃ危ないぞ……って、厄介払いみたいな言い方で悪いけどさ」
「……変なの。あんただって、ボロボロなのは同じじゃない」
「俺は傷薬がまだ残ってるから大丈夫さ。少し時間があればだいぶ回復できる。女の子ってのは、ステータス的に回復しても気力が続かないだろ。よっぽど戦闘慣れしてないとさ」
「何よ、その言い方。それってセクハラじゃないの?」
「いや、んな事言われても……」
世間では差別の撤廃の為、男女平等について就ける職業の~などとうるさいが、ゲーム中での男女格差は間違いなく存在する。
ゲーム中では実際に身体を動かすわけではないといえ、接近戦を主体とするクラスは、戦闘における痛覚や緊張感に耐えなければならない為、精神力が必要であるのだ。
「ファル。行きましょう。私は……もう無理だわ」
「姉さん……」
ルーの方は、じゃがいもにかなり痛手を負わされたのか、先程からぐったりとしており、顔色が青くなっていた。
これ以上は戦闘続行はおろか、一旦ゲームから抜けないとまずそうだ。
ラクとじゃがいもは、思わず声をかける。
「お、おい大丈夫か?」
「送っていってやろうか? 少しなら時間が……」
「出て行くだけだから大丈夫よ。あんたらにそこまで世話にはならないわ」
「そうか? 大丈夫ならいいが……」
ファルはルーに肩を貸しながら、戦闘地域から離れていく。
出て行く際、ファルはラクにひとつ訊ねた。
「ひとつ聞きたいんだけど……あなた、飛び道具をどうやって消したの?」
「えっ? ああ、あれか」
ラクは近くに捨ててあった空き缶をファルへと向かって投げた。
彼女は不意に投げられたそれに戸惑いながらも、キャッチする。
「?、何すんのよ」
「それをこっちに投げつけてみてくれないか」
ラクが言うと、怪訝そうにしながらも彼女は、勢い良く空き缶をラクへと投げつけた。
中身が入ってない缶は、ふわりとしながらも真っ直ぐにラクへと向かっていく。
「よっ……と」
ラクが掌を前へと掲げて、スキルを発動させると、空き缶は空中でかき消されるようにして消失した。
「!、消えた……!?」
「”盗んだ”のさ。盗賊クラスの応用技だ」
「そんなのがあったんだ……」
「驚いただろ? 裏技みたいなのだから、本職の奴しか知らない能力だ。もっとも、俺もまだ教えてもらったばかりで、修行してる最中なんだが……」
ラクが得意げに言うと、納得したのか、それとも正体不明だったものが判明して安堵したのか、ファルは小さく溜息を吐いた。
そして、背を向けて戦闘地帯から抜けていった。
(また会うかもなぁ……)
彼女らが戦闘地域から抜けるのを見届けると、ラクとじゃがいもは再び、戦闘地域のほうへと駆け出していった。
■
「なんとか大体押し返したか……ハンターの奴ら、今度はやけに統制が取れてるな。一体どうしたんだ?」
商業区の外れにて。ここでもPK系ギルドのメンバーが現れた敵を殲滅していた。
現れたハンター側のプレイヤーは、数こそ多かったものの、さほど強くは無かった。
なので、あらかた全滅させて撤退はさせたが、数が多すぎた為に、一部の侵入を許してしまっていた。
「わからん。とにかく、あとは中央の方に行っちまった漏らした奴をどうにかしないと……」
「あっち側は……俺たちじゃ無理だろう。レベルが高すぎる。取り漏らしは本部の奴らに任せておいた方がいい」
「そうだな。ん……?」
侵入してきた敵は、もう大方倒されてしまっているため、後は中央地区の戦闘結果を待つ状態となっていた。
そんな中―――外部から、新たなる敵影が姿を見せ始めた。
