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人狼との戦

 少し時間を遡り、戦端が開かれる前を思い出す。

 俺が拘束を解かれて、エトランゼ様に忠誠を誓った時、その報はもたらされた。

 人狼族ワーウルフによる求婚と言う名の宣戦布告。

 この弱肉強食の世界にとっては力づくで嫁を確保するのは、当然の認識されていた。人間の世界と、異世界の記憶を持つ俺にとっては納得のできない常識だが、それがここでは当たり前らしい。

 エトランゼ様自身は魔族の娘で、強力な魔力の持ち主。人狼であろうが個人で退ける事は可能だろう。しかし、この地にはエトランゼ様を慕う者が集まっていて、人狼よりも弱い者達が多数を占める。

 それらを守る為に全面戦争へと突入する事になった。


 エトランゼ様の下には、各部族、各種族から追い出されたはみ出し者が、エトランゼ様の慈愛の心を頼りに集まっている。

 エトランゼ様もまた慕う者を無碍に扱うこと無く、深い懐で包み込んでくれていた。

 かくいう俺もまた、人間界からいつの間にかこの地に飛ばされ、行き倒れている所を命からがら拾われたのだ。

 そんな烏合の衆である我らが、弱肉強食の倫理の中、人狼に襲われれば、集った仲間は蹂躙されてしまうだろう。


 この場所を守るためにも、エトランゼ様を守るためにも、負けられない戦だ。

 しかし、俺自身にはさしたる戦闘力はない。流石にゴブリンには負けないが、オークには歯が立たない。

 機敏で怪力、再生能力も高く、知覚にも優れた人狼を相手にすれば、一瞬のうちに倒されて終わりだろう。

 となれば俺が皆のためにやれるのは、知恵を絞ることだった。



「エトランゼ様。私に策がございます」

「策?」


 駆け込んできた伝令兵と、いつの間にか現れていた仮面の執事とで、どうするかを相談していたエトランゼ様に、俺は具申する。


「恥ずかしながら、私にはエトランゼ様を守るだけの力はありません。しかし、人間界の軍略、戦術に関する知識は蓄えております。残念ながらこの地に集いし者共は、人狼族よりも弱い。弱兵で強きを破るには策が必要です」


 いつの間にか脳裏にはこの地に集まる人々の情報が詰め込まれていた。そして目の前で語られる人狼軍の規模とを戦力比較すれば、太刀打ちできないことは理解できていた。


「ふぅん、面白いわね。わたくしとしても、せっかく築いたこの地を捨てるのは忍びないわ。その策とやらを聞かせなさい」

「はっ」


 俺達が暮らすエトランゼ様の居城は立派で堅牢ではあるが、人狼の身体能力を持ってすれば、城壁を駆け上がるのを防ぐのは難しい。

 また籠城した所で援軍がくるアテもないはぐれ者の集まり。周囲を囲われ、消耗戦に持ち込まれたら、先に力尽きるのは我が陣営だ。


「ここは討って出るべきです」

「それこそ無策というのでは?」


 仮面を被った執事が仮面の奥の瞳でこちらを睨んでくる。執事であり、エトランゼ様に最も信頼された戦力でもある亡霊騎士ファントムナイト。名前はシュバインというらしい。

 脳裏に刻まれた仲間の情報は、早い作戦立案に貢献してくれる。



「この城は背後が断崖絶壁。飛行する敵でもなければ、正面から進行するしかありません。そのルートは岩山により三分されていて、攻めて側はかなり前から戦力を分散させねばなりません」


 机に広げられた地図には、周辺の山々が描かれ、敵の軍勢を表す駒が置かれている。


「城まで引き付けてしまうと、この分散した戦力を各個に撃破する機が失われます」

「しかし、三面を守るだけの手勢もないぞ。それにどこかを打ち破れたとしても、援軍に回るには岩山が邪魔になる」


 流石に亡霊騎士はエトランゼ様の右腕であるだけあって、それなりの戦術眼を持っていた。戦局が動くとどうなるのか、そうした想像が働くのだ。


「なので積極的に討ち果たすつもりはありません。やるのは時間稼ぎです」


 守りを固め、相手に攻めさせる。その方針は籠城と変わらない。


「言っている事がちぐはぐではないかっ。籠城ではジリ貧になって敗れるのだろう!」

「援軍がなければ……です」

「この局面で他の種族から援軍は頼めませんわ」


 前もって同盟でも結んでいればまだしも、戦が始まってから交渉していたのでは時間が足りない。

 それに交渉役に戦力を割かれるのはもっと痛いのだ。


「なので身内から援軍を作ります」


 寡兵な陣営側が部隊を分け、他方面から強襲させる。兵法としては下策だけに、ハマれば効く。




 その後、俺は策の詳細を語って聞かせた。綱渡りの策であるのは確かだったが、まともにぶつかっても待っているのは敗北。やれることは試そうとなり、一昼夜で守りを固めたのだった。

 正面からの敵を止めるための防柵、右翼の塹壕、投擲の準備。左翼は陣営で最も堅いゴーレムを配し、中央には現実で機動力もある騎馬や走竜と呼ばれる走りに長けた竜に乗った者達。狼に乗るゴブリンライダー達も中央だ。

 そして右翼はかちで多数を占める部隊。人数こそ多いが戦闘力は低めである。

 見た目では中央が攻めやすいが、戦が始まれば右翼が押される展開が予想しやすい配軍。そこから最も遠い左翼に、遊撃として亡霊騎士を配して、敵の本陣を強襲してもらう。

 策と言うには様々に願望の入った陣立てではあったが、結果として防衛は成功。敵の大将を亡霊騎士が討ち取り、勝利へと繋がった。



 崩壊寸前まで追い込まれた右翼。喪った仲間も多いが、それだけに生き残った者達は喜びを噛みしめる。

 俺もゴブリン達と肩を組み、勝鬨を上げながら生存者を拾い集めていった。

 人狼が打ち捨てていった糧食を確保して、ささやかながら宴会が行われる。そこに種族や強弱による区別はない。

 エトランゼ様の治世の下、一つにまとまった俺達は強い。その認識を共有していた。

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