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48:”無法”の体現者(10)

 荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加する。

 その中で、情報ギルドの元を訊ねる事となった彼は、マスターの「シーカー」から、悪人街に居るそれぞれの領地を治めるプレイヤーの過去を聞く。そして全員の罪状からして、裏切る事はまず有り得ないだろう、との事実を確認し、午後からの戦闘に備えるが、PK系ギルドの領地「商業地区」への攻撃が再開され、そこに賞金稼ぎ側最強クラスのギルドである「ファイブ・スターズ」のナルミが現れた。

 ラクは再び援護の為、商業地区へと向かうが―――

(文字数:13493)

 時間が昼を回りはじめた頃。

 悪人街の至る所で、賞金稼ぎ達による攻撃は再度開始されていた。

 そんな中、ビッグツーリストのベースを離れたラクは、PK系ギルドの領地となっている”商業地区”を目指して動いていた。


(始まったな……)


 土曜日の午後からの攻撃。

 これが、恐らくは最終攻撃になるはずである。

 ファイブ・スターズが恐らくは全員投入されるこれを凌げば、後は外からの援軍としてやってきている日本各地の悪人街の住人達によって、じりじりとこちら側が有利になっていく筈だ。

 ラクはいくつかの領地を経由し、戦況を見ながらやってきていたが、午前中の戦闘と違い見た限りでは、今度はどこも互角以上にやれているようだ。


(今度は……まぁ、戦況的には大丈夫かな)


午前中の戦闘では、ギルドごとのメンバーのみで迎撃を行っていたため、クラスが偏っており、そこを突かれていた為、形勢が悪くなっていたが、今度は満遍なく前衛・後衛、クラス特性や属性で分けられているメンバーが揃っている。

 単純に前のように弱点はつけない、というわけだ。

 後は単純に戦い慣れているかの差で、こちら側にやや戦況が傾いているようだ。

 地力だけで言うなら、悪人街の人間はやはり強かったという事か。

 ただ……少し気になることがあった。


(なんだか、攻撃してきてる奴等が変なような……)


 午前中に攻撃を行って来ていたプレイヤー達と、昼を回り、攻撃を仕掛けて来ている今度の相手は、何か様子が違うように感じた。

 余り会話らしい会話をしている様子が無く、ほぼ無言で攻撃を仕掛けて来て、そして無機質な感じに倒されていくのだ。

 一瞬、BOT(自動操作のCPUプレイヤー)かと思ったが、全く会話を交わしたりしないわけではなく、コミュニケーションを僅かながら取っているようなので、ちゃんと人間が操作しているのは、ひとまず間違いない。

 ただ―――ひどく”機械的”なのである。

 それに元々、ファシテイトの中でBOTはまず使用することが出来ない。

 チートと同じく、使っていても周期的に走っている”修正用プログラム”に瞬く間に使用不能にされてしまうのだ。


(なんなんだ、アレ……?)


 負けるとわかれば、時間を引き延ばさずに自殺行為を行ったり

 どう見ても無謀な突撃攻撃を行っている様は、個性の強い賞金稼ぎ達と言うには、何かが違う。

 まるで―――組織化された”軍隊”みたいだ、とラクは思った。


(これが、本来の賞金稼ぎたちの動きなんだろか。でも、元々ハンターってのは一匹狼みたいなのが多いんじゃなかったっけか……? いくら大規模な戦闘とはいえ、こんな風な作戦を取るものなんだろうか……?)


