オークへの火計
暗い穴の中、得られる情報は伝声魔法で伝わってくる声、穴の外から聞こえるオークの足音、振動。
もちろん、行軍の直下という訳ではないが、それでも100キロを越える巨漢の行軍はそれなりの音と振動を伝えてくる。
オークは鼻の利く種族。地中の芋を探り当てる事が可能だ。服に泥を塗りたくり、主要道路から外れた位置に身を潜めているとはいえ、その嗅覚に引っかからない保証はない。
緊張して汗をかけば、そこに臭いが発生する可能性もある。平常心を心掛けなければならない。
暗闇の中、緊張しないように気を引き締めて、伝声魔法の現状報告を聞き流す。
右翼砦の攻防は激しさを増し、遂に防柵を越えてオークがなだれ込み始めている。まだ防柵の決壊ではなく、1箇所が乗り越えられた所だが、そのポイントを目掛けてオークはより押し合いへし合いで詰めかける。
積もり積もったオークの亡骸は、仲間に潰され足場となって、悲惨な状況でもオークは止まらない。
その狂気の行軍は、見る者を恐れさせる。
元々臆病なゴブリン達は、じりじりと距離を空けながら、腰の引けた弓で攻撃を仕掛けるが、そんな攻撃では毒を与えるかすり傷すらつけられない。
乗り越えてくるポイントでオーガ達が待ち受け、確実に仕留める事を優先する。となると、防柵で食い止める方の戦力が削がれてしまう。
そうなると乗り越えられる防柵が増えていき、徐々に砦内へとオークが流れ込んでいく。
悪化していく戦況に、身をこわばらせつつ、俺には待つことしかできなかった。
「人間、後端がポイント、通過」
戦場を空中より俯瞰して見られる有翼人種から、待ちに待った報告が入った。
俺はすぐさまカムフラージュに使っていた布を取り払い、起き上がった。使い古した布の上に砂を被せただけのハリボテ。もしオークが上を歩いてきたら、その体重に踏み潰されていただろう。
予想通りにオークの行軍とは10mほどの距離があり、踏み潰されるような事はなかった。
ただ単なる砂地から身体を起こすとすぐにバレる。行軍中のオークの何人かが怪訝そうにこちらを見ていた。
「炎の弾丸」
そんなオークが正気付く前に、俺は無詠唱で魔法を撃ち込む。それはオーク達を狙ったものではなく、その手前の地面だった。
そこも砂をかけた布で覆われているが、乾燥させた豆木が埋められている。脂肪分の多い豆の木を乾燥させた薪は、引火すると一気に火が走り、オーク達の足元を抜けて行軍の中央部へと渦を巻くようにして広がっていった。
ただそれだけでは小さな焚き火。油分が多いのですぐには消えないが、オークを焼き尽くすような火力は無かった。
そこへ俺は更なる魔法を重ねる。
「ウィンドブロウ・オキシジェンスクウェア」
農耕に費やした半年だったが、その間にも魔法の研究は重ねていた。主に異世界の知識にある化学と魔法を融合させる研究だ。
物が燃えるという現象に対しての異世界の知識。それは急激な酸化現象。酸化とは大気に含まれる酸素が、物質と結びつくこと。
その際に生じるエネルギーが熱となって表出するのが燃焼。そして熱があると更に酸化は加速する。
しかし、熱量は一定の所で頭打ちをしてしまう。その原因は酸素不足だ。燃えるものがあっても、結びつくべき酸素が周囲に不足すればそこで燃焼は留まる。生じた熱により、上昇気流が起こって周囲から酸素を含んだ空気が流れ込み、新たなる燃焼に繋がるわけだが、入ってくる量には限界があるのだ。
それを外的な力で空気が流れ込むのを加速するのが、金属を加熱する際に使うフイゴなど。その代わりを魔法で補ってしまおうというのが新しい魔法だった。
この世界の大気も酸素の含有量は2割ほど。その酸素だけを抽出するように明確にイメージしながら、四方から風を送り込む。そよ風程度の威力しかない風魔法なので、魔力の消費量はそれほど大きくはなかった。
しかし、その効果は劇的。豆木の燃える火力が一気に増し、熱量が上がった炎は、オークへと燃え移る。引火したオークのたっぷりと蓄えられた脂肪が、次の燃料源となって更なる加熱が行われ、周囲を巻き込み炎の渦となっていく。
激しい炎は強い上昇気流を生み、消費される酸素は周囲から流れ込む。オークの軍勢そのものが生きた篝火となって一気に燃え上がった。
「や、やべぇ……」
周囲を風の魔法で防御しつつ、俺はすぐにその場を離れることにした。




