二話【黄金の王】
第二話。数ある小説の内【Destiny】を選んでくれてありがとうございます!
———身体が暗い海に沈むような感覚が心を支配する。10歳という若さで命の灯を失った絶望感と、一夜にして幸せが崩れた喪失感は、まさに耐え難い苦痛だろう。しかし、その冷たい世界で、ごく僅かな小さい温もりが右手に生まれる。そう思った刹那、閉ざされた視界に閃光が迸った。
「う...ぁ...どこ、ここ———え?」
瞼の奥で、まだ光が止まない。ようやく収まった頃、ゆっくりと慎重に目を開く。
———そこには、信じられない景色が広がっていた。地面、というより世界が純金で構成されていて、見渡す限りどこまでも続く黄金の城が異様な存在感を放っていて...。
「...そこの餓鬼。何故我が神域に足を踏み入れた。」
背筋が、凍った。何度目か分からない身体を縛る"恐怖"。
ただし、あの時と訳が違う。静かな死刑宣告のように冷たい音が、優太の鼓膜に響く。
「ぁ……ぁ……」
意味の無い音を喉から絞り出すばかり。さっき感じた絶望をさらに超える"本当の恐怖"を優太の精神は崩れかかっていた。
「...だっ......れ...」
やっと発音できた。本来なら「ここはどこ」「貴方は誰」と聞ける。しかし今回は発声をしただけで満点と言えた。
「...ほぅ。貴様、我の財を求めてこの地に足を踏み入れた愚弄ではないな?」
振り向けない。ソレをしたら全てを失う。その直感は正しいのか正しくないの、優太には分からない。
「...フッ。まぁ良い。現に我の興は乗っておる故、くだらん戯言くらいは耳を貸さんでもない。顔を上げよ。黄金の王であり全知全能の権化、『エルド・アウレリウス』を拝見することを赦す。」
その『エルド・アウレリウス』と自称したアンデッドは、「振り向いて良い」言ったのだ。ゆっくり後ろに目線をやる。そして、言葉を失った。
———人じゃない。黄金の鎧に身を包み、漆黒のマントを羽織るその姿。人外と決定付けた、髑髏に等しい冷徹な顔立ち。ソレはまさに、「アンデッド」と呼べる種族だった。
「...ほぅ?貴様、我の顔を視認した瞬間、"恐怖"ではなく"僅かな畏敬"を示したな。...物好きな餓鬼だ。」
黄金の城の頂上、そこに佇む玉座、それに鎮座するアンデッド。構図から見て、まるで「王様」のようだった。
「さっさと戯言を並べろ。我の興を削ぐ内容であれば即座に殺す。」
明確な殺意だった。優太の中に、ここまでの道のりがフラッシュバックする。
———幸福の崩壊、壊滅する村、断末魔の叫び声、義祖父との別れ、明莉が優太を逃がした事実。全てが優太の小さい身に伸し掛かる。それは、子供が耐えられる負担ではなかった。
「ぁ......あ.......あ゙ぁ゙っ゙...!!」
目の前にいる王、黄金の城。どうでもいい。失った、壊れた、全部。大事な村を、大切な家を、大好きな家族を...。頭がどうにかなりそうだった。その場にうずくまり、呻き声を上げる。
「......ハッ。言葉ではなく行動で意思を提示するか。察するに貴様、此処に来る道中、己の当方もない財を失ったな?その苦痛に歪む表情...良い、良いではないか。」
慰めでもない、ただの嘲笑。心の底から愉快そうに笑っていた。もはや王と言えない、ただの支配者だ。今の優太は、そう思うしかなかった。
「...なにも......知らない......くせに......」
優太は項垂れながらも、エルドに明確な敵意を向けた。この絶望を、どこにぶつけて良いのか分からない。加えて、自分の失った日々を笑われた。それがどうしようもなく悲しくて、悔しくて、許せなくて。
「貴様が蛆の如く弱小だったからであろう。我は貴様のような餓鬼の過去など知らん。しかし貴様の濁った眼を見たら解る。ガキの中でも一段愚かな餓鬼だ。」
全てを見透かしたような、どこまでも冷徹な嘲笑だった。しかも、優太自身が薄々感じていたことを、エルドは見ただけで確信した事が、何よりも精神を削った。
———そうだ。今まで、ずっと受け身だった。朝起きる時、いつも明莉ちゃんに起こしてもらっていた。朝食はいつもじいちゃんに作ってもらい、話の振りも全部二人任せ。あの時、僕を命懸けで守ってくれたのも...二人なんだ。僕は何も行動せず、ただ流されるだけ。この王様に「薄汚れた眼」と言われてもしょうがないんだ。じゃあこの死は、きっと罰が当たったんだろう。こんなどうしようもない僕なんて、いっそこのまま———。
『...優太、明莉。生き残って、大切な物を守れる人間になりなさい。』
その刹那、雄太郎の言った言葉が脳裏を駆け巡る。「大切なものを守る」それがどれだけ難しいことか。しかし、右手にはしっかりとペンダントが握られていた。
