24:黎明期の記憶(3)
荒金靖樹ら三人は、”ワールドマスター”の少女「マルール」から探すように頼まれた
”後藤”と呼ばれる人物を遂に見つける。彼は、開発者達の一人であった。
そして、彼からこのゲームが作り出された黎明期の話を聞かされて、そこで三人は
”ワールドマスター”と呼ばれる存在が、初期の開発途中の偶然によって生まれたもので
”人工知能”をであったという話を聞いた。
後藤は、更に続けて”ある事件”の事を話し始めた―――
(文字数:12757)
金属で出来た円筒形のストーブは、中からほのかにだが火の粉が上がっていた。
どうやら、暖炉鉱が高熱を持って赤く色づいているらしく、ロッジ内の塵や埃がストーブの中へと入っては燃えて、灰となって飛んでいるようだった。
「あの事件……って?」
キッチェが訊ねると、突然―――ロッジの端にあったドアが開いた。
「あら? だ……誰なの?」
入って来たのはリスのような姿をした生き物だった。
「あれ? モンスター?」
「誰だか?」
「妻だ」
後藤が呟くようにそう声を発すると、キッチェは驚きの声を上げた。
「つッ……妻!? 奥さんなの!?」
「ああ。無論、現実世界のな」
「一人じゃなかったのか?」デアルガが訊ねた。
「いや。”あの事件”の後、ここへと幽閉されて、しばらくは一人だったが……マルールの計らいで、一緒に居るのだ」
「この人たちは……誰なの? あなた」
「マルールの知り合いだ。危険は無い。君は……奥に入ってなさい。あー……いや、やっぱり、何か菓子か何かを持ってきてくれ」
「わかったわ」
後藤がリスのモンスターにそう言うと、彼女は奥の方へと入っていった。
「彼女は”後藤 美奈子”という。ちなみに”チェシー”というリス型のモンスターになるらしい」
「あー、居たなぁそういや……山道の奥の方でたまに出てきたな」
「あんなの居たんだか?」
「低級モンスターだが、森林かつ高度の高い場所にしか出てこないらしい。オレも正直、数えるほどしか見た事が無い」
デアルガが言う。
彼はよく一人で狩りに出かけていた為か、色々なモンスターを見た事があるらしかった。
「さて……それじゃあ”あの事件”についても話そうか」
「……それは、やっぱり……」
「そうだ。私が―――”ここ”へと送られた時の話だ……」
後藤は、やや俯いた様子になって、話し始めた。
■
「ワールドトレーサーゲーム」は、エデンシステムを使っての運営が始まって、奇跡的な回復を見せた。何せ、仮想空間をこれだけ細密に表現できるシステムなど、世界中を探しても存在しなかったのだから。
最初は日本だけをトレースしていたが、やがてエデンシステムを使っての補間効率が高まると、全世界を対象にして”世界再現”を行っていく事が出来るようになった。
人気は更にうなぎ上りとなり、やがて社員の一人がプロジェクト名をどこかで漏らしたらしく、このシステムは「ファシテイト・ファンタジー」とこの頃から呼ばれるようになっていった。
そして「ファシテイト・ファンタジー」は仮想体感型旅行システムとしての成熟を迎え、今度は”モンスター”などを生態系のひとつとして紛れ込ませることになり、本格的にゲームとして作り直され始めていった
やがて―――それなりに軌道に乗り始めて居た頃。
資金調達の目処もやっと付き始め、社が安定し始めていた、そんな時―――
”あの事件”は起こった。
「……ん?」
私は、出勤して―――社内が”異様な静けさ”に包まれている事に気づいた。
(なんだ……この”静けさ”は……?)
明らかにいつもと”何か”が違う事に、その時、うっすらと気付いていた。
だが……それがどういったものか、まではわからなかった。
見えているのは、いつも通りの社員が行き交う社内の風景だけだ。
ただ、何か”口数が少ない”のが気になった。
(気のせいか……)
過酷な仕事の繰り返しで、遂に自分も幻聴などを聞くほどになったのかもしれない。
そんな風に”嫌な予感”を振り払い、私は出勤してそのまま自分の席へと座った。
そして、いつものように仕事を始めて、しばらく経って―――
(……んん?)
