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第5話 熱すぎる反応、腹ぺこの旅人たち

 空びとと、地びと。

 海で生きる海竜のイルムは、二つのニンゲンについて、詳しくは知らない。


 今、目の前にその両方がいる。


 地上に来た以上、これからさらにもっと色々な地びとに出会うだろう、とイルムは思う。


 狭いところに閉じ込められて時間が止まっていたようだったのに――。初めて見る景色、初めてする体験、初めて交わす言葉。まるで夢を見ているようだ。


 ニンゲンの姿に変身した途端、自然に「地びと」の言葉がわかるようになった。空びとの言葉は――リーフや少年時代のリーフの父の話す言葉――向こうが合わせてくれていたようだったが、今はそれも自然にわかるようになっているようだ。

 ちなみに、同族の海竜は数が少なく、あまり出会うことはなかった。そのため、海の生物や海の怪物たちとぼんやりとした意思疎通ができることはあっても、他者との会話が成立するということ自体、イルムにとって珍しいことだった。


 案外、悪くない。


 そして、笑顔、と思う。海竜の姿より豊かに表情を浮かべられることになったこと、それから誰かに笑顔を向けられるということ、それらがこんなに心地よいものなのかと、驚いていた。

 それが、ニンゲンの姿になったための、体の変化から来た心の変化なのか、海竜の魂としても感じるものなのか、それはイルムにもわからない。


 たとえるなら、そうだな。先ほど、日差しを浴びながら海と空を跳んでいた、あんな気分だ。


 あれは、体が跳んでいた。今は、心が跳んでいるんだろう、とイルムは思った。


 ぐう。


 時が動き出したからだろうか。急に腹が減っている感覚が襲ってきた。


「イルムさん」


 地びとの旅人の青年、ソルが微笑み掛ける。まるで旧知の知り合いに向けたような、親しみ深い笑みだった。


「助けてもらったお礼に、お昼をおごらせてほしいと思ってるんだけど――、どうかなあ?」


 イルムの腹の音、聞こえていたようだ。お昼、と耳にして、傍らの空びとの少年リーフが、たちまち満面の笑顔になった。


「お昼っ? 地びとさんのごは……、ええと、お昼ごはんっ? わあい、食べてみたい……!」


 うっかり、「地びとさんのごはん」と言いそうになったようで、リーフは慌ててごまかしつつ、嬉しそうにはしゃいだ。


 ああ。そうか。自分が空びとであること、秘密にしておきたいのか。


 イルムは、改めて空びとと地びとの微妙な関係性を察した。あのとき、荒波にのまれる地びとたちをまったく顧みなかった様子のリーフの父、反対になにも躊躇せずソルを助けようとしたリーフ。それはきっと、親子であっても性格の違いなのだろう。しかし、リーフの父の言動には、象徴的ななにかがあるような気がした。

 まったく異なる世界に住む者同士、「空びと」と「地びと」というようにわざわざ互いを分けて呼び合っているということからも、二つのニンゲンの間にははっきりと壁があるのかもしれない、とイルムは感じていた。


 おそらく、縄張り意識みたいなものか? 地上は「地びと」たちの縄張りなのだろうな。そしてたぶんソルは、私もリーフも同族の「地びと」という認識で見ているのだろう。それはそのまま隠しておいたほうがよさそうだ。


 海竜たちも、海であまり出会わないなりにも、縄張り意識はある。場合によっては、激しい戦いが起きることもある。そのため、そのように理解した。しかし、当のソルはというと、リーフの少し慌てた様子も気付かないようだった。


「あっちに漁師町があるみたいだ。きっと食堂もあると思う。行ってみよう」


 潮風の吹く先、ソルが指さしたほうの岩や木々の向こうに、いくつか屋根が見える。爽やかな笑顔を浮かべてから砂浜を歩き出すソルのあと、イルムとリーフは付いていくことにした。


「うわ」

 

 イルムは、思わず目を大きく見開いてしまった。

 巣が思ったよりたくさんある、と思った。それは、家々だったのだが。そして、ニンゲン。


 ニンゲンとは、こんなにそれぞれ違った姿、動きをするのか……!


 老若男女、色とりどり様々な衣服を身に着け、髪型だけでも様々、そしてなにかを持っていたり、なにかを運んでいたり。舟より小型の木で作ったちょっと複雑な、動くなにかを引っ張っている者――荷車――や、大きな動物――馬――を引き連れている者もいる。


 海で見てきたニンゲンたちもひとりひとり違っていたが、こんなに違うとは思わなかった……!