———ごめんね、じいちゃん。今さっき、死んじゃったよ。大切なものなんて、これっぽちも守れなかった。
『...優太は生きて。そして、いつかあかりの事、迎えに来てね。...大好き。』
また。今度は明莉の言葉が反響する。二人の願いを裏切ってしまった。ごめん、ごめん。でも、もう僕は——————。
またそうやって逃げるのか?大好きな二人の約束を破って、逃げるように人生を終えるのか?「生きる約束」「明莉ちゃんを迎えに行く約束」何も果たせていない。だから、もうやめよう。絶対生きて、守って、迎えに行く。そう決めたんだ。
「......王様。1つ質問させて。僕、死んでる?」
静かに問う声は、先ほどの恐怖が消えていた。
エルド「ハッ。自らの死を再確認するか。ますます物好きな餓鬼だ。———この黄金卿に生物が立ち入ることは不可能。故に貴様は生命を持たない、つまり死んでいる。」
卑劣な笑みを浮かべながら、死の確定を宣言した。ただし、優太は動揺しなかった。
「......あともう1つ。王様、さっき【全知全能の権化】って言ったよね。つまり、何でもできるの?」
的が見えない、そんな問いだった。一瞬エルドの顔に好奇の色が微かに奔った。
「...ほぅ。確かに我に不可能はあるまい。...して、何故その問を我に投げた?」
その言葉を聞いた優太は、数秒間目を閉じてからゆっくり開いた。
「......お願いがある。僕のこと、生き返らせて。」
空気が凍結した。齢10年程度の子供が、目の前で佇む王に向かって「生き返らせて」と願ったのだ。しかも懇願ではなく、まるで軽いお願いをするような口調だった。
「......なんだと?」
しかし、エルドはその願いを聞き入れるほどの人情など持っていなかった。それどころか、王である自分に命令した餓鬼が、堪らなく目障りなのだ。周り、いや世界そのものの気温が下がる。全身に棘が突き刺さるような威圧、小さな地震が起こるほどのプレッシャー。普通なら、その殺気に当てられただけで魂が抜け落ちるだろう。ただ———。
「逃げないって...決めたんだ。王様、いや...エルド、僕を生き返らせろ...!」
勿論、削られた精神が一瞬で治ることはなかった。膝が笑い、全身が震え、目に大粒の涙が浮かんで、ペンダントを握る力が強くなる。エルドは即座に、不敬な餓鬼を殺そうとした。しかし、先ほどの「薄汚れた眼」は消えていた。在るのは、純粋な覚悟と澄んだ瞳だった。
「......フッ、我に命令とは、阿保なのか命知らずなだけなのか。...良い。その希望が崩れ落ちる様、見とうなった。...餓鬼、名は何だ。」
当たり前だが初対面のため名は知らない。全知全能と言っときながら、そこは分からないらしい。
「...優太。日咲 優太」
名前を開示した時、ペンダントがほんの少しだけ赤く光ったような気がした。その名とペンダントの変化を見た刹那、エルドの赫黒い目が細められ、同時に三日月のような笑みが浮かんだ。
「...そうか、そうか。良い、実に。...気が変わった。生き返らせる前に、2つの契約を結べ。一、我を餓鬼の魂に共存させること。二、我エルド・アウレリウスの器となることだ。拒否の色を示した瞬間に契約を破棄して即死させるがな。」
それは、ただの脅迫に等しかった。その条件を飲まなければ、この場で本当の死を迎えてしまう。———ただ、そんな契約なんてどうでもよかった。実際は、契約についての知識が無いだけだが。それを踏まえ、固く頷いた。その目は、まさに揺るがぬ決意が含まれていた。
『今宵、エルド・アウレリウスは、器となった日咲優太の生命を再起させる』
その言葉と共に、優太の身体が金色の光に包まれた。徐々に体重と意識が遠退いていく。
「な、なにこれ...!身体が!?」
———そして、優太は黄金卿から姿を消した。
「...せいぜい魅せてみろ。餓鬼め。」
去り際にそんな言葉を残して。
記録的な豪雨が昨夜観測された。しかし数時間程度でその嵐は止んだと言われている。静寂が戻った世界は、驚くほど穏やかであり、同時に大災害前の凪を連想させた。その静けさの中、小さな命の灯が再点火された。
———2011年3月11日午前3時。日咲優太という一人の少年が、運命と覚悟を内に抱きしめて、生命を取り戻した。
二話【黄金の王】終わり。
いやー、優太くんは強い子ですね!あとエルドの残酷さが結構パンチが効いてて、イイっすねw
皆がつらくなった時、ここに帰っておいで。僕は、いつまでもここにいるから。
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