59話
――十二月三十一日。
大晦日の昼下がりに、私はショッピングモールの特設ステージに立っていた。
「みんなー! こんにちはーっ!! 今日は来てくれてありがとーっ!」
マイクを握って、精一杯の声を張り上げる。
「今年最後のヒーローショー! 最後まで元気に応援してくれるかなー!?」
「「「はーいっ!!」」」
子供たちの元気な返事が、モールの吹き抜けに響き渡った。
……よし、いい反応だ。
私は笑顔のまま、次の進行へと繋いでいく。
今日の仕事は、狩猟戦隊ハントレンジャーのショーのMC。
ステラとは別作品、別の劇団が担当している現場だけれど、私は何度かMCとして呼んでもらっている。
……そして、今日ばかりは……この仕事で本当に助かったと、しみじみ思っていた。
(……右手、隠せるしね)
長袖の衣装の下、右手首にはまだテーピングが巻かれている。
昨日ほどの熱は引いたけれど、握ったり捻ったりすれば、じんと痛む。
でも——マイクを持つだけなら、ほとんど問題ない。指で軽く支えて、腕全体で持ち上げれば良いのだから。
手首さえ動かさなければ、痛みはほとんど出ない。
(横井さんに感謝だなぁ)
彼女が「明日はMCなんでしょ? ならまだマシね」と言っていたのを思い出す。
……本当に、その通りだった。
昨日の公演の後。
控室で、私は横井さんと檜山さんに、それこそ羽交い締めにされる勢いで説得された。
「病院!! 絶対に病院ッ!!」
「年末で開いてるところ、調べてあるから!」
「え、もう調べてくれたんですか!?」
「当たり前でしょ!」
……結局、私はその足で近くの整形外科へ連れて行かれた。
診断は——手首の捻挫。
骨には異常なし。靭帯も、大きく損傷しているわけではないらしい。
『まあ、無理しなければ二週間くらいで良くなると思いますよ』
お医者さんは、レントゲンを見ながらそう言った。
『ただし、無理しなければ、ですよ。お仕事柄そうはいかないかもしれませんが、気遣ってあげてくださいね』
念を押すように、もう一度。
……その言葉が、今も頭に残っている。
(二週間……か)
ファイナルイベントまでは、まだ日がある。まだ日があるとは言え……油断する余裕があるわけじゃない。
年明けには合同の稽古もあるし、会場でのリハーサルもある。
……今は、とにかく治すことが最優先だ。
「それじゃあみんな! 大きな声で、ハントレンジャーのみんなを呼んでみよう!」
左手を中心にマイクを支え、右手は添えるだけにして客席を煽る。
「せーのっ!」
「「「ハントレンジャーっ!!」」」
子供たちの声に合わせて、音楽が鳴り響く。
ステージの奥から、五人のヒーローが飛び出してきた。
……さすが、ベテラン揃いの現場だ。動きにキレがある。
特にレッド役の石井さんは、この道二十年以上の大先輩。
その一挙手一投足に、子供たちが釘付けになっている。
(……かっこいいなぁ)
MCをしながらも、ついつい見入ってしまう。
こういう時、私はやっぱり舞台の上が好きなんだなぁと、改めて実感していた。
マイクを持つのも、スーツの中にいるのも。どちらも大好きな仕事だ。
ショーは、滞りなく進んでいく。
怪人が現れ、ヒーローたちが戦い、子供たちが応援する。
その合間に、私は場を繋ぐ。
「みんな、もっと大きな声で応援してあげて!」
「「「がんばれー!!」」」
「そうそう! その調子! がんばれーっ!」
声を張り続けていると、喉が少しずつ乾いてくる。
……この時期は乾燥が本当に厳しい。合間に水分を取りながら、喉を労わる。
(……身体が資本、だもんね)
右手首も、喉も。……ううん、身体全身を大切にしないといけない。
……昨日、身に染みて分かったことだ。
(やっぱり人間痛い目にあわなきゃ、無理しちゃうんだろうなぁ)
ヒーロー達の気合いの入った殺陣を眺めながら、そんな事をぼんやりと考えていた。
* * *
ショーが終わり、恒例の写真撮影会。
子供たちがヒーローたちと並んで、記念写真を撮っていく。
私はその進行をしながら、列を捌いていった。
