表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/27

還章⑤ ウェルバインド領Ⅰ

 荒野の一角が爆発した。重々しい爆音が、鼓膜を震わせる。

 爆発は、オレたち勇者一行を追跡するように連鎖する。


『イィィィィィィハァァァァァァ!!』


 下品な叫び声を上げるのは、竜魔王の児。

 地の竜魔四天王だ。


 『戦士の里』を出てからふた月。

 結局のところ、当初に勇者が提案した順路通りには行かなかった。間にある村や街、砦を経由し、ウェルバインド領を目指している。

 何故か勇者は、廃塔や遺跡といった場所に行くのだけは拒否していた。

 ……瓦礫などが崩れるのを心配したのだろうか?

 

 そして『ルーカス砂原』を超え、『シス荒野』にと差し掛かった時だ。

 突如、地から竜魔四天王が出現した。

 またもやメルルにおける予言は機能しなかった。やはり、四天王に関する神託は無効化されるようだ。

 ただ、前回の四天王戦から明確に変わったことがある。

 勇者が、オレたちの連携を信頼し始めたことだ。


 ゴンザレスを先頭に、勇者、メルル、姫様、オレの順番で荒野を駆ける。

 突如、ゴンザレスの直前に石壁が迫り出した。それをゴンザレスの突貫で破壊する──が、オレたちの足下からも石柱が飛び出して──上空に吹き飛ばされてしまう。


「戦姫──!」


 彼女に手を伸ばそうとする、が。

 空中で身体を数回転している姫様。直立不動を真逆にした──つまり頭と脚の位置を入れ替えた──空中戦姿勢へと切り替える──流石は戦姫ヴァルキリー。騎士団の女性陣の中でもトップクラスの技量を持っている。

 姫様は、細剣を抱くように構え、落ちた。

 一筋の光となって、せり出した地面を破壊する。

 浮かされたメルルが、勇者の上半身にしがみつく。オレたちも石柱を破壊する。

 盾を構えるゴンザレスの後ろに、オレたちは降り立った。

 相対するは竜魔四天王──!

 奴の右腕に、地の元素が集結し、強大な腕へと変貌する。


「アア──面白くねえよ~オレっちはよお~~! 反転するまでもねえ! 全員まとめてェ……死に晒せやァァ!!」


 空気を裂くように、巨大な剛腕が振るわれる。

 ゴンの盾光が、衝撃を相殺──続けて、オレは槍を振るい、地の元素を削ぎ落とす──! 露わになった地肌を、勇者が大雑把な肉塊に別ち──姫様が刻む。


「クソッカスどもガァァァァアアアアア!!」


 吠える竜。鳴動する地表。広範囲に及んで、土、石、砂、岩が浮かび始める。

 が──、


「満を持して、お姉さんの登場だ! 『嵐よ、炎よ。収束し、一刃の剣となれ』」


 強く大きな風が吹き、同時に、碧色の閃光が鋭く奔った。

 メルルが練った複合魔術は、竜魔四天王の心臓に穴を開ける。


「────ハ、マジかよ」


 地の竜は、膝から崩れ落ちた。どんな生物でも、肉体を駆動させるための心臓がある。 眷属や四天王といった、強大な魔を持つモノは聖剣以外で死ぬことはない。だが、心臓を攻撃し、動きを停止させることは出来る。

