30:ヨコハマ暗黒街紀行(2)
荒金靖樹ら4人は”ワールドマスター”の少女「マルール」の居場所を探す間、手分けして北海道エリア全域で起こっている「町へのモンスター侵攻」事件について調べる事となった。
そんな中、靖樹はふとしたきっかけから”悪人街”のボス格プレイヤーを、占領された街を取り返すための「侵攻戦」に参加させる交渉を行うハメになった。
靖樹は”チーター”となって賞金稼ぎに追われながら、何とか”悪人街”へとやってくるが、そこで最後の追手に補足されてしまい、完全に行動不能にまで追い詰められてしまう。
現れたのは治安維持系ギルド最強のプレイヤー「エクスクモ」だった。
ラクは死を覚悟するが、その場に更に「掃除屋」と呼ばれる三人組のプレイヤー達が姿を見せた―――
(文字数:13107字)
ゲーム内時間は深夜1時を周り、真夜中としか言いようの無い時間帯である。
夏を前にしての空気は生暖かい温度と設定されており、その為かこの時間はファシテイトから人が少なくなる。
リアル時間も同じく夜である事もあって、普通の街では闊歩するプレイヤーは大幅に減る所なのだが、横浜エリアの”悪人街”の一角は、とてつもない熱気に満ちていた。
「おいすげーぞ! ガンテス達と”スパイダー”が戦うみたいだぜ!!」
野次馬のそんな一言が、街の隅々にまで伝染していき、一気に町全体の空気が熱を帯び、ある場所へと集中していく。
「マジかよ! 掃除屋とスパイダーか!?」
野次馬が集まっていく先には、大通りがあった。
道路の一部分が壊れていたり、街灯がまばらであるために足元が少々見づらかったり、大通りであるのにどことなく荒廃としている作りだ。
だがその場所には、恐ろしいほどの人だかりが出来ている。
いつしか、誰かが周囲を明るくする”永久光源発生魔法”を使って、周囲を照らしていたので、今はまるでお祭りか何かのようになっていた。
その中心部に当たる場所には、一人の長いコートを着込んだ西部劇の保安官のような男が一人。
そして反対側には、対峙するように三人のプレイヤーが立っていた。
(ま、まさかこんな事になるとは……)
そんな”騒動”の中心部にラクは居た。
片足が切り飛ばされおり、HPも1割を割りかけている悲惨な状態だったが。
だが一応ナイフを手に構え、飛び道具が流れ弾のように来た時に、いつでも防御出来るようにして、戦闘の行方を見守っていた。
(ファイブ・スターズのギルドマスター……!)
ラクの目線の先には、西部劇風の男が居る。
ウェスタンハットの下にはボサボサの髪が茂みを作っており、目は垂れていて眠そうな感じだ。
だらりとやる気が無さそうに片手に銃をぶら下げ、もう片手には身長を超えるほどの長さの刀を持っている。
刀は持っているのも面倒なのか、肩に掛けるような格好になっていた。
口にはタバコをくわえていて、アゴには剃り残しなのか、長さの違うヒゲがぽつぽつと生えていて不精さを感じさせる。
だが全体的な顔立ちは整っており、その眼光は鋭い。
そんな”エクス”は僅かに口元をモゴモゴと動かして、悪人街側の三人に言った。
「どしたァ? 掛かってこねぇのか? ”好きにやらせない”んじゃないのかぁ?」
男のフルネームは「エクスクモ・フィンガーズ」。
ファシテイトにおいて攻略系、経済系、官公庁系、などと言う風にカテゴリ分けされている各ギルドのうち”治安維持系”と呼ばれるゲーム内での社会秩序の安定を目的とするもので”最強”を謳われるプレイヤーだ。
”平和の維持者”または”法の体現者”とか呼ばれていて、”クモ”の名前にかけて俗に”蜘蛛”と仇名が付いている。
ラクは、視線を横にずらして対峙する者を見る。
「……」
悪人街側の「ガンテス」、「サイモン」、「ヤジマ」の三人は、それぞれ武器を構えてはいるものの、仕掛ける気配は無かった。
レベルはガンテスが最高の”65”、サイモンが”58”、ヤジマが”60”と表示されている。
全員、相当強力な戦闘系プレイヤーたちだ。
確実に準上級クラスで、一番レベルが高いガンテスの”65”に至っては、実にゲームプレイヤー総人口の「5%以下」という上位のレベルに当たる。
「馬鹿どもが……」
舌を僅かに鳴らし、ガンテスが僅かに眉間に皺を寄せて言った。
彼は視線を上の方へと上げて、野次馬の方を見ているようだ。
ラクは、それを見て同じように周囲に集まった野次馬達を見た。
ガンテスは野次馬が集まってくるのが不快なようで、表情が段々と険しくなっていくのが見て取れた。
(な、なんで攻撃しないんだ……?)