ふと、私は気付いたのだ。
立ち上がって、周囲を見回すと、社員が全員立ち止まっている事に。
そして―――
「……ッ!」
職員全てが―――私を見つめていた事に。
「なっ、なんだ……!?」
その異様な光景に動揺して立ち上がると、周囲に居た数人が、安綱へと駆け寄って、身体を掴んだ。
そして彼は、身動きが出来ないように拘束された。
「なっ、なんだ、これは……みんな一体どうしたんだ!?」
性質の悪い冗談か何かかと思ったが、私を掴む手の力の強さは、明らかに本気のそれだった。いや……”本気以上”と言っても、良かったかもしれない。
もの凄い力で掴まれていて、ロクに身体を揺する事すら出来なかったのだから。
「なっ……!? 何をする! は、離してくれ!」
「やあやあ、後藤さん―――」
身体から、手を振りほどこうとしていると、一人の研究員らしき服装の人間が自分の方へと近づいてきた。
別の部署の人間なのか、余り見かけない顔であったが、彼は馴れ馴れしい口調で、私に話しかけてきた。
「……? だ、誰だ……お前は……!?」
「僕ですよ。僕」
「……?」
彼は―――伝え間違わないように、ゆっくりと唇を動かして、言った。
「”マスター”と言えばピンと来ますかね?」
私はその一言で、自分の背中に恐ろしいほどの寒気が走っていくのを感じた。
「なっ……ま、まさか……!!」
後藤が言うと、目の前の研究員は口元を僅かに伸ばして言った。
「そうですよ。僕は―――あなたが研究していた”人工知能”の一人です。”レク・レフ”ですよ」
私はその台詞を聞いて、性質の悪い夢でも見ているのかと思った。
「れっ、レクレフ……!?」
「どうも……お久しぶりですね。あの全員集合した時以来ですから」
「ば、馬鹿な……! 何故、サーバー内から出てこられる!? なんで……人間になっているんだ……!?」
「ああこれはね、人間に化けている訳ではないのですよ。僕は、社員の方の身体をそのまま使ってるんです。”知識も記憶もそのまま”に、意識だけが僕のものと置き換わっているんですよ」
「そ……そんな馬鹿な……! そんな事が……出来るはずが……」
「僕らは人間じゃあないんですよ? だから人の常識を当てはめてる時点で、認識を間違えているのですよ」
「……ッ!」
そこまで言われてから、安綱は周りの人間を見た。
みな、目から光は消えて失せており、瞳はあらぬ方向を見ていた。
まるで―――作り物の人形のようになっている。
「ま、まさか……彼らも……!」
「そうです、彼らも僕達が全て押さえているんですよ。いやぁ、大変でした。全社員の活動記録を詳細に調べてからじゃないと、外部の余計な人間を巻き込む可能性があったのでねぇ」
「ば、馬鹿な……本社の社員は、確か200名近く居るはずだ……! 何故お前たち12名だけで……」
安綱がそう言うと、目の前の”レクレフが乗り移っている研究員”は、何かの言葉に反応したのか、僅かに眉を跳ねさせたように見えた。
そして、呟くように言った。
「12名、ねぇ……」
どことなく、その言葉には不機嫌さや怒りなどの”険”のある感情が込められているように思えた。
「?、な、なんだ?」
「いえいえ、こちらの話ですよ……まぁとにかく、あなたに方法を話す必要はありません。なにせ……これからあなたは、素晴らしい旅に出られるのですから。余計な懸案など、しないほうがよろしい」
そう言うとレクレフは、指を鳴らした。
すると、遠くから一人の女性社員が、何かをレクレフの方へと持ってきた。
黒い円盤が細長いブリッジで繋がっている形状の道具だ。
安綱は―――まるでヘッドフォンのように見えるそれに、見覚えがあった。
「後藤さん。これが何か、わかりますかね?」
「ま、まさか……ユニオン、デバイスか……!?」
「その通りです。あなた方が作っていたものです。とはいえ……これは”完成品”ですがね」
「な、何……!?」
「僕が完成させたんですよ。構造は、試作品を見ていて充分判っていましたので。所要時間は……3日ぐらいでしたかねぇ? さほど時間は掛からなかったですね」