 勇者が剣に炎を纏わせ、四天王に近づいた──そのとき、魔の者は、姫様に醜悪な笑顔を向けた。


「おーい! もうオレっちは死んじまうからよ! ギャハハハ! 最期に教えてやるぜ! 魔王の継承け──」


 ──継承権? 脳裏にその言葉が浮かび、反芻しようとした瞬間。

 聖剣の軌跡が、巨大な両角を叩き落とし、返しで竜魔の首を断ち斬った。

 見るにも耐えない笑顔が地に落ちる。そして、地表に触れるか否や、灰となった。


「ふう……みんな、お疲れ様! 助かったよ」


 振り向いた勇者は、たった今消えた首と真反対の、爽やかな笑顔を見せた。


「イサムさん、どうでしたか? オイラの盾は」

「おう! かなり戦いやすかったぜ、ゴン! また頼む!」

「へへ! はい!」


 健闘を讃えあう二人。その近くで、姫様が自らの手を眺めていた。

 瞳が震えている。夜空が、揺らめく。


「……姫様?」

「あっ……はい! お疲れ様です。バルムンク」


 視線を外した姫様は、無理くりに──そう見えた──笑顔を作る。


「先程の空中姿勢制御は素晴らしかったで──」

「さっきの攻撃凄かったな! な、バルムンク」


 割り込んできやがった。この勇者は。


「貴様!? オレと姫様の会話を邪魔するな!」


 オレの肩に重量がかかる。こいつ、背中にしがみついてやがるな。


「じゃれつくな!」


 オレたちのやり取りを眺めていた姫様は、手を口に当てて笑い出す。──ああ、なんと言うか。このひと月で、勇者一行の結束は高まったように思う。

 視線の下にある紐飾りを見つめる。

 正直、認める時が近いのかもしれんな。


「イサム様、メルルさんが睨んでますよ。早く褒めてあげてください」


 息を呑んだ音が聞こえて、オレの身体に付与されていた重みが無くなった。

 頬を膨らませたメルルの元に、タカタカと足音を立てて向かう勇者。


「トドメを刺したのは私だからな!」

「へへ……メルル姉さん、すんません」


 いや、勇者だろ。

 遠くで説教をされている勇者を眺めた。あいつ、尻に敷かれるタイプだな。


「バルムンクさん、今から向かう領地って……」


 ゴンザレスに問われたオレは、ああ、と言葉を紡ぐ。


「よく知っているな。そうだ、ウェルバインド領は……オレの父上が治める領地だ」


 声を漏らすゴンザレス。


「はえ~……。この前、姫様から少しお聞きしたんですが、まさかこんなでっけえ領地をお持ちの家柄だったとは……」


 足取り軽やかにオレの隣に立つ姫様。ふわりとした、花のような匂いが鼻孔を突く。


「教えたときのゴンの顔ったら、面白かったんですよ」

「悪い気はしないですが……物資を補給したらすぐに発ちますよ」


 えー! と抗議の声が聞こえる。その数は四つ。


「私、バルムンクのお父様にご挨拶したいのですが……お父様のご友人ですし……」


 行きたくない理由は、一つある。

 オレは父上を好いてはいないのだ。

 だが、姫様が言うのであれば、やぶさかではないが……ううむ……。


「あ~、水浴びした~い」


 と両腕を伸ばすメルル。それを横目で舐め回し、ゆっくりと何回か頷く勇者。


「オイラも都会を体験したい……」


 しょぼくれるゴンザレス。この前、街は回っただろうに。

 姫様が、上目遣いでオレを見た。


「ねえ……バルムンク。お願い……」

「ぐぐ……」


 こうされては、オレは何も言えないのだ。


「……王命を賜った身ですから、報告も兼ねて、父上に仲間を紹介したくなってきました。よければお付き合いください──」


 歓喜の声が上がる。

 まったく、オレも丸くなったものだ。


「──オレがお護りしている姫様を、大切なお方を、父上にご紹介したいという気持ちは、強くあります」


 きょとんと。眼を丸くする姫様は、すぐにそっぽを向いてしまわれた。

 よく見ると、耳が紅い。


「姫様、お寒いのですか?」


 いかん。戦闘の後で、身体が火照っていたため気がつかなかったが、気温が冷たくなっているのを失念していた。このままでは風邪を引いてしまわれる。

 オレは自分のマントを取り外し、姫様の肩に掛けようとする。


