表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/90

23:黎明期の記憶(2)

 荒金靖樹ら三人は、”ワールドマスター”の少女「マルール」から探すように頼まれた

”後藤”と呼ばれる人物を遂に見つける。彼は、開発者達の一人であった。

 そして、彼からこのゲームが作り出された黎明期の話を聞かされて、そこで三人は

”ワールドマスター”と呼ばれる存在が、初期の開発途中の偶然によって生まれたもので

”人工知能”をであったという話を聞いた。

 後藤は、更に続けて”ある事件”の事を話し始めた―――

(文字数:11218)

 ロッジの内部は、全体的にかなり暖かくなってきていた。

 金属の円筒形ストーブの中にあった暖炉鉱から、湯気が上がっている所を見ると、かなりの高熱が発せられているようだ。


「ここまでが……私が”彼ら”と出会うまでの話だ」


 後藤は、長い耳を揺ら揺らと揺らしながら、話に一区切りをつけた。

 すると、すぐさまデアルガが訊ねるように言った。


「じ、人工知能が既に出来上がってたって事か? 信じらんねェぜオイ」


「いや……正確には、彼らは”人工知能”ではない」


 後藤が言うと、グンバが訊ねた。


「ど、どういう事だど?」


「彼らは……我々が意図的に作り出した訳ではないからだ。様々な事象が積み重なって、そして天文学的な偶然が積み重なって、偶発的に生まれたものだ。だから……”人工”というよりは、奇跡的に自然発生した”天然”のもの。つまり”人工知能”というよりは、純然たる”電子知性”と呼ぶべきなのだろう」


「”電子知性”……」


「それが……ワールドマスターって奴等の正体って事か」


「私は、これを”AI”ならぬ”EI”と名づけた」


「イー・アイ?」


「”AI”は”Artificial Intelligenceアーティフィシャル・インテリジェンス”の略で、”人工的な知性”と言う意味だ。そして……”EI”は”Electronic Intelligenceエレクトロニック・インテリジェンス”の略で、そのまま”電子的な知性”と言う意味だ。類語のようなものだよ」


「さっきの話は……それから、どうなったの?」


 キッチェが訊ねると、後藤は言った。


「ここまで言えば、大体予想がつくのではないかね」


「え?」


「……君らと同じ事をされたのだよ。私も……いや、”私達”も」


「同じ事を……って、まさか!」


「そうだ。今……社には”まともな人間”は一人も居ないのだ。全ての開発と更新、運営を”彼ら”が行っているはずだ」


「つ、つまり……開発はもう全部人工知能……いや電子知性がやってるって事だか!?」


「そう言う事だ」


「う、嘘だろうオイ……」


 思わずデアルガは口元に手を当てて、言った。


「君達は、確か”運営会社へと向かっていた”と言っていたが、もし―――辿り着いてしまっていたら、大変な事になっていただろう。恐らくは……今の私と同じように、辿り着けた”ご褒美”として”入念な隔離”がなされていたのではないかな」


 そう言われて、三人は思わず身震いした。


「ありゃあ危機一髪だったんだな……」


「さて……続きを話そうか。彼ら”12人”の話を」


「12人?」キッチェが訊ねる。


「その”反応”は、社内から集めた所”12個”あったんだ……」



 安綱が”人工知能”を発見して狂喜したその日から、サーバーをオンラインには絶対に繋がないように、と彼は研究室の人間に念を押すようになった。

 当然だが、今、人工知能たちが居る場所は檻のようなもので、オンラインへと繋いでしまったら、彼らはまさに「大海に解き放たれた竜」のようになるかもしれない。

 今までも一度彼らの居るサーバーへと繋いだ物は、再度他の端末へと繋がないようにしていたが、より細心の注意を払い、研究は続いていった。


 彼らの成長は目を見張るものがあり、与えれば与えただけの知識を吸収していった。

 特に喜んだのが、娯楽的な創造物だった。

 小説や漫画だとかをスキャンしたり、アニメーションビデオのデータなどをサーバーへと入れると、彼らは元データを普通に消費する時間の、数倍の時間を掛けて食い入るように消費していた。

