37:除名と召集(2)
ラクォーツこと”ラク”は”ゲダム”と呼ばれるプレイヤーと交渉を行なう為
ファシテイトの中にある”悪人街”と呼ばれる場所へやってきた。
だが紆余曲折の末、ラクは悪人街にある”掃除屋”なる組織に加入させられてしまう。
その上、少し前でのジャッジ・バトルでの件から現実世界でも散々な目に会い
学校でも強制的に”出席停止”となり、しばらく出席を行えなくなってしまった。
そんな中、掃除屋からの”召集”を告げるメールを受け取ったラクこと靖樹は
家にそのまま帰るのも……とゲーム内へとインする事にしたが―――
(文字数:16008)
目覚めると、そこは昼間のホテルの一室だった。
最後にワールドアウトした場所へと戻ってきたらしい。
ファシテイト内は現実と同じように昼間で、真昼間に高級ホテルの一室で目覚めるのは酷く贅沢なものであるような気がして複雑な気分になる。
「さて……どうなるのやら」
”召集”なのだから戦う事は恐らく免れないのだろうな、と諦めのようなものを漂わせつつ起き上がると―――ふと、”男”が端のベッドで眠っているのが目に入った。
(えっ……何だアレ……)
今、ラクが起き上がったのは「横浜グランドヒルズ」という高級ホテルの38階にある一室である。
ここは特別なルートを通らないと入って来れない部屋で、ここを掃除屋は拠点にしている。当然、一般の客は誰も入れないので、ここには基本的にはその”メンバー”しか入って来ない筈である。
だから端のベッドに横たわっている人間も、間違いなくメンバーの一人なのだろうが……。
(と、虎……?)
”虎顔の男”が、高鼾を鳴らしながら、横になっている。
恐らくは虎を模したものだと思われるマスクを被っている男が一人、昼寝なのか、それともインしてすぐには起き上がれないだけなのか、横になっているのだ。
”恐らくは”と推測なのは、そのマスクの鼻と口元の部分には鋼の装甲版のようなものが設えてあるからだ。
だから”虎のマスク”というよりは”兜を虎のマスク風にしてある”という感じにも見えるのである。
パンツはつけているのだが、ズボンなどは一切穿いていない。
上半身は完全に裸で、どう見てもまともな人間には見えない。
だが、卑猥さなどは微塵も無かった。
何故なら眠っている覆面男の身体は、これぞ”マッチョマン”と言う感じの、もの凄く鍛えられた男の身体そのものだったからだ。
筋骨隆々の、まさに”筋肉の鎧”と言う感じのものをバッチリと身に着けているような状態で、下半身も極太の鍛えられた二脚がある。まるで肌色の丸太が横たわっているかのようである。
腕も太ももほどはあり、外見からも硬さがわかるほど隆起していた。
男はどこからどう見ても―――”覆面レスラー”だった。
「こ、これがもしかして……”厄介なヤツ”なのか……?」
サイモンが言っていた事を思い出す。
『端ほど厄介な奴が愛用している』と言う言葉を。
恐らくは、掃除屋の組織に所属している人間の中でも、一際曲者が常用しているベッドであるから、”端は止めておけ”と言うことだったのだろう。
(たぶん、コイツも掃除屋の一人なのか……)
考えてみれば、掃除屋もある意味ではギルドであるはずなのだ。
一人二人で、街へとやって来る賞金稼ぎたちを倒せる筈がない。
どれ位のプレイヤーが居るのかは不明だが、この街に唯一つだけある掃除屋であるのならば、恐らくは結構な数の在籍者がいるのだろう。
「うあ~……召集掛かるとか、マジありえね~んですけどぉ……」
ラクが虎顔のマスクマンに目を取られていると、後ろから声がした。
ラクが振り返ると、一人の少年が目を擦りながらベッドから起き上がって来ているのが見えた。
白ではなく銀色の髪をしており、背が低く、サイモンとどっこいどっこいという感じに小柄な少年だ。
上半身は鎧をがっしりと着込んでいるのだが、何故か下半身には大きなボロを纏っていて、殆ど脚が見えない。
土木建築の仕事場で、作業員がこんな格好をしているのを見た気がする。
ボロボロの上着を適当に何枚も重ねて、男が付けるスカートのようにしてしまっていると言う感じだ。
ただ一つだけ異様だったのは―――恐ろしく”巨大な剣”を背負っている事だ。
彼の体躯と同じぐらいに刀身の部分がある上、刃の部分がメチャクチャ大きく
パッと見るとどう見ても”包丁”か”ナタ”にしか見えない。
「えっ、だ、誰!?」
「何だお前? 見た事ねー顔だな」
サイモンと同じように、話し方からどこか生意気さを感じさせるが、彼とは違って目の前の銀髪の少年は、普通に子供の声を発している。やや甲高い、子供特有の声である。
ラクが戸惑っていると、背後から聞きなれた声が響いてきた。
「よう、ジャグス」
再び振り返ると、せーブポイントが起動した光と共に、別のベッドの上にサイモンが降り立ったのが見えた。
どうやら彼も、今しがたワールドインしたようだ。
彼を見るなり、”ジャグス”と呼ばれた少年は畏まるような感じに言った。
「あっ、サイモンさん。コイツなんなんすか」