「ち、違いますよ! もう……ほら、行きますよバルムンク!」


 表情を隠された彼女は、後ろを向いて走り去ろうとする。

 オレは追いかけようとして──後ろに居る三人にも声をかけた。


「本当に大丈夫なのですか!? おい、行くぞ!」


 すぐに前方へ視線を戻す。ぶんぶんと素早く揺れる姫様の尾。

 背中からは、三人分の溜息が聞こえてきた。


□ □ □

 ウェルバインド領を練り歩く。

 この領地には、銀山が多く存在している。

 魔物の侵攻によって、国のあらゆる山々が廃坑となったが、ウェルバインドの銀山は未だに保たれていた。


 数日間移動し、領地の名を冠する城郭都市『ウェルバインド』に辿り着く。

 鳴り響く鐘楼の鐘。街と広大な敷地を覆う城壁。

 ──? 年月が経過していると言われればそれまでだが、城壁が堅牢となり、住民が増えている気がする。

 ふと耳にしたことだが、ここ数年で、何度か魔王軍の侵攻にあったようだ。 

 あの父上の統治なら、そうだろうよ。先祖代々受け継いだ領地を奪われることのなんたる情けなさ。

 父上も、かつては騎士だった。

 だが、武勲を得られずに領主を継いだ。何も成し遂げていない人間が、何かを得てはいけないと、オレは思っている。


 それを得られたのは、生まれが上級貴族だったからだ。

 生まれは選べない。

 心の底から、靄が噴き上がる。ようやくこの気持ちの正体が分かったのだ。

 不快感だった。


 こうして、オレたちは高台に聳える、ウェルバインド城に辿り着いた。


「でっけぇなあ。まるで『メメント巨山、ノーラン海を穿つ』だ……」

「すげえ……」

「ほ~……」


 横並びで城を仰ぐ三人。

 ボレアス城ほどではないが、これほどの大きさを持つ建造物もそうはあるまい。


「先祖から代々受け継がれた城だ。……中に入ったら、もっと驚くぞ」


 柄にもなく、こいつらが驚く顔が見たくなった。

 門扉に触れようとした──が、城からぞろぞろと使用人たちが現れる。


「【メイド】だ……」


 意味不明の単語をぽつりと呟く勇者に、賢者が問う。


「【メイド】って?」

「え? ああ、あの格好をしてる女性の使用人たちのこと。俺の世界ではそう呼んでた。好きなんだよな……【メイド】服……」

「ふ~ん。……着てあげよっか?」

「!? デカパイ【メイド】……」


 気のせいか? 戯れ言が聞こえたが。



 先頭に立つ使用人──オレの乳母だ。厳しく言葉もキツいが、その実、心は優しい女性。実母は、オレの物心が付く前に死んでしまったから、この人が母親代わりをしてくれたのだ。


「イゾルダ……久しいな」


 彼女は恭しくお辞儀をした。


「ええ、バルムンク様。あなたが十一の頃。騎士になると家を出た日を今でも覚えています。まったく……六年が経過したのですよ。お手紙も寄越さずに……」


 眉間に皺を寄せたイゾルダは、あの頃と変わらない表情で言う。


「相変わらず、お母上はお厳しい」

「ワタシはあなたのお母様ではありませんよ」


 やれやれと顔を振ったイゾルダは、視線を戻した。

 改めて、頭を下げる彼女。後ろに続く使用人たちも、倣って頭を下げた。


「お帰りなさいませ。バルムンク様」

「ああ。ただいま戻った」


 帰ってきたのだ。オレの家に。ずっと帰りたくないと考えていたが、イゾルダを目前にすると感慨深くなってくる。

 しかもだ、仲間たちと、大切な人を連れて。

 幸せとは──このことを言うのかもしれない。

 思わず、笑みがこぼれた。オレも変わったものだ。

 ただ、父上に会うのだと考えると、気が滅入ってくる。



 城を歩く度に、仲間たちは声を上げてくれる。

 だが昔は、廊下を埋め尽くすと言ってもいいくらい沢山の芸術品を飾っていたはずだ。今では、半分も無いのが分かる。イゾルダにそれを聞こうとしたが……ゴンたちが喜んでいるのなら、口に出す必要はない。

 もとより、父上の趣味などに興味がないのでな。



 オレたちはイゾルダに案内され、応接間に通された。

 応接間で待っていたのはオレの父上、グラム・ウェルバインドだ。白い髭を蓄えた男。筋力はついておらず、痩せぎすだ。

 ……以前より痩せたか?


