35:物置奥の巣
ラクォーツこと”ラク”は悪クラスのプレイヤーのボス格”ゲダム”と交渉を行なう為、”悪人街”と呼ばれる場所へやってきた。そして彼は悪人街の会合所へと行き、チーターとしての力を証明する為に、成り行きから”変身コマンド”を見せてしまう。
それにより、何とか自分の力を証明する事に成功はしたものの、とある者の気まぐれから、今度は準上級クラスのプレイヤー「サイモン」と戦う事になってしまうが、辛くもラクはこれを撃破する事に成功した―――
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トンネルが、ひたすらに続いていた。
足元こそ歩きやすいように滑り止めがついているプレートがあるが、ほぼ全面がコンクリートであるために、無機質な感じが色濃く漂っている。
周囲に間隔をそう空けずに蛍光灯やら、発光する”魔蛍石”などの”永久光源”の特性を持つアイテムが設置されているので、トンネル内は非常に明るい。
だが天井の方を見上げると、暗い部分もそこそこに目立つ事から、この地下道の直径はかなり大きいもののように見えた。
仮想世界ではあるものの、工事などが行なわれる事もあるからなのだろう。
「うわッ!」
グンバが遠くの方で走り去った地下鉄の列車に驚きの声を漏らした。
彼は今、サイモンの後ろに着いて行きながら、”宿”を目指していた。
「地下鉄、ちゃんと走ってる事は走ってるんだぁなぁ」
のんびりとした口調で呟くと、サイモンが険のある感じで応える。
「その喋り方、なんとかできねぇのかぁ? 聞いてると、どうにも腹が立って仕方ねぇんだ」
「す、すまないだ」
不機嫌そうなサイモンの声に、グンバは気付いたように目の前に電想パネルを作成し、変身コマンドを実行させた。
そして”キャラクター・チェンジ”を再び発動させ、ラクォーツの姿へと戻った。
「ふー……」
「へぇ、そんな風に戻れるのかよう。それは」
「一応な。モンスターの時にやると解除コマンドになるらしいんだ」
「”らしい”? どういう事なんだ?」
「ああ……いやちょっとな。俺も、実を言うとこのコマンドは全部どうなってるかを把握してるわけじゃないんだよ」
「”不安定なチート”って訳なのかよう?」
「ああ。完全に制御できてるわけじゃないんだ、実の所。だからなるべく使いたくは無いのさ」
「最初、使うのを躊躇してた理由はそれか」
やがて、トンネル内にホームレスらしい風体のキャラクターが見え始めた。
ボロボロの、最低ランクの衣服を見に纏っており、風呂などにも入っていないのか、近づくと学校の体育館倉庫などで嗅ぐような、酸っぱい匂いがする。どうやら彼らはNPCであるようだ。
サイモンは彼らの一人に道を訊ねると、光が溢れている駅のホームからは出ようとせず、また別のトンネルが続く方向へと歩き始めた。
「直接ホームから地上に出ないのか?」ラクが訊ねる。
「どうも今は……ちょいと地上がややこしい事になってるらしい。だから地下をこのまま歩いて、宿の近くまで行っちまった方がいい」
「ややこしい事?」
「お前もう忘れたのか? スパイダーの野郎が地上で大技を使ったじゃねぇか。すげぇビームを撃つ奴だ。あれのせいで横浜の5分の1ぐらいが滅茶苦茶になったんだとさ」
「ご、5分の1? そんなに!?」
「あのクソビーム攻撃、建物の材質かそれとも厚さかわからねぇんだが、当てた建物によってはそのまま溶かすみたいにして貫通してたらしくてよ。場所によってはかなり遠くの建物も被害を受けちまったらしい。だから地上はまだ、道がよくわからないって事だ」
「ソーサル・キャノンってそんなに威力があったのか……強いとは聞いてたけど」
「”ソーサル・キャノン”? そういやなんか言ってたな。お前、なんかあれの事知ってるのか?」
「あれは……最強の気力源子弾攻撃だよ。”ソーサル”とか”エナジー”なんたらって付く魔法攻撃の、最強の奴だ」
「最強だって? どのぐらい凄い攻撃なんだ? いきなり”最強”とか言われてもピンとこねぇぜ」
「発動させるのに、設定上は”発電所を丸々一つ潰すぐらいのエネルギーがいる”って言えばわかるか?」
「発電所ぉ?」
「プレイヤーが使う事は無理なぐらいな……というか人間だと、どう逆立ちしても持ち得ないぐらいのエネルギーが必要なはずだから、多分、何かでリミッターをかけて使ってるんだろうな」
「フルパワーじゃねぇって事か? もしMAXで発動させたら、どんな威力が出るんだ」
