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39:”無法”の体現者

 ラクォーツこと”ラク”は”ゲダム”と呼ばれるプレイヤーと交渉を行なう為

 ファシテイトの中にある”悪人街”と呼ばれる場所へやってきた。

 そして紆余曲折の末、ラクは悪人街にある”掃除屋”なる組織に加入させられてしまう。

 レベル的には、まだ初心者を脱した程度のラクは、そこで戦闘力の高いプレイヤーと

 混合で戦う事となり四苦八苦させられるが、対人戦を重ね、段々と力を磨いていく。

 だが、肝心の”殺戮者ゲダム”は見つからず、足踏みを繰り返していた。

 そして現実時間にて1週間、ゲーム内時間にして3週間ほどが経とうとした頃―――

(文字数:16466)


 現在時刻は朝の【06:30】ほどだ。

 丁度、学校へと行く前の朝方だが、ラクはファシテイトへと入り、掃除屋として自主的に街を見て回っていた。

 そして悪人街の端にて、低レベルの賞金稼ぎらしい相手と出会い、出くわした先で先制攻撃を喰らったのだが、逆にその相手を、あっという間に”のして”しまっていた。


「ふぅ……ま、10レベル台なら楽勝だな」


 ラクはここへと来て―――丁度、明日で1週間ほどとなる。

 彼はゲーム内にて、ログインの時間を長めに取り、戦闘力を上げていこうと、主に掃除屋の仕事をしつつ、プレイの時間を伸ばして取っていた。

 その甲斐あり現在、ラクのレベルは更に1上がり、26になっていた。

 これもPKの賜物……である。

 他プレイヤーを殺害すると、アイテムと共にそこそこの経験値が貰える。

 それは良識を省みなければ、良い実入りとなるのだ。


「レベルは上がってるけど……な~んかなぁ」


 ラクは掃除屋として、主に中級レベルの相手を倒しつつ働いていた。

 最初は他のメンバーに攻撃を任せつつ、先制攻撃や支援だけを行なっていたが、今ではそこそこの対プレイヤー戦闘スキルを身につけており、レベルが同じか少々上程度ならば、単独で戦えるようになっていた。

 今日もラクは悪人街を駆け回りつつ、現れる賞金稼ぎを倒したりしていた。


『メールが届きました』


「ん、メール? また何か仕事かな?」


 一仕事を終えて、帰りにどこかのショップにでも寄ろうかと思っていたその時、メールが届いた。

 そこには、更なる依頼が書かれていた。


「なになに……張り込んでる奴を片付けて欲しい?」


==============================================

 ■排除依頼【盗賊ギルド「錆猫組」】


 俺は「バーンズ」。盗賊ギルド「錆猫組」の一員だ。

 掃除屋に依頼したい事がある。今ちょっと、”外”にある用事があって出てるんだが、どうも作ったセーブポイントが嗅ぎ付けられちまったみたいで、ログインすると外に何人も武装した奴らが待ち構えてやがる。

 このままじゃ、街に帰れない。外にいる奴らをなんとか排除してくれねぇか? 頼む。

 相手の数は、わかる限りじゃ大体3~5人ぐらいだ。レベルはそんなに高くないと思う。


 街の外の依頼だから、報酬ははずむぜ。

 何せ俺は今、”裏装備品”の流しをやってる最中だからな。

 リーダーの方に確認を取ったら、武器のいくつかを……流石にメインの商品は出せねぇが、報酬として今、持ってる奴をいくつか出してもOKだとさ。

 今、持ってるものを列挙しておくから、これで受けてくれるなら返信してくれ。


 ≪錆猫組§盗賊『バーンズ・スロウ』 -Rogue-『Barne's Slow』≫

==============================================


「現在の参加者は……あの二人か」


 ラクはメーリング・リストを見て、この依頼に参加する人間を見ていたが、二人ほどの名前が挙がっていた。

 あのヴェネディアというゴスロリな少女とパーティを組んでいた「滝沢」と「じゃがいも」の二人だ。

 戦う所をまだ見た事は無いが、彼ら二人もなかなかに強いらしい。


(後衛か支援を募集中……って所か。行ってみるかな)


 ついでに、ラクは報酬になっている装備品の一覧を見てみる。

 そこそこに良いものも混じってはいるが、大半は本命ではないだろうモノである為、微妙なものばかりだ。


「杖に剣に……扇? そんなものも運んでるのか」


 そして、どれも自分には装備適性が合わない感じのものばかりだ。

 軽めの装備ばかりで、恐らくは魔法能力のブースト(強化)用の装備なのだろう。

 たぶん、黒魔術師ギルドにでも頼まれたのかもしれない。

 自分がメインにしているナイフ装備があれば良いと思っていたが……。

 そんな中、ラクは一つだけ、気になる感じのものを見つけた。


「ん? これは……」


 ■☆機械亀の手斧

 ■☆機械亀の小盾

 ■☆機械亀の大甲羅


「”機械亀の甲羅”セットじゃないか。こんなレアセットもあるのか」


 この装備は、一つのある素材アイテムから作られている装備品である。

 それが”機械亀”という機械型モンスターの甲羅だ。

 非常に滑らかかつ、硬い金属の甲羅を削りだして作られており、元は大盾アイテムなのだが、中心部分だけを取り外していく事により手斧、大斧、小盾、といくつかのバリエーションへと変えていく事が出来る汎用性の高いものなのだ。

 とはいえ基本的に、これは壁役向けの装備であり、ラクには余り関係が無い。

 だが―――


(ガンテス隊長辺りには似合いそうだなぁ……)


 あの豪快な戦い方をしているガンテスには、非常にピタリと来る。

 彼は盾も使っている事があったので、尚更似合う感じだった。

 だからこれを持っていって、代わりに何かと交換してもらえば、結構な装備に化けて、一石二鳥な感じになるのではないか、と思った。


(もしダメでも、精錬術師に頼めば別装備に加工もできそうだし、行ってみるか……!)


