突然の迷子
「ここは……どこだ?」
と言うより、俺は何をしていたっけ……?
そう考えた時、体温の下がった体がブルルっと震えた。見ると服に氷の欠片がいくつも付いている。それを見て、記憶が蘇ってきた。
「そうか、オークを倒そうとして……」
オークの群れの隊長格、他よりも一回り大きなオークが、魔法を吸収する能力を持っていた。その能力の発生源が指輪にあると見切り、それを奪うために策を弄したのだ。
一人を氷結する魔法をオークではなく、俺に対して使うことで吸収されるのを防ぎ、動きを止めたところをアイラに斬ってもらう。
その試みは成功して、見事にオークを討ち果たしたはずだ。しかし、俺もまた凍結魔法に覆われていて、意識を失ってしまった。
氷結魔法は即死させるような魔法ではなく、相手を拘束する魔法。術者であるシャリルが解除すればすぐにでも解けたはずだ。
しかし、辺りにシャリルやアイラの姿はない。
オークの腕を抱え込んだ事で万全では無かった術は、何らかの拍子に壊れてしまったのだろう。それは服に残る氷の欠片が物語っている。
ならばシャリル達はどこへ行ってしまったのか。
オークを倒すために身体を張った俺を置き去りにするというのは流石にない……と思いたい。
それに辺りの様子だ。
俺達がオークと戦っていたのは、農村の広場だった。しかし、周囲を見渡しても家屋はおろか戦いの痕跡も見当たらない。
それどころか今いる場所は、岩肌の見える山の中。そこそこに急な斜面に立っていた。農村があったのは麦畑の広がる平野部で、地形そのものが違っている。
強力な魔法で地面を隆起させたならば、A級の魔力でも不可能な規模の魔法になるだろう。
それを考えれば、地形が変わったというよりも、俺が移動させられたと見るべきだ。
「何はともあれ、移動したほうが良さそうだ」
空を見上げれば暗紫色の雲が立ち込めていて、今にも一雨来そうな雰囲気。氷結魔法で凍えたまま、雨に打たれたくはない。
辺りを見渡しても岩山が広がるだけで、雨宿りできそうな木陰は見当たらなかった。
山の中腹、登るよりは下るほうが早いだろうが、遠方まで見渡すには登るしかない。
俺は冷気に強張った身体をさすりながら、山を登ることにした。
「下りればよかった……」
見晴らしの良い場所までくると、山を下った所に森が広がっているのが見えた。
一方、山の方は禿山で草すら生えていない。大小の岩が転がっているだけだ。
そこにポツポツと、そしてすぐにザーザーと雨が降ってきた。雨宿りできる場所もなく、今から山を下りようにも視界が雨で閉ざされている。
仕方なく大きめの岩に寄り添って、少しでも雨避けになるようにした。
山登りで少し温まった身体もすぐに体温を奪われ、少しでも熱を逃がすまいと身を丸める。容赦ない雨はどれくらい続くのか。
先の見通せないままに、俺は再び意識を失っていた。
「いつまで寝てるのよ」
その声に目を開けると、ぼんやりとした視界の中で金髪の少女が俺を覗き込んでいた。
いつもと違ってツインテールではなく、髪は解けていて少し大人しそうに見える。ただ少し尖らせた唇が、やはり少女らしくてどこか微笑ましい。
「気がついた?」
「俺は一体……」
「オークを倒すのに私の魔法を受けて倒れたでしょ。だから農家の一つを借りて治療してたのよ」
「そ、そうか……」
身体を起こそうとするが、うまく動かせない。全身が鉛のように重く感じられた。
「じっとしてなさい。私の魔法で芯まで冷えちゃってるんだから」
「ま、治癒魔法で何とかならないのか?」
「魔法で治すと無理がかかるから、ゆっくりと温めてるんじゃない」
そういうシャリルの顔が妙に近い事に気づく。え、まさか。そう思って確認しようにも、身体はおろか首すらまともに動かず、視線はシャリルの顔に占められていた。
「今回の戦闘で貴方は少しは頑張ってくれたわよね。それに多少の恩義は感じてるわよ」
少し頬を染めながら視線を逸し、呟くように囁く。ただ辺りは物音一つなく、その言葉はしっかりと俺に届いている。
「その証拠に首輪もないでしょ?」
そう言われても俺は動くこともできないので、確認のしようもないが。
「もう少し寝てないと駄目みたいね」
まだ動けない俺の様子に、申し訳なさそうに眉を歪ませて視界から外れる。
それと共にほんのりと身体に暖かさが伝わってきた。視界の隅に金色の何かが動いているのがわかり、それがシャリルの頭なのだろう。つまりはすぐ側、添い寝するような形で隣に!?
しかし、身体も首も動かずに確認しようもない。ほんのりとした体温に意識を集中するしかできなかった。