ラクから見て―――間合いが多少離れているものの、とっくに双方とも戦闘態勢に入っている。
それは明らかだ。だが、武器を抜いているだけで何もしようとしない。
呪文の詠唱を始めたり、投げナイフを構える素振りすらない。
ただただ”待ち”でしかない状態を続けていた。
「……」
そんな睨み合いと呼ぶには退屈な状態が数分ほど続いた。
やがて、痺れを切らしたのか、野次馬の一人が言った。
「何やってんだ! さっさとやれぇ―――ッ!」
言葉と同時に、野次馬が円筒形の”何か”をエクスへと向かって投げつけた。
液体が零れながら飛んでいく所を見ると、ビールの缶だろうか。
回転しながら、エクスへと飛んでいくそれは、空中で真っ二つになった。
それが―――”転機”だった。
「!」
巨大な影が、矢のように動いていったかと思うと、それはエクスに身体ごとぶつかり、とんでもない重音と共に火花を散らせた。
動いた影は、ガンテスだった。
片手斧でエクスへと斬り掛かっていたようだ。
「く……」
エクスが思わず堪えるような声を漏らす。
ガンテスの丸太のような腕から繰り出される一撃は、かなり重いようで、受け止めているエクスの腕は震えていた。
「へへっ、どうした? アルコールでも切れちまったのかぁ?」
余裕たっぷりにガンテスが言う。
エクスは、震える腕を押さえ込むようにしながら、ややにやけた顔で応えた。
「いいや。悪ィが……そっちは趣味じゃないんでね!」
二人の刃が離れると、エクスが半歩だけ距離を取った。
武器の打ち合いが始まる前触れだ。
その光景を見ていたラクは、正直、もうこの時点で勝負は付いていると思った。
(うっ、打ち合いに持ち込んじゃまずいんじゃ……!?)
”斧”というのは不人気武器の代名詞のような存在である。
その理由は”かっこ悪い”とか”ザコ敵の使う武器だから”だとか色々とあるが、最も大きな理由は”スピードがない”と言うことに尽きるだろう。
元々、斧は力を一点に集中して対象を叩き切る為のものであり、一度に加えられる力の大きさに焦点が絞られている。
そのため、戦闘ではほぼ確実に大振りになってしまい、大変に使い勝手が悪い。
だから”弱い”だとか”ダメ武器”として知られている。
事実、斧を使うのはザコモンスターばかりであり、プレイヤーには余り居ない。
だが―――そんな印象は、次の瞬間に吹っ飛んでいた。
「う……わっ!!」
ガンテスが繰り出し始めた手斧による攻撃は、とてつもない速さだった。
斧など身につけていないかのように、ナイフで切りかかっているかのように攻撃を加えていく。
まるで、一種の格闘技のような動きをしていた。
「おおおッ!」
ガンテスは上半身を殆ど動かさず、腕と肩の動きだけで、斧を上下へ、左右へと最小限の動きで振る。
まるで交通誘導の警官が高速で手旗を振るような、そんな感じの動作だ。
振りかぶったり、避けられて振り抜いてしまったり、という重量武器特有の隙が殆ど発生していない。
「ちぃっ……!」
エクスは、その攻撃を苦い顔をしてただただ受け流していた。
ガンテスの攻撃は、見ている分には全く重量を感じさせないが、攻撃自体はメチャクチャに重い。
エクスがダメージを受けないよう、攻撃を受け流しているものの、地面を伝って離れているラクにも衝撃が伝わってくるほどなのだ。
とても何度も正面から受け止められるような攻撃ではないのだろう。
(は、速い……! 重いのに、なんて動きだ……!!)
ラクがその嵐のような打ち合いを見ていると、別の場所からエクスへと、何か光る一撃が加わった。
その方向を見ると、着流しを着た男が中腰の状態となっていた。
半身になり、手を腰に差した刀の手前へとやっている。
”居合い”の構えをとっているようだ。
だが―――その姿は、エクスからかなり離れた位置にある。
とても剣などは届きそうになく、それどころか魔法などの遠隔攻撃でも5~6秒は命中まで時間が存在しそうなほどの空間がある。
(な、何をやったんだ今……?)