 こうしてラクは、この依頼を受ける事にしたのだった。



 ラクはヴェネディアの手下2人と合流して、横浜を出て行った。

 そして、外ではなるべく目立たないようにしつつ、依頼の場所まで移動していった。


「しかし……こうやって外へ出るんだな」


 街中で呟くように言うと、”じゃがいも”が話しかけてきた。


「そりゃあねぇ。流石に実名で外に出るわけにゃ行かんでしょ」


 ラクは現在、ネームマスクを付けて悪人街の外へと出ていた。

 名前を変更するチートにより、自キャラを別名にしているのだ。

 これは現在、彼が悪人街のキャラである為だ。

 なぜなら、ラク達掃除屋の人間は、全員に少なからず懸賞金が掛かっている。

 いや、もしかすると悪人街の人間というのは誰しもが僅かだが、賞金だとか、倒すと何かしらのポイントを貰える、だとかの対象になっているのではないかと思う。

 だから外へと出る場合は、本名を決して使わず、別名を使用するのである。

 その上で、ゲームプレイヤーである事を見破られないように一般プレイヤーの服装となるのが一般的なことであるらしかった。


「俺はよィ、別に普段着のままでいいと思ってるんじゃがなぁ」


「アンタの普段着は目立ちすぎるでしょうが」


 じゃがいも、滝沢は両人ともビジネスマン風な格好をしていた。

 それに、ラクだけが何故か学生服の姿で付いていっている、という組み合わせだった。

 じゃがいもは、やや長めの黒髪の知的な男性という感じでメガネを掛けている。

 滝沢も同じような感じだが、彼は騎士クラスであるからか恰幅がよく、真っ黒なサングラスを掛けていた為、どこかのアクション俳優を思わせるような感じになっていた。


(大人二人と、子供一人……って感じが微妙にリアルで嫌だな)


