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38:除名と召集(3)

 ラクォーツこと”ラク”は”ゲダム”と呼ばれるプレイヤーと交渉を行なう為

 ファシテイトの中にある”悪人街”と呼ばれる場所へやってきた。

 そして紆余曲折の末、ラクは悪人街にある”掃除屋”なる組織に加入させられてしまう。

 そこでの初仕事の掃討作戦を何とか終え、ラクは仕事終わりという事で”飲み会”へと誘われる。

 ラクはゲーム内での飲酒にやや抵抗を感じていたが、情報を手に入れる為

 意を決して”飲み屋”へと向かう事にした―――

(文字数:16579)

 夕暮れを過ぎた悪人街。その片隅にて、ラクは高いビルの合間を進んでいた。

 夜の色は急速にその濃さを増していき、ラクの周囲には一足早く夜がやってきたように思えた。

 元々、高いビルの間は昼間も薄暗いからか夜になるのも早いようだ。

 周囲にネオンの灯りや電飾看板などが光り始めていき、ラクは時間帯が完全に変わった事を確認する。


「夜、か……」


 現在、ラクはジャグスから貰った地図の描かれた紙片を元に横浜の奥深く、大きな移民街が丁度、現実にて存在する辺りへと足を踏み入れていた。

 細かく地図を見ながら進み、ジャグスや、恐らくはサイモン達も行っているだろう店へと段々と近づいていた。

 だが―――ひとつ。気になる事があった。


(”スラム街”って……)


 ジャグスは、恐らくは地図データを断片的にコピーしたものを紙に写しただけであったようで、店の位置と大まかな建物の位置ぐらいしか書き込んでいない為、念のため、どういう場所かとラクは別に地図のデータを呼び出して照合してみたのだ。

 そして貰った地図の、目的地の店がある辺りを見ると、そこには―――

 ”第18スラム街”と書かれていた。


「メチャクチャ治安が悪そうだ……しかし、まさか本当にあったんだなぁ」


 思わず、ラクはぼやいた。

 スラム街は、ファシテイトには確かに存在する。

 ただ、現実にあるスラム街とは少々勝手が異なる。

 現実のものは別名を「貧民街」とも呼ばれており、実際には貧困層が勝手に居住区を作って、そこに住み着いてしまうと言うのが主に「スラム」と呼ばれるものだ。

 ゲーム中のものは、それとは違い、単純に悪人街の中にある”居住区”を指す言葉である。

 元々、悪人街を訪れるキャラクターはまともなものが少ないのだが、そこに住む、もしくは定住を余儀なくされるというのは、更に輪をかけて悪質なプレイヤーであるので、当然ながら、そんな”居住区スラム”には悪質なプレイヤーが居を構えている事が多い。

 ”治安が悪い”なんてのは言うまでも無く、ここを一人で歩くのは、それだけでも力のあるプレイヤーであると証明できるようなレベルだ。

 さぞかし、元々普通に横浜在住となっている住人からすれば、迷惑極まりない事だろう。


「えーっと……もうちょっと先か」


 ラクは今はたった一人であるが、不思議ともう恐怖だとか怯懦きょうだだとか、そういう感覚は無かった。

 余りに命懸けの体験ばかりで、とうとう感覚が麻痺してしまったのかもしれない。

 本当ならば、もっと慎重に行くべきであり、悪人街の夜のスラム街などを出歩くべきなのではないのだが、余り警戒感を持ってはいなかった。


(レベルが25になったからかな? この感覚は)


 ラクのレベルは、現在「25」となっている。

 これは初心者を一歩抜け出し、ゲーマーとして駆け出しとなった程度のレベルに当たる。

 例えるなら”個々は大したことなくとも、束になると厄介なぐらい”の強さだ。

 ラクは元々、レベルが中の上程度のプレイヤーであった為、不意を突かれたりしなければ、既に能力的にはかなり上の人間とも充分互角に渡り合えるレベルであった。

 だからどこか、安心感のようなものが生まれていたのである。

 仮に今、30~40のアバターに攻撃を受けても、即死したり、逃げ切れずにそのまま”詰む”と言う事は無いのだから。

 無論、それ以上のレベルのキャラが襲ってくれば話は別だが、そう言う事は滅多にない。


「ここか」


 やがて、周囲から完全に日の光が消えて、漆黒の世界が広がった時間。

 ラクはネオンが眩しいメインストリートを抜けて、スラム街の路地裏にある小さなビルの手前へと辿り着いていた。

 目の前には、ビルの地下へと続く階段が続いており、地下の奥の方には僅かに明かりが見える。

 そして、入り込む階段の上部には店の名前らしい看板が掲げてあった。

 その余りにも無骨な名前を、ラクは見た瞬間、思わず読み上げてしまった。


「……”私の店”」


 ジャグスは”飲みに行く”と言っていたので、恐らくはバーなのだろうが、名前だけを見ると、どういう店か全くわからない。

 デザインからスナックだとか、喫茶店だとか、恐らくはそういうものに該当する所なのだろうというのだけは、かろうじてわかるのだが……。


(は、入っていいのか? ここ……)


 ラクはこういう店には、リアルでは勿論、ゲーム内でも全く入った事が無い。

 ゲームを進める上では余り入らなくても問題が無い場所であるし、入った所で、実際のゲームにおける「冒険者の酒場」のような、仲間が見つかるだとか情報屋が居て、金でめぼしい情報を買う事が出来るだとか、そう言う事もまずないからだ。

