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終章Ⅰ 二人の勇者

 ついに、玉座の間が迫る。

 深く、息を吐き、心を静めた。

 大丈夫だ。オレは、冷静だ。


「リリス様。もう、目の前ですね」

「ええ。この先に、本当の父が」


 彼女は、胸にある『結束の紐飾り』を、ぎゅっと握り絞める。


 その言葉に呼応するように、扉が重々しく、開かれた。

 ──圧倒的な存在感が、空気を揺らす。

 玉座に座するは、竜魔の王。


 鱗は光を反射し、まるで星空のように煌めく。

 冷酷に光る紅き眼と鋭利に伸びた牙が、その主を竜の王だと証明する。

 そして、竜の象徴である双角に、大気に揺蕩う元素が集った。


 魔王は、吠える。


「────フハハッ!! 早かったなぁ!! 勇者一行ォ!!」


 轟く咆哮と共に発せられた風圧が、オレたちを襲う。

 奴は玉座から重々しく立ち上がり、剣を握った。


 だが、オレたちは怯まない。


 リリス様が玉座を見上げて、声を上げる。


「こんにちは、竜魔王」


 訝しげな表情をした竜魔王は、しばらくして、目を見開いた。


「オオ!? 久しいな、()が娘よ! 野たれ死ぬこともなく、よく生きた! ハハ!! ちょうど良い! 児が三人も減ったからな! お前には、帰ってきて貰おうか!!」


 そう、高笑いを響かせながら、竜魔王は言い放った。

 ──帰って、来いだと……?


「貴様……貴様が、王姫様と彼女を、捨てたのだぞ!?」


 オレの叫びに、その表情が切り替わった。

 凍てつくように冷血な表情。

 オレなど、取るに足らぬ存在だと言わんばかりに、興味すら見せない瞳。


「虫ケラが煩わしいな……。で、どうだ? 娘。お前には『王位継承権』がある。(われ)の跡を継ぐ、準備をしてやろう。最も、直ぐではないがな!」


 表情を一転し、再び高笑いを上げやがった。

 オレは、槍を握り絞め、奥歯が軋むほど噛みしめる。


 だが、そのとき、鋭く凍り付くようなお声が響いた。


「何故、自分の子どもが死んだというのに、悲しみもしないのですか?」


 竜魔王の高笑いは、止まる。


「ハァ?」


 奴は、首を傾げたのだ。


「何を言う? 児は、親の物だろう。道を示すのも親、その命を使うのも、親である。親の為に生きるのが、児の為すべきことだろう?」


 その言葉を聞いて、リリス様は抜剣し、竜魔王を睨み付けた。


「……言い忘れていました。私の名前は、『娘』ではありません。リリス──リリス・メルキセデク。ボレアス王とボレアス第二王姫の児、リリス・メルキセデクです! 王命により、あなたを征討します!」


 王の名代、リリス様が宣言した。


「『複合魔術・雷撃』」


 彼女の背後から放たれた雷撃が、空気を切り裂くように飛んで行く。

 吹き荒ぶる衝撃に、リリス様の髪が舞い上がった。

 碧の閃光が──竜魔王に直撃する。


 轟音と共に玉座が崩れ、破片が四散する。

 巻き上がる煙の中、竜魔王の姿が観測できない。

 しかし、その煙幕は切り裂かれた。

 一刀で、全てを晴らすかのように。


「いいだろう! 遊んでやるッ!!」


 ──地が躍動する。それは、星の嘆き。竜の咆哮。


 竜魔王の頭上には、既に、『勇者』が跳んでいた。

 双角を狙い、聖剣を振り下ろす──が、いとも簡単に、竜魔王は剣の腹で受け止めた。


「ハ──! 重いなッ! だが、聖剣と言えども、この魔剣【フラガラッハ】には通用せぬッ!!」


 竜魔王の質量から放たれる反射剣技カウンター……!

 いち早く察知したのか、『勇者』は聖剣で防御姿勢を取る。


 聖剣と魔剣が、激突した。

 それは強烈な光を放つ。

 一瞬、目蓋を閉じた。次に開いた瞬間、『勇者』は魔王の足蹴に、身体を抉られた。


「甘いなッ!」

「ぐぶっ……!?」


 『勇者』は、吐血した。

 見ている場合ではない。指示を、出せ!


「ゴン! 援護だ!」


 槍を構え、走り出す。

 だが、ゴンの足取りが鈍い。

 彼は、オレを護るように動いていた。


「何をしている!?」


 盾を展開させたゴンは唇を噛みしめ、言った。


「だって、だってオイラは! バルムンクさんを護るんだ……!」

「──!」


 『勇者』と決裂したあと、彼が言ったことだ。


「何を……! 今は──」


 そんなことを言っている場合では──!