 ラクは、そんな二人と共に”依頼”にて受けた場所の付近までやってきた時、ふと、足を止めて言った。


「……居た! あれだ!」


 その声に反応して、三人は物陰に隠れた。

 そして、外から建物の外にいるプレイヤーたちを窺う。

 見た所では、確かに5人ほどが集まっているように見えた。


「なんだよィ、雑魚ばっかじゃねぇか」


「レベルは……20、24、29……と……41に、42!」


 じゃがいもが同じように、物陰から人数と、レベルを確認すると、最後の方の声がやや上ずった。

 レベルが高めのキャラが混じっていたからのようだ。

 ラクは、心配そうに言った。


「40台が二人も居るのか……」


 ラクもどんなクラスのプレイヤーが居るのか、と顔を出した瞬間。

 思わず、叫びそうになってしまった。

 そして慌てて口を押さえ、彼は物陰に倒れるように座り込んだ。

 その様子を見たじゃがいもが、怪訝そうに声を掛ける。


「んん? どしたんだ300よ?」


「うぇっ、うぇ……うぇっ……!」


「なんだ? そんな40レベの相手が怖いのか?」


 じゃがいもは、ラクに掛けられた金額を縮めた値で呼んでいる。

 彼は理系の人間であるらしく、数字や記号の言い方で誰かを呼ぶ。

 そんな風に話しかけられたラクは、”衝撃的な光景”を見た後であった為、慌てて呼吸を整えていた。


「ん~……あの40の二人……どっかで見た事があるよーな……」


 滝沢が言うと、ラクがやや張り上げた声でそれに応えた。


「”ウェンファス姉妹”だ! あれは!!」


「何ィ? あれがか……?」


「あのXXダブルエックス二人が? 話には聞いてたけど、見るのは始めてだ」


 野郎三人が、彼女らの姿を確認する。

 見た先には、確かに姉妹らしき少女のプレイヤーが二人見える。

 片方はクセ毛まじりの赤毛を揺らせる長髪の少女。

 肩当てと簡単な胸当てぐらいしかしていない軽装の少女だが、強力な爆弾攻撃をしてくる”爆弾魔”の「ファル・ウェンダーズ」。

 もう一人の桃色のミドルヘアで、大きな杖を持っている魔法系クラス。

 全身をローブで覆っていて、頭の部分だけしか見えない格好だが、彼女は魔法攻撃は使わず

 火薬を生成する生産魔法特化の”火薬錬金術師”。「ブラン・ルーファス」である。

 彼女ら二人は、大規模な攻撃を行なう事で定評(?)があり、危険な賞金稼ぎとして名前が挙げられる筆頭候補である。


「あんなのが居るんじゃ……そりゃ簡単には外に出れないよなぁ……」


「どうするBL? 正面から突っ込むか?」


「俺ィはごり押しでも問題ねぇと思う。それで行くか」


「いや、ダメだそれじゃ。確実にやられる」


 ラクはそう言い切り、その作戦には反対した。

 単純な能力だけで言えば、勝算は十分ある……ように思える。

 ラクはレベル26程度だが、じゃがいもは44、滝沢は45あった。

 ステータスだけで見れば、十分な値だ。


「どうしてだ? 300」


 だがラクは負ける、と見抜いていた。

 なぜなら、ウェンファス姉妹が「科術攻撃」をメインにしているからだった。

 もっといえば「爆弾攻撃」を、だ。


「両方とも、多分俺らなら2、3分で沈められるぜィ? 問題は……」


「無理だ。周りに居る奴らの構成見てみろよ。多分できないぞ、それは」


「なんだって……?」


 再度、”依頼者”が隠れている建物の周囲にたむろしているプレイヤーたちを見る。

 ウェンファス姉妹を除いた三人は、皆、見た感じでは鎧を着込んでいるだけの、普通の剣士のようにしか見えなかった。

 着込んでいる装備の厚さで、前衛の剣士型、タンク役の騎士型、そして後衛だろう魔法タイプ型が居る。

 至って普通のパーティの組み合わせのように見えた。


「何がまずいんだ? オーソドックスな構成にしか見えないけども……」


「着てる鎧がまずいんだよ。あれ全部”火山蜥蜴の鎧”だ。厚さに違いはあるけど間違いない。一度、作ろうとしたからあの柄は憶えてる」


「なんだそれはよィ?」


「炎と爆風に強い耐性を持つ鎧だ。防御力自体はそこまででもないんだが、来てれば物凄く爆弾攻撃とか、炎魔法とかに強くなる。あれ着てるって事は、多分あの姉妹中心にパーティを組んでる。迂闊に仕掛けると危ないぞ」


「つまり、あいつ等には爆風が余り効かないから、支援に回られると厄介って事かい」


 じゃがいもがラクの言葉で、その危険性に気付き、腕組みをした。

 どうやら彼にもここで無計画に仕掛ける事の危険さが理解できたようだ。

 だが滝沢はその意図がよくわからないらしく、首を傾げる。

 どうやら理解が追いついていないと見て、じゃがいもはラクが言った事の意味を説明し始めた。


「BL、君は……今言った事がどういう意味か、多分わかってないだろ?」


「……正直言うとな。説明頼む」


 それを聞くと、溜息をついてからじゃがいもが説明を始めた。


「えーとねぇ、BL。君はまず、ウェンファス姉妹の事は知ってるよね?」


 ちなみに、じゃがいもが言う”BL”というのは滝沢のことであり、これは彼が”黒騎士”つまりブラック・ナイトであるから、それを英字にした時の頭から来ている。


「ああ。爆弾使いのヤバイ二人組みの姉と妹だろ? それはわかる。あと、周囲の奴らが爆風に強い装備ってのも、聞いててわかるが……」


「そこまでわかるなら、どういう危なさがあるかもわかるっしょ?」


「いや、わからん。どう言う事なんだ? あの装備は誤爆防止に付けてるだけなんだろ?」


「違うって、あれを付けてて”爆弾攻撃が効きにくい”って事は、つまり”無差別攻撃を思いっきりできる”って事なんだよ」


 じゃがいもが言うと、ラクが付け加えるように説明を始める。


「そう、その通り。具体的に言えば”あっちが周囲を無差別に攻撃してても、こっち側だけに被害が及ぶ”って事がまずいんだ。周囲が爆破されまくっててもお構いなしなんだから。そうなると広範囲攻撃を連発されたらおしまいだ。まず、手が付けられない。」


「それはヤバイな……でもよィ? そんならなんであの建物ごと吹っ飛ばす、とかやらないんだ? それが一番早い手じゃないと思うんだが」


「賞金首が居るのが確定じゃないから、だろうさ。アウトした場所はわかってても、インしてるかまではわかってないはずだし、あそこに居れば、もしくは居るって確実にわかるんなら攻撃できるだろうけど、居ないのに憶測だけで建物をぶっ壊したら、責任は全部あいつ等に行くはずだから」


