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魔物の暴走

「お前がレントだなっ」


 3階に足を踏み入れるようになって、毎日のように決闘を申し込まれるようになっていた。

 アレックスから銀貨を貰った事から、勝ったら銀貨1枚を条件に決闘を受けている。

 相手の目的はシャリルにたかる俺を排除するという名目で、自分が取り入ろうとする奴が多く、その他は決闘に勝利を収めるE級魔術師を仕留めんと挑んでくる者だ。

 C級の貴族としては、庶民出のE級魔術師である俺に負けるのは許せない事態らしい。


 しかし、プライドばかり高いそれらの輩は、戦い方を知らなかった。強力な魔法をぶつければ勝てると思っているようだ。自信満々に中級以上の詠唱を始める相手に、短縮詠唱で先に魔法をぶつけると大抵は勝敗が決する。

 根性で魔法を完成させたとしても、シャリルの魔法を何度か凌いだ俺にとって、C級の魔法はまだまだ詰めが甘い。対応する魔法を魔法陣を利用した無詠唱で切り抜ければ、続く攻防で退ける事ができた。

 ダンジョンでの稼ぎは減ったが、決闘で銀貨を稼げるようになり、俺としては助かっている。




「結局のところ、お嬢様の思惑通りって事なんだろうな」


 唐突に始まって意味の分からなかった食後の散歩。あれはシャリルに近づこうとする有象無象を、俺というフィルターに擦り付ける為に行われていたのだ。

 学園内をくまなく歩かされ、シャリルの側には俺がいるという事が周知されてしまった。

 シャリル自身もそれらしい事を吹聴してるのかもしれない。

 結果として、連日のように俺は決闘を申し込まれるに至っているのだ。


「まあ、経験を積むという意味では役にたってるのかな?」


 アレックスに挑まれてから半月ほどが過ぎ、魔力は7に上がっている。今日からは4階にも降りれるようになっていた。魔法陣の幅は増え、補助魔法も増えている。図書館の司書は色々と調べてくれていて、俺の知識ともう一人の記憶を合わせて分析するのは、楽しい作業だった。そうして自分に自信がつき始めた頃、それは起こった。




暴走ランペイジ? 何処で?」

「帝魔の南部、私の家の領地の隣。男爵領でそれほど兵力に余力が無いから、一時帰宅するのよ」


 暴走ランペイジは、魔物が大量に発生して、近隣の村々を手当り次第に襲っていく一種の災害だ。

 もう一人の記憶にあるイナゴの大発生を更に強力にした感じで、魔物の群れが通った後には、草木も枯れて動物の死体が転がる。

 その原因は不明とされていた。しかし、定期的に起こり甚大な被害をもたらしていく。

 その規模は1領主の戦力を上回り、周辺領主や帝国から出兵して貰って撃退するのだ。



「学生なのに戦力として帰るなんて流石だな」

「当たり前じゃない。民を守れずして何のための貴族よ」


 そう言い切る彼女だが、貴族の中にはその義務を疎かにする者もいる。帝国に援軍要請したら、自分たちの領都、城塞だけを守るだけに徹するのだ。

 A級という規格外の力を持ってすれば、学生であろうと民を守れる。それがシャリルにとっての当たり前なのだろう。


「まあ、A級のお嬢様がいれば早々に決着するんだろう。頑張って来てくれ」

「何を言っているの? 貴方も一緒に行くのよ」

「はぁ!?」

「私のペットなんだから、当たり前じゃない」

「いやいや、俺が行った所で何もできねぇよ。お嬢様が魔法でドカーンとやって終わりだろ」


 そう言った俺に対して、シャリルは大きなため息をつく。


「私が本気で魔法を撃ったら、魔物だけじゃなくて建物や畑に被害がでるの。まずは魔物達を被害の出ない地域に誘導する必要があるわ」


 個人で戦略兵器並の力を持つ彼女だが、その力は諸刃の剣になりうる。魔物を殲滅したとして、畑や建物を失えば民を守った事にはならない。彼女自身も歯がゆさを感じる部分なのだろう。


「魔物を誘導して集める、その役目は強さよりも人手。貴方でも十分果たせますの」


 首輪をされて拒否権のない俺は、強制的に暴走ランペイジの撃退任務に駆り出される事になった。

 幸いなのは、帝魔としても領地の守護は優先事項で、撃退任務への参加は課外授業扱いとなるため、授業を受けているのと同様の扱いになる。

 更には任務に参加した者は、それに応じた報酬を支払われるとのことなので、俺にとっても損はなかった。




 レントの住むカニエ村は、暴走はおろか、魔物の出現も少ない地域だった。

 近隣で魔物が目撃されるのも10年に1回、暴走となるとレントの父親ですら経験がないという恵まれた地域だ。

 その為に民と領主との距離は遠くなっていたりするのだが……。


 対してメンドーサ子爵領は、魔物の目撃は年に数回、暴走も5年に1回は起こってしまっているらしい。

 魔物が多く出現するという事は魔素が豊富と考えられ、魔素が濃ければ魔力があがる。

 もしかするとシャリルが子爵として生まれたのは、そうした暴走が頻発する地域と関連があるのかもしれなかった。


 そんな子爵領へは馬車で5日ほどかかる場所にある。山間部に位置していて、山道を越えていくのに時間が掛かってしまうためだ。

 ただ帝都から時間が掛かるのが分かっているため、軍の一部が常駐していて、暴走に対していち早く対応できる仕組みができていた。



「だったら俺ら要らないんじゃ」

「馬鹿ね。暴走を食い止めるのと撃退するのとでは、必要な力が桁違いなの。それだけの戦力をいち地方に常駐させる訳にはいかないから、撃退する際には援軍を呼ぶのよ」


 常駐軍は暴走に対して時間稼ぎをして、その間に援軍を呼ぶ。そうした段取りになっているらしい。

 じゃあそんな面倒な地域に住まなきゃいいのにと思うが、子爵領のある地域は土地が豊かで、耕作地に適しているとのことだ。


「定期的に起こることが分かっていたら、リスクコントロールはできているわ」

「左様で」


 俺が咄嗟に思いつくことなど、先人たちはとっくに考察済みで、リスクとリターンを秤にかけて、領地として統治する道を選んでいるようだった。


「それじゃ、跳ぶわよ」

「へ?」


 シャリルは事も無げに言うと、転移魔法を唱え始める。元々が高位の魔法で、その移動距離によって消費魔力がどんどんと増える転移魔法。

 馬車で5日の距離を個人で跳べてしまうという魔力は、とことん規格外の能力であった。

 エレベーターの浮遊感に似た感覚の後に、目の前の光景が一変する。帝魔の食堂にある個室から、どこかの城塞にある中庭らしき場所へと。周囲はかなりの高さの城壁がそびえ、多くの人が行き交っている喧騒が聞こえてきた。


「ようこそ、メンドーサ領へ」


 そう言ったシャリルは、流石に魔力を使いすぎたのか少し青ざめた顔をしていた。

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