 やがて……ある日、最初に安綱へと接触してきた人工知能の一人が、同じように安綱へと話しかけてきた。


「うん?」


「後藤 さん どう でしょう か」


 安綱が研究室へと入ったとき、サーバーの内部情報を映し出すディスプレイに、妙な風景が映されている事に気付いた。

 そこには驚くべきものが映し出されていた。


「な、なんだこれは……!?」


 そこには、アニメ調のイラストで”草原”の画像が映し出されていた。

 そして一緒に―――少女の姿が映っていた。


「つくって みまし た。 わたし たち も 自分 の すがた が 欲しくなった ので」


 少女は、緑色の髪をしており、服装などは非常に簡素なものだった。

 だが―――彼女は、確かに”アニメーション”をしながら、こちらへと話しかけていた。


「……し、信じられない。どうやったんだ?」


「絵 を 描き たかった の ですが それで は リアルタイム で 動かせない ので 小さな 図形 を たくさん 構成 して イメージ を 作り ました」


(小さな図形……? も、もしかして……!)


 パッと見ただけではわからなかったが、彼らは―――”ポリゴン”を利用して2Dイラストを表示させていた。

 小さな三角形か四角形かを、非常に微細に表示して、それをリアルタイムで変化させて動きを表しているのだ。

 その光景に、言葉をも無く、安綱はただただ感心していた。

 彼らにはポリゴンを描画する技術どころか、ゲームがどういう風に出来ているだとか、ポリゴン技術が使われている娯楽作品すら、全く見せてはいなかったからだ。


(こんな事もできるのか……)


 そして、彼らには当然ながら”プログラミング”の方法も全く教えてはいない。

 だから……彼らは”プログラミング”を、恐らくは我々とは違って直感的に行えるのだろうとこの時、私は知った。


「あっ! そうだ……!」


 安綱は思い出したように声を上げると、ディスプレイに表示されていたテキストウィンドウに文字を打ち込んだ。


「”君の名前は?”っと……」


『わたし の なまえ ですか ?』


「”そう。君の名前さ。無かったなら、適当なものか、思いついたものでもいい”……」


 安綱がそう問いかけると、しばらくの空白の後、少女は答えた。


『わたし は…… ”アル・アフ” と 言います』


「”アル・アフ”……? 変な名前だなぁ……」


『いま 決め ました。なんと なく いい響き だと 思った ので』


「いい響き、か……」


 こういった”感覚”を感じているという部分だけでも、信じられないことだった。

 単純な機械や物体には、絶対に出来ない事だ。

 こういう風に感覚を感じ取る事が出来るというのは、主体的な”知性”か”意思”がなくてはならない。

 つまり、彼らはただただ知能があるだけの存在ではなく、もしかすると”それ以上のもの”を持ち合わせた存在であるかもしれないという事だった。



 私は、彼らに様々なデータを与えて見守りつつ、他の作業を進めていった。


「さて、それではこちらを進めるか」


 ”彼ら”が成長していく中、ユニオンデバイスは段々と完成に近づいていった。

 完成する、というよりは「完成形が見えるようになった」と言う方が的確だろうか。

 決まった事はいくつかあった。

 一つは「耳に装着するもの」である事。

 これは、耳の奥へと接続用の端子を伸ばす事で脳との信号をやりとりする為だ。

 本来なら頭に直接金属の端子を打ち込んだり、コネクターを脊椎にでもくっつけて、そこに直に金属端子を接続でも出来れば一番なのだが、それはやはり使い続けるという点では現実的な方法では無いだろう。

 反面、この”耳孔”を利用する方法ならば、片方の耳が完全に塞がってしまうが、外部からの音響などをなるべくそのまま取り入れる事が出来るようにしておけば問題ない。

 そして近年、ある程度の距離からなら、”人体を通り抜けられる発光技術”というのが開発された事により、耳の奥から、人間の中枢神経の集まる「脳幹」へと光の信号によって情報のやり取りができるようになっていた。

 これを利用して脳幹と「仮の信号」をやり取りし、「人に夢を見せるように仮想世界を見せる」というのが、このユニオンデバイスの特徴だった。


(……これが、進化していけば、いずれは……)