ラクが視点を接近して攻撃し合う二人から外し、細身の”人斬り”ヤジマへと向けた。
彼は大きく息を吸い込むと、目を閉じた。
そして数拍の間の後―――
「ぬぅんッ!!」
手元が僅かに動いたように見えた瞬間、光の帯がエクスへと向かって伸びた。
まるで、見えない鞭が一瞬だけしなって、その軌跡が見えるような感じだ。
エクスは持っている銃を使い、”命中する手前”でその攻撃を受け止めた。
まだ光の帯は到達していなかったが、かざされた銃に金属音が響き、確かに防御が行われた事が知らされる。
(あ、当たった……!?)
ヤジマの攻撃は、殆ど見えなかった。
ガンテスとエクスの打ち合いも激しいが、こちらは目で追うだけなら何とか可能だ。
だがヤジマの放った一撃は、殆ど視覚出来なかった。
恐らくはエクスが自分に向かって放った、あの”飛ぶ斬撃”と同じ種類の攻撃スキルなのだろうが……。
(な、なんなんだあの攻撃……!?)
「さてと、そろそろ……こっちからも行くかね」
エクスは受け側に回っているだけでなく、攻撃スキルを発動させて反撃も行い始めた。
ガンテスの連続攻撃を武器を弾いて中断させると、低く跳んでガンテスから距離を取る。
そして刀を鞘へと納め、ヤジマの方へと向き直ってスキルの発動を宣言した。
「―――”飛燕閃”」
一瞬、強いノイズのようなものがエクスの右手に掛かった。
そして利き手であろう右手の、刀へとかざした手元部分と、刀の部分が蛇のようにうねった。
その次の瞬間、ヤジマが出していたような光の帯が、エクスから放たれた。
「むっ!」
ヤジマが出していたものよりも二周りほど横に広い大きな帯。
いや、もはや”光の波”と呼べる攻撃を、ヤジマは身体を逸らして回避した。
そしてそのまま”光の帯”は、背後の老朽化したビルへと命中した。
その瞬間、異様な音が鳴り響いた。
―――ザグッ
丁度、光の波が命中した部分から、巨大な亀裂がビルへと入った。
それだけに留まらず、亀裂は表面から内部へと深く食い込んでいき、命中した部分を倒壊させて、ビルを傾かせていった。
(なんて威力だ……!)
「う、うわっ! な、何をしやがる! こっちに向けるんじゃねぇ!」
建物へと群がっていた野次馬が落下しそうになり、次々に罵声を浴びせていく。
それを聞いて、エクスの眉間に皺が寄った。
そして大きく溜息を吐いて、呟くように言う。
「発情期の猫よりもひでぇ鳴き声だ。これだからここは嫌になる」
そう言っていると、ガンテスが突っ込んできて、連続で切り攻撃を放った。
エクスはそれを受け流していく。
「そうか? 俺は気に入ってるぜ? こういう雰囲気はよぉ」
豪腕からの一撃が振られ、それが刀に掠る度、地面が僅かに揺れた。
「クズばっかりの溝くせぇ街がか? おめでてぇな」
「そこは何も言い返せねぇな」
切り合いながらも、二人は平然と話をしていく。
ただ冗談を言い飛ばすように言うのではなく、笑顔すら交えながら話をしていた。
やがて、そこに両手にナイフを構えた小柄な少年が加わっていく。
「オリもいるぜーっ!」
サイモンは接近して、ガンテスが攻撃した後の隙間を縫うようにナイフでの連続攻撃を仕掛けていく。
2刀流での攻撃は、パワーこそガンテスには遠く及ばないが、その連続攻撃はガンテス以上のスピードを持っていた。
ただ刃物で切りつけるだけではなく、縦に横に、回転しながら肘鉄や蹴りなども織り交ぜての攻撃を繰り出していく。
「サルみてぇな野郎だ」
そしてサイモンは、時折、急に距離を取ってはナイフを投げたり針などを打ち出しての飛び道具攻撃なども混ぜていた。
この近距離~中距離というのが、彼の戦闘におけるリーチのようだ。
更に近づいての攻撃の狭間、スキルが発動するエフェクトと共にサイモンはナイフを素早く逆手に持ち替え、エクスの腰元を狙って張り手を繰り出してもいた。
どうやら隙を見ては、”盗み”を仕掛けてもいるようだった。
「ちぇっ、盗れねぇや」
ガンテスとエクスの斬り合いに、ヤジマの援護攻撃が加わって2対1。
更にサイモンが加わり、3対1になった。