それを聞いて、私は愕然とした。
そして―――次にレクレフが発した台詞を聞いて、背筋が凍った。
「これを、あなたに付けて貰いましょうか」
「!!」
「これから……この世界の文明を変える新しい技術です。まずは作成した栄えある会社の、社員の方々に、使ってもらわないと」
レクレフの瞳からは、どんどん光が消えて、代わりに瞳の置くにはドス黒い”何か”が
滞留していってるように見えた。
私は、歯の音がその頃には全くかみ合わなくなっていた。
「まっ、待てっ!! 止めろ! 何故そんな事をするんだ!!」
「話す必要はありませんよ」
「や、やめろ……やめろっ! やめろぉっ!!」
「さぁ……」
「うっ、うわぁああああ―――!!」
私はそのまま、無理矢理ユニオンデバイスを装着させられた。
そして―――いつもの”ダイブ”とは違う、強烈な眠気と陶酔感が、身体を襲った。
その後、身体全体が沈んでいくような感覚を感じて、意識が途絶えた。
■
ただただ―――暗闇が続いていた。
同時に、長く生暖かい空気に包まれていたが、ある時を境に身体が急激に冷え込み始めた。
それにショックを受けて、私は目を覚ました。
「う、う、うう……」
身体を地面から起こして頭を払うと、冷たさはより強烈なものとなり、私は一気に目を覚ました。
そして―――瞼を開くと、目の前の周囲一面が真っ白になっている事に気付いた。
「なっ!? こ……これ……は……!!」
目を擦ってよく見ると、凍るように冷たいそれは―――”雪”だった。
「ばっ、馬鹿な……!? これは、何だ……!?」
全身を覆う寒さは、間違いなく本物の寒さだった。
吹雪が吹き荒ぶ中、私は突き刺さるような厳寒の痛みを受けて、慌てて遠くに見えた木造の建物の中へと逃げ込んだ。
「はぁー……はぁ……」
全く、事情が飲み込めなかった。
一体、何がどうなっているのだろうか。
だが―――混乱する中で、私は更に信じられないものを目にした。
「―――!!」
建物の中にあった”窓”を覗き込んだとき、
向こう側からウサギの姿をした”何か”がこちらを覗き返していた。
ただの動物ではなく、服をちゃんと着込んでいて、二本足で歩いていた。
(なっ、なんだ……!? 今のは……!!)
私は、余りにも理解ができない現象の連続に恐怖し、奥歯を鳴らしながら、勇気を出して再び窓の方を覗き込んだ。
すると―――向こう側から、やはりその”ウサギ”は、こちらを見返していた。
私は、勇気を出して叫んだ。
「お、おい!! お前は何者だ!! 作り物なのか!?」
そう声を張り上げた後、天井の方を向いて、続けて叫んだ。
「レクレフ!! 何のつもりだ!! 一体、私を―――」
その時、私は視界の端に奇妙なものが見えることに気付いた。
私が大声でまくし立ててみると、”向こう側”のウサギも、同じようにがなり立てるような動作をしたのだ。
「どうする……つも、り……」
そこで―――私は気付いた。
あの”ウサギ”は、窓の向こう側に居るのではなく―――
「か、かっ、か……鏡……なのか……!? もしかして……!?」
それは―――たんなる「鏡に映った自分の像」だったと、そこで気付いたのだ。
自分が、ウサギのような姿になっていると、私はようやく知った。
「馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な! 馬鹿なッ!!」
私は、恐ろしい事実に身を震わせながら、ロッジ内を走り回り、ベッドを見つけてその中へと逃げ込んだ。
そして―――しばらく、眠った。
■
それから―――どれぐらい経ったのかわからなかった。
だが、私は起き上がって、この状態が夢などではない事を確認した。
頬をつねれば痛みがあり、ジャンプをすれば重力感もある。寒さも感じる。
音も聞こえれば、壁を舐めて木の皮の泥臭い味も知る事ができた。
そして―――私はロッジ内を歩き回り、ようやく中央テーブルの上にあった手紙に気付いた。