「街とか都市なんか一発で消し飛ぶよ。それどころか国が何個か消える筈だ」
「……はっ? お、おいおい、そりゃあ流石にねぇだろ」
「いや、話を聞いた限りじゃあ、間違いなくそうなるだろうさ。この魔法は……”大陸攻撃用魔術”って名前が付いてるぐらいなんだから」
「大陸攻撃用?」
「そのままの意味だよ。”大陸ごと何もかもを破壊できるほどの攻撃魔術”って意味だ」
「なんじゃそりゃあ……そんなあぶねぇもんを使ってたのか、スパイダーは」
「相当慣れてるんだろう。普通に操作しようとしたら、かなりシビアな魔術操作能力を要求される筈だ。下手するとその場で一気に虚脱したり、最悪死ぬような危険な攻撃魔術さ」
■ソーサル・キャノン【魔術】【源子弾攻撃】
煉弾操作の究極能力。”収束煉砲撃”。魔術文明デュプロムにて開発された最強の気力源子攻撃魔術。発明者は「ロウアン・ミズキンス」。
数ある源子攻撃魔術の中でも”最強”とされる攻撃魔術である。
発動させるにはエネルギーを供給するもの、また術式を統括するもの、放出の役目を担う”砲身役”のものが必要とされる。
”源子弾攻撃”という分類となっているが、単純に弾丸を作り出して攻撃するのではなく、もはや”砲撃”となっているのは、強力な攻撃技の常か。
恐ろしくコストの掛かる魔術で、習熟した達人級の魔術師が最低でも10万人は発動させるのに必要であるとされる。
その様子から”発源所をひとつ潰すほどのエネルギーが必要”と比喩される。(実際にはそれよりもエネルギーが必要となるので、火山が丸々一つ無くなるようなエネルギーと言う方が適格か)
その分、起動が成功した際の破壊力は凄まじく、大陸を攻撃し敵国家を容易に破壊。さらには”文明そのものにダメージを与える”事が出来るとさえ言われる。
”砲身”より、まるで桃色の巨大な滝が対象へと向かって流れていくような様は、まさに”奔流”としか形容の仕様が無く、その威容と破壊力から、”大陸攻撃用魔術”との俗称がある。
もっとも当初、開発されたのは主に政治的な理由からで、戦略兵器を有している方が国家間での発言力が高まるから、というような理由に過ぎなかった。しかし、その後の文明の発達によって魔術利用の技術が進歩すると、これの出力を抑制して(リミッター付与化)個人や少数で構成される組織でも使用が行えるようになり、”帝国”はこれの技術自体を封印するか、それとも別の方法で規制するかを迫られる事となった。
これをどういう形で使用するかは、その者の能力そのものを表す指標ともなるので、なるべくリミッターを掛けずに使用する事を競う祭典のようなものが存在する。
ちなみに、これを全くリミッターを掛けずに個人で使用する冗談のような芸当を行える魔術師は、存在する事は存在している。→魔女瑠禍、錫皇など
「へぇ……」
歩きながら、やがてとある扉を開くと、人がまばらに歩いている通路へと出た。
どうやら、どこかの通用口から通常の駅構内へと入る事が出来たようだった。
「さて、それじゃあよぉ。もう一個聞きたい事が……ぁん?」
少し歩いて、別の入り口へと差し掛かった時。
サイモンはラクが着いてこなくなっている事に気付いた。
「ありゃ? どったんだ?」
迷ったのかとサイモンは最初に入って来た通用口から、別の扉までを見回してみるが、周囲にはまばらに人が歩いているだけで、道もすぐに一望できる。
とても迷うようには見えなかった。
「どこへ行きやがった? アイツ……?」
ただ―――サイモンが入ろうとした場所と、最初に入って来た通用口の間には、いくつかの非常口が点在していた。
堅く閉められている筈の非常口。その中の一つの鍵が”先程まで”外れていた事に、まだサイモンは気付いていなかった。
■
(なっ、なんだ……!?)
ラクはサイモンの後ろを歩いている時に、一瞬の隙を突かれ、非常口から出てきた”謎の手”に引きずり込まれてしまっていた。
もの凄い力で身体を引っ張られて、さらには強い眠気を引き起こされてしまったのである。
ラクは最初は何がなんだかわからなかったのだが、少々時間が経って、頭をぶつけられる衝撃で意識がはっきりとした。
そして目の前をよく確認すると、真っ黒な服装をした”少女”が自分の首元をしっかりと掴んでいた。
(あれ? この人は……確か……)
どこかで見た姿だとラクが思った時―――名前が表示された。
≪黒媛祭 『リリル・マルガレーテ』 -Dark Priestess-『Ririll Margarethe』≫
(ダークプリーステスって……確かあの、”会合”に居た……!)
