第1話 貧乏令嬢、軍神伯爵に嫁ぐ
「お父様、お母様、食べられる野草を発見しましたわっ!」
バンッ! と部屋の扉を開け、グローリアは勢いよく部屋の中へ入った。
「ちょっと苦味はありますけれど、煮ても焼いても食べられますわ! お腹を壊さないか実験も済んでいますから、安心してお二人も食べてくださいまし!」
グローリアが右手に持つカゴには、緑色の野草が大量に入っている。
そして、彼女が身に纏う服の裾には土や泥が大量に付着していた。
――グローリア・フランシス。
ピンク色の髪と水色の瞳、愛らしい顔立ちをした18歳の彼女は、フランシス子爵家の長女である。
「この野草、最近、よく近くの森に生えていますの。苦味があって食用ではないと思っていましたけれど、加熱すればきっと大丈夫ですわ」
にこっ、とグローリアは笑った。
しかし、両親の返事はない。
「どうかしましたの? 先日見つけたキノコと合わせたら、一週間の献立も作れますわよ?」
貴族の令嬢といえば、綺麗なドレスを着て一日を過ごし、使用人が用意した温かく美味しい食事を食べて暮らす……という一般的なイメージは、グローリアには当てはまらない。
なぜなら、フランシス子爵家がとんでもなく貧乏だからである。
財政は常に赤字。数年前から使用人すらおらず、病弱な母に代わってグローリアが家事を行っている。
満足に食材も買えず野草に手を出す始末だが、グローリアは楽しく日々を過ごしている。
(だって、落ち込んでいてもお腹が満たされるわけじゃないもの。時間の無駄よ!)
そのため、今日も今日とて無料で食べられる食材探しに勤しみ、その成果を両親に報告にきたのだ。
「……グローリア。今日は君に、大切な話があるんだ」
深刻そうな表情で父が口を開く。すると、父の隣で母が泣き始めた。
「グローリアに、グラッドストン伯爵から結婚の申し込みがあった」
「グラッドストン伯爵!? とんっっっでもない玉の輿じゃありませんか、お父様っ!」
父の表情とは対照的に、グローリアは瞳を輝かせた。
グラッドストン伯爵家といえば、建国から続く名門の家系。しかも、現在の当主は国王陛下からの覚えもめでたく、第一騎士隊の隊長を務めている。
フランシス子爵家のような貴族の最下層が縁談を望める相手ではない。
(玉の輿に乗れたら、お母様がもっといい治療を受けられるかもしれないし、弟の教育費だってもらえるかもしれないわ……!)
「……グローリア。グラッドストン伯爵の噂を知らないわけじゃないだろう?」
「もちろん知っていますわ。ブラッドリー・グラッドストン伯爵。返り血で赤く染まった軍神伯爵、ですわよね?」
返り血を浴び続けたせいで髪が真っ赤になった、という噂のある彼は、苛烈な戦い方をすることで有名だ。
彼の名は恐怖の対象として広く知られている。
「でも、伯爵は罪人でもなんでもありませんわ。軍人ですもの。伯爵が民間人に手を出した、なんて事件はありませんよね?」
「……それは、そうだが」
貴族の娘として、政略結婚する覚悟はできている。
家のため、金のためなら、金持ちの老人と結婚する覚悟だってあった。
(伯爵は確か23歳で、年齢は5歳しか変わらない。しかも、お金だけじゃなくて、家柄も完璧……)
「こんないい縁談はありませんわよ。ところで、どうしてわたくしが選ばれましたの? もしかして、わたくしの可愛さに一目惚れした、とかかしら?」
くるんっ、とその場で一回転し、グローリアはにっこりと笑ってみせた。
見た目に関しては昔から自信がある。この美貌を使って、どうにか玉の輿に乗ろうと考えていたのだ。
「……他、全ての家に断られたそうだ」
「へっ?」
「誰もが、軍神伯爵と恐れられるグラッドストン伯爵との結婚を拒んだ。そこで、我が家のような貧乏子爵家にも話がきたんだ」
父が話し終えると、泣いていた母が叫んだ。
「やっぱり断るべきよ! 大事なグローリアを悪魔のような男性に嫁がせるなんて……げほっ!」
大声を出したからか、母が派手に咳き込む。慌てて父が母の背中をさすった。
「いいえ、お母様。この縁談、わたくしは受けますわ」
「……グローリア」
「玉の輿に乗って、お母様の治療費もたっぷりもらいます。ですから、絶対に元気になってくださいね」
母に近寄り、ぎゅっと抱き締める。年々細くなっていく母を見るのは辛かった。
でも、そんな生活も、もう終わりだ。
「ぜーんぶ、この、グローリア・フランシスにお任せあれ、お母様!」
◆
――というのが、約一ヶ月前の話。
馬車に乗って、グローリアはグラッドストン伯爵家へ向かっていた。
(結婚準備金だけで、一年以上は軽く生活できそうな額をもらえるなんて……)
結婚を了承する返事を出した直後、グラッドストン伯爵家から大金が届いた。
そのおかげで母は、有名な医者の治療を受けられるようになったのだ。
どれほど恐ろしい男であろうと、醜い男であろうと、性格が悪かろうと、既にグラッドストン伯爵はグローリアにとって恩人である。
(嫁ぐからには、グラッドストン伯爵家に役立つ妻になってみせるわ!)
決意を込めて、グローリアは強く頷いたのだった。
◆
馬車が屋敷の前で止まった。馬車を開けてくれたのは白髪の紳士だ。
おそらく、グラッドストン伯爵家の執事だろう。
「ブラッドリー様は客間でお待ちです」
「ありがとうございますわ」
執事の案内に従って敷地内を進む。フランシス子爵家とは比較にならないほど立派な家に見惚れながら、かなりの距離を歩いて客間に到着した。
「ブラッドリー様。グローリア様がまいられました」
執事が扉をゆっくりと開ける。
夫になる人に会うのだと思うと、緊張で身体がかたくなってしまう。
扉が完全に開くと、椅子に座っていた赤髪の男がゆっくりと立ち上がった。
そして、冷ややかな眼差しでグローリアを見つめる。
噂通り、血で染め上げたかのように真っ赤な髪。光り輝く銀色の瞳。
キリっとした釣り目に、シュッとした鼻筋。
冷たい印象のある顔だが、なにより整った顔立ちをしている。
「グローリア、か」
足音を立てながら、ブラッドリーが近づいてくる。
ずいぶんと背が高く、見上げなければ会話をするのも難しい身長差だった。
「初めに言っておく。俺は、お前に興味など微塵もない。お前を愛するつもりもない」
耳に響く低い声だった。
「……ブラッドリー様」
「文句があるのか? なら出ていけばいい」
「絶対に出ていきませんわ! だって……」
ブラッドリーがわずかに首を傾げる。その瞬間、グローリアは叫び出したくなった。
(この角度、めちゃくちゃ格好良すぎる……っ!)
「わたくし、たった今、ブラッドリー様に一目惚れしましたものっ!」
「は?」
「ああっ、なんて格好いいのかしら……っ!」
どこか影のあるミステリアスな雰囲気、きつそうに見えるが整った顔、そして男らしい低い声。
全てが、グローリアの好みど真ん中だったのだ。
(どんな殿方でも、愛せるように頑張ろうとは思っていたけれど……)
「ブラッドリー様と結婚できるなんて、わたくし最高に幸せですわ!」
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