34:詰所にて(3)-BOSS-
ラクォーツこと”ラク”は悪クラスのプレイヤーのボス格”ゲダム”と交渉を行なう為
”悪人街”と呼ばれる場所へやってきた。
そして彼は悪人街の会合所へと行き、チーターとしての力を証明する為に、
成り行きから”変身コマンド”を見せてしまう。
それにより、何とか自分の力を証明する事に成功はしたものの、
その場に居たとあるギルドマスターの気まぐれから、今度は準上級クラスのプレイヤー「サイモン」と戦わなければならないことになってしまった―――
(文字数:21589)
地下鉄は、通常使用されている場所こそ眩しい光で溢れているが、使われていない場所は、地下だけあって全てが真っ暗な、真の闇と言ってもいい世界だ。
廃駅となったここヨコハマの某地下鉄駅では、それが非常によくわかる。
中心部の天井に、いくつかの蛍光灯があるだけの空間は、中央から離れるにつれて加速度的に暗くなっていく。
そのせいで、非常に不気味な雰囲気をそこかしこに漂わせていた。
ただ―――今は賑やかだ。
「くたばれやァッ!!」
「うらああああああああ!!」
賑やかなのは、主に怒声とそれを観覧する人間の声とで、だ。
グンバとサイモンが対峙する場所から、ホームを一つ挟んだ場所。
そこで街の掃除屋「ガンテス」と情報屋ギルドの人間が戦い始めたからだ。
早い話が喧嘩である。
グンバ達からというよりは”グンバとサイモン二人が、会議場所から離れて決闘を始めた”と言う方が形としては正しいかもしれない。
「ブタ野郎が……ぶっ殺してやるぜ」
「……!」
余程、ラクの事を腹に据えかねていたのか、サイモンの放つ声はすぐに苛立ちを察する事ができるほど、濁った音が混じっていた。
「今度は全部盗んで、”本当の意味”で丸裸にしてやらぁ!!」
矢のようにグンバの方へと飛んだサイモンは、瞬く間に目の前まで切迫した。
そして”水で出来た”ナイフをグンバへと向かって繰り出した。
「うりゃあああああッ!!」
グンバはそれを同じようにナイフを使って防御した。
すると、液体が水飛沫を撒き散らす音が、軽快に鳴り響いた。
―――ばしゃっ
「……へっ?」
防御の為に出されたナイフに攻撃が命中し、サイモンの”水の刀身”が弾け飛んだ。
それを見て、サイモンが間の抜けた声を上げる。
その隙を、グンバは逃さなかった。
(今だっ!)
グンバは手首のスナップを利かせ、防御の為に構えていた姿勢からそのまま、レイピアで突く様に、サイモンの方へと突き入れる攻撃を繰り出した。
相手が大振りになって隙を見せた所への、完璧な”合わせ”の一撃。
どう見ても相手の反応は間に合わない。
そのように見えたが―――
「うおっと!!」
(ッ!?)
サイモンは、身体を無理矢理後ろへと捻った。
そして、倒れ込むように後ろへと身体を振ると、そのまま片手を支えにして下半身を捻り、飛んだ。
まるで体操選手のような、後方反転の回避動作だ。
サイモンはそのまま、グンバから距離を取った。
「あっぶねぇ~……なんだぁ、こりゃあ? 本当に全部水なのかよう?」
サイモンの首元には、僅かに赤い線が走っている。
グンバの一撃は、胸元から首の頚動脈付近をかすめたが、”部位ダメージ”になっただけで致命打の”欠損”へとは至らなかったようだ。
(かっ、かわされた……!!)
「てっきり普通に切れると思ったけど、違ったのかぁ?」
サイモンは怪訝そうに呟きながら、目の前に電想ウィンドウを開いて何かを読み始めた。
恐らくは武器の説明を読んでいるのだろう。
サイモンへと投げ渡したあの「★アクア・サーバ・セイバー」は、一見するとナイフの形状をしているがそのままでは本当に液体状のままであり”固定化”と呼ばれる能力を発動させておかないと、実際に物を切る事はできない。
大抵のプレイヤーは武器の説明を見るのは後回しにする為、ここで運が良ければ大ダメージを与える事が出来る筈だった。
だが―――
(クソッ、なんて身のこなしだぁ……!)
まるで倒れ込むように攻撃を回避されてしまった。
体力がかなり減っているのだが、サイモンはまだかなりの運動能力を持っているようだ。
最初に戦闘の様子を見たときよりは、流石に動きが悪くなっているようだが、それでも片手であんな風に伸身宙返りをまだ行なえるほどはある。
やはり、あまり接近戦での戦闘は挑むべきではないのかもしれない。
「あぁ、なるほど……こいつぁ、剣として使うには能力を使わないといけないのか」
サイモンがそう呟き、持っていたセイバーを振ると、揺らめいていた液体の剣は見る見るうちに硬質な見た目へと変貌し、やがて透明度の高い氷のような状態へと移行した。
どうやら”固定化”を使ったようだ。
(やばい……!)
「よし、こんなんでいいか」
サイモンはナイフの腹を自分の身体へと叩いて感触を確かめた。
今度はちゃんと硬質化している事を確認する為のようだ。
そして今度はガラスのように形を崩さないでいる事を確認すると、不敵に笑った。
「さて……それじゃぁあ行くぜぇッ!!」
武器が固まった事を確認すると、再びサイモンは肉薄してくる。
そして、流れるように左右の薙ぎ払い攻撃を繰り出し始めた。
なんとか、グンバはそれに対応を試みる。
だが―――見る見るうちにサイモンの攻撃は早くなっていく。
(ぐ……ッ!)
最初は一度の薙ぎ払い攻撃だったものが、一呼吸のうちに左右往復のものへ。
そしてそれが瞬きをする間に行われるものへ、どんどん早くなっていく。
盗賊は高速戦闘型のクラスである為、ある程度は予想していたが、今まで対峙したどの相手とも、攻撃スピードがまるで違う。
最高クラスのレンジャーよりも、恐らくは攻撃スピードが速い。
(はっ、早いッ!)
いつの間にか、こちらが一つの攻撃に反応し防御すると、もう次の攻撃は繰り出されているほどとなっていた。
それは、僅かに残像が見えるほどのスピード。
瞬きをする間に、左右への往復は終わっており、一呼吸の間に、蹴りなどを含めて、攻撃は既に10回近く繰り出されているようなスピードとなっていた。
(か、片手だってのに……信じられないだ……!!)
サイモンは今、左手だけで攻撃を仕掛けてきている。
だが、それでもこの早さ。自分の敏捷性が負けているからか、それとも相手の動きが早すぎるからなのか。
それはわからないが―――とにかく、まるで追いつけない。
やがて防御できなかった乱打が、段々と身体を襲い始めていく。
「そらそらそらっ!!」
今、サイモンは右腕が切り飛ばされている為、片手しか使えない。
だから―――手数では勝つ事が出来る筈だ。
グンバは、どこかそう甘く考えていた。
だがこうして攻撃を受け、身体に通常のゲームプレイでは有り得ないレベルの痛みが走っていくと、それをひどく後悔した。
(ぐっ、ぐううっ!!)