ラクはガンテスに”詰所”へと連れて行かれ、そこに多くの悪人街のプレイヤーが集まってきたが、目の前に居るのはその時に居た”とんでもない色香を纏っていた少女のプレイヤー”である。
黒い色の服装に身を包んだ”ダーク・プリーステス”だ。
「あ、あの……一体これはどうして……?」
笑っているのか、それとも単純に目を閉じているのか。
そんな”とろん”としているわかりにくい表情をしてリリルは言った。
「あなた―――”骨抜き”にされた事って、ありますか?」
「……へ?」
それだけを言われて、ラクは何故か―――”股間”を握り締められた。
「う”う”ッ!?」
”男の象徴”部分をがっちりと女性キャラ特有の細い指で握り締められる。
決して強い力ではないのだが、かといって弱い締め付け方ではない。
”扱い方”をこれ以上なく心得ている絶妙な強さの締め付け方だ。
男のこれ以上無い急所である事と、その底が知れない”適度”な掴み方に、ラクは本能で危機を察し、冷や汗が額に吹き出始めた。
「お”ッ……!?」
「ふふっ、逞しいわねぇ……オークになれるって言うから、なんかより”いい”感じに見えるわぁ」
「ちょっ、いや、な、何を……!?」
動けずに慌てふためくラクを、何も言わずに微笑みかけながらリリルは見つめ返す。
「もっと”暗い場所”へ移動しませんか? ラクォーツさん。連れて行ってもよろしいのですけれど……」
ラクはその問い掛けを聞いて唾を飲み込んだ。
目の前に整った可愛らしい顔立ちが迫ってきていたのもあったが、それ以上に恐怖を感じたからだった。
何故なら、優しい口調ではあったものの、それが”提案”ではなく―――どう聞いても”脅し”にしか聞こえなかったからだ。
受ければそのまま付いていかなければならなくなる。
かといって拒否すれば強制的に連れて行かれる事になるだろう。
どこへ? それは恐らくは―――かなり危険な場所である。
明確に言われずとも、それがすぐにわかった。
(やっ、やばい……!!)
ちろりと舌なめずりをしながら、リリルの顔がラクの方へと迫っていった時、物陰から聞きなれた声が響いてきた。
「そこら辺で勘弁してくれませんかね」
「!」
小柄な人影が、暗い場所から躍り出てくると、それがサイモンである事がわかった。
短く溜息を吐いてから、彼は言う。
「やっぱり、リルの姉貴でしたか」
「……ん、サイくんね。どうしたの?」
興味が無いようにリリルは言った。
サイモンはなだめるような、どこか頼み込むような口調でリリルに言う。
「いえね、ちょっと手を出されると困るといいますか。ウチの姐さんからそいつをスイーパーの宿まで連れてってくれ、と言われてるもんで……」
「……ふぅん」
”ウチの姐さんから”という言葉を聞くと、リリルの動きが止まった。
そして、それから何か考えていたようだったが、やがてサイモンがその場から動かないのを確認すると、仕方無さそうにラクから手を離した。
「ま、それならしょうがないかな」
「すいやせん。今度シクると確実に大目玉食らっちまうんで、助かりやす」
「どうしてここ、わかったの? 鍵をちゃんと掛けてきたはずだけど」
「そいつの”火薬の臭い”ですよ。さっきオリと戦った時に、そいつが火薬玉も使ったんで、その臭いが近くに居たこいつにも残ってたんでさぁ」
「火薬……かぁ。あー……ホントだぁ」
リリルがラクの胸元へと顔を埋めるようにして臭いを確かめた。
胸元へと顔をぴったりと付けるようにして、深く息を吸い込む。
”臭いを確かめる”というよりは”フェロモンを味わっている”というような感じの、そんな呼吸の音はどこからどう見ても艶やかであり、ラクはとても複雑な気分になった。
それから、リリルは背を向けて階段を降りていこうとする。
だが、降りていく前にサイモンへと言った。
「サイくん。今度さぁ、シーラちゃんにもウチに来るように言っておいてよ」
「言うだけは言っておきますよ」
「ありがと」
リリルはそう言うと、灯りが少なくなっている通路の階段を、ライトなどの照明を何も点けずに降りていった。
かなり暗い為、足元がまるで見えそうに無いが、戸惑う様子は全く無かった。
(暗視能力でも持ってるのかな……)
リリルの姿が見えなくなってから、サイモンはラクへと振り返り、僅かに鼻で笑いながら言った。
「おみぃは、良く巻き込まれる奴なんだなぁ」
顔がにやけており、どこか”してやったり”というような表情をしている。
尻餅をついていたラクは、立ち上がりながら訊ねた。