「なるほど……」


「……待てよ。これは使えるかもしれないな」


「?、どういう事だ?」


「要するにさ、あいつ等があそこから居なくなればいいって事なんだよ。だからさ……」


 ラクはじゃがいもと滝沢を近くに寄せ、”とある話”を耳打ちしていった。

 普通に戦って排除しようとすると、正直言って今の戦力では難しいだろう。

 だが―――ラクはある”策”を思いついたのだった。



 2、3階ほどのビルの周りには、賞金稼ぎと思わしき、武装した人間が何人かうろついている。

 一般人が居る中で、ファンタジーにでも出てきそうな格好の人間が複数固まっているのだから非常に目立つが、ファシテイトではそこまで珍しい光景ではない。


「で、そろそろ動きそうなの? もう待ちくたびれた~」


 けだるそうな声を上げ、ファルが言う。

 彼女はビルの壁に寄りかかり、いかにも面倒そうな風でいた。

 どうやらかなりの間、ここで張り込んでいるらしい。


「まぁまぁ……もうちょっとで出てくるはずですから」


 剣士風の男が言う。前髪を刈り上げており、デコが広い感じだ。

 そして顎ヒゲを僅かに蓄えている。

 ”やや中年っぽい若者”という格好だろうか。


「ほんとに出てくるの? かれこれ3時間ぐらい待ってるから、いい加減パズルで時間潰すのも限界なんだけど」


「間違いなく出てきます。それは確実です。こっちの掴んだ情報では、あの運び屋の野郎には時間が無い筈ですから」


「何でなの?」


「商品を卸す期限が迫ってるからなんですよ。武器扱ってる商人にモノを渡すタイムリミットが、それです」


「それが”掴んだ情報”ってわけね……確かなの?」


「はい。これは信頼できるルートからなんで問題ありません。それより問題なのは、掃除屋とかの連中です」


「悪人街に居るって警備隊の事? 戦闘タイプのプレイヤーの集団って聞いてるけど」


「そうです。警備隊、ってのはちょっと違いますが、あそこを縄張りにして我が物顔で治安の維持者を気取ってる奴らですよ」


「でも、それがどうしたっての? それがいるのって悪人街だけでしょ?」


「いえ。メールが何個が飛んでいくのが見えますから、多分あれで救援を要請してるんじゃないかと」


「あー……あれねぇ」


 二人が見ていると、手紙が送信されていっているのが見えた。


「あれで恐らく、救援の連絡を取り合っているんですよ。また……何度か送信され始めましたが、もしかするとそろそろ襲撃が掛かるかもしれませんよ」


「来るなら来いってもんだわ。今はみんな特化装備だから、LV50でも60でも来いって感じよ」


「まぁ、今なら万全の対策取ってますからね。楽勝でしょう」


 そんな風に話をしていた。

 それを見ているラク達数人は、既にそれぞれの定位置についていた。


「さて……そろそろか」


『こっちの準備は出来たよ』


「頼んだ」


 通話用のウィンドウが開き、じゃがいもが言った。

 続けて、すぐに別ウィンドウから滝沢が言う。


『こっちこそ頼むぜ。メインはお前の方なんだからよィ』


 それだけを伝えるとラクは目をしばし瞑り、呼吸を整えた。

 これからやる事は、少しだけ勇気と、僅かに演技力の必要なことである。

 そして少々危険であるが―――正面から戦うよりは幾分かマシだ。


「ふー……さて、行くか!」


 そう言うと、ラクはビルの上から顔を出した。


「また会ったな!!」


「えっ……!?」


 ラクの声に、下に居た5人の賞金稼ぎ達が一斉に上を向く。

 顔を出すと、全員が驚くような声を漏らした。


「な、なんだあいつは……?」


「きやがったか、掃除屋が」


「……アイツ……!!」


 その中でも一際、表情が変わったのはファルだ。

 眉間にしわを寄せて、彼女は怒りを顕わにして言った。


「全員、あいつを狙って! あいつは300万の賞金首よ!」


「何? あれがか!?」


 彼女が言うと、他の賞金稼ぎ達も目の色を変えてラクの方を見る。

 そして丁度、そうやって注目が集まった所で、窓から一人のヒゲもじゃの男が顔を出した。

 大柄で、不精そうな感じの格好をしている”いかにも悪人街の住民”という感じの戦士だ。

 彼は、ビルの屋上から顔を出しているラクを見て、喜びの声を放った。


「おお、来てくれたか!! 早くここから逃げさせてくれ!!」


「慌てるな。まずは……あいつ等を全員、この掃除してからだッ!!」


 その掛け声と共にビルの周辺に、煙幕が撒き散らされていく。

 そして、巨大な叫び声が周囲に響き渡った。

 更にビル周辺にあったゴミ箱が爆発し、街灯が倒れる。


「攻撃だっ! 全員、戦闘態勢!!」


 全員が武器を抜き、身構えていく。

 そこを見計らって、ラクは笑いながら言った。


「さて、今度も……お前らに楽勝して、名を上げてやるとするか!」


 ラクが自信満々に言った、その言葉が引き金となった。

 ファルがその挑発に応えるように、叫んだ。


「また楽勝、なんて思ってんじゃないわよ!! こっちはあんたのおかげで、評判がガタ落ちなんだから!」


「ハッ! そりゃあ落ちもするだろう。レベルが20程度の奴に40過ぎで負けてちゃ、ゲーマーとしての腕前そのものが疑われるってもんだ。それで恥の一つも感じてなきゃ、人間としての常識自体を疑うぜ」


「黙りなさいッ!!」


 懐から爆弾を放ち、ファルはビルの屋上へと放った。

 そして数拍置いて、爆発が起こり、周囲に巨大な振動を響かせた。


「うわっ!!」


「もう一発!」


 ファルは懐から持っていた拳大の鈍色の塊を取り出し、もう一つ、銃のようなものを打ち出してそれに装填そうてんした。

 ウェンファス姉妹の使う特殊武器である”ボムダーツ”だ。

 それを発射しようとした時、ファルの仲間の一人が声を上げた。


「ば、馬鹿ッ! まだ打……」


「死になぁっ!!」


 ファルが攻撃を打ち出すと、前のように酔っているわけではない今度の攻撃は、的確にラクの方へと向かっていった。

 ラクは避ける風でもなく、攻撃を待ち構え―――


(当たった!)