 ラクはそんな懸念をよそに、商業区へと急いだ。

 中華街に攻撃されたように、またしてもスターズが二人で攻撃を仕掛けて来ているのだ。

 自分ひとり程度で、戦況が変わるだろうとは思っていないが、やれる事はやらなくてはならない。

 ここの街を死守し、ゲダムに会わなくては依頼を完遂できないし、交渉を成功させなくては、北海道エリアへ続いているモンスターからの攻撃を、防ぐ事はできないのだから。


「急がないとな……!」


 結果から言うと―――この懸念は当たっていた。

 この戦闘に、午前中から参加している人間は”一人として”居なかったのだから。

 戦況をよく観察するプレイヤーであるラクが、違和感を感じるのも無理が無い事であった。

 最も……攻撃して来ているものが”何”であったのかを、この時に知る術は無かったのだが。


■


 戦闘が続き、半ば廃墟と化している悪人街を抜け、やがてラクは、攻撃地帯を抜けつつ商業区へと到達した。

 すると―――そこでもやはり、戦闘が行われているのが目に入った。


「何だ……これ」


 ただ、何か様子が違う。

 ここは商業地区の、PK系ギルド「レッドフリーク」が守る場所の中心部である。

 攻撃が再開されたばかりで、この場所へと攻撃の手が届いているはずが無い。

 ラクは到着するなり、近くに居たPKギルドの人間に訊ねた。


「一体、何が起きてるんですか? 誰と戦ってるんです?」


「や、ヤジマさんが裏切ったんだ!」


「ええっ!?」


 突然、ヤジマが反旗を翻したと言われ、ラクは思わず驚愕の声を上げた。


「ど、どういう事なんですか? なんでいきなり……!?」


「わからねぇ……ヤジマさん、戻ってくるなり攻撃をこっちに始めて……少ししたら、ヤジマさんの下にいた奴等も一緒になって、攻撃をやり始めやがったんだ! だから、ひとまず応戦してるんだが……」


「ほ、本陣は大丈夫なんですか?」


「今はガンテス隊長たちが戦ってくれてる。だから何とか大丈夫だ。でも力量が同じぐらいだから、戦闘が長引いちまってる。このままじゃあ……」


(ヤジマさんが裏切り者だったって事か……?)


「お前、同じ掃除屋だろ! 何とかしてくれよ!」


「~~~、わ、わかりました……」


 あの高レベルの戦闘型プレイヤーである二人にラクが割って入るのはまず無理であるが……確かにこの状態では、他の誰かが仲裁に入るのは無理というものだろう。

 持ち場を持っていない自分が止めに入るしかない。

 ラクはそう思い、その場を収めるために商業地区の中央部へと向かった。


■


 商業地区中央部にて、ラクがその場へと辿りつくと、周囲で悪人街のプレイヤー達が入り乱れる光景と共に、その中央でガンテスとヤジマと戦っている光景を目にした。


「クソ……いい加減にしやがれッ!!」


「……渇ッ!!」


 刀での鋭い一閃が走ると、それをガンテスがガードする。

 そしてガンテスの後方にあったビルの壁に大きな亀裂が入った。

 切断攻撃を飛ばすスキル「飛燕断」だ。

 最初にエクスクモと戦っていた時に使っていた技である。


(うわ、ホントに戦ってる……!)


 ヤジマとガンテスは、共に完全な戦闘タイプのプレイヤーだが、どちらも普段は穏健な方であるため(言動などはともかく)、余り喧嘩などをしている姿が想像し辛かったが、本気で攻撃しあっている光景にラクは驚いた。

 先程聞いた話の通りだ。


(という事は……。周囲で戦ってるのが、ヤジマさんの部下ってわけか……)


 正直、この中に加わりたくは無いところであったが、掃除屋としては、ただ見ているわけにも行かない。

 今―――こうしている間にも、外側の方からハンター側の侵攻が進んできているのだ。

 中央部で、こんなゴタゴタが続いているようでは、いつ陣営が崩壊するかもわからない。

 早急に、この戦闘を収める必要があった。


(とはいえ、どうしたら……)


 戦闘に割って入るのは、まずムリである。

 二人ともレベルが相当に高い。そして自分のレベルは26しかない。

 元レベル50台手前であるので、このレベル帯でも時間稼ぎぐらいはやれる自信はあるものの、基本能力で差が付いている部分はどうやっても覆しようが無い。

別の手を探さなければ、この騒ぎは収められないだろう。


(そもそも、なんでいきなり裏切ったんだろう……? ヤジマさんが内通者だったって事か?)


 物陰から周囲を観察しつつ、そんな状況をどうするものか、と考えていた。

 しかし―――ふと、妙なものが目に入った。


「……ん?」


 ”白衣の姿の人間”がいる。

 何故か、戦闘地域の真っ只中に。


(あれは……)


 周囲の人間が戦闘を続けているのとは対照的に、それは悠然と、戦闘地帯を歩いていた。

 騒然とした戦闘などは、全く意にも介さないと言った感じで、ただただ、何かを探しているのか、周囲を見回りながら歩いている。

 周りにいる人間は、それに誰も気づいていないようで、白衣姿のその者へ、攻撃を加える気配は全く無かった。

 ラクはその姿を、シーカーが映した映像に出ていた姿にそっくりであると思った。


(確か、”ナルミ”って人じゃないのか……!?)


 黒い短く編まれている三つ編みの髪、そして四角形の眼鏡をかけた小柄な少女。

 見間違いで無ければ、ファイブ・スターズの一人「ナルミ」である。

 もしかするとこの状態も、彼女が何かの能力を使っているから、起きているのかもしれない。

 しかし―――何故、周りの人間は彼女に気付いていないのだろうか?