ラクは今まで、様々な種類のプレイヤーと対戦を行なった事があるが、サイモンの動きはただ早いだけなく、今まで対決したプレイヤーのどれとも違う動きをしていた。
例えるなら高機動型の格闘職と、それに剣士型の武器スキルを組み合わせたような形。
それだけならばさほど珍しくは無いのだが、とにかく動きが独特なのだ。
左右に激しく腕を振り回しながらの連続切りを放ったかと思うと―――それに急にフェイントを交えたり、急に一回転の回し蹴りを加えてきたり、急激な縦回転を行って
「いぃやっ!!」
(―――ッ!)
急激に体が捻られたのにグンバは殺気を感じ取り、咄嗟に腕を眼前で組んでガードを行なった。
すると、胸部の上部分をガードしていた右腕に、今までに無い強烈な痛みが走った。
「ぐばっ!」
同時に吹き飛ばされ、倒れ込みそうになるが、グンバは姿勢をなんとかそのままにして耐えた。
HPを見ると、一気に2割ほどが減らされており、もう体力は7割ほどになっていた。
「な、なんだ今のば……!?」
ガードを固めた為、全てを詳細には確認できなかったが、パッと見た感じでは、サイモンは”頭が地面スレスレになるほど”に身体を捻って回転し、後ろ蹴りを放ってきたように見えた。
「どうだぁ? オリの”その場踵落し”はよぉ」
どうやら、あの攻撃は踵落しであるようだった。
通常の”脚を振り上げて行なう”ものではなく、サイモンが使うのは”自らの上半身を逆転させて行う”ものようだ。
”その場”というよりは”バク転踵落し”とでもいう感じだろうか。
(つ、強い……ッ!!)
まるで―――格闘技を憶えた猿か猫が、体操か何かの実験台に自分を指定し、ナイフを持って斬り付けも行なってきているような感じだ。
そんな、”野獣”としか言えない動きをしている。
盗賊と言うよりは、より戦闘向けになった能力構成を持つ別クラスと考えた方が良さそうだ。
「それなら……!」
グンバは道具袋から煙玉を取り出し、周囲に投げて散布し始めた。
そして、その中の一つをサイモンへと向かって投擲した。
「ぬ……ッ!?」
白い霧状の煙幕に包み込まれ、サイモンの動きが一瞬止まる。
そこを狙って、グンバは一気にサイモンの至近距離へと接近した。
同時に、グンバは片手でサイモンの左腕を掴み、ナイフでの攻撃を封じた。
「!」
そしてもう片手で、身体を逃がせないようにサイモンの肩をがっちりと掴んだ。
本来は危険な事だが、相手が片腕だけであるので、問題は無い。
グンバはサイモンの動きを封じると、上半身と腰部分に力を込めて、渾身の力で頭突きを放った!
「ぐッッ!!」
サイモンの顔面へと、モロに攻撃は食い込み、HPバーを僅かに削る。
グンバは、盗賊クラスならばSTR(筋力)値が低めであると考え、手数ではなく、今度は力比べに持ち込んで勝負をかけたのだった。
だが―――二度ほど攻撃を加えたところで、急に掴んでいた腕が振りほどかれた。
「うッ!?」
がっちりと掴んでいた筈の腕をあっさりと振りほどかれ、そして今度は逆にグンバがサイモンに首根っこを掴まれた。
「……つまんねぇなぁ。ここまで効かねぇとかよう」
そればかりか、グンバの身体はそのまま宙に浮くほどに持ち上げられてしまった。
「ばっ……!? な、なんでだぁ……!?」
信じられない光景だった。
パワーの値はこちらも高めなはずで、その上、今のオークの身体は重量もそこそこにあるはずだ。
だから、とてもサイモンのような小柄な身体で持ち上げられるわけはないはず。
腕を振りほどこうとしていると、サイモンはにやりと口元を吊り上げて言う。
「なんだァ? ”なんで持てる”って言いたげな顔だなぁ? おみぃ、オリとどれだけレベル差があると思ってるんだ?」
威圧するようにサイモンはグンバに向かって言った。
「”レベル1と10”じゃないんだぜ?。”24と59”だ。経験値量で言えばよう、”数十億の差”なんだぜェ? これでよう……本気で勝てると思ってたのか?」
「……!」
「なんかよう、いやに威勢があると思ってたが……オリの気のせいだったみたいだなァッ!!」
そのままサイモンの怒声と共に、グンバは勢い良く放り投げられた。
まるで空き缶でも投げるかのように、重量を感じさせないスピードだった。
「ぐああああぁッ!!」
グンバの身体は宙を舞い、置かれてあった壊れた自販機に豪快にぶつけさせられ、そのままボールが跳ねるように柱に命中し、さらに地面を転げさせられた。
衝突ダメージが累積していき、グンバのHPが一気に激減していく。
━━━━………・・・………━━━━………・・・………━━━━
「ぐ、ぐぐ……」
遠くからガンテスらが戦う声が響いてくる中、グンバは瓦礫の中から立ち上がった。
呼吸を何とか整えながら、今まで考えていた事を思い出す。
「はぁ……ハァ……」
”装備品”と”アイテム”は、共にゲームバランスを考える中で非常に大きな部分を占める。
弱いキャラクターであっても強力な武器があれば強い相手を倒す事ができるし、防具のレベルが高ければ、強力なモンスターの攻撃も受けきる事が楽になる。
そして、道具も同じようにあればあるほど様々な事が楽になる。
強い敵が相手の場合は、このウェイトはどちらが大きいだろうか?
そう考えた時、ラクは”アイテム”であると判断した。
サイモンにアイテムを盗まれた際に持ち物の構成を知られてしまっている、と言う部分を差し引いても、だ。
―――勝つには、どうすればいいんだろうか……?
”★アクア・サーバ・セイバー”の能力は、それぞれ対応した別の武器の能力が寄り集まったような性能となっている。
非常に多様であるのだが、主なものを列挙すると
刀身を酒成分に変え、切り付ける度に泥酔状態へと誘うダメージを与える「アルコールブランド」
刀身を沸騰させ、”スチーム・ブレス”を使用したり、熱ダメージを与えられるようにする「蒸気の剣」
粘り気を持たせて糊のような状態にして、相手の動作を鈍らせたり、物品にダメージを与える「グルーブレイド」
武器に強力な冷気を纏わせ、刀身を凍らせて冷気属性ダメージを与える「フロストソード」
水分を毒性のものへと変え、切りつけると共に毒ダメージを与える「ポイズンサーベル」
刀身を酸性度を急激に高め、酸の剣を作り出す「アシッドスラッシャー」などだ。
そしてこれに各種ブレス能力や、水系統魔法の使用補助、更に上位の能力などが加わってくる。
例えば「フロストソード」の低温の属性をさらに強化し、触れるもの全てを一瞬で凍結させる「液体窒素の剣」などである。
確かに、その能力の多様さと対応力は極めて高いのだが……。
―――武器だけじゃあ、勝てない……!