「おお! よく戻ったバルムンク! 元気そうで何よりだ」


 顔を上げた父上は、喜色満面の笑みで立ち上がった。


「……お久しぶりです、父上」


 仲間の前だ。最低限の礼は尽くす。


「メルキセデクから書簡が届いたよ。竜魔王征伐戦に選ばれたと。本当に誇らしい──いつまで居る予定だ?」


 オレは、父上の眼を見る気にはなれなかった。


「いえ、仲間を休ませてやりたいだけです。物資の補給を完了させ次第、すぐに発ちます」

 彼は、朗らかに軽く笑った。


「オマエらしいな。よし、イゾルダに部屋を用意させよう。……それで、良かったら仲間たちを紹介してくれないか?」


 …………。

 仕方がない。

 振り向くと、メルル以外の者がもじもじとしていた。


「左から、『戦士の里』の強者、ゴンザレスです。彼の盾にはいつも助けられております」

「はじめましてっ、領主様……」


 戦士の腕輪を胸に、頭を下げるゴン。

 オレは彼に注意する。


「ゴン。そこまでかしこまらなくても良い」

「え……でも」


 オレの言葉を引き継ぐように、父上が言う。


「ああ、バルムンクの言うとおりだ。息子の仲間だ、いつも通りにしてほしい。私はグラム・ウェルバインド。よろしく頼む」


 心の中で舌打ちをする。──息子と、そう見られたくないのだ。

 勿論、口には出さない。


「は、はい。ありがとうございます! グラム様!」

「……続けて、予言者メルル。彼女はメルキセデク王から賢者の称号を下賜されました。国一の魔導師です」

「お、すごい褒めてくれる……はじめまして、ウェルバインド公。私はメルル。ただのメルルです」


 白い髭を撫でつけ、メルルを見つめる父上。


「ほう。予言者というと、アリアスタ村の予言者か。かの村からは定期的に、情報交換を行うことがあるよ。会えて光栄だ。はて、キミはアリアスタを名乗っていないのだね」


 メルルは一瞬、動揺したように見えた。


「……仰る通りでございます。いまの私には、必要のないモノですので」

「そうかそうか。バルムンクも似たようなモノだ。ウェルバインドを名乗りたがらん」


 フハハと声を上げて笑う父上。

 ──当たり前だ、とオレは呟く。

 その呟きを掻き消すように、勇者が声を上げる。


「俺はイサムと言います。バルムンクにはいつも世話になってます」


 と、身体を直角に折って礼をした。

 世話をしているのは間違いないが。


「キミが……勇者だね。重い物を背負わせてすまないが、期待しているよ」

「はっ。仲間たちが一緒に背負ってくれているので、さほど重くはありません。ですが、全力を尽くします」


 彼の傍らで光る聖剣から、オレは顔を背けた。

 そして、彼女を紹介する時が来る。


「最後になりますが、彼女がオレの主君、リリス様です」


 姫様は直立不動のまま、もごついていた。そして、勇者より深くお辞儀をする。それを見た勇者が、ギョッとした表情で彼女を見た。


「わ、私はリリス・メルキセデクと申します! グラム様、おお、お久しぶりでございます!」


 姫様は珍しく、自らの姓を名乗った。普段はメルキセデクと名乗らない。彼女自身は王権を放棄しており、王族ではないからだ。

 しかしながら、メルキセデク王は彼女を尊重しつつも、娘として扱っている。無論、オレもだ。


「おお、覚えてくださっていたのか。キミが小さい頃、王城でお会いしたね」

「はい! バルムンクには、本当にお世話になっていて……」


 また、姫様の耳が紅くなる。

 城の気温は適切なはずだが……。


「ほほう、バルムンクが。いやはや、仲が良いようで何よりだ」


 今度は姫様の頬が紅くなった。


「どうだ? 今からバルムンクの話でも……」


 余計なことを……。オレは、話を終わらせることにした。


「仲間たちの紹介はここまでです。もう部屋に移ります。……イゾルダ、頼む」


 傍らに居るイゾルダに声をかける。

 彼女は片眉を上げる。


「おや? もう少しお話すれば良いですのに」


 これ以上話すこともない。


「必要ない。何も成し遂げていないモノに、かける言葉はな」


 オレは父上に背を向けた。


「バルムンク……」


 小さくオレを呼んだ父上の声が、背中にぶつかった。



 二階をまるごと用意された。当然、一人一人に部屋が与えられた。

 オレたちは荷物を置き、広間に集合する。


「はえ~……このでっけえ……なんだこれ? すっげえ……」


 ゴンは頭上のシャンデリアに見蕩れていた。メルルもそれを見ている。


「王城にあったのと同じだな。ああ──そういえば、王様とウェルバインド公が友人関係なんだっけ」

「ああ、幼馴染みらしい。かつて、父上が騎士として王城に勤めていた際に、身分を隠していたメルキセデク王と出会い、友人になったようだ」

「へえ~! そりゃ良い関係だ。こんなデカい領土も持っているし、安泰じゃないか。さっさと世界を平和にしなきゃね」


 ああ、安泰だ。

 だからこそ、大した武勲を持っておらず、何も成し遂げていない父上が領主として治まることが出来るのだ。

 他の領地なら、そうはいかない。

 王国の庇護に甘えているだけだ。


「……そうだな」


 姫様の手前、それを言うわけにはいかなかった。