 透明化している? いや、モンスター相手にならともかくプレイヤー同士を透明化能力では騙せない筈である。


(……もしや)


 ラクは腰に見につけていたベルト型の装備品を一瞬だけ外して、再度、ナルミが居た辺りを見た。

 すると、居た場所に今度は白衣の姿が見えない。

 いや―――”見えない”と言うと少し違う。

 白く、おぼろげな影のようなものが見えている。

 だが、それが人の姿だとベルト無しの状態ではわからない。


(……なんだろう。透明になっているわけじゃない。ベルト無しでも、姿自体は見えてるんだ)


 その状態で、再度ベルトを装備してみる。

 すると、焦点がはっきりするかの如く、ナルミが背景から浮き上がってきた。


(何かINTか、MND系の能力ってのは間違いない。でも詳細は……ちょっと思い浮かばないな。これは)


 装備を行った瞬間、姿が見えるようになってきた。

 どうやら、相手は魔法か何かで姿を消しているようだ。

 ラクが身に着けているベルトは、INT(知力)、MND(精神力)、そしてSTR(筋力)に能力ボーナスを与えるものなので、これのお陰でステータスが一定量を越えている為、相手のバリアか何かを見破れているようだ。

 ラクは早速、ナルミの元へと急いだ。


■


 ラクが辿り着くと、ナルミはガンテスとヤジマの戦いを見届け、その場を後にしようとしていた所だった。


「……待った!」


「ん……? おや、ボクの姿が見えるのか。そこそこのガードになってたはずなんだけどな」


「生憎と、こっちも魔法攻撃をある程度は使うんでね……それより、あなたが”ナルミ”ですね?」


「そうだよ。ボクがファイブ・スターズの”ナルミ・コヤノ”だ」



 やや顎を上げて、何かを探しているような素振りをしつつ、気まぐれなのか、移り気なだけなのかわからない態度で気だるそうにナルミは答える。

 同時に、名前が表示された。


≪千能薬師 『ナルミ・コヤノ』 -Thousand Class Chemist-『Narumi Koyano≫


「この撹乱(かくらん)やってるのは、あなたですか?」


「答える必要はない……と言いたいけど、半分だけ正解だよ」


「半分……?」


「ボクがやってるのは、周囲のザコを興奮させてるだけさ。リーダーに技掛けてるのはみーりゃんの方」


(みーりゃん? って事は……多分、プリミアって人の方って事か)


 確かプリミアのフルネームに”ミリャ”というフレーズが入っていた。

 だから恐らくあちらの事を言っているのだろう。


「さて、と……それじゃあ、想定外の自体になる前にキミを―――排除させてもらうよっ!」


「ッ!」


 相手は超高レベルのキャラである。

 思わずラクは身構えたが―――攻撃は意外なものだった。


「ハッ!」


 ナルミは、片手に小さなステッキのような物を取り出して握ると、それを何度か振り、伸ばして杖へと変えた。

 彼女の武器は”伸縮式の杖”のようだ。


「たぁーっ!!」


「……?」


 ナルミは伸ばした武器を構えると、そのままラクへと駆け寄って、振り下ろしてきた。

 だが―――その動作は、非常に遅い。

 運動神経の鈍い人間が、いきなり竹刀を手にして、基本すら知らない剣道をやっているような、物凄く”緩慢な攻撃”だ。


「?、よっ、と……」


 レベル差があるとはいえ、そんなものに流石に倒されるラクではなく、ナイフを手に、簡単に攻撃を受け流す。

 するとナルミは慌てた風な声を上げて、すっ転んでしまった。


「わっ、わわっ!!」


(えっ……? ええ~……?)


「あいたた……」


 ナルミはそのまますぐに立ち上がると、大振りで杖をラクへと向かって振り被っていった。

 すぐに軌道がわかるような大振りで、何度も何度も、振った後には背中がこちらへと向くほどに、武器に体重を持って行かれている。

 余りにも、初心者すぎる接近戦だ。

 最初に大剣を格好だけで使っていたセンリと、いい勝負である。


(……)


 ”ふざけているのか?”と思わずラクは訊ねてしまいそうになった。

 相手は、街を攻撃して来ている賞金稼ぎたちのリーダー格である5人。

 有名ギルドであるファイブ・スターズの1人である。

 その戦い方にしては、余りにもお粗末と言うか、周囲の状況と比べて”場違い”すぎている。

 明らかに、手抜きであるとわかるような攻撃だ。

 だが―――ラクは決して油断せず防御に努めた。


(迂闊にはやれないか……)


