第35話 空気もごちそう
「おそらく、大砲がいくつも設置されているんだと思う」
地びとの旅人、ソルが分析していた。
あの海で見たやつの、陸上版か。
青年の姿に変身中の海竜のイルムは、海賊船同士の戦いで見た恐ろしい武器、「大砲」を思い出す。
確か、長い筒みたいなやつ、そこから丸いやつが飛んできて、やがて破裂するという――。
イルムは知らないが、地びとたちの使う大砲は、「時限信管」という仕組みで、発砲してある程度の距離を飛行し、空中で爆発するというものだった。
「グラン、リーフ。その、大砲とやら、どこにしかけてあるか、わかるか?」
魔法で姿を隠されているようで、目視では確認できなかった。魔法の使える空びとの、グランとリーフならわかるのではないか、イルムはそう考えて尋ねた。
「ええと……」
リーフは精神を集中させているようだ。ラーズの魔法は、やはり強力らしい。
グランは、というと、胸ポケットから小さな紙箱を取り出していた。そして、その紙箱から一本、細長く紙で巻かれたものを取り出し、グランはそれを口にくわえ、ぱちん、と指をならす。魔法のようで、指をならしたとたん、口にくわえられた紙巻きのなにかは着火したようで、たちまち細い煙があがった。
「煙草じゃねーか!」
ソルが、すかさず指摘した。リーフの父親であること、年上であることから、先ほどまでグランに対し、基本的に敬語で接していたソルだが、一瞬にしてタメ口になる。
「わかったぞ……! 我が息子! そして、その他大勢!」
グランは、イルムとソル、それから身を隠して聞いているであろう追跡者たちをまとめ、「その他大勢」と呼んだ。
「えっ、わかったの、か……?」
呆気にとられる、一同。聞き耳の追跡者たちも、呆気にとられているに違いない。
「ああ。この煙草の煙だ。ただ一服したかったから火をつけたんじゃないぞ。実をいうと煙草の煙は、術を見破る、魔法のひとつなのだ」
「すごいね! お父さん! やっぱり大人の魔法はすごいなあ!」
リーフが声を弾ませた。空の国でも、未成年の喫煙は禁じられている。
タコやイカの墨は、どうだろうか。
イルムは、煙の見た目から、タコやイカの墨を連想させていた。
「大砲があるのは、屋敷の前に三つ、横に一つずつ。それから、屋敷の後ろにもあるようだな。場所は――」
大砲の位置を、グランは指差す。煙草の煙とグラン自身の魔法の力で、大砲の位置を把握できたようだった。
ざっ。
空気が揺れる。背後から、歩み寄ってくる気配がした。
「すまない――。黙ってついてきた。私は、刑事だ。長年、ラーズを追っている」
あ、あのとき路地裏にいた――。
帽子を目深に被った、わし鼻の男だった。追跡者の一人、刑事がついに名乗り出ていた。
刑事は、身分証を見せる。
なんか出したぞ。
イルムは自分もなにか出すべきか、と思ったが、なにも出せるものはなかった。グランは煙草の箱を出して見せつけ、リーフは背負っていたリュックを前面に出した。空びと親子、見せつけるものが意味不明過ぎた。身分証に対し、納得したのは地びとであるソルだけだった。
「ほかに隠れているのは、警察の人たちですか?」
ソルが刑事に尋ねていた。追って来ていたのは、全員警察かと思ったようだ。
「いや。私は単独できた。この件は魔法がらみ、常識を超えている。あまりに危険すぎるし、な。今隠れている他の連中は、おそらく、情報屋から情報を買った、魔法石を狙う者、もしくはラーズに恨みを持つ者たちだろう」
申し訳ないが、と刑事はイルムたちを見回して言う。
「屋敷に到着後は、単独で行動するつもりだった。しかし、どうやら考えが甘すぎたようだ。どうか――、私も行動を共にさせてほしい。情報と、力が必要だ」
刑事は帽子を取り、頭を下げた。
「いいよ! だって、ここ、一応地上だもんねえ! 捜査、するのは当然だよねえ!」
なんの躊躇もなく、グランは刑事の同行を受け入れた。あまりに即オーケーの流れに、刑事は肩透かしをくらったようだ。
と、いうか。グランが許可する流れでいいのか。
いつの間にか、グランが代表のようになっていた。イルムは念のため、ソルを見た。
ソルは、真剣な眼差しで刑事に尋ねていた。
「俺たちにとっても、ここから先は危険な道です。刑事さんはここまでで、いったん帰られて、警察本部へ現状を報告され、それからのちほど正式な捜査ということにされたほうが――」
刑事は、首を左右に振った。
「いや。我々の力では、ここに来ることさえかなわない。次のチャンスなどというものはない。ここで一気にかたをつけたい」
覚悟が決まっているようだった。
足音が、した。また一人誰かが、近付いてくる。
「お前は……!」
振り向き、いちはやく足音の主に気付いた刑事が、驚きの声をあげた。
「情報屋……!」
情報屋、だった。
情報屋は、決まりが悪そうに頭をかいていた。
「俺らしくもねえ……。まったく俺らしくもねえんだけどさあ……」
そう言いつつ、情報屋は肩をすくめた。
「上得意さんの皆さんが、いっぺんにいなくなられちゃあ、俺もたまったもんじゃねえって思ってさあ……」
それに、と情報屋は付け足す。
「お客さんに勧めておいて、自分だけ高みの見物ってなると、ちいとばかし、商売人の良心ってものが痛むもんで……」
情報屋の出現、それから彼の発言に、もっとも驚いているのが、もっとも情報屋を知っているはずの、刑事だった。