「なっ、なんだったんだあれは……」
「危なかったな。あの人はよ、”娼館街の女帝”って言われてるんだ」
「娼館、街……?」
「”バーチャル・セックス”って知ってるか? ファシテイトの中で女と”ヤ”るって言うアレさ」
「それは……まぁ聞いた事はあるけど」
体感ゲームである為か、ファシテイト内でも当然ながら”男女の営み”を再現したシステムは存在する。
双方の同意があれば、性交の機能を一時的に解除して現実と同じように”ヴァーチャル・セックス”というのを行なう事は可能であるらしい、というのはラクは耳にした事があった。
ただ、基本的にこの機能は全くの放置だと危険極まりない為、システム的にかなり制限がある。
街中であればシステム的な防御が働く為、セクハラを行ったりするだけでもペナルティがあるし、街の外であっても女性キャラクターは戦闘不能になった後に、身体に余り長い間触れられていると何かしらの防御がシステムによって働くようになっている。
これは男性キャラクターでも同じだが、女性の方が短く設定されている。
だから、聞いた事があるだけの話だった。
「この街にはなぁ、それがメインの歓楽街があるんだ。日本でも数えるほどしかねぇもんだから、週末の夜とかになったらすげぇ騒がしくなる場所さ」
「そ、それがどうしたって言うんだ?」
「あの人はよう、そこの”ボス”なのさ」
「ボス……!?」
「見た目はコスプレした女子中学生って感じだがよう。中身はそこら辺の頭がイカれたチンピラだとか、澄ました顔してるヤクザとかが比にならねぇぐらいクソ危ねぇお方さ。もし部屋に連れ込まれると、次の丸一日はリアルで立てなくなるとか言われてる」
「う、嘘だろ……?」
「いいや本当さ。その姿が、まるで”身体中の骨を抜かれてる”みてぇだから”抜骨のリリル”とか仇名が付いてるほどだ」
「ば、抜骨……」
「気ぃつけろよう? ”10人20人”だろうが”女”だろうが見境無く食っちまうとかいう話だからよ」
「……ッ!」
どうやら、今しがたのシチュエーションは、相当に危ない場面であったらしい。
それを説明されて、思わず冷や汗が額を滴り落ちた。
それから、二人は通常の駅構内へと戻り、そこからさらに地上へと上がった。
■
人波がまばらになっているのを見て、どこか安堵の感覚をラクは憶えた。
「はぁ……やっとこさ普通の地下鉄に出たって感じだ」
「よっぽど堪えたって感じだな。その様子だとさっきのがよう」
その言葉に、ラクは元気なく応えた。
賞金稼ぎに殺されかけたり、悪人街の会議場のど真ん中に出されたり、人前で変身コマンドを使ったり、”本当の意味”でのタイマン真剣勝負をやったりして今日は色々と精神を削る事が多かったが、その中でも一際先程のものはキツかったように思う。
やはり、ああいう直接圧迫されるような”問い詰め”が、一番精神的には消耗するようだ。
「そう言えば……ここまで全然聞いてなかったけど、”掃除屋”って結局、何をする仕事なんだ?」
ラクはふと、サイモンに訊ねた。
「あン? 何も知らねぇのかおみぃは?」
「ここに来たのは殆ど事故みたいなものだったから、事前知識が無いんだよ。ってか……こんな事街中で聞いちゃダメだったかな?」
「別に構わねぇさ。サツが街中で自分らの仕事がどうとか言ってても、制服着てなきゃ、そんなに目立つ事はねぇだろ」
「サツ? 警察って事か?」
「ああ。兄貴がよく言ってるんだが……俺ら掃除屋は悪人街の警察みたいなもんなんだ。もっとも、守るのは”法”じゃなくて”無法”の方だがな」
サイモンはそのまま歩きながら話を続けた。
心なしか歩くペースが落ちたような感じがする。話すためだろうか。
「俺達の仕事は、ここにやってくる”外の奴等”が好き放題しねぇようにする事だ。具体的に言えば……賞金稼ぎとか、街をちょろちょろしてる情報屋を色んな意味で”始末”する事さ」
「PKするって事か」
「PKもするし、それ以外の事もやる。ただまぁ、名前の通り色んな意味で街を”掃除”するのが、俺達の担当してる仕事って事だ」
「へえ……」
感心するようにラクは鼻を鳴らした。
どうやら、普通の町にある治安維持のシステムがこの”悪人街”にもあるようで、それが形を変えて存在しているのがこの”掃除屋”と言う組織であるらしい。
確かにこういったものが無ければ、街には犯罪者を狩る賞金稼ぎ達が溢れ、悪人街の存在する意味が殆ど無くなってしまうだろう。