 今まで、何度も痛い目に合っている事もあったが、本気で戦い合っている相手を、決して甘く見る事はしない。

 それが、彼のゲーマーとしてのポリシーの一つであったからだ。


「くっ……ダメか……やっぱり」


 やがて、杖を振り回しすぎて力尽きたのか、ナルミの動きが止まった。

 姿勢をやや落とし、大きく呼吸をする為、力を抜いた格好になった。

 隙だらけの状態である。


「はぁっ、はぁ……アイツらみたくやるのは、どうも無理だな……やっぱり」


 今―――攻撃を掛ければ間違いなく倒せる。

 そう、確信できる状態だ。

 だが、それでもラクは自分からは仕掛けなかった。

 これが通常の相手ならともかく、有名なプレイヤーであるからして、能力が全く判明していない状態で仕掛けるのは、危険だからだ。

 それが、結果から言えば功を奏した。

 ここで攻撃を仕掛けていたなら、間違いなく倒されていただろう。


「”舐めてるのか”」


 膝に手を当てていたナルミが、顔を上げて言った。


「ん?」


「……とか、”ふざけてるのか”とか言わないんだな。キミは。今までは皆、こういう事をすると怒った風に言ってきたもんだけど……」


「俺は……倒し切るまでは安心しないだけさ」


「ただの臆病者かと思ったが、その防御の形は手抜きじゃないな。どうも、キミは普通の中堅プレイヤーとは違うようだ」


 ナルミは、杖を短く縮めると、持ち方を変えた。

 振り回すものではない、今度は片手で持てる指揮棒のようなサイズへと。


「どことなく……熟達した雰囲気を感じる。そろそろ、ちゃんと戦うとするか」


 その時、背後から吹き飛ばされてきた人間が、ナルミに衝突しようとする。

 すると―――”透明な何か”がそれを受け止めた。

 まるで、透き通ったゴムのような皮膜だ。

 人間を受け止めた膜は、勢い良く伸び返って、受け止めた者を弾き飛ばした。

 まるで、見えないトランポリンか何かに跳ね返されるかのように、飛んできた人間は宙を舞って行った。


「ん……っ!? なんだ……!?」


「バレたみたいだな……さて」


(何だ今の……? 透明な……何だ?)


 突然、ナルミの首元から液体が噴出し始めた。

 そしてそれは身体を伝って地面へと溜まり、水溜りとなる。

 段々とその量は増していき、彼女の足元を満たしていく。


(まさか……もしかして”水”なのか?)


「アル、ウェズ、サー・ライ……」


「な、なんだ……!?」


「展開(オープン)・操水術(ルキルジェ)」


 更に溜まった水分は、広がるのではなく、まるで雪が積もるように、彼女の周囲へと巻き上げられていき、卵の殻のような楕円の形へと変化していった。

 そして―――完全にバリアのように彼女を覆った。


「”水の鎧”……!?」


「”操水術”さ。キミぐらいなら、聞いた事はあるだろう?」


(確か……水を操作する魔法能力……!)


 「操水術」とは、水を自由に操作するの魔法能力の一つである。

 魔導師型の能力で、周辺に存在している水分を、まるでスライムか何かのように操る事ができるようになる魔力だ。

 水属性の魔法使、魔導師が主に使用し、戦闘にも旅などでも重宝される。

 周辺にあるだけの水しか利用できないのが玉に瑕である。

 だが、ナルミはどうも水を作り出す能力を組み合わせて使っているようだ。


「これ、いつもは薄く張ってるんだけど……戦う時は濃くするのさ」


(さっき飛んで行ったのは……そういう事か)


 どうやら、常に彼女は水のバリアーを周囲に張り巡らせており、ある程度の質量のものが衝突すると、それを弾き飛ばせるようになっているようだ。

 接近して攻撃されたときは気付かなかったが、余計な動きをしていたら危なかったかもしれない。


「ネル、サー・ミー、ロウ……」


 ナルミが呪文を呟くと、周囲に水が小さな渦を巻き始めていく。

 やがて小さな触手のように鋭角な形状へと変わったそれは、彼女の掛け声と共に、ラクへと襲い掛かった!


「水蛇撃(デイ・ローゲル)!」


「うわっ!!」


 蛇のように伸びた水の触手を、ラクは間一髪で回避する。

 獲物から逸れた触手は壁へと突き刺さり、貪る様にうねった後に、ナルミの方へと戻っていった。

 突き刺さった後のコンクリの壁には、小さなヒビと共に穴が穿たれていた。


(鋭い……!)