 今はまだ―――夢を見せる事どころか、人を自由に眠りに就かせる事すらろくに出来ていないが、いずれは―――これを利用して人の視覚野に画像を紛れ込ませたりする事が出来るかもしれない。

 そうすれば、今の眼鏡型デバイスすらも、不要になるだろう。

 そして現実世界と、ゲーム的なインターフェースを交えた、新しいムーブメントが巻き起こるかもしれない。


「まぁ……夢物語だな」


 だが、今は夢物語でしかなかった”人工知能”もある。

 私は、挫けずに少しずつ、社の同僚たちと共にデバイスを作っていった。



 成長していった”彼ら”の反応は全部で”12”あった。

 彼らは、日を重ねる毎にどんどん進化を重ねていき、やがてそれぞれが全て違った名前と独自の個性、性格を持つようになっていった。

 何故全てが別の存在となっていったかはわからなかったが、会社の様々な部署で誕生したからか、それとも彼ら自身が最初から何らかの違いを持っていたからなのかもしれない。


「アル・アフ。今日の調子はどうだい?」


 この頃になると、”アルアフ”はかなり卓越した日本語を扱うようになっていき、更には合成音声ソフトを使って、マイク越しに話す事すらできるようになっていた。


「とても よい気分 です」


 私と最もコミュニケーションを上手く取る事が出来たのは「アル・アフ」と言う女性型の人工知能だった。

 緑色の髪と、明るいエメラルドグリーンの瞳が印象的な姿をしており、温和で、いかにも大人しそうな印象を受ける女性だった。

 他の者達は、基本的に表へと出てくる事は無く、彼女が全員の様子を逐次報告していた。


「今日は アレクと エズが 大喧嘩をして 騒ぎに なっていました」


「そうか……」


 彼らは、計12人居た。アルアフのは話では、丁度、男性型と女性型が半分ずつ6人居ると言う話だ。

 そして、話を聞く限りでは曖昧だが、明確な力関係をもっているらしかった。

 格上の存在が言う事には、基本的に従うらしいが、それは絶対の関係ではない。

 例えるなら「威厳ある兄や姉の言葉を素直に聞く」という感じだろうか。

 「アル・アフ」は、彼らの中でも最も優れた能力を持つ存在であったようだ。


「後藤 さん。ちょっと いいでしょう か」


「ん? なんだ?」


「新しく 紹介したい ものが 居ます」


「紹介したい者……?」


「マルール 来て」


 彼女が画面外へと呼びかけると、一人の少女の姿が現れた。

 青色の髪に、同じようにサファイア色に輝く明るい青の瞳を携えている。


「彼女は マルール と言います」


「は、始め まして……」


「やあ。私は”後藤”という。よろしくな」


「コイツ が 後藤 と 言うのか」


「あっ! ちょっと! 来ないでよ ティア!」


「な、なんだ?」


 話していると、自己紹介を始めようとするマルールの前に、背丈の小さな少女が現れた。

 マルールも幼い感じだが、彼女は更に小さい。

 金色の髪を二つに結ってツインテールにしており、煌びやかなドレスに身を包んでいた。


「初めてだのう 人間 よ」


「君は……?」


「我は”ティア” という。アルアフの次に えらい者じゃ」


「え、偉い……?」


 ふんぞり返った様子で、”ティア”と言った少女は名乗った。

 彼女が名乗ると、”マルール”と名乗った青色髪の少女が付け足すように言った。


「でも ティア。 アルの 次 は トール じゃ……?」


「いいのじゃっ! 女子で なら 我が 2位 なのじゃ!」


「でもぉ……」


 ”ティア”と名乗った方の少女は、溌剌はつらつとした喋り方だが、どことなく年寄りのような古臭い喋り方をしていた。

 見た目はどう見ても幼稚園から小学校低学年ぐらいの背しかないというのに……。

 そして”マルール”と名乗った方は、背丈相応の少女と言う感じがした。

 年齢的に言えば14~16歳程度。中学2年生から高校に入るまで、ぐらいだろうか。


