左翼砦への襲撃者
左翼は食べ物を求めて侵攻してきたオーク軍に、芋を投擲することで意欲を逸し、戦線を膠着させるのを狙った砦だ。
動きがあるとしても最後だと思っていた。それがいきなり壊滅というのはどういう事だ?
「突然、魔術師、空から、魔法」
「な、何だそれ。オークにやられた訳じゃないのか!?」
「ああ」
有翼人種からの情報を脳内で検討しながら、俺は目的地に着いた。
沼と化した戦場の一角、各砦を分断する岩山の麓だ。そこに板で仕切られた箇所がある。その板をどけると、人が1人潜り込める程度の穴が空いていた。
コボルトとジャイアントモールに作ってもらっていた連絡通路だ。そこに沼から水が流れ込んでいく。マーマンによって満たされた沼地の少ししょっぱい水に乗って、俺はその穴に飛び込んだ。
異世界のウォータースライダーを参考に、中央から左右の砦に早く動けるように用意したのもの。穴の大きさからオークに見つかっても、彼らには利用できないソレは、ゴブリンやコボルト、俺なんかの利用を想定している。
使わないで済めばよかったが、思わぬことが起きるのが戦場だろう。俺は最短距離を滑り降りながら、現れたという敵に関して思考を巡らせる。
上空から魔法で攻撃してきた。オークが侵攻する事を知って、漁夫の利を狙ってきた魔族とかか?
オークは食料をメインに侵攻してきたが、元々エトランゼ様は狙われる立場だ。人狼がそうであったように、エトランゼ様自身の魔力を狙って侵攻のタイミングを図っていたとしてもおかしくはない。
この世界の力の掟。屈服させれば相手をモノにできるという弱肉強食の考えは、異世界の知識を持つ俺には反吐が出そうな考えだが、この世界では常識だ。
より強くなければ生き残れない。
ならば守るべきものを守るために自分が強くなるしか無かった。その為に砦を強化し、様々な策を講じている。魔法を使ってくる想定もあるにはあるが、それで通用する相手かどうか。
そうこうするうちに、ウォータースライダーの出口から射出された。
ドシャシャーッ!
勢いのままに飛び出し、流れ込んだ水で泥と化した土の上を、何度かバウンドしながら滑って止まる。
即席の穴であちこちに打ち身ができてそうだが、今はそうした痛みにかまけている場合ではない。
周囲には焼け焦げた臭いが立ち込め、視界は白くモヤがかかったようになっている。
砦のあった場所は爆撃を受けたように壁がなぎ倒され、幾つものクレーターができていた。
「!?」
ただそれらは想定内のものだったが、想定しない出来事があった。
砦の中央部、魔法による防御フィールドが張られている。仲間の中にそうした魔法に長けた者はいないはず。
可能性があるとすれば……!
「エトランゼ様っ!」
「遅いですわ、人間。皆、皆、やられてしまいましたわ……」
腕や頭がもげたゴーレムに囲われるようにして、小柄な少女が防御フィールドを張るために両手を掲げている。
その足元には動けそうにないゴブリンやコボルトが倒れていた。
後方の城にいるはずのエトランゼ様がなぜ前線にいるのか。争い事を好まず、侵攻に際しても自らが逃げればいいだけと諦めが先に出るような方だ。
それが泥にまみれて仲間を守るために不慣れな防御魔法を使っている。
そう、魔法を使っているのだ。
まだ脅威は去っていない。
俺は上空を見上げると、なぜ今まで気づかなかったのかと思う。天空を覆い尽くさんばかりに太陽が広がっていた。
いや、それは大きな火球か。戦場全体を焼き尽くせそうな巨大な炎が、十分な時間を掛けて形成されていた。
「大地の守護陣」
俺は地面に手をついて魔法を発動させる。砦を作っている間に幾つか魔法陣を埋め込み、それらを魔力を通わせる道を巡らせていた。
俺の少ない魔力でも大型の魔法を起動させることが可能だ。
瞬時に発動した魔法により、砦前の戦場が大きく隆起して、傘のように広がっていく。最終的には鎌倉のような半球状の防御陣を形成した。予め魔法陣を敷設していた半経15mほどの範囲が防御される。
「エトランゼ様っ、こちらへ!」
「わかりましたわ」
自前の防御陣を解き、ゴーレムに近くのゴブリン達を拾わせたエトランゼ様が防御陣へと駆け込んでくる。
そこへ空から極大の炎熱魔法が降り注いできた。防御陣自体が激しく振動して、その破壊力を伝えてくる。俺は更に魔力を込めて、その強度を維持して影響が去るのを待つ。
火に対抗するなら、水や氷が一般的だが、それは力が拮抗している場合。被害を減らすだけなら土は最も防御に向いている。
また炎という特性は、爆発力が高く攻撃力に優れているが、その力が逃げやすい。より開けた空間へとその力が拡散されるのだ。
開けた場所で中心に爆発を起こせば、周囲を巻き込んで大惨事となるが、逆に固い壁の向こうへはさほど影響を与えることはない。
更に熱された空気は空へと昇る。本来の着弾点より高い位置で爆発させて、固い壁の下へと身を潜ませれば、熱された空気に巻き込まれる可能性も低くなる。
火事の時は身を低くして行動しろというアレだ。
果たして天空を覆い尽くさんと広がっていた火球は、防御陣に幾つかの崩落を引き起こしただけで、その殺傷能力を十分に発揮することもなく拡散していった。
歯抜けになった土の傘の間から、黒い点のようにして空を飛ぶ敵の姿が見て取れた。
「!?」