流石にレベル差があるとはいえ、エクスも気を抜いているわけにいかなくなったようだった。
「ふぅー……っ」
戦闘の最中、大きく息を吸い込んだエクスは、タバコを捨てた。
そして煙を吐き出すと共に―――投げた。
「!」
「うわあああああああっ!!」
突然、巨大な”線”が、建物の上へと集まっていた野次馬の方へと投げつけられた。
そして着地点に居たプレイヤー達のHPが一気にゼロになっていく。
サイモンが、野次馬達の居た場所にあったものを見て戸惑いの声を上げた。
「なっ……!? え……!?」
大勢のプレイヤーが倒れた場所。その中心に合ったのは”刀身”だったからだ。
持ち手の部分より上の、エクスの身長を超えるほどであった武器の”刀身”部分。
それが建物を破壊し、突き刺さっていた。
サイモンが慌ててエクスへと視線を戻すと、やはり武器の上部分が失われている。
「は? な、何を……?」
「……!」
その姿を見て、サイモンは戸惑っていたが、ヤジマとガンテスは表情を険しくし、すぐさま自分の腰元、着物の内側へと手をやった。
そして僅かな空白の後、二人の武器が別のものへと変更された。
どうやら道具袋を操作して、武器を持ち替えたようだ。
ヤジマの刀は、照りがあり水に濡れているように見えた刀から、明るい茶色の刀身を持つものへ。恐らくは木刀を薄く作り、切れ味を増したものか、竹で作られている「竹光」という刀だろう。
ガンテスの小型だが角張っていた手斧は、丸みを帯びて緑と茶色を基調としたものへと変わった。
手斧は刃と柄の接合部分から血管のようなものが見えている。
どうやらそれは葉脈のようで、つまりは”木の葉”か”木の幹”などの、どうも”植物”で出来ているようだった。
「てめぇ、舐めてるのか? 掃除屋をよ」
サイモンがナイフを向け、エクスへと訊ねた。
エクスは”柄”だけになった武器を、釣竿で遊ぶかのように適当に振りながら言う。
「なんだァ? 急によ。怒ってんのか?」
「ッたりめぇだろ! 武器をいきなり放り出して、銃だけで戦うつもりなのかよ?」
「銃だけ? 言ってる意味がわからねぇなぁ」
「何を言って―――」
サイモンが言い終わろうとした時、エクスは動いていた。
先の無い刀を構えて、極めて低いジャンプを行って飛び掛って来たのだった。
「うっ!?」
銃を持っているのに、そして剣を持っていないのに、接近戦。
よくよく考えればおかしな話だが、サイモンはその異様なまでの”自信たっぷりの接近”に、咄嗟に武器を構えて防御の姿勢を取った。
途端、ガンテスの檄が飛んだ。
「受けるな! 馬鹿野郎!!」
サイモンに対して、エクスが無い筈の刀が叩き付けると―――
「―――えっ」
サイモンの構えていた大型サバイバルナイフが、2本とも砕け散った。
そして、武器を破壊した”線”が、彼自身の右腕も斬り飛ばしていった。
「な……ん、で……」
システムメッセージが響くと共に、サイモンのHPが一気に3割を切るほどに減少した。
『CLEAN HIT!』
刀身は見えない。サイモンには、ただ何もない柄の部分だけを自分に向かって振っただけのようにしか見えなかった。
やがてエクスが二度目の、トドメの一撃を腰元から振り上げるように叩き込む。
だが、二度目の攻撃が命中するその瞬間―――
「ッッッすらぁっ!!」
ガンテスが割って入り、攻撃を受け止めた。
同時に、サイモンはガンテスに蹴り飛ばされて、ラクのすぐ隣へと激しく転がされた。
「ぐ……うう……い、一体、何が……」
サイモンが身体をすぐにエクスの方へと向けると、ガンテスとエクスが刃を交えているのが見えた。
最初は見えない”何か”がぶつけられているように見えたが、やがてエクスの持っている柄へと、光の欠片が集まっていく。
それは丁度、刀身の根元の部分へと集中していった。
「な……け、剣が……!?」
「★メタル・イーターだ……」
ラクが呟くと、エクスの持っていた柄の部分から刃が生えていく。
そして、前よりも短い刀の形状へと成長した。
短くはなっているが、前の長刀が長すぎたので、丁度良い程度のサイズとなっている。