「新入りだ」味気なくサイモンは応える。
「さ、さん?」
ラクはサイモンが”さん”付けされるのを聞いて思わず声が漏れた。
どうやら、サイモンは掃除屋の組織内では、そこそこ上の立場に当たる人間であるらしい。
ガンテスやシエラなどには敬語で話していたので、てっきり一番の下っ端の人間であるかと思っていた。
「なんだよ。何驚いてんだ」
「いや……それは……」
「オリはこれでもベテラン選手なんだぜ? お前もオリはこれから先輩って呼べよ。ちゃんとよう」
「あ、ああ……わかったよ、先輩」
「さて……おら、起きろ! ストロング!」
サイモンはベッドから降りるなり、寝ているマスクマンの近くまで寄っていき、頭を容赦なく蹴飛ばした。
ラクが”うわ”と思わず声を発すると、マスクマンは意外とすんなり起き上がった。
「フゴッ、フガフガ……」
マスクマンが起き上がってくると、彼の名前が表示された。
同時に”ジャグス”と呼ばれた少年の方もだ。
またもクラスは見た事がないものだった。
≪解体屋『ジャグス・オズネル』 -Butcher-『Jugs Oznel』≫
≪悪役レスラー『ザ・ストロング』 -Heel wrestler-『The Strong』≫
(剣士タイプと……たぶん、格闘型のクラスか)
これも恐らくは悪クラス特有のものなのだろう。
レスラーの方は何となくイメージが付くが、”解体屋”というのは何なのだろうか。
ラクはそんな事を考えていたが、どうせ実際に能力などを見ないと判断が付かない為、すぐにその疑問を頭から振り払い、これからの”召集メール”の用件が何かを見守る事にした。
やがて、4人がテーブルへと付くと、ジャグスが頭を掻きながら訊ねる。
「それで、こんな真昼間から何の用なんスか」
「ちょっと待ってろ。兄貴ややっさんも来る筈だから」
「ええー! あの御二方も来てくださるんスか!」
「来るぜ。何せ今日は”掃討”だからな」
「フゴッ、フゴゴッ! フゴーッ!」
マスクマンがいきなり、身体を少々大袈裟に揺らしながら、呼吸音だけを響かせた。
そしてラクに向かって黙って指を差し、何かを問いかけようとするようなジェスチャーを見せる。
何事かとラクは驚いたが、サイモンはそれに全く動じずに耳を傾け、それから呟くように言った。
「あんだストロング? ”こいつ何者なのか”だって?」
どうやらマスクマンの方は、マスクを被っているからか、うまく喋れないらしかった。
(え、今のでわかるのか……?)
通訳は今ので問題が無いようで、”ストロング”と呼ばれたマスクマンが”上手く通じた”とばかりに首肯すると、サイモンが電想パネルを作り出して、メールをチェックしながら言った。
「その件はもうちっとメンバーが集まってから説明する。ちょっと待ってろ」
「了解~」
ジャグスが机に腕枕を作って、眠りながら言う。
どうやら他のメンバーも来るようだが、時間がずれてしまったようだ。
なので、少しばかり待機する事となった。
ゲーム内と現実世界では、時間の経ち方が違う為、しょうがない事だ。
(しかし……見つかるんだろうか?)
ラクは待機中、ただ待つだけなのも良くないので、これからどういった手を取るべきなのかを考えた。そして、反芻する。
ここへとやってきたのはどういう”理由”からで、そして詰まる所”どういう目的があるから”だったか。
(”人探し”だ……今、やらないといけないのは。でも……本当にやらなけりゃならないのは)
自分は悪党だからここに流れ着いた、とかではない。
だが、かといって善人プレイは嫌だからここへとやってきた、とかでもない。
自分の目的はただ一つ。”ゲダム”というプレイヤーを探し出し、もしくは完全に居ないのなら、その居ない証拠を見つけ出して、さっさと悪人街から出て行き、あの女の子「ディバル」へと報告する事だ。
ここに居つきたいからでは、決して無い。
本当にやらなければいけないのは―――
(エゾエリアの件と、マルールって子を探す事だ……)
マルールを探す件は、メール・データの解析が終わるまでは”待ち”だが、北海道エリアの件には、早く戻らなくてはならない。
治安維持ギルド側が総攻撃を掛けるまで、そう時間がありはしないだろうからである。
なにせファシテイトの街にモンスター達が居る間は、オンライン上にて使用できる機能が殆ど利用できないのだから、速やかな対応を迫られている筈だ。
もし―――上級クラスのプレイヤーが集まって総攻撃が始められたら、流石に一溜まりも無い。
その場合は、エゾエリアで何かの事件を起こしている”プレイヤー”には、会う事ができなくなってしまうだろう。
一刻も早く、ここでの用件は終わらせて”本当にやらなければならない事”へと、戻らなくてはならない。
しかし……いざ人探しとなると、簡単にはいかない事が容易に予想できた。
(探す……探すって言ったって、どうする……? どうすりゃあいいんだろう)
一昔前のオンライン・ゲームでは、特定のプレイヤーを探す事はそう難しい事ではなかった。