「なんだ? あれは……新手か?」
駅側からやってくるプレイヤー達は皆、空からの陽光が反射して僅かに光っていた。
どうやら、鎧を着込んでいる騎士の軍団のようだ。
「騎士団ギルドか。やけにでかいな。先頭のは……」
先頭には、巨大な影が立っており、こちらへと歩いてきていた。
人にしてはいやに巨大なそれは、昔見たモンスターの「オーガ」にどこと無く体格が似ているように見えた。
だが簡単な布切れをまとっている原始人のようなオーガと違い、全身に鈍色の鎧を着込んだ姿であったが。
まるで、西洋風の鋼鉄のロボットとでも言うような風貌である。
「遅れてしまいましたね……兜を取りに戻っただけでしたが、移動するのに予想以上に時間がかかってしまいました」
”面目ない”とでも言いたげに先頭の巨大な騎士が呟くと、その横に居た学生服姿の少年が言った。
「それは僕だって同じさ。まさか回復に午前全部潰すぐらいだとは思わなかったよ。あいつらには……絶対に借りは返してやる」
「あ……あれは……!」
二人の姿を見て、防衛を担当していたプレイヤーは急に慌てた様子になり、言った。
「ふぁっ、ファイブスターズの人間じゃないのか!? 午前中、確か中華街の方で出たとか聞いたが……!」
彼の言う通り、現れたのはファイブ・スターズのメンバー「ギャロット」と「ハヤト」の両名だった。
それぞれ装備と体調を整え直し、戦線へと復帰してきたのである。
「マジかよ……」
今、防衛線を組んでいるプレイヤーは百名近くいるが、それでも彼ら二人を相手にするのは難しい。
相手のほうが遥かに高レベルプレイヤーであることに加え、その中でも指折りの実力を持つ相手だからである。
それに加えて、その配下らしいプレイヤーが大勢いる。
彼らも通常のプレイヤーより、水準が高い者たちばかりに間違いは無いだろう。
「ど、どうすりゃいいんだ!? あんなのはとても相手にできねぇぞ」
うろたえつつも、とにかく相手をしなければ……と武器を構える悪人街の防衛メンバー達だったが、その圧倒的な戦力差を前にして、とても戦意と呼べるほどのものは湧き上がらなかった。
そんな中―――
「おい! あっちからも来るぞ!」
「新手か……!? これ以上は―――」
「いや、違うぞ。あの姿は……!」
防衛のプレイヤー達がうろたえていると、別の方向からも商業地区中央へと向かってくる一団の姿が見えた。
悪人街の人間は、もう一つの勢力の姿にも見覚えがあった。
新しい軍団の先頭に立っている、真っ黒なローブを羽織った者が言う。
「おや、もしや……あちらは敵の増援ですかな? 間に合ったというべきか、間が悪かったというべきか……」
「俺ァ~……ベストタイミングだったと思うぜぇ~……あいつらじゃァ~……止めるンは無理だろォ~……」
「ですかねぇ?」
「面倒事にゃあ、先に遭遇しといた方がいいってもんだぜぇ~……」
現れたのはアズールとシーカーの二人。そしてその配下の者たちだった。
自分の領地に現れた敵を手早く殲滅し、またはさっさと見切りを付けて、商業地区の援軍にやってきたのである。
その姿を見て、ハヤトが言う。
「あいつらは……!」
「悪人街のマスター達……ですね。ここへやってきたという事は、作戦を読まれていたという事ですか」
二つの軍団は、ちょうど商業地区の中央部へと入る交差点地帯にて、向かい合うように整列した。
両陣営が睨み合いを始めると、ハヤトが悪態をつくように言った。
「まぁ、遅かれ早かれ対決はしなきゃいけないしな……先に始末できるだけ、いいってものか」