「あの刀、”作成途中”でも攻撃判定が存在してるみたいだな」
「め、メタル、イーター……?」
サイモンがよろよろと立ち上がって、呻きながらラクへと訊ねる。
何とか立ち上がりはしたものの、先ほどの一撃はかなりの威力であったようで、サイモンはもう壁に寄りかかっているのが精一杯なようだった。
「って言うか、おみぃ……誰だ?」
「あれに追われて来たんだよ。ここを目指して来てたんだけど……」
ラクがエクスクモへと顎を向ける。
サイモンは”なるほど……”と一言だけ漏らしてから、再度訊ねた。
「それはそうと、さっきおみぃが言ったのは何なんだ?」
「アイツが使ってる刀は”★メタル・イーター”って言う『アーティファクト装備』なんだ」
「アーティファクト……ってあれか? 白い星マークがついてる……」
「それは”エゴ・アーティファクト”。あのエクスクモが使ってるのは、それよりランクが上の、最高ランクの黒い星マークの奴だ。”エクストラ・アーティファクト”って奴だ」
「エクストラ・アーティファクト?」
ガンテスとヤジマは、二人でエクスと攻撃を打ち合い始めた。
だが―――エクスは刀の長さが接近戦に適したサイズになったからか、先程よりも攻撃速度がアップしていた。
「ハッ、ハッ、ハーァッ!!」
先ほどまではガンテスとヤジマの二人で”僅かにエクスを推している”と言う感じだったが、ここに来てガンテスは攻撃速度が上がった相手に、防戦一方の形となってしまった。
そればかりか、エクスは銃撃で離れているヤジマに反撃すらし始めた。
二人で何とか防御・回避して居るものの、まるで攻撃を加える事が出来ない。
その上―――何故か攻撃を受け止める度に、ガンテスの胸の鎧にヒビが入っていく。
斧でかろうじて攻撃を受け止めている為、身体へと刃は届いていないはずだが、斧へとエクスの刀が命中する度、震動のようなものが走り、鎧がヒビ割れていくのだ。
まるで瑞々しい木の葉から水が抜けて枯れていくような、そんな風に見えた。
「や、やべぇ兄貴が……!」
サイモンはガンテスを慕っているらしく、左腕だけになった手でナイフを持ち、再び戦闘へと向かおうとした。
ラクは、それを声を上げて止める。
「ばっ、馬鹿! ”金属の装備”で行く気なのか!?」
「へっ……? どういう事さ?」
「名前でわかるだろ。あの”メタル・イーター”はその名前の通り、”金属を食う”武器なんだよ」
「金属を食う……? 意味がわかんねぇよ!」
「あの武器は触れたり、近づいてきた”金属”を食って……正確には鉄分を食って、それで刀身を作るって言う武器なんだよ。だから……金属なら鎧だろうが剣だろうが、なんだって一気に劣化させられて食い破られる。今、そんな装備で向かっていったら、確実に一撃で殺されるぞ」
「うっ、嘘だろ……!?」
それを聞いて、前へと向かおうとしていたサイモンの足が止まり、再び壁へと身体をもたせ掛けた。
「じゃあ……兄貴達はそれ対策に武器を持ち替えたのか。クソッ……」
■
戦闘はそれから数分後、展開を見せた。
「ハッ……ハァ……」
飛び退くようにガンテスがエクスから離れる。
エクスはそれを魔銃で追撃し、ガンテスは右肩を打ち抜かれた。
「ぐっ……!」
息を切らせながら、ガンテスは武器を構えた。
だが―――もう勝負は既についたようなものだった。
ヤジマは銃による攻撃で体力を著しく削られており、HPはもう半分を切っている。
ガンテスは何とか半分ほど体力が残っている、と言う状態であったが、接近して1対1での打ち合いを行った為、疲労が一番激しい。
そしてメタル・イーターによる金属劣化ダメージの影響で、身につけていた金属のプレートや、防御の補助のために着けている腕輪など、防具が殆ど全てダメになる寸前と言う状態だった。
持っている手斧こそ植物で出来ているために影響は受けていないが、エクスの鋭い太刀筋を受けている為、武器自体も消耗が激しい。
お世辞にも”戦闘続行可能”とは言い難い状況だ。
「フゥーッ……なかなかやるじゃねぇか。ならず者共の一員にしちゃ、な」
それに比べて、エクスは”まだまだこれから”と言う感じだった。