靖樹のアバターの能力は、基本的に戦闘型のものではない。
あくまでも生き残る為、また調達能力を重視している形としているので”戦闘も可能である”というレベルにしているに過ぎない。
元々の能力を大きく補っているのは、道具の使用を含めた「キャラクター全体の応用力」であるのだ。
タフさ以外は全て中途半端な、しかしその「中途半端さ」こそが武器な存在。
それが自分のキャラクター性能の本質的な部分であるのだ。
―――勝つには、絶対にアイテムがなくちゃあ、ダメだ……。
無論、道具を取り返した所で、勝てる保証などどこにも無い。
だが……セイバーの能力使って、サイモンを倒せるか? と言われればそれは明らかにNOだ。
強力な武器であるとタネが割れている以上、不意打ちでの攻撃は当て辛いだろうし、攻撃の多様性を考えても、武器だけではサイモンを倒せる可能性は限りなくゼロに近い。
それに、それらが全く無いと考えても、一つ大きな壁があった。
それは―――
―――そもそも、このレベル差は跳ね返せるだろうか……?
ファシテイトにおける戦闘の常識の一つに、こんなものがある。
『PSでカバーできるレベル差は、”2倍”までが限界である』というものだ。
これは絶対的なものではないが、PvP(プレイヤー対プレイヤー戦闘)では、ほぼ全てのパターンに当てはまり、その例外は殆ど存在しない。
つまり……理論上は、レベル58のサイモンに勝つには最低でも”レベル29”は無ければならないという事になる。
24のグンバでは、レベルは明らかに足りない。
その差を跳ね返すには? と考えた時、やはり必要なのは「アイテム」などのバランスを一気に変容させる要素なのである。
そしてそれを考えた時、武器一辺倒のチート要素に頼るのでは無く、多くのアイテムを組み合わせた時のイレギュラー性の方にこそ、勝利の可能性がある。
そう、ゲーマーとしての嗅覚で感じ取ったのだった。
(やるしかないだ……! もう、後戻りは出来ないんだから!!)
フラフラとグンバが起き上がると、遠くからサイモンが歩いてきているのが見えた。
先ほどの組み合いで勝利を確信したのか、その姿は完全に余裕の態度のままだ。
急ぐ様子は微塵も無く、まるで無防備と言うほか無い。
だが―――これはこれで距離を取る事が出来た。
「くっ……これでも……ッ!!」
グンバは持っていたアイテム発射用のハンドキャノンを構え、サイモンへと向かって何かを発射した。
それは、非常に高速で視認しづらいのだが、細長い大きな”針”のような形状をしていた。
(どうだぁ……! ”毒針弾”!)
これは、銃で打ち出せるように作られている大型の毒針型の銃弾である。
本来は銃に込めて使用するのだが、投擲を行なう事でも使用する事が出来る武器アイテムだ。
非常に使い勝手がよく、また価格の割に高威力である為、コストパフォーマンスが良い。
また相手に毒ダメージを与える事が出来るので、大した攻撃を行えないグンバとしては、相手に毒ダメージを与えられるかは大きな節目になる。
(よぉし、あれなら当だる!)
サイモンは余裕の態度でいたからか、毒針攻撃をまるで回避しようとしなかった。
そのままの姿勢で動く事が出来ない。
だが―――それが単純に隙を見せたからではなかったのだとすぐに思い知らされた。
「おっと」
サイモンが手を前にかざし、一瞬振ると、発射された毒針弾が命中する寸前―――”消滅”した。
「えっ……!?」
眼前で、いきなり消えたように見えた。
軌道としては間違いなくサイモンへ向かったはずだが、全く何も影響が出ていない。
「ハッ……こんなモンがオリに当たると思ってんのかぁ?」
「なっ、なんでだぁ……!?」
更に連続で射撃を行うが、その全てが同じようにかき消されてしまった。
全く、命中しない。
「当たらない……? いや、当たっでないんだか……!?」
「種明かししてやるよ。あんまり哀れだからなぁ」
そう言ってサイモンは掌を広げた。
するとその中から、先程打ち出した毒針弾が零れ落ちた。
「え……と、取った……!? まさか、キャッチしだ!?」
「それ以外の何に見えるんだ? 手品でも使ってるように見えるのかよう」
(ば、馬鹿な……超高速の銃弾なんだってのに、つ、掴める筈無いだ!! いくらなんでも……!)
”銃弾を掴み取った”という事実に恐れ戦いていると、グンバはふと、一つの事に気付いた。
サイモンが手に武器を持っていないのだ。
(あれ、素手だか……?)
今は戦闘中である。基本的に、武器は余り鞘に収めて持つ事は無い筈だ。
別の武器に持ち替えるのならともかく、いくら自分が弱いとは言え、武器を直して格闘攻撃だけ、というスタイルになるのだろうか。
(掴む為に手持ち無沙汰? いや……なんか違うだ……)
もしかして”手”を何かの理由があって開けているのでは?
と感じたグンバは、ある一つの”記憶”を思い出した。
「まさか……」
それは―――盗賊が持つとされる、あるスキルの事だった。
「す、『スティール・ガード』ってやつだか……? もしかすっと……!?」
「おんや? 知ってるのかよう。意外と知識があるんだな、おみぃは」
(……余り詳しくは無いんだけんども、聞いた事があるだ……)
アイテム蒐集能力を高める為、いつか盗賊クラスも自分の能力構成に組み込んでみたいと思っていたグンバは、盗賊の能力もいくつか調べていた事があった。
その中には、”飛んでくるアイテムをそのまま盗む”という能力があったのだ。
”投擲のガード能力”と言うよりは、”盗み”の能力有効範囲を周囲にも張り巡らせる事で結果的に投擲も防げる、と言う能力である。
それは、単純に投げられた手裏剣などから、落下してきた岩石や砂などの地形の一部。
果ては銃弾まで”盗み”で防御してしまうと言う。
だから―――レベルの高い盗賊には”飛び道具が殆ど効かず”、それどころかトラップ等を含めた”アイテム攻撃”自体がまるで効かないらしい、と。
そんな話を、聞いた事があったのだった。
(さ、最初は眉唾モノだって思ってたけんど……)
流石に飛び道具やアイテム攻撃自体を、端から全て封殺してしまうような能力などあるはずが無い。
そう思っていた。だが……目の前で実際に使われては信じるしかない。
銃弾並みのスピードを持っている毒針弾を掴み取るなど、通常の動作では不可能だ。
「そ、そんな馬鹿な……」
「どうしたよう? おかわりはまだなのかぁン?」
(ど、どうやったら倒せるんだぁ……こんなの……!?)