プレイヤー側で「検索」を行えたから、である。
名前だとか、どこのサーバに居るか、などの情報さえあれば、ひとまずはおおまかな場所を絞り込む事が出来たのだ。
サーバ、国、地域、そして最終的には街やフィールドなどの居場所……と探す内にわかっていくので、確実にステップを踏みさえすれば、必ず探し出せる。
だから難易度はそこまで高くは無かったのである。
だが翻って、ファシテイトでは―――人探しは、”かなり難しい”と言わざるを得ない。
(直接聞き込むか……? いや、場所が場所だしなぁ)
まず、ファシテイトではプレイヤー側でのアバター名検索などは一切行えない。
一時期はユーザー側からの要望で、実装されかけた事もあったのだが、個人情報、またプライバシー保護の観点から出来ない方が望ましいとの事で、現在は特別な”電子遊戯法律”とか言うもので出来ないように定められている。
検索を行なう事自体は出来るらしいのだが、官公庁またはSGM社が直接扱うような”準root級”の権限が必要であるらしく、まず個人ユーザーには行なえない。
とはいえ、実際にはそこまでアバター検索に固執する事は無いと言えば無い。
(とにかく、この街のどこかってのは確定してるんだ……)
日本最大の悪人街であるここ「横浜悪人街」のどこか。
この場所に居る事は間違いないのだ。
もし―――情報が正しければ、だが。
(ここが厄介だ……居るのか居ないのか、がわからないってのは。もし居ないのなら、居ないって証拠か何かを出さなきゃ、依頼は完了できない)
ラクはそれを考えると、まるで”悪魔の証明”だな、と思った。
悪魔の証明とは、ひどくざっくりと言えば「無い事を証明する」という困難な証明の事を指す。
何かが存在する事を証明するのなら、それを実際に何かしらの方法で示せばいいが、無い事はどうやっても証明が困難で、不可能に近い事から、”悪魔の”と称されるのである。
(……ダメだ。わからない)
もしゲダムが本当に居ないのなら、どうしようもないように思えた。
この街じゃなくて、他の場所へと移っただけかもしれない。
元々の名前が別のものかもしれない、など、いくらでも”無い可能性”は考えられてしまう。
”居ない”という証明は恐らくは出来ない。
なら―――
(探し方がマズイだけで、居るんだろうか……?)
そもそも、これはどこぞの胡散臭い情報屋の話などではない。
トップギルドの、しかもそのギルドマスターが持ってきた話だ。
そう考えれば、本当にプレイヤーが存在しているのは間違いない、とも言える。
だが、そう考えた場合でも、あの悪人街の会合の場などにも現れていないのだから、すぐには見つけられなさそうに思えた。
(くそう……そもそも情報が少なすぎる。せめてどこのギルド所属とか、集まってる住所、クラスとか……なんか色々あるだろうに。外見すらわからない上、男か女かすらもわからないような人間を探せ、だなんて……)
改めてラクは「正気の沙汰ではない」と、依頼された内容の困難さを実感した。
しかも人探しをしなければいけないのは、命がいくつあっても足りないだろう「悪人街」。それなら報酬にアーティファクト装備も出てくるだろうというものだ。
(1ヶ月で終わるかなぁ……)
「うーっす、集まってるか」
ラクの気分が密かに落ち込む中、部屋の外からガンテスとヤジマが入って来た。
そして、計6人が部屋へと集まると、全員が中央のテーブルへと着き、今回の召集についての件が説明され始めた。
「さて……これでひとまずは頭数が集まったか」ガンテスが言う。
「兄貴。今回の件は何ですか? こんな真昼間から召集って」
サイモンが言うと、ガンテスが応える。
「まぁ、今回の件だが……”侵入者”を駆除しろっつーのが、朝方の各地区の話し合いで決まってよ。それの件で、ちょっと街を一回りして掃除してくるってのが召集を掛けた理由だ」
「どういうことなんです?」ジャグスが言う。
「昨日、街がぶっ壊されたのは、スパイダーが使った大技が原因だっつーのは全員もう知ってるな?」
「はい」
ガンテスが確認すると、全員が頷いた。
「なんかものすげぇ魔術の大技が使われたとか聞きましたが……それの事ですよね?」
「そうだ。あれで横浜の色んな場所がぶっ壊されてて、今の所、それの修復が行われてるんだが……」
目を瞑って頭をボリボリ掻きながら、ガンテスは言う。
「実はその間、エリアの認証? だったか。街のログが取れなくなってるらしくてな」
「ログって……街への出入りの監視の記録ログですか? 市役所で取ってるって言う……」
「そうだ。本来なら、そこをハックして入って来た奴等の殆どを補足出来るんだが、今ならここに入ってきてもお咎めがねぇ、って今日の朝ぐらいから気付かれちまってるらしくて、その隙を狙ってかなりの数の賞金稼ぎ共が入り込んで来てるみてぇなんだよ」
「今は防御がスカスカだから……掃除屋の方で直接追い出せ、って事ですか?」
「そういうことだ。ひとまず、今日一杯でえー……」