アズールがハヤトの台詞を聞いて、皮肉めいた調子で返す。
「聞こえていますよ。まるでこっちを簡単に倒せるみたいに言いますね」
「おや、そういう風に聞こえないかい?」
「シーカー。どちらの相手をしますか?」
「あいつはエド・ハヤトかぁ~……なら、サイキッカーだなァ~……で、もう片方があの要塞ギャロット……ならよォ~……俺はあの鎧の奴を狙うぜぇ~……。あのクソガキの方は頼む……」
「了解しましたよ。私としてもそれが希望だったので非常に助かります」
二人は従っていた全軍に指示を出すと、散らばっていき、ギャロットとハヤトが率いていた軍団と思い思いに戦闘を始めた。
邪魔な相手が散らばっていくと、その中央でアズール達とギャロット達が向かい合う。
「先に邪魔者を片付けておきたいと思ったから、丁度良かったよ」
「おやおや。私の言う台詞を取られてしまいましたね。こっちも目障りな有名ハンターを、先に始末しておきたいと思っていた所です」
■
轟音と共に爆発音が鳴り響く。
すると、十人近くのプレイヤー達が巻き込まれたのか、そのままHPがゼロとなり、光の粒のようになって消えていった。
余りにも高威力の攻撃を受けた為に”即死判定”となり、そのまま霧散してしまったのである。
撃破を見届けると、ラクがガードの姿勢を解いて言った。
「流石、本職の作ったものだけはある……威力が違うな。俺の使ってる奴の何倍も強いや」
「ついてこれてるか! 300!」
戦闘地域の真っ只中であるからか、やや語気を荒くしてじゃがいもが言う。
商業区中央エリアにて、ラクとじゃがいもの二人は現れる敵を撃破しつつ、プリミア達の元へと急いでいた。
激戦地のど真ん中である為、相手はかなり強力だったが、ファルから貰った爆弾アイテムを駆使して、今の所は問題なく戦えていた。
これなら、辿り着くだけなら問題は無いだろう。
ただ―――
(プリミアはこれで倒せるだろうか……?)
出くわす有象無象の相手を倒すだけならなんとかなっているが、プリミアを同じような戦法で倒せるかどうかはわからない。
相手はアイドルとはいえ、ファイブ・スターズの人間である。
プレイヤースキルも相当なものであるはずだ。
大人数でいるはずなので、効果こそあるだろうが、単純な爆弾攻撃程度で、一掃は出来ないだろう。
直接、プリミアにまで攻撃が届くのならまだ何とかなるのだが……。
(強力なのは間違いないけど、これじゃ難しいだろうな)
もう少しで、最初にガンテス達と別れた場所にまで着く。
だが、出て行った時と余り状況は変わっていない。
じゃがいも達三人を呼んでこれた事と、武器を少々補充できた程度だ。
(ブースト対策に、吟遊詩人を見つけられれば一番良かったんだけど……もうそんな事は言ってられないか)
懸念材料が多い中、不安を胸にラクは戦っていたが―――そんな中、場に強風が吹き荒れた。
かなり遠くからのようで、その発生源の方向を見ると、一つの人影が見えた。
「ん……? あの姿は……」
数人のハンター側らしいプレイヤーが吹き飛ばされ、空中で切り裂かれてどんどん倒されていく。彼らが向いていた方向には、黒と赤を基調にしたドレスを着込んだ小柄な少女の姿があった。
「ヴェネディアさん……!?」
そこで見たのは、先程公園区の方で見かけた”ヴェネディア”の姿だった。
彼女には吟遊詩人としての能力を発揮してもらい、ブーストの効果を阻止する事を頼んだが、話は聞いてもらえなかった。
そして持ち場に残って、そのまま公園区の方を守る事にする、との事だったが……。
(なんでこんな所に?)
