ミイラ男の未来
目を開けると見慣れない天井があった。部屋と言うより納屋と言った感じで梁がむき出しになっている。
「い゛!?」
身体を起こそうとして、全身に激痛が走る。手足の指も首すらも満足に動かせない。
「あ、起きられましたか」
女性の声が聞こえるが、そちらを向くことができない。するとその人が視界へと入って、こちらを覗き込むようにしてくる。
小柄な少女のようだ。
黒のワンピースに白いエプロン、同じく白のフリルが付いたカチューシャを着けている。
丸顔の童顔で、くりっとした茶色の瞳と、やや太めの眉。丸みのある鼻に、肉厚の唇。赤毛に近い茶髪のショートカットがよく似合っている。愛らしい感じの容貌だ。
もう一人の記憶でも、今世でもあまり異性と接点のなかった俺は、身動きの取れない状況で、可愛い女の子に覗き込まれるというシチュエーションに喉がカラカラになるほど緊張していた。
「意識ははっきりしてそうですね。それではお嬢様をお呼びしてきます」
「え、あ……」
さっと身を引いてしまったことに寂しさを覚えつつ、甘い花のような香りが残っていてほっこりとする。
あんな可愛い女の子に看護されているってどんな状況だっけ?
意識を失う前の記憶があいまいで、ぼんやりとしたまま『お嬢様』を待っていた。
「げぇっ!?」
そこへ金髪ツインテールの美の化身のような少女が入ってきた時、意識を失う前の記憶が一気に蘇って、声に出てしまった。
思わず身をよじった際に、全身が激痛に苛まれる。
「あら、元気そうで良かったわ」
こちらを見下すお嬢様の瞳は美しくもあり、獲物を見定める狩人のようでもあった。
「さて、貴方は今、全身に酷い火傷を負っているわ」
「誰のせいだ、誰の!」
「アイラの看護で、ひとまずの治療されて、何とか命を繋ぎ止めているわ」
俺のツッコミは無視かよ。
「でもこのままだと、酷い痕が残って、そのままミイラ男の将来が待っているかもしれないわね。その方が年金での生活には良いかもしれないけど」
働けない状態が確認されれば、何らかの年金が貰えるらしい。戦闘時の会話によれば、E級の俺が働くよりも良い金額が支給されるとか。
しかし、満足に身動きが取れないまま、残りの人生を消化する日々など考えるだけで恐ろしい。
「ま、魔法でなら、痕も後遺症も残らないはず……」
「そうね、高位の治療魔法で治療したなら、痕は残らず元の姿に戻れるわ。でも、高位魔法での治療は高いわよ」
「うっ……し、出世払いで」
「E級魔術師にどれだけ稼げるかしらねぇ」
「う、うぅ……」
「そこで心優しい女神が、ある容易い願いを叶えるだけで、治療してくれるかもしれないわ」
自分で女神とか言っちゃうのか。聖女の雰囲気を醸し出していた入学式は、巨大な猫を被っていたらしい。
「元はと言えば、どこぞのA級学生がふっ飛ばしたせいなんだ。治療費ぐらいだすのが普通じゃないか?」
「ほんの些細な願い。シャリル・レミ・メンドーサのペットになるか、全身火傷の痕だらけの不自由なミイラ男として余生を生きるか、選択肢をあげるわ」
やっぱり、俺の言葉は聞きやしない。
「さあ、私のペットになるわよね、はいかイエスで答えなさい」
「どっちも肯定の意味しかねぇよ!」
とはいえこんなどこかも分からない小屋でまともに治療できるのは、このお嬢様だけなんだろう。もし外に逃げられたとしても、治療費を払うだけの蓄えはないし、最低魔力の俺が、出世街道を上り詰める事も考えにくい。
一度借金に手を染めれば、借金の為に借金するような生活が目に見えている。
仮にここでお嬢様のペットになったとしても、隙を見つけて逃げ出すなり、相手が飽きるように仕向ければ、何とかなるんじゃないだろうか。
とにかく全身火傷で身動きが取れない今よりも、悪くなる事はないはずだ。
ここは1つ言うことを聞いたフリをして、チャンスを伺うのがいいはず。
「わ、わ、わかった。ぺ、ペットに、なって、やる」
「あぁ? 聞こえんなぁ」
「ペットになってやるって言ってんだよ!」
「それが人にモノを頼む言い方かしら?」
くぅ、このお嬢様はっ。絶対、泣かしてやる……が、今は我慢だ。
「シャリル・レミ・メンドーサ様の、ペットに、して、下さい……」
「ん〜、どうしよっかな〜」
こ、この女、いい加減にしろよっ。温厚な俺でもキレるぞ。身動き1つ取れないけどなっ。
「お嬢様。あまり遊ばれておりますと、お時間が来てしまいます」
「あら、そうね。仕方ないわ、貴方をペットとして認めてあげましょう」
何やら少し慌てた様子で告げてきた。
「アイラ、例のものを」
「はい、こちらに」
小柄な少女が取り出したのは、革でできたベルト。それを手にシャリルがこちらへとやってくる。
「じゃあ、ペットの証をあげるわね。喜びなさい、貴方の給料じゃ、5年掛けても買えない代物よ」
「は?」
彼女の白くしなやかな指が、俺の首元を撫でていく。というか、少し触れただけでも焼き付くような痛みが走る。
それを知ってか知らずか彼女は首筋を何度も撫でて具合を確かめ、革のベルトを俺の首へと巻きつけた。
締め付け自体は緩いが、いやがおうにも意識させられる首輪。擦れる部分がヒリヒリと痛んだ。
「お、おぃ……」
声を出すのさえ息苦しく感じさせられる。
「水に秘められし命の雫、大いなる流れのままに、この者を癒やし、在りし姿を取り戻し給え」
両手を下げてやや開き、俺を正面に捉えながら呪文を詠唱する。水系の回復魔法、それもかなり上級の魔法だ。それをさらっと唱えてしまうA級魔術師の実力に戦慄する。
彼女の周囲に淡い光の粒子が立ち上り、神秘的な輝きで彼女を包む。
半眼に開かれた瞳がじっと俺を見詰め、小さな桜色の唇が動いていく。
「深愛の治癒」
ひやりとする冷たさが俺を包み、火傷で火照っていた身体がすっと落ち着いていく。
指先1つを動かすにも感じていた痛みが引いて、ぎゅっと手を握れるようになった。
「後はお願いね」
「はい、心得ました」
お嬢様は慌ただしく部屋の外へと出ていった。俺は思わず上半身を起こして追おうとしたが、血の気が下がり、貧血のような状況に陥り再び倒れた。
まだ書き溜めてた分がありましたとさ。