 竜魔王は間髪入れず、吹き飛んだ『勇者』に、魔術を放つ。


「『災禍よ』」


 ──巨大な、業火の球体だった。

 この空間にある全ての炎元素が、竜魔王の掌に集う。

 瓦礫が、業火に触れた──いや、触れる直前に、蒸発した。


 メルルは、冷や汗を流しながら、走り出す。


「『海の獣よ。満ちて、地を覆う氷膜と成れ』」


 『勇者』の前方に、厚い氷壁が迫り上がる。

 魔王から射出された炎が、凄まじい音を立てながら、壁を破壊していく。

 壁が全て蒸発した頃にようやく、炎は相殺レジストされた。


「ほう! 魔導師! 超級を相殺するか! 余は、強い奴が好きだぞォ!」


 メルルは肩で息をしながら、叫んだ。


「……超級魔術!? 神の領域だ……!」


 リリス様が『勇者』の元に跳び、上級回復魔術を行使するのを確認した。

 オレは彼女の元に走り出す。


 刹那、竜魔王が魔剣を横に構えた。

 ──放たれるは、一陣の風刃。

 ゴンが盾を掲げ、断続的な刃の奔流を受け止めた。

 その光景を見た魔王が、不適な笑みを浮かべた。


「ハッ! アリアスタの人間は、直ぐに『神』だと、煩いなァ!? 吾は、神に産み出された存在ぞッ!! すぐに死ぬ、貴様ら人間とは、存在強度が違うのだァ!!」


 再び、竜魔王は掌を広げる。視線の先は──メルルだ。

 集うは、地の元素!


「『星よ』」


 メルルの前後から、強力な地の元素……いや、これは星の怒り──惑星の炎が噴き出した。

 それは、彼女を呑み込まんと迫る。


「メルル──ッ!!」


 『勇者』の叫びが響くと同時に、オレの詠唱は完了した。


「『──脚よ、駆動せよ』」


 間一髪。

 オレはメルルの身体を抱え、超級魔術の範囲外へと滑り込んだ。

 ──否。

 足甲が爛れている。掠っただけでこれか──!


「すまない、バル! ──次! 『風よ』!」


 メルルが声を上げ、風魔術でオレを吹き飛ばす。

 オレが居た位置には、魔剣が突き刺されていた。

 竜魔王の眼前。その視線と交差する。

 息が掛かるほどの距離。


 その瞳は、オレの向こう側を見つめていた。

 そうか、興味が無いか。ならば!


 ──白鎧を呼び起こす。

 槍に纏うは、『風』。

 この距離で、全力の『金色の風』を撃ち放つ──!

 

 だが、その一撃は、魔剣によって弾かれた。

 襲いかかるは、反射剣技カウンター


 ──黒い『死』が、迫る。




 瞬間、眼前に現れたのは、『勇者』だった。

 魔剣の一撃を、聖剣が受け止めた。


「ガアアアアアアア!!」


 獣のように吠えた彼は、魔剣の剣閃を縫い、竜魔王の首に鋭く、剣先を繰り出した。


「──ハハッ! 楽しいなあ! 勇者ァ!?」


 剣先は竜鱗を撫でた──魔王は紙一重で身体を捻り、後方に跳躍する。


「すまん……助かった」


 オレは、『勇者』に助けられた礼を呟く。

 だが彼は、肩で息をしただけで、何も答えない。

 ──オレはここでも、こいつの助けになれないのか。


 しかし、竜魔王との距離が開いた。

「今のうちに、態勢を立て直すぞ!」


 ゴンを先頭に据え──だが、ゴンはオレとリリス様に寄っていた──防御陣形を整える。

 だが、竜魔王が段差に足をかけ、重々しく剣を地に突き刺した。


「オイオイ? お前らは仲間だろう? 勇者一行を名乗っているものなぁ。何故、連携しようとしない? 吾もいい加減、飽きてくるぞッ!!」


 奴の尾が地を叩きつける。

 その一撃で生じた衝撃波が、オレたちそれぞれを四方八方へ吹き飛ばした。


「グッ……!」

 なんたる一撃。

 ただ、尾を振るっただけなのに、この破壊力か……!


