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四章 『剣の名は』

 結果的に、一ヶ月の時間を消費した。

 おそらく、眷属が見張っていたのだろう。夙夜、魔物が襲ってきた。

 基本的には、俺が戦う。

 繰り返しにはなるが、勇者の剣は聖剣だ。魔物への特攻がある。一振りで片付く事が多い。

 しかし、俺の体力は別だ。

 いくら征伐戦時の身体性能に戻っているとはいえ、連続で戦い続けるのには問題があった。

 二日を超えた辺りから、違和感が発生する。

 一体だけなら問題がない。ただ、連戦となると、剣を振るスピードが落ちていった。


 『ボー領』に近づく毎に、魔物の格が上がっていく。


 三日目になると、今まで俺の背中をカバーをしていたバルムンクが、俺の横に立っていた。それを繰り返して、繰り返して──俺たちは戦い尽くし、そうして、ボー領に辿り着いたのだ。

 

 魔に染まった空の下、俺たちは崖からボー領を見下ろした。


「バルムンク……ようやく辿り着いたな……」

「ああ……」


 かつての遠征でも、この場所に立った。

 目先に見える、高い木々が集まった空間を指す。


「あそこが、アリアスタ村だ……あと一日はかかりそうだな」


 バルムンクは大きく息を吐く。


「問題ない。片腕と言っても、剣の腕は落ちやしない。お前は少し休め」

「大丈夫だ、まだ戦え──」


 ──肌が粟立つ。

 大気中に漂う元素が、恐怖を訴える。

 ──感じた。頭上から、強大な魔力を。

 そう理解した瞬間、身体が天を仰いだ──足元は大きく崩れ、身体が浮遊感に包まれた。


「なっ……!」


 バルムンクの声で俺は、思考を放棄してしまっていたことに気がつく。


「っ! 『風よ』!」


 風魔術を放ち、落下を相殺した──相殺したはずだった。魔術が発動しない。

 風の元素は、俺を拒否した。


「────は?」


 無情にも、俺の身体は地面に叩きつけられる。肺が押し潰されて、穴の空いた風船のように、空気が排出されていく。


「がはッ……!」


 一瞬、眼の前が真っ白になる。

 神からの『ギフト』で、異世界人準拠の肉体構築になっていなければ、地面に激突した瞬間、轢かれた蛙のように潰れて死んでいただろう。


 バルムンクは──!?

 彼は、すでに立ち上がっていた。ただ、その剣を支えにして立っている。満身創痍だ。

「バルムンク……俺がやる……」


 たった今、黒炎の竜人が地に降り立つ。

 その手には、魔剣【フラガラッハ】を携えて。


「きっとここに来るだろうと、思っていたぜェェェ! お前らを追えば、勇者御一行残党の場所が分かるよなァ!? ──魔王様に雁首揃えて、献上してやるよッ!」


 バルムンクは一筋の汗を垂らして、鼻で笑う。


「ふん、竜魔王に勇者の首を持っていったら叱られるんじゃないか? 彼女は自分でトドメを刺したがっていたからな」


 片手で剣を構えるバルムンク。


「……ぬかせ。貴様ら、魔術が使えねェだろ? 大人しく投降しろよ。魔王城までは生かしてやる。残念だが、俺は全ての元素を束ねて産まれた存在だ。周囲の元素を操るなんて、訳ねェんだぜ?」


 実際、それは俺たちにとって致命的だった。

 大気の元素を取り込むことによって、魔力は練り上げられる。

 それが機能しないとなると、物理攻撃でしか黒炎に攻撃を与えられない。


 だけど、諦める理由にはならない。

 奴を睨み、聖剣を構える。


「そうかい。なら……」


 黒炎が魔剣を振り上げた。

 剣に纏わり付くように、炎の元素たちが集まっていく。


「殺すしかねェな」


 炎の元素たちが、集い、肥大化して、色を変える。綺羅びやかな橙炎は蒼炎となり、漆黒へと変貌する。

 漆黒の炎が輪の形となり、広がって、落下した。

 着弾した炎は、炎柱となって噴出する。


 俺たちは、炎の檻に囲まれたのだ。

 一歩下がったバルムンクと背中合わせになる。


「退路は断たれた、か。奴の力によって、オレの魔力器官は空となった」

「……ピンチだな」


 ただ、一つの可能性に至った。

 俺たちは今、魔術が使用できない。だけど、この地脈を走る魔力はどうだ?


