25:ウサギとリスとオンナノコボルト
荒金靖樹ら三人は、”ワールドマスター”の少女「マルール」から頼まれた”後藤”と呼ばれる人物と遂に出会う。彼は、開発者達の一人だった。
そして三人は、彼からこのゲームが作り出された経緯と”ワールドマスター”と呼ばれる存在が”人工知能”ならぬ自然発生した電子知性”E.I”と名づけられたものであるという話を聞く。
全ての話を聞き、後藤にマルールの居場所を掴む為の”メール解析”を頼み、ロッジを後にしようとすると、ロッジの奥から後藤の”娘”であるというコボルトの姿をした少女が現れた―――
(文字数:20368)
窓の外に見える降雪は、段々とその降り足を弱めていた。
ここ山頂が空に近いためか、止む気配は無いが、最初に見た時に比べれば半分以下になったと言ってもいいだろう。
今なら下山するのも比較的楽なように見えた。
「お、お願い……しますっ! 私も連れて行ってくださいっ!」
奥の扉から出てきた少女がそう言い放つと、後藤がいち早くコボルトの少女に反応した。
「い、いかん、いかんぞそれは!」
後藤は身を乗り出して、焦るように否定の言葉を被せる。
そして彼女の前へと立ちはだかり、言葉を遮ろうと食って掛かった。
「私は認めん! 女子がこんな戦いに加わるなど……」
「ここに女の子居るんですけど」
後藤の言葉にキッチェが突っ込むように答える。
場の空気がやや気まずくなる中、コボルトの少女は場の空気を裂くように言った。
「私、死んでも大丈夫だから……少しは力になれると思います! お願いします!」
言葉は途切れ途切れだった。
どうやら彼女は喋るのが苦手らしく、振り絞るように声を出して喋っていた。
「死んでも大丈夫ってどういう事だ?」デアルガが訊ねる。
「マルールさんから……他のプレイヤーさん達と、同じように、復活できるように……してもらってるんです」
「何!? 聞いていないぞ! そんな事は!!」
コボルトの少女が言うと後藤が戸惑う様子を見せつつ、声を張り上げた。
今までの落ち着いた雰囲気からの変わりように、思わずグンバとデアルガが言った。
「ちょ、ちょっと後藤さん。落ちつくだよ」
「アンタ娘の事になった途端、急に聞き分けの無い感じになったな。さっきまで良識ある大人って感じだったのによォ」
「うるさい! とにかく認めんぞ! 外へ行くなど……」
「パパ……」
後藤が必死に止めようとする中、彼の妻であるリスのモンスター”チェシー”が言った。
「あなた。夏奈はもう小さな子供じゃないのよ。何度も写真を持ってきてるし、ちゃんと知っているでしょう?」
「それはわかっている……だが……」
「わたしは、この子の選んだ方を指示するわ」
「し、しかし……危険すぎる……もし”彼ら”と戦う事になったら……」
「オラ達はどうでもいいだか……」
「そ、そんな事は無い。だが君達は戦い慣れているんだろう? こんな所まで来れるという事は」
「まーそこそこはね」
「お前が言うな!」
得意気に言うキッチェに、二人がハモりつつ突っ込んだ。
それを受け流しつつ、キッチェはグンバに向かって訊ねた。
「でも……どーすんの? 連れてくの? 結局」
「う~ん……どうするだかなぁ……」
連れて行くべきだろうか? と問い掛けられて、グンバは悩んだ。
「無関係な人をこれ以上巻き込まない」という姿勢で行くのなら、当然ながら連れて行くべきでは無いだろう。
いくらゲームシステム上、復活する事が可能になっているとはいえ、連れて行けばどうなるかはわからない。
恐らく、普通なら断るべきである話だろう。
だが―――自分達の事を振り返ると、そう言う風に切って捨てる話にはし辛い。
(正直、出来る事なら戦力は欲しい所だぁ……)
何せ現在、自分達はたった三人しか居ないのだ。
それも全員レベル11、22、30という心もとない数値である。
出来るなら―――ここでもう”一人”か”二人”ぐらい、新しいパーティメンバーが欲しい所だった。
グンバはとりあえず、デアルガ、キッチェ二人の意見を聞いてみる事にした。
「二人の意見はどうだか?」
「あたしは……どっちでもないかな」
「どっちでもない?」
「”危険だから行くな”って言い分がわかるってのと”女の子もう一人居るといいなぁ”ってのとで半々ってトコ。アンタら二人の意見次第ね」
意外にも謙虚な彼女の言い分を聞いて、”なるほど”と感心する。
普段の天真爛漫な振る舞いからは余り想像できない。
今度はデアルガが言う。
「オレは……出来るなら来ねェ方がいいと思うぜ」
「どうして……ですか」
デアルガの意見に応えるようにコボルトの少女が訊ねた。
「まず……こっちの来るなっつっても着いて来ちまいそうなスライム女はしょうがねェとして、オレはなるべく女と戦いたくねェ。相手にしても、巻き込むにしてもな」
キッチェがデアルガの例えに突っ込む中、コボルトの少女は黙ってデアルガを見つめていた。
「命懸けなら尚更だ。平たくいやぁ”殺し合い”になるかもしれねェんだからよ。そんな場にゃあ、なるべく女の子は来るべきじゃねェと思うぜ」
一拍置いて、断じるように彼は言う。
「だから……反対さ」
デアルガはそう言うと、彼は髑髏の中に僅かに見えている”幽玄の瞳”で
ちらりと少女の方を見た。肉体的な目玉は彼には無いが、僅かに霊的な灯が、頭蓋骨の眼窩(がんか:眼球の納まる頭骨のくぼみ)の穴の奥にあるのだ。
そして―――横目で見ると、そこには沈んだ表情の少女が見えた。
彼女は、上の方に生えた毛の束(髪に当たる部分だろうか?)で目元は隠れているが、時たま、僅かに身体が揺れる際に目元が顕わになるのだ。
元々、余り表情の明るい子ではないのか、その沈んだ感じは、やけにピッタリと型にはまっている感じがした。
その為か、デアルガは条件反射の如く、付け加えるようにすぐさま続けて言った。
「ン……まァ、でもよォ。確実に復活できるってんなら、メンバーに加えるのも悪くはねェかもな。あの”ワールドマスター”ってのと戦う時だけメンバーから外れてりゃいいんだから。あとは―――おめェの意見次第だぜ」
そう言ってデアルガは顎でグンバの方を指した。
「オラは……出来るなら、パーティメンバーに迎えたいだな」
「何故だ?」後藤がグンバに訊ねた。
「やっぱり……三人じゃこれがら先、不安だってのがあるだぁ。どこでどういう風に決着が着くのか、まだ全然見えないがら」
「決着……?」
後藤が訊ねると、グンバは顎をポリポリと掻きながら言う。
「もじ―――マルールって子を助けるだけでいいなら、多分三人でも何とかなると思うだ。でも、それじゃあきっどこの騒動……というか事件は終わらないと思うだよ」
「他のワールドマスター達も倒さねェといけねェって事か?」
「……いんや。なんとなく……それだけじゃあ終わらない感じがするだ。もっと凄い事をしなきゃいけないような……だがら、一人でも”事情を知ってる仲間”が居てくれると心強いだ」
「もっと凄い事……?」
「うまく言えないんだけんども、こうやって今、直面してる色んな事件が、どれも……なんでいうか”大きな何か”の一端でしかないような気がするだよ」
グンバは、今まで起きた事を思い出しながら、言った。
思い返せば、この世界の様々な場所で聞いた色々な言葉から”違和感”を感じてばかりだ。
『”電想世界は理想の世界へ、そして理想の世界は―――真世界へと変わって行く”』
『”ワールドマスター”とは、我々を御創りになった神々の事じゃ』
『ですが……もはや、この状況を私達だけで打開する事は、不可能だと判断しました』
「……」
『そう。それが今の問いの答えで―――そして同時に、この世界の真実さ』
(世界の、真実……)
もしかすると、自分には想像も出来ないようなとんでもない事が起きているのではないか?