その姿を不思議に思ったラクは、近付いてその理由を聞いてみる事にした。
「あの、すみませんじゃがいもさん! 少し離れます!」
「あっ、おい! どこ行くんだ300!」
■
現在、戦場となっている商業区は中央区ほどではないが、そこそこに高い建物がいくつか点在している。
今回の戦闘で、崩れてしまったものも多いが、残っているものも少なくない。
ヴェネディアは、その中の一つを登っていた。
ラクは、それを追いかけて屋上まで登っていくと、ビルの手すりに身体を預けているヴェネディアを発見した。
「あの……ヴェネさん」
「っ! あんたは……」
ラクが話しかけると、彼女は振り向き、声を漏らした。
そして慌ててラクの横をすり抜けて、ビルを出て行こうとする。
そんな彼女を、ラクは引き止めて言った。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんで……ここにいるんですか? ここは、担当じゃないはずでしょう?」
「それは……その、公園区のほうが先に片付いたから、こっちに行くようにって指示されたのよ」
「指示って、シーカーさんからですか?」
「そ、そうよ……」
たどたどしい受け答えに、ラクは直感で”嘘である”と感じた。
命令を受けたにしては、考えて回答をしているように見えたからだ。
ラクは、少し探りを入れてみる事にした。
「変ですね……さっき、シーカーさんと会いましたけど、その時に”午後からの攻撃はキツくなるから、防衛を固めないといけない”って言う風に話をしてたはずですが……」
「えっ? そ、そんな事を言ってた……?」
「……その台詞が出てくるって事は、指示を受けたんじゃないんですね?」
ラクが断言するように言うと、嘘を見抜かれたからなのか、彼女はやや俯いた風になった。
そして、しばらく考え込んだ風になった後に、言った。
「……そうよ。ここへ来たのは、私個人の判断。誰の命令でも無いわ」
「何でそんな事を?」
「それは……」
ラクは問い詰めるように言うが、やはりヴェネディアは理由を話そうとはしない。
何か理由があるようだが、余程、話したくない内容のようだった。
だが……ここへとやってきたという事は、協力する意志があるという事なのだろう。
(ここへ来たって事は、戦ってくれる……って事かな? いや、戦うだけなら、持ち場に残っていても出来るはずだ。それじゃあ……)
ラクは、ここへとヴェネディアがやってきていた理由が、すぐにはわからなかった。
だが、前にサイモンから聞いていた”アイドルだった”と言う事を思い出し、訊ねてみた。
「もしかして……さっきの件ですか?」
「……っ!」
ラクが訊ねると、ヴェネディアの身体が一瞬、跳ねたように見えた。
どうやら、図星であったようだ。
しかし―――前に協力を要請した時には、彼女は確か”歌えない”と言っていた。
なのに何故、心変わりをしたのだろうか。
どうも、込み入った事情があるように思えた。
「ひとつ、最初にはっきりさせておきたいんですが、ここへ来た理由は……”歌いたいから”ですね? ただ戦闘に協力したいんじゃなく」
そこまでを訊ねると、ヴェネディアは観念したように言った。
「……そうよ。でも、私は……可能なら、誰にも見られない場所でやりたかったわ」
「最初に断ったのは、乗り気じゃなかったからなんですか?」
ラクが訊ねると、ヴェネディアは呟くように理由を話し始めた。
「あなたは……歌ってる人に興味を持った事がある?」
「え、歌ってる人……? 歌い手自体に、って事ですか?」
「そうよ。誰かのファンだったり……歌手じゃなくて、漫画家とか、小説家とか、そういうものでもいいわ。あなたはそんな、何か憧れてるものとか、ある?」
「それは……あると言えばありますけど」
それを聞くと、ヴェネディアは小さく溜息をついた。
そして、顎を僅かに上げてから話し始めた。
「私はね……カッコいいアイドルになりたかったの」
「へ……? カッコいいアイドル?」
「歌う人にも、色んな人がいるでしょ? 可愛い人、かっこいい人、男勝りな人。私はモデルみたいな……かっこいい歌い手になりたかった。それが私の、憧れだったから」
(カッコいい、か……)
意外な告白に、そんな一面があったのかと思いつつ、ヴェネディアの話にラクは続けて耳を傾ける。
「私は……そんな風になりたくて、歌う事を始めた。それが、ファシテイトを使い始めたきっかけだった。でも……何をやってもそんな風に呼ばれる事は無かったわ。言われるのは”かわいい、かわいい、お人形さんみたい”って。私は……そんなのになりたかったんじゃない」
「そりゃあ……どう見てもカッコいい系のアイドルにはならないでしょう。外見的にどう見ても……なんていうかなぁ」
ヴェネディアの外見は、小柄かつ長髪で、顔立ちが幼い感じである。
どう見ても、”プリティー系”の容姿である。普段のゴスロリチックな服装が
良く似合う感じではあるが、これにスタイリッシュなものは到底合わないだろう。