普通の町にある”ガード”などは治安を維持する為に元からあるシステムだが、この”掃除屋”は恐らくは街が大きくなっていくにつれて、自然と出来上がったシステムなのだろうな、とラクは思った。
■
しばらく歩いていくと、階段から二人は遂に地上へと出た。
そしてラクは―――まだ夜の闇が深い地上の様子を改めて確認し、嘆息を上げた。
「な、なんだこれ……?」
ラクが出たのは街中の、丁度交差点の端のようだった。
まず、車が大渋滞を起こしているのが見えてきた。
車や馬などの乗り物用のモンスターが何メートルにも、見える範囲一杯とすら言えるほどに、道路を埋め尽くしていた。
だが驚いたのは、その事についてでは無かった。
「前にも後ろにも戻れねぇんだろ。道がどこも潰れて行き止まりになってっから」
長方形の小さな木片を積み上げて大きな立方体のタワーにし、それを崩さないように一つずつ木片を引き抜いていくゲームがある。
崩した人間が負けであり、どこに力が掛かっているのかを読んでいく面白さの有るゲームだが、それで丁度―――”タワーが倒れた後”のような光景が広がっていた。
ただ、スケールはまるで違っていたのだが。
「……なんてことだ……」
交差点の道路は8車線ほどの幅があるものだったが、その全ての車線が見事なまでに塞がってしまっていた。
三つある交差点の一つは、道路に高層ビルが丸々一つ倒れこんでしまっており、”通行止め”の看板は掛かっていないが、自動的に通行止めとなっている。
様々なものが転がっており、大小のコンクリート塊、ガラス片やそのまま外れたのか、窓枠つきのガラス板があったり、ビルの中にあった備品なのか、机や椅子もやたらと散乱している。
灯りが点いたり消えたりするライトなども落ちており、夜の暗さと相まって不気味な雰囲気をあたりに撒き散らしていた。
他の二つの道路も同じように通行止めだった。
違うのは周囲の建物がいくつも倒れてきているか、ビルが倒れてきているかの違いしかない。
ゲームの中である事を考えても、受け入れるのに時間が掛かりそうな光景だった。
「……」
「さ、うんざりするのも程々によ、見えたぜ。あそこだ」
「え?」
サイモンは言葉を失って呆然とするラクをよそに、さして気にする様子も無く言った。
「どうやらこっちの方は、運よく被害は免れたみてぇだぜ」
サイモンが指を指した方には、外側が全体的にミルク色をした建物があった。
かなりの高層ビルで、入り口に豪華な意匠が広がっている所を見ると、結構な格式を持っていそうなホテルだ。
暖かそうな、荘厳な灯りが建物全体を包んでおり、まるでその場所だけ宵闇の時間が続いているような感じだった。
ラクはそのままサイモンに案内され、入り口前までやってきてから訊ねた。
「……ここって、結構高いホテルなんじゃ……?」
「ああ、高いぜ。グランドなんたら……だったっけか? スイートのいっこ下の”スーペリア”とか言うのが4人でやっと一人一泊9万キャッシュとか言ってたな」
「わ、割引がついてて9万って事か!?」
「ああ。とんでもねぇ所だぜ」
「こ、こんなところに、何の用なんだ?」
一応、ラクは訊ねた。
今までの経緯から言って、どう見てもここが目的地の筈だが、悪クラスのプレイヤーが普段使っている場所としては高級すぎると思ったからだ。
「何のって……おみぃ今更何を言ってんだ? 宿だよ宿。ここが―――”掃除屋”の宿なのさ」
「こ、こんな……高級ホテルが!? 嘘だろう!?」
「”こんな”ってどういう意味だよ。ボロ宿に隠れ住んでる、とかが似合ってるとでもいいてぇのか?」
「いやそう言うわけじゃないけど……でも、まさかこんな所とは……」
ラクは戸惑ってしまい、思わずロビーへと続く玄関入り口の前で脚が停まってしまった。
「無条件に使えるわけじゃねぇんだ。余り喜んでも、後で損するだけだぜ」
そんなラクをよそに、サイモンはずかずかと迷いの無い足取りでホテルの中へと入っていく。
入るのにも躊躇しそうな場所へと、戸惑う様子ひとつ見せないその様は”無遠慮”とすら思えた。
「……いいのかなぁ」
恐る恐る―――巨大な玄関を抜けると、見上げるような天井が広がっていた。
クーラーと空気清浄機があるのか、感じる雰囲気は澱んだものが一切無く、僅かに冷えた空気は、非常に静謐な感覚を踏み入った者に与えてくれる。
そして、厚みのあるマットレスを越えた先にあったエントランス・ホールの床には、照りのあるフローリングが広がっていた。
スーパーだとか病院だとかで見る光沢の有る床(リノリウム仕上げ)のような僅かな光沢が走っているが、それとはどこかが違う気がする。