 リアルとゲームは、なるべく切り離されるように設計がなされているので、こういう”バー”へと来るのは、もっぱらゲームプレイヤーではない大人ばかりなのである。普通は。


(……)


 とはいえ、もうここまでやって来た以上、引き返すのも面倒である。

 ラクは覚悟を決め、体感型ゲームを始めて恐らくは最初になるだろう”バー”へと足を踏み入れていった。



 ゲームでの「酒場」というものの役目は、大抵は二つか三つ程度の役割に集約される。

 情報を集める場所、様々な依頼を受けたり投げたりする場所、そして仲間を探す場所。

 大抵は、このどれかだ。

 酒場というものは詰まる所、アルコールがメインの食事処であるだけの場所である筈だが会話などが円滑になりやすいイメージを持つ事から、ゲームにおいては、公共機関のような役割をいつの間にか持たされてしまったらしく、何らかの”窓口”もしくはイベントの舞台として利用される事が多いようだ。


「し、失礼しま~す……」


 蚊の鳴くような声を僅かばかり出しながら、ラクはドアを開いて中へと入った。

 木製の無骨な扉を開くと、暗い雰囲気から一転して、中には明るいクリーム色の光がほのかに輝く光景が広がっていた。


(意外に普通だな……)


 目の前に、カウンターが一つある。恐らくは会計用のものだろう。

 店内は、どこもかしこも薄暗い。

 外も同じぐらい暗いはずだが、テーブルやカウンターなどの座る場所と、後は店内の足元にのみ灯りがあるようで、”満遍なく配置されているが、それぞれが弱い”為、視覚的にかなり暗く感じるつくりになっているのだ。

 店のレイアウトは、見える限りでは”居酒屋店”というのものに一番近い感じがした。

 ラクは、意外と普通なつくりであるのに、少し拍子抜けをしてしまった。

 スラム街の路地裏にあるのだから、てっきりドクロだとか金属バットだとかが店内の至る所に満遍なく置かれていて、灯りも壊滅的に少なかったり、蝋燭がメインだったりで、おどろおどろしいものではないかと思っていた。

 血生臭さがあったり、生暖かい空気が常時満たされていて、どこぞのヘヴィメタバンドの開催されるライブハウスみたいなものを想像していたが、まるっきり違うようだ。

 そもそもライブハウスなどに、ラクは言った事が無いので全くの想像ではあったのだが。


「いらっしゃい。お一人で?」


 ラクが店内に入り、どうしようか迷っていると、カウンター越しに声が投げかけられた。

 声の方向へとラクが向くと、そこには分厚いヒゲを蓄えた男性の姿があった。

 だが、それはひどく整えられており、不精な感じは全くしなかった。

 黒いチョッキのような、カフェエプロンをしていることから、恐らくはバーのマスターなのだろう。


「あ、いえ……えーと、ここで飲む約束をしてまして……」


「ふむ。お名前はどちら様で?」


「そ、”掃除屋”……です? たぶん」


 ラクはたどたどしい感じで、自分が誰に誘われてきたのかを話した。

 新入りである為、余りギルドの情報を把握できていないので、こう答えるのが精一杯だ。

 これで、いいのだろうか? とラクは不安げにマスターを見る。

 マスターの方は、全く動じる様子も無く、眉一つ動かさずに応えた。


「それならば一番奥の8番席にいらっしゃいますよ」


「あ、ありがとうございます……」


 カクテルを調合するのだろう、シェイカーを振り始めたマスターを尻目に、ラクは店内の奥へと歩を進めていった。

 意外にも店の中はかなり広く、いくつも枝分かれした通路を、曲がっては進んでいく事になった。

 途中には、小さな部屋がいくつも存在しており、深く腰掛けて飲むのだろう場所があった。

 移動している途中には、背の高いバーテーブルが置かれていたりして、その周囲には5、6人ほどが座れるように椅子が配置されていたりする。

 どうやら、じっくりと飲むのにも軽く一杯、などの形式にも対応しているらしい。

 思っているよりも、大きな店であるのかもしれない。


(まだ奥なのか?)