単純な接近戦を挑んでも、勝ち目はほぼゼロである事は、さきほどの”力比べ”で充分にわかった。
ならば、勝つ方法はかなり限られてくる。
ひとつは―――”急所を突く”こと。
いかにレベル差があろうとも、首や心臓部分を狙って攻撃して、相手に欠損ダメージを与える事ができれば、いかに強力なキャラであろうとも倒す事は可能だ。
ただ……それはかなり難しい事であるといわざるを得ない。
(当たるわけがないだ……)
基本、こういった低レベルキャラが高レベルキャラの弱点を突く、というのは「不意打ち」である事が殆どなのだが、今のように完全に戦闘状態に入ってしまわれたら、それはまず不可能だ。
しかし、かと言ってまともに正面から戦闘を挑んで急所を狙うなどはもっと無理だ。
第一、そんな事を試みれば、まず間違いなく先に自分の方が倒されて終了となるだろう。
(ここで一か八かの接近戦を挑むのは、いくらなんでも無謀でしかないだぁよ……)
だから―――勝機があるとすれば”搦め手”もしくは”遠隔攻撃”のどちらかになる。
トラップによる攻撃を行う、もしくは遠くから道具による科術攻撃を行う、などだ。
だが、その両方に至っても効果がある気がしない。
なにせ相手は”盗み”能力をフルパワーで使用できるレベルの盗賊なのだ。
トラップ操作の器用さもあれば、ワナの設置を見抜く観察力もある。
飛び道具は、先ほどの”スティール・ガード”の件で無意味だと嫌と言うほど味わった。
なら、どうすればいいのだろう?
「おらよ、どうした? もっとやってきてみろよう」
ゆっくりと距離が詰められる中、グンバは可能な限りの行動を考えてみるが―――手が全く思いつかない。
今までモンスターの姿の時に戦ってきた敵と違い、今回の相手は熟練のプレイヤーであるからか、勝手がまるで違うのだ。
(飛び道具は効かない、ワナも効果が無さそうだぁ……な……なら、どうしたら……?)
隙を突いたアイテム攻撃が通じる相手では無い。
さらに、一癖も二癖もある悪クラスのキャラである。
そんなものが相手であると、ここまで厄介なものになるとは思わなかった。
(モンスターに効きそうな思考パターンを読むとかも難しそうだし……)
当然ながら、CPUの思考で動くモンスターに通用する”思考パターンを読んで戦う”というのもこの場合では難しい。人間の思考と言うのは、非常に不規則かつ読み辛いものであるからだ。それに―――そんな余裕はこちらにはもう全く無かった。
次に接近戦でラッシュをまともに食らったら―――まず、おしまいだ。
(考えるだ……もう、本当にダメなんだか? 接近戦も無理、道具攻撃もワナも、飛び道具すら効かないだ。そんな相手を倒すには、どうしたらいいだ?)
そう考えた時―――頭に浮かんだのは”別の何かの手を借りる事”だった。
だが、今グンバには仲間らしい仲間は誰も居ない。
この勝負はあくまでも”タイマン”での戦いなのだ。
誰かの手を借りる、というのはNGだ。
(……いんや、違う。別に”手を借りる”って言っても、助けを求める事だけが全てじゃないはずだぁよ)
グンバは、サイモンが言っていた台詞を思い返す。
自分の道具を全て最初に取られた時、確か彼はこう言った。
『盗られた方が間抜けなのさ。ここは”悪人街”なんだぜぇ?』
そう―――ここは”悪人街”なのだ。
勝てば何でも良いし、利用できる物は全て利用しても問題は無い。
それこそ、どんな形であってもだ。
”卑怯”などと言う言葉は、恐らく無いのだろうから。
強いて言えば『”無法”こそが、ルールの無いここの唯一つのルール』なのだろう。
「……」
ゆっくりと歩いてくるサイモンとの距離を確認して、ちらりとグンバは背後を見た。
自分の背後からは、怒声と共に大きな岩石が破壊されるような音が鳴り響いてくる。
(一か八か、だか……っていうか、この勝負自体が元々それそのものだけんども……)
同時に、地面が僅かに揺れるような感じもする。
恐らくは地形すらも変形させるような強力な攻撃技を多用しているのだろう。
(正直、こんな分の悪い賭けは嫌いだぁ……もう”やる”とか”やらない”かじゃないだ。今の自分は……”やるしかない”んだぁ……他の選択肢は存在しない。それが今のオラの―――”運命”とでもいう奴なんだから……!!)
そんな言葉を、心の中で自分に言い聞かせると、グンバは煙幕玉を足元へと叩きつけて再び、周囲を煙で包んだ。
「ああン? なんだ……?」
今度の煙幕は攻撃を行なう為のものではなく、単純に何かを隠す為の煙幕だ。
それにサイモンは一瞬、疑念を覚えた。
”まだ諦めないのか”と。
(……まさか、逃げる気じゃねぇだろうな……)
これだけ圧倒的な戦闘能力の差を見せ付けた以上、そういう展開も無いとは言えない。
サイモンはグンバが逃げ出す事も視野に入れ、視界の悪くなった廃駅のホームを注意深く見た。
煙幕が張られ、明かりが届いている場所はどこも分厚い蒸気のカーテンが掛かったようになっている。
通常ならまともに周囲を確認する事はできない。だが、盗賊の視力ならばそこそこの”影”が確認できた。
その中―――不審な人影が動いたのを、サイモンは見逃さなかった。
(馬鹿が……ッ!!)
一気に大ジャンプで近づき、サイモンはその人影を切り裂いた。
途端、周囲の煙幕が晴れていく。
そしてグンバの姿が見えてくるが―――それは次の瞬間、
ノイズが掛かったように乱れて、消えた。
「何っ? 偽者!?」
サイモンは慌てて周囲を再度確認する。
(ブリンク・ポールをで偽者を作ったのか。だが……あれはもう一つしかなかったはず。本物はどこだ?)
周囲を確認すると、サイモンはガンテス達が戦っている方向へと走る影を確認した。
見慣れないモンスターの姿でいるからか、その背中姿は非常に目立った。
サイモンは舌打ちをして、やっと駆け出し始め、その姿を追った。
━━━━………・・・………━━━━………・・・………━━━━
何本もの廃線となった地下鉄のレールを横切ると、反対側のホームが見えてくる。
その周囲では、ガンテスともう一人のプレイヤーが戦っていた。
山賊そのもの、と言う感じのガンテスの服装とは打って変わって、もう片方の対戦者の身なりは、プラスチックで出来た鎧を見につけた武者のような姿をしていた。
武者、というよりは単純に武者鎧を現代人が着込んだ、というような感じである。
なにせその鎧は、光り輝いていたのだから。
(”愚徳武暁”……だか?)
