入学式の模擬戦
入学式。同期だけで四百人を越える生徒が、一同に会して校長の話を聞かされる。
この辺はもう一人の記憶にある学校そのもののようだ。
立派な白髭を生やした爺さんが、帝魔生として恥じぬよう、それでいて人間らしく楽しく学園生活を送るようにと薫陶を述べる。
続いて学年主任と紹介された40歳くらいの教諭が前に出て、挨拶を始める。
「この学年を受け持つ事になったファーレン伯爵である。魔力を認められ、ここに立つことを許された諸君等に祝福を。そして諸君等は更に恵まれた事に、優秀な魔術師と同期生となる。この学年にA級魔力を持った生徒が入学している」
ファーレン伯爵により告げられたのはそんな事実だった。例年であればB級魔術師ですら稀。A級の魔力を持った生徒となると、何十年に一人といった割合でしかない。
前にA級で入学を果たしたのは、御年48歳となる現皇帝ブリードリヒ四世であるから、33年ぶりの出来事となる。
またそれが現在知られている唯一のS級魔力保持者で、この帝国のトップである事を鑑みれば、同期のA級魔術師の約束された未来も容易に想像できてしまう。
「では学年を代表して彼女に挨拶をしてもらう。シャリル・レミ・メンドーサ子爵令嬢だ」
教員のいる壇上が明るくなったかのように感じた。眩い金色の髪をした美しい少女がそこに現れる。
まだ少女である華奢な身体、ほっそりとした手足。触れれば折れてしまいそうな儚げな少女。それでいて、瞳には強い意志を感じさせ、壇上から生徒たちを睥睨する。
「ご紹介に預かりましたシャリル・レミ・メンドーサです。魔力こそ高いですが、学園では皆さんと同じ一年生です。共に頑張りましょう」
ふわりとした笑みを浮かべ、しっかりと90度に腰を折って頭を下げる姿は、魔力に傲ることはなく謙虚な姿勢が伺える。
殿上人とも言える女神を前に、俺はその姿をぼんやりと見上げていた。
「彼女は同じ一年生ではあるが、安易に擦り寄る生徒がいても困るだろう。簡単な模擬戦を行って彼女の存在がどういうものであるか、実感してもらう。レント、カニエ村のレントは前に」
「ふぇ!?」
ファーレン伯爵の声に俺は間抜けな声が出てしまった。なぜここで俺の名前が呼ばれる?
姿形は与えられた制服であるブレザー姿ではあるものの、庶民出身の魔力Eランクの最底辺生徒。彼女のスパーリング相手など務まるはずかない。
「おらっ、早く行けよ」
戸惑って固まってしまった俺を、背中から蹴飛ばす奴がいた。地方領主の息子、シェスターノだ。醜く歪んだ嗜虐の笑みを浮かべている。
ここ最近は奴の魔法は上手く受け流す事ができるようになり、勝てはしないが負けもしないようになっていた。
ただそれは奴のプライドが許さないのだろう。模擬戦以外でのイジメは苛烈さを増していた。
(もしかして奴が俺を売ったのか!?)
蹴飛ばされながら無理矢理振り返ったことでバランスを崩し、盛大に尻もちをついてしまう。
シェスターノに気を取られて、彼女の接近に気づかなかった。
「大丈夫ですか、レントさん」
「え、あ、えぇっ!?」
庶民の俺に微笑みかけながら片手を差し出してくるシェリル。完成された芸術品のようで、まだ未完成さも感じさせる幼さの残る愛らしい顔立ち。間近にある顔に思わず見惚れそうになる。
彼女が小首を傾げて、更に手を伸ばした所で我に返り、慌てて自力で立ち上がった。
彼女の手を握る事など恐れ多いと思ったのだが、差し出した手が行き場を無くしていて、彼女は苦笑する。
「私の手じゃ頼りないですよね。初めまして、レントさん」
「はは、は、はじめ、まして」
俺の態度に嫌な顔1つせず、柔らかな微笑みで俺に話しかけてこられて、かなり緊張した。
「すいません、私は乗り気では無いのですが、教員が最初に力を見せて欲しいというもので」
「ぼ、ぼ、僕は、魔力がE級で……」
名札を指差して彼女に何とか伝えると、彼女も目を見開きそれを凝視した。
「ああ、そういうことですね。大丈夫です。親御さんには年金が支払われますので」
唐突に何を言っているのか……年金?