 往来用の移動路の上には、地下鉄の通路のように、番号と矢印が張られていた。

 始めて来た場所であるため、ラクは店内の構造を知っているわけもなく、それを頼りに進んでいく。

 やがて、ラクは背の高いものにぶつかってしまった。


「うぅっ!?」


 ラクは激しく尻餅をついてしまったが―――次の瞬間、そのまま首根っこを掴まれて、持ち上げられてしまった。

 何事かと、頭を振って気を確かにすると、目の前には黒肌をしたプレイヤーが居た。

 黒人をモチーフにした”アイルフランカ”型のプレイヤーだ。


「おい……てめー、どうしてくれんだよ。持ってた酒がひっくり返っちまったじゃねーか」


「いっ!? え、あぁ……!」


 目の前に居た黒人型のプレイヤーは、かなり大柄の戦士タイプでドレッドヘアーの、これ以上無いと言う感じにわかりやすい”スポーツ型黒人キャラ”だ。

 肉厚の刃を持った剣を腰に差しており、深い紺色をした日本の武者鎧風の装備で重武装している。

 さしずめ”ドレッド侍”と言うところか。

 黒人キャラらしく、腕も脚も太く、かなり強そうで怖い感じのプレイヤーである。

 そんなプレイヤーが持っていたらしいジョッキが、ひっくり返って中にあっただろうビールが鎧にかかってしまっていた。

 どうやらラクが通路を曲がろうとした時に、誤ってぶつかってしまった……らしい。

 どうも、当たり方が少々不自然だった気がするが、もはやそんな事を考えている余裕は無かった。


「こりゃあ、2万は払ってもらわねーとなぁ」


「ええっ!? そ、そんなぁ……」


 首元を掴まれたまま、まさにこれからタカられようとした時―――


「おいおい。ウチの新入りに、随分なご挨拶をしてくれてるじゃねーか、ニクロム」


 聞き覚えのある声を耳にして、ラクはその方向へと振り向いた。

 すると、ドレッド侍のすぐ後ろに、1人の山賊風の男がやってきていた。

 ドレッド侍はかなり背が高いキャラだが、後ろから来た山賊風の男は、更に背が高い。

 その上、屈強さでもドレッド侍の方を凌いでいた。


「あっ……が、ガンテスさ……隊長」


 ラクは、その姿を見て思わず呟いていた。

 後ろからやって来ていたのは、ガンテスだった。

 どうやら、道は間違っていなかったようだ。


「新入りだぁ~っ……? たった25レベのが、か?」表情を歪めて黒人風の男が言う。


「おいおいニクロム。そいつ、レベルはお前の半分以下だがよ。掛かってる額はお前の10倍だぜ?」


 ガンテスがそう言うと、”二クロム”と呼ばれたドレッド侍の顔色が変わった。


「何!? こんな奴がか?」


「ああ。最近流れた”300万のチーター”って聞いた事があるだろ? それがこの”新入り”さ」


 ガンテスがそこまでを言うと、ニクロムは視線を首根っこを掴んでいるラクへと向けた。

 そして鼻を鳴らしながら、顔を眺めた。


「……これがねぇ……」


「おや? もしかして新入りじゃねーの? ここだよここ!」


 ラクが声の方向へと顔を向けると、そこには大きく仕切られたブースがあり、ジャグスやサイモン達が居た。

 どうやら、ここが掃除屋の飲み会場であるようだった。


「おいニクロム。もういいだろう。手を離してやれ」


「……わかりましたよ」


 舌打ちをしつつ、ニクロムが仕方なく手を離すと、ラクはそのまま逃げるようにブースの中へと入った。

 中には、見た事のある面子が勢揃いしていた。

 少しばかり、見た事の無い人間が居るが……。


「いてて……」


「早速アイツにたかられたか」ジャグスが呆れたように言った。


「なっ? オリが言った通りだったろ?」隣に居たサイモンが得意気に言う。


「ですねえ。来る前に絡まれるとか、ホントに当たるとは思いませんでしたよ」


 中で話しているサイモンの隣に座り、ラクは訊ねた。


「な、何の事を言ってるんです? 先輩」


「いやな、ここに来るまでにお前が絡まれるかって賭けをしてたんだよ。来るなら、ってな」


 サイモンが答えると、ジャグスが続けて言う。


「で、自分は来ないだろうって言ったんだけど、サイモンさんは来るし、途中で多分誰かに絡まれるって言うんで、そんな事は無いでしょ~って言ってたら、すぐに外から声が聞こえてきてさ。”ありゃりゃ”ってなったわけだ」


(動物の習性の予想みたいだな……)


「フゴゴッ、フゴッ」


 その場に居たストロングがジャグスに言う。


「”二クロムで良かったな”だってさ。確かにま、見ず知らずの奴に絡まれるよりはマシかもね」


「あの人も掃除屋なんですか?」ラクが誰ともなしに訊ねた。


「ああ。ここのメンバーの一人さ」


 サイモンが、そこまで言って”そう言えば……”と、何かを思いついたように呟いた。

 そして周囲で飲み食いをしているプレイヤー達を見て、指を差しながら数を数えていく。


(……何をやってるんだ?)


 ラクはそれを怪訝そうに見ていたが、やがて何かを数え終えたサイモンは”おっ”と一声だけを上げた。

 そしてラクの横へと座り、耳打ちするように言った。


「丁度いいぜ。お前。今日は掃除屋が全員揃ってるからよ。お前に自己紹介をさせてやるぜ」


「えっ!?」


「おいみんな聞いてくれー! 今日はよ、ちょっと新しい奴の紹介をさせてもらう。どんな奴かって言うとよう、なんとあの”300万のチーター”だ!」


「なんだって?」


「あれが……なの?」


 ブース内が一瞬静まり、緊張感が漂い始めた。

 ラクはこんな空気が一番の苦手だったが、もう逃げても仕方ないと思い、大きく一度咳を吐いてから、自分の事を簡単に話した。


「えー……り、”ラクォーツ”って言います。クラスは合成騎士ってのです。ここへ来たのは……えー、ちょっと死にたくなかったんで、チートをジャッジで使ってしまって。それで賞金首になりました……」


「ホントに300万なのかよ? お前よィ?」黒い鎧に身を包んだ騎士が言う。


「あ、はい……逃げた時と場所と、更に相手がまずかったみたいで、死ぬような思いで何とか逃げてきました」


「何回死んだの?」


その場に居た少女が訊ねてくる。

淡い金髪に、何故かドクロの人形を持っている少女だ。

ややゴスロリチックな服装に身を包んでいる。恐らくは魔法使い系のクラスだろうか。

ラクはなるべく正直に、しかし決定的にボロを出してはいけない所は、ぼやかしながら話していった。


「いえ、なんとか死亡無しで……途中で色んなのに出くわしましたけど、自分は道具戦闘メインで、しかも結構色々と買い込んでた状態からだったので、何とか逃げれました」


「へぇ~……じゃあさ、もしかして”ウェンファス姉妹”倒したのって、アンタなの? 確か丁度、昨日か二日前ぐらいに誰かやっつけたらしいってニュースが流れてたんだけど」