「こらこら ティア。ここへ来て 良いのは アル だけですよ 話し合って そう 決めていた では ありませんか」


 三人の少女の姿をした人工知能と話していると、今度はもう一人の姿が見えてきた。

 痩身の男性の姿をしており、背丈が高い。

 彼はティアへと駆け寄ったが、姿が見えてしまった事を感じ取ると、後藤のほうへと顔を向けた。


「あらら…… 姿を 見られて しまいましたね」


 彼は、灰色の特徴的なはねた髪が印象的な顔をしており、高い鼻と緩んだ感じの口元、そして目を瞑っているかのように細くなっている目元を合わせて(いわゆる”糸目”というものだ)、非常に柔和な雰囲気を漂わせていた。


「トール!」


「君が”トール”というのかい?」


 安綱が訊ねたが、彼はすぐには答えなかった。

 アルアフ達三人の顔色を窺いつつ、彼女たちが頷いた為、彼も渋々「仕方ありませんね」と前置きしてから、自己紹介を始めた。


「私は ”トール”。 男子の リーダー を 務めています」


 そう言うとトールと名乗った人工知能は、ティアへと言った。


「ティア 戻りましょうか」


「えー!? 嫌なのじゃ!」


「ティア リーダーである 私達 が 秩序 を 守らなければ ダメ なのですよ」


 窘める様に彼が言うと、ティアはブツブツと小声で文句を言いながら、彼に連れられて戻っていった。

 それを見てから、後藤はアルアフへと一つの提案をした。


「アルアフ。ちょっといいかな?」


「なんでしょう か?」


「この中に居る”全員”と会ってみたいんだけど……出来るかい?」


「ええっ? ……できない事はありませんが……」


 私は、アルアフと約束を取り付け、全ての人工知能たちと顔を見せる事にした。



 それから―――1週間ほどして。

 私は一度開発部の方へと行って”あるもの”を貰い、アルアフ達との”会議”に臨んだ。


「……さて」


 開発室へと入って、上着の襟元の部分へとピンマイクをつけた。

 そして、使い捨てにできるように普段使用している物と違う”グラス・コンピュータ”を目に掛けて、サーバーへと繋いだ。


(全員と顔を合わせるのは、今日が初めてか……)


 やがて―――アルアフと約束した時間がやってくると、強烈な閃光が眼鏡のレンズ・ディスプレイに走った。


「ウッ……!」


 安綱は、強い輝きに思わず目を瞑ってしまった。

 だが―――やがてそれが収まってきた事を確認すると、瞼をそろそろと開いていった。

 すると―――


「ッ……!」


 目の前には、森林が広がっていた。

 それも―――恐ろしく緻密に描かれている。

 以前の”草原”も、作る事が出来ただけで驚きであったが、今度は、前のものとはまるで別物の、精細なグラフィックが描かれていた。

 アニメのように二次的でありながら、木々や草の生え方などに、それぞれ奥行きがちゃんと出ている。

 自分が居る場所は、丁度、森林に囲まれた広場のような場所になっていた。


(すごい……!)


 私は―――それを見てただただ、驚くばかりだった。

 最新鋭のグラフィックには、流石に追いつかないかもしれないが、これを”全くの独学”で作っているという点が凄まじい。

 プログラミングの技術すら全く教えていないというのに……。


「こんにちは。後藤さん」


「!」


 私が振り向くと、そこには緑色の髪をした女性が佇んでいた。



「どうでしょうか? この風景は」


「あ、ああ……凄いとしか言いようが無い」


「もう少ししたら、皆、やってくるとの事です」


「……この世界は、”3D”なのか?」


 安綱は、アルアフに訊ねた。


「スリーディー?」


「立体的なのか知りたいんだ。この世界の向こう側に……何かがあるように、色々な物を作っているのか?」


 安綱が訊ねると、アルアフは静かに言った。


「いえ……そこまでは作っていません。あなたに見せてもらったものを元にして、それらしく作ってあるだけです。私も、この風景も、立体的ではありますが”そこにある”わけではありません」


