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新たな挑戦者

「う、ぎっ、ぐぅっ」


 翌日の朝、全身の筋肉が悲鳴を上げていた。特にナタを振るっていた腕の痛みは酷い。

 ただ筋肉痛は筋繊維が頑張って修復している証拠。治癒魔法で治してしまうと、トレーニング前の状態に戻ってしまう。多少の痛みは我慢する必要があった。

 魔力により身体能力が向上するわけだが、それでも基礎となる部分がしっかりしているに越したこたはない。

 ベースが10であるか20であるかで、筋力が1.2倍となった時の差が出てくるのだ。


「訓練で身体を痛めつける事に意味はある……が、辛いなぁ」


 魔法で出した氷弾を布にくるんで患部に巻きつけつつ、朝の準備を行う。

 そのまま学生服を羽織ると、もこっとしてしまうが仕方ない。太もも周りはズボンが入らなくなるので諦めた。



 そんな姿で登校しても、特に話しかけられる事はなく、少し寂しい。先日の決闘でC級を退けた事が伝わり、E級のクラスメイトとの距離が開いたように感じる。


「新たなパーティを組むのは難しいか」


 またどこかにカガミが落ちてないかなぁ……などと不謹慎な事も考えてしまう。

 授業は貴族のお仕事。俺達の将来についてだ。この授業を受けて、広域巡回士の事も知った。

 多くのものは地方の領主軍に編入されるのが多い。領内や近隣の魔物を退治する為に、日々の訓練を行って過ごす。

 一度領地が決まってしまえば、大きな変動もなく決まった給金がでる。農家で稼ぐよりも収入は良くなるので、領都に家を構えて次代を育てる者がほとんどだ。

 そうした授業も終わり、筋肉痛は残りながらも少しマシになって、アイラに連れられて食堂へと向かう。




「お嬢様はダンジョンに潜ってないのか?」


 天ざる蕎麦を戴きながらシャリルに尋ねた。


「私も早く潜りたいんですけどね。パーティが決まらなくて」

「よりどりみどりじゃないのか?」

「もちろん、希望者は多数います。しかし、私のパーティに入るという事は、色々とあるのよ」


 現皇帝以来のA級魔術師。そのパーティに入るということは、最深部を目指すという事でもある。その名誉は、将来に大きく影響した。

 皇族の親衛隊長や各省庁のトップなど、現皇帝のパーティだったメンバーは国の中枢を占めている。

 逆に最深部に挑むというのは、危険と背中合わせだ。相応の実力が伴わないとパーティの、シャリルの身を危険に晒すことになる。


「魔力が高くても戦えなければ意味がないもの。実技込みで選定しているところなの」

「へぇへぇ、お嬢様は大変ですね」

「ホントよ。私はアイラと2人でもいいのに、帝魔側が許してくれないのよね」


 金の卵を禄な戦力も付けずにダンジョンに潜らせる訳にはいかないらしい。アイラはドワーフとして、前衛を務める事になるのだろう。

 メイド服を着た小柄な少女であっても、その戦闘力は俺の何十倍とありそうだ。



「ま、俺には関係ない話だな。とりあえず10階を目指して頑張るわ。リオ、ごちそうさま」


 首輪を外す為にも、10階でミノタウロスの肉を手に入れる。明確に目標を立てれば、後は行動するだけだ。

 速やかにダンジョンを目指そうとしたが、しっかりと食後の散歩には付き合わされた。ダンジョンに潜れないストレス発散なのか?