「あ、はい……倒したって言うか、ちょっと状態異常を食らわせて戦闘不能に……ってレベルでしたが。倒すほど余裕が無かったので」


「へぇ。じゃあそのレベだけど、全くの素人って訳じゃないのね」


「はい。一応、元50手前です」


「あら、なら中々いい物件ねぇ。誰が連れてきたの?」


 少女が言うと、ガンテスとサイモン、ヤジマの三人が手を上げた。

 そしてガンテスが言った。


「俺らだ。連れて来た、ってかこの前のスパイダーとの戦闘の時に会ったんだよ」


「ふぅん……」


「おし、その辺でいいだろ。それじゃあオリからみんなの説明をしてやる」


 質問が続きそうな空気になると、サイモンはラクの自己紹介を打ち切った。

 そしてブース内に一言だけ、大きめの声で告げる。


「あー、これからよ。ちょっとメンバーの説明をコイツにしてやっから、みんなよう、少しだけプライバシー・ガードを切ってくれねぇか? 名前とクラスを表示させるだけだから、一瞬だけでいい」


 サイモンが言うと、メンバーらしい人間は目の前で何かを操作する仕草をやってから、そのまままた飲み食いや雑談に戻っていった。

 恐らくは、電想パネルを出して、一瞬だけキャラの情報を守るシステムを解除したのだろう。

 その予想を裏付けるように、段々とその場に居るキャラの名前が表示され始めていく。


「さて……それじゃ、おみぃにそろそろメンバーのちゃんとした紹介をしとくか」


 サイモンはラクを座らせると、指を差して掃除屋の人間を紹介し始めた。



 指を差して、順番にサイモンはメンバーの名前を言っていく。


「まず……オリと兄貴にやっさんはわかるな? 今更だがよ」


「それはまぁ、なんとか……」


 ラクは、丁度よい機会なので、名前を再度確認してみる事にした。


≪練達盗賊 『サイモン・リタナー』 -HIGH ROGUE-『Simon Retener』≫


≪殺人鬼 『ガンテス・アボルズ』 -ELIMINATOR -『Guntes Abolls』≫


≪人斬り 『ゲンタロウ・ヤジマ』 -HIYOGIRI-『Gentarou Yajima』≫


 自分の目の前にいる「サイモン」と、少し離れた位置で酒を飲んでいるガンテスやヤジマはこの町に来た時に会った最初の掃除屋のプレイヤー達だ。

 小柄で、ボロ切れを纏っている上位盗賊クラス「練達盗賊ハイ・ローグ」が”サイモン”。

 がっしりとした大柄の山賊のような人間が”ガンテス”。

 やややつれていて、鎧を身に着けず、浪人のような着流しを着ているのが”ヤジマ”だ。

 ジャグスや”ニクロム”と呼ばれていたドレッドヘアーの侍が言うには、どうもガンテスやヤジマは掃除屋の隊長格を務めているようで、おそらくは彼らは最高クラスのプレイヤーであると思われる。

 まだ強いものもいるらしいが……。


(やっぱりみんな、戦闘型……だな)


 悪クラスも通常のクラスも、大まかに言って戦闘・調達・探索の三種類のものに分かれているのは、同じようだ。

 しかし―――掃除屋のプレイヤーは、どれも”戦闘型”であるのが周囲に居るプレイヤーを見るとハッキリとわかる。

 補助系の技術や職能を持っているだろう、と予測できるクラスもあるにはあるが、基本的には「戦うこと」が主軸に据えられているのが装備などを見ても明白だ。


「じゃあ、オリらは外して……まずは姐さんからだな」


「”シエラ”って人か?」


「そーだ。あそこで飲んでるお方だ」


 ラクはサイモンが指した方を見る。

 悪クラスのキャラクター達の中に、一人だけ通常クラスの自分が混じっていると、なんとなく目立つような気がしたが、それはどうも思い違いであるようで、余りに周りが濃い為、逆に目立たない感じだった。