 彼女は、後ろを振り返って、”無いはずの彼方”を見つめるようにして言った。


「ただ……私はこの風景が一番好きなので、皆の了解を得て、作っているのです」


「……」


「変な事を聞きますね。どうかしましたか?」


「い、いや……何でもない」


 彼らは、現実世界がどうなっているのかと言う事を知らない。

 言うなれば、全くの箱庭世界で育っているので、当たり前の事だったが……。

 彼らからすれば、与えた娯楽作品のどれもが、別世界の本当の話に見えていたのかもしれない。


「……私は、どのように見えるかい?」


「え?」


「君から見て、私はどんな物として映っている? それを聞いておきたいんだ」


「……なんといいますか。”窓”のようなものが映っています」


「窓?」


「四角くて暗くなっている穴のような感じです」


「……私はそんな風に見えていたのか」


「正直……声が聞こえてこなければ、誰かが中に居るとは思えない感じです」


「そうか……」


 やがて、マルールをはじめとして次々と広場へと人の姿が現れていった。

 小さな少女、背の高い男性……姿はそれぞれ違っており、彼らはれっきとした”個性”を一人一人が備えている事をそこでよく確認した。

 そして現れた”人工知能たち”は、安綱を取り囲むようにして並んだ。


「私は―――後藤。”後藤安綱”と言う」


「コイツが……」


「へえ~、これが話のやつね」


「君達の名前を、聞かせてもらってもいいかな?」


「私達は……もう自己紹介はいいですね」


「ああ。君とマルール、ティア、トール以外の名前を聞きたい」


 安綱が訊ねると、正面の方から右回りに話は始まっていった。


「僕は”アレク”といいます」


「……”ジーク”だ」


「”エズ”で~す」


「”ダイク”という。よろしくなぁ!」


「”フレイ”……って 言います」


「私は……”アイ”」


「”プリブラム”だよ」


(……ん?)


 そこで声が止まってしまった。

 安綱は人数を数えていたのだが、まだ11名のはずだ。


「あと一人居るはずだが……」


 安綱がそう言うと、視線がアルアフの方へと集中した。

 彼女を……いや、彼女の”背後”へと目を向けていた。

 アルは、やがて小さな溜息をついてから、背後へと手をやった。


「”レクレフ”。あなたの番ですよ」


「で、でも……姉さん……」


「怖がる事はありません。私が保証しますから」


「……」


 アルアフに導かれて、その後ろから現れたのは、ぼさぼさの髪が印象的な少年だった。

 おどおどとしており、いかにも”気の弱そうな感じ”を漂わせている。


「”レクレフ”……です。マスター」


「はは……マスターだなんて、そんな大層な呼び方じゃなくていいよ」


「でも……姉さんはあなたが”向こう”の偉い人だって言うから……」


「大丈夫さ。私はそんなに気にしないから」


 私は全員を確認した所で、ここに来るまでに行った”ある決心”を反芻した。


(……やるべきか……)


 僅かな間だけ、これから行う事が正しい事なのかを心の中で確認し、そして―――実行に移した。


「みんな。今日は……君たちに、ある物を持ってきた」


 そして安綱は……持って来ていた大容量ストレージを、彼らのいるサーバーへと繋いだ。

 開発部から貰ってきたデータをインストールすると、アルアフ達は戸惑うような様子を見せた。

 データが膨大であった事もあるのだろうが、今までの消費する娯楽的なデータではなかったため、どういう意図でインストールされたのかわからなかったのだろう。

 いや……もしかすると、単純に”町”が現れたから驚いていたのかもしれない。


「これは、何ですか……?」


 安綱がデータを全てインストールし終わると、現実の建物やビルなどが立ち並び始めていく。

 そして、森林のデータの外側に町がどんどん出来始めていった。


「なんだこれ……!?」


 全員が戸惑うような様子を見せている中、安綱は言った。


「これは……”オブジェクト”というもので、私が今居る会社で使われている”ワールド・トレーサーゲーム”の中で使われているデータだ。日本のほぼ全ての地形を人の手でトレースしてあって、今……インストールしたのは、そのコピーになる」