「これは……」
手紙を開いてみると、そこにはこう書かれていた。
『やあやあどうも。後藤さん。ご機嫌はいかかでしょうか? レクレフです。この手紙を読んでいるという事は、きっと無事にたどり着く事が出来たのでしょう。ここは”ワールドトレーサーゲーム”のサーバー上に作ったあなた専用の”檻”です。あなたには、そこでこれから永遠に時を過ごしてもらいます。どうか御寛ぎのほどを……』
「ふっ、ふざっ……!」
『あ、そうそう言っておきますが……死なない事です。もし、死亡してしまったら―――あなたを救済するシステムは、何もありませんから』
「―――ふざけるなッ!!」
安綱は手紙を読み終わるなり、震える声と共に手紙を机へと叩きつけた。
手は恐怖で痙攣しており、身体は戦慄いていた。
「はぁっ……はぁー……」
そして、安綱は大声で助けを叫びながら、外へと出て行った。
「出してくれ……ッ! 誰かっ!! ここから出してくれェェェ―――ッ!!」
だが―――結果は言うまでも無いが、私はこの手紙の通り、この場所から出る事は出来なかった。
何度も山から下りようとしたが、この山の山頂付近を覆うように”見えない壁”があり、一定の高度以下へと降りる事はどうやっても叶わなかった。
それから私は……ここでの生活を余儀なくされた。
■
「さ、寒い……」
ロッジには生活雑貨はそこそこ用意されていたが、薪や食料などの消耗品は余り置かれておらず、私はそれを集めるのに一日の大半を費やした。
山頂付近であるからか、この辺りの雪はなかなか止む事が無く外は寒くて仕方がなかった。
おまけに、自分の能力では絶対に倒されてしまうモンスターがウロウロしている為、遠出をするのは非常に難しかった。
自分が使っているこのウサギのアバターは「ラビラント」という種族らしく、移動速度自体は早かった為、また雪山という地形に適応している事もあって、外で襲撃を受けても逃げ切る事は比較的楽だった。
これがもし……移動速度の低いモンスターだったら、恐らく三日と生きてはいれなかったに違いないだろうと思う。
「はぁ……はぁ……」
最初は、寒さの厳しい外へと出て、木の皮を剥がして食べていたりした。
それで最初はなんとかなっていたが……慣れない事の連続に、私の疲労は確実に蓄積していった。
やがて私は、余り動かずに厚く毛布を羽織って寝ている事が多くなった。
眠くないのだが、かといって起きていたくない。何もやる気力が起きなかったのだ。
こういうのを、”絶望”しているというのだろうな、と思った。
そんな時だった―――
「後藤さん! 居ますか!」
「……んん?」
こんな作り物の世界で”生きている”と言う事実から目を背けたくて、遠くへと意識を逃避させていた時、私は聞き覚えのある声を聞いて、目が覚めた。
「誰だ……?」
そして、身体を引きずりながらロッジの玄関を開けると―――そこには一人の少女が居た。
「あっ……!」
「きっ、君は……マルール!?」
玄関を開けた所に居たのは、マルールだった。
少し姿が変わっていたが、前と印象は同じで、青色の髪と瞳をしていたからすぐにわかった。
「やっと会えました……」
「な、なんのつもりだ……!」
「え?」
「ふざけるな!! 何の目的でここへやってきた!! まだ私にし足りない事があるというのか!!」
私が激昂すると、マルールは消え入るような声で言った。
「ごめんなさい……」
「……え?」
私は、てっきりと何かまだ自分に重荷を課す為にここへ彼女がやってきたと思っていたが、意外にも涙を流してそう言ったマルールの姿に、思わず戸惑ってしまった。
「私は、反対したんです……」
「反対……?」
だが私はその時―――双眸を見開いて戦慄した。
彼女の後ろから、巨大な黒い影がやってきているのが目に入ったからだ。
熊型のモンスター「メガロラウンドベア」だった。
「あっ、危ないッ!!」
「えっ?」
メガロラウンドベアが、彼女へと襲い掛かったが―――
彼女は、ベアの攻撃を片手で止めてしまった。