「おっと―――」


「えっ!?」


 命中するかと思われたその時、ラクは手を前へと出してボムダーツを”消した”。

 キャッチしたわけではない。まるで魔法が掛かったかのように、瞬間的に消えてしまったのだ。

 この技は、ラクが伝授された”ある技”だった。


「『スティール・ガード発動』って所だな」


 ラクは、盗賊のスキルの一つをサイモンから伝授させてもらっていた。

 盗賊クラスをなんとか自分の能力構成に組み込もうと悩んでいた所、サイモンに”アクア・サーバ・セイバー”のお礼だとか言って、この技を教えられたのだ。

 流石に、まだ彼ほどの事は出来ないが……。


(しかし……こりゃあ、確かに便利だ。ちょっと面倒だけど)


 ボムが消えると、慌ててラクはアイテム袋から何かを取り出した。

 丸く、片側に4本の接続肢が伸びているそれは”ボムダーツ”だった。

 ラクのアイテム袋から、”盗んだ”ファルのアイテムが出てきたのだ。


「よっ、と……」


―――カチリ


 そしてラクは傍にあった適当なコンクリートへと、爆弾を埋め込み、それを建物の中央部へと放り投げた。

 転瞬、大爆発が巻き起こった。


―――ドッッガァァァァン!!


「きゃあっ!!」


 地響きが周囲に鳴り響き、小さな地震のようになってから、それが収まった時―――ラクの姿はどこにも無かった。

 慌ててファル達がビルの中へと入っていき、賞金首やターゲットとなっている運び屋のバーンズを探す。

 だが、ビルの隅々を探し回っても、その姿を発見させることは出来なかった。


「なっ、なんで居ないの!?」


「はっ、ハメられたんだ! 戦闘フラグが出てきてない!」


「えっ!?」


 そう言われ、ファルがステータス画面を確認する。

 すると、確かに街中で戦いを始めて現れるはずの”戦闘状態”となっていないのがわかった。


「どっ、どういう事……?」


「あいつ……! 爆弾を避けて、誤爆を誘導したんだよ!」


「……っ!」


「早くずらかるぞ! このままだとガードとか、警備のギルドの奴らがここにやってくる! そうなったら俺達は問答無用で逮捕だ!」


「……~~~!」


 最初から、これが狙いだったのだった。

 ファルはようやく、最初から戦う事が目的ではなかった事に気付き、歯噛みした。


(憶えてなさい……! ラクォーツ……!)



 ファル達との戦闘前―――

 ラクが話したのは最初から戦わず、勝利する為の作戦だった。


「戦わずに誤爆をさせる?」


「ああ。いいか、今の状況を整理すると……あいつらはさ、あの場所に”多分、賞金首が居るだろう”って事で、ここへやってきてるんだ。その事を逆手に取ればいい」


「逆手に取る……?」


「今の状況ってのは”ただあの場所を包囲してる”だけってわけじゃないか。つまり、”インしてるかどうかまではわからない”んだ。そこで攻撃を加えた時、肝心のターゲットが居なかったらどうなる? ただの攻撃じゃなくて、建物全体をぶっ壊すような、取り返しの付かない攻撃をした時にさ」


「そりゃあ……ガードが来て……捕まる……」


 そこまで言うと、滝沢がはっとした顔になった。


「捕まるな。こういう場合は、確かパーティごと対象になるはずだ」


「そう。そうすれば、戦う事さえせずにあいつ等を排除できる。実に頭のいい方法だろ?」


「確かに、面白い作戦だけど……うまく行くかな? そういう大規模攻撃は、どうしても慎重にやるものだから、いきなり建物を誤爆させるってのは、ちょっと無理があるような……」


「それは問題ないさ。何せ、あそこに居るのがあの姉妹なんだから」


「?、どういう事?」


「いや……実を言うとさ、前にあいつ等を倒した事があるんだけど、その時に使ったのが、ちょっと姑息というか、卑怯な手だったというか……」


「ああ~……なるほど。つまり君自身が囮になって挑発すれば、自ずと向こうから攻撃してくる。それと、この状況を組み合わせての作戦、って事なんだな」


「まぁ、そういう事。だから、成功確率は半々って所だ。それでも乗ってくれるか?」


 じゃがいもと滝沢は目を見合わせて、言った。


「いいだろう、乗った!」


 滝沢は他に作戦などは考えていなかったのか、軽快に答えた。

 じゃがいもも同じように肯定の返事を返すが、”ただ……”と続けて言った。


「乗るには乗るけど、失敗した場合、こっちは独断で行動を取らせてもらうよ。つまりは……普通に正面から突っ込んで、ダメそうなら各々で逃げる……って、いつものスタイルになるって事だけどさ」


