1話目 ようこそCoNへ
黒装束に白い翁の面を付けた男は寝そべり、仰向けで天井を見上げていた。
何度見上げたか分からない、古びた木の天井のグラフィック。
「……やるか」
そこから頭頂部側に拳を突き出し、角度は45度、外側に。バンザイのような形を取る。
――ガキィン!
システムがコマンドを感知した瞬間、腕が異常な角度で伸び、トレーニングダミーの腹部へと突き刺さってその体を浮かせる。
俺はその隙を逃さず、寝そべった体勢から『ブリッジ歩き』へと移行した。
カサカサカサ、と蜘蛛のように高速で近づき、瞬時に体を反転させて両足で相手を蹴りつける。
そしてコンボの締め――あえて相手に背を向け、自らの腹ごと、刀で相手を後ろ向きに突き刺した。
瞬間。
「痛ってぇ!」
腹部に刺すような痛みの激しい電撃が走る。
自らの痛み(自傷)で終わるこのコンボは、このゲームにおいてかなりの高火力を誇る。しかし、全くと言っていいほど他のプレイヤーには使われていない。
理由はいたって単純、痛すぎるのだ。
この究極のVRゲームには痛覚リンクも実装されている。そして、その機能をONにしないとこのキャラは使用できない。相当悪趣味な開発陣がいるのだろう、あるいは居酒屋でノリで考えたかのどちらかだ。
最初にこのキャラを見つけたときは運命だと思った。
痛みを伴う上に、操作も一番シビア。
極めつけは、痛覚リンクを完全に同期するための専用『全身装着具』だ。これは下手すると、土地ごと家が買えるほどのイカれた値段だった。
しかし、そこまでの障害があってこそ、俺の逆張り魂に火が付いた。
倍率の怪しい限定抽選に片っ端から応募し、それと並行して、会社で毎日仕事と昼夜を共にして故郷の青い海を思い出す余裕もないまま、文字通り血反吐を吐きながら金を稼いだ。
その甲斐あって、幸運にも抽選で全身装着具を手に入れ、死ぬほど稼いだ貯金もできた。
だから俺は仕事を辞めた。
人生のすべてをドロップアウトし、ただ『景清』を極める事だけに、俺のすべてを専念したのだ。
そして俺は――『CoN』世界ランク1位を獲得した。
世界で唯一無二の称号、【変芸百般】という栄誉と共に。
その栄光の瞬間、大会会場は恐ろしいほど冷え切っていた。
ネタキャラとすらも弄られないような、ガチで関わってはいけないタイプのキャラが、画面にデカデカと表示された【Victory】の文字の後ろで、くねくねと不気味に勝利の舞を踊っているのだ。
――冷えない方がおかしい。
そんなことがあった今でも、俺は『景清』と共にいる。
というか、人生を賭けすぎて、もう引けない領域まで来ているのだ。
「そろそろアプデか」
『CoN』始まって以来の超大型アップデートのカウントダウンが、視界の右上で着々と進んでいる。
サーバーメンテナンス開始まで、残り数秒。
「このログアウトさせられる瞬間、苦手なんだよな……」
そう呟き、俺はそっと目を瞑る。
一気に現実へと追い出される感覚。
これだけはずっと慣れることのない、独特の不快感が付きまとう。
また、あの味気のない現実を直視させられるのだ。
……。
…………。
……おかしい。
もう、1分近くは目を瞑っているはずだ。
思わず目を開ける。しかしそこにはいつもと変わらないトレーニングルームが広がっている。踏み抜けそうな木の床に天井。
――そして、古い木の匂いまで。
「……は? 匂い?」
思わず大きく息を吸う。確かに感じる古い木と埃の匂い。
「これが...大型アプデ?なわけないよな?匂いまで感じるデバイスなんて存在しないだろ…」
と、そこまで呟き、自分の声に違和感を感じる。
聞き慣れているが、自分の声ではない。
人生を捧げて極めた、あいつの声だ。
「まさか…」
全身を見回す、見慣れている黒装束。
顔を触る、本来は感じるはずのない翁の面の感触。
「ははは…まさか…転生ってやつ?」
日本生まれ、沖縄育ち、元サラリーマン上原 一明。
天下の大義賊景清に転生す。