それは『プログラム能力』を使う侍のような格好をしたプレイヤーだった。
”光る侍の鎧”を身につけた高機動型の魔法使いというとわかりやすいだろうか。
本来は「克武暁」と名前がついているクラスであり、悪徳に染まったクラスであるから微妙に名前も、本来は青色を帯びているはずの光の鎧も、濃い紫色をした浅黒いものとなっている。
彼らは「プログラミング」を行い、様々な命令式を組み合わせて戦う者達である。
「パワードアックスッ!!」
「光学殻画!!」
ガンテスが大きく振りかぶり、見えないほどのスピードで振り下ろした斧を武暁の姿をしたプレイヤーが光の盾を出現させ、受け止める。
衝撃で周囲にあるホームに備え付けの椅子が次々に吹き飛び、壊れた自販機もやや仰け反るほどだったが、ガンテスの攻撃を受けたプレイヤーは、引きずられるように後ろへと飛ばされただけだった。
「そんな光るプラモの壁で、いつまで止められるもんかなァッ!」
「ほざけっ!!」
武暁の姿のプレイヤーは、空中で何かをこねる様な仕草を行なった。
すると、突然手の中に光の骨のようなものが出現し、やがてそれは伸びて剣となった。
真っ白に光るビーム・サーベルのような剣だ。
それを彼はガンテスへと叩きつけ、振り下ろされた側は持っていた手斧でガードする。
「すらぁあっ!!」
「っと!」
振るわれる”白色の光剣”は鋭く、一見すると刃物のように見えるのだが、ガンテスにガードされる度、周囲に響き渡る音はどう聞いても打撃音であり、その武器が実際には殴打用のものである事を示唆していた。
「そんな切れ味の悪い魚の骨みてぇなもんじゃ……いくら殴っても効かねぇってんだよッ!!」
「くそがぁぁぁッ!!」
グンバが近くまでやってきた時、戦闘は思っているよりも激しいものとなっていた。
戦っているのもガンテスと先程の挑発者だけではなく、二人の戦いに触発されたのか、他の集まっていた人間も戦闘を始めていたからだ。
通常なら、街中で戦いが始まる事などは無いのだが、悪人街ではこうして、かなり気軽に対戦が始まるようだった。
ガードや治安維持のギルドなどもいないので、かなり戦いやすくなっているからなのだろう。
「はぁっ……ハァッ……」
そんな危険度の高い場所へと、グンバは近づいていた。
全速力で地下鉄構内を走ってきたため、息が上がってしまっている。
だが、目的の場所へは到達できた。
(ここからだぁ……)
もう、自分だけの力で勝つことは恐らく無理だ。
ならば、よりイレギュラーな要素を強める事に賭けるしかない。
グンバは、戦闘が行なわれている駅のホームを―――まっすぐに突っ切っていった。
「うわっ、わっ!!」
グンバは多くの攻撃が飛び乱れる中を、必死に身を捩り、姿勢を低くして駆け抜けた。
誰も、グンバがいきなり乱入してきた事に動揺するものは居なかった。
戦闘に乱入してくる方が100%悪い事もあるが、それ以上に戦闘に集中している為に本当に他の事に気が回っていないのだろう。
「よし……!」
グンバは攻撃を何とかすり抜けて、最初に居たのと、丁度向かい側に位置する駅のホーム中心部までやってきた。
外への出口でもあるこの付近には、今は誰もプレイヤーが居ない。
サイモンが無理をしてくれば、そこを討ち、最初から来るつもりがないのなら……
(後は……逃げるか、戦うか、だなぁ……)
本当に勝ち目がないのなら……”逃げてしまおう”とグンバは考えていた。
無論、ここで逃げてしまったならば、酷い事になるのは想像に難くない。
悪人街の人間全てから目を付けられるだろうし、変身コマンドを使った事が外部へと漏れていき、自分はよりひどい”お尋ね者”になってしまうだろう。
「……わかってる……わかってるだ。逃げちゃあいけないって事ぐらいは……」
自分に言い聞かせるように、グンバは呟いた。
逃げてはいけない。それ位は自分でも痛いぐらいに理解しているつもりだ。
でも―――恐ろしい。
以前ほどではないが、まだ痛覚の補正は緩くなったままである。
今までゲームをしていた時とは違い、段違いに攻撃を受けた時の”痛み”があるのだ。
死亡したら、これが一体どうなるかまるでわからない。本当に、死んでしまうかもしれない。
(……)
いくら体感型ゲームとはいえ、その中で死亡したら、実際に死ぬ。
グンバこと「荒金靖樹」は、こんな事を”寝落ち事件”の前に言われたら、まず信じる事は無かっただろう。
でも色々な事件から、今起きている事の全容をおぼろげに把握して、その可能性は決してゼロではないとわかってしまった。
だからこそ―――恐ろしく、今になって逃げ腰の気持ちが顔を覗かせてしまっていた。
彼には”ある事を除いて”特別な能力など、何一つないのだから当然と言えば当然の事だった。
「ふぅ~……」
遠くから響いてきた溜息に、グンバは俯いていた顔を上げた。
すると、遠くから何事も無く歩いてくるサイモンの姿が目に入った。
まるで攻撃が命中している風でもなく、ただただ、悠然と歩を勧めていた。
「……ッ!!」
「どうやらおみぃは”誤爆”を狙ってるみてーだがよぉ……」
戦慄するグンバに、サイモンは平然としたまま、言う。
「ここで戦ってる奴等の、このレベルがオリにとっては普通のレベルさ。だからよぉ……無意味なんだよ。小細工はな」
脅すように、そして畳み掛けるようにサイモンはグンバへとはき捨てるように言葉を放っていく。
「最初からこの”武器”一本で勝負してりゃあ、ちょっとはマシになってたかもなぁ? それとも、それだと逃げる事もできなかったか? ホント、てめェーは阿呆だぜ」
(くっ……どうするだ、どうすればいいだぁ……!?)
「さて、これからトドメといくけどよ、言い残す事は……」
余裕たっぷりにサイモンが続けようとすると突如、背後から爆発音が響いた。
そして―――
「ぐ!?」
ガゴン! と軽快に鳴り響いた音と共に、サイモンの姿勢が僅かに崩れた。
頭にどうやら何かが命中したらしく、すぐに彼は頭を抱え、飛んで来た物を見た。
「う"っ……いってぇ……なんだ……?」
「えっ……!?」
グンバの目の前には、彼に命中したであろうものが、液体を振りまきながら地面を転がっていた。
橙色の液体に、果物のプリントがしてある円筒状のもの。
大量に、似たようなものが地面を転がっていた。
「缶ジュース……?」
爆発音がした方向を見ると、正面が爆破させられた自販機が目に入った。
どうやらあれが破壊された衝撃で、こちらへと飲料缶の一つが飛んで来たようだった。
だが、グンバが気になったのはそんな事よりももう一つの事だった。
「くっそ、”炸裂プログラム”かよ……誰だ、一体仕掛けやがったのは」
(め、命中した……!? なんでだぁ……? ”スティール・ガード”が効いてるんじゃないだか……?)
その光景を見て、グンバは疑問点が湧き上がってきた。
”スティール・ガード”が効いている以上、どうやっても投擲攻撃は効かないはずなのだ。
だが―――確かに今、サイモンの背後から、中身の入った飲料缶が命中するのを見た。
その光景が意味する事は、何なのだろうか?