「それでいい。俺もダメそうならすぐに放棄する」


「認識が合ってるならいいや。それじゃあ……メールするか」


「?、誰にメールするんだよ?」滝沢が怪訝そうに訊ねた。


「”バーンズ”の奴さ」


「依頼してた奴か? なんでまた」


「これはあっちにも協力してもらわなけりゃ、成功しないんだ。陽動には俺達だけの演技じゃあ、リアルさに乏しい感じになる」


「なるほど……」


「俺は爆弾をなんとか誤爆させるから、二人は適当に何かをやって、周期の緊張を高めて欲しい。無論、戦闘フラグが立たないように」


「了解したぜ」


 こうして、計画は実行されたのだった。



 数時間ほど経って。

 瓦礫の山となったビルの周囲から、先程、ラクの呼びかけに応えていたヒゲもじゃの男が現れた。


「……もう大丈夫、か?」


「やっと来たか。1時間も様子見とか、長くないか?」


「うおッ!?」


 バーンズが周囲を窺っていると、物陰からラク、じゃがいも、滝沢の三人が現れた。


「び、びっくりしたぜ。てっきり賞金稼ぎの奴らかと……」


「野次馬もまだ来ていない。しばらくはこの周囲には来ないだろう。さ、今のうちに逃げるぞ」


『メールが届きました』


「ん?」


 ラクが崩れたビルの中から逃げ出そうとすると、メールが来た事を知らせるシステムメッセージが鳴った。

 それも、三つほどがハモってだ。

 ラクとじゃがいも、滝沢の三人が同時にメールを受け取っていた。


「なんだァ? 同時にメールが……?」


「後で見ようぜ。今は何より、すぐに逃げないとさぁ」


「そ、そうだぜ。こんな場所に居たらすぐに追っ手が……」


「わかった。でも……ちょっと離れたら、すぐに見よう。なんだか……胸騒ぎがする」


「えっ?」


「変じゃないか。一気に全員に来るなんてさ」


「お、おい! 無駄話もいい加減にしてくれよ! こちとら、結構な財産抱えてんだぞ!」


 バーンズが焦りを声に出し、ラク達に逃げるように言う。

 それにうんざりするようにじゃがいもは応える。


「わかってるっての! 黙ってくれよ。XYが騒ぐほど見苦しいものはないんだから」


「え、XY?」


「”男”って事だよ」


 そう言うと、三人と一人は瓦礫が多く残るビルを足早に抜け出していった。



 そして、数十分ほど経っただろうか。

 横浜に近づいてきた頃、そろそろいい加減安全だろう、という事で、ラク達は路地裏に隠れつつ、解散する事にした。


「さて……任務成功だな。ここら辺まで来れば、アンタ、後は一人でもいいだろ?」


「ああ。この辺からなら、いくらなんでも問題ねぇよ。ガキの使いじゃあるまいしな。しかし……ついでだしよぉ、悪人街まで送ってくれよ。な?」


「わかってるよ。でも……まず、メール見てからだ」


「向こうについてからでもいいだろ? 何焦ってんだ」


「……」


 ラクは”悪い予感”を感じていた。

 こうやって、掃除屋全員にメールが送られてくるのは、大抵が”召集のメール”だ。

 何かしらの、大掛かりな戦闘を控えてのメール。

 だから、恐らくはまたキツイ戦闘へと狩り出されることになる。

 それをある程度、わかっているからこその焦りだった。


「……ッ、なっ!?」


「?、どうした?」


 ラクがメールを開こうと電想パネルを作り出し、メールボックスのアイコンを操作しようとした途端。

 一足先にメールを見たじゃがいもが、唖然とする姿が見えた。

 ラクは慌てて訊ねると、じゃがいもは僅かに震えの混じった声で言った。


「”緊急”だ……!」


「何!?」


 その言葉に触発されるように、残りの二人も即座にメールボックスを開き、中身を見た。

 そして、件名も確認せずにメールを開いた。

 文面は―――


「総攻撃……!?」


「げっ……え、ええっ!?」


 じゃがいもと滝沢が戦く声を上げる中、ラクは思わず、驚愕の声を漏らしてしまった。

 前者の理由はそこに、風雲急を告げる文面が綴られていたからだ。

 だが後者の―――ラクが、”別の意味の驚きの声”を上げたのは、その書き出しが余りにも予想外のものであったからだった。


==============================================

 掃除屋のプレイヤー全員に告ぐ。私は”ゲダム”。

 自分で言うのもなんだが、横浜悪人街の掃除屋を―――

 いや、悪人街の者全てを束ねる”フィクサー”とでも言うべき者だ。

==============================================


(ゲダム……!!)


「な、なんだこの文面?」


「誰だゲダムってのはァ……? そんな奴、ウチに居たかァ?」


「えっ……”ウチ”?」


 滝沢が”ウチ”と言ったのに反応して、ラクはそのメールのアドレスを見た。

 すると―――そのメールは、紛れも無く”掃除屋”のメーリングリストを使用して流れてきていた。

 このメールのリストは、特別なリンクで繋がっており、掃除屋のギルドに所属していない人間には、何人たりとも送信・受信は行うことが出来ない。

 つまり、これを送信して来れるという事は、一つの事実を指していた。


(まさか……! 掃除屋の中に居たのか!? ゲダムは!?)


 ラクはそのまま、メールの続きを読んでいく。


==============================================

 このメールはハックされたものでも、騙りのメールでもない。

 正式に送信されたメールである。とはいえ、それを証明している時間は無い。

 君たちには取り急ぎ、一つの事を伝える。

 それは『賞金稼ぎたちの総攻撃が始まっている』という事だ。

 これが本当の事かを確かめるか、君達に任せる。

 だが―――信じるのならば、急ぐ事だ。

 このメールを送信したのは、ファシテイト標準時刻にして13:15だが、既に街の大部分に賞金稼ぎ達が入り込んできている。

==============================================


「馬鹿な。ガンテス隊長とか、色んな人たちがいるだろう? そんな事……うッ!」


そこまでを呟いた滝沢は、次の文面を見て、再び息を呑んだ。


==============================================

 この依頼を受けるのならば、気をつけることだ。

 奴等を率いているのは、”スパイダー”だ。

 もっと言えば、”ファイブ・スターズ”全員が参加している。

 この意味が理解できるか?