「お主がレントか」


 準備を整え、ダンジョンの入口に行くと声を掛けられた。振り返ると金属製の胸当てを付けた男が立っている。立派な体躯は俺よりも頭1つは背が高く、がっしりとしていた。


「はい、何でしょうか?」

「我が名はアレックス。手合わせを願う」


 そう言って、手袋を投げてきた。決闘の申し込みか。

 以前の数で襲ってきた貴族とは違い、丁寧な態度をとっている。取り巻きも居ないようだ。


「え、ええっと、何故でしょう?」

「E級でC級を倒したという実力を確認したい」

「その為に決闘ですか?」

「それが一番よくわかる。銀貨5枚出そう」

「う……仕方ないですね」


 カガミが居なくなり、ダンジョンで稼げる額は減りそうだ。皆が入っていかない場所も、あらかた2人で掘り尽くしている。

 そこに銀貨5枚という報酬は貴重だった。

 紳士的な態度の彼ならこの前のような無茶はあるまい。俺は手袋を拾って決闘に応じる事にした。



 近くの空き地で立会人の教諭を呼び、決闘が開始される。

 相手は剣を持った近距離型。身体能力へと魔力を使っているようだ。

 対する俺はバックラーとナタを構えて準備する。


「はじめっ」


 その声と共にアレックスが突っ込んでくる。接敵されると厄介だ。


「五里霧中、ダークミスト


 以前と同じく視界を奪う魔法を唱えた。短縮詠唱に目を見張ったアレックスだが反応は早い。霧に入る前に急停止。効果範囲を見極めるように距離を取る。

 俺自身は夜の瞳で視界を確保して、霧の中を移動し相手の死角へと移動しようとした。


「ふんっ」


 しかし、アレックスが剣を振るうと、その風圧だけで霧が大きくえぐられた。2度、3度と振るわれると、隠れるだけのスペースがなくなる。

 魔法は使わず状況を確認して、対応してくる。やっぱり強そうだな。


「土柱よ、顕現せよ。アースファング


 相手の足元が隆起しはじめるが、即座に反応してバックステップ。間抜けな貴族のように打ち上げられる事は無かった。

 しかしそこまでは俺も予想している。


マッドスポット


 着地点へと魔法を放つ。足場を泥に変えてしまう魔法だ。それによってアレックスの機動力を削ぐ。


「大気に隠れし氷の精よ、塊となりて敵を穿て。アイス弾丸バレット


 そこに更に魔法を重ねる。しかし苦もなく持っている剣で打ち落とされた。




「なるほど、魔法を単発ではなく流れで使い、相手に合わせて使ってくる。しかし、魔法を使わないから遠距離というのは短絡だな」


 アレックスは、氷の弾丸を打ち落とした後、別の構えに入った。肩口に剣を構えたかと思うと、俺に向かって狙いを定める。


「時空を越えて我が刃は敵へと届く。次元斬ディメンションブレード


 技名を叫ぶようにして、肩に担いだ剣を振り下ろす。しかし、衝撃波が飛んでくるわけでもない。

 ただうなじの辺りがジリジリと危険を伝え、俺は大きく横に転がるようにして避けた。

 すると俺の立っていた辺りにシュパンッと心地よい音と共に、銀色の光が駆け抜けた。



「ほほぅ、初太刀でアレを避けるか」


 アレックスの放った技は斬撃を飛ばす……いや、跳ばす攻撃だったようだ。軌道が見えない分、衝撃波などよりも避けにくい。

 そう何度も躱せるとは思えなかった。

 しかし、アレックスの方は剣を鞘に収めてしまう。居合的な何かは、西洋剣では向いてないはず。何の意図がと思っていると、立会人に何かを告げた。



「レント君、アレックス君から引き分けの要請が来ているが、どうするかね」


 立会人は遠い場所にいるが、すぐ近くから声がして少し戸惑う。


「え、えっと、その場合、報酬は?」

「アレックス君は戦ってくれただけで満額払うと言っている」

「なら問題ないです」


 釈然とはしないが、俺の攻撃が防がれ、遠距離でも攻撃できることを見せられたタイミング。正直、俺の方がかなり不利だったので、引き分けにしてもらえるのはありがたい。

 もしかすると、あの次元斬とやらは、魔力の消費が大きいのか?



「ではこの決闘は、引き分けとします。両者、礼」


 言われるままにお辞儀をして、決着がついた。

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