≪皇賊『シエラ・スタリュート』 -Imperial Rogue-『Sierra Stlute』≫


 指差した先には、ガンテスと共に、ホスト(?)のような人間を回りに囲って(店の人間だろうか?)飲んでいる女性が見えた。

 あれが”シエラ”だ。赤色のショートボブ・ヘアーに、常に狭まった、微笑んでいるような目つきをしていて、俗に言う”糸目”な女性である。

 貴金属をジャラジャラつけている上級クラスのプレイヤーで、レベルは高そうだ。

 だが正直、見た目ではそこまで強そうには見えない。


「前にも言ったと思うが、あの人は兄貴と同じか、下手するとそれ以上だから絶対に逆らうんじゃねーぞう。まぁ、痛い目見たいなら止めねーがよう」


「いや……止めとくよ。そもそも上級キャラと戦うなんて、冗談じゃない」


 ラクは謙遜するように言う。

 ディバルが何の変哲も無い少女であった事もあるし、それにサイモンが、これだけ真顔で言っているのを見ると、まず間違いはないと思われるからだ。


「それじゃあ、次は今日組んでた二人にするか。ジャグスとストロングだ」


「あの二人か……」


≪解体屋『ジャグス・オズネル』 -Butcher-『Jugs Oznel』≫


「銀髪で、デカイ包丁を背負ってるのがジャグスだ。たぶん、オリらの中で一番のガキだな。とはいえ、バトルの腕前は確かだ」


「”解体屋”ってやっぱり、建設の方じゃなくて……」


「そりゃ、もう一個の方に決まってるだろ。大工なんてクラスはねぇんだぜ」


 巨大な包丁を背負っている少年が”ジャグス”。

 サイモンの口振りと、あの話し方を見るに、どうもリアル小学生らしい。

 声も動きも、口調も”まさに小坊”という感じのプレイヤーだ。

 だがその実力は掃除屋の一員だけあって確かなようで、”解体屋”なるクラスに就いている。

 この解体屋は、どうも”肉のほう”を指すようで、切断タイプの技を使用して戦っていた。

 巨大な包丁を高速で振り回して戦う様は威圧感たっぷりで、高レベルなのもよくわかる。

 恐らく、STR(筋力)とDEX(器用さ)完全特化の能力構成であると思われる。


「で、あのトラマスクの奴が”ザ・ストロング”。縮めて呼ぶのが普通だがな」


「レスラーなんてクラスあるんだな……」


「なんでも、リアルでもレスラーらしい。正義側のキャラらしいんだが、殺人技を使いまくりたくてここへ来たんだってよ」


「へぇ」


≪悪役レスラー『ザ・ストロング』 -Heel wrestler-『The Strong』≫


 相変わらず口ごもった風にしか喋らないのが”ストロング”だ。

 彼はトラの頭部を模した兜を頭につけており、後はレスラーパンツだけしか履いていない紛れもない”レスラー”である。

 超マッチョな肉体を持っており、恐らくパワーだけならばガンテスをも凌いで掃除屋最強であると思われる。

 彼に組み付かれたなら、まず逃げる事はできず、そのままどれだけ硬い鎧を分厚く着けていようとも、関節技や投げ技を決められてしまい、大ダメージは必死だろう。

 どれだけ鎧が強くとも、動作自体は問題なくできるように作られているはずなのだから。

 戦闘時は、見ていた限りだが職業特性として”鋼体スーパー・アーマー”のアビリティを使えるようだ。

 これは打撃などを食らっても、仰け反らずにそのまま動けるというもので、怯まなくなる為に組技などが阻止されにくくなる強力なスキルだ。

 なので、彼は完全に”投げ技”もしくは”プロレス技”特化のキャラなのだろう。


「あの二人はまぁ、組んだからわかるか。じゃあ……ニクロムの奴だ」


 サイモンは運ばれてきたカルピスチューハイを口にしつつ、黒人キャラの方を顎で指した。


「さっき絡んできた……」


「あいつは短気だからな。でも実際はそこまで気が強い野郎じゃないんだ。怯む相手にしか強く出ない小物さ」


≪暴虐武者『ニクロム・デズキンス』 -Tyrant MUSHA-『Nichrome Dezkins』≫


 女性キャラを何人も連れて楽しそうに武勇伝を喋っているのが、先ほどラクへと絡んできた黒人型アバターのプレイヤー。

 ドレッドヘアーの侍で、プレイヤー名は「ニクロム」と言うらしい。

 こちらも見た感じでは完全な接近戦タイプのように見える。

 他の事はよくわからないが、絡んできたところを見ると、サイモンが言うように素行が悪いか短気なようだった。

 正直、余り関り合いになりたくない感じのキャラである。


「とはいえ、見た目と違って意外とスピードのある野郎だから、使い勝手っつーか、チームにいると助かるんだわこれが」


「早いんだな」


「ああ。とはいえ硬さがある割には、って程度だがな。スピードなら姐さんにオリに、あと”K・K”の奴がトップ3だ」


「”K・K”?」


「あっちにいる奴だ。忍者みてーな服装してる奴」


≪アサシン・ヘッド『K・K』 -Assassin Head-『K・K』≫


「アサシンも居るんだな」


「アイツは早い上に”無音”とか”スパイダーハンド”、”スパイダーレッグ”とかを持ってるから、主に調査要員だな。斥候役とか、諜報を仕事にしてる奴だ。男らしいが……ストロングと違ってアイツは本当に一切喋らないし、顔も出さないから、それがホントかどうかはしらねぇ」


 ”K・K”と呼ばれたアサシンは、布で顔を厚く覆っており、また口元にはフェイスマスクをつけているため、まったく顔がわからない。長身で、すらりとした体躯をしているのを見る限りでは、男のように見えるが……。

 ちなみに”無音”、”スパイダーハンド”と”レッグ”は、それぞれ探索スキルの一つだ。

 無音は”音を出さずに移動できる”スキルで、スパイダーの名前のものは、それぞれ対応した部位を”壁に張り付けられる”というもの。

 どちらも隠密行動時に非常に便利な能力である。


「あとはベネとその手下二人か」


 サイモンは、ゴスロリチックな服装をしている一人の少女を指差して言う。

 金髪ロングで、地面に垂れそうなぐらいに長い髪を揺らしつつ、今は寝転がっている。

 ソファーの上で黒い鎧の騎士と、白衣を着た人間と共に居る事から、恐らくは別グループでの賞金稼ぎの掃討をしていたのだろう。

 顔はまさに幼女そのもの、という感じで、服装は黒と赤を基準にしたゴスロリ独特なものとしているが、それとは反対にくりっとした淡い青色の目であるのが特徴的だ。

 ただ、先ほどラクに投げかけられた台詞から察するに、結構性格がキツそうなのが推測できる。


≪妖術師『R・ヴェネディア』 -M's Sorcerer-『R・Venedia』≫


≪毒薬使い『じゃがいも』 -Poizon Medicine Battler-『POTATO』≫


≪黒騎士『滝沢冬信』 -Black Knight-『Takizawa Fuyunobu』≫


「手下ってどういう事なんだ?」


「なんかアイドル? らしくてよ。そのファン1号と2号が”じゃがいも”と”滝沢”なんだと。やっさんに聞いても知らないっつってたから、あんま売れてねーんだろうな。マイナーなアイドルって事だ」