 まるで鋼鉄の槍のような一撃だ。

 魔法防御力をある程度は上げているものの、命中すればタダでは済まないだろう。


「くそっ……火薬玉―――ッ!!」


 ラクはアイテム・キャノンを構えて、拳大の弾丸をナルミへと向かって発射した。

 小型の榴弾アイテムである「火薬玉」だ。

 それはナルミの居る方へと真っ直ぐ飛来して行き、直撃する形で爆発を起こした。


―――ドォォン!!


(当たった!)


 だが―――硝煙が晴れた後から現れた白衣の姿には、染み一つ付いていなかった。

 水の皮膜は今ので大部分が剥ぎ取れたようだが、すぐに修復されていく。


「うっ……嘘ッ!?」


 魔法タイプのプレイヤーであるはずなのに、ほぼ直撃の火薬玉が全く効いていない。

 例え、中華街を攻めてきたあのタンク型プレイヤー「ギャロット」でも、直撃を喰らえば、倒せはしないものの、ある程度のダメージは必死であるはず。

 魔法使い型の職業とは思えないほど防御力がある。


「おや……そんなものかい?」


「そ、そんなアホな……火薬玉が直撃しても全然効かないなんて……」


「それじゃあ……どんどん行くぞぉっ!!」


 ナルミの周囲に水の渦巻きがいくつも発生していき、そこからラクを狙って、いくつもの水の弾丸が発射されていく。

 まるで雨が水平に向けられたかのような攻撃だ。


「矢弾豪雨(ティハル・ゼーゲル)!!」


「イテッ!」


 水の粒はまるでそれ一つ一つが小さな癇癪(かんしゃく)玉のように、命中すると微細に炸裂し、周囲に低音の破砕音と共に破壊を引き起こしていった。

 ラクは、幾つかカスリ傷を負いつつ、慌てて距離を取ってなるべく弾丸を回避する。


(くっそぉ……なんで誰も、こんな目立つ攻撃やられてて気づかないんだ)


 ナルミの攻撃が背後へと消えていくと、戦っている人間の何人かが水滴弾の雨に晒され、HPがゼロになっていくのが見えた。

 広範囲への大量攻撃だが、一つ一つが結構な威力を持っているようだ。

 だが、それでもラクとナルミの対決に気付いている人間は居ない。

 白衣姿の人間が戦っているので、気付きそうなものなのだが……。


(……確かさっき、アイツは言ってたな……)


どうしてか考えた時、ラクは一つの考えに行き着いた。


―――そこそこのガードになってたはずなんだけどな。


(話してた事から、いくつかわかる事がある)


―――ボクがやってるのは、周囲のザコを興奮させてるだけさ。

―――リーダーに技掛けてるのはみーりゃんの方。


(まず、ヤジマさんと他のメンバーに掛かってる技は違うってこと……そして前者はプリミア、後者はナルミが掛けてる。最後に、何かしらのバリアか何かで、目の前のナルミは誰にも気配を悟られないでいる……)


 作戦を考えていると、突然、身体が痺れ始めた。


「うっ……? 身体、が……!?」


 ナルミの攻撃を受けた他の人間も、動きがおかしくなり始めていく。

 どうも、同じように身体が痺れている様だ。


(なんだこれ……!? 麻痺……!?)


 しかし、それらしい攻撃を受けた感じはしなかった。

 麻痺を起こすような特殊能力は……ナルミからの水による魔法攻撃だけだ。

 最初の杖を振り回している時には、妙な素振りは見えなかった。


(毒薬……? もしかして、薬か何かが混ぜられてるのか?)


 ナルミはクラス上は”薬師”、つまり”薬使い”となっていた。

 単純な水操作でなく、そこに何かがプラスされている事は十分に有り得る。


(と、とにかく解毒を……)


 ラクは、持っていた解毒薬を使って、痺れを取りつつ、ナルミをどうにかする為の作戦を練った。

 だが、水の弾丸は次々と発射されており、完全に回避するのは難しい。


(くそ、これじゃいくら回復しても意味が無い)


 このままでは仕方がない。

 何とかナルミを黙らせなければ、一気に崩されてしまうだろう。

 その為には、どうしても自分ひとりでは難しい。

 何とか、他のメンバーの力を借りられれば良いのだが……戦闘中の者ばかりで、それも簡単には行かないだろう。

 せめてナルミがどうやって姿を隠しているのかがわかれば、まだ打つ手があるのだが……。


(そもそも、どうやって姿を消してるんだ……? 透明化はプレイヤー同士だと効果が無いはず……別の能力?)


 一体、どうやって他のプレイヤーから隠れているのか?

