地方領主の元へ
選民団により魔力を認められた俺は、残りの期間で農業のノウハウを両親や兄弟へと伝えていった。
畑を畝で管理する方法や、冬場に麦踏みをすることで強い穂として育てる事。二毛作で連作障害を防ぎ、家畜の糞で肥料を作る方法。
その他、農作業に役立つ千歯扱きや、脱穀機などの農機具の開発。川沿いに水車小屋を建てて、石臼をひくのを自動化してみたり。
その頃には農村全体が俺の持つ知識を疑わず、今後訪れるかも知れない被害に関して、かなりの財産を残せたと思う。
「私、ちゃんと家事を手伝って、お掃除、洗濯上手くなっておくからね」
「うん、僕が都で役職を貰えたら迎えに来るから」
「待ってる」
幼馴染のメリイとの別れも済ませて、12歳となった俺は近隣農園を支配する領主の都へと向かった。
領都は農村と比べると別世界に感じた。それこそもう一人の記憶に残る街と同じくらいの人の多さだ。
建物はビルと呼ばれる天を突くような高さはないものの、石造りで堅牢。見上げるほどの高さで城壁が張り巡らされていた。
街の作りは二重の城壁で囲われていて、外側には商人達の街。その奥に貴族達の住む一角が、更なる城壁で守られていた。
「何者だ!」
城門へと近づくと、2名の衞士が槍を交差させるように俺を止めた。
「鑑定で魔力を認められた者です」
俺は選民団に渡された紹介状を見せる。それを確認した衞士は、俺の肩に手を置いた。
ほんのりと熱を持つ手が俺の肩を強く握ってくる。
「ちょっ、その招待状は本物だよっ。僕は魔力を認められたんですっ」
「うむ……うん、確認した。しかし、悪いことはいわん。このまま村へ帰った方がいい」
「なっ、僕は家族の、村の期待を背負ってここに来たんです。わけも分からず帰れません!」
「お前程度の魔力じゃ、出世など望めん。俺のような衞士はおろか巡回兵も難しいだろう。前線に送られて死兵となって戦う日々が待つだけだ」
「なっ、なんですか、それ?」
「魔力があってもその強さでランク分けされる。お前程度では貴族はおろか、騎士、兵士でも難しい。それが現実だ。しかもここだけの話、今年は領主の息子も入学される。農民の子などと知れた途端どうなるか……」
コホン、コホン。
目の前の衞士の言葉に、隣の衞士からわざとらしい警告が入る。
「悪いことは言わないから、このまま村へ帰りな」
「それは……できません」
「……だよな、仕方ない。カニエ村のレントの入城を許可する。できれば3年後に会えることを願っている」
何とも物々しい言葉と共に城壁の中へと通された。
「カニエ村のレントだな。付いてこい」
「あ、はい……」
城壁の中へと入ると、兵士の一人が俺を待っていた。有無を言わせぬ様子で俺を先導していく。
選民団に魔力を認められた際に、簡単な説明を受けていた。
12歳を迎えると領主の元へと集められ基礎魔法を学び、15歳になると帝都にある魔法学園への入学が認められる。
「これに記名を」
「は、はい」
兵士に連れられていった建物の前で手の平サイズの紙に名前を書かされる。前の記憶で言うと名刺サイズだろうか。
俺が名前を記入すると、淡い光を発して紙の硬さが増した。
「これはお前の身分を表す証となる。肌身はなさず持っているように……3か」
語尾でボソリと呟いた兵士は、そのまま何も言わずに宿舎の中へと進んでいく。俺は慌ててその後を追った。
連れてこられたのは倉庫。2m4方の窓もない部屋だ。埃臭く掃除もされていない。丸められた天幕らしきものや、ロープ、古びた鎧などが並んでいる。
「ここを自由に使って良い」
「こ、ここって、倉庫、ですよね」
「今日からはお前の個室だ」
兵士はそれだけを言うとさっさと立ち去ってしまった。
「いきなりコレかよ……」
衞士に止められた理由をすぐに実感する羽目になっていた。とはいえ、泣き言を言っていても始まらない。今後3年を過ごす部屋を少しでも快適にする為に掃除を開始した。