「アイドルねぇ……」


「まぁ、こんな所か。メンバーの紹介は」


 NPCかプレイヤーキャラかまではわからないが、店の人間を除いた感じでは、これで集まっている人間は全員のように思えた。

 一応、ラクは掃除屋がこれだけなのかを訊ねてみる。


「これで全員? ほんとにこんだけなのか?」


「一応、全員だ。掃除屋ってのはそんな大きな組織じゃないからな」


「でもさ、人が少ないと外からの攻撃に対応できないんじゃ……」


「いんや。この人数で十分なんだよ。足りない時は外から人を借りるからな」


「借りる?」


「足りない時は他のギルドからメンバーを借りるのさ。元々、ギルドごとにこの街を周回して警備……っつーか、妙な事をやられてねーか、って目を配ってるのはどこも同じなんだよ。俺らは単純に”代表者”ってだけでな」


「なるほど……」


 どうやら掃除屋というのは、通常のギルドとは違って趣味でやっている奴が集まっている大学におけるサークルのようなものであるようだ。

 いや、この場合は”自治会のメンバー”だとか、そういう感じのものだろうか。

 彼らはどこかのギルドに所属しているのだが、それとは別に戦いを楽しみたかったり、別に居場所を求めたりで、こうやってここへと集まってきているのだろう。

 ここの掃除屋はこれで全員で、似たようなギルド、もしくは警戒を行う人間が、悪人街の至る所に恐らくは点在しているのだ。

 だからこそここは磐石であり、外の人間からすれば、得体が知れない感じの場所なのだろう。


「しっかし、おみぃら今日は倒したなぁ。せいぜい5、6人殺れりゃいい程度だと思ってたんだが、まさか”50人以上”も始末してくるとはよう」


「いえ、”囮作戦”が思いのほか上手く嵌ってくれたんで……」ジャグスが照れた風に言った。


「フゴゴッ、フゴッフゴッ」


(……”楽だった”かな?)


 ラクはストロングの話し方を見て、なんとなく何を話しているかを推測できるようになってきた。

 詰まった声ばかりであるからして、ストロングの話している言葉は当然だが全くわからない。

 だが、何度も話しているのを聞いていると、ラクには不思議と彼の心情……もとい”感情”がなんとなく息遣いのタイミングと、彼の仕草で、わかるようになった気がしてきたのだ。

 ”身振り手振り(ジェスチャー)”というのは、これもまた一種の言葉であり、ジャグスが言った通り、長く見ていて、その感覚が慣れればわかるのかもしれない。


「”集まった奴等を大技で倒しただけだから、思ったより楽勝だった”らしいです。ま、確かに楽勝だったかな。気持ちいいぐらい一気に倒せたし」


(そこまで読むのか!?)


 ジャグスが言った言葉に、ラクが思わずストロングの様子を窺うと、”うんうん”とでも言いたそうに、腕組みをして彼は首を縦に振っていた。

 どうやら……まだまだ解読の腕前は磨かなければならないらしい。



 仕事終わりの飲み会が始まって、2、3時間ほどが経った。


(しかし……)


 結局、これで掃除屋が全員だとすると、この中には少なくともゲダムは居ないわけである。

 ならば、次にやらなければならないのは、やはりまた聞き込みだとか、情報収集だとかそういった地道な事になるだろう。


(そう言えば……情報収集といえば、ここには情報屋のギルドがあるとか言ってたっけ)