 寂しそうな表情をした姫様が、オレに言う。


「でも、バルムンク。先ほどのお父様への態度は、良くないのではないですか……? 寂しがっていましたよ」


 姫様に突かれてしまう。

「……いえ、これで良いのです」

「でも……!」


 分かっている。姫様の言いたいことは。

 オレには血の繋がった家族が居る。大事にしろと、そう言いたいのだろう。

 ……彼女にはもう、血の繋がった家族は居ないのだ。


 ウェルバインド領に来る道中、王国に早馬を走らせ、姫様の情報をもとに調査を依頼した。

 彼女の母上である第二王姫様のご遺体は、『戦士の里』の森で発見されたのだという。まさに、勇者とメルルが四天王と戦っていた近くでだ。

 既に白骨となっていたが、身に付けた装飾品で身分が発覚した。

 おそらく、姫様を逃がすために、全力を尽くしたのだろう。……自分の命を顧みずに。 オレはこれを、まだ姫様に伝えてはいない。


「ええ。姫様の言いたいことは分かっています。ですが、これはオレの主義の問題なのです」


 それを聞いた姫様は、口を尖らせた。

 不快にさせてしまっただろうか。……不快にさせてしまったのだろうな。

 勇者が、オレの肩に手を置いた。


「ま、人間はそれぞれ何かしらあるもんだ。それはオレも、メルルも、ゴンもな。だろ?」


 珍しく、オレのフォローに回る。

 余計なお世話だが。


「はい……」


 姫様が呟いて、オレも頷いた。


「まあ……バルムンクも、気分が乗ったら話してみろよ」

「……気分が乗ったらな」


 ゴンが気を利かせたのか、

「今日はもう遅いですし、休みませんか? オイラ、でっけえベッドで早く寝たいです」 とか、そのようなことを言った。


 正確に言うと、いまゴンが言ったことをよく覚えてはいない。

 なぜなら、俯いたまま部屋に入っていく姫様の言葉が、衝撃的だったからだ。


「バルムンクは……まだ、私を信頼してないんですね」


 茫然自失。

 そう言ってもよかった。



□ □ □

 次の日。

『まだ、私を信頼してないんですね』

 星々は顔を隠し、空が白んできた頃。

『まだ、私を信頼してないんですね』

 全く眠れなかった。

『まだ、私を信頼してないんですね』

 ──昨日、姫様が呟いたお言葉が、ずっと耳に残っている。


 仲間たちを起こさないように、静かに扉を開いた。

 大きく溜息をつく。


「おや? お早いですね」


 そんな声で、オレは顔を上げた。

 イゾルダだった。

 朝食の準備の為か、数人の使用人を連れて、調理場に向かうところだった。


「イゾルダ……おはよう」


 オレの乳母は頭を下げた。


「おはようございます。お出かけですか?」

「ああ……少し、頭でも冷やそうかと……」

「左様ですか。朝食が入り用でしたら、お早めにお戻りください。どうせ、すぐには戻ってはくれないのでしょうが」


 よく分かっている。


「そうだな……。仲間たちがオレを待つようだったら、なんとか言っておいてくれ……」

 城を出ようと、脚を踏み出した。

 背中からは、イゾルダの小言が聞こえる。


「まったく、お父様にも素直でいらっしゃればいいのに」


 口答えする気にもなれなかった。



 オレは、まだ人けの少ない街を散歩することにした。

 姫様の呟きを振り払うように、歩き始めた。

 歩くことで、思考が研ぎ澄まされる。悩みとか、不安とかを取り除ける。それを教えてくれたのは一体誰だったか。

 だけど、何も晴れなかった。

 気がつけばオレは、街を出ていた。

 日も昇っている。

 いつの間にか、ウェルバインド領の『ニコル村』に足を踏み入れていたのだ。


「バルムンク様ではないですか。お久しぶりですね」


 村人から話しかけられる。

 利発そうな男だ。

 名前は知らない。……覚えようともしなかったのだろうな。


「すまない。名前を教えてくれ」

「ブランウェンです。私もバルムンク様がまだ小さかった頃に、こちらで模擬戦の相手をさせていただきました」


 そうだ、幼少期に騎士を志してからは、特訓に明け暮れていた。

 村を渡り歩き、人を見つけては模擬戦を申し込んでいた。

 今思えば、やっていることは蛮族と一緒である。


 ああ、思い出した。ブランウェン。一番最初に模擬戦を申し込んだ相手。

 結果は……言いたくない。


 確か彼は、オレと同い歳だったはずだ。


「ブランウェン。ブランウェンだ。久しぶりだな、当時は世話になった」

「いいえ、良いのです。良ければ、村を回ってください。次期領主が観覧するとなれば、みな喜びます」


 次期領主。ウェルバインドの跡継ぎはオレしか居ない。必然的にそうなるのだろう。

 だが、オレはそんなモノにはなりたくはない。だから騎士団長となったのだ。

 ──そうなのだろうか。なぜオレは、騎士団長に? そうだ。護るためだ。

 誰を?

 姫様を。


「……そうか」


 雑念を振り払う。

 ブランウェンの案内で、ニコル村を回った。

 この村は、主に穀物栽培を生業としているようだった。

 ブランウェンは丁寧に説明をしてくれる。その際、一人の女性を紹介してくれた。


「妻のカティアです。私が村長に任命されてから──」


 なに? お前、村長だったのか?