”簡単には終わらない”。その結論に至ったのは、そんな予感のような胸騒ぎのようなものが自分の胸中に渦巻いて、段々と大きくなっていくような気分であったからだった。
「ううむ……しかし……」
グンバの意見を聞いた後、後藤は急に迷うような仕草を見せ始めた。
思い当たる所があるのか、それとも事の大きさを理解しているからこそ、グンバの言う事がどういった意味を持つのかわかるのか。
だが、コボルトの少女を外へと出そうとするのには一歩も譲らないのは変わらなかった。
やはり自分の娘である為、どうしても渋るのだろう。
そんな様子を見て、彼の妻が言った。
「あなた。お願いします。せめてマルールさんに会うまでだけでも……夏奈は……こんな状態だから、ワールドイン機能が殆ど使えないのよ。学校でも使えないから、可哀想で……」
後藤は瞼を閉じて、しばらく唸るような声と共に考え込んでいたが―――
娘の方を見て、やがて観念するように言った。
「……わかった。マルールに、会うまでなら……いいかもしれないな」
「―――!」
後藤のその言葉に、コボルトの少女は顔を上げた。
「ただし……絶対にワールドマスターのE.I達とは戦ってはならん。彼らは復活システムなど、指先一つで無効化できるのだろうからな。それだけは絶対に約束してくれ……」
「はい!」
後藤はコボルトの少女と話した後、グンバのほうへと近寄り、突然、両手をラビラントの小さな手で握った。
「グンバ……いや、荒金くん」
「へっ?」
グンバは、後藤の声をを聞いて思わず間の抜けた声で応えてしまった。
後藤の声は上ずっており、声を抑えて泣きそうになっているのがすぐにわかったからだ。
「頼む……この子を守ってやって欲しい。お願いだ……」
「わ、わかりましただ」
声を抑えて泣きそうになっている、まさに”懇願”するかのような後藤の声に圧倒され、グンバ達三人は思わず後ずさりした。
外見は二足歩行のウサギという、かわいい姿をしているが、彼は年齢的には既に40代の中年男性である事を、その時三人は痛感した。
「そ、それじゃあ……よろしくお願いします」
「夏奈! 何かあったらすぐ戻って来るんだぞ!! 死んだら何もかも終わりだ! 生き残る事を最優先に考えるんだぞ! 絶対にそれだけは約束してくれ!!」
「は、はい……」
「そ、それじゃあ行くだか……」
新しい一人の仲間をパーティに加え、雪山のロッジを4人は後にした。
後藤は、娘の姿がロッジから出て行くのを見送ってから、大きく肩を落とした。
■
最初に来た時に比べると、降雪は殆ど降り止んでいると言ってもいい状態にまでなっていた。
4人は、この機を逃すまいと急いで山頂を降りていった。
「……すみません。パパがあんなで……」
「気にする事はないだよ。親ってのはあんなもんだぁ。前に、似た感じのシチュエーションになった時も、その人の親父さんはあんな風だっただよ」
グンバはそう言って申し訳なさそうに話すコボルトの少女を励ました。
名前は出さなかったが、この”とある親父さん”は、キッチェことセンリの父親である。
前に電話をして安否確認をした時に、丁度、似たような状況であった事を思い出したのだった。
「んじゃま、とりあえず自己紹介っていこーか!」
キッチェが雪の上を滑りながら言うと、コボルトの少女は前へと出て言った。
「え、えーっと……私は……”後藤 夏奈”って言います。キャラ名は……”ルゥリ”って付けてます。アバターの外見は……”コボルト”です」
■コボルト -Kobold-
オーク、ゴブリンと共にファンタジー作品における序盤のザコとして有名なモンスター。
大抵のゲーム中では亜人種として分類されているか、”犬の獣人”の立ち位置となっている。
れっきとした”獣人型モンスター”に該当すると言っても問題ないだろう。
元々はドイツの昔話に出てくる妖精の事を指す。
ただしその語源は”ゴブリンをドイツ語読みしたもの”であるとか、ギリシア語における子供を意味する「コバロス」である、もしくはドイツ語で「部屋の精」を意味するコーベンホルトであるなどと曖昧であり、ハッキリとはしない。
ただ間違い無いのは”子供の精”である事、そして少なからず”鉱物に関係がある妖精”の名前であるという部分である。
何せ”コバルト”という鉱物は、このコボルトが語源になっているほどであるのだから。
彼らは「グッド・フェロー」と呼ばれる典型的な妖精たちの一つで、名前の通り子供の姿をしており、人の家に隠れ住んでは、その家に住む人や訪れた人、周辺の住民などと関わってさまざまな伝説や昔話となっている。
類似するものは「ブラウニー」や「シルキー」など。また日本の例で言えば「座敷童」などをイメージするとわかりやすい。
そんな感じで、元々は子供の姿をした存在であったのだが、TRPG「ダンジョン&ドラゴンズ(D&D)」においてモンスターとして採用された際に「犬のような頭をしており、体が鱗に覆われているモンスター」として描かれてからは様々なゲームに犬の亜人型モンスターとして採用される事が多くなり、そちらの方で名を馳せる事となってしまった。
ちなみに最も最初にモンスターとして描かれた時(D&D)には”犬に似た頭部を持ち、頭には角、身体には鱗があるドラゴンの血を引く爬虫類のヒューマノイド型モンスター”という設定で描かれている。その為、どちらかというとD&Dや初期のウィザードリィなどのイラストでは”リザードマンの一種”と言う方がイメージ的には近いだろう。
その後、ウィザードリィなどのRPGにおいて”犬”と言う部分が強調されたモンスターとして描かれるようになってからは、ほぼこのイメージで固定されて描かれるようになった。
ファシテイトにおいてもモンスターとしてはメジャーなそちらの姿が採用されている。
外見は”二足歩行している毛むくじゃらの犬型ヒューマノイドモンスター”と言う感じである。全体的にやや小型のモンスターで、ゴブリンよりは背が高いが、オークとどっこいどっこいな程度。そしてゴブリンやオークなどと同じ低級モンスターの代表格らしく、一度に大量に現れる特徴を持っている。やられ役らしく肉体的に力も大した事がなければ、装備品なども粗末なものしかしておらず、脅威らしい脅威にはならない。