 竜魔王征伐戦──竜魔王を倒すために、俺は勇者の剣【ラーハット】を強化した。

 必殺技とも言える『回転する炎』を使用するために、魔力が多く通っている魔王領の地脈を利用し、剣に魔力を集めた。

 ここは既に魔王領。ボー領の地脈にも魔力が通っているはずだ。


 だが『回転する炎』がこいつに効くだろうか。

 こっちも炎、あっちも炎。ゲームなんかでもそうだろう。効くワケがない。


 だから、魔力を集めるのは俺じゃない。バルムンクだ。


「バルムンク。俺が竜魔王にトドメを刺した技を覚えてるか?」


 言葉を出すとすぐに、背後から凛々しい声となって帰ってくる。


「ああ。地脈から魔力を吸い上げ、魔術剣とする。騎士団の大技を応用したモノだったな」

「あれを頼む。それまでは、俺があいつとやる」

「そうか──了解、したッ!」


 バルムンクは遺った腕を天に振り上げ、剣を地に突き立てた。

 剣を中心として、結界紋様が展開される。


「勇者! 『決戦詠唱』を開始する! あとは頼むぞ!」


 俺は既に駆け出していた。

 元素の力無しでどこまでやれるのか……。正直、自信はない。だが、これが一番勝率が高いはずだ。

 ──勝つ。それ以外の考えは、捨てた。


「任せろ!」


 俺は黒炎の竜の足元に滑り込む。


「ムッ!?」

「まずは……受けてもらうぜ」


 一閃。

 黒炎の表面が揺れる。

 同時に、聖剣が熱を帯びた。

 やはり、俺の剣では決定的なダメージを与えられない。


「聖剣は溶かせねェのか……ならァよォ」


 炎の拳を振り上げた黒炎。

 直線上の先にはバルムンクが。彼は既に決戦詠唱を開始している。


 ──決戦詠唱。この技はもとより、古くから騎士団に伝わる奥義……正確に言えば違うようだが、奥義のようなものだ。

 地脈を通る魔力を身に吸収し、刃とする。その一太刀は魔への特攻を持つ。

 正当な後継者であれば、それは魔の世界そのものを断絶させられる──そういった逸話がある。

 それが可能なら、既にこの世から魔物はいなくなっているだろう。

 だが、その威力はお墨付きだ。


 ただし、決戦詠唱には、時間として六十秒が必要だ。

 ──戦いにおける六十秒。

 生死を懸けた剣戟に、時間は十秒も要らない。それを六回も繰り返す間、自身の身体を曝け出すことになる。

 信頼できる者たちが護らねば、成功することはないのだ。


 バルムンクは目を閉じ、静かに唱え始めた。


「──創【サク】神話──【セイレキ】紀元──虚構の【ヤリ】──」


 現代語に似た発音の言葉が奏でられる。

 いま、俺がやるべきことは──この軌道をずらし、バルムンクを護ること──!


 聖剣と、噴出する炎かつ大砲を思わせる黒炎の拳が鍔迫り合う。


 いつの間にか、俺は獣のように叫んでいた。

 大量のエネルギーを持つ両者、そして同属性の奏劇。


 恐怖で竦んでいた炎元素が、息を吹き返す。まるで祭りに集まる民衆のようで、それでいて、火に集まる蛾のようで。


 元素は圧縮され、エネルギーが一気に放出された。それは、爆発と呼ぶのだろう。

 俺の身体は、さながらプレスされるジュース缶だ。腹の底から血が噴き上がる。

 だが、吐かない。耐えられる。

 腕が輝く。戦士の加護が俺を護っている。

 ここは、現代ではない──!

 見ると、黒炎の竜も同じように着地している頃だった。


「回転する炎──襲来する【エンバン】──【チ】より出でし天災──」


 バルムンクの決戦詠唱は終盤に近づいている。


 ひと息を吐き、俺は脚に全身の力を込め、跳ぶ。

 目前には驚愕の表情をした黒炎。


 この剣を叩きつける──!!