ガンテスはウィンドウを新しく作成し、メモらしきものを見ながら話を続けていく。
恐らくは、別の会議で受けた内容を記しているのだろう。
「街のエリアを区切る”区画処理”っつー修復が終わる話だ。それが終われば、エリア通過時にログが取れるようになるから、ひとまずはケリがついたって事になる。だから今日一杯、倒せるだけ倒してきてくれりゃあいい」
「わかりました」
その場に居た全員が了承の言葉を言うと、ガンテスが続けて訊ねた。
「そういや……俺ぁ今日、有給で会社休みだったからいいが、お前らは参加して大丈夫なのか? こんな昼間っから」
「今更それを聞くのであるか」ヤジマが呆れるように言った。
「まぁ一応だ。多分、今日はこれからずっとインしてなくちゃいけねぇからな」
ガンテスがそう言って集まったメンバー全員へと確認を取るが、誰も立ち去る気配は見せなかった。
ラクももう学校は無いも同然である為、このままプレイを行う事にする。
学校が終わるまでなので、理屈上はリアル時間の「13:00」から「20:00」ぐらいまでは問題ない。
だから7時間×3なので20時間ほどはその気になればインしている事ができる。
「フゴッ、フゴッフゴゴッ」
「”何人ぐらいとりあえず倒せばいい?”だってさ」
マスクマンこと「ストロング」が言うと、ジャグスが訳す。
先ほどはサイモンも普通に話が出来ている風だったが、ラクにはどう聞いてもモゴモゴと猿轡でも付けられている人間が、無理矢理出す呼吸音にしか聞こえない。
何かしら特殊なスキルでもセットすれば、翻訳されて聞こえるようになるのだろうか?
「何人ぐらい? そうだな……とりあえずは一人頭”5人”ぐれーは始末してくりゃ充分だろ」
「そんなもんでいいんですか? てっきり20はぶっ殺して来ないといけないかと」
「おおっぴらに知られてる情報じゃねーから、多いとは言えそこまで入ってきてねぇはずだ。他のギルドとも合同でやってるしな」
「情報屋のギルドとかからも出てるんですかい?」サイモンが訊ねる。
「ああ。こういうのは放置しとくと、後々厄介だからな」
ある程度、話を終わらせると、次はチームを指示していく。
「さて、それじゃあチーム分けなんだが……いつも通り俺はソロ。他は二人一組の構成で行く。ヤジマとサイモン、ジャグスとストロングだ」
「兄貴。新入りはどうするんで?」
サイモンが訊ねると、ガンテスは言葉に詰まった。
まだ彼はラクの何も能力などを把握してないので、チーム分けがすぐにはできないのだろう。
「あぁ……それがなぁ、まだ決めかねてんだ。何せどういう能力の奴か、俺は把握してねぇからな。俺と一緒だと巻き込んじまうかもしれねぇし」
(ガンテスさんは一人か……)
ラクはてっきり、ガンテスと共に行く事になるかと思っていたが、どうやら違うらしい。ガンテスは”ソロ”で、つまり単独で戦うようだった。
確かに、地下鉄駅での戦いぶりなどを見るに、技によっては周囲にも攻撃が及ぶようであるから、彼と組むのはレベルの高いプレイヤー同士でないと危ないのだろう。
「それじゃあ、オリはジャグの方にコイツを推薦しますわ」
「ええ? 初心者のお守りッスかぁ?」
サイモンが言うと、ジャグスは眉間に皺を寄せてあからさまに嫌そうな顔をする。
だがそれを見て、サイモンが窘めるように言った。
「違う。そいつは初心者じゃねェよ。元50レベ手前だった奴だ。おみぃらは両方とも”接近型”だから、丁度いいだろよう」
「そりゃ、確かにヤジマさんとかガンテス隊長とだと……どうしても組むのは難しそうっちゃ難しそうですが。こいつ、何型なんです? 戦闘スタイルは」
「”遠近両用の万能型”だ。丁度いいだろうさ」
「う~ん、しかし……」
「少なくとも荷物にはならねぇよ。そいつは」
「そこまでサイモンさんが言うのでしたら……わかりました」
そこまでを話し合うと、ラクはジャグスとストロングに連れられて、部屋を後にした。
サイモン達も準備を行い、部屋から出て行く。
「それじゃ、行きますか」
「フゴゴッ、フゴゴッ!」
(なんとか生きて帰らなくちゃな……)
三人は昼の灯りが眩しい外の世界へと出て行った。
■
「どういうつもりなんですか?」
東京中心部にある電想世界内の某ホテル。
丁度、ラク達が”掃討”へと出かけたその時間に、会議が行われていた。
集まっているプレイヤー達は、一般ユーザーらしいビジネスマンスタイルの人間も居たが、殆どがゲーム・プレイヤーであると一目でわかるような、鎧だとかマントを付けた格好をしていた。
これは―――ファシテイト内の治安維持組織である「電想公安機構」の集まりである。
プレイヤー側と国や県などの公的組織側とで作られているもので、いわば日本のファシテイト内の平和を守っている人間たちの会議であった。
「どういうつもり、とは?」
集まっている人間は、騎士団や戦士団などの治安維持系ギルドもそれなりに居たが、圧倒的に多かったのが賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)達だった。