ただ鉱物に関連した伝承を反映してか”装備品を強化する事に長ける”、”優れた採掘能力を持つ”、”鉱物を劣化させる能力を持つ”などの設定を持っており、上位ランクになると大地属性の魔法を使う能力や装備品を強化・劣化させるなどの技術が加わり、手強くなる。
更に加えて”毒をうまく使いこなす”と言う能力も持っている。
これはコボルトを語源とする”コバルト”には砒素が混じっている事が多々あったためとされる。
毒に対しての抵抗力も多少ながら持っており、毒による攻撃が少々効きにくい。
また亜人から獣人へと変遷を果たしたためか、『最も低級なライカンスロープ(獣人)』という設定が与えられており、言うなれば「ウェア・ウルフの下位種族」とでも言うべきモンスターとなっている。
何故かオーク、ゴブリンと一緒くたに語られる事が多く(雑魚モンスターとして括られているためだろうと思われる)
ダンジョンの低層で勢力争いをしているとか、どこの部族と仲が良い悪いだとかそう言う話には事欠かない。
意外にも魔力を操る能力への適性があるようで、武器を使う種類は数を頼みにするだけの低級なものが多く、大して怖くないのだが、魔法使いのコボルトは中々に手強い種類がいる。
「よ、よろしくお願いします……っ!」
自己紹介を一通り済ませると、ルゥリはグンバとデアルガが眉間に皺を寄せ、渋い顔をして自分を見ていることに気付いた。
「あ、あの、どうかしましたか……?」
「いや……ちょっとな。当然と言えば当然だが……」
デアルガがすぐに目の前を指差して、呟くように言った。
丁度彼にとってパーソナルビューの情報が表示されている辺りだ。
グンバも彼女に表示されている”ある数値”を見て、力なく言った。
「レベル……”8”だか」
彼女に視線を合わせて情報ウィンドウを開くと、表示されているレベルは”8”だった。
かなり低い。明らかな”初心者”のレベルだ。
「え!? ウッソ!?」
それを聞くと、キッチェも慌ててウィンドウを確認した。
「ホントだ……」
「す、すみません……あんまり戦う事とかに慣れなくて……」
(だろうなぁ……)
グンバは彼女が話している様子を見て、ある程度”ゲームに不慣れそうだな”と当りはつけていた。
”常に伏目がちで、もじもじとしていて、いかにも気が弱そうな”女子と言う感じであったから近接戦闘は余り得意そうでは無いだろうな、と。
なぜなら「キャラクターの戦闘スタイル」というのは、大抵は現実での性格がそのまま反映されると言ってもいいからだ。
たまにゲーム中では性格の変わる人間もいるが、基本的に内向的な人間は接近戦には向いていない事が多い。
そして、中距離~遠隔距離を攻撃できる魔法や道具による攻撃、つまりは科術的な攻撃もほぼ封じられているモンスターの状態では、恐らく大した戦闘技術を使う事も、学ぶ事も出来なかっただろうな、と。
そんな状態では、長くプレイしていたとて、大した事が出来るはずも無い。
いくら長時間プレイしていたとてレベルが低いのも当たり前である。
むしろ、この場合は”よく8まで上げていた”と見るべきだろう。
「本当に申し訳ありません……」
「大丈夫大丈夫! あたしも同じようなモンだけど、問題ないからさ」
ルゥリが紹介をし終わると、三人もそれぞれ自分の自己紹介を行った。
本来はキャラ名だけだったが、今回は非常事態と言う事もあり、全員がリアルネームも伝えた。
そして話し終わると―――キッチェがルゥリに近づいていった。
「なんかあったかそう……」
「え? そんな事は……」
キッチェはルゥリの身体を観察し始めるなり、飛び掛って抱きついた。
ひんやりとしたスライムの身体が急に纏わりつき、ルゥリは驚きの声を上げる。
「ひゃぁっ!! つ、冷たいですっ!」
「うりゃうりゃ! このモフモフめ~!」
笑い声を交えながらキッチェはルゥリに張り付いて遊び始めた。
どうやらあの来い茶色の毛で覆われた身体は、意外に暖かいようだ。
その様子に、男子勢二人は”ついていけない”と少々冷ややな目を向けていたが
やがてデアルガはぽつりと呟いた。
「しかし……これで……アレだな」
「?、アレ?」
「いやオーク、スライム、スケルトン、コボルト……って続いたら、わかるだろ?」
「……あっ!」
デアルガがモンスター名を続けて、すぐに何を連想していたのかグンバも察した。
そう、この4体のモンスターは全て”アレ”である。
「もし―――これであと”ゴブリン”が仲間に入ったらよ、”ザコモンスター”勢揃いじゃねェか」
「言われて見れば……」
「だからそろそろよォ、チーム名でも決めておかねェか?」
「チーム名?」
「いやオレらのギルド名っつーか、コードネーム的なもんさ。4人居るなら、もうなんかあってもいいだろ」
「まぁ、その辺は今度にするだよ。決めようと思って決まるもんでもなし」
グンバがそう応えると、デアルガは「ま、そうだな」と話題を切った。
(しかし……言われて見れば……)
確かにそろそろ、この”特別なチーム”に名前ぐらいは決めておいてもいいかもしれない。
別に決める必要は全く無いのだが、名前はあった方が後々困らないものだ。
グンバは一つの考えを頭の隅で練りながら、雪山をどんどん下っていった。
■
”二つ目の山頂”付近を下り、”一つ目の山頂”の辺りまで降りてきた所で、グンバはルゥリに訊ねた。
「でも……ルゥリ、さん。本当についてきて良かったんだか?」
「え?」
「いや。メールの解析に一ヶ月ぐらい掛かるって事は、それだけフィールドに居なくちゃならないって事だから、それでいいんだかなぁって。すぐに戻らなきゃいけないから、殆ど準備もなんもせずに出てきちまったけんども……」
「言われて見ればな……人間キャラに戻れるオレらとは違って、街には入れねェんだし。大丈夫か? 色々と不便そうな気がするけどよォ」
二人が訊ねると、ルゥリはやや伏目がちに応えた。
「それは……あの……大丈夫です。ワールドアウト自体はできますから。それに……」
「ん?」
「い、いえ、なんでもないです」
そして更に4人は雪山を下っていった。
帰り道でも、敵モンスターとは殆ど遭遇しなかった。