「あっ、モンスターが来てたんですね」
そして彼女は、ベアをそのまま持ち上げてしまい、まるで小さなボールでも放り投げるかのように、片手で遠くへと投げ飛ばしてしまった。
ベアは5メートルに届くかもしれないぐらいのサイズだったが、軽く数十メートルは飛んだように見えた。
信じられない光景だった。
「なッ……!?」
「あの、後藤さん……それで……」
「わ、わかった。わかったから、とにかく入ってくれ」
ベアが逃げ出していくのを尻目に、私は彼女をロッジの中へと迎えた。
そして―――そこで、色々な事を話した。
「会議があったって?」
「はい……あの後、みんなで話し合ったんです。”これからどうするのか?”って」
何でも……ゲームを作る話をした後から、彼らは”自分達は人間ではない”と言う事を自覚して”これからどうするのか”というのを頻繁に話し合うようになったという。
成り行きに任せるのか、人間に協力するのか。
それとも……自分達の問題は、自分達で解決するべきか。
人間達を―――敵と見なすべきか。
そんな事が、話し合われたのだと言う。
「それで……こうなったと言う訳か」
「はい……」
「アルアフや、トールも、賛成したのかい?」
「……すみません。それは……言えません」
「そうか……」
そして、アルアフを連れて取締役などに見せたあの後から、その議論は加速していき、遂に”自分達の世界は自分達で守る”との結論に達したのだという事だった。
「しかし、それなら何故、君達はサーバーの外へと出れたんだ? あの研究室は、機器などは持ち込み禁止だったはずだ……職員にも厳格に繋いだストレージ類の再利用は禁止するように通達していたし……」
「研究者の方が、プロトタイプのユニオンデバイスを繋げたんです。そこで、視覚効果を利用して、催眠術のようなものを掛けて……ユニオンデバイスを部分的に完成させたんです」
「さ、催眠術で……!?」
「はい。どういう風に改良すれば脳の中枢まで信号が送れるかどうか、そして完成させたなら、私達の居る中央サーバーへと無意識のうちに繋いでしまうように、と。そんな暗示を掛けたんです」
「……それから、繋いだ研究員の身体を乗っ取って、外へと出て行ったわけか」
「はい……」
全ての事実を知った後、私は深く狼狽した。
今までやってきた事が、全て否定されてしまったような、絶望感とは違う自己嫌悪感のようなものを味わった。
そして……マルールに一つの質問を訊ねた。
「……首謀者は”レクレフ”か?」
彼女はその質問を投げかけれて、図星だったのか、一瞬身を震わせた。
そして、恐る恐ると言った感じで言った。
「……はい」
「馬鹿な……信じられん。一番気の弱そうだったあの子が……」
「彼は……最初は最も未熟な存在でしたが、今は私達の中心に居ます。でも姉が居なくなって……」
そこまで話してから、マルールははっと何かに気付いたように、慌てて口を手で覆った。
「何? どういう事だ?」
「……ごめんなさい。そこまでは、話せません」
「……そうか」
彼女からそれ以上の話は聞けなかったが、どうやら―――あの後”何か”が起きて、アルアフは居なくなってしまったらしい。
それが、レクレフが成長した理由でもあったのかもしれない。
マルールは、それから背中に持っていたバックパックを開いて、色々な道具を取り出して見せた。
「何だそれは?」
「ここで過ごすのに役立ちそうな道具です。多数決で決まってしまったので、後藤さんをまだ出す事はできないですけど……」
マルールは、拳を作ってから、顔を上げて言った。
「でも、ここでしばらく待っていてください! 必ず、私が皆を説得して見せますから!」
「で、出来るのか? そんな事を……」
「意見は殆ど真っ二つに割れてるんです。頑張れば……何とかできるはずです!」
強がりで言ってるのか、彼女は笑顔でそう答えた。
全くの出任せを言っているかもしれない。
ここから出す気など無ければ、出せる算段もないかもしれない。