HPはまだ9割近く、8割を明らかに越すほど残っており、疲労感も余り見えない。
ハッキリ言って、勝負はほぼ付いている状態だった。
「細い割に、体力がありやがるな……流石に70越えは……」
「年寄りに言うみてぇに言うんじゃねぇぜ」
「似たようなもんさ。面倒くせぇ生き物って点じゃあな」
「口が減らねぇ野郎だ」
勝ちを確信したのか、エクスは僅かに口元を吊り上げて笑いながら応えた。
ガンテスの冗談を気に入ったのか、余裕の表れなのか。
それとも単純に戦いが楽しかったのか。それはわからない。
だが、それは”油断”しているという状態でもあった。
だからこそ、エクスは次の瞬間の”それ”が完全にかわせなかった。
「ッ!」
”何か”が突然、エクスの顔元へと飛来した。
それを彼は、咄嗟に銃で叩き落とした。
だが―――
「うっ……」
叩き落そうと銃を振り上げた途端、”べしゃ”という液体音と共に、エクスの顔に何かがぶちまけられた。
べとべとして粘性の高いそれは、髪やウェスタン・ハットにへばりつき、エクスの顔を濡らす。
命中した中心箇所に、僅かに黄色い染みがあることから、それは”卵”のようだった。
「……~~~」
エクスは眉間に大きく皺を刻み、不快さを顕わにしながら、卵が飛んできた方向へと視線をやった。
すると、野次馬の一人が高らかにエクスを指差して笑っているのが見えた。
「どうだ! 見たか賞金稼ぎ野郎!! 笑ってんじゃねーぞぉっ!!」
エクスはそれを見ると、大きく溜息を吐いた。
そして、目を閉じてぽつりと言った。
「これだから―――ここは嫌いなんだぜ……」
それだけを言うと、刀を鞘に納め、エクスは何かを呟き始めた。
「サイデス、アルカド、ジャール……」
(!、呪文!?)
魔法攻撃を行おうとしている事を確認し、ガンテスが慌てて詠唱を阻止しに接近する。
だが距離を簡単に離されてしまい、接近できない。
疲労が蓄積している事と、深手を負っている為に移動速度が落ちてしまっていたのだった。
「我が精神より出でしものはギダラの淵へと寄り、我が魂のオルナデは業炎へと達す」
(くっ……なんだ……? 嫌に長ぇ。何を唱えてやがる)
ヤジマも追いかける事は出来なかった。
かろうじて居合いでの遠隔攻撃を放つが、攻撃速度が落ちてしまっている為、見切られてしまい、何度か放ってもエクスにはかすりもしなかった。
「まさか……あれは……!!」
離れていたが、何の呪文を詠唱しているのか、ラクはほどなく気が付いた。
「魔法攻撃……? あいつ、魔銃使いじゃねぇのか? 呪文も使うのかぁ?」
サイモンが怪訝そうに言うと、ラクが声を張り上げて言った。
「やばい!! 逃げないと!!」
「へ? なんでだ?」
「いいからお前も!」
ラクは慌てて建物の影へと入り、手招きしてサイモンも呼んで隠れる。
そして、地面に這いつくばるような格好になった。
出来る限り、身を低くする為だ。
「なんでおみぃ、そんな姿勢に……?」
「いいから! 出来る限り身体を低くするんだ! 立ってると上半身が無くなるぞ!!」
「え……?」
「早く!!」
レベル的には完全にサイモンの方が上であったが、先ほどの刀の件もあり、ラクの確信的な強い口調に、彼も渋々納得してしゃがみ込んだ。
「なんでこぉんな事を……?」
サイモンがその理由を思い知ったのは、僅か十数秒後の事だった。
「破滅の扉、開く場所は我が”気”の正面なり。出でよ―――破壊の奔流!!」
ダンテスとヤジマは、呪文の詠唱が完了した瞬間、背筋に悪寒を憶えた。
強者のみが発する強烈な攻撃の意思を感じ取ったのだ。
同時に悪人街の空気中にあった”赤色の何か”が、とんでもない勢いでエクスの構えた銃口へと集まっていく。
それを見て、二人は慌てて建物の影へと逃げ込むように転がった。
転瞬、エクスの目が桃色に輝くと同時に、彼は高らかに言い放った。
「収束煉砲撃」
次の瞬間、銃口の先から恐ろしいほどの強風が吹き荒れた。
そして同時に、輝くピンク色のエネルギーが、まるで滝のように発射されていった。