まるで巨大な岩を一枚に磨き上げたような、自然な光沢が付与されているように思えた。
「すっげー……」
ただただ、驚くしかない。
普段、こういう場所にはゲームの中とは言ってもあまり入る事が無いからである。
こういう街中では、ファシテイトはゲームの空間と言うよりは”電脳空間”として、社会的な性格の方が色濃く出る為、現実とそう変わらない立ち回りを要求される為だ。
ラクが驚いて周りを見ていると、サイモンは慣れた様子でフロントへと出向いた。
「ばーちゃん、オリだ。”掃除部屋”の鍵をくれ」
自分の名前も告げずに、どこかのアパートの管理室にでも声を掛けるように言うと、フロントの奥から一人のプレイヤーが顔を見せた。
格式高そうな(フォーマルな)制服に身を包んでいるのだが、何故か背がやや丸っこい形になっている。
それもその筈で、その顔は皺が深く刻まれており、どう見てもファシテイト内では珍しい”老婆”のアバターだったからだ。
「ああん? なんだい。サイモンかい」
サイモンが馴れ馴れしく声を掛けると、老婆はこれまた顔見知りな様子で応えた。
話し方から、NPCではないのがすぐにわかった。
「今日は何かあったのかい? いやに外が騒がしいんだけど。さっきはすんごい音もしたし、”爆弾姉妹”でもやってきたのかい?」
「おいおい、ニュース見てないのかぁ? ”ファイブ・スターズ”のギルドマスターが来て、それとオリらが戦ったんだよ。すげぇ広範囲攻撃喰らったんだぜ?」
「あれま。じゃあその腕は……」
「ああ、やられたんだ。兄貴たちとだったから良かったけど、オリ一人じゃ危なかったぜ」
「へぇ……じゃあ外のすごい音はそれだったのかい?」
「何個もビルが倒れてるぜ。たぶん、復旧に何週間も掛かるだろうな」
「そりゃ大変だねぇ……その後ろのは誰だい?」
「こっちは新入りだ。会合に兄貴が連れてったんだけど、途中でバトルが始まって、それがヒートアップしてお流れさ。行き先がねぇから、姐さんがとりあえずスイーパーの組に入れとけとか言ってさぁ」
「押し付けられたんだねェ?」
ニヤニヤしながら老婆はからかうように言う。
そして喉から空気を掠れる音を漏らしながら笑った。
まるで枯れ木が笑っているような、お年寄り独特の笑い声であった。
「……~~~」
しかめっ面でサイモンがその笑い声に耐えていると、老婆はフロントの内側から
大きめのキーチェーン付きの鍵を取り出した。
ホテルでよくあるアクリルの長い棒がついたものではなく、恐らくはステンレス製だろう金属のプレートに番号が刻印されている。
いかにも高級ホテルのもの、と言う感じの鍵だ。
「行くぞ」
「あ、お世話になります……」
「1週間は勝負だよぉ~!」
ヒッヒッヒ、と笑う老婆を尻目に、ラクはサイモンに連れられて先を急いだ。
「月曜はあンのクソ婆にいつも鍵をもらわねぇといけねぇんだから嫌になるぜ」
「あれは誰なんだ?」
「掃除屋の統括者だ。ギルマス……ってのとはちょっと違うんだが、とにかく、ギルマスみたいなもんさ」
「あれが……」
■
サイモンは鍵を受け取ると、ラクを連れて1階の南東の方にあった部屋に入った。
そこはフロアーの端の方にある、物置のようになっている小部屋だ。
掃除用具が詰め込まれている部屋である。
「ここが、もしかして休憩所なのか?」
「んなわけねーだろ。おみぃがここで寛ぎてーってんなら止めねーけどよ」
サイモンは灯りも点けずにそのまま物置部屋の奥へと歩いていく。
(なんだ……?)
まるで”別の扉”へと移動していくような足取りだが、この部屋は行き止まりで、他の部屋へと続いている通路は見えない。
壁にかけられたモップだとか箒などのたくさんの掃除用具と、別の掃除機などが収納されているのだろう”ロッカー”がいくつか並んで居るだけだ。
「えー……今日は月曜だから……」
やがてサイモンはロッカーの一つを、先ほどの鍵で開けた。
そして中身を見て、サイモンは何か小言を呟き始めた。
(な、なんだ……? さっきのって、部屋の鍵じゃなかったのか?)
ラクがその様子を怪訝な眼差しで見ていると、今度はサイモンはロッカーの中に入っている荷物の出し入れを始めた。
ロッカーの中にあるバケツだとかゴミ袋などを外へと出したり、入れたりしている。
傍から見ると、どう見ても”危ない感じ”である。
「お、おい一体どうし……」
「ちょっと黙ってろ。そろそろ合うはずだから」
(?、”合う”……?)