でも、彼女のその屈託の無い笑顔は、少なくとも言った気持ちに”嘘はない”と言う事を感じさせた。
私はそれを見て、思わず苦笑いが出てしまった。
「ハッ、そうだな……よろしく頼むよ」
私は、それから生活物資の援助や、周囲を確認するレーダーなどのシステム的な援助も貰い、ここで生活する事を受け入れた。
いつか必ず、出る事が出来るだろうと信じて……。
■
「これが……私がここへと幽閉されるまでの、事の顛末の全てだ」
後藤が語った内容に、その場に居た三人は言葉を無くしてしまった。
「だいぶ前から、こげな事になっでたんだなぁ……」
「ああ。だが……続報を聞かなかったもので、私はてっきり、しばらくの間、社員だけに限定して行っているものかと思っていたのだが……こうして、君らなどのプレイヤーに対して行い始めたという事は、”無差別”に行い始めたのかもしれないな」
「そういや、さっき……妻って言ってたが、奥さんはどうなってるんだ?」
「マルールの計らいで現実世界に残っている」
「じゃあ身体は無事って事なのか」
「なんとかな。しかし……アバターの位置をここに固定されてしまっているせいで、外では殆どファシテイトの機能を利用できないようになっているようだ」
「なんで助けを呼ばないの?」
キッチェが訊ねると、後藤は言った。
「ネットワークをほぼ全て掌握されてしまっているのだよ。だから、不審な電子メールなどは全て弾かれてしまう。事実……妻は何度か政府や警察へと助けを求めた事があったらしいのだが、どれも信号を傍受されて停められてしまい、失敗に終わったとの事だ」
後藤は、悄然としながら続けて言った。
「それに……仮に危険を冒して政府機関などに無事にSOSを送れたとしても、私を元に戻す為の操作は、彼らでなければまず無理だ。どうも、この”身体の乗っ取り”は、人知を超えたテクノロジーが使われているようだからな」
「マルールに元に戻してもらう、ってのは……」
「それも訊いてみたが……”やりたいが、勝手には行えない”との事だった。彼らの中にはかなり厳格なルールが敷かれているらしく、個人的な判断だけでは、動けないとの事だった。それに……彼女に頼りっきりになるわけにもいかなかったからな。妻の安全を申し出るだけでも、かなりの反発を受けたらしかったから」
「その、マルールちゃんは、それからどうしたの?」キッチェが訊ねる。
「彼女は……最初の方は頻繁にやって来ていたが、途中からは一ヶ月に一度やってくると言う感じになって、近頃はさっぱり来なくなっていた。忘れられてしまったのか……と思っていたが、君たちから聞いた話を聞いて、”何かあったのだな”と思ったよ。メールなども全く来なくなってしまったし」
「メールがあるんだか?」
「ある。私自身はファシテイトの電子メール機能を使えないが、このロッジの奥には、マルールが持って来てくれた昔の卓上型パソコンを模した端末アイテムがある。ニュースなどはそれで見ているんだ。ただ……かなり機能が制限されていて、ニュースを見るなどの簡単なリクエストは出せるし、受信行動自体に制限は掛かっていないが、発信行為には著しく制限があって、出来ない事も多い。だからまぁ、最近はゲームソフトを動かす事にばかり使っているよ」
「ゲーム……」
「ゲームの中でゲームと言うのもおかしな事だが、何せやる事が殆ど無くてな……」
■
「どうぞ。こんなものしか用意できないですけど」
話を続けていると、先ほどのリス型モンスター「チェシー」が受け皿にチョコやらキャンディやらを持ってやってきた。
「あ、ありがとうございますだ」
「いただきま~す」
三人はそれを摘みながら、更に話を続けた。
「しかし……それじゃ、なんでここにオレ達を呼んだんだ? マルールは」
「君たちからの話を聞く限りでは……恐らく、何か”抜き差しならない事”が起きたのだろう」
「抜き差しならない事?」
「わからん。ただ……深刻な状態である事は間違いない。自分が死の危機に瀕しているとか、仲間内で殺し合いが始まってしまった、とか」