出ないわけではなかったが、出てきても今の4人でも―――
いやレベルが高めのグンバとデアルガ二人だけでも充分に勝てるようなものばかりだった。
「……なんか張り合いがないなぁ」
真っ白なハリネズミのモンスター「ホワイトニードル」を、付近にあった石を投げて倒して、キッチェが訊ねた。
「ねぇルゥリちゃん。この雪山ってさ、いつも敵ってこんな弱いのしか出てこないの?」
「いえ、そんな事は……ないです。いつもなら、イノシシとか鹿とか、一杯動物の敵が出てきます。最初のうちは……街の方まで下るのも、もの凄く苦労しました」
雪の中から飛び掛ってきた濃い青色のミミズ「氷雨ワーム」を両断してデアルガが言った。
「やっぱいつもとは違うってワケか、この山。流石に敵が出なさ過ぎだから変だと思ったぜ」
「なんでこんな状態なんだか?」
グンバは正面から突進してくる氷の塊を、持っていた大型ナイフで切りつけた。
一度では切れないが、突進にあわせてバックしながら、高速で4度ほど切りつけると氷は割れ、中に入っていた大きなネズミ「冷蔵庫の操者」が出てきた。
それを更に威勢のいい声と共に切りつけると、ネズミは小さな悲鳴と共に吹き飛び、それきり動かなかった。
「わ、わかりません……すみません……」
「いや、心当たりが無いなら無理して答えなくてもいいだよ。いつもと違うってだけわかれば充分だぁ」
やがて降雪は完全に止み、完全に山を下り終えた。
そして街道が見え始めた時、ルゥリが言った。
「あの……」
「ん? どしたの?」
「みなさん、モンスターじゃなくて、人間のキャラクターにもなれるって聞いたんですけど……見せてもらっても、いいですか?」
「別にいいけんども……」
もじもじしながら、ルゥリは三人に言った。
急に頼まれて、やや首を傾げつつも、グンバ達はあの”コマンド”を発動させた。
「”キャラクター・チェンジ”!」
三人が大袈裟に発声をしながら、コマンドを選択すると、いつものように”淡い青色の帯”のようなものが身体の周囲を渦巻くように覆っていった。
そして、それが弾けるように消え去ると、モンスターの外見から、元々持っていた人間型のアバターへと姿が戻っていた。
彼女はそれを見て、感嘆の声を漏らした。
「わぁ……」
そして三人は、少しだけ人間キャラとしての姿を見せると、すぐに元のモンスターの姿へと戻った。
このままでは言葉が通じないからである。
グンバ達三人はモンスター、人間、そしてノンアクティブ型のCOMキャラクター達全てと会話が可能だが、ルゥリは翻訳エンジンが働かない為だ。
モンスター化していないと、全く聞いた事が無い外国語のようになってしまう。
「いいなぁ……私も、人間になりたいなぁ」
「オラは正直、もうオークのままでもいいだよ。この事件をさっさと解決できたら」
「おっ? 遂にモンスターのままの方がしっくり来るようになっちまったか?」
デアルガが顎を上げて、茶化すように言った。
「いやそう言うわけじゃないけんども……オラは別に、人間キャラでもこの姿でも、強ささえ同じなら、どっちでもいいだぁよ。オラは外見より性能重視だから」
「私は……こんな姿、嫌です……」
「えっ? どして?」キッチェが訊ねた。
「……毛むくじゃらで、手も肉球みたいな部分があって、耳が変なところにあって……」
「身体が嫌なんだか?」
グンバが言うと、ルゥリは首を振って否定の意を表した。
多めの前髪が揺れて左右に揺れる。
「違います。外見が嫌なんじゃないんです。私が……私じゃないような感じがするのが怖いんです。現実の私と、全く違ってるのが……」
「ああ。なるほど……」
「あ、それなんかわかるかも。確かに、今でもなんか慣れないトコがあるもんね」
「体感ゲーム酔いみたいだぁな」
「?、なんですか……それ」
「乗り物酔いと同じような奴だぁ。ゲームの世界と、現実世界と、どっちで生活してるのが本当の自分なのかがわからなくなる、って現象だぁよ」
「そうなんですか?」
「んだ。たまにあるだよ。感情移入する力が強いと陥るらしいだ」
「オレらも体感型ゲームを始めた頃は良くなってたもんだぜ。いきなり学校で技名を叫んじまったりとかな」
「それはまた別の話なんじゃ……」
「だ、大丈夫でしょうか……」
「気にすんな。ゲームやってりゃ治る。船酔いとかと違ってそんな深刻なモンじゃねェから、深く考えないこった」
「はぁ……」
4人は談笑をしつつ、街道に沿って、しかし離れつつ歩いた。
そして、出発したルサーラの街が遠くに見える場所までやってきた。
「さて……それじゃあこの辺で別れる事にするだか」
「それで、これからどうすんだ? 外でこっちのカワイコちゃんを待たせたまま、オレらだけで街に行ってセーブすんのか?」
「そこら辺はちゃんと考えてあるだ。ただ……ちょっとこれからの事を言う前に、いくつか確認した事があるだよ」
「確認したい事?」
「これから……一週間ぐらい、あのメールの解析に掛かる訳だけんども、その間、学校でファシテイトにインしなくちゃならないような事があるかどうか、って事だぁ」
「オレは……別に何もねェぜ。普段からギルドポイントはコツコツ溜めてたからよ。しばらくはバックレてても何も問題ねェ。授業でも最近は基本、パーソナルスペースでやってるしな」
デアルガが言うと、続けてキッチェも言った。
「あたしも別に、特に学校でどっかのサークルとかに所属してるわけでもなし、もうすぐ夏休みだからか、学校でゲーム自体やっちゃいけないみたいな雰囲気だし、ここにしばらくキャラ固定してても全然問題ないかな」
「私も……大丈夫です。元から、学校では使えませんから」
「なら全員、問題は無いだな」
「んな事聞いてどうすんだ?」デアルガが訊ねる。
「いんや、これからちょっと”大掛かりな作戦”を実行に移したいと思うだよ」
「”大掛かりな作戦”?」
「これから、オラ達は”三手”に分かれたいと思うだ」
「三手? 二手じゃなくて三グループって事か?」
「んだ。まず、セーブポイントはあっちに見えるルサーラで固定するだ。ルゥリさんは街の外、何か目印になるような場所にセーブポイントを張ってて欲しいだ」
