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貴族の注目

 翌日の朝食はライ麦の黒パン1つで済ませる。午前中は座学しかないので、それで昼まで保たせるつもりだ。

 別に口に咥えて『遅刻、遅刻〜』と走るつもりはない。パンに水気を奪われて、喉がカラカラになってしまう。

 それにフラグを立てている余裕もない。日々の生活でいっぱいいっぱい、借金の返済に追われる身なのだ。




「おはよう〜」


 教室に入って挨拶をすると、周囲に緊張が走るのが分かった。何事かと思っていると、アパートで隣室のニコルソンがやってきた。


「昨日のあの子って……」

「ああ、メンドーサ子爵令嬢のメイドだな」

「やっぱり……」


 その表情はどんよりと暗い。


「ごめん、僕達はまだ目を付けられる訳にはいかないんだ。今後、パーティは組めない」

「おいおい、どうしたんだ? 単に子爵に借金しただけだぞ」

「普通の貴族ならまだしも、あのメンドーサ子爵なんだよ。他の貴族の注目も高いし、その令嬢に借金を名目とはいえ、会える立場というのは、どんな反感を買うか……」

「まてまて、俺は単なる被害者だぞ。怪我を負わされて治療費を請求されて、罠に嵌められて更なる借金を負わされたんだ」

「事情なんか関係ないんだよ。メンドーサ子爵と繋がりがある、その一点だけで狙われる。それに巻き込まれる訳にはいかないんだよ……ごめん」

「い、いや、説明してくれるだけありがたいよ……でも、そんな事になるんだな」


 申し訳なさそうに俺から離れていくニコルソン。他の庶民出の生徒達は、俺を遠巻きにしてヒソヒソと話し合っている。

 皆それぞれの領地で、貴族に虐げられてきた面々だ。悪目立ちして、貴族に目をつけられたくはないだろう。

 この問題を解決しない限りは、パーティを組む相手を見つけられないだろう。その間はソロプレイするしかない。

 お嬢様のちょっかいを止めさせるにはどうしたらいいのやら。




 座学は魔法の詠唱についてだった。魔法は呪文を詠唱し、発動ワードを唱えることで発動する。

 俺には呪文が日本語、発動ワードが英語に聞こえるが、皆には呪文が公用語、発動ワードは古代魔法言語というので認知されているらしい。

 呪文に関しては魔法によって決められた言葉を発するように教えられるが、俺はそれが改変可能だと知っている。呪文を短縮する事で詠唱時間を短くすることに成功していた。

 例えば『燃え盛る炎』を『猛火』と略したりする事ができるのだ。


 そして呪文詠唱を早くすると、それだけ早く魔法を発動する事ができる。

 しかし、実は諸刃の剣で、早すぎる詠唱は魔法の威力を減じる事が確認されていた。これも慣れによって軽減する事はできるらしいが。


 ここからは俺が司書の爺様と詰めた憶測だが、早口で詠唱するとイメージを構築するのが弱くなると推測している。

 魔法の威力は明確なイメージにより強化されるというのが俺の持論だ。早口言葉は早く言うことに焦点を置くため、その呪文のイメージは弱くなる。

 一方で間違えないようにゆっくりと詠唱すると、自然とその言葉の意味に注目する事になる為、威力が上がるのではないか。

 そして熟練していくと、早口言葉でもその魔法のイメージがしっかりとしてくるので、威力の減少が緩和される。


 つまり、明確なイメージを持って、言葉の意味を別の言葉に置き換えられる事ができれば、呪文の詠唱は短くしながら、威力を保持する事ができる。それが俺の呪文短縮の方式だった。

 しかし、この世界の言葉では、『猛火』『烈風』『轟雷』といった単語は喪失しており、モウカ、レップウ、ゴウライという音だけでは、情景がイメージできずに詠唱を失敗するらしい。

 司書の爺様もC級の魔力を持った魔術師だったが、俺が考えた短縮呪文では魔法は発動できなかった。


 今のところ、これらの短縮呪文は俺のオリジナルで、魔力が低い俺が持つ数少ないアドバンテージだった。



 そんな事を復習するうちに、授業の座学も終わりを迎える。発動を早くする早口詠唱と、威力を増すゆっくり詠唱を使い分けるのが肝要と締めくくっていた。




 昼休みになり、一気に逃げようと出入り口を見ると、既にアイラがスタンバイしている。

 ニコルソンに話したことで、彼女がメンドーサ子爵のメイドである事は伝わっているので、E級の生徒はそのドアには近づかないようにしていた。

 昨日は逃げようとしたが、一瞬で回り込まれ捕まった。小柄な少女だが、身体能力はかなり高い。俺を持ち上げ、それなりに距離のある貴族用の食堂まで運んだのだ。


「大人しくついていくしかないな」

「お嬢様がお待ちです」

「あいよ」


 アイラに促されるまま、廊下へと出て貴族用の食堂へと向かった。




「しかし、アイラって凄いよな。俊敏だし、力も強いし……魔力もそれなりにあるよな」

「はい、かろうじてC級の魔力を持っています」


 となると100を越えたところか。俺の25倍だな、ははは。

 俺の胸までもない身長は150cmを下回るだろう。少しだけ肩幅は広い気はするが、小柄な身体に違和感を抱くほどではない。それよりも大きく張り出した柔らかそうな双つの丘に目が吸い寄せられる。

 小さな丸顔で赤毛に近い茶髪。少し巻き毛のようで、短くした髪の先端がくるくるっとカールしていた。

 大きめの鳶色の瞳、少し丸みのある鼻。肉厚でぷっくりとした唇。超絶美少女の隣にいるため目立たないが、アイラもかなりの美少女だった。

 そんな彼女に色々と世話になったかと思うと、どうにも居心地の悪い気分になる。


「あ、アイラは、魔力を身体強化に使ってるんだね」

「魔法の方は得意ではない種族なので」

「種族? 人間じゃないの?」

「はい、ドワーフですから」

「ど、ドワーフ!?」


 俺の驚きにアイラは小首を傾げつつも頷いた。ドワーフといえば、もう一人の記憶から引っ張り出すと、小柄だが筋骨隆々でがっしりとした種族。髭がトレードマークで頑固物。意外と手先は器用で、彫金などの細工物が得意という感じだ。


「髭生えてないじゃん」

「ひ、髭? それは男性だけですよ」

「髭がなくてももっとずんぐりとした感じで丸っこいんじゃ。ドワーフがこんなに可愛いはずがない!」

「それはうちの種族を馬鹿にしてるんですか?」


 そう言いつつも可愛いと言われたことに少し頬を染めている。そんな姿がまた愛らしい。


「と、とにかく、ドワーフ族は魔法を使えないので、筋力を強化するように魔力を使うのが普通なのです」

「ドワーフって鈍重なイメージなんだけど?」

「?? それが何の知識かは知りませんが、筋力を強化してあるので当然、脚力も強いですよ。だから、逃げようとは思わない事です」


 確かに教室の出入り口から出入り口までを、瞬間移動したかのように待ち構えていた。そのスピード、そして俺を受け止めてビクともしなかった体幹、筋力を相手に逃亡する事はできないだろう。

 俺はとりあえずアイラには逆らわないでおこうと心に刻んだ。

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