「はい、次の方どうぞー! 保護者の方はこちらから! いっぱいお写真撮ってあげて下さいね!」
一組、また一組。
笑顔で写真を撮って、ヒーロー達と握手をして嬉しそうに帰っていく。
……この光景を見るのが、好きだ。
自分がスーツの中にいる時とは、また違う喜び。
でも、根っこは同じだと思う。
誰かの、楽しい時間を作ること。
それが——私の仕事だから。
全ての撮影が終わり、お客さんが捌けた後。
一度控室に戻った私へレッド役の石井さんが、マスクを外しながら声をかけてきた。
「おっ! 星野さん、お疲れ様ー!」
「お疲れ様です! 今日もかっこよかったです!!」
「はは、ありがとう。星野さんのMCも良かったよ。よく声出てた」
「ありがとうございます!」
石井さんはタオルで汗を拭きながらも、ふと私の右手首へと視線を向けた。
「……手、どうかしたの?」
「え?」
「痛めてるでしょ。そんな動きしてたよ」
(……っ、気付かれてた)
さすが……ベテランだ。こういう人は、本当によく見ている。
「……ちょっと、捻っちゃって」
「あー、そっか。無理しないようにね?」
「……はい」
「まあ、星野さんならちゃんとするだろうけど」
そう言って、石井さんは笑った。
「年明けも大きい仕事あるんでしょ?」
「……っ、はい! そうなんです」
「頑張ってね。ステラのブレイブ、やってるんでしょ? 夏休みに甥っ子連れて見に行ったんだ」
「そ、そうだったんですか……!」
「うん。……いいブレイブだったよ。……なんて、ちゃんとアニメ見てないからあれだけどさ」
……この道の大先輩から、そんな言葉をもらえるなんて。
その一言に胸の奥がかぁっと熱くなり、自然と顔が赤くなってしまう。
「だからこそ、身体は大事にな」
「……はい! ありがとうございます!」
私は深く頭を下げ、しっかりと笑みを見せた。
* * *
「お先に失礼します! お疲れ様でした!!」
現場を後にして、駅へと向かう。
大晦日の街は、どこか落ち着いた空気に包まれていた。
店じまいを始める商店。
仕事を終えて家路を急ぐ人々。
年越しに向けて、たくさんの買い物袋をぶら下げて歩く家族連れ。
もう今年も終わるんだなぁと、どこか他人事のように考えながら、人々の流れに乗って道を歩き続ける。
歩きながら、右手首をそっと押さえる。
やっぱりまだ痛い。でも今年はもうこれで終わりだ。
あとは、身体を休めて治すだけ。
(……頑張ったね、私)
自分で自分を少しだけ褒めてみる。……ちょっぴり嬉しいかもしれない。
やれることは全部やりきった。怪我という大きなアクシデントもあったけど……皆のおかげで何とか乗り越えることができた。
思い返してみれば、今年の後半は息をつく暇もないくらい色々なことがあった。
ベルとして、凛と一緒に舞台に立ったこと。
ブレイブとして、たくさんの子供たちとハイタッチを交わしたこと。
陽向君が、自分の大切な秘密を話してくれたこと。
そして私は、まだ自分の秘密を話せないままでいること。
……本当に、色々あったなぁ。
でも、不思議と嫌な一年だったとは思わなかった。
苦しかったこともある。
怖かったこともある。
逃げてしまったこともある。
それでも、舞台に立てた。
誰かに気持ちを届けることができた。
一緒に支えてくれる心強い仲間たちがいた。
それだけで、十分すぎるくらいだった。
(来年は……ファイナル、か)
ブレイブとして立つ、最後の大きな舞台。
その日までに、この手首を治さなきゃいけない。
ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、ちゃんと休んで。
当たり前のことを、当たり前にやる。
それもきっと、仕事のうちだから。
ようやく人混みの向こう側に駅の入口が見えてくる。
無意識のうちに大きく吐いた息が、マスクの隙間から白くほどけていく。
さぁ、今年の私の仕事はこれでおしまいだ。
そう思うと、少しだけ肩の力が抜けた。
(いやいや。家に帰るまでがお仕事です。……なんてね)
ふっと密かに浮かべた笑みを飲み込んで、改札へ向かって歩いていった。