 透明になる以外で、完全に隠れられる方法などあっただろうか?

 それに……ヤジマ以外の周辺メンバーを操っている方法があるとしたら、それは何だろうか?


(確か……”興奮させてる”と言ってたな……もしかして薬の作用か何かで、周囲の奴等は混乱させてるのか……? さっき痺れ薬を魔法攻撃の中に混ぜてたみたいにして。隠蔽も似たような方法でやっているんじゃ……?)


 仮に、周辺メンバーに何らかの薬を使っているとすると、それならヤジマの方はどうやって攻撃させているのだろうか?

 薬剤での状態異常で、高レベルのプレイヤー陣を簡単にどうにかできるとは思えない。

 ましてや完全な戦闘型プレイヤーは、状態異常への抵抗力が高いのだから。


(掛けるんなら、アイテムじゃなくて、何かの能力だ……)


 まるで操るかのようにプレイヤーを動かす能力。

 そう考えた時、ラクの脳裏に一つの能力が浮かんだ。


(まさか―――”チャーム”が掛けられているのか?)


 「魅了(チャーム)」とは、相手を”魅了”状態とする能力である。

 魅了の状態となると、人は催眠を掛けられたような状態となり、自分で考えて行動をする事が殆ど出来なくなる。

 そして、最初に命令された事をただひたすら実行するままの傀儡(かいらい)となってしまう。

 要するに”洗脳”された状態となってしまうのである。

 基本的には幻妄属性に特化した「幻術師」などでないと、使用するのが難しい能力だが、吟遊詩人クラスでも使用は可能なはずである。


(って事は……)


 じっくりとナルミの方を再度観察すると、頭の上に僅かだか水飛沫が、上がっているのが見えた。

 傍目からは何の意味も無さそうに見えるが、明らかに飛んでいる方向がおかしい。

 恐らく、周囲へと薬を散布しているのだろう。


(間違いない……! ヤジマさんにはチャーム、周囲のメンバーには何か薬での興奮状態を掛けてるんだ……!)


 では、どうすればいいか?

 ナルミをどうにかしないといけないのには、変わりは無い。

 ただ―――ヤジマが裏切っているのではなく”魅了状態されているだけ”だというのならば、そこに一つ、手が生まれてくる。


(俺だけじゃナルミを止めるのは無理、ヤジマさんにはチャームが掛かってる……そして周りの奴らを止めるには、ナルミを何とかしないと……)


「青群の雨(オーソル・リルゲル)!!」


 ナルミを覆っている水の膜が、一瞬波打ったかと思うと、今度は上空へと水流が吹き上がり、大量の水が上空へと巻き上げられた。

 そして―――


「ぐっ!!」


 風を切る音と共に、空から大粒の雹のような水塊が降り注いでくる。

 一つ一つが凝縮されたものであるからか、非常に固く、命中するとまるで岩が衝突して来ているかのように感じた。

 ラクは命中する面積が最小限になるように横っ飛びにかわしながら、その隙に持っていたアイテム・カノンに弾薬を装填した。

 そして、起き上がりにナルミへ向かって構えた。


「もう一度……喰らえっ! 火薬玉!!」


「!」


 火薬玉の攻撃を再び行おうとすると、ナルミは一瞬、身を固める素振りを見せた。

 効いてはいないように見えたが、全くの無防備で喰らうのはどうもまずいようだ。

 だがラクは武器を―――今度はナルミとは別の方向へ向けた。


「と、見せかけて……唐辛子弾ッ!!」


「なに?」


 ラクが撃った赤色の弾丸は、戦っているガンテスとヤジマの方向へと向かっていった。

 そしてヤジマの目の前で爆発すると、周囲に”赤色の粉塵”を撒き散らした。


「グッ……!?」


「な、なんだこら……!?」


 ラクが撃ち出したのは”唐辛子弾”と呼ばれるものだ。

 もしもの時の為の持っている特殊な弾丸の一つで、周囲に唐辛子の粉を撒くアイテムである。

 基本的に猛獣型モンスターに出くわした時、怯ませるもので、プレイヤーに効果は余り無いものだ。


「か、辛ぇ~……!!」


「ハーッ……!! がっ……!!」


 ガンテスはすぐに粉を振り払った為、大した影響は受けなかったが、半ば洗脳状態だったヤジマは反応が遅れた為、思い切り粉を吸い込んでしまい、顔を真っ赤にして激しく身悶えした。

 激辛の唐辛子粉を吸い込んだため、強烈な刺激を喰らっているようだ。


(頼む、効いてくれ……ッ!!)


