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目的のモノ

「大丈夫ですかっ、レントさん!」

「ああ、問題ない」


 ワーラビットの鋭い蹴りは、身代わりとして用意した泥人形が受けてくれていた。俺自身は全く怪我をしていない。

 相手を足止めする「泥の沼」を応用して作成した「泥人形」は、相手の足を止める泥を人間の形に固めただけの魔法だ。ゴーレムを精製する魔法と違って、それ自体に動く能力がない。

 なので早めに作ってしまうと泥の塊だとモロにバレるし、相手の動きに合わせて詠唱していたのでは間に合わない。発動ワードだけで起動できる魔法陣ならではの魔法と言えた。

 機動力が武器のワーラビットも、攻撃の瞬間は身体に接触してくる。そこを捕らえることができれば、後は簡単だった。


「しかし、草食獣でこんなに強いと、肉食獣はどれくらいなのか……」

「見えなくなるくらい速いのは、ワーラビットくらいですが、やっぱりワーウルフやワータイガーは一撃が凄いです」


 カマイタチも防戦一方で、合間にカガミが魔法を撃ち込んで何とか撃退したり、逃れたりしたそうだ。


「そういう意味では、牛は草食獣のはずなんだがなぁ」

「ミノタウロスは別格ですね」


 筋骨隆々の大男が両手で構えた大斧を振り回してくるミノタウロス。その頭部は牛なのだが、凶暴なのだ。まあ、闘牛の様子を見れば、興奮した牛の怖さは想像できるが。

 そんなミノタウロスのドロップ品が牛肉というのは、何とも言い難いものがあるが、それが必要なら仕方ない。


「何か赤い布切れで気を引くような事ができないかな」

「何ですかそれ?」


 どうやらカガミは闘牛を知らないらしい。というか、この世界の知識じゃないか。牛の突進を避けながら、細身のサーベルを何本も突き立てる事で勝利する競技……でいいのか。

 実際、ミノタウロスとの戦闘で相手の怪力に張り合っても勝てそうにはないから、ヒット&アウェイが基本戦略になりそうだ。闘牛をヒントに戦ってみるか。




「そんな風に考えている時期がありました」

「ブモ?」


 唐突な呟きにミノタウロスは小首を傾げる。しかし、その充血した瞳は俺を見据えて隙などは見せない。

 ワーラビットとの一戦から、さほど時間がかからずミノタウロスと遭遇していた。フロアボスという訳でもないミノタウロスは、10階を徘徊しているらしい。

 牛頭の魔物は、獣ではなく人知を備えている。無用な突進はしてこないし、こちらが回り込もうとすると大斧を横薙ぎにこちらの進路を妨害してくる。

 周囲の石壁は振り回された大斧の一撃に、あちこちが削られ、砕けていく。しかし、大斧の勢いは衰える事を知らない。

 大斧が僅かにかすめただけでカマイタチは大きく弾き飛ばされ、壁へと叩きつけられてしまった。命に別状はないものの戦線復帰は難しそうだ。

 カガミは遠距離で支援の体勢を取ってくれてはいるが、多少の魔法ではミノタウロスはひるまないし、傷つかない。

 筋骨隆々だが、鎧の類は着ておらず、筋肉こそ至上の鎧と言わんばかりのミノタウロスは、魔法に対してもそれなりの耐性を見せていた。


「真っ向から戦うしか無いってことかなっ」


 しっかりと踏ん張って、両手でフレイルを振るう。ただミノタウロスの得物は、両手で持つ大斧。フレイルの柄を大斧で防がれると、先端の鉄球は相手に届かず空を切る。変に当たると、大斧に鎖が絡まり力比べをさせられそうになる事もあった。そうなればあっさりと武器を奪われてしまうだろう。

 救いとなるのは機敏さの面ではレントに分がある。ただあくまで追撃を避けられる程度で、裏に回り込むなんてことは許してくれない。相手の大斧は大振りではあるが、その凄まじい筋力に支えられて切っ先の速度は鋭く、途中で更に加速する。


「死中に活あり」


 長柄の武器を扱うミノタウロス、その活路となるのはやはり至近距離での攻防だろう。武器をハンドアックスとダガーに持ち替え、至近距離へと詰め寄る。大振りの大斧の懐に飛び込むのはさほど難しくは無かったが、その柄を使ってこちらの攻撃は巧みに防がれた。たまに一撃が入ったとしても、小振りな武器では筋肉の鎧に食い込むことはなく、薄皮一枚を切るのがせいぜい。

 大斧の攻撃をほぼ気にしなくて良いというのは、それなりのアドバンテージなのだが、たまに繰り出してくる蹴りも侮る事はできない。

 互いに決め手を欠いたまま、しばらくの攻防が続いた。



「ブモォォォォ!」


 先にしびれを切らしたのはミノタウロスの方だった。至近距離での咆哮は、物理的圧迫感を伴って押し寄せてくる。その音圧に一瞬、動きが止まりそうになる。


「静けさをもたらす風の精よ、彼の者の口を塞げ。消音サイレントヴォイス!」


 カガミからの援護魔法で完全には消音されなかったが、押しつぶされるような音波の重圧から解放されバックステップ。

 咆哮と共に放たれた突進をまともに食らうのは避けられた。それでも筋肉だるまのぶちかまし、大きく弾き飛ばされ、石壁に叩きつけられるのは免れなかった。


「レントさん!」

「ぐっ、か、カガミ、助かったよ」


 駆け寄ろうとするカガミを手で制しつつ、ミノタウロスの追撃を牽制するため、すぐさま立ち上がって武器を構える。正直、背中から壁にぶつかって、呼吸すらまともにできないが、弱みを見せるのは命取りだ。


「ブフゥ〜」


 それを見抜いているのか、ミノタウロスは余裕の鼻息を漏らしていた。

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