「村長になったのか。若くして大任だな。苦労はしていないか?」

「いいえ。領主様も良くしてくださっていますから」

「…………」


 オレには想像が付かなかった。

 父上は何も成し遂げていない人間だ。だから、領民も苦労しているのではないかと思っていたのだが。


 カティアに頭を下げ、次なる場所へと向かう。

 そこは、森の前にある広場だった。

 子どもたちが棒きれを持って、戦っている。


「可愛らしいモノだな」


 ブランウェンは堪えきれないように笑った。


「ふふ……失礼。私たちも、当時の大人たちからはあのように見えていたのかもしれませんね」

「そうだな」


 幼少期に感じた世界は、現実より壮大で、英雄譚のようだった。剣戟の音が鳴り響き、誇り高き決闘が繰り広げられる戦場は、確かにそこに存在していた。

 今、無邪気に戦う彼らの瞳の中には、きっとあの頃のオレたちと同じように、戦場が広がっているのだろう。


 そんな子どもたちが、ブランウェンに気がつく。


「村長ー!」

「その人だれぇ?」


 オレは指を差された。

 知らないのも無理はない。六年もこの領地を離れていたのだ。


「申し訳ありません、バルムンク様。こら、いけないよ。人様を指差すのは」

「はぁ~い」


 子どもにも、礼儀は欠かさない。

 姫様の騎士として当然のことだ。そう、騎士として。


「こんにちは。騎士バルムンクだ。よろしく頼む」


 子どもたちは目を輝かせた。


「本物の騎士様……」

「かっこいい……」


 悪い気はしない。

 オレは膝を折り、彼らと目線を合わせる。


「君たちは、騎士になりたいのかい?」


 短い金髪の少年が声を上げる。

「うん! 騎士様になって、ニコル村を護るんだ!」

「立派な志だ。君ならなれるよ」


 頭を撫でた。

 少年は目映い歯を見せる。


「それでは、君も騎士に?」


 短髪の少年と戦っていた方を見る。茶髪の彼は、短髪の少年と比べると一回り小さいが、爛々とした目が印象的だ。

 何処かで見たことのある目だ。

 それは確か──。


「僕はね、僕はね──■■になりたい!」


 その単語を聞いて、一瞬、意識が遠のいた。


 ──勇者。


 勇者になりたいと、少年は言った。


「それでね、魔物をたくさん倒して、世界を救うんだ!」


 茶髪の少年の姿形がブレる。

 何重にもブレて、姿が変わっていく。

 その目が、重なる。

 ウェルバインドの城で、鏡に映った目と同じ。

 ──ああ、オレだ。

 幼年期の、オレだ。


 記憶が、脳を埋め尽くす。

 父上に無理を言って、聖剣に触れさせて貰った日。

 聖剣に拒絶され、焔がオレの掌を灼いた日。

 心臓が締め付けられる。

 誰かに掴まれたようにだ。

 肺が機能しない。息が、出来ない。

 ゼェ

ゼェ

と。狭くなった気管から、音が聞こえる。


「──様! ──ムンク様──! バルムンク様!」


 目が覚める。いつの間にかオレは、横に倒れていた。

 子どもたちと、ブランウェンがオレの顔を覗いていた。


「大丈夫ですか……? 良ければ、私の家でお休みください」