 視界の隅で、立ち上がる影。

 『勇者』。そして、リリス様だ。


 次にメルルと、ゴン。

 オレも、槍に身体を預けながら、立ち上がる。


 メルルが荒い息を整え、大きく息を吸い、告げた。


「魔器を媒介とした、『決戦詠唱』を発動する!」


 その言葉を聞くや否や、『勇者』が前線に躍り出る。


 竜魔王の眼前に飛び込み、聖剣を振り下ろした。

 『勇者』と『魔王』の剣戟が眩く奔る。

 魔剣の反射剣技カウンター──それを、聖剣が一つ残らず捌く。

 咆哮を交わす勇魔。

 反射剣技カウンターを捌き続ける限り、竜魔王は動けない──!

 飛び交う鋭い剣撃波が、俺たちの肌を裂く。


 オレはゴンとリリス様に指示を飛ばす。


「メルルを護れ! オレは『勇者』の援護を! リリス様、メルルのサポートに!」


 ゴンが、巨大な盾を作り出し、メルルの前面に立った。

 メルルの背中に手を当てるのは、リリス様。


 メルルは、魔杖の先を地に押し当て、魔導書を構えた。

 その目蓋は静かに閉ざされ、魔力が彼女のもとに集い始める。


「発音はこれでいいよな──?」


 彼女は、ゆっくりと息を吐き、詠唱を開始する。


「【ゲンソウ】及び【ゲンジツ】の接合を開始──魔杖()()()──起動」


 オレは飛び交う空気の刃を、槍で弾きながら、前方に駆ける。


「仮想【ゲンジツ】稼働。【タイマゴサンケ・ケッセンエイショウ】発動準備──【バツモンコトダマ】装填セット。【イチマク】装填完了──【ニマク】装填完了──ああもう! 決戦詠唱、破棄! 開け!! 【バツモン】の【サン】──【シュウマク】!!」


 メルルたちの背後に、魔力で創造された扉が、顕現する。

 彼女は腕を引き絞り、弓を引くような仕草で、魔導書を構えた。


 ──扉は、開かれる。

 瞬間、圧倒的な質量を秘めた魔力塊が、解き放たれた。

 どの元素でもない、異界から召喚された力。

 それはまるで、引力に導かれるかのように、竜魔王の元に飛翔する。


 剣戟の最中にあった『勇者』が、それに気が付き、後方に飛び退く。

 ──その隙を、竜魔王は見逃さない。


 魔剣の反射剣技カウンターが稲妻のように奔り、『勇者』の右腕にめり込んだ。


「ッ……!」


 断末魔の声を押し殺しながら、『勇者』は衝撃を逃がそうと、身体を捻る。

 

 鮮血が舞い上がった。

 しかし腕は、断たれていない。


 ──だが、聖剣が、空中に銀の残像を描いていた。

 それは、冷たい石床に突き刺さる。

 響く金属音。

 その音と同時に、メルルの魔力塊が、竜魔王に吸い込まれた。

 

 耳を裂く轟音が、魔王城を震わせる。

 着弾点から、全ての元素が弾け飛んだ。

 巻き上がる煙幕。


 メルルは、力尽きたように、膝から崩れ落ちる。

 息を繰り返し、吸って吐いていた。


「魔力が……。あと、少ししか、魔術を、行使できない……」


 盾の後ろから、ゴンが不安げに振り向いた。


「やったんですか……!?」


 ゴンの言葉に、嫌な予感が走った。

 オレは『勇者』に視線を向ける。

 彼は地に倒れ、微動だにしなかった。


「イサ──……! 『──脚よ、駆動せよ』!」


 無我夢中で『勇者』の元に駆け、手を伸ばした。


 瞬間。

「『天災よ』」

 冷たい声が響いた。


 吹き荒れる狂嵐。魔力風──いや、魔力嵐……!