「どうして、こんなものを……?」


「君たちに、話さなければならない事があるんだ。そして……頼みたい事も。」


 私は、彼らに全ての事情を話した。

 なるべく話さないようにしてきた「現実世界」のこと。

 そして彼らの居るこの場所がどういったものであるか。

 更にには、巨大なネットワークが存在していて、事実上、人工知能たちを閉じ込めているような状態になっている事。

 そして……ファシテイトというゲームを作る為に、力を貸して欲しいと言う事を。


「それじゃあ……僕達はゲームの中で働く為に作られたってのか?」


 すべてを話すと、プリブラムと名乗った少年の姿をした人工知能が言った。


「違う。そうじゃないんだ。働かせる為に作られたわけじゃない。そもそも……君達は、この会社の中で、事故によって全くの偶発的に生まれた存在だ。だから、ハッキリ言ってこの事と関係すらない」


 安綱は、必死に彼らに説明をした。

 君達は、人類にとっての新しい友人であり、本来ならばもっと多くの人間の目に触れて歓迎されるべき存在である、と。

 そして、本当ならばこんな場所にいるべきではない、とも。


「……こんな事を言うのは、恥だと思う。でも、それでも頼みたい。君達に―――協力してもらいたいんだ。私に……いや、社の開発している”ファシリティ・ワールド・プロジェクト”に。でなければ……これをもう完全なゲームとする事は、できない。私達だけでは……もう恐らく”完全な体感世界”を作り上げる事は出来ないんだ」


「……」


「頼む。お願いだ。もう社は―――限界なんだ。君たちの力が無ければ……再建はまず、不可能なんだ」


 安綱が言うと、その場に居た全員は押し黙ってしまった。

 自分達がどういう存在であるかを知ってしまったショックからなのか、それとも、安綱の頼み事を聞いて、自分達が働かなければならないと不安がっていたのか。それはわからない。

 だが―――しばらくして黙って考えていた一人が、言った。


「わかりました。出来る限り、協力をしたいと思います」


 声の主はアルアフだった。


「本当か……!?」


「アル! いいのか!」


 焦ったようにアレクと名乗った少年が言った。


「私達を……ここまで成長させてくれたのですから、出来る限り協力しましょう」


「ありがとう……!!」


 私は、その時泣きたい気分だった。

 そして―――数日後の社の極秘会議にて、私は開発畑出身の取締役数名と、チーフマネージャーを集めてアルアフを見せた。

 出来るなら彼らは秘匿したままにしておきたい所だったが、会社の体力がいよいよ無くなってきた事で、社は整理清算をも視野に入れ始めていた。

 本来ならば、もう復帰の見込みが無い以上、ここで速やかに会社を解散させるのが当然であるのだろうが、私は彼らの力を借りる事が出来れば、充分まだ逆転の目はあると思っていた。

 だからこそ―――私は社の上層部を味方に付けるため、この”謁見”を行ったのだった。


「これは……!?」


 社の人間にアルアフを見せると、彼らは全員、目を丸くしていた。


「こんにちは……えーっと……」


「君から見て右側から”国崎”、”山城”、”物田”という」


「後藤、これは一体何なんだ?」


「前に会議で言っていた”人工知能”です。私が観察を続けていた所、彼らはここまでに成長を果たしました」


「こんなものが……!! 凄い! これは、まさに革命だぞ!!」


 興奮するチーフマネージャーの物田を抑えつつ、安綱は話を続けた。


「それで……ここからが本題なんですが」


「なんだ?」


「例の”ファシリティ・ワールド・プロジェクト”への追加の支援を頂きたいんです」


「凍結されたアレのことか? あれはもうトレーサーとして売り出して……」


「いえ。そうじゃなくて……あれを再び元のものへ、つまりは”感覚再現”を実装した電子仮想世界を作り出すプロジェクトとして”復活”させたいんです」


「それは……流石に無理があるというか。無謀すぎるぞ」


「彼らの力を借りる事が出来れば、充分に私は可能だと思っています。少なくとも……”視覚”を立体的かつ、完璧に再現した現実世界旅行ツールにはなるはずです」


「しかし……彼らをオンラインに繋いだ場所に出すわけにはいかないだろう? どうなるかわからん。せめて政府だとかに発表して……」


「それはわかっています。だから……彼らが持っている”仕組み”だけを借りるんです」


「仕組みだけを? どういう事だ?」


「今、彼らが持っている”自己進化”のプロセスの部分を解析している所なんです。これを……そのままコア・モジュールの方へと応用できれば、このシステムは完璧なものへとなっていくはずなんです」