「えぇっ!?」
「あくまでも例えだよ。そのぐらいの事が起きたのではないか、と。でなければ……全くの無関係の君たちに対して、今まで”禁じ手”としていた”脱出パッチ”を作ってまで助けを求めてくるはずが無い」
「う~ん……んなごとを言われても、思いつがねぇなぁ……」
「私も全く心当たりが無い。何か心配している素振りすら、彼女は見せなかったからな……」
4人はしばらく考え込んだ。
だが―――誰も、これからどうすればいいのか、全く思いつかなかった。
しかし、ふと後藤は、言った。
「君達は……他に何か言われていないのか?」
「え?」
「彼女は、通信が傍受される仕組みなども熟知しているはずだ。だから……何かを渡しているのではないかと思うんだ。”こう言う事をして欲しい”という情報だとか”何かを貰っている”とか……」
「貰ってる? そいえば……」
グンバはその言葉に気が付いて、自分の道具袋を漁った。
そして―――”手紙”を取り出して、後藤に渡した。
「なんだこれは?」
「その”マルール”って子から貰った手紙ですだ」
「手紙……!?」
グンバがそう言うなり、後藤はその手紙に並々ならぬ興味を示し始めた。
虫眼鏡を取り出して、色々な方向から手にとって見始めた。
そして―――ひと通り調べた終わった後に、言った。
「フム……これを分析すれば、彼女の居場所がわかるかもしれない。私に少し預けてくれないか」
「えっ!? 居場所がわかるんだか!?」
「アイテムには”生成場所の情報”も書かれている筈だ。それを分析して解読すれば、どの場所から発信されたのかもわかるはず。それで、居場所も特定できるかもしれない」
後藤がそう言い放つと、三人は驚きの声を上げた。
「恐らく……彼女は私なら、これに書かれている情報が”真の意味”で全て読めると思ったのだろう。そして―――戦える上に、世界を自由に行き来できる君たちを頼りにしたんだ」
「戦える上に、ねぇ……買いかぶり過ぎってもんだぜ。この状態じゃ、ザコもいい所だ」
デアルガが愚痴っぽくも謙遜するように言った。
「だが―――君達はその姿で日本まで言ったのだろう? そちらのグンバ君に至ってはワールドマスターと戦って勝ちさえした。充分なものだ。早々真似できる事ではないよ」
「そんなもんだか?」
「ああ。少なくとも……ここで妻に迷惑を掛けているだけの人間よりは、ずっと立派さ」
「そんなに自分を責めないほーがいーよ! なんとかなるって!」
キッチェの言葉に、後藤の妻も続けて言った。
「わたしも同じ意見です。あなたは……そんなに自分を責めないで。良かれと思って、全てを選んできたんでしょう?」
「すまない……ありがとう」
■
「それでは、私はこれからコイツを解析する作業に入るとしよう。君らはどうする?」
「どうするって言われても……」
「解析にはかなり時間が掛かるんだ。ゲーム内時間で1ヶ月近く。リアル時間で1週間は掛かるぞ」
「ええー!? そんなに掛かるのぉ!?」
「それ位は掛かるはずだ。ここにある端末の情報処理能力は、さほど高くないのでな……」
そして、デアルガとキッチェの目がグンバへと集中した。
「どうする~……?」
「どうするって……」
「オレは、リーダーの判断に任せるぜ」
デアルガがそう言うと、グンバは心の中で愚痴を零した。
(~~~こういう事ばっかりオラの担当になるんだからもう……)
やがて、少しの間グンバは考え込んだ。
そして―――大きく深呼吸をしてから、言った。
「じゃあ一度、戻る事にするだか」
「山を降りて戻るのか?」
「んだ。ちょっとオラは戻らないといけない用事があるだ。それに……”北海道エリアの襲撃をしている奴”が気になるだ」
グンバが言うと、後藤がそれを受けて訊ねた。
「襲撃と言うと……モンスターが電想世界の北海道エリアで、町への襲撃を繰り返しているという、あの騒ぎの事か?」
「んだ。あの騒ぎを起こしてるのは……多分、オラ達みたいなプレイヤーだと思うんだぁ。そっちの方も気になるから、ちょっと当たってみたいだよ」