 煙幕がかき消される。

 そして、そこに立っていたのは竜魔王。

 ただ、その腕に持った魔剣は、二つに折れていた。


 口から血反吐を滴らせながらも──奴の瞳には、不屈の光が宿っていた。


「これが、神の創造せし異界の術か……だがァ! まだ、吾はやれるぞッ!!」


 奴は再び、『勇者』に掌を向けた。


「ハ──! 思えば、有象無象に構わず、勇者を先に殺せば、あとは遊ぶだけではないか!!」


 オレは『勇者』の元に辿りつく。


「……ブハッ」


 彼も血反吐を吐きながら、荒い息を繰り返していた。

 生きては、いる。

 たが、見るも無惨な右腕は、再起の機会を喪っていた。


「おいッ! 起きろ!」


 声を振り絞り、必死に呼びかける。


「『隕鉄よ』」


 魔力を吸い上げる嵐の中、竜魔王はオレたちに、鉄塊の魔術を撃ち出した。


 視界が、ゆっくりに視える。

 放たれる鉄塊は、その視界の中でも、高速で空を走っていた。


 時間が緩やかに感じられた。

 耳鳴りがする。


 ──オレが出来ることは、ひとつだ。


 『勇者』の身体を覆うように、抱きしめる。


 ──轟音と衝撃。


 鉄塊は、オレの左上腕を抉り飛ばす。

 全身の痛覚が吠えた。脚に込めていた力が抜け落ちる。


 オレたちの身体は、嵐に飛ばされて、そして壁に激突した。

 視界が一瞬、真っ白に染まった。

 脳髄が、点滅したみたいだった。


「バルムンク!」「バルムンクさん!」

 彼らの、声が。


 ぱちぱち、と。

 記憶が、脳内を走る。

 意識の灯火が、点滅する。


『退屈だ』

『二度目の』

『此の先』

『それを言葉にはしないけれど』

『剣の名は』

『好きだから』

『なんで、受け入れてくれるの?』

『還る』


 ──これは、『オレ/俺』の記憶だった。


 壁に背を預け、力なく、ずり落ちる。

 口の中に、鉄の味が広がる。左腕/右腕が動かない。


 でも、その記憶を反芻する。

 俺は、オレになっていた。



 ──深い領域には、蒼い光を抱く、彼の姿があった。



 眼の前には、聖剣があった。

 俺を選んだ剣。オレを選ばなかった剣。


 もっと奥には、ゴンと、メルルと、リリスが。

 オレ/俺たちを、護ってくれている。


 ────────やっと、理解した。



 オレの肩が、掴まれる。

 彼は、頭から血を流しながらも、掠れた声を絞り出した。


「もういい……バルムンク。あとは、俺がやる──俺の生命を──」


 言いたいことは、分かっていた。

 言葉の続きを口にする前に、オレはそれを遮る。


「──生命力を使用し、聖剣を全解放する……だろ?」


 彼の目が驚愕に見開かれる。

 やっと、オレを見てくれたな。

 喉から絞り出すように、彼は呟いた。


「なんで──」

「すまなかった、イサム。お前を置いて、死んでしまって」

「────」


 言葉に詰まったのか、彼の唇が震えた。その沈黙に、思わずオレは笑った。


「それにしても、オレたちを突き放すのが下手すぎやしないか?」


 彼の両目から、玉のような涙が、溢れ落ちる。


「──あ──ああ──ごめん、本当に、ごめん──!」

 そう、声を上げた。


 いいんだ。やっと、分かった。イサムが歩んできた道を。

 聴力を取り戻すように、仲間の声が鮮明になっていく。


 竜魔王の猛攻を受けるゴンと、ゴンに回復魔術を行使しているリリス様に、メルルが叫んだ。

「ゴン、リリス! 黙って頭を貸せ! 勝手で悪いが、信じてるからな!!」

 そして彼女は、二人の後頭部を掴む。


 オレは、満身創痍の身体でそれを眺めながら、息を吐いて、静かに呟いた。

 祈るように。


「頼む……イサムを、助けてやってくれ」


 瞬間、閃光が玉座の間を照らした。

 ひとつは、メルルの魔導書に垂れた『結束の紐飾り』から。

 もうひとつは、ゴンの腕輪に結ばれた『結束の紐飾り』から。

 最後のひとつは、リリス様からだ。

 光を握り絞めたリリス様が、オレたちのもとにやってくる。


 彼女の夜空には、涙が浮かんでいた。

 リリス様はゆっくりと、そばに膝をつき、両手を差し出す。


「バルムンク。落としていましたよ」


 右手にあったのは、オレの『結束の紐飾り』。

 それは、強く光り輝いている。


「……ありがとうございます。これは、大事なモノですから」


 そして、もう一方を、イサムに差し出した。

 彼が捨てた、『結束の紐飾り』を。

 イサムは、それを見つめ、躊躇するように手を伸ばす。


「──イサム様。私が、あなたを追い込んでしまいました。ごめんなさい。ただ、今だけは、信じてください」


 リリス様のお言葉には、決意に満ちていた。


「──分かった」


 イサムは頷いて、『結束の紐飾り』を手に取り、握り絞めた。

 彼の水晶が、光り輝いた。

 星芒はさらに広がり、全員を包み込むように、輝きを増す。


 ゴンの盾が拡張され、オレたちを護る城塞となる。


「イサムさん、不器用すぎるでしょ! なんで、ちゃんと話してくれないんですか! ほら、行ってください、メルルさん!」


 彼の叱咤に、イサムは目を細めた。


「ごめんな、本当に」


 駆け寄ってきたメルルは、イサムに告げる。


「イサム、このままじゃ埒があかない。だから、二人にも記憶を共有させた……ごめんね。でも、勝たなきゃいけないよ。生きて、進まなきゃ行けない。キミを犠牲にする未来なんて、私は嫌だ」