「まさか、お前が来るとは……」
「まあ、なんとなく気まぐれさあ。まあ、危なくなったら尻尾を巻いて、俺はいの一番に逃げる腹づもりですが、ね」
情報屋は、また頭をかきつつ笑う。
今が危ないときだと思うのだが。
情報屋は、逃げるどころか前に出ている。今逃げなくて、いったいいつ逃げるんだ、とイルムは首をかしげた。
「いいんじゃない? みんなでがんばろー!」
そして、もっとものんきなのが、グランだった。威勢よく、右手こぶしを掲げる。
「あ、そうだ。自己紹介、しとく? 俺がグランで――」
「あ。道中、大声で名前紹介してたので、だいじょうぶだ」
グランの陽気なお名前紹介を、刑事が制した。すでにグランが名前バレさせていたためだ。
「あ。俺だけ地びとで、このふたりは空びとです。だから魔法が使えます。そして、彼は――」
ソルが、グランに代わって説明した。これからも魔法の出番が必須なので、グランとリーフが空びとであることを明かしておく必要があると考えたようだ。
「私は、海竜だ。魔法で、ニンゲンの姿をしているが」
イルムが、ソルの言葉を継いだ。
刑事も情報屋も、驚きで息をのむ。おそらく、まだ隠れている追跡者たちも、驚いたに違いない。
イルムには、色々確認事項があった。
大砲の仕組みはどうなっているのか、ラーズによってかけられた魔法の仕組みは、どの程度わかるのか、わからないのか。それから、グランやリーフができる魔法について。そして、魔法のかけられた大砲が発動した場合、考えられる被害、おおよその威力について。
地びとの知識、空びとの知識、ふたつの知識が必要だった。
「屋敷に設置された大砲は、前の三つと両脇の二つだけを考えればいい。屋敷の裏手のやつは、考えなくていい」
大砲の砲身は動くが、大砲自体は固定されており、動かないようだった。そのため、屋敷の前から向かう場合、屋敷前の大砲と屋敷両脇の大砲のみで、屋敷の裏手からの攻撃は魔法を使っているとはいえ、考慮しなくていいようだった。
「よし。やってみよう」
イルムには、考えがあった。
「危険すぎるよ、イルム……!」
リーフは、今にも泣き出しそうだった。
「そうだぞ……。もっとほかに策があるかもしれないし……」
グランもソルも、イルムの案にできれば賛同したくないようだった。刑事も情報屋も、同様に否定的だった。
「いや。おそらく、私にしかできないだろう。そして、のちのためにも、やっておく必要がある」
空の国の警察たちが、新たに来るかもしれない。ここにいる皆だけが無事に攻撃をくぐり抜ける方法を考えるより、大砲をなんとかしなくてはならない、イルムはそう思っていた。
「グラン、リーフ。私に魔法をかけてくれ」
イルムは、首にかけている魔法石のネックレスをリーフに手渡した。
「海竜のイルムよ、真の姿に戻れ……!」
リーフの声が、響き渡る。
ざ、ざ、ざ……!
辺りの木を、なぎ倒す。イルムは、海竜の姿に戻った。
長く、巨大な全身が、あらわになる。
イルムは、駆けた。両手両足、それから尾も使い、地上を駆けた。
地上でも、ごく短い時間なら、もつはず……!
海上に跳び上がるとき。波間から顔を出すとき。イルムは、自分の息の保てるおおよその時間を、心得ている。
「異界の大気よ、護りの盾となりて、海竜のイルムを包み給え……!」
グランが魔法を唱えた。たちまち風がわきおこり、イルムの全身を包む。
「地上の兵器よ、止まれ……!」
リーフが、大砲に向け魔法を放つ。
一斉に、すさまじい音、光。大砲が、発射される。屋敷の前と横に設置された大砲が、すべてイルムに向けられる。リーフの魔法を、あざ笑うように。
イルムの鱗で、爆発する。ラーズの魔法の砲撃は、近距離だったため時限信管より前にすべて命中し、その衝撃で爆発した。体から、煙が上がる。
イルムは、うめき声をあげた。
ニンゲンの武器に、海竜が負けるわけにはいかない……!
海賊船の砲撃を、見ていた。すさまじい威力だが、自分の頑強な身体なら耐えられると思った。
ラーズの魔法で高められた砲撃は、威力がどの程度まであるのか不明だった。
しかし、グランの護りの魔法がある。
ラーズの魔法の威力と、グランの魔法の護り。きっと、力は相殺され、威力は本来の砲撃と同じくらいだろうと想像した。
がああああ!
青の鱗が光る。偽りの月に、星に、届くかのように、イルムの尾が高く上がる。
イルムは、巨大で長い尾を、盛大にくねらせた。
ガガガガガッ……!
一気に、なぎ払った。大砲を。一撃で壊せなかったぶんは、傍に移動して尾で叩き潰した。勢いで、屋敷の壁も少々破壊してしまった。
はあ、はあ、はあ……。
息が、苦しい、と思った。激しく動いてしまった。イルムの地上での活動に、限界が――。
「偉大なる海の竜イルムよ、ニンゲンの姿になあれ」
耳に届く、リーフの呪文。
ああ。リーフ。
イルムの体に、そっと、魔法石のネックレスがかけられる。
「イルム……」
見上げれば、リーフの泣き顔があった。
「ただいま、リーフ……」
イルムは、ニンゲンの姿に戻っていた。
あちこちすすだらけで、あざだらけで、銀の美しい髪も、もしゃもしゃだったが、大した傷も骨折もなく、無事だった。
「空気って、うまいな」
イルムは、新鮮な空気を胸いっぱい吸った。
空気が、地上のごちそうのひとつになった。