 洗脳や催眠を解く方法はいくつか存在する。

 一つは掛けられたものに対応する解除の能力を掛ける事。

 二つ目は掛けられた人間が自力で破る事。

 最後は……強烈な刺激を与え、無理矢理正気に戻す事である。

 ラクは、ヤジマへの魅了を”強制解除”できる可能性に賭け、唐辛子弾を使ったのだった。


「ハッ……う、うぐぐぐぐ……」


 苦悶の声と共にヤジマが膝を着くと、ガンテスの動きも止まった。

 今までと様子が変わった為、攻撃の手が止まったようだ。

 やがてヤジマの声が一旦止まると―――


「……何奴ッ!」


 ヤジマが納められた刀の柄に手をかけると、転瞬、ナルミの方向へと三日月状の波動が飛んだ。

 居合いの如き、ヤジマの「飛燕断」である。


「う……ッ!」


 ヤジマの一撃がナルミへと届くと、それは彼女を守る水の皮膜を斬り破り、彼女へとダメージを与えた。

 その瞬間、ナルミから周囲に振りまかれていた薬剤の散布が止まった。


「あれ、な、なんで俺たち、攻撃してるんだ……?」


「まっ、まずい……!!」


 周辺のメンバー達は、薬剤の散布が収まると、程なくして正気に戻り、ヤジマはその場で両手を地面に付いた。


「う、むぅ……某は、一体……」


「元に戻った……のか? 一体何が起きやがった?」


 事態が今一つの見込めないガンテスの近くに、ラクが近寄って説明する。


「ヤジマさん、”チャーム”ってスキルを使われてたんですよ。相手を洗脳して、ある程度の命令を実行させる能力です」


「そんなもん使える奴が居るのか?」


「恐らく……プリミアって言うスターズの人が使ったんじゃないでしょうか? 操る、まではいかなくとも、確か吟遊詩人は相手の状態異常を引き起こす能力に長けていましたから、魅了も恐らく持ってるんじゃないかと。かなりレベルが必要そうですけど……」