エクスが数十キロあるようなものを動かすような、緩慢な動作で銃口を動かすと、向けられた方向に居た野次馬の悲鳴が一瞬だけ響き、その激流へと流れて消えていった。
建物だろうが、人だろうが、発生したそのエネルギーの発射先にいたものは、何もかもが破壊され、光の流れへと飲まれて消えていった。
■
―――絶大なエネルギーの発射から1分ほど経った。
周囲の光景は、見るも無残なものへと変貌していた。
「フゥ……スッキリしたぜぇ」
火の点けたタバコを咥え、夜空を向いて煙を吹かす男が一人。
それ以外に立っている物は、何もなかった。
建物という建物が、瓦礫の山へと変えられ、山のように集まっていた野次馬達は、その殆どが蒸発するかのように消えていった。
今、こうしてエクスが立っている事を除けば、音すら無い死の世界が広がっていただろう。
「……~~~あーあ、こりゃあまた始末書モンだなぁ……」
エクスは短く舌打ちをし、頭をポリポリと掻きながら、瓦礫の山と化した”悪人街”を見る。
すると、その一部が盛り上がり、何人かの生き残りが顔を見せた。
激しく咳き立てながらも、一人は立ち上がった。
立ち上がったのは、ガンテスだった。
「……まだやる気か……もういいだろ。俺も疲れちまった」
エクスの気力を現すEPは、一気に3割ほどにまで落ちていた。
先ほどの強力な魔術の砲撃は恐ろしいまでの威力だったが、その分消費も激しかったようだ。
「てめぇが良くても……俺が……良くねぇんだよ……!」
ガンテスは、傷ついた身体を奮い立たせ、再びエクスへと高速で走り寄っていく。
「チッ……トドメ喰らわねぇと、わからねぇのか」
エクスはガンテスに止めを刺すべく、刀の柄に手を掛けた。
その瞬間だった―――
「ぐっ!?」
突然、エクスの背後の壁が崩された。
そしてそこから現れた”手”が後ろからエクスクモを羽交い絞めにした。
同時に聞きなれない声が響いた。
「エクス! 見つけましたよ!」
「うっ!! ギャロットか!?」
「!?」
飛びかかろうとしていたガンテスは、咄嗟に飛び退いて距離を離す。
すると、エクスの背後の壁が完全に崩れ去り、そこから鎧に身を包んだ騎士が現れた。
薄い青色に、白い紋様が描かれた潔癖さを感じさせる鎧。
それは身体の外側をかなり厚く覆っているようで、その騎士は普通の大人の二回りほど巨大な人間に見えた。
丁度、兜の防護部分が外れているようで、顔が見えている。
見えているのは、作りの整った顔立ちの青年だった。
短髪というには伸びている黒髪と、彫りが浅い顔つきがどことなく子供っぽさを感じさせる。
だが、整然とした口調からは、責任感の強そうな雰囲気が窺えた。
「まさかと思って来てみれば……街中でこんな上位魔術を使うなんて……!」
「離せ! あのクソヴィランとカタを付ける!」
「何を言ってるんですか! あなたにもしもがあったら、それこそ一大事なんですから!」
「あるわけねぇだろ! てめぇ、首ぶった切るぞ!」
「やりたいならどうぞ。鍛えてますから。一度二度じゃ、まともに入ってもクリティカルは受けませんよ」
「~~~……クソッ」
”ギャロット”と呼ばれた騎士は、エクスをもの凄い力で羽交い絞めにしている。
そして、そのまま背後にいつの間にか作られていた魔法陣の上へと移動した。
やがて光が眩く輝き始めると、魔法陣の周囲から光が漏れていく。
「兄貴……すいやせん」
ガンテスがその様子を遠巻きに注意深く見ていると、サイモンが近寄る。
片手がなくなっていたが、伏せていたため、その他には目立ったダメージは無い。
「生きてたか。意外としぶといな。てっきりお前も蒸発しちまったかと思ったぜ」
冗談なのか馬鹿にされているのか、よくわからないガンテスの言葉を受けて、サイモンが苦笑いを浮かべる。そして、恐る恐る訊ねた。
「兄貴、追撃は……やらないんで?」
今、エクスは羽交い絞めにされており、もう一人も防具を着込んで居るが、無防備極まりない状態となっている。今なら不意打ちをするぐらいなら問題なく出来そうだ。
だが、ガンテスは大きく溜息を吐いて言った。
