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第28話 平熱の剣で

 京ノ都役所の転送陣の前には、四人の姿があった。


 アローラ、アステリア、真冥、そして瑞希。


 瑞希は、アステリアが抱えた、およそ大会観戦用とは思えないほど巨大な鞄を見て苦笑した。


「アステリアってば……それ、ピクニックに行くつもりじゃない?」


「大会は一日がかりのイベントですから。お昼のお弁当、気合いを入れてたくさん準備してきました!」


 アステリアが胸を張る横で、出場者本人の真冥は、青白い顔で胃を押さえている。


「……緊張してて、正直……食べられる気がしないよ……」


 そんな真冥の弱音を、アローラがニヤリと笑って拾い上げた。


「心配ないよ。あんたが食べられなかった分は、全部わたしが代わりに食べてあげるから」


「……それ、僕の分がなくなるだけで、何の解決にもなってないんですけど」


 そこへ、聞き慣れた軽快な声が飛んできた。


「皆さんお揃いで~。あ、真冥さん!」


 振り向くと、カルディアがひらひらと手を振って近づいてくる。


「今日は“死なない程度に”頑張ってくださいね」


「不吉なこと言わないでください……!」


 五人はそのまま、大会会場のある南門――通称《朱雀門》前の闘技場へと向かって歩き出した。


 門の前は、すでに人でごった返していた。


 観客の喧騒、参加者の殺気、そして屋台の香ばしい匂い。


 まるで祭りと戦場が混ざり合ったような異様な熱気だ。


「うわ……人多すぎだろ」


 真冥が思わず呟いた、その時。


「おう、真冥じゃねぇか」


 人混みを割って、聞き覚えのある渋い声が響いた。


 腕を組んで立っていたのは、源三だった。


 その隣には雫、少し離れた位置には静かに佇む宗次の姿もあった。


「源三さん! 雫さんに、宗次さんまで!」


「武闘大会に出るって聞いたからね。ずいぶん思い切ったじゃないですか」


 雫が柔らかく微笑む一方で、宗次は鋭い視線で真冥を値踏みするように見つめた。


「レベル1で大会参加か。相変わらず、無茶な生き方をするな」


「……自覚は、あります」


「まぁいいさ。そいつがあれば心配ねぇだろうが……」


 源三が、真冥の腰に下げた魔刀『零斬』に目を向け、不敵に口角を上げる。


「無様な姿を見せてみろ、承知しねぇぞ」


「プレッシャーのかけ方が昭和すぎますって……」


 苦笑いする真冥を遮るように、会場側から係員の通る声が響いた。


「大会出場者の方は、こちらで武器検査を受けてくださーい!」


「検査……? とりあえず、行ってきます」


 真冥が列に並ぶと、運営職員が事務的に声をかけてきた。


「出場者の方ですね。お名前と所属を。……はい、確認しました。では装備の検査をします。本日使用される武器をこちらへ」


「あ、この刀です」


 真冥は、誇らしく『零斬』を抜き放ち、差し出した。


 職員は、手に持っていた妙な装置を『零斬』に向ける。


 ……それは、どこからどう見ても、ただの「非接触型体温計」にしか見えなかった。


「あの……それで何を測るんですか?」


「レギュレーションチェックです。今年から安全強化のため、武器の出力制限が厳格化されましてね」


 ――ピッ。


「……42.0」


「……?」


 職員は眉をひそめ、もう一度ボタンを押した。


「……やはり42.0ですね」


「ええと、その数値は何なんですか?」


 職員は、同情すら混じったような顔で告げた。


「レギュレーションオーバー……です。その武器は使用できません」


「はぁ!?」


 真冥が声を上げるより早く、後ろにいた源三が割り込んだ。


「どういうことだ! わしの打った刀が使えんと言うのか!」


「大会規定ですので……。これほどの高出力の武器は、競技の範疇を超えています」


「いいかよく聞け! この刀はなぁ――!」


 憤慨する源三の肩を、雫が慌てて掴んで引き止める。


「源三さん、落ち着いて! その刀じゃ、一振りしただけで会場ごと吹き飛んじゃいますよ! それに――ほら、あそこを見てください」


 雫が指さした大会ポスターの右下。


 そこには、虫眼鏡が必要なほどの極小文字で、こう記されていた。


『※今大会より、武器レギュレーションを全面改訂。高エネルギー反応を示す武器は使用不可』


「……こんな豆粒みたいな字、誰が読むんだ!」


 源三の怒号は、雫によって物理的に引きずられていくことで遠ざかっていった。


 宗次はそんな源三を見送りつつ、真冥の肩を叩いた。


「刀が使えない以上、『月狼の片袖』も外せ。エネルギーの循環先を失った防具は、いつ暴発して主を食らうかわからん」