 確か、最初にこの街へと来た時に連れて行かれた会合の中で”情報屋”なるギルドも参加している、と聞いたような気がしたのをラクは思い出した。

 そこならば、もしかしたら人探しもある程度はできるのではないか? とラクは思い、サイモンにその事を訊ねてみることにした。

 掃除屋の人間ならば、そこそここの街を見て周っているはずであるので、もしかしたら、どこかで聞き覚えのある名前であるかもしれない。


「えーっと……」


 カウンター席へと移動したサイモンの横へと移動し、ラクはこの際だからと、自分も酒を注文して、待った。


「ああん……? ああ、てめぇかよ……」


「隣、いいか?」


「勝手に座りゃあいいじゃねーか。誰も止めねぇよ」


 それを聞いて、ラクが隣に座る。

 そして運ばれてきたお酒を飲みつつ、話を切り出すタイミングをうかがった。

 ちなみに、ラクはお酒にはかなり強い事が飲んでいるうちにわかった。

 味は余り好きではなく、かれこれ3時間ほど経つが、何度飲んでもラクは酔っ払う気配がないのである。飲んでいても味には慣れないのだが。

 掃除屋のプレイヤー達は、みなアルコールにはかなり強いようで、2時間ほどは飲み続けていたが、今では眠っている人間もちらほら居た。

 サイモンも、顔がほのかに上気しており、どことなくうとうととしているように見えた。


「サン・ペイモントの水割りです」


「あ、ありがとうございます」


 店のマスターから出されたウイスキーの水割りを一口飲み、大きく息をつくと、ラクはそろそろいいだろう、と話を切り出した。


「なぁ……先輩。一つだけ聞きたい事があるんだけどさ」


「……オリも一つだけ、ちょっと聞きたい事があった所だ」


「え? 俺に聞きたい事? じゃあ、先にどうぞ」


 ラクはそれを聞いて、怪訝そうに首を一度捻ると、先に話を聞く事にした。

 サイモンの方から”話をしたい”などと持ち出されるのは、初めての事だったからだ。

 だが―――次の質問を聞いて、ラクは固まる事となった。


「あのチート、おみぃどこで手に入れたんだ?」


「え? チートって……あ、あれの事か?」


「オークにキャラが変わる奴だ。オリはそこそこ長くプレイしてて、ここでチーターっつーもんは見慣れてるが、あんなのは見た事がねぇ。”シーカーの野郎”ですらわからねぇチート、ってのの出所はどこなのかって気になってよぉ」


 一拍空けて、サイモンはラクに言った。


「一体―――あれ、どこで手に入れたんだ?」


 酔っているはずなのに、最初に脅された時のような真剣な表情で、サイモンは言っているように見えた。

 ラクはそれに一瞬凍りついたが、すぐに冷静になって言った。


「それは……答えられないな。ちょっと言うわけにはいかない」


 ラクがそう答えると、サイモンはその答えを予想していたかのように鼻で笑った後、続けて訊ねてきた。


「ま、そう言うと思ったぜ……なら、質問の仕方をちょいと変えさせてもらうか。おみぃはよぉ、今、一部でちょっとした噂になってるってのを知ってるか?」


「噂? 俺……についての?」


「そうだ。ものすごく限られた奴らしかやってねぇ噂だがな。特に、情報屋ギルドの方で騒いでるみてぇだぜ」


「その噂って……俺なんかについて噂する事なんて、そんな無いだろう」


「いいや。あるのさ。物凄く大事な事だからあな」


「大事な事……? 一体、なんて噂なんだ?」


 ラクが訊ねると、サイモンは目の前にあったジョッキを一口飲んだ。

 そして、酒臭いだろう溜息を吐いてから、言った。


「”アイツはメインサーバーの位置を知ってるって事なんじゃないのか?”って噂さ」


「メイン・サーバー……?」


「一応聞くがよ、おみぃはファシテイト……いや”オンライン・ゲーム”ってのが、どういう風にできてるか、ってのは知ってるよな?」


「そりゃあ、サーバーがあって、それにゲームをしたいユーザーがアクセスして……ってのだろ? それぐらいは流石に知ってる」


「そう、その通りだ。大きくなればなるほど、サーバーってのは数が増える。そしてな……シーカーの奴が言ってたんだが、最近のゲームだとか、大規模処理をするシステム、ってのは、でかくなればなるほど、複雑な処理をやろうとすればするほど、その統制をする”メインシステム”と、それが置かれる”メインサーバー”ってのの性能が必要になるらしいのさ」


「そ、そりゃそうだろうけど……それで、なんで俺にそんなものの位置を知ってるって噂が立つんだ?」


「……ファシテイトにハッキングをかけた奴ってのは、それこそ星の数ほどじゃねえかってほどに居る。でもな、誰もメインサーバーの位置を手に入れられた奴はいねぇんだ。せいぜい、SGM社から提供される材料で、ちょこちょこっとプログラムに仮データを与えるのが関の山。そんな所で出てきたのが、キャラ自体を変えられる奴だ。そういう噂も立つってもんさ」


「キャラが変えられる、ってそんな凄い事なのか?」


「キャラ自体を変えるのは、そんなに難しい事じゃない。例えばオリが、”自分を大人の姿にしたい”だとかそういうのなら、キャラの容姿変更の申請をして、何日か待ってりゃいいだけの話だ。おみぃがよ、”モンスターの姿になった”ってのが重要なのさ」


「モンスターの姿になったのが……?」


「今、誰もプレイヤーの中にモンスターの姿の奴ってのは居ない。だからモンスターん姿になるには、どうしても”メインサーバー”から情報を呼び出さなくちゃいけねぇはずなんだ。パーツを組み替えるだけで、モンスターの姿には絶対になれねぇんだから。そしてよ。サブ・サーバだとか、分散処理やってるサーバーの中にゃあ、モンスターのテクスチャだとか造形データは、まず入ってねぇはずなんだ」


(そうだったのか……!?)


「質問を変えるぜ……おみぃはよ―――」


 ラクは、使っただけでそこまでの情報が漏れてしまった事実に驚愕しつつ、あの時の判断が間違いであったのか、という事を悔やんだ。

 だが狼狽している暇は無く、続けざまにサイモンから質問が飛んだ。


「”メイン・サーバ”の位置を知ってるのか?」


「う……いや……それは……」


 ここで普通なら、”知らない”というだけで話は終わる。

 だが、ラクはすぐにはそれを答えられなかった。

 実際には本当に知らない事であるからして、答えようは無いのだが。

 ラクは30秒ほど、散々に心の準備をしてから、言った。


「……悪いが、答えられない」


「そうかよ。じゃあ、おみぃの質問の方はなんなんだよ」


「俺が言ってもいいのか? 今のに答えられなかったのに」


「別に等価交換ってわけじゃねぇんだ。構やしねぇ」


 ラクは聞きづらいな、と内心思いつつも、他の人間に訊ねるよりは、まだサイモンに聞いた方が答えを手に入れられる筈だ、と情報屋の件について、そしてゲダムの件についてを訊ねた。