 あれはなんだ、これはなんだ、とリーフに小声で尋ね続けた。目にするたびに尋ねていたので、一手に引き受けたリーフは大変だったかもしれないが、リーフもわかる範囲で答えていた。


「この町、ひとがいっぱいいるね!」


 空びとの世界と暮らしはあまり変わらないみたいだけど、ひとの数はとても多いね、とリーフは瞳を輝かせていた。


「この町、そんなに珍しいか?」

 

 前を歩くソルは、イルムとリーフの楽しそうに見えるこそこそ話に、ちょっと首をかしげつつ振り返っていた。

 

「いい匂いがするね……!」


 リーフの鼻が、いち早く食堂を見つけていた。

 食堂に入ってからも、それはそれで大変だった。


 なんだ、なにでなにを食っているんだ……!


 食器とフォークやナイフやスプーン、グラスなどなど。イルムにとって、未知の道具たち。ニンゲンたちはそれを器用に使いつつ、食事を楽しんでいる。


 そもそも、椅子とやら。


 椅子に座るのにも、イルムにはちょっとした冒険だった。見様見真似で椅子を引き、いざ腰を下ろすと、その便利さ合理性に思わずうなった。

 次の難関は、メニュー表。魔法の力でニンゲンの姿になった恩恵か、文字は読めた。しかし、その言葉が表す内容まではわからない。たとえ内容がわかったとしても、料理自体を知らないので、どれがいいかなど知る由もない。


「適当に頼んでいいかな?」


 悩んでいるふうのイルムとリーフを見かねて――たぶん、リーフはなんとなく料理を想像できていたけれど、どれも食べたすぎて選びきれなかったらしい――、ソルは見繕って注文してくれた。


 なんなんだ、このうまさは――!


 イルムは、悶絶していた。スプーンを握りしめ――スプーン使いはすぐに習得できた――紅潮した顔を伏せ、ぷるぷると肩を震わせていた。


「イルム、さん……? だ、大丈夫……?」


 体調が悪くなっているのかと、ソルがおそるおそる声を掛けた。


「これ、なんというのだ――!」


 ソルに掴みかからんばかりに立ち上がり、イルムは全身全霊で問うた。


「えと。赤魚の煮つけ」


 アカザカナノニツケ……!


 イルムは脳内に呪文のようなその響きを刻んだ。初めて口にした、ニンゲンの料理だった。


 私は生涯忘れない、アカザカナノニツケ……!


「こっちもおいしいねー! 青魚の煮つけ」


 リーフの食べているのは、青魚の煮つけだったようだ。


 アオザカナノニツケ……!


 イルムは目を剥いた。似て非なる、妙なる響き。


「ちなみに俺の一皿は、白身魚の煮つけなんだ。こっちもうまいぞ」


 シロミザカナノニツケ……!


 またも襲い掛かる、新たなフレーズ。


 なんということだ、ザカナノニツケシリーズ……!


 イルムの中で、魚の煮つけたちは「ザカナノニツケ」群として理解され、なにをさしおいてもそれを食え、と脳内上位事項として君臨することになった。

 夢中で平らげ空になった皿を目の前にし、


 さて。私が食べたのはなに「ザカナノニツケ」だったか……?


 赤、青、白の立て続けの色ラッシュ、肝心の色名は、忘れた。




 結局、あまりの勢い、あまりにおいしそうにイルムとリーフが食べていたので、ソルは他の料理も追加注文してくれていた。

 そのたびにイルムは感動していたわけだが、


「喜んでもらえて、本当によかった」


 ソルはイルムとリーフのやけに熱すぎる反応をうざがることもなく、ただのちょっと風変わりな腹ぺこの旅人たちと思ってくれていたようで、不審に思ってはいないようだった。風変わりなのは、ちょっとなのだろうか。


「ソルは、どうして魔法石を探しているの?」


 お茶を飲んで落ち着いたころ、リーフが尋ねた。


「これ、さ」


 ソルは、腰に差した自身の相棒のような剣を、指さした。


「この剣の柄の装飾部分。ここ、空いてるんだ。この柄の部分に魔法石を埋め込む。そうすることで、この剣は完成するんだ」


 ソルは、真剣な面持ちでそう語る。


「きっと、さっき剣の攻撃が通用しなかった海辺の怪物のようなやつでも斬れる、どんな怪物とも戦える、無敵の剣になる――」


 多くの人々を救えるんだ、そう結んだソルの強い眼差しは、力強い決意と若々しい希望に満ちていた。


 お茶もうまいな。


 イルムはそのとき、うっかり、別の感想に心を奪われそうになったが。


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