老後に貰う保証金の制度?
それが今、何の関係が。その時、俺の前世の記憶にアクセスされる。遺族年金、戦死者などの遺族に支払われる年金。
もしくは障害年金。怪我や病気で生活や仕事に支障がでる人に支払われる年金。
何にせよ働けなくなる事が前提の保証制度だ。
「大丈夫です、死なない程度には加減できますから。E級が生涯で稼ぐよりも率は良いですよ」
天使のような慈愛の笑みを浮かべて、俺を絶望へと追い込んできた。
「時空の氷室より来たりて槍となし、かの者へとその刃を突き立てん。氷槍」
地方の貴族達も使ってきた中級の魔法。空気中に氷の槍を形成して、投擲してくる魔法だ。しかし、その槍が通常の大きさの2倍もあり、しかも数が同時に5本も浮かんでいる。
「おいおいおいおい、冗談だろっ」
「下手に逃げないほうが良いですわよ。手足がちぎれる程度ですませますから。動かれると心臓を貫くかも知れません」
入学式が行われていた運動場。他の生徒たちは影響を受けないように離れて見ている。遠見の魔法で映像だけはしっかりと見えているらしい。
そんな中、近くにいる俺だけに聞こえるように、そんな言葉を伝えてくる。馬鹿を言うな、5本も必要ないだろ、手足で4本しか無いよっ。
そんな俺の悲鳴に構わず、シャリルの腕が動いたかと思うと、宙の槍が俺に向かって進み始める。
俺は染み付いた防御魔法を咄嗟に唱えていた。
「水壁!」
目の前に水の膜が現れる。魔力が高ければ壁の様になるんだろうが、俺の魔力じゃ壁と言うには薄過ぎる程度にしか実体化しない。
そんな水の膜へと氷の槍が突き刺さる。圧倒的な冷気に水の膜が瞬時に凍ってしまった。
しかし、そのお陰で水の膜と氷の槍が一体化して、槍の速度が緩んだ。更に水が凍ることで起こる体積の収縮が、穂先の軌道を僅かに引き集める。
俺はそれを確認している余裕もなく、横へと大きく身を躱す。
ズドドドドッ!
連続する重たい音が俺の立っていた位置に響く。穂先を集める事で、突き刺さる範囲をかなり絞れて、周りへの余波を最小限に抑える事ができた。
「あら? 冬の息吹の欠片を集め、彼の者を彩る形と成さん。氷棺」
俺が避けたのを知ってすぐさま魔法を重ねてくる。その油断のなさ、判断の早さは、魔力に傲っておらず努力を惜しまない姿勢として評価できるかもしれない。標的が俺でなければ。
そしてコレも中級魔法。対象の周囲から冷気で包み込み、氷漬けにして凍死させるえげつない魔法だ。
「土壁」
俺の目の前に僅かばかりの土が盛り上がり、幅1m程の壁になる。俺はすぐさまそれに抱きついた。
周囲の気温が一気に下がったかと思うと、俺の周りに氷が生じて俺を閉じ込める様に固まりだす。
しかし一人を対象に周囲を包み込む魔法は、突然現れた土壁全体を覆いきれずに、僅かに形が歪になっていた。
「ひっ、金属加熱!」
凍えながら発した魔力で、土壁の中に埋め込んでいたダガーを熱する。土壁を中から熱する事で、内側から一気に膨張。急激な温度差で亀裂の入った土壁が砕けて、氷の棺を打ち壊した。
爆発する勢いでゴロゴロと地面を転がり、死の束縛から解放される。それを見たシャリルはキュイっと首をファーレン伯爵へと向けた。
睨まれた伯爵は優しげな微笑みを浮かべたまま微動だにしない。何らかの意思の疎通があったらしい。
再び俺へと視線を戻したシャリルは、新しい玩具をもらった子供のような無邪気な笑みを浮かべた。
「気に入ったわ。貴方、私のペットになりなさい」
短編で書いたところまで追いつきまして
ここからは更新ペースが落ちるかと思います。