「でも、ハムスターか小さい犬みたいな。そんな目で見られるの……私は、嫌だったわ」
「だから、辞めたんですか?」
「……辞めたわけじゃないわ。もうちょっとその……身長が伸びたら、キャラを作り直して、それまでは……って思ってるのよ」
どうやら、彼女は体格一致型のキャラを作っているようだった。
今回のような、キャラの体格をどうにかしたいという場合、キャラの身長などを設定し直せばいいと思いがちだが、話はそう簡単ではない。
人によっては、仮想世界で使うアバター・キャラと現実世界の肉体とをなるべく同一にしないと、上手く動かせない場合があるのだ。
現実とゲーム中とのキャラに体格差があると、人によっては意識がひどい齟齬を感じて、全く操作できなかったりするのである。
理由を全て知ると、ラクはヴェネディアへと言った。
「なんか……こだわっていますね」
「え?」
「いえ、悪いって言うんじゃないんですよ。俺は……ただのゲーマーです。漫画家とか、小説家とかを、目指してたりするわけじゃないです。だから……余り図々しい事は言えません」
そこまでを言うと、”でも”とラクは言って続ける。
「あえて言わせてもらいます、ヴェネさん。それだけいい武器を持ってるんだから、もっと活用した方がいいんじゃないでしょうか?」
「いい……武器?」
「はい。ヴェネさんは……格闘ゲームとかやった事ありますか?」
「無いけど……あれって男の人がやるものでしょ? 殴りあうゲームだし……」
「そんな事はないですよ……っと、その話は置いておくとして、格闘ゲームってのはですね、キャラの個性が大事なゲームなんです」
「個性?」
「はい。例えば、カンフーとかの拳法をメインの技にしてるとか、武器を使ってるとか、手足が伸びる、腕が4つあるとか、特殊な超エネルギーが扱えるとか、です」
「それがどうしたのよ?」
「そんな”個性”ってのは、簡単には作れないものなんですよ。どれだけ強くキャラ付けをしても、その”キャラ自身しか持ってないもの”ってのは、中々引き出せないし、表現できない。どれだけ個性的にしようとも、キャラが増えてくると技が似通ったりしてしまう。これって―――他の事でも言えると思いませんか?」
いつしかヴェネディアは、気付かないうちに面を上げて、ラクの話を聞いていた。
「確かに……ヴェネさんはカッコいい人になりたいのかもしれなせん。でも、逆にカッコいいって言われてる人の中には、ヴェネさんみたいに可愛いって言われたいって思ってる人もいるかもしれませんよ」
「そう……かしら」
「そういう人から見れば、ヴェネさんは逆に全てを持ってる人です。それをこのまま……フルに使わずに眠らせてしまうってのは、勿体無いんじゃないでしょうか?」
最初はどこか、落ち込んでいた様子のヴェネディアだったが、ラクの話を聞くうちに段々と考え込むような雰囲気へと変わっていった。
「もう一度だけ……どうかお願いします。協力してくれないでしょうか? このまま―――イチかバチかで突っ込むより、歌の補助がある方が、格段に勝率は上がるんです!」
ラクが頼み込むと、ヴェネディアは目を閉じ、僅かに逡巡した。
そして数拍の間が流れた後―――彼女は言った。
「……仕方ないわね」
「やってくれますか!?」
「今回だけよ。それに……結構長く間が空いてたから、うまくやれるかはわからないわ」
「少しだけでも効果があればいいんです。その少しが、この大規模戦闘では大きな影響として、出てきますから」
ヴェネディアから協力の返事を貰うと、ラクはこれからの作戦の事を手短に伝えた。
そして伝え終わると、プリミアとガンテスが戦っている場所へと出て行った。
■
ガンテスは、プリミアと戦闘を行っていたが、思うように攻撃を実行する事が出来ず、防戦一方の状態となっていた。
「くっそ……!」
ガンテスは攻撃が激しいと予想して、防御を重視しながら戦闘を行っていた。
だが、消極的になってしまったせいで、相手に完全にアドバンテージを握られてしまっていた。
一気に攻勢を仕掛けてしまうべきだったか、とガンテスは後悔していたが、それはそれで危険な賭けであった。
防御に回っていても、タイミングによっては一気に壊滅させられそうになっているのである。これで防御を捨てて突撃をかけていたら、かなりの確率で敗北していただろう。
(ここまで厄介な能力だとは思わなかったぜ……)
大規模戦闘において、広範囲のブーストは影響の大きい能力である。
だから、十分に気をつけて戦ってくれ、とラクから話を聞いてはいたものの、侮りすぎていた部分があった。
(どうする……!? 今からでも突っ込むべきか……? いや、戦力がだいぶ減っちまってる今、もう自殺行為だな……)
消耗が激しくなって来ている今、打つ手はもうかなり限られてきていた。
そんな中、ビルの奥から全身鎧を着込んだ、大柄な騎士が出てきた。
「よっしゃぁっ! 後は一気に押し潰すだけだぁっ!!」
(やべぇ……ッ!)