「わかった。では……連絡用のメールアドレスを渡しておこう。こちらまで来るのも大変だろうから、解析が済んだら、直接こちらから場所を指示をする。そしたら、そのまま”これが生成された場所”へ向かって欲しい」
「わかっただ」
「待った」
そして、三人が再びロッジから出て行こうとすると、後藤は彼らを呼び止めて言った。
「私のような者に……言う資格はないかもしれないが、これから、この世界で起こる事には充分に気をつける事だ。特に―――”ワールドマスター”達には。彼らは、もはや我々の想像を超えた存在になりつつあるのかもしれないのだから」
「?、どういう事だ?」
デアルガが訊ねると、後藤は視線を下へと落として、言った。
「……たった、1年半。それが―――私が直に彼らと接した時間だ。そんな短期間でも、ただ泣き喚く赤子のような状態から、凄まじい進歩を見せていた。だから……今、”彼ら”が果たしてどういった存在となっているのか、私には全く想像が付かないんだ。もしかすると……彼らはもう”本物の神”にでもなり始めているのかもしれない」
「な、何言ってるだよ? そんなわけが……」
「しかし……そうとでも考えなければ、この世界のリアルさが説明できないのだ」
「リアルさが?」
「ああ。どうやってこんな精巧な世界を形作ったのか……単純に地形の精細さだけでも驚きだが、生命や物理法則なども、殆ど完璧に再現しているというのが信じられないんだ。まるで……”本当にこの世界には神でも居るかのように”とすら感じるほどだ」
「……」
「例えば、この雪山に降る雪だけでも、これは全て……ちゃんとオブジェクトとして成立している。一つ一つが、全て構成物質からして……つまりは雪の結晶からちゃんと出来ているんだ。本来、こういう天候などの高い処理能力を要求される物は、全てがまるで”動くハリボテ”のように”一つの処理”として作られていて当然で、本当に作られる事などないというのに……」
後藤は、外の景色を見ながら、続けて言う。
「もし―――この山頂の雪景色を人の手で作るとしたら、恐らく、現代に存在する最高級のスーパー・コンピュータが何万台あろうとも、まず不可能だ」
「じゃあどうやって……」
「わからん。プログラミングの常識を超えている、としか言えん。もし……分子構成だとか原子の組成に至るまでちゃんと作られているのだとしたら……もはや”神の所業”とでも言うしか無い」
後藤は、外の吹雪が吹き荒れる光景を見ながら、言った。
「ただ……ひとつだけ言えるのは、長くこの世界を見ているうちに、このファシテイトは”更新されている”というよりは……別の印象を受けた」
「別の印象……?」
「これは私の直感も入っていることなんだが……”日々更新され、進化を続けている”というよりは”何らかの完成形”が存在していて、それにより”近づけるように”更新を繰り返しているという印象を受けるんだ。私の気のせいかもしれないが……」
後藤からの忠告を受けて、グンバは言った。
「わかってますだ。なんとなく……今まで色々やってきてこの世界は”普通じゃない”って薄々気がついてただよ」
「すまない。だが……どうか気をつけて欲しい。君らだけが頼りだ」
そして、グンバら三人がロッジを出て行こうとすると―――突然、奥の方から大声が放たれた。
「ま、待ってください!」
やや甲高いその声に、その場に居た5人が振り返ると―――
奥の部屋へと続くドアから、誰かが出てきていた。
「な、夏奈……! 来ていたのか!」
「え? 誰?」
「私の……娘だ」
その言葉にグンバ達三人は、驚きの声を上げて、”女の子”の声がした方向を見た。
そこに居たのは、茶色の毛で覆われた身体。
目元は隠れており、身体には申し訳程度の革鎧を身に着けていた。
「私も―――連れて行ってください! パパをここから出す手助けを、したいんです!」
一歩前へと出てきたのは―――”コボルト”の姿をした少女だった。