背後にあるウィンドウには「大規模破壊攻撃について」と題された表示がある事と、この会議に悪人街へと攻め入ったエクスクモの姿もあった事から先日行われた”あの攻撃”についての話である事がわかる。
エクスクモは、出席している他のプレイヤー達から、格好の批難の的となっていた。
もっとも街中で普通に大規模攻撃を使えば、ただでは済まないだろうというのは、自明の理であったのだが。
「街中での大規模破壊スキルの使用の件についてです。あれの請求が、全てこの機構に来ているんですよ! 使ったのが、ファイブ・スターズの人間だから、と言う事で……それがどれぐらいの額になっているか、わかっているんですか!」
「つまり、それについての説明をしろ、と……」
エクスクモは、持って来ていたパズルゲームに夢中になっているようで、ひたすら無言で指を動かしていた。
脚はテーブルの上に投げ出されており、話をまともに聞く気は毛頭無いようだ。
彼の代わりに受け答えをしているのは、同席している青色の巨大な騎士鎧を纏ったプレイヤー。
先日、エクスクモを無理矢理連れ帰った「ギャロット」というプレイヤーだった。
「”説明”ではありません。求めているのは”弁解”です。何故使ったのか、という理由を言って貰わなければ、どうして機構の運営費が街の修復に充てられているのか、というのがギルド員に説明できないんですよ!」
「ですから、費用はこちら側が全て負担いたしますので、その件については……」
ギャロットは浴びせられる批判に、辛抱強く対応していった。
修理の費用の件や、街中での大規模攻撃技の使用、それを行った場所がただでさえ面倒な悪人街である事や、また、ただのプレイヤーではなく、秩序を守る側の最高責任者でもあるギルドの人間がやった事が問題である、と思った以上に面倒な話になっていたのだった。
だが―――それ以上にまずかった事があった。
「いくらトップギルドの人間だからと言って、やっていい事と悪い事があります! 第一……」
やがて、批判をしているプレイヤーの一人が言う。
彼の顔は言葉の矛先と共に、明らかにエクスクモへと向けられている。
いや、この場所に集まっている大半のプレイヤーの顔は言葉の矛先と共に、明らかにエクスクモへと向けられていた。
彼らは、責任などの処理についても憤慨していたのだが、何よりも頭に来ていたのは、全く反省の色が見えないエクスクモ本人に対してだったのである。
「~~~、聞いているんですか!!」
一人が大きく声を張り上げると、頭を掻き毟りながら、いかにも「面倒だ」と言いたげな表情で、エクスクモは顔をパズルゲームからようやく離して言った。
「だぁから、スターズの方で費用は持つから終わりでって言ってるじゃねぇか。さっきからギャロットの奴がしきりに説明してる。いつまでこんな時間の無駄以外に、何にもならねぇ話を続けてるんだ?」
「お金の事が問題じゃないんです! あなたに反省の色が見えないのが問題なんです!! 自分勝手な攻撃で街を破壊して、それがこちら側の責任になっていて、しかも説明などが全く行われていないのが……」
「知らねぇな。オレは自分が必要と思ったから、最善の手を打っただけだ。どうして謝る必要があるんだ? 第一、悪人街だってのによ。逆にいい掃除になったんじゃねぇのか?」
訊ねる側の怒りをどこ吹く風と言うように、エクスクモは茫然と言った。
煽っているのか、悪気が本当に無いのか、淡々と彼は話す。
それが更に機構の人間の怒りを買ったようで、語気を更に荒げながら話を続ける。
「あなたは! この機構の責任者の一人なんですよ! そんな人が勝手にやった、という事自体が大問題で……!!」
そこまでを聞くと、エクスクモは大きく溜息をついた。
そして親指で帽子の下に隠れている耳の辺りを掻きながら、椅子から立ち上がり、会議の参加者たちに背を向けた。
そして、会議場となっているホテルの一室から出て行く。
「付き合ってられねぇな。俺は帰るぜ」
「あっ、ちょっと! 待ちなさい!!」
「ギャロット、後は頼んだ」
部屋から出る間際、エクスクモはうんざりした表情で、吐き捨てるように言う。
「気にくわねぇなら、さっさとオレに懲罰動議でもなんでもかけてくれや。いつだって辞めてやるからよ。オレは正直、こうやって上に立ってるのは性に合わねぇんだ」
そう捨て台詞を残すと、彼は扉を乱暴に閉めて部屋から立ち去っていった。
問い詰めようとするプレイヤーたちは、拳を握り締め、腕を震わせながら、その台詞をただただ聞いていた。
呆れているのか、唸るような吐息を漏らす人間のみで、言葉を発する人間は居なかった。
「~~~……!!」
「ま、まぁ……今回の件は後で始末書をまとめておきますので……一旦お開きと言う形に……」
険悪かつ、非常に話を切り出し辛い雰囲気の中。
残されたギャロットが話を切り出すと、それを待っていたかのように、非難の矛先がギャロットへと向けられてしまった。