そう伝えると、ハッと気付いて慌ててグンバは言葉を足した。
「……セーブポイント、張れるだか?」
「あ、はい。”セーブ・クレスト”を描くマーカーは持ってきてます。あと……”さん”なしで大丈夫ですよ」
優しい口調で笑顔でそう言われ、グンバはバツが悪くなったのか、肯定の返事の代わりに、思わず顔を赤面させて頭をポリポリと掻いた。
「しかしよォ。三手って、結局どういう風に分かれんだ? こちとらたった4人なんだぜ?」
デアルガが訊ねると、グンバは”これからの事”について考えていた事を話し始めた。
「まず、オラはこれから一度、ギルドでの課題をこなす為に東京に戻るだ」
「ああ、ギルドのアレか……」
「?、何なんですか?」
グンバは、手短に自分の置かれている状況を説明した。
学校には電想世界上で行うサークル活動のようなものがあり、そこで”課題”がギルド員には出されていると。
そして、今、グンバは下手をすると追放処分が待っているかもしれない、と。
「そんなもの、あるんですね……」
「んだ。だからオラはまず課題をこなしに戻らないと……ホントに追放されちゃうだよ」
「なんだか……羨ましいです」
「羨ましい?」
「私は……学校でそんな事、全然出来なかったんです。キャラの位置があそこで殆ど固定されていましたし、姿もこんなでしたから……」
「ああ。そりゃその姿じゃ学校のワールドに入ったりとかできるはずねェわな」
「……」
デアルガの言葉に俯いてしまうルゥリ。
グンバは肘でデアルガの肋骨を叩き、今の言葉が失言めいていた事を知らせた。
キッチェも”デリカシーがない”とでも言いたそうな視線を投げていた。
(ウッ……わ、わあってるよチクショオ)
周りに聞こえるように息を一旦吐いてから、グンバは言った。
「……話を元に戻すけんど、それで、ここにオラ以外は残ってあのモンスターの襲撃の件について調べて欲しいだ」
「襲撃って……あの街に侵攻が繰り返されてるってアレか? あんなモン調べてどうすんだ」
「あれには、きっとオラ達みたいな”プレイヤー”がどこかで噛んでいるはずだぁ」
「オレらみたいなのが先導してるってのか?」
「んだ。じゃなけりゃ、あんな組織的な侵攻はできないはずだぁ。そいつをまずは何とかしなきゃいけないだ」
「別にほっときゃいいじゃねェか。絶望的な状況に気でも触れちまったんだろう。仮にそういうプレイヤーが居たとして、オレらに助ける義理はねェぜ。普通に何とか逃げ延びてるとかなら、少しは助けてやるべきなのかもしれねェと思うがよ」
「んでも、放っておいたらプレイヤーの掃討部隊にやられるだよ。いかに強くても、熟練の上級プレイヤー達には勝てるはず無いんだから」
「なんか興味あるわねぇ。理由がわかんない所がソソるって言うか」
「まぁみんなの意見次第だけんども……どうだか?」
「調べるだけでいいのか?」デアルガが訊ねた。
「調べるだけでいいだ。多分、相手は結構強いだと思うだから」
「強い?」
「オラの見立てだけんども、その”統率してるプレイヤー”はかなり強い奴だと思うだよ。ギガース用の装備を作ってたっぽいから装備の合成だとか強化の知識があるのは間違い無さそうだし、技を教えてたから戦闘技術もそこそこに備えてるはず。最後に……もし侵攻部隊のリーダーとかだとすると、リーダーとしての資質も備えてる奴って事だぁ」
「むぅ……確かにそりゃ結構強そうだな」
グンバの説明は、その”プレイヤー”がかなり電想世界を駆けるゲーマーとして習熟した腕前を持っている事を推理していた。
調達、戦闘、そして統率。この三つを兼ね備えてるという事は、つまりは”オールラウンダー”なプレイヤーだと言う事で、相当なプレイ時間を重ねていなければならないからだ。
特に”リーダー”としての経験は、短い時間で身につくものではない。
どこかのギルドやパーティのリーダーをしていたとすると、それだけでも強さの証左になるというものだ。
リーダーを務めるのなら、何よりも指揮能力が必要ではあるが、戦闘の知識も相当に必要になるのだから。
「だから、なるべく早く戻るけんども、調べるついでにレベル上げとかもやっておいて欲しいだ」
「わかったぜ。要するに待機ついでの調査って事か」
「まぁ……そんな感じだなぁ」
デアルガとキッチェにこれからの事を伝えると、次にグンバはルゥリに言った。
「で、ルゥリ……さん」
「はい?」
「今、調査を……って話したと思うんだけんども、ルゥリさんは復活システムがちゃんと動いてるのがわかってるから、それを活かしてその調査のメインをやってもらいたいだ」
「えっ? わ、私が……ですか……!?」
「んだ。一番適役だぁ。やられても復活できるなら、多少突っ込んでいく事も出来るだろうし、ダメそうなら……無理にとは言わないけんども」
「ううん。やります」
「大丈夫だか?」
「大丈夫です! 前にも……街の外から、いろんな人を見てたりしてますから」
「わかっただ。それじゃ頼むだよ。ここで他の二人と一緒にプレイをしながらでいいから」
グンバが頼みこむと、ルゥリは確かな声で機嫌良さそうに応えた。
小さい声ではあったが、どことなくその声には嬉しさが含まれているように思えた。
「さて、そんじゃまぁこの辺で一旦ワールドアウトするだ」
これからの大筋の予定を伝え、グンバが人間キャラクターへと戻った。
そしてワールドアウトコマンドでゲームから抜けようとすると、デアルガが何か心配事がある様子で言った。
「……お前、一人で学校エリアへ戻って本当に大丈夫か?」
「え? なんでそんな事を聞くんだ? 急に」
「オイオイ忘れたのか? お前、今”追放候補”に挙がってんだぞ。運がワリかったら、帰ってすぐに”ジャッジ・バトル”が始まるかもしれねェ」
「あー……そう言えば……」
「あの……その”ジャッジ・バトル”って何ですか?」
ルゥリが訊ねると、デアルガが答える。
「ギルドにおける”軍法会議”みたいなモンだ。違反者を処罰する為に行う奴さ」
「ンなもんあんの? めんどくさそうねぇ」キッチェがどこか気だるそうに言った。
「メンド臭いも何も、”裁判”の名を借りてるだけで、実質的には”公開処刑”みたいなモンだぜ。多分、おめェが思ってるのとはかなり勝手が違う」
