虫たちの世界
取り出したのはもちろん、武具屋のおばちゃんが用意してくれたフレイルだ。一般の武器としてのフレイルは、片手で振るえるようにやや短いのだが、俺が農家出身だと知っていたおばちゃんが用意した物は柄が少し長く、両手でも扱えるものだった。農具として何度も使うには、両手でしっかりとクワのように使える柄の長いタイプが好まれる。
柄が長い分、取り回しは難しくなり、小回りは効かなくなるが、その分距離を取って戦う事もできる。
「じゃあ試してみるか、メインウェポンを」
キチキチッ!
俺のやる気を感じたのか、蟻の方も身構えた。俺は先端の鉄球に勢いを付けるように前方を1回転させた後、後方から一気に縦へと回転の向きを変えて振り下ろす。
ガシッ!
大振りな動きは、俊敏な蟻にしっかりと受け止められる。
ガコッ!
続けて鈍い音が響いた。中身は詰まっているようだ。
俺の振り下ろしたフレイル、その棒の部分は見事に蟻に受け止められたが、その先端に付いていた鉄球は慣性に従って円弧を描き、ブロックした腕を回り込むようにして、蟻の頭部を襲っていた。
ガコゴッ!
ギシャアッ……。
そしてフレイルの先端に付いている鉄球は1つではない。動きを止めた蟻の体へと次々に襲いかかり、頭部から肩口へと手痛いダメージを与えてくれた。
「知能はそんなに高くなくて助かった」
人間だったら棒よりも鉄球に注意するところだが、本能で動いているらしい蟻は、先に来た棒の方に意識が集中してしまったようだ。
頭部から体液を出してフラつく巨大蟻に対して、トドメの魔法を打ち込み、魔石を残して消えるのを確認。魔石を拾って、そそくさとその場を後にした。
周囲からはガサゴソと迫ってくる気配が感じられた。
戦闘域から安全そうな距離まで離れ、気配を探り近くに魔物がいないのを確認する。
「ふぅ」
一息ついて改めてこのフロアを確認する。蔦が絡まって作られる壁、湿気の高い熱帯、襲ってくる巨大蟻。
「昆虫フロアって事かな?」
いや、食虫植物みたいなのの等身大版なんかもいてもおかしくない。密林の中でそこに適応した魔物達との戦いと思われる。
「また厄介なフロアだな」
虫というのは驚くほど多様性に富んだ進化をとげている事がある。カマキリのように巨大な前肢を持つものや、蜂のように毒針を持つもの、蜘蛛のように粘性の糸を吐き出すものや、中には火薬に似た体液で攻撃するような虫もいたはずだ。
それらが等身大となって襲ってくるとしたら……外見だけでは想像しにくい攻撃もあるだろうし、不意打ちに特化したものも多数いる。
ただ虫というのは意外と群れない。集団で襲ってきそうなのは、蟻や蜂といった女王を頂点にコロニーを形成する虫だけだ。
遭遇しないに越したことはないが、もし襲ってきたとしても冷静に対処すれば戦える。
「うらっ」
俺の振り回したフレイルが、曲線を描く甲殻へと叩きつけられる。刀剣であれば切っ先を逸らされて有効打が中々与えられないだろうが、打撃武器であるフレイルの鉄球は、衝撃を体内へと伝えていく。
そして蟻と同じ様に本能が優先するらしい虫たちは、先に迫ってくる棒に意識を奪われ、ワンテンポ遅れてやってくる鉄球が面白いようにクリーンヒットした。
固い甲殻に守られ、鋭い角で襲ってくるカブトムシ型の魔物も、大きな顎で挟み込もうとしてくるクワガタ型の魔物も、迫るフレイルの棒を弾こうとするが、鎖で巻き込むように迫る鉄球に反応できなかった。
頭部へと一撃が入ると、倒しきれなかったとしても、動きが鈍くなる。そこへ比較的柔らかな腹部へと攻撃を叩き込むと、趨勢はほぼ決する事ができた。
「意外とチョロいな」
虫の中でも上位に位置するカブトムシなどを撃破して多少気が緩んでいたのかもしれない。
半透明のソレに気付くのが遅れた。
「ん、なんだ……?」
顔に何か付いたような気がして拭ってみると、細く半透明の繊維が絡んでいた。一瞬、何かと考え、すぐに結論へとたどり着く。
「蜘蛛かっ」
しかし、相手はそこに絡まるのをじっと待っていた。俺の一瞬の遅れが致命的な差を生んでしまう。
白い塊状に吐き出された糸を手にしたフレイルで打ち払うことで、直撃こそ免れたものの得物へと絡みついた糸は容易に剥がせそうにない。
しかも気づけば足元にも糸が張られていて、身動きを封じられていた。
基本的に蜘蛛というのは慎重な生き物だ。相手が十分に弱るのを待ってから攻撃してくる。下手に動けば動くほど雁字搦めになって体力が奪われる。
俺はまず頭の方を動かす事にした。
「といってどうしたものかねぇ……」