「またそれですか……! それじゃあ再発防止に何も意味が無いんですよ!! ギャロット氏! あなたは……」
(ま~た始まった……もう……)
ギャロットは、内心でゲンナリとしながら、いつものように始まった愚痴だか説教だかわからない小言を、それからかれこれ2時間ほど聞く羽目になった。
今までの問題事の多さから、エクスクモは機構の構成メンバーからの評判は余り良くなかった。
特に、頭の固い各ギルドマスター達からは殊更、何かに付けては非難の槍玉に上がっていた。
ただ、それでも彼が最高責任者の一角である事は、変わる事がなかった。
何故か? それはやはり―――戦闘能力を見た時に、彼以外には適任者が見当たらなかったからであった。
そして人望の面でも、ギルドマスター達からは嫌われていたが、悪党達を一切許さないそのスタイルは、一般のプレイヤー達から強く支持されており、彼らからの信頼はこの上なく厚かったのである。
■
そんな、険悪な会議場での一幕が繰り広げられていた頃。
ラクはジャグス、ストロングと共に街へと出て、街に居た賞金稼ぎたちと戦っていた。
「うわぁぁっ!!」
ラクは、戦闘ではひたすら逃げ回っていた。
サイモンとの戦闘で、攻撃用の道具を使いきったままで街を回る事になったため、余り攻撃には参加できなかったからだ。
そして何より、現れる賞金稼ぎたちのレベルが、全員高めだったからである。
レベルが同じように20台なら、なんとか戦う気分にもなろうというものだが、悪人街へと直接入り込んでくるからか、現れる賞金稼ぎ達は腕に覚えがある者ばかりのようで、全員がレベル30後半以上なのである。
流石にこれでは分が悪い、とラクは基本的には戦わなかった。
賞金稼ぎ達と出会うと、遠隔からの道具による先制攻撃のみを担当し、ジャグス達がそれに合わせてほぼ同時に突っ込んでいく、という流れを取っていた。
ジャグスの感知能力が高い為か、この戦法はかなり有効で、まず確実に相手を一気に倒す事が出来た。
仮にラクの方に接近されても、時間を稼いでいれば後で援護をしてもらえるので、防御に徹していれば傷もさほど負わなかったのだ。
「トドメだっ! 300万ッ!!」
とはいえ対人戦である為、危ない場面も多い。
追い詰められてしまう事も決して珍しいものではなかった。
「ひいぃっ!!」
「『解体処理』」
追い詰められたラクが思わず悲鳴を上げると、切りかかろうとしていた剣士の両腕が切り飛ばされた。
そして顔が引き攣っていた剣士が、後ろを振り向くと―――
―――ザグッ!!
そのままラクの目の前へと巨大な包丁が振り降ろされ、剣士はそのまま”縦”に真っ二つとなった。
同時に”即死”を知らせるシステムメッセージが鳴り響き、プレイヤーの遺骸が即座に消えていった。
血塗れ……ではなく、血の代わりの”欠損表現”が張り付き、赤く照っている巨大包丁が持ち上がる。
「まるでホイホイみてーに寄っていくな……なんなんだお前?」
武器の持ち主であるジャグスは、不思議そうな顔をして呟いた。
今まで、かれこれこのチームは10人ちょっとほどの賞金稼ぎを倒していたのだが、どれもラクを見つけるとジャグスとストロングには余り構わずに、彼の方へ一目散に向かっていくのである。
だからこそ、掃討はスムーズに行えていたのだが、この現象が何なのかはラクが”300万の首”だというのを知らないジャグス達には、まだわからなかったのだった。
考えてみれば、ちゃんとした自己紹介なども無いままに、チームを組まされているのだから。
「『コブラ・ツイスト』!!」
「お”ぅっ!!」
やや離れた位置では、ストロングが別の賞金稼ぎらしい騎士姿のプレイヤーに、身体を絡ませて技を掛けていた。
ストロングが身体を絡み付けたまま背筋を伸ばすと、”グキリ”と余り聞きなれない妙な音を鳴り響かせて、騎士姿のプレイヤーは悶絶するような声を上げた。
同時にHPが一気にゼロになり、それきり彼は動かなかった。
「フゴーッ、フゴーッ!」
身体が変な方向に曲がった騎士プレイヤーを投げ捨てると、ストロングは腕を振り上げて、二人の元へと駆け寄っていく。
結構な数を倒したが、まだまだ二人に疲れる様子は一向に見えない。
掃除屋の一員だけあって、かなり対人戦闘には慣れているように見えた。
(ってか……技名の時は普通に喋るのか)
ラクは腰を抜かして地面に座り込んだまま、複雑な気分になっていた。
彼らに任せていれば、戦闘はとりあえずは問題ないだろう。
だが”これでいいのだろうか?”と思っていたのだった。
「おい、聞いてんのか? お前、何者なんだよ」
「ああ、俺は……」
周囲の敵を粗方掃討した後、ラクは簡単にだが自己紹介を行った。
自分が最近ここへと来た事、どういう事件を起こした為に来たのか。
ついでに、ゲダムの件を訊ねてみようと思ったが、ラクはまだ止めておく事にした。
どうにも今、訊ねるのは不自然な気がしたからだ。
「なるほど、お前が昨日のストリームで流れてた300万の首って奴か……」
「フゴ、フゴゴゴッ!」