「ええっ!?」
「今、レベルも能力も下がってる上に、攻撃用の道具もロクに残ってねェだろ。もしタイミング悪く、戻ってからそのままバトる事になっちまったら……」
「確かに、どうしようもないな」
「逃げちゃえばいいんじゃない? それに倒されても……」
「オイオイ前の訓練の時とは違って”ジャッジ”はオンライン上でやるんだぞ。あんなヌルいのとは違う。”首跳ね一撃死”も有りの、マジの戦いだぜ」
「えっ、そ、それって……普通に死ぬって事?」
「ッたりめェだろ。ペナルティがなきゃ”審判”にならねェ」
「ま、まぁ何とかなるって。一日二日あれば充分にこなせるレベルの課題だし、それに……これから本格的に防衛戦とかが多くなってくるだろうから、人数が多いと、ゲートを通りにくくなる。確か優先順位が”高レベル”、”高ランク”で”少人数”だから、こっち側になるべく残っててくれてないと……」
「だがよォ、今、オレらは復活システムが動くかどうかわからねェんだぜ? 一人じゃあ流石に危険っつーかよォ……」
心配しているのか、デアルガは言葉を続けようとするが、”大丈夫だ”というグンバの強い台詞に、それ以上の事は止めた。
「わかったぜ。そこまで言うなら……」
「んだ。頼むだよ」
「でもさ。オンライン上でやるってんなら、遠慮せずに逃げちゃいなよ。死んだらヤバイかもしれないんだからさ」
「ああ。わかっただよ」
「本っ当に、マジで気をつけろよ」
「……なんか偉く心配してくれるのはいいんだけど、どうしたんだ? 急にさ。妙な感じがするって言うか」
どうも心配しすぎな感じを察し、ラクが訊ねると、デアルガは”渋々”といった感じで口を開いた。
「いや……実はよォ……チラッと、一昨日ぐらいにギルドで、確か今泉の奴に聞いたんだが―――”ディバル”が明日か明後日あたりに来るかも知れねェって聞いたんだよ。こっちの件が気になってたからうろ覚えなんだけどよォ」
重々しく口を開いて出てきた言葉に、ラクは驚きの声を上げた。
「いぃッ!? ほ、ホントか!?」
「”ディバル”? 誰なのよ?」
「……関東最強クラスのランカープレイヤーだ。”トップランカー”って奴だよ」
「トップランカー?」
「そしてオレらが所属する学校ギルドの上の上の上の……もう一つぐらい上、ぐらいの統括組織のギルドマスターでもある。規律にとにかく厳しい野郎でな……」
「どんな人なのよ?」
「いや、どんなのかは知らねェ。基本、上級クラスみたいな高ランクの奴等は、国同士でやってる”他国対抗戦”って言う外国のランカープレイヤー達との非公開対戦をやってたりするのが殆どで、アイテムの調達とかも殆ど下っ端がやるから、表にはあんま出て来ねェんだ。画像とかもあんまり残したら悪いらしくて、外見がどんなヤツなのかもわからねェ。ただ―――本人が規律にメチャクチャ厳しいから、部下の奴等も皆厳しいってもっぱらの噂なんだよ」
「しかし、だからそんな心配してたのか……」
ルゥリが何かを訊ねる。
「ん?」
「”強いんですか? その人”だって」キッチェが翻訳して話した。
ルゥリの質問を聞いて、デアルガが言った。
「強い。恐ろしいぐらいに強いぜ。昔―――”模擬世界大戦イベント”ってのが”ユーラシア大陸系”、”極東各国”、”南北アメリカ”、”アフリカ全土”、”ヨーロッパ各国”を交えて行われた事があんだが、そんときにとんでもない事をしでかした奴でな」
「とんでもない事?」
「ああ。その時に参加したプレイヤーはゆうに2千万を越えてたんだが―――今言った”ディバル”は、その10分の1である”200万人をひとりで倒したんだよ”」
「うっ、嘘!? そんな強いの!?」
「とにかく”広範囲に攻撃する能力に長けている野郎”って話でな。もし―――あのクソ野郎が戻ってきて”ジャッジ・バトル”が始まっちまったら、どうしようもねェぞマジ。とんでもなく好戦的な奴って噂もあるから、もしかすると本人が直々に参加して来たりするかも知れねェ」
「そ、それなら尚の事、さっさと戻らないとヤバイって。早く課題をやっちまわないと、確実にターゲットにされちまうんだから」
「まァそうだな……とにかく、気をつけろよ。こっちに来たメールが”死亡報告”とかだったら目も当てられねェぜ」
「わかってるよ。俺だって何もしない内に死亡、とか勘弁だって」
そしてラクは三人と別れ、ワールドアウトを行った。
■
「ふぅ~……っ」
横になっていた台座から起き上がると、時間は既に夜の9時前となっていた。
意外に時間が経っていたらしい。
「しかし……あのディバルが来るかも、って……」
靖樹はあの”ディバル”に会えるのに……と複雑な気分だった。
ゲーム中の有名人であるので、本来なら遭遇できる事を喜ぶべき出来事なのだが、何しろ今は事情が違う。復活できるかはまだわからない為、絶対に倒されるわけには行かない。
(まぁでも、今日は街まで戻れたし……)
とはいえ、今日はかなりの事を終わらせる事が出来た。
雪山を無事に登り切り、問題の”後藤”に会うことも出来たし、そのまま下る事も出来た。
本来なら”登頂する事だって難しいかもしれない”という状況だったので、これは快挙と言ってもいいだろう。
後は一旦、東京付近まで戻って課題をさっさとこなし、学校へと戻って速攻で提出。
そしてまた戦闘が始まって、ゲート移動が不安定な状態になるまでに、さっさと北海道の方へと戻ればいい。
明日中にはもしかしたら課題は終わるかもしれない。きっと大丈夫だろう。
休み明けの月曜の放課後ぐらいには、再び北海道エリアの”侵攻事件”には戻れるはずだ。
「さて……明日も休みだし、もうちょっとだけ進めて、月曜の朝ぐらいにはなんとか提出できるようにしとくか」
靖樹はそう言って再び椅子に横になろうとした。
ゲームプレイ用の、大きく背もたれが下がったそれに寝ようとして、ふと、少しばかり身体を動かしてからの方がいいと感じ、部屋を出て行った。
そして、洗面所に立って顔を洗おうとした時、少しだけ頭に嫌な予感がよぎった気がした。
(……まず、無いとは思うけど……一応、戦う準備もしておいた方がいいのかもしれないな)