「いや……もう無理だ。”ファイブ・スターズ”が二人になっちゃ、流石にこっちの方の分が悪すぎる。三対一で相手に本気の半分も出せれてねぇのに、これでマジになられたら勝ち目がねぇぜ。いまいち気分悪ぃが……ここいらでお開きにするのが一番利口だ」
「えっ、じょ……冗談じゃないんで? 本気の半分も、って……」
「冗談でもなんでもねぇよ。俺は一度、スパイダーのヤツが20階建ての仲友ビルを”縦”に両断した所を見た事がある。アイツの”本気”はあんなもんじゃねぇぜ」
「げぇっ……」
他人事のようにガンテスは言う。
そんな事を話していると、ヤジマも身体を引きずるように瓦礫の中から這い出てきた。
「ぐぬぅ、うぅ……」
「あら、おみぃも大丈夫だったんか」サイモンが言う。
「不覚を……取った……まだまだ無駄なものが我には多いようだ……」
「いやいやいや、充分だってもう……生きてるだけさ……」
やがて―――エクスクモとギャロットが乗った魔法陣から、閃光が発生すると、二人の姿は消えてしまっていた。
「……帰ったか」
「命からがら、って所だったなぁ……」
疲れ果てた声音でサイモンが呟く。
すると、一つの影が瓦礫の山から顔を出した。
「し、死ぬかと思った……」
ラクは、運よく瓦礫の山に潰されずに何とか生き残る事が出来た。
HPはもうゼロに達するギリギリ。数ドット程度しかない状態となっており、生き残れたのは奇跡的、と言うほか無かった。
その姿を見て、サイモンが言う。
「ありゃ、アイツも生きてたんか」
「知り合いか?」ガンテスが訊ねるように呟く。
「この街の新入りみたいでさぁ。どうやらアレを追いかけて、スパイダーの奴は来たみたいですぜ」
サイモンからの報告を聞いて、顎を掻きながらガンテスは喉を鳴らした。
そして、掃除屋三人組がラクへと近づいていく。
「し、死ぬ……これ以上は……もう動けん……」
「よぉ」
ラクが寝転がっていると、上方からふてぶてしい感じの声が投げかけられた。
閉じていた目を開いて視線を動かすと、三人の男が自分を取り囲んで居ることに、ラクはようやく気付いた。
「アンタは……さっきの……」
「コイツが新入りか……弱そうだな」
「無駄の塊のような装備をしている」
ラクは起き上がり、三人を見た。
先ほど、エクスと戦っていたこの街の人間である。
きっと彼らなら、自分を助けてくれるはずだ。
そう思い、ラクはほっと一息を吐いた。
「おめぇ、追われてた所を見ると”賞金首”みてぇだが、何をしに来たんだ?」
ガンテスが怪訝そうに訊ねた。
「いや、俺は……ちょっとチートでヘマをやらかしちゃってさ。ここなら……どんな奴でも隠れていられると思って来たんだ。そしたら、色んなのに追いかけられちまって……」
ラクがここまで来た経緯を簡単に説明すると、ガンテスは鼻で応える。
ラクはここぞとばかりに、助けを求めた。
「た、助けて欲しいんだ。この街に匿って欲しいって言うか……」
同じ”悪”のキャラクターとなってしまったのだから、何か手助けてしてもらえる。
なんてったって、もう普通のプレイヤーとは違う”仲間”なのだから。
―――それが甘い考えであった事に、ラクは今まで気付いていなかった。
「う、ううっ!?」
ラクの喉元に、いきなりナイフが突きつけられた。
大型の、ラクが使っているような戦闘用に用いられるサバイバルナイフだ。
持っているのは、先ほど助けた片手が切り落とされている小柄なプレイヤーだった。
いや―――”助けた”と思い込んでいた、と言う方が適切か。
「なっ、何を……!」
「おみぃ、何か勘違いしてないか?」
「かっ、勘違い……!?」
「あのな、ここはよぉ。”悪人”の街だ。いや……普通の人間の世界じゃねぇんだ。貧しい奴に施しをやるとか、助けを求めてる野郎に手を差し伸べるとか……そういう事をやる奴が来る場所じゃない」
「……!!」
「だからさ……わかるだろ?」
サイモンは、口調をドライなものへと変えて、続けて言った。
「持ってる物、全部出しな。このまま首を落されたくねーならな」
ラクはその瞬間、思わず生唾を飲み込んだ。
そして、絶望と言うものが酷く眠気を誘発するものである事を改めて思い知った。