ストロングが興味有り気にラクの方を覗き込みながら、呼吸音を漏らす。
ラクは丁度良いので、気になっている件についても訊ねてみる事にした。
「なぁ、一つ聞いてもいいか」
「ナンだ?」
「あのさ、この……ストロング、さんの話し声って、わかるのか? 君は」
「わかるよ。僕は」
「翻訳か何かが掛かってるのか? 特殊なスキルで訳されてるとか……」
「いんや。大体のニュアンスで勝手に吹き替えて言ってるだけさ。1週間ぐらい顔を付き合わせて話してれば、お前もわかるようになるよ」
「そんなもんなのか……」
「ジェスチャーだけでやる伝言ゲームみたいなもんさ。最初は全然わからないけど、慣れてくれば大体の意味は読めるようになる。ガンテス隊長とか、ヤジマさんとかはわからないみたいだけどさ」
そこまで言うとジャグスは僅かに考え込むような仕草をして、それからラクへと切り出すように言った。
「さて、それじゃあ……ちょっと作戦変えようか」
「え?」
「せっかくさぁ、丁度、タフでしかも凄まじい誘引力のいい囮役がいるんだし、これを使わない手はないでしょ」
「おっ、囮……!?」
「フゴゴッ! フゴッ!」
背後に居たストロングが腕を振り上げて、何かしらの台詞を言った。
相変わらず呼吸音に邪魔されているので、明確にはわからないが、ラクにはその台詞が何となく、こう聞こえた気がした。
”それはいい作戦だ。是非やってみようじゃないか”と。
■
それから―――ラクは地獄を見る事となった。
何せ、あえて賞金稼ぎたちを誘き出す為に、人目の多い場所を目立つように歩く事となったのだから。
それも、なるべく赤色だとか黄色だとかの、原色が目立つようなド派手な色の装備に切り替えて、だった。
ラクは、まるで風変わりなピエロのような服装となり、街中を歩いていった。
(こ、こんなので囮になるわけが……)
「見つけたぞぉっ!」
「いぃっ!?」
歩いていると、人波を掻き分けるように、数人の武装した人間が現れる。
街中で武装している、非常にわかりやすい賞金稼ぎのスタイルだった。
「囲めッ! 逃がすなよ、300万の首なんだからな!!」
「う、う、ウソだろう……!」
正直なところ、絶対にこんなものでおびき出すことなどは出来ないと思っていたが、現れる賞金首達は、3、4、5人と、その数を見る見るうちに増やしていき、どこに居たのか10人を越える人数にまですぐに膨れて行った。
どうやら自分は、思っているよりも悪い意味で有名なプレイヤーとなっているようだ。
(や、やばい……)
ラクは賞金稼ぎのプレイヤーたちに周囲を包囲され、脂汗がドッと顔から吹き出ていくのを感じた。
これは―――さすがにマズイ。
あのジャグス、ストロングの二人はかなり強いプレイヤーではあるのだが、流石にこの数では、一気に相手をする事はできない筈だ。
(どうする、どうする……!!)
「しゃがめッ!!」
ラクがうろたえていると、突然、子供の声が響き渡った。
ラクはその声に反射的に膝を折り、そのまま地面に這いつくばる姿勢となった。
直後―――
「『大切断Ⅲ』!!」
周囲に強風が吹き荒れ、圧力のある一撃が周囲を薙ぎ払う。
すると次の瞬間にはラクの周囲に居た賞金稼ぎたちの腰辺りからが両断されていた。
ずるずると身体が微妙に滑って切り落とされていき、同時にダメージが一気に入って行く。
そして全員のHPがゼロへと変わると、彼らの遺骸はそのまま消滅していった。
後には、ただ一人だけ、巨大な包丁を振り抜いていた銀髪の子供だけが残った。
「うっひょー! すっげぇ綺麗に決まった! きっもちいいぃぃぃっ!!」
「フゴッ、フゴフゴッ!」
喜びの声をジャグスが上げると、大仰な足音を立てながら、離れた場所からストロングが現れる。
どうやら、今のは横薙ぎに広範囲を攻撃する技だったようで、彼は安全な場所まで離れていたようだった。
「あ、あ……危なかった……」
倒れこんだまま、ラクは激しく息を切らしていた。
囲まれて、しゃがみ込んで攻撃を回避しただけだが、精神的なプレッシャーが半端ではない。
殴られたり、切り付けられただけでも結構な痛さであるのに、これで胴体を切断されたりしたらどうなるのか、想像もしたくないほどだ。
だがそんなラクを他所に、軽快にジャグスは言った。
「よし! それじゃ次行こか!」
「ええ~!?」
技が信じられないほど綺麗に決まったからか、満面の笑顔でジャグスは言う。
”もうやりたくない”とラクは言いたかったが、かといって自分が戦うわけにも行かず、そのまま似たような事を何度か繰り返していく事になるのだった。
■
掃討活動が終わったのは、ファシテイト内の日が暮れてからだった。
おおよそ6時間ほど、リアル時間に直せば2時間と少々を戦闘時間に費やした事になる。
「し、し、し……」
何度も死ぬような目に遭って、やっとの事で”そろそろ終わりにするか”と伝えられた瞬間、ラクはそのまま座り込んでしまった。
「死ぬかと思った……」
疲労するのももっともだった。