そんな負の気分を頭を振って振り払うと、靖樹は豪快に顔を洗った。
■
靖樹は金曜と土曜日を使って材料を買い集め、日曜日にいざ問題の合成を行う為、東京都心の方に居た。
自分ひとりの力では、魔銃用の弾丸を作るのにどうしても時間が掛かってしまうからだ。
「おはようございます。バンドーさん」
ゲーム上の都心には、合成を行うための店だとか、武器の強化を行う店だとかがいくつも並んでいる。
店と言っても、大抵はキャラのみが街中に立っているだけで、店を構えている者は少ない。
大掛かりな道具を使うにしても、せいぜい荷車を改造した屋台型の店を構えている者がいる程度だ。
しかし、中には自分の住所をそのまま店にして、大掛かりな設備を揃えてしまっている人間もいる。
靖樹は、そういった”個人商店”に用があった。
「ああん?」
靖樹は、とある店へと用があって港区の一角にある古びたビルへとやってきていた。
看板などは無く、階段から上がった内部の入り口部分に申し訳程度に名札が下がっているだけの非常に小さな店だ。名前は―――合成専門店「イガグリ屋」。
東京にある数少ない個人店の中でも更に少ない”火薬”を加えた合成を扱う設備を持つ店だった。
火薬を使っての合成は、失敗すればその場で爆発してしまう為、かなり面倒な工程が多い。その為、ここのように扱っている店はかなり稀だ。
普通に銃弾を作成すると、かなり時間が掛かるが、ここならば数万発の作成でも半日もあれば終わる。
「どうしたんだ? 今日は」
靖樹が古びた入り口から、あるフロア内へと入ると、小さな窓口から、髭もじゃの老人の顔が覗いた。
彼は「バンドー」と言うプレイヤーで、靖樹が訪れている”この場所”の店主である。
実際は二十歳過ぎの青年らしいが、ジジイキャラのロールプレイをするのが好きらしく、休みの日はこうして店主としてこの位置に居を構えている。
「銃弾の作成をちょっと設備借りてやらせてもらいたいんですが……」
「構わんが……合成師免許と、何を作るのか申告しろ」
靖樹は、自分の目の前にうっすらとパーソナルビューを表示させ、そこからステータスの提示を選択した。
すると目の前に電想パネルが現れ、そこに長方形のカードが表示された。
「作成対象品は、魔銃用の標準型弾丸です。型番は”MG-10013”」
「―――合成スキルレベル”48”か。おし、通っていいぞ」
「ご苦労様です!」
「……と、それはいいんだがな」
「?、どうかしましたか?」
「いや、終わってからでいいんだが、あっちにいる奴の道案内を頼まれてくれねぇか」
「道案内?」
ラクが指の向けられた方を見ると、その先には道具を合成して作っている人間を興味深そうに見つめる少女の姿があった。
背は中程度で、明るく紫色のミドルヘアが特徴的だ。
蝶を模しているのか、髪留めが一つだけついている。
服装が現実的な一般人のそれではなく、武装している事から”ゲームプレイヤー”であるようだった。
ただ武器は何も持っておらず、胸当てを一つだけ身につけているぐらいしか装備が無い。
恐らく、ゲームを初めて間が無いのだろう。
「時間が無いなら別にいいが……」
「いやいや。女の子の道案内とか、大歓迎ですよ。ただ……どこをどういう風に案内したらいいんですか?」
「都庁まで歩いて行きたいんだとよ」
「歩いて? 都庁って事は、新宿までかぁ……まぁ別にいいですけど。でも俺、弾丸を2千作るんで、終わるの3時間後とかですよ?」
「近場を見学して行くから、それぐらいで丁度いいってよ」
「わかりました」
靖樹は道案内の話を承諾すると、すぐに工房の中へと入って行った。
そして、大型の鍋と厚みのある円形の金属盤のようなものがある場所で、持ってきた魔銃用の弾丸を作る材料を広げ始めた。
「さて、始めるか……」
■
合成は滞りなく進んでいった。
まず、金属盤の中央に持ってきたスチール・インゴット(金属の塊)を置いて、金属の円盤を高速回転させつつ、定められた別の”型”を使って形状を変化させていく。
これをいくつか使って、銃弾の殻にあたる「薬莢」部分を作る。
そして、次に鍋に持って来た材料を入れて、”魔力包薬”と呼ばれるモノを作る。
これは、実際に銃弾の尻側に入れる火薬の代わりになる、簡易な”魔法式”を作る為のものだ。
「えーっと……標準型のだから……これでいいんだな」
魔銃用の弾は、通常の弾丸と違い、術者のエネルギーをそのものを使って打ち出す。
本来、”源子弾”は術者が生み出した源子エネルギーを”魔法式”を用いて固めて打ち出すが、魔銃はそれを”使い捨ての小さな薬莢”を用いて行うというわけだ。
注がれた源子エネルギーは、薬莢の内側に描かれた式に自動的に反応して実体化し、魔力弾となる。
「こんなもんかな」
ラクが合成を続けていると、ふと、隣に人影がある事に気付いた。
「うっ!?」
「へーぇ。こうやって作るんだぁ。弾丸って」
「君は、さっきの……」
隣に居たのは、最初に「イガグリ」の店主に道案内を命じられていたあの紫髪の少女だった。
「ねぇねぇ、見てていい?」
「別にいいけど……手は出したりしちゃダメだよ。巻き込まれたら大ダメージ受けるから」
「わかった!」
(……変な子だなぁ)
元気の良い返事を貰って、ラクはやや彼女を不審に思いながらも作業を続けた。
こんな単純作業は、基本、見てて別に面白い事でもなんでもないはずだが、彼女はそれから飽きもせずにラクの合成作業の一部始終を眺めていた。
「……君、さっき、バンドーさんが道案内がどうたらって言ってた子だよね」
「うん。私、アーネイって言うの」
「アーネイ、ねぇ……」
「あなたは? 合成師さん」
「俺は……ラクォーツ。”ラク”って呼ばれてる」
そして、合成が終わるとラクは彼女に声を掛けた。
「よし、終わった。それじゃあ行こうか」
「うん!」
女の子独特の弾けるような笑顔を浴びせられ、ついラクは鼻の下が伸びそうになった。
だが、ふと―――ラクは今の時間を思い出した。
現在、時間は夕方をとうに迎えてまっており、もうすぐ”16時”に差し掛かろうとしていた。
休日は、学校は17時までしか開いていない為、このままもしこの子を都庁まで案内してしまうと入れなくなり、明日の休み明けに課題を提出する事となってしまう。