「それじゃ……ちょっとさ、探してる奴がいる、って言うか」


「探してる奴?」


「ああ。えーとさ……”ゲダム”ってプレイヤー、知らないか?」


「ゲダムぅ?」


「”殺戮者マサカーゲダム”ってプレイヤーだよ。ちょっと外で聞いた事があってさ。どんな凄いのなのかなぁ……って思って。知らないなら、情報屋ギルドがどこにあるかってだけでも……」


「そんな奴は居ないぜぇ」


 続けて運ばれてきた薄青い色のチューハイを飲みながら、サイモンは断言した。


「へっ……? 居ない? PKギルドとか、そう言うのに居るんじゃないのか? 結構有名なプレイヤーとか聞いたんだけど……」


「オリはこの街のギルドマスターとか、実力派のプレイヤーは一通り知ってるけどよう。そんな名前の奴は、聞いた事がねーな」


「ええっ……!?」


「情報屋の奴らにはちょっと劣るけどよう。オリは耳が広いんだ。そのオリが知らねーなら、多分あいつ等にもわからねぇと思うぜ」


 嘘ではないかと一瞬疑ったが、サイモンの表情は嘘を言っているようには見えなかった。

 多少酔っているようだが、不確かな事を言っているようには聞こえない。

 本当に、聞いた事が無いのだろう。


(そんな馬鹿な。じゃあ……最初から居ない奴を探して来い、って言われたのか?)


 ならば、自分は嘘の依頼でここまで送り込まれたのだろうか?

 ただ、ディバルに遊び道具にされる為だけに。

 その為だけに、こうやってチーターに仕立て上げられてしまったのか?


(いや……それはないはずだ)


 今までの一連の行動から、それは無いとラクは考えた。

 何より、自分にこの依頼をした時の彼女は、真剣な表情そのものだった。

 あれも演技である可能性は、無いわけではないが、それならここまで大規模な仕掛けをする事は無いだろう。


(こうやって俺がチーターとして祭り上げられてるのは、ある程度、向こうの仕込みも入ってるはずだ。でなきゃ、いきなりあんな大物犯罪者みたいな扱いでニュースが流れるはずが無い。いくらなんでも……)


 サイモンは”情報屋でも多分わからない”と言った。

 一応、それでも聞きに言ってみるべきだろうか……?

 ラクがそんな風に思案をしていると、ラクの隣で飲んでいたらしいヤジマが話に割り込んで来た。


「某は聞いた事があるな。”外”でも話題になっている話だが」


「!!」


「えっ? あんのかやっさん」


 ラクはその言葉に、急いで耳を傾ける。

 ヤジマは余り酔ってはいないようだが、それでも普段より饒舌な感じになっているようで、聞きなれない流暢な感じで喋り始めた。


「この街の全てを支配する、裏世界の親玉とか言うものの名前が、確かそれであったと記憶している」


「そんなの居たっけか……?」


「いや、あくまでも噂だ。某も会った事はないし、出会った事があると聞いた事も無い。誰かが作ったこの街の偶像か、幻か何かなのだろう」


(偶像……)


「無駄なく考えてみればよい事だ。この街の全てを支配するなど、できるはずがない」


「ど、どうして?」ラクは慌てて訊ねた。


「この街の人間は、基本的に誰にも従ってないからである。街には一応、ルールのようなものが存在はしているが、その多くが強制されるものではない。この街の住人というのは、”本能”には従うが、決して”規則”には従わぬのだ。言わば、”自分にしか”従わぬ」


「……」


「だから、誰もが全く違う信念で動いているここのプレイヤー全てを管理下におくなど、できるはずがないのである」


 確かに、それは言われてみるとその通りかもしれない。

 掃除だって”街が危ないから守りましょう”ではなく、”放って置くと荒らされる”から、戦っているのであって、それは彼らがこの街を愛しているから、とかではない。

 単純に遊び場を取られたくない、みたいな所からこの”掃除屋”ギルドも出来ているのだ。

 子供っぽいが、とても本能的な”意思”。そういうものにしか、この街の人間は従わない、という事なのだろう。


「でもよ、もしかしたら、ってのもあるかもしれねぇぜ。やっさん」


「似た噂や、作り上げられた人物像の話は、意外とよく聞く。そういう類の人物なのではないか。そやつも」


「そうなのかな……」


「誰か探し人をしたいのなら、そのイメージに合った場所で聞けば、もう少し無駄なく何かがわかるのではないか?」


「イメージに合った場所?」サイモンが怪訝そうに訊ねた。


「例えば、何百人もPKを重ねた極悪プレイヤーならばPKギルドへ行って訊ねる。金目の物を取られたのなら、盗賊ギルドが利用する場所を調べてみる、などだ」


「それ、普通の事じゃね?」


「まぁ普通の事と言えば普通の事であるがな……」


(う~ん……)


 結局、ラクはどうすればよいかわからず、打つ手を思いつけないままその日は解散となった。

 そして情報屋へと足を運ぶ事も無く、このまま三日間ほど、悪人街で似たような賞金稼ぎ掃討作戦へと参加する事となった。

 自由参加ではあったのだが、実力をつける為にはPKを行うのは手っ取り早い方法でもあったからだ。

 そして、情報を集めていく中、事態は丁度―――”6日目”に動き始めた。


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