表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

第11話 鳥

 なにはなくとも、まずごはん。なにがあっても、まずごはん。


 と、いうわけで、ニンゲンの青年の姿に変身中の海竜のイルムと、空びとの少年リーフは、朝ごはんとなる食材を見つけるため、朝の森を散策する。深夜、謎の男に襲撃されたというのに、だ。

 しかしイルムとリーフは、ただ食材探しの「腹ペココンビ」というわけではない。一応昨夜の襲撃の犯人が潜んでいないか、なにか手掛かりは残っていないか、その辺りについてもしっかり目を光らせていた。


「怪しい気配もないし、手掛かりもないな」


 ふむ、とうなるイルムに対し、


「おいしいごはんはあるし、手抜かりはないよ」


 えへん、と、リーフは両手で抱えるほどの木の実や草の実を持って胸を張っていた。


「手抜かりがなければ、それでいい」


 イルムもリーフも、手掛かりより手抜かりのなさに満足した。

 リーフの説明によると、食べられるものかどうか、また火を通すとどうか、など魔法で見極められるらしい。

 薄桃色の、両手のひらで包んで持てるくらいの大きさの木の実。焼いてから皮を剥くと、ふわふわの甘いパンのような素朴で優しい味がした。


「これはまた、とんでもなくうまいな……! これに似た食べものという、パンというものもいつか食べてみたい……!」


 パンを食べたことがないイルムにとって、この木の実のほうがスタンダードで、パンのほうがこれに準ずる似た食べものという扱いになってしまった。パンはお店で普通に買えるよ、とはリーフの弁。本末転倒、「パン待つ店頭」である。


「イルムに、おかあさんの焼いたパン、食べさせてあげたいな。とってもおいしいんだよ」


 瞳を輝かせ、香ばしいトースト味の木の実を頬張りながら、リーフが笑う。


 おかあさん。


 そういえば、とイルムは思う。


「リーフは子どもだが……。親と離れて行動していて大丈夫なのか?」


 海竜は、子が巣立ちのときを迎えるまで、両親と共に行動する。片親だけならなんとか大丈夫だろうが、父親と母親、両方とはぐれてしまった子の海竜は、海竜という強い種であっても、生存競争の中ほぼ確実に死を迎える運命となる。ニンゲンは、どうなのだろうか、と疑問に思う。


「うん。おかあさんは地上に行くこと、すごく反対してたんだけど、あの――、おとうさんがね」


 イルムを封印した張本人、リーフの父。そのため、イルムの心情を気遣って少々ためらいつつ、自身の父について打ち明ける。


「冒険こそが成長に必要なことなんだ、俺も子ども時代にたくさん冒険したからこそ、今の自分があるんだ、って言って、猛プッシュしてくれたんだ。それに、友情を大切にするお前が誇らしいって、褒めてもくれたんだ」


 あと、今空の国は夏休み中で、空の国の学校の課題としても夏休みの冒険は評価されていて、冒険の報告をうまく発表できれば、他の課題が達成されなくてもいいって仕組みで、そういったことも後押しになったんだよ、など学校についてもリーフは説明した。

 夏休みや課題についてもイルムは首をかしげ続けていたので、リーフは、


「夏休みは学校に行かなくていい素敵なお休み時間で、課題は子どもたちが遊び過ぎて学んだことを忘れないようにっていう、ちょっと迷惑なおせっかいなんだよ」


 と、独自の解釈を披露した。


「あとね、このテント。家の旅行用のテントなんだ。おとうさんは、俺の時代にはなかったけど、お前は俺が冒険してたときより幼いんだから、ちゃんと持ってけって持たせてくれたんだ」


 えへへ、とリーフは笑う。父が冒険していたころより今の自分はまだ幼いという事実が、ちょっと誇らしいようだった。


「マルテも、『夏休み』だから地上に行くことを許されたのか?」


 リーフが摘んできた青紫色の草の実を口に入れつつ、イルムは尋ねた。草の実は、そのまま食べられるとのことで、香り高く甘酸っぱかった。先ほどのパンのような木の実と交互に食べると、それぞれのおいしさが倍増した。リーフの説明では、パンにブルーベリージャムというものを塗ったみたいなおいしさ、なのだという。イルムはマルテに関する問いの前に、じゃあ、木の実と草の実を食べる順序を逆にしたら、ブルーベリージャムというものにパンを塗ったようなおいしさなのか、という問いを挟んだ。しかしすかさず、そういうことじゃない、と一蹴された。

 一瞬、イルムの変な「パンとブルーベリージャムの関係性の逆転の可能性に関する新説」の問いにより、マルテのことを訊かれたことを忘れそうになったリーフだったが、すぐに思い出した。


「マルテは……、家のおじさんとおばさんにすごく反対されたよ。でも、どうしてもって、マルテは言い張ったんだって。そして、書き置きを残して、マルテは勝手に家を飛び出しちゃったんだ」


