新たなる主従
「フゴゴッ」
(シャリルーっ)
暖かな感触を確かめたいと必死に身体を動かそうとした結果、再び目が覚めた。
「ふげが……ふがっ!?」
(夢か……なに!?)
覚醒する頭が徐々に現状を把握し始める。まずは口に猿轡がはめられていて言葉が喋れない。僅かに動くのは首だけで、手足はがっちりと掴まれて動けない。
疲労のために身体が重いとかではなく、物理的な拘束で手足を動かそうとすると、ガチャガチャと音がする。
そして身体の上、夢でシャリルが寄り添っていた場所には、とろりとした粘性の物体。
「ぐがぎぐっ」
(スライム!?)
フルフルと震えながらじわじわと移動する物体は、魔物の一種だった。もう一人の記憶では涙型の柔らかそうな塊が一般的なイメージだったが、元々は粘菌の意味だ。ゲル状のそれは徐々に移動しながら、食べ物を取り込み栄養とする。
この世界のスライムもそうした粘菌に近く、まとわりついた物を酸で溶かして栄養源にしていた。
このままでは生きながらに溶かされて食われる。その恐怖に身をよじって逃れようとするが、手足はもちろん、腰や胸にもベルトが巻かれていて身をひねる事すら叶わない。
「んーっ、んんーっ」
助けを呼ぼうにも口は塞がれ、声も出せない。じわじわと脇腹から胸へと這い上がってくるスライムを見ているしかできなかった。
「ようやく起きたかと思えば、騒がしいこと。これだから人間は野蛮なのですわ」
そこにかけられた声は、トーンの高い女性というよりは、女の子と言った感じの声。首を巡らせても視界の中には入ってこない。
「んーっ、んんんーっ」
俺は必死に助けてくれと訴えるが、声の主は落ち着いた様子。反響する声に居場所もわからない。
「身を清めてるのですから、リラックスなさい。要らない老廃物がまた出てしまいますわ」
「んんっ!?」
身を清める? スライムで?
老廃物……汗とかか。それを洗ってるというのか。洗ったらどうなるんだ。そもそもここはどこで、何でこんな状況なんだ!?
少し甘い夢から覚めると拘束されて、スライムに襲われている。そんな極限状態に頭は混乱して考えがまとまらない。疑問ばかりが脳裏に浮かんできた。
そこへふわりと花のような甘い香りが漂ってくる。そちらに首を巡らせると、銀髪の少女が立っていた。
10歳前後の幼さの見える顔立ちに、優しげな紫の瞳。薄めの桜色の唇にやや上気して染まった丸みを帯びた頬。
まだ起伏の少ない身体をフリルがふんだんに使われた青いドレスに包んでいる。
やや細められた瞳に見つめられると、どこか落ち着かない気持ちが沸き起こった。必ず美人になるだろうという整った顔立ちで、柔らかく微笑む姿は確かに絵になっていて愛らしい。
しかし、視線を逸らすこともできないような、胸が締め付けられるような高鳴りは、混乱する頭をさらに加速させていった。
「んーっ、んんーっ」
拘束されているのも忘れて近づこうとしてしまう。少女はそんな様子を楽しそうに眺めていた。
「せっかく見つけた玩具なんですから、あまり早く壊れてもらっては困りますわね」
「んんーっ、んー、ぐがっ」
猿轡で喋れないが必死に声を出してアピールする。その焦燥感は今までに感じた事のないものだ。彼女に気に入られること、そのことに意識が占められている。
そんな彼女の指が俺の額に触れた。
言いようのない歓喜。感動のあまりに涙が溢れてくる。何がそんなに嬉しいのか。理性ではない部分が彼女を欲していた。
そして彼女の指を通して何かが伝わってくる。それに合わせてぐちゃぐちゃだった思考が徐々に整理されてきた。
「気分はどうかしら?」
「良くはないな。拘束されたままじゃ」
「それはそうですわね」
彼女が指を鳴らすと、どこに潜んでいたのかスーツを着た男が現れた。特異なのはその顔に白い仮面を付けている事だ。顔を全体を覆い、瞳の部分だけが空けられた仮面。その穴の奥には漆黒の瞳が覗いていた。
白い手袋をした手が、俺を拘束していたベルトを手早く外していく。そして作業を終えると男はまた急に姿を消してしまった。
アイラも従者として気配を消すことに長けていたが、あの男はそれを上回る。すっと存在感がなくなったかと思うと、姿を見つけられなくなってしまった。
「さて、これから何をすれば良いかわかりますわね?」
「はい、全てはエトランゼ様の為に」
拘束を解かれた俺は、ドレス姿の少女の前で恭しく跪いていた。