「……もしかじて……」
思考して弾き出した”答え”が自然と、口から零れていく。
「まさかそのスティール・ガード……”正面から”じゃないとキャッチできないんだか?」
「ッ……!」
グンバの言葉に、僅かにサイモンが動揺するような素振りを見せた。
その仕草から、グンバは自分の言った事が”正解”であると確信して、改めて自分の考えを呟く。
「つまり、ちゃんと”捕捉しないと盗めない”んだぁな……!!」
(ぐっ……コイツ……!!)
「最初に毒針弾を掴まれて、どんな方向からも投射を防御されるって感じに見えたけんども、良く良く考えれば、そこまで万能すぎたら、ゲームにはならないはずだぁ」
つまり―――この能力は、単純に”数が多すぎる投擲”や”正面以外の死角からの射撃攻撃”は防御できないのだ。
だから、”反射させた攻撃”や”大量の攻撃”ならば充分に通す事ができる。
そういう仕様を持ったスキルなのである。
(そんならば……!!)
射撃や投擲が全て身も蓋も無く阻止されてしまうなら、手も脚も出ないところだが”条件さえ合えば通る”のなら、充分に対抗する手段はある。
その事に勝利への可能性を感じ取り、消えていた闘志が、再び湧き上がってくるように思えた。
「ハッ、そうだぜ。その通りだ。だが―――それがわかった所で、何にもならねぇんだよッッ!!」
サイモンは再び、駆け出してくる。
そして、小刻みなジャンプを繰り返し、あっという間に距離を詰めてきた。
だが、すぐには攻撃をしようとはせず、グンバの周りを走り回って隙を窺った。
グンバはその短い時間に、勝つための作戦を組み立てていく。
(今まで勘違いをしてたけんど……こいつの武器は、今持ってるアーティファクトじゃないだ。そして盗み攻撃でも、とんでもねぇスピードでもない……)
何よりも重要視しなければならない事を。
相手に何が通用するのか、そして何が通用しないのか。
相手の性格や動きの癖。そういった情報を、得られているだけ全て駆使して、勝つためのロジックを導き出していく。
(スピード、盗み、我流の剣技、投擲防御、体力は3割程度だけ……)
そして”それ”が導き出された時、グンバは逃げる事を完全に放棄して
再び武器を構えた。
勝つために。そして―――生き残る為に!
「くたばれやッ!!」
やがてグンバが敢えて腕をだらりと垂れされ、隙を自分から作り出すと、待っていたかのようにサイモンは空中へと飛び上がり、すぐさま急降下してきた。
身体全体を回転させ、全ての体重を乗せて、アーティファクト装備を使って切りかかる。
グンバはその全てを読んでおり、的確にサイモンの攻撃をガードした。
(ぐぅっ!! お、重ッッ……!!)
すぐさま武器を構えて、完全に”合わせて”のガードのはずだが、それでも受け切るのがやっとだ。
小柄な身体から繰り出されているとは思えない、信じられないほどの重量がある攻撃だ。
(これが、やっぱレベル差ってものなんだか……?)
グンバは、余りレベルの離れすぎたプレイヤーと戦った事は、数えるほどしかない。
基本的に、圧倒的な能力差があるものだから、こうして無理矢理に戦う事は無いからだ。
普通は最初の数回の攻撃で戦意が萎えてしまい、大抵はまともに攻撃をしあうことなく終わる。
だからこうして、レベル差がある対戦が継続されている事は、ある意味で珍しい事とも言える。
それに苛立っているのか、攻撃を防がれた後―――再びサイモンはラッシュ攻撃を行い始めた。
「そらそらそらぁッ!!」
「くっ……!!」
相手からの素早い攻撃を、後ろに下がりながら何とかグンバは捌いていく。
距離を離しながらなので、何とか攻撃を受けきれているが、すぐにそれが不可能になるのは明白だった。
やがて数秒攻撃を耐えていると、業を煮やしたのか、サイモンの動きが僅かに変化した。
(はんっ、しゃらくせぇ……!!)
グンバは、サイモンが大きく足を踏み込んだのを見逃さなかった。
同時にその動きが、ナイフ使いの技の一つを発動させる動きであった事も。
それは、ナイフを一瞬だけ邪悪なドリルのような形に変えての突き攻撃だった。
「『パープルシザー』!」
「!!」
ナイフに紫色の風のようなエフェクトが纏われた後、それが鋭い先端状へと変化した。
同時に、それは巨大な槍の”穂先”めいた形状へと変わり、グンバの胸元目掛けて飛び込んできた。
「あっ、あぶな……ッ!!」
グンバは、それをスレスレで身を捩って回避する。
これは毒属性を付加されての、強烈な突き攻撃だ。
ナイフ技の中でも、特に威力がある技だが、消耗するエネルギーはさほど多くなく、使い勝手が非常に良い。
これを繰り出してきたという事は、相当に苛ついているに違いない。
「ちっ……」
攻撃を回避した後、大技を繰り出したが為にサイモンの動きが止まった。
強力な技特有の”硬直フレーム”だ。
そう―――このスキルは、強力かつコストパフォーマンスに優れる技なのだが、大きく踏み込んだ姿勢となるために、攻撃後に身体が硬直してしまう欠点があった。
グンバは、これを待っていたのだった。
(今だ……っ!!)
グンバはすぐに回り込むようにしてサイモンへと肉薄した。
そして、首元へとナイフを滑り込ませるように振り下ろした。
(馬鹿が……!)
サイモンは硬直が解けつつあった腕を戻しながら、その動作の甘さをあざ笑った。
恐らく、グンバは”大技の後ならば急所を狙える”と思ったのだろう。
だが、それは甘い計算だ。
いくら長い硬直があると言っても、それは急所に武器を突き立てられるほどの致命的なものではない。
確かに、一撃を食らう瞬間ぐらいは生まれるかもしれないが、それで決定打を放つ事など不可能だ。
―――ギィン!!
サイモンの引き戻した腕に、握られていたアーティファクト装備の一部が、グンバのナイフへと当たる。
そして攻撃は停まり、グンバの最後の攻撃は終了した。
―――かに見えた。
「うっ!?」
突然、サイモンは足元に痛みを感じた。
何事かとすぐさま視線を下げると、グンバがサイモンの足の甲を踏みつけているのが見えた。
そして同時に―――”何か”をナイフを持っていない方の手に、隠して握りこんでいる事も。
それは、最初にサイモンへと射撃攻撃を放つ際に使用した「ハンドキャノン」だった。
(急所へはフェイントだったのか!?)