 右袈裟、返し、左袈裟、返し、一文字──! それらを繰り返していく──!


「オオオオオォォォォォ!?」


 俺の連撃を、驚愕に叫ぶ黒炎の持つ魔剣【フラガラッハ】が捌いていく──!

 【フラガラッハ】は、強制反射オートカウンターの権能を所有している。

 だから、俺の斬撃は全て弾かれていた。だけど、それでいいんだ──!


「交錯した【テンタイ】──!」


 空気が──ふっ──と、消える──。


 決戦詠唱は、今──此処に為された。


 俺の背後から感じるは、強大で、強烈な魔力。


「開門──」


 バルムンクは、天にクラッドの剣を刺し込んでいる──その先には門。

 門を鞘として、剣が呑み込まれる。


「──抜剣、『バツ』」


 剣を、ソラから引き抜いた。

 祓うように、門は応えるように、その刃は姿を現す。

 

 魔を穿つ刃が、世界に真と成した。


 俺は連撃のリズムを崩し──【フラガラッハ】が強制反射オートカウンターをする──ああ──竜魔王の斬撃なら、俺の身体はここで真っ二つになっていただろう。

 練度が足りなかったな──! なぜならお前は、産まれたばかりなんだから──!

 反射の瞬間、俺は身体を右にずらし、剣の軌跡から逃れる。

 強制反射オートカウンター唯一の隙。


 補足ではあるが、バルムンクの元素属性は『風』である。

 王国式決戦詠唱で出現した刃──『バツ』は、元素属性に対応した、『風属性の斬撃』となる──!