しかし、この子の案内をしなければ、恐らく学校までギリギリで間に合う距離だ。今日中に課題を提出する事が出来るだろう。
(……)
少しだけラクは考えたが―――このまま道案内を行う事にした。
安全策を考えるなら、少女の道案内を今からでも断って学校へと行くべきだが、もう別にいいだろうとラクは考えた。
(今まで、かなり何もかもスムーズに進んだし、もういいだろうな……)
当初の予定では、休み明けに提出と言う事になっていた。
それでもかなり早い。もしかすると、課題の提出は雪山の探索次第では来週の末ぐらいまでズレ込んでいたかもしれない。
だから―――別段問題ないだろう、と考えたのだった。
もはや十二分に早く事が進んでいるのだから。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「あのさ……ラクさん」
「ん?」
「他にも寄りたいところがあるんだけど、いいかなぁ?」
「……」
何の理由でこうやって道案内を頼んでいるのかは聞かなかったが、この手の初心者が街の案内を頼むのは、大抵が一人旅である故の”観光”というのが殆どだ。
だから”ああ、やっぱりか……”と内心思いつつも、ラクはその後、彼女に”秋葉原に行きたい”だとか”仮想世界上の皇居を見たい”だとか頼まれ、数時間ほど付き合わされる事となった。
「ありがとうございました!」
そして―――ゲーム内時間における深夜20時ごろ。
ラクはやっとアーネイとの道案内から解放され、夜の灯りに満ち溢れた都庁の前で別れた。
「……なんか、ちょっとしたデートみたいだったな……」
全ての物事がうまく行ったような充実感に、心の中が清清しくなるのを感じながら、ラクはそのままワールドアウトを行い、休日のプレイを終えた。
■
月曜日の早朝。
靖樹は学校に入るなり、コンピューター・ルームへと直線で向かい、部屋内の端末から電想世界へと入った。
そして、都庁の前からすぐにプレイを始めて、合成を行った”工房”へと向かい、預けてあった魔銃用の弾丸がみっちりと詰めてあるバックパックを持って「公立幾島情報高校エリア」へと急いだ。
「ふぅ~っ……」
ずっしりと重いバックパックを背負って、ラクは学校ギルドの運営を受け持つ”本部”がある電想世界上の生徒会室へと入っていった。
朝方の、まだ人も余り居ないゲーム上の学校内には、当然ながら人は余り居らず。
生徒会室に至っては、誰も居なかった。
基本的に1時限目が始まって、手の空いたサークル部員が入ってきて、色々な設備を動かしはじめるので、基本、朝は誰も居ないのだ。
「あったあった」
視聴覚室や会議室として使用される事もある大きめの生徒会室は、朝方もブラインドとカーテンが下ろされており、光が漏れ入ってくる場所以外は、暗くなっていた。
そして、入り口から離れた場所に、課題を入れる大型のアイテムボックスが見えた。
あれに調達してきた道具を入れて、隣に浮かんでいる3Dパネルに課題提出者の名前を書けば終わりだ。
(はぁ~、危ない危ない。これで……)
「はい。タイムア~ップぅ」
「……えっ?」
「残念だけど、時間切れだよぅ」
突然、暗がりから声が放たれた。
どうやら、暗がりに自分よりも早く来た者が居たようだった。
やがて、その声の主は暗い場所から陽の光が当たる場所へと移動し、姿を見せた。
「やぁ、こんにちは。ラクォーツくん……だっけ」
「!、君は……アーネイ?」
目の前に現れたのは、日曜日に道案内をした、あの”紫髪の少女”だった。
「何でこんなところに……君は学校、ここじゃない……よね? 学校で見たこと無いし。転校……でもしてきたとか?」
「ううん。違うよぉ。でもねぇ……私、ちょっとここに用があって来たんだ。”今日の処刑担当”―――私だからぁ」
「……えっ?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
彼女は―――”処刑担当”と言ったように聞こえた。
「な、何を……ちょっと聞こえなかったなぁ。”処刑”って聞こえたように……」
ラクが照れ隠しのような笑い声を交えて、焦りを隠しながら言うと、アーネイは笑みを全く崩さないまま、言った。
「聞き間違いじゃないよぉ? あなたは”追放確定”しちゃってるの」
靖樹がその言葉を聞いて動揺すると、彼女は続けて言った。
「今、”ネームマスク”外すから……ちゃんと確認して見てねぇ」
そう言うと彼女の名前は変わっていった。
どうやら彼女は、名前の表示を隠していたようだった。
「ネーム、マスク……!?」
基本的に、ゲーム上では名前を偽る事は出来ない。
アバター設定時にニックネームを任意で決める事ができるが、それを普通は隠せない。―――”普通”ならば。
名前は絶対に隠す事が出来ない、というわけでは無い。
チートなどを使用したり、公共機関や官公庁などの組織から、ちゃんと許可を貰って特別な機能を解放してもらったりすれば、名前を隠す事は可能だ。
だが、そういったシステム上の特権は”ギルドのリーダー”だとか”高レベルクラス”でなければ使う事は出来ない。
(ま、まさか……)
急激に嫌な予感が、心の中に渦巻き始めた。
今まで何もかもがうまく行きすぎていた反動なのか。
いや違う。これは元々―――僅かながら、頭のどこかで懸念していた事だ。
”こうなるかもしれない”、”もしかしてこんな事が有り得るかもしれない”。
そんな負の予感で”あった”はずの事だった。
「うっ、嘘……ま、さ……か、君が……!」
現れた名前表示を見て、靖樹は言葉を失い、凍りついた。
紫髪の少女は”小悪魔的”から”蠱惑的”になった笑みを向けながら―――
「そう。私が―――”ディバル”」
≪THE MAIN UMPIRE§魔銃戦者『ディバル・ゼイレン』 -Arsenal Dozer-『Dyvall_Xeren』≫
「よろしくねぇ。”違反者”さぁん」
ラクを見て、”可愛げ”と呼ぶには恐ろしい雰囲気を漂わせながら、ディバルは言った。
その目が、もはや獲物を見る目へと変わっている事に、ラクはそこでようやく気付いた。