「え……」


「マルテの書き置きには、夏休みの冒険というふうに思ってほしい、と記してあったんだって。そしてさらにその書き置きには『誓約の魔法』が掛かっていて、『絶対に無理はしない』、『ネックレスが見つからなくても夏休み以内には戻る』、『両親を殺した犯人の捜索はしない』と記してあったんだって。『誓約の魔法』は、本人には破れない魔法。しかも、マルテは大人っぽくて僕なんかよりずっと優秀なんだ。だから、マルテに危険はないと思うんだけど……」


「でも、マルテを助けたい、そう思ったのか」


 こくん、とリーフはうなずいた。それから、続けて語りだした。


「僕は――、なにも知らなかったんだ。ちょうどマルテが家を出た次の日、マルテと遊ぼうと思ってマルテの家に行って、それで初めて色々教えてもらったんだ」


 マルテを引き取ったおじとおばの家には、病弱な弟がいるらしい。仕事のこともあり、また、実の幼い子のこともあり、おじとおばは家を離れられず、結局マルテの決断を心配ながらも冒険として許すことにしたそうだ。


「鳥」


 思い出したように、ぽつり、とイルムは呟く。


「どうやって、大切にしているネックレスを鳥は奪えたんだろうか」


 イルムは、自分の肌につけているネックレスに、服の上から手を当てながら尋ねた。奪われたネックレスは、マルテにとって、母親の大切な形見の品、と聞いていた。となると、所持していたにしても保管していたにしても、動物に盗まれるような状態にはなさそうに思えた。


「それがね、実は――」


 リーフは、草の実を食べる手を止め、ちょっと眉をしかめた。




 空に浮かぶ、空の国。

 マルテが地上へ向かったという話を聞き終え、リーフがマルテの家を出た、そのとき。

 マルテの家の、青い花の生け垣の向こう、さっ、と隠れるような人影が目の端に映った。


「まさか、マルテ……?」


 子どもの背丈だった。一晩でマルテがネックレスを見つけ、戻ってきたのかとリーフは思った。隠れる意味は、わからないけれど。

 マルテ、と呼び掛けながら、急いで生け垣の向こうへ、駆けた。


「あっ、クリストフ……」


 それは、リーフとマルテの同級生の男の子だった。クラスは違うが、廊下ですれ違いざま、マルテに嫌味を言ったり小突いたりする、嫌なやつだった。マルテはどこ吹く風で全然相手にもしていないのに、またさほど接点もないはずなのに、どうもマルテばかりを目の敵にしているようだった。


 なぜ、クリストフがマルテの家の前に……?


「ち、違うんだ……! ほんとに、こんなことになるなんて、思わなかったんだ……!」


 なにもリーフが言っていないのに、クリストフはそう言って身を屈め、あっという間に泣き出してしまった。


「偶然、一人で歩いてるマルテを見掛けて……、ちょっと、困らせようと思っただけだったんだ……! あいつ、地びととの混血のくせに、エマと恋人気取りだったから……」


 ああ、だからいつも、マルテに嫌な態度を――。


 リーフは、わかってしまった。地びとと空びとの間に生まれた子を、忌み嫌う者はいまだ少なくない。学校では平等と教え、学校の中マルテが浮くことはなかったが、残念なことにやはり差別的なニンゲンはどこにでもいるものだ。そしてさらに――、クリストフは、エマが好きなのだ。

 でも、今のこのクリストフの取り乱しようは、なんなのだろう、とリーフは立ち尽くす。まさか、クリストフがマルテのネックレスを――。


「俺は、ただ、マルテのネックレスを後ろから取って、高く掲げただけなんだ……! 魔法石をつけて、空びとになってるつもりか、って言って……。もちろん、すぐ、返すつもりだったんだ……! それなのに、突然、鳥が……!」




「クリストフとかいう子どもが、空にネックレスを掲げた瞬間、ちょうどよく鳥が来た、そういうことか」


 イルムの言葉に、リーフは、こくん、とうなずいた。


「クリストフは、ネックレスがマルテのお母さんの形見って、知らなかったらしいんだ。すごく、苦しそうに反省してた。マルテは――、クリストフが不意打ちで首からネックレスを奪い取ったことについては怒ったけど、それだけで、一言もクリストフを責めなかったらしいよ。マルテは、おじさんやおばさん、誰にも言わず、鳥に盗まれたとだけ打ち明けたみたいなんだ」


「掲げた瞬間にちょうどよく……、来るだろうか」


 草の実の青紫を見つめつつ、イルムは呟く。


「え」


「鳥は、前々からマルテのネックレスを狙ってたのではないか。そして、その鳥が、昨晩の鳥と同じ可能性は……?」


 ざざざ、木の枝葉が、揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