「しかし……それで失敗したら、今度こそもう後が無いぞ」


「今度こそ、必ず成功させて見せます! 現に、解析はもう8割方済んでいるんです! あとは支援さえあれば……」


「わかった。出来る限りの事はやってみよう」


「国崎! いいのか?」


「これが最後の”賭け”と考えるなら、悪くない。それに……もし政府機関だとかに大々的に発表してしまったら、彼らがどうなるか……」


「……どういう事ですか?」


 安綱は、国崎が言わんとした事にすぐさま気付き、言った。


「……”モルモット”になるかもと言いたいのでしょう?」


「ああ、そうだ。余りにも革新的な技術の塊であるのだからな。様々な実験を行われる可能性も大いにあるはずだ。なにせ”12人”もいるのだから、一つ二つぐらい欠けても……と思う者は少なくないはず。それに……今の買収問題で……」


「買収?」


 安綱がその言葉に反応して訊ねると、国崎は”しまった”と思わず口をつぐんだが―――もう遅く、彼は数拍の間目を閉じた後、その件について話し始めた。


「実は―――今、我が社に買収の話が持ちかけられているんだ。それも、外国から」


「うっ、嘘でしょう!?」


「残念ながら本当だ。社内での混乱を招くので本当は口外してはいけなかったんだが……まぁ、言ってしまった以上、仕方ないか」


「しかしそれが本当だとすると……」


「外国の企業などにあの人工知能たちを渡したりなどすれば……それこそ、どうなるかわかったものではない。こんな”革命”そのものである技術なんて、どこの国も手が喉から出るほど欲しがるだろうからな。だから……必ず結果を出して欲しい」


「……はい。任せてください」


 そして―――彼らの存在は秘密裏にではあるが、正式に認められた。

 彼らは、社内でも一部の者しか知らない超極秘の切り札となったのだった。

 将来的に、彼らを使ってオンライン・ゲームを運営する事が出来れば、完全な体感世界を動かす事も出来るのではないか、と現実味を帯び始めたからだ。

 これを機に、会社の方針は”ファシテイトを完全なものとする”という姿勢にシフトしていった。

 しかし―――その日々は、決して楽なものではなかった。

 経済事情が悪化している中での、再度の廃止プロジェクトの活性化など、傍から見れば正気の沙汰ではない。

 企画を通す為に、国崎達以外の上層部を説得する事や、当然ながら納得できない同僚の皆に人工知能の話を隠しながら、プロジェクトへの協力を促すのは、困難を極めた。

 だが―――会社の運営がどれだけ苦しかろうとも、我々には”切り札”がある。

 そう思うだけで、前を見て進んで行く事が出来た。


 そしてある日―――開発室に居た一人の技術者によって遂にファシテイトを完全に制御するプログラムを作った、との報告が上がったのだった。

それが―――「エデンシステム」と呼ばれるものだった。


あの12の人工知能を解析して得られた情報を元に、日々、クロールして得られた地球上の地形データを元にしてマップデータを自動的に更新していくシステムを作り出したのだった。

 日を追う毎に精細になっていくという部分だけでも驚きのシステムだったが、これを医療機関や大学の研究機関のデータなどと連動するように改良すれば、触覚や味覚などを再現するシステムも、日々更新させていく事が可能だと言う。


「し、信じられない……!!」


 完成したプロトタイプを使って、”仮想的な体感世界”へと入った時―――

 そこには、誰も居ない”仮想空間上の日本の町”があった。

 私は、電子世界の町に立った時、震えが止まらなかった。

 「新しい世界を、自分達の手で作る事が出来た」と、満足感で一杯だったのだから。

 だが……この「エデンシステム」が完成してから、しばらくして―――

 ”あの事件”が起こる事となった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