「……わかりました」


 真冥は静かに頷き、唯一の防具だった籠手を外した。


 職員は額の汗を拭いながら、真冥に向き直る。


「代わりの武器はお持ちですか? なければ標準仕様のなまくらを貸し出しますが……」


「真冥、じゃあこれ使いなよ」


 ひょい、とアローラが腰から一本の剣を差し出した。


 それは、真冥が『零斬』を手に入れる前まで、特訓でずっと振り回していたあの古びた剣だった。


「……アローラさんの剣を、借ります」

 慣れ親しんだ柄の感触。職員が再び装置を向ける。


 ――ピッ。


「35.3。……はい、規定内です。問題ありません。若干低めですけど……」


「……やっぱり体温計じゃないか!」


 真冥の盛大なツッコミが響く中、彼は「平熱」の剣を腰に差し直した。


 レベル1、防具なし、そして何の変哲もない古びた剣。


 あまりにも心許ない姿のまま、真冥はいよいよ、未知なるリングへと足を踏み出すことになった。



 闘技場の中央に設えられた円形のリングに、二人の選手が立つ。


 片や、身の丈ほどもある大槌を肩に担いだ巨漢――岩倉(いわくら) 剛士(つよし)


 片や、防具すら身につけず、古びた剣を腰に差したレベル1の少年。


 場内のざわめきは、期待よりも失笑に近いものだった。


「……え、あれが出場者?」


「丸腰じゃねぇか」


「大会なめてんのか?」


 真冥は、観客席から突き刺さる視線を肌で感じながら、喉を鳴らす。


(……笑わるのは、わかってたけど。やっぱり、きついな……)


 だが、視線の先――


 観客席の一角で、瑞希がぎゅっと拳を握っているのが見えた。


 その隣で、アステリアは不安そうに祈るように手を組み、アローラはいつもの余裕の笑みでこちらを見ている。


(……やれるだけ、やろう)


 審判が高らかに告げる。


「――第一回戦、開始!」


 開始の合図と同時に、巨漢が吠えた。


「潰してやるぜ、ガキ!」


 大槌を振りかぶり、真正面から突進してくる。


 真正面から受ければ、ひとたまりもない一撃だ。


 真冥は攻撃をかわしてはいるものの、徐々に縁へと追い込まれる。


 真冥は、剣に手をかけながら、足元に視線を落とした。


(……ここだ)


 彼は、剣を抜く動作に紛れ、腰のポーチから取り出した小さな水風船を、足元へと叩きつけた。


 ――スライム粘液。


 はじけた水風船からは、透明でぬらりとしたスライム粘液が、床の上に広がり、見た目にはほとんど分からない膜を作る。


 次の瞬間。


「――うおっ!?」


 踏み込んだ巨漢の足が、わずかに滑った。


 ほんの一瞬のバランスの乱れ。


 だが、全力で突進していた体には致命的だった。


 大槌が狙いを外れ、地面を叩き割るような轟音が闘技場に響く。


「なっ……!?体が思うように動かない……!?」


 巨漢が体勢を立て直そうとした、その刹那。


「今だ……!」


 真冥は、懐に飛び込み、柄で相手の脇腹を強く打ち据えた。


 衝撃で、巨漢の体がよろめく。


「ぐっ……!?」


 観客席がどよめいた。


「今の……滑った?」


「足元、何かしたぞ……?」


 巨漢は舌打ちし、再び構え直す。


「小細工しやがって……!」


 だが、次に踏み出した瞬間も――


 ズルッ。


 今度は、はっきりと足がもつれた。


「――っ、クソが!こんな小細工で……!」


 大きく体勢を崩した相手に、真冥は、震える腕で剣を振る。


 致命打には程遠い。だが、連続で体勢を崩された巨漢の膝が、ついに地面についた。


 真冥はすかさず、相手に突進する。


 粘液で踏ん張りの利かなくなった巨漢は、そのまま体勢を崩したまま場外へと押し出された。


 審判がすかさず前に出る。


「そこまで! 勝者『尾崎真冥』!」


 勝敗が告げられた瞬間、場内は一拍遅れてざわりと騒めいた。


「足元、ぬめってなかったか?」


「魔法……じゃないよな?何か道具を使ってたよな?」


 真冥は、荒い息を吐きながら、剣を下ろす。


(……勝てた……。ほんとに、ギリギリだけど……)


 観客席で、瑞希が両手を上げて小さく跳ねた。


 アステリアは、涙目で胸を撫で下ろしている。


 アローラは、腕を組んだまま、どこか満足そうに笑っていた。


「使いどころを間違えなければ、道具はちゃんと“武器”になるんだよ」


 アローラのその呟きは、歓声に紛れて、誰の耳にも届かなかった。


 だが――


 この一戦を境に、“スライム粘液”は、観客の記憶に、はっきりと刻み込まれることになる。


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