==============================================


「ふっ!! ファイブ・スターズ全員ッ!? 嘘だろうッ!?」


「馬鹿な……」


「確か今はベネ様がインしてる時間じゃねかったか……?」


==============================================

 いくらこの街の実力者達であろうとも、流石にあのレベルのプレイヤー達にかかっては分が悪い。

 恐らく、このままでは街は落とされてしまうだろう。無論、”我々の側として”だ。

 この局面を打開するには、一人でも手が多く欲しい。

 報酬は弾もう。乗り気ならば、今すぐに横浜の街へと乗り込みたまえ!

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「ベネ様が危ねィ!」


「行くぜッ!! BLッ!」


 じゃがいもと滝沢は、ほぼ同時にメールを読み終えると、そのまま、ラクの事をお構いなしに悪人街へと向かっていった。

 ラクは―――動けなかった。

 怖かったのではない。”次に続いていた文面”に驚いて、だ。


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 これより以降の文面は、君のみに送っている。

 ”リランデ・ルバー・ラ・クォーツ”こと”ラク”くん。

 この街の新人にして―――”偽チーター”の君に、ね。

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(みっ、見破られてる……!?)


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 私は全て、この街に来た人間を見て把握している。無論、君もだ。

 そして君が、何かしらの密命を帯びてきている”偽者の悪党”というのも既にわかっている。

 君が、都内に住む学生である事も、どういった経緯で元居たギルドを追われて―――

 そして恐らくは、”あいつ”に頼まれてここへとやってきたのだろうという事も、私は知っている。

 だが―――それを承知で、君に頼みたい。

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「えっ?」


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 ”スパイダー”を、撃破してもらいたいのだ。

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「げ、撃破……!? どっ、どういう事だよ……!?」


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 最初に言ってしまうが―――まず、街の者はどれだけ集まろうとも、スパイダーには勝てないだろう。

 私は街の掃除屋たち、PKプレイヤーが集まるギルドの戦闘力には一目置いているが、それでも、”奴”が本気になった時の力には、まず歯が立つまい。

 奴の力は、信じられないほど絶大なものだからだ。

 その一撃はビルをたやすく真っ二つにし、街すらも一瞬で壊滅させる。

 彼の戦闘能力の力は上級巨人族をも超えているとさえ言われるほどだ。

 いくらレベルが高くとも、彼にかなうほどの力を持つプレイヤーは、この街には居ないだろう。


 だが……私は、君になら―――恐らくは彼を倒せる。

 もしくは、追い払えると思っているのだ。

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(な、何を言ってるんだ……!?)


 そんな事、できるわけが無い。

 前にラクは一度、レベルがほぼ倍のサイモンを何とか倒した事があるが

 あれはいくつかのハンデと、サイモン自身の油断から呼び込めた勝利である。

 もし、双方共に万全の状態からぶつかり合う事になったなら、どう見ても負けるのは自分の方だ。

 ウェンファス姉妹の件も同じだ。あれは単純に相手の隙を突けた事と、持っていたアーティファクトの力に過ぎない。ただの紙一重の勝利だ。

 ラクはその事を十分にわかっていた。

 あれはただの―――言ってしまえば「まぐれ」の勝利でしかないのだと。

 だが、メールの主はそんな戦いを非常に高く評価しているらしかった。

 次の文面から、それが伝わってきた。


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 私は、君が地下鉄の議場で戦っていたところも見ていたよ。

 すばらしい戦いぶりだった。

 あのようなレベル差を跳ね返す、”気迫ある戦い”を行えるのは、

 この悪人街にも片手で数えられるかどうかほどしか居ないだろう。

 私が、君にこんな提案を持ちかけるのは、まさにそれが理由でもある。


 この総攻撃を阻止する為には、どうしても『ファイブ・スターズ』をどうにかする必要がある。

 だが……その為には、どうしてもリーダーである「スパイダー」を倒すか、街から追い出さなければならないだろう。

 そして―――正面からでは、スパイダーに対峙してもまず勝てない。

 強力なプレイヤーには、単純なパワーによるゴリ押しや、小手先のテクニックはまず通用しないからだ。

 チートなどはもってのほかだ。第一、彼らはチートコードが流れるのを阻害する”防御コード”を攻撃前に流してくるから、まずチートは使えないものと思ってもらっていい。

 そんなものに通用するのは、何か?


