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懐かしのランチメニュー

 俺達が食堂の個室へと辿り着くと、言い争うような声が聞こえてきた。


「君は僕と付き合ったほうがいい。侯爵の地位が手に入って、両親もさぞ安心することだろう」

「ブランジュバッハ侯爵は確かに名門であらせられますが、貴方様は三男でございましょう。侯爵家を継げる立場ではございません」

「しかし、君がいれば文句はなくなる。兄達は既に相手を決めているし、侯爵家に入るには僕を選ぶしか無いっ」

「侯爵家は他にもございます」

「子爵から輿入れさせようという寛大な家は当家を置いて他にはないぞ」

「他からも縁談の申し入れはございます」

「なっ、し、しかし、父は財務職を担う立場。その後を継ぐのは僕になるんだ」

「それはわかりません。帝国においてその役職は陛下がお決めになります。世襲で継ぐものではございません」


「ええぃ、さからしい。こちらが下手に出ていればっ。侯爵家が手を回せば、子爵領などどうにでもなるんだぞ!?」

「やれるものなら、やってごらんなさい。当家はあらん限りの力を使ってそれに抗して見せましょう」

「後悔させてやるからなっ」


 そう捨て置くと侯爵子息らしき人物は肩をいからせて去っていった。

 ふぅと息を吐いたシャリルがこちらの存在に気づく。少し気まずげな様子は一瞬、ニヤリと底意地の悪そうな笑顔を浮かべて、個室の中へと入っていった。


「さあ、参りましょう」

「い、いいのかよ」

「その為に貴方がいるのですよ」


 そんな台詞、嫌な予感しかないじゃないか。




「よく来たわね」

「来なくていいなら来ないんだが?」

「今日の献立は、料理長の新作パスタよ」

「パスタってこれ……」


 半球状の器に張られた琥珀色のスープに、細長いパスタが中央に僅かな丘を作り、そこへ避難したかのようなベーコン、もやし、ゆで卵に、刻まれたネギ。

 漂ってくるのは懐かしいとも思わされる香り。


「何とも食欲をそそられる香りよね」

「あ、ああ」

「しかも材料費は昨日よりも格安よ。銀貨5枚と値段を提示してきたのだけど……どうするかしら?」

「ぎ、銀貨で5枚!?」


 普段食べている定食の百倍。昨日のハンバーグからすれば20分の1だが、前の世界の感覚で言えば5万円、昼食に掛ける金額ではない。


「む、無理だ」

「そう、残念ね。もちろん、利子はいらないわよ?」

「だ、ダメだ」

「そう。ではいただきます」


 そう言ってシャリルはスープパスタへとフォークを沈める。通常のパスタと違って緩やかなウェーブを描く麺は、フォークにもスープにも絡みやすく、細く長くシャリルの唇へと吸い込まれていく。


「あ、熱っ、でも、凄いわ。初めての味ね」


 チュルチュルと麺を吸い上げ、美味しそうに食べ続ける。貴族の子女としてはマナーに外れる勢いで、麺を啜っていく。はふはふと熱を冷ましつつ、つるるっと。

 その表情から美味さが伝わってくる。

 パン一個で済ましていたお腹は、不平を訴えギュルルルル〜と鳴く。立ち上る香りが胃を締め付けるように攻め込んでくる。


 目の前にある料理は、もう一人の記憶にあるラーメンに相違ない。醤油ベースの純和風。麺の喉越し、スープの風味は、予想の範囲内だ。

 それだけに食べたい。

 この世界は西洋風の文化に近く、パン食にスープ。肉の文化だ。

 昨日のテリヤキもそうだったが、醤油系の味付けなどあり得なかった。

 それが目の前にある。


「す、スープだけなら……?」

「駄目よ。料理長から麺と具材セットで一品。バラ売りなんてあり得ないとのお達しがあったから」

「その料理長は何者なんだ?」

「うちの領の農村にいた少し変わった料理を作ると評判になってた子よ」


 それを聞いて思い至る。もう一つの世界の記憶を持つのは、俺に限った話では無いことに。


「その料理人に会わせてくれ」

「何? 農民と知って何とかできるとでも思ったのかしら。駄目よ、彼女は大事な友達なんだから」

「そんなんじゃない、確認したい事が……」


「はい、新作ピラフ一丁上がり〜」


 そこに当の本人が入ってきた。




「チャーハン!」

「え?」


 料理人は黒髪のミドルティーンな女の子だった。俺の発言に少し戸惑った表情を浮かべつつ、シャリルの元へと皿を運ぶ。

 そこには半球状に盛り付けられた金色に見えるご飯の山。人参や玉ねぎ、ベーコンなどを細かく刻んだ具材が混ざっていて、香ばしい香りが漂ってくる。

 米が卵でコーティングされて、見事な金色になっていた。その手法はピラフではなく、チャーハンと呼ぶべき物だろう。



「蒸した米を他の具材と絡めて、ソースや調味料で味を整えた一品です」

「ふむ、香ばしくていい匂いね」


 スプーンを使って口に運んだシャリルの顔が、笑顔にほころんだ。その口に広がる風味が予想できてしまうだけに、空きっ腹へのダメージが酷い。


「お、俺にも食わせてくれ……」

「あら、このピラフが欲しいの? リオ、いくらかしら」

「単品だと銀貨5枚、パスタとセットで銀貨8枚ってところかしらね」

「は、半チャンセットで……」

「そうね、ピラフの量を減らすなら銀貨7枚にまけてあげるわ」


 そう言い残し、リオと呼ばれた少女は去っていく。ラーメンだけなら耐えられたかもしれない。そこにチャーハンが加わった破壊力は、相乗効果を生み出し理性を失わせるには十分だった……。



 俺のために運ばれてきた料理は、再び床に並べられるがそんな格差は気にならない。目の前にある半チャンラーメンセットが視界の全てだ。

 添えられていた食器は、フォークとスプーンではなく、2本の棒。

 お嬢様からすると新たな嫌がらせに見えたのだろう、ニヤニヤと俺が食事する様子を眺めている。

 しかし、俺にとってはフォークなどよりもラーメンに適した食器だった。


 はふはふ、ズルズルズル〜。

 器用に箸を使って食べるところを見せてやると、お嬢様は少し驚いた様子で俺の仕草を見詰めている。

 そして、料理を運んできたリオもまた、その様子を見て何かを確信したようだ。


 チャーハンにはレンゲが欲しいところだが、箸でも食えないことはない。パラッパラに解された米を何とかまとめてすくい上げ、口の中へと運ぶ。

 ラーメンと合わせて庶民的な風味だ。値段は桁2つ違うと言いたいが、大変満足させてもらった。



「ごちそうさまでした」

「お粗末さま」


 そう言うリオの顔は自然な笑顔だ。料理人として、美味しく食べる姿こそ最高の報酬だと思ってくれているようだった。

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