何せ、今の状態では死亡する事が実質的にできないのだから。
ずっと回避に失敗すれば死ぬような攻撃を、避け続けて、緊張しっぱなしで居れば、誰だって疲労困憊にもなると言うものだ。
「えーと、うん、リザルトは後でカン婆に渡しとくよ」
「フゴフゴ、ゴフゴッ!」
ジャグスとストロングの二人はウィンドウを作って、それ越しに何かを話していた。
誰に話しているのかまではわからないが、恐らくは今日の戦果をどうするのか、という話なのだろう。
二人はその話を終わらせると、汗だくで倒れこんでいるラクに向かって言った。
「さて、さっきも言ったけど今日の仕事は一応終わりだってさ。今しがた”エリア画一化処理”とか言うのが終わったらしいから」
「た、助かった……」
ラクが大きな安堵の吐息を漏らすと、ジャグスは言った。
「それで―――新入り……いや”ラクォーツ”って言ったっけ? これからさ、仕事終わったんで”飲み”に行くんだけど、一緒に来るか?」
「え、飲みに……?」
辺りはすっかり夜であり、仕事が終了したので、単純な流れ的には余り変ではない。
だが、言っているのはどう見ても子供のプレイヤー「ジャグス」だ。
声の調子から判断しても、間違いなく小学生~中学生ぐらいの筈である。
すぐ後ろにいるストロングが、マスクを外して「一杯行くか?」とか言うならまだしも、子供が仕事終わりに飲みに、なんてのは違和感がありすぎる光景だった。
第一、ラクはリアルではお酒が飲める年齢ではない。
「飲みに、って……俺、未成年だよ?」
「僕だって未成年さ。というか、まだ”毛”も生えてないようなトシだよ」
笑いながらジャグスは、自分の腰辺り、いや……恐らくは”股”あたりだろう部位を指差して言った。
(なんつー下品な……)
だがある意味では悪人街のプレイヤーらしい冗談であるな、とも思えた。
ジャグスの後ろでは、ストロングが腕組みをして”うんうん”と何かに納得したように頷いている。
それだけ本当にジャグスが子供だ、という事なのか。
(しかし、ゲーム内とはいえ、お酒を飲んでいいんだろうか……?)
セクハラや性的なものに関しては、そこそこ厳しい制限がファシテイトでは存在しているのだが、ゲーム内での”飲酒”、”喫煙”においての行動には、意外にも特に制限は掛かっていない。
これはSGM社が調査を行い、”現実への依存度には影響が無い”と結果が出た為であるとされている。
だから子供のキャラクターでも、平気でタバコを咥えていたりするし、酒瓶を腰に据えつけて歩いていたりする姿を見る事もある。
とはいえ、基本的には推奨はされていないので、大人の格好をしていないアバターでそういう事をやると治安維持ギルドなどから、補導がされる事になっている。
なので”事実上の禁止”という形に収まっているのだが……。
当然ながら、悪人街ではそういったルールは無いような扱いとなっているのだろう。
「どうするんだ?」
再度、ジャグスは来るかどうかをラクへと訊ねた。
「いや、俺はちょっと……お酒なんて今まで飲んだ事が無いし……」
「大丈夫だって。味のちょっと変な炭酸みたいなもんさ。あんまりおいしくはないけど、慣れてくるとソーダとかより飲みやすくなる」
(そんなもんなのか? とはいえ……う~ん……)
ここへと来た目的を、ラクは再び思い出す。
自分の目的は、”人探し”をする事である、と。
その為には―――どうしても”聞き込み”が必要である。
自力では恐らく、この広い横浜エリアを探すのは無理なのだろうから。
その情報を聞き出す為、酒場へと繰り出すのは決して悪い話ではない。
ただ、自分が”どれぐらい酒に強いのか”というのが不安の種だった。
いくら話を聞きだしやすそうな状況となっても、自分が先に酔いつぶれてしまったりしたら元も子もない。
(……)
「ま、行きたくないなら無理には誘わないケド……とりあえず、今日の場所だけは伝えておくよ」
ジャグスはそう言って、腰元のアイテム袋から紙片を取り出すと何かを書き込み、それを座り込んだラクの方へと投げた。
そしてストロングに「行くぞ」と声を掛けると、そのままジャグスは彼を引き連れて夜の街へと消えて行った。
人通りがまばらな夜の横浜エリアの一角で、ラクは一人、紙片を前に迷った。
「……どうするかな」
だが5分ほどして覚悟を決めると、ラクは目の前にあった紙片を取った。
そして、そこに書かれていた地図を見ながら、店へと向かう事にした。
(あれ、そういや今、一人なんだな……)
ラクは歩き出してから、”ある事”に気付いた。
暗くなっていく横浜の悪人街を、たった一人で歩いているのに、いつの間にか恐怖がなくなっているのだ。
最初はかなりビビっていて、そして本当にかなり危険な事の筈だが、今ではそこまで危ないとは思わなくなっていた。
単純に今、気が抜けて油断しているからなのか。
それとも―――強くなったからなのか。それはわからない。
その答えはこれからわかるのだろうな、と思いを馳せながら、ラクは夜の街へと繰り出していった。