「ヤジマの野郎は、じゃあまだ……」


「いえ。さっきの唐辛子弾で正気に戻ったはずです」


「さっきの、もしかしてお前かよ? 乱入しやがったのか?」


「すっ、すみません……他に手を思いつかなかったもので」


 ガンテスが絡むように言っていると、ヤジマは顔を上げて呻きながら言った。


「こ、ここは……どこである? 某は一体、どうなっていたのだ……?」


「お前、最後に何をやってたのか憶えてねぇのか?」


 ガンテスが訊ねると、ヤジマは頭を振りながら言う。


「プリミア殿に会えた事までは憶えておるが……そこで歌を聞かせて貰った後の記憶が無いである」


 その様子を見て、”もしや……”と言った感じでラクは言った。


「確か、魅了に掛かる時はよっぽど技に深く掛からないとダメな筈ですよ。もしかして……”聞かせてあげる”とか、誘われたのにノコノコ乗って行ったりしてないですよね?」


「うッ……い、いや、それは……」


「お前なぁ……」


 余りにもとぼけるのが下手なヤジマに、二人して呆れていると

 観念したようにヤジマは言った。


「すまぬ……停戦を持ちかけられ、それの証として、一曲歌ってくれると言われたのである……」


「引っかかるか? それにフツーよぉ」


 ガンテスの突っ込みに”言葉も返せない”と言った風に、ヤジマは苦々しい顔をしていた。

 無理も無い。完全にヤジマ側の落ち度があるのだから。

 だが、今はそんな追求をやっている場合ではない。

 ラクは慌てて二人へと言う。


「そ、それはともかく、スターズの人が一人居るんです! 自分だけじゃあ無理なんで、ヤジマさんかガンテスさんに相手を……」


 こんなことをやっている場合ではない、と慌てて二人へと今の状況を説明する。

 攻撃をかけてきているナルミを倒すのは、自分だけでは到底無理なので、相手を頼もうと二人に話しかけた時―――上方から声が掛けられてきた。


「あれれ~? もう味方になってくれないんだぁ」


「!」


 声がした方向を見上げると、瓦礫のとなったビルの屋上に、ドレス姿の少女の姿が立っているのが目に入った。

 サイモンに見せてもらったサイトに出ていたものと同じ格好をしている。

 アイドルグループのリーダーにして、ファイブスターズの一人である「プリミア」だ。


「プリミア……さんですか? もしかして?」


「そうですよー? あなた、あたしのファンかな?」


 少し離れているが、通る声のため問題なく声が聞こえてくる。

 銀髪ロングで、雪のような白い肌に、垂れ気味の目元、少々太めの眉をしている。

 そして、小顔のかわいらしい顔に合わせるかのように、ピンク色の華やかなドレスに身を包んでいた。

 悪人街のような薄暗く、悪質な場所には似合っていない格好だ。


「そういうわけではないですけど……」


 ラクが呟くと同時に、名前が表示された。


≪ センター・アイドル『プリミア・ルルラル・ミリャスティック』 -Center Idol-『Primia Lulural Miljastic』≫


「プ、プリミア殿……!」


 ヤジマが言うと、プリミアは少々悪びれた感じを漂わせつつ、言った。


「あ、ごめんね~。ヤジマさん。騙したみたいになっちゃって。でも、これも真剣勝負だからさぁ~」


 ヤジマは何かを言おうとしたようだったが、それを飲み込み、ただただ耐えていた。

 それが恥ずかしさなのか、それとも自分への不甲斐なさなのか、ラクにはわからなかったが、悔恨の念だけはすぐにわかった。


「それじゃあ悪いけど……このまま―――みんな、一斉に行っちゃってーっ!」


 彼女が指示を出すと、周辺に次々とハンター側のプレイヤーらしき人間が、瓦礫の山の間から現れ始めた。

 思わぬ伏兵に、ヤジマが眉を歪ませる。


「防衛ラインが突破されたのであるか!?」


「いや……そうじゃない」


「ぬ?」


「盗賊ギルド側が攻撃された時と同じです。一気に少数だけメンバーを率いて、中央を制圧しようとしてる。これを防げば、こっちの勝ちです!」


「それじゃっ、いっくよーぅっ!!」


 プリミアは突然、マイクを持ち、歌を歌い始めた。

 透き通るような、綺麗な歌声が響いていく。

 そして彼女が歌い出すと同時に、現れた賞金稼ぎ達が鬨の声を上げ、一気に士気が高まった。

 防衛に向かったレッドフリークのメンバー達が、相手側にじりじりと押され始めていく。


「なんだ? いきなり歌を……?」


「味方全体に能力上昇(ブースト)を掛けてるんです! 吟遊詩人は歌を聞かせた相手のステータスを底上げする能力を持ってるから……」


 吟遊詩人の主な能力は歌を歌う事や、何かしらの楽器で曲を奏でること、また交渉能力が上がる事などである。

 そして戦闘での役割は主に前者の特技から発生する「歌唱によるステータス上昇」が主な役目となる。

 大人数での対戦の時には、かなり重要な立ち位置となるクラスである。


(まずい……! このままだと……!!)


 悪人街の人間や、賞金稼ぎの人間は基本的に単独か少数での戦闘しかやらない為、この事については余り知らないようだが、大規模戦闘での全体ステータスの底上げほど恐ろしいものは無い。

 個々の能力が上がってしまうのだから、見かけよりも何倍もパワーが押し上げられてしまうのだ。

 なんとかしなければ……と思っていたとき、匂坂がその場に現れた。


「おや、遅れちまったみたいだにゃあ」


「ボス! 戻ってきてくれましたか!」


 先程から姿が見えなかったが、どうもまた別の場所へと移動していたようだ。

 今まで姿が見えなかったが、別の場所で戦闘を行っていたらしい。

 相変わらず、ふにゃふにゃした口調であるが……その表情は最初に見たものと違って険しいものとなっていた。


「俺様がくりゃあ安心……と言いたい所だけど」


 気まぐれに何処かへ出ていたのか、それはわからないが

 戻ってきたのは、単純に同じような気まぐれではなく―――”強者の匂い”を嗅ぎ付けたからのようだった。


「どうも、そういう訳には行かないみたいだにゃあ」


 匂坂が顎を上げると、そこにはウェスタン・ハット被り、皮のコートを着た姿の男が立っていた。


「……っ!!」


 そんなカウボーイ風の姿とは打って変わって、背には身の丈を越えるほどの長い刀を背負っている。

 その姿は―――ファイブ・スターズのリーダー「エクスクモ」だった。


「え、エクスクモ……!!」


「スパイダーの野郎か……!」


「ここまで”とっておき”にゃ感じで出てくるって事は、本気でココを潰しに来たって事かぃ? スパイダー」


「答える必要はないな」


(まっ、まずい……!)


 場の緊張が一気に高まっていく。

 ラクは急いで、シーカーから渡されていたアドレスへ、緊急を知らせるメールを打った。

 大規模な戦闘になるとは思っていたが、どうやらここがこのまま―――決戦の場となるようだった。

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