 私がそれを考えた時、思いついたのは君のあの”突破力”しかなかったのだ。

 精神論のようになってしまうが、結局は「どんな強い相手にも、決して折れず、最後まで戦う」

 その強い意志こそが、恐らくはスパイダーを倒す鍵になる。

 そんな確信があったからこそ、こうして君にこのメールを送っている。


 どうか、受けてはもらえないだろうか。

 無論―――”無条件で”とは言わない。

 依頼である以上、これはビジネスだ。

 困難な依頼である以上、君には特別な報酬を用意しようと思う。

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「……んっ!?」


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 もし、スパイダーを撃破……いや、撃破できずとも追い払えたのならば―――

 私は”君の前に姿を現そう”。

 そして”君の依頼に私の可能な範囲で、出来得る限り応えよう”と思う。

 こんな所で十分だろうか? 君にとっては。

 それではな。心より期待している。

                                     以上

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(……こりゃまた、とんでもない依頼が舞い込んできたもんだ……)


 ラクは電想パネルを作り出し、その中でニュースをふと、見てみた。

 賞金稼ぎ達が悪人街へと攻め込んでいっているというのなら、間違いなく”一般の人間も多数参加しているはず”と考えたからだ。

 一見すると賞金稼ぎたちと悪人街の人間とが戦いあっているのは自然なようで、普段から攻め入ったり入られたりを繰り返してそうな感じを抱くが、そんな事は無い。

 第一、明確に敵対しているのは治安維持を担う騎士団ギルドだとか、普通の街のガード・クランなどだ。

 賞金稼ぎも、悪人街の悪クラス・プレイヤーも、ラクから言えばその本質にたいした差はない。

 自分のやりたい事を、他のプレイヤーをターゲットにして行うだけの、実に都合のよいプレイヤー達なのである。

 だからこそ―――賞金稼ぎというのは、団結しない。

 結果的に自分だけが得をしたいから、なかなかチームを組まず、一匹狼で居るわけだ。

 だからこそ彼らは単独や少数での戦闘力が高く、多数で群れている場合の方が相手をしやすい事が多い。

 その辺りは、悪人街の人間も同じである。


「……あった!」


■東京地方のプレイヤーへの広域通達について【電子操業省】


 ラクはストリームにて、数十分ほど前に配信されていたニュースを見ながら、その通達を読んだ。

 中身は色々と御託を並べてはいるものの、非常にわかりやすいもので、ファシテイト内の治安維持組織複数から、悪人街がある横浜の”電子仮想世界健全化計画”なるものが持ち上がり、その整備を都の方で認可する事となった、との事だ。


「……」


 この計画が持ち上がって、都主導で一時的にプレイヤー達から攻撃されたり等の”妨害”を阻止する事となり、その参加者を募集する名目で賞金稼ぎ達も参戦している、というのである。

 一言も槍玉には挙がっていないが―――無論、その実態はプレイヤー達を排除する為の大規模戦闘なのは明らかだ。


「これじゃあ、不利にもなるはずだ。一体何人参加してるのやら……」


 こんな風に大々的に参加者を募られては、流石に悪人街の曲者たちも苦戦するに決まっている。

 ゲダムが自分のような人間に、恐らくはダメ元で依頼をしてくるのも、なんとなくわかる気がした。


(しかし、さて……どうするか)


 ラクは、この状態を前に考えた。

 この依頼はとてつもなく難度が高いものだが、言い換えれば、難しすぎる為に悪人街での自分の依頼自体を放棄する口実ともなり得る。

 つまり、ここで悪人街から逃げ出す事もできるわけだ。

 これは全く不自然な事ではない。

 むしろ自分の実力からすれば、逃げる方が当然の選択とも言える。


「……行くしかないか」


 だが、ラクは逃げる事は選択せず、悪人街へと足を向けた。

 そして、駆け出し始めていった。

 別に戦う事が好きだから、とか、報酬に魅力を感じた、だとかそういうわけではない。

 ただ、悪人街がメチャクチャになってしまったら、なんとなく嫌だと思ったのだ。

 この場所は、危険でどうしようもないが、楽しい。

 掃除屋となって、戦っていって、その魅力がわかった気がする。

 それに―――


(掃除屋の誰か、って言うなら……)


 ゲダムの正体を知るには、もうこの機会をおいて他にはない。

 横浜が悪人街でなくなったなら、恐らくは永久に会う事はできないだろう。

 ”誰なのか?”というのを知りたい、というゲーマーとしての情熱も駆け出していく大きな理由であり、”本能”だった。


「お、おいおい待て! マジで行く気なのか?」


「えっ? な、なんだよ?」


 駆け出していくラクを、バーンズが止めた。

 彼はもはや、戦場と化しているだろう横浜へと行く気は無いようだったが、駆け出していくラクを見て、何か言う事があったようだ。


「戦う気か? 俺も今ニュースを見たが……とても無理だぜ? ホントにファイブ・スターズ全員が参加してるらしい。サメが集まってる場所に、ベーコンを巻いて飛び込んでいくようなもんだぞぉ? とても正気の沙汰じゃねぇ」


「そんな事はわかってる。だが……俺は行かなきゃならないんだ。確かめる事があってな」


「ならよ、先に報酬を支払っとくぜ」


「え?」


「このままだと、悪人街がぶっ壊されて報酬が支払えなくなるかもしれないからな」


 バーンズはそう言って、その場に道具を並べ始めた。


「お前さん、戦いにいくんだろ? まずは用意をしていけや。時間はねぇのがわかるが、焦っててもまず勝てないぜ。準備が万全じゃねぇとよ」


「……そうだな」


 ラクは戦いに望む前に、準備をする事にした。

 そしてバーンズが並べた道具を吟味し始めた。


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