 吹かれるのは暴風。黄金の嵐。

 一陣の鎌鼬と化した『祓』の一撃は、黒炎の竜を両断した。


「────ア?」


 哀れなことに黒炎は、その双眸が別たれたことに、まだ気が付いていなかった。

 別たれたものはそして、地に倒れる。

 『祓』に纏わり付いた残火を払ったバルムンク。そうして、剣から魔力が失われた。


「やったか……」


 俺は嬉しすぎて、バルムンクに飛びついてやった。


「最高だお前!」

「おい! じゃれつくな!!」


 笑いあう俺たち。



 だけど、それは。その喜びは。


 空気を灼く音によって掻き消された。

 振り向くと、奴の肉体に、黒の炎柱が噴き上がっていた。

 魔剣【フラガラッハ】が、溶けた地に飲まれていく。

 一層、炎が強くなった。


 俺たちの声が合った。嘘だろ? って。


 黒炎の竜が再び、形取られる。

 おもむろに、バルムンクの体勢が崩れた。


「おい!? 大丈夫か、いったん……」

「決戦詠唱で、全てを持って行かれた……。オレはもう、身体を動かせん」


 灼熱は、炎元素を吐き散らす──それは、辺りを凍りつかせた。広範囲に渡る元素。撤退するにはもう、遅い。


 地に凍柱が駆ける。まるでそれは、俺たちの命を刈り取る逆巻きの塔。

 もう、間に合わない。直感で分かった。

 これは、俺のギフトとか、戦士の加護でなんとかなるものじゃない。

 文字通りの『死』。


 ────赤い死が、迫る。

 そうして俺は、死んだ。




 死んだはずだった。

 身体は凍柱によって貫かれ、引きちぎられ、中空に浮かされているはずだった。

 俺の身体は、駆ける凍柱の射線の外側に飛ばされていたのだ。


 ──ああ、バルムンク。どうしてなんだ。

 どうしてそんな、眼をするんだ。


 バルムンクの身体が──中空に浮いていた。まるで、両腕をいっぱいに広げる鳥。

 幾つもの凍柱によって、貫かれているけれど。


「バルムンクッッッ!?」


 聖剣を振るい、凍柱を溶かした。落下するバルムンクを、滑り込みながら抱き留める。

 視界の隅には、既に身体を成した黒炎の竜──いや、黒氷の竜が降り立つ。だが、そんなものは些事でしかない。


「おいッ! バルムンク! お前、なんで……」


 動けないって、言ってたろ……。

 黒氷の竜は攻撃を仕掛けてこないどころか、俺たちを見つめたままだ。

 その声だけが、耳に入り込む。


「……敵ながら見事だった。俺/ワタシの反転衝動を引き出すまでに至るとは……。見届けよう。勇士の灯火が消えるまで」


 バルムンクの目蓋が、薄く開かれた。


「……イサム」


 俺は回復魔術をかけ続ける。

 だけど、元素が機能していない今、なんら意味がなかった。

 だからバルムンクは、魔力の代わりに生命を使って、肉体強化魔術を行使したんだ。


 なんで、なんで俺の魔力器官は、機能しないんだよ。

 ああ──すべて、俺の所為だ。


「ごめん……! バルムンク……俺はッ、俺の所為だッ……! お前に決戦詠唱を使わせて……それで……!」


 自分の所為で死なせてしまったというのに、俺の両眼からは、涙が一滴も流れなかった。

 なんでだ? 相棒が俺を庇って、その命を懸けて、それなのに俺は。

 泣いてやれることすら、出来やしないのか。


 バルムンクは、そんな俺に声をかけた。

「……姫様を、頼む」


 バルムンクの身体が、端から消えていく。蒼い光となって、散っていく。


「あぁ──あ──!」


 バルムンクは消えゆく手を上げて、俺の腕に触れようとする。

 だけど、それが触れることはない。

 もう、手首から先は消えてしまっているから。

 彼の手があった場所を、俺は掴む。当然、それは空。


「行かないで……」


 バルムンクの眼から、火が消えて、

「オレは──勇者に──なれた、か?」

 光となった。

 蒼き光が、天高く舞う。


 黒氷の竜が、口を開く。


「逝ったか──ム?」



 俺は、蒼き光を幻視する。

 もう消えてしまったのに、目の前にあるのだと想い込んで、抱きしめた。

 ──ああ、一本の剣が────刺さっている────────。



□ □


 私/俺の前に、蒼い光が浮かび上がる。

 眼下には、空を抱く勇者と、一本の剣。


「──魔器はね。想いとか、想い出とか、未練とか。心に残ったモノを外界に出力し、具現化する。そうして世界に真として顕現する武器だ。元々はこちらの世界から落としたモノだからね。その力は絶大だよ。……稀にだけれど、人間が命を燃やして、自らを武器とすることがある──それはきっと、神に匹敵するほどの力を持つ……『魔器』といっても差し支えがないだろう」


「名付けると良い。君の振るう、剣の名を」


□ □


 ──剣が、目の前に刺さっている。

 バルムンクの居た場所に。黄金の剣が。姿形は、勇者の剣に凄く似ていて。

 ──いや、きっと、彼なんだね。

 俺は、剣のグリップを握る。


   強く。

     もっと強く。

       もっと! 強く!!


 黄金の剣は応えるように、煌めいた。

 名乗れ──! 剣の名は────!


「魔剣──バルムンク」


 地から煌光が放たれ、天を衝く。

 空は斬り裂かれた。

 かつて鳥が飛んでいた、今や赤黒い魔の空は裂かれ──本来の姿である(ソラ)が顔を覗かせた。


 瞬間、黒氷の竜は動く。


「──これは想定外だ。すぐに終わらせよう」


 俺に向かって、まっすぐと跳ぶ。

 迎撃するのに、そう時間は要らない。

 魔剣バルムンクは、直接俺に魔力のパスを繋げてくれているようだ。


 視界はゆっくりと……俺の後悔を噛みしめさせるように、ゆっくりと。


 左に魔剣を。右に聖剣を。

 一本で無理なら、二本だ。


 交差させるように、目の前に置く。

 眼前に迫った黒氷の竜──置いて、引く。


 それで、終わりだ。

 俺の背面で、四つの肉片がボトボトと落ちる音が聞こえる。命が、終わる音。

 振り向いた頃には既に、その肉体は燃え、朽ちていた。

 空に放出された元素たちが証明をする。俺たちの勝ちだと。

 ふと、地面を見る。


 そこには、一つの紐飾りが落ちていた。

 しゃがんで拾ってみると、それは、俺たちの思い出の──。


「ごめん、ごめん……」


 勇者一行だけが所有している、『結束の紐飾り』を、俺は握り絞めた。


ご覧いただき、誠にありがとうございます。

感想や評価、ご指導ご鞭撻を賜れば幸甚に存じます。

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