箒、塵取り、モップ、バケツ、洗浄剤、用具格納カートの骨組み……。
そんなものをサイモンが何度も物を出し入れしていると、やがて音が鳴った。
―――ガチッ
「よし、合ったぜ!」
結構大きな、機械的な音が鳴った。
まるで大きな歯車が噛み合った瞬間のような、大きなプレートに複雑なパーツがピッタリとはまり込んだ時のような音だ。
ラクはその音がロッカーの方から聞こえた事に疑問を感じ、訊ねた。
「合ったって……今の何の音なんだ?」
「行ってみりゃわかる……おらよ!」
「え!? うわっ!!」
言うが早く、ラクは服を掴まれて、今しがたサイモンが道具を出し入れしていたロッカーの隣にある、別のロッカーへと放り込まれた。
そして―――何かが動き始めた。
「う……? な、なんだこれ?」
ロッカー自体が動いている。ゆらゆらと金属の長方形が震動して、まるでこの中だけ地震が起こっているような感じになっていた。
ラクは危機を感じてロッカーから出ようとしたが、動こうとしたその瞬間―――
「うっ、うわあああああああああ!!」
ロッカーが、轟音とともに大きく上空へと飛び出していった。
■
「さて……ここだ。この”38階”が掃除屋の会合所兼宿になってる」
「え、なにが……?」
やっとの事でロッカーが停まった後、這い出るように出てきたラクは、しばらく近場に合った椅子に本能的に座って、ぐったりとしていた。
周囲の様子が全くわからない。
(か、体が重たい……)
もの凄いスピードでロッカーは上へと飛んだため、ラクは気持ちが悪くなっていた。
不意打ちでジェットコースターに乗せられてしまったような、何も言われないままウォータースライダーに突如投げ出されたような、そういう類の気分の悪さに、すっかり支配されてしまっていた。
だがサイモンは休む気は全く無いようで、無理矢理話を続けていった。
「ここ、どこなんだ……」
「”38”だ! ”38階”!! いい加減しっかりしろよぉ!」
「さんじゅうはちかい?」
ラクはふらふらとしながら視界に入った窓の方へと寄って、外を見た。
すると―――その光景に一気に目が覚めた。
「う……わぁ……!」
眼下にはまだ夜の闇に包まれている電想世界の横浜の姿があった。
灯りがまばらに、蛍のように点々と広がる夜景が広がっていたのだった。
真っ暗な一帯が広がる部分や、やたら光点の集まった部分などは、恐らく建物が崩れている部分なのだろう。
「38階だ……本当に」
ラクは後ろを振り返った。
そして、部屋の様子をやっとの事でわかったように思えた。
今いるこの部屋は、高級ホテルにしては質素なつくりのように見えた。
壁には普通の白い壁紙が貼られ、床も先ほどまでの繋ぎ目一つ無い大理石調の床と違って、ここは木材タイル張りのフロアーとなっている。
ただ、家具の方は竹が編まれて作られたような椅子があったり(籐椅子と言う奴である)
机もモダンな感じが溢れるピカピカのものが配置されている。
ただ目立つのは、やたらと”ベッド”が配置されている事だった。
(寝室……なんだろうか?)