「……いや、すまない。少しな……もう大丈夫だ。君たちもすまないな。……鍛錬に励むといい」


 去って行く子どもたちを見送った。


「ブランウェン、すまない。少し……体調が悪くなった。休憩させてくれ」


 咄嗟に誤魔化す。


「お気になさらず。どうぞ、こちらです」


 ブランウェンは微笑んだ。

 彼の後ろにつきながら、オレは少し溜息をつく。

 まだ、心の底には、傷痕が残っていた。

 最近は忘れられたと思っていたのに。

 傷痕は、癒えたのだと思っていたのに。

 なんて──なんて、情けない。


 ()()()()()()()()()()のは、オレじゃないか。


 馬の蹄音が鳴る。

 それは近づいてくる。


「ブランウェンさん!」


 馬に乗っているのは、切羽詰まったというように、冷や汗をかいている男だ。

 彼は早口で捲し立てた。


「『アンドリュ村』の者です! 村に、多数の魔物が侵攻してきました!」


 思考を切り替え、声を出す。


「討伐隊は!?」

「間に合いません……!」


 クソッ! 父上よ、村に常駐くらいさせておけ……!

 かの村は、馬を使い、約半刻の場所にある村だ。

 ニコル村から一番近い村のはず。となれば、次に狙われるとしたら、ニコル村の可能性が高い。

 それに、一つの村だけを襲うということも考えられん。


 ……きっと、勇者たちは動いているだろう。

 ならばオレは、アンドリュ村に向かうべきだ。


「ブランウェン! 武器と馬を貸してくれ! オレが行く!」

「は、はい! 私も……!」

「ならん! ウェルバインドまで走り、状況を伝えろ!」


 カティアから武器と馬を受け取り、即座に乗馬する。

 クラッドの槍と比べると、幾分か質の低い槍を握り、アンドリュ村へと馬を走らせた。


 半刻後。


「クソッ……遅かったか……」


 魔物は既に、村を蹂躙していた。

 巨大な単眼族が、同じ背丈の棍棒を振り回し、家屋を破壊している。

 その足下を彷徨く魔物の数は十体前後。纏う魔力を見るに、単眼族が群れの長であり、魔王軍だろう。


 一人だが、やるしかない。

 額から冷や汗が垂れる。

 やれるのか? オレに?


 オレの魔力器官は脆弱だ。肉体強化魔術の回数は二回、限界まで切り詰めれば三回だ。 心拍を抑えるように、震えを止めるように、ゆっくりと息を吐く。

 この感情は分かる。これは、恐──。


 ────??


 何故、恐れているのだ。

 この数ヶ月で、随分と丸くなったものだな。

 ずっと、独りだったじゃないか。

 今、護るモノは居ないじゃないか。

 何も、成し遂げていないじゃないか。


 ならば、()は恐ろしくない。


 ……オレはいま、独りだ。誰も見てはいない。

 心の底から噴き上がり、渦巻く泥濘に、身を任せてみよう。

 心臓から引き摺りだすように、身体に纏わせて。

 嫉妬を、憎悪を、鎧として。

 剣を強く握り締め、強く──地を蹴った。


 ()如きが、オレの征く先を遮るな。


ご覧いただき、誠にありがとうございます。

感想や評価、ご指導ご鞭撻を賜れば幸甚に存じます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