潰すのにいかにも時間がかかりそうなタンク役。
あれを盾にして、今、自陣に突っ込まれたら一溜まりも無い。
嫌な汗がガンテスの額に滲み始めた時、先頭に立っていた一際巨大な騎士のプレイヤーに向かって、”何か”が命中した。
―――カチリ
「あん? なんだこりゃ……? キノコか?」
大柄の騎士の胸元に当たったものは、見た感じにはキノコのような楕円形を半分に切った傘の部分があった。
見えないが数本の触手のようなものが楕円形の部分から伸びており、どうも”突き刺さっている”ようだった。
大きな赤色の円が楕円部の中央にあった為、騎士のプレイヤーはキノコと見間違えていたが、触手の部分が見えていれば、キノコと言うよりはクラゲに見えただろう。
命中したのは「ボム・ダーツ」だった。
「うん……? 刺さったのか? 取れね―――」
言葉はそこで爆音にかき消され、途切れた。
強烈な爆発が起こり、地面が僅かに揺れる。
「うお……ッ!?」
かなり強烈な爆発の為に、一気に周囲のプレイヤーもHPがゼロとなり、吹き飛ばされていった。
当然ながら爆心地にいた騎士姿のプレイヤーは、跡形も無く消え去っていた。
「な、何が起こりやがった……?」
「すみません、遅くなりました! ガンテスさん!」
爆煙が立ち込める中、ガンテスが戸惑っていると、その場へラクが現れた。
手には、今まで見たことが無い銃型のアイテムを持っていた。
「おお、戻ってきやがったか新入り! さっきのはお前か?」
「はい。丁度、いいものを調達できたんで、使わせてもらってます」
「そいつぁありがてぇが……かなり状況は悪ィぜ。正直、もうジリ貧の状態だ。あのクソめんどくせぇ歌をどうにかしねぇと……」
「その問題はもうすぐ解決しますよ」
「何? どういうこった?」
ラクは、態勢を立て直しつつあった敵側からの攻撃に備え、武器アイテム発射用の銃を、ボムダーツ用のものから通常のものに持ち替えた。
そしてもう片手にナイフを持ち、戦闘モードへと移行する。
「とにかく、もう少ししたら”合図”が来ます。その時に一気に突撃しましょう!」
「あ、合図だと……!?」
「覚悟決めてください! 次、決めないと、勝機が無くなります!」
ガンテスは、ラクの言葉の意味を良く飲み込めなかったが、そのまま合図を待つことにした。どうせこのままでは、押し負けるのを待つだけでしかない。
妙案が思いつかない以上、一か八かの作戦に乗ってみるのも悪くない、と思ったのだった。
「チッ……どうせこうなるんなら、さっさと突っ込んでみるべきだったかもしれねぇな」
ガンテスとラクが合流した頃。
プリミアが屋上に陣取っているビルの丁度対面となるビルの屋上に、一人の少女が現れた。
「この服で歌るのって久しぶりね……」
現れたのは、ヴェネディアだった。
彼女は、いつものものと違う服装を身に纏っていた。
ゴスロリチックな赤と黒を基調にした服から、ピンクと白の淡い色をしたパステルカラーをメインとした服装に。
まとめられていなかった金色のロング・ヘアーのも、リボンで結われてツインテールの髪型となっていた。
そして、いつも術を発動する為に携えている杖の代わりに、手にはマイクが握られていた。
彼女は少しの間、躊躇うような素振りを見せていたが、やがて―――決意を固めたのか、大きく息を吸い込んだ。