グンバは、意識を上へと集中させる為に、急所への攻撃を行っていたのだった。
そして、本命であったのは、逃げられないように脚の甲を踏みつけての至近射撃攻撃―――
「”毒針弾”ッ!!」
サイモンがグンバの”真の攻撃”に気付いた時には、銃撃が行なわれた事を示す炸裂音が何度も響き渡っていた。
━━━━………・・・………━━━━………・・・………━━━━
「ぐあああっ!!」
悲鳴を上げたのは、今度はサイモンの方だった。
サイモンが無理矢理グンバを振りほどき、距離を取ると―――
「ぐ……あ、脚が……ッ!!」
サイモンの脚には、何発もの小指大の針が打ち込まれていた。
数発は自動的にサイモンのの手に握りこまれていたものの、反応が遅れた為、また何発も一気に打ち込まれてしまったが為に、スティール・ガードで防御する事が出来ず、食らってしまったのだった。
(命中しただ……!!)
「くっ……てめぇぇぇぇぇッ!!」
激昂してサイモンは再び接近し、グンバへと切りかかった。
だが―――先ほどの攻撃と違い、まるでスピードがない。
あっさりと攻撃を受け流し、今度の攻撃はグンバも楽に受けきる事が出来た。
動きも遅ければ、切りつける攻撃だけで足による蹴りなども飛んでこないからだ。
「うぅっ!?」
いつものように身体が動かない事を実感し、サイモンはうろたえる様子を見せた。
グンバは距離を離し、そんなサイモンへと言い放った。
「やっぱり……お前の武器は”脚”なんだぁな」
「何……?」
「戦ってて気付いたんだぁよ。お前は……今”何も攻撃用アイテム持ってない”だんろ? 多分さ」
そう言うとサイモンは僅かに動揺する声を漏らした。
それはズバリ図星で、サイモンは少し前のエクスクモ戦で攻撃用の投げナイフを使いきってしまっており、最初から何一つ投擲アイテムを持っていなかったのだった。
その理由は簡単なことである。それは―――
「何がしら持ってれば、距離が空いてる時や、逃げてる時にオラに向かって放っできてた筈だぁ。当てる気があるにしろないにしろ、だぁ。それをしないって事は……魔法攻撃だとか遠隔用の攻撃技ってのを持っでないって事だな。それはどうしてか? ってなっだら……そりはやっぱり”スピード”があるから、なんだぁろ?」
(なんなんだコイツ……なんでわかる……!!)
グンバの言っている事は、そっくりそのまま当てはまっていた。
数拍の間の後、グンバは推理した大本の理由をさらに言い放った。
「攻撃と素早さが重視されてっから、わざわざ牽制を行なう必要がないだ。だから……元々、余り飛び道具を持ってないんだぁ」
「くっ……だから、なんだってんだ……!」
「簡単に言えば、脚さえどうにかしちまえば、お前ば大きく簡単に弱体化させられるって事さぁ。手数を増やしでの高い攻撃力も、猿みたいな身軽さも、それを可能にさせでるのは―――全部”脚力”だぁ。それが無くなれば……」
台詞が言い終わらない内に、再びサイモンは怒声と共に攻撃を行ってきた。
「うおらぁぁっ!!」
接近してのナイフでの連続攻撃。
だが―――先程と打って変わって、明らかに攻撃力が落ちている。
彼自体の動きもまるで鈍く、縦横無尽の動きから繰り出される蹴りや、回転しながらの攻撃も行ってこない。
何故なら、今、サイモンの脚は”深刻な部位ダメージ”となっており、欠損一歩手前というほどまでダメージを蓄積させていたからだった。
彼が思っているよりも傷は深かった、というわけだ。
(ぐっ、なんだ……? 脚がうまくうごかねぇ……!?)
その上、台詞が途中で切れた為にグンバの口からは話されなかったのだが、彼がサイモンに放った”毒針弾”は、ただの毒ではなく”麻痺毒”が塗られている、まさに”虎の子”の攻撃アイテムであったのだった。
だから今―――サイモンの素早さは半分以下、そして攻撃力に至っては4分の1以下にまで落ちてしまっていた。
無論、致命的なダメージであるなどと露ほども思っていないサイモンはステータス確認など行なう筈も無く、戦闘はそのまま続行される事となった。
やがて―――打ち合いの中、二人の最大の技が繰り出された。
「『トリプルスラッシャー』!!」
サイモンが繰り出したのは、一瞬の間に、三度の大振りでの斬撃を繰り出すスキルだ。
本来ならばサイモンは5連続、6連続での攻撃技も繰り出す事ができるのだが、今まで後先考えずに技を連続で繰り出してしまっていた為、TPがかなり減ってしまっており、またサイモンはグンバを舐めて掛かっていた事もあり、三連続技を選択したのだった。
対してグンバの放ったのは、彼が持つ渾身のナイフ技だった。
「『フォースティンガー』!」
一瞬のうちに4度の突き攻撃を放つ奥義。
まるで分裂したかと思わせるほど、一瞬のうちに攻撃を叩き込む事から中級以上のナイフ使い型キャラの切り札とも呼べる技である。
―――ガガガ、ガァン!!
二人の連続技が至近距離でぶつかり合い―――サイモンの方が弾き飛ばされた。
「ぐあ”あ”ッ!!」
手数が僅かに多かったグンバの一撃が、胸元を強く撫でるようにサイモンに直撃したのだった。
グンバは追撃を行なおうとはせず、距離を離して再びハンドキャノンを構えた。
そして―――残っている攻撃アイテムを、やたら滅多に撃ちまくった!
「これで最後だぁぁぁぁぁ―――!!」
「ふざけんじゃねぇえええええええ!!!」
気合で素早く立ち上がったサイモンは、ナイフを仕舞いこんで仁王立ちのような格好になり、次々と打ち出されるグンバの”毒針弾”をどんどん”盗んで”いった。
グンバは、やがて盗み取るのをミスするはずだ、と攻撃を続けていく。
―――カキン
「えっ!?」
だが、やがてハンドキャノンから空撃ちを告げる音が虚しく鳴り響いた。
もう弾丸が―――攻撃アイテムが切れてしまったのだ。
サイモンの”盗み”能力が、連続射撃を上回ったのだった。
「しっ、しまっ……!!」
それを見ると、サイモンは素早く武器を引き抜き、グンバへと矢のように駆け出した。
トドメの攻撃を打ち込むために。
だが―――
(勝ったッッ!!)
―――ドッガァン!!