中央にリビングルームらしい家具の配置がされているほかは、二段、三段のベッド、ロフトベッドなどの寝具がいくつも置かれている。
サイモンは、ラクが気を取り直したのを確認すると、僅かに口元を吊り上げて言った。
「ようこそ。”物置の奥”へ」
「ここが……掃除屋の拠点になってる”アジト”なのか……」
「ああ。この宿……っつーかホテルは全部で40階建てなんだが、屋上はパーティ会場、39はVIPルームと別の会合所があるのさ。で、その下がオリらの待機所ってわけだ」
「ここが……ねぇ」
どうやらこの場所は丁度、民間の利用者が使う区画とは別に有るスペースのようで、その場所に掃除屋の拠点が隠れるようにして存在しているようだ。
確かに、あんな風に掃除用具が入った部屋から入って来れないとなると、この部屋へ間違って入る人間もいないだろう。
(こんな場所があったんだ)
「それじゃあここまでで解散……っていきてぇ所だがよう。少しだけ説明というか、言っておかなくちゃいけない事がある」
「ここを使用する”ルール”か? さっき言ってたけど」
「そうだ。ここは一般の観光客とかも使ってるからな。まず……ひとつ目に、出入りは基本的に人目につかねぇようにする事」
「出入りを見られちゃ、本部の場所がばれるからか」
「それもあるんだが、単純に評判に影響するからやめとけって事だ。ここの持ち主は、悪人街の人間じゃねぇからな」
「え、そうなのか?」
「ああ。ギャンブル狂いのアホさ。大負けに負けてその借金の”カタ”に”使用権”を認めさせられたって話だ」
「うわぁ~……リアルだな」
「そりゃリアルさ。ここは現実の世界じゃないが、起こってる事は紛れも無い”現実”だ」
サイモンは室内に置いてある大型の冷蔵庫から、なにやら紙のパックを取り出して、これまたいつの間にか二つ準備してあったカップに注ぎ始めた。
橙色の液体と匂いから、どうやらそれはオレンジジュースであるようなのがわかった。
注ぎ終わると、サイモンは片方をラクへと渡す。
「とりあえず飲んどけ」
「ああ、悪い……」
カップを受け取って、再びラクが座り込むとサイモンは一旦話を区切り、ジュースを飲み始めた。
そして飲み終わると、大きく息を漏らした。
「それで二つ目だが……”召集”が掛かったらすぐにインする事だ」
「緊急招集とかがあるのか?」
「ある事はある。普段は夕方から夜の間に、通常の召集が掛かるぐらいだが、極稀に”緊急”で呼び出しが掛かる事もあるっちゃあるな」
「その場合はどうしたらいいんだ?」
「”通常召集”は自由参加なんだが……もし”緊急”が入った場合は”どんな状態であっても15分以内にはインする事”ってな風になってる」
「じゅっ……!?」
「まぁ、実質”10分以内”だな。できなけりゃあペナルティだ」
「キツイなぁ……」
「まず掛かる事はねぇよ。ただ……もし掛かったら”相当な事態”だから、覚悟してインする事だぜ」
「”相当”ってどのぐらいなんだ? 今回のここへの賞金稼ぎの襲来とかぐらいか?」
「ああ、今回は掛かったな。っつっても”スパイダーが来る”ってわかってからだから、時間的にはそんなに経ってねーがな」
「今回ぐらいのだと掛かるのか……」
「いつだって掛かるぜ? 今回も夕飯食ってすぐだったから、食う前じゃなくて良かったって所さ」
(メシ食ってる最中に呼び出し掛かったんだ……)
生活感を感じる言葉に、いやにリアルな例を聞いた気がした。
「あと最後に一つ。ここは言うまでもねぇかもしれねぇが……このホテル内は商業エリアだから、チートはご法度だ。あの”キャラチェンジ”コマンドは絶対に使うんじゃねぇぞ」
「ああ、わかってるよ。流石に使わないさ」
「ま、どっちにせよチート使うのは防御コードが流れてるから難しいだろうがな。一応だ」
サイモンは「後は……」と上を見上げて、呟くように言う。
余り、話すべきルールと言うのはそこまであるわけではないようだ。
「ま、この辺で終わりにすっかな。ワールドアウト用のベッドはどれを使ってもいいぜ」
「ちょっと聞きたいんだけど、最初のあのロッカーの操作とかはどうしたらいいんだ?」
「ああ、あれはな……重さを合わせるんだ」
「重さ?」
「ロッカーの一つが重量でON/OFFになる鍵になってて、重さを変える事で、もう一つの”エレベーター用のロッカー”が起動するようになってるのさ」
ラクは全てを知って、感心するような声を上げた。
「ちなみによ。曜日によってONの重量が変わるから、注意しとく事だ」
それだけを言うとサイモンは部屋を出て行く。
だが、出て行く間際に「そうそう忘れてた」と言い残したらしい事を言った。
「ベッドだが……なるべく”端”は避けといた方がいいぜ。端ほど厄介な奴が愛用してる」
「わかったよ」
「それじゃあな」
サイモンが出て行った後、ラクはベッドに横たわり、天井を見た。
そして、大きく溜息を吐いた。安堵の深呼吸だ。
「疲れた……」
本当に今日は疲れたものだ、とラクは思った。
無理も無い。今日は本当に色々な事があったのだから。
大規模ジャッジ・バトルへの参加。賞金稼ぎから逃げつつ悪人街への侵入。
それだけでも一苦労であったのに、入ったら入ったでレベル70越えの化物プレイヤーに襲い掛かられて、それから悪クラスのプレイヤーに連れ回され、挙句の果てに準上級プレイヤーとの対戦を命懸けでやる破目になった。
おおよそ―――10時間ほどだろうか? 本当に色々な事があった。
もうすぐ、電想世界では夜明けが始まっていくだろうこの時間。
現実世界ではこれからやっと、本格的に夜になっていく。
今日は良く眠れそうな気がした。
「”ワールド・アウト”起動」
横たわったまま、身体が引き上げられるような感覚が世界に満たされ、そこで意識は一旦途切れた。