 イサムは、静かに頷いた。


 彼の視線が、オレを捉える。

 オレもまた、イサムの眼を見た。

 言葉は必要なかった。お互いの意思が通じ合う、その瞬間。

 オレたちの視線が、聖剣へと向かう。


 傷だらけの身体を支え合うように、立ち上がった。


 目の前で突き刺さる聖剣に、手を伸ばす。

 オレは右手を、イサムは左手を。


 同時に、聖剣の柄を握る。


 聖剣が眩く光り輝き、燃え盛るような炎が噴き出した。

 だけどもう、オレの掌を灼かない。

 それは、聖なる炎だった。


 仲間たちが一斉に左右へ退避する。

 視線の先に立ちはだかるは、竜魔の王──!


 オレたちは二人で、聖剣を振り上げた。

 そして、叫ぶ。剣の名を!


「『聖剣【ラーハット】・全解放』!!」


 剣身に沿うように、回転する炎が巻き上がる。

 回転する炎は、瞬く間に出力を上昇させ、白光を思わせる、炎の巨刃へと変貌する。

 魔を滅するために、それは天を穿つ。

 赤く燃え盛る、強烈な灼光。それは、ソラをも呑み込む炎柱。


「ハハハッ──!! 『勇者』が二人に成ったとて──!! 蒼炎よ、来いッッ!!」

 竜魔王は吠える。


 見た。

 蒼き炎の児が、竜魔王の呼びかけるように、奴の隣に降り立ったのを。


「させるものか──!!」


 オレたちの声に、呼応するように落下する、耀きの光焔。


 大聖剣は、振り下ろされる。

 星の軌跡を思い起こさせる巨大剣。天地を断つ閃光の奔流──!

 光焔が魔を灼き尽くさんと、竜魔王と炎の児を呑み込む──!!



 ────────。

 魔力器官から、魔力が消滅した。

 がらんどうだ。

 軋む心臓。



 聖剣を取り落とすように突き刺し、膝から崩れ落ちる。

 それは、イサムもだった。


「なんとか生命を削られずに済んだな……イサム」

「言ったろ、バルムンク──お前は俺にとって、『一番の勇者』だって」


 ──ああ、そうか。

 オレは、『勇者』となったのか。


「実感が湧かんな」

「へへ」


 オレたちは、笑った。




「『反転衝動』」

 肌が粟立つような、そんな声が聞こえた。


 赤く輝く聖炎に呑まれ、身体を黒に染めあげた竜魔の王。

 その節々から、鋭い炎が噴き出した。それは蒼い──炎。


「アア──死ヌ所ダッタゾ……」

 奴の声色が、変わる。


 イサムは苦痛に顔を歪めながら、呟いた。


「炎の児を呑み込んで、聖剣の炎を軽減したのかよ……!」


 混濁した記憶を思い起こす。

 オレが死んだ日。

 黒炎の竜と戦った時、聖剣の炎はその肉体を灼けなかった。

 竜魔王は炎の児を呑み込むことにより、聖剣への耐性を身に付けたのだ。


 仲間たちが、オレたちに駆け寄ろうとする。

 だが、それよりも早く、竜魔王は掌を向けた。


「『黒炎』」


 黒き炎の奔流が、『勇者』を呑み込まんと迫る。

 周囲の大気と元素を灼き尽くし、消滅させる奔流。


 超級の魔術を防ぐ手段は、無い。

 

 ──ここまでか。

 長くはないが、充実した数ヶ月だった。

 後悔はある。世界を救えなかったのだから。


 ──影が、降り立った。

 跳んできた。

 尾を、しなやかに躍動させて。


「──リリス様?」


 彼女の行動が、分からなくて。その名前を呼んだ。

 何故、オレたちの前に立つ? 何故、黒炎に立ち向かう?


「──やめてください」


 彼女に、手を伸ばす。

 届かない。

 星に、手が届かない。


「あ、あ──!」


 星は──

 黒炎の中に、姿を消した。


ご覧いただき、誠にありがとうございます。

感想や評価、ご指導ご鞭撻を賜れば幸甚に存じます。

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