転瞬―――何故か”爆音”が鳴り響いた。
「う”ぐぁッ!?」
轟音とともに、サイモンは大きく背後へと吹き飛ばされた。
爆発したのは、サイモンの”道具袋”だった。
腰の辺りにつけていたアイテムを格納するストレージ・アイテムが、何故か大爆発を起こしたのだった。
「な、なんで、だ……何が……起こ、った……」
サイモンは、身体中から煙を吐きながら、悶えるような声を吐き、言った。
サイモンのHPは、今の攻撃で一気に危険域へと到達。
行動が可能である数値を割り、”戦闘不能”となってしまった。
つまり―――負けが決定した状態となっていた。
「ぐ、ぐぐ、ぐ……な、なんでアイテム袋が、爆発しやがる……!!」
「……今撃った弾丸の中に、”火薬玉”が混じっでたからさ」
「何……!?」
近づいてきたグンバが言う。
「お前……アイテムを取るだけ取っで、すぐにはデータ化して格納してなかっただんろ?」
「! なっ……なんでそれを……!」
「最初に弾丸を盗み取っでる時に、袋がやたらモコモコしてデかくなってたから、なんどなくそうじゃないかって思ってたんだぁ。そしたら―――案の定だったってわけだど。手から出てきた弾数も、撃ったのに比べて全然少ながったし」
グンバはそのまま倒れこんだサイモンに馬乗りになり、喉元へと刃をあてがった。
「これで、オラの勝ちだぁな」
「くっ……」
「あれ? トドメ差さないの?」
遠くからその戦闘を観察していた赤毛の盗賊が、拍子抜けしたような声でグンバへ言った。
盗賊ギルドのマスターである「シエラ」だ。
「……これは”対戦”だぁ。殺し合いじゃないだ。オラの勝ちが確定した時点で、もうやる意味はないだよ」
「でもさぁ、PKしたらアイツにやった装備も取り返せるかもしれないよ?」
「もういいだよ。滅茶苦茶惜しいけんども……正直、もう疲れただ……」
グンバの言い分を聞くと、興味有り気にシエラは鼻を鳴らした。
そこまで言うと、グンバは安堵してしまったからか、身体から力が抜けてしまった。
そこをサイモンは見逃さなかった。
「くのやろうっ!!」
「うわっ!」
脚を一旦振り上げて、振り子の要領でグンバを跳ね飛ばすと、今度はグンバへサイモンがまたがる格好になった。
そしてナイフを硬質化させ、グンバの喉元へと押し当てた。
丁度―――先ほどとは真逆の構図となってしまった。
「や、やばっ……!」
「油断したなぁ……! 最後に気を抜いたのが命取りさぁっ!!」
「止めな」
サイモンがトドメの一撃をグンバへと振り下ろそうと振りかぶると、シエラが呆れたような、やや尻上がりに高くなる口調で、サイモンへ言った。
「サイモン、アンタの負けだよ」
「ええっ……!? そ、そんな……姐さん……」
「レベルも、ステータスも、そっちのオークの方が負けてるけど―――PSは、完全にそいつの方が上だね」
「でっ、でも……一度だけ負けただけで……!」
「あんた、仮にステと装備を全部逆にして、そいつと同じ結果出せんの?」
「うっ、いや、それは……」
「無理でしょ? ならやっぱり、そいつの勝ちさ。一度だけでも……”絶対に負けられない対決”で勝てるなら、あたしはそれがそいつの実力だと評するね。それに……そのコマンドも大概だけど、そいつ、ゲーマーとしてのスキルも相当だよ」
「ええっ?」
「初見の能力を細やかに観察して、その仕様の弱点を突くように戦うなんて、なかなかできるものじゃない。アンタ―――上級者だね。腕前は確実にさ」
シエラは感心した様子で、グンバへと言った。
「そ、そんな事は……」
「フフ、謙遜しなくてもいいよ。レベルが倍以上の、しかも上のクラスの相手に勝ったんだ。弱ってるとは言え、ね。そんな事を出来るやつは早々居ない。間違いなく―――アンタの勝ちだよ!」
その瞬間、グンバは心の中で勝利のファンファーレが鳴り響いたような気がした。
周囲では喧嘩かよくわからないような荒事が行なわれている物騒な場所だったが、何故か、ひどく心が安らぎ、安堵の気分に満たされたのだった。
「うおおおおおおあああああああぁぁぁぁッッッッッッ!!」
「!?」
安心していると、突如、廃駅の中に猛獣の咆哮のようなものが響き渡った。
声の元を見ると、ガンテスが数人のプレイヤーを赤色の欠損エフェクト塗れにしているのだ見えた。まるで血塗れになっているかのようだ。
ガンテスは、周囲を取り囲んだプレイヤーを前に、怒りの雄叫びを上げていた。
だが、何か様子が今までと違う。
そんな姿を見て、サイモンの顔が一気に真っ青に変わっていく。
「や、やべぇ……! 兄貴が”キレ”ちまった……!!」
「え? ど、どういう事だか……!?」
「せ、説明してるヒマはねぇよ!!」
そう言ってサイモンは急いでその場から離れようとする。
だが、シエラが止めるようにサイモンへと呼びかけた。
「丁度いい、サイモン! アンタこいつを”宿”に連れてってやんな!」
「ええっ!?」
その言葉に、ひどく嫌そうな声音でサイモンが応えた。
シエラはそんなのを全く気にせずに続けて言う。
「このザマじゃ、もう話し合いなんてできないだろうし、こいつはまだどこにも所属してないから、暫定って事でスイーパーの組に入れてやっといて!」
「ちょっ……そ、それって、お、オリがこいつの面倒を見ろって事ですかい!?」
「そーいう事!」
それだけを言うと、シエラは踵を返して、ガンテスらが戦闘を繰り広げている場所へと向かって駆け出していった。
天真爛漫そうな、ひどく愉快気な声を上げながら。
「あったしもまっぜろ~♪」
シエラが向かっていくと同時に、廃駅の至る所から轟音が鳴り響き始めた。
何か大きな地震がやってくるような、まるで―――
「やべぇ!! 崩れるッ!!」
サイモンが我先にと逃げ出すのを見て、慌ててグンバも後を追っていく。
だが、すぐに周囲の壁がサイモンが逃げていった方向を塞いでしまった。
「こ、こんなので死ぬって洒落にならないだッ!!」
慌ててグンバは別の道を探し、体力の残り少ない身体をフル稼働させ、全力疾走を行なった。
そして―――命からがら、なんとか廃駅を抜け出し、別の路線へ続く道へと逃げ込む事が出来た。
━━━━………・・・………━━━━………・・・………━━━━
さきほどの全体的に仄暗い構内とは打って変わって、グンバが逃げ込んだのは、使われている駅へと続く道であるのか、周囲には多くの蛍光灯が設置されており、とても明るかった。
「な、なんとか逃げ切れただ……」
せっかく命懸けの戦闘をなんとか切り抜けられたというのに、落盤で死んでしまっては洒落にならない。
今度こそ、本当に危機を切り抜けられた事を実感し、彼はその場にへたり込んでしまった。
(あとば……なんとか宿に帰れば……)
呼吸を整えていると、突如、落盤したトンネルの一部が抜けた。
そしてそこからサイモンが現れた。
彼はグンバを見るなり小さく舌打ちをし、どこか残念がる様子を見せた。
「生きてやがったか……」
「なんどが……」
「はぁ~ぁ……仕方ねぇなもう……」
サイモンは、大きな溜息を吐きながらグンバの近くへとやってくると、手を明るいトンネルの果てへと指して言った。
「付いて来い。お前を掃除屋の宿へ案内してやるよ。姐さんの命令じゃあ、仕方ねぇ」
そして歩き始めてぽつりと彼は呟いた。
「……面倒くせぇーけどよう……」