14話
道の駅を出発して、再び山道を走り出す。
奈央のテンションはわさびソフトですっかり復活していて、後部座席でまた由美と騒いでいた。
カーブをいくつも抜けて、トンネルを通り過ぎて。
山道から急に開けた川沿いの街並みを進み、そして——視界がひらけた。
「……あ」
最初に気付いたのは、私だった。
川の終わりの先に、どこまでも広がる青が見えた。夏のどこまでも青い空とも違う、太陽の光がキラキラと反射する深い青。
「海、見えたよ」
「えっ!? どこどこ!?」
奈央が身を乗り出す。
赤信号が青に変わり、走り出すとまもなく目の前いっぱいにオーシャンビューが広がった。
「「おぉ~!!!」」
後部座席の二人の声が重なった。
打ち寄せる波打ち際の白。都心では絶対に見られない、透き通った青。
「綺麗……!!」
「やばい!! めっちゃ綺麗!!」
助手席の凛も、窓の外をじっと見ていた。
いつもの静かな横顔が、少しだけほどけている。
「……来て良かった」
ぽつりと、凛が言った。
たった一言だったけど、それが今日の凛の一番素直な言葉だった気がした。
「でしょー!? 私のチョイス完璧でしょ!?」
「伊豆って言ったの私ー!」
「あは、由美も最高ー!!」
わいわいと騒ぐ声を聞きながらも、私はしっかりとハンドルを握り、よそ見せず海沿いの道を走り続ける。
窓を少し開けると、潮の匂いがした。
* * *
海沿いの道を走り続ける事、数十分。ようやく今回の旅のゴールへと辿り着いた。
予約していたコテージは、海から歩いて十分ほどの小高い丘にある。
決して豪華ではない。木造のこぢんまりとした建物。
ベランダ直結のウッドデッキがあって、そこでBBQができるようになっている。
「うわー! いいじゃん!! 思ったより全然良いよ!!」
奈央が真っ先に駆け込んでいく。
中は、リビングと和室が一間ずつ。4人で寝るには充分な広さだった。
「部屋割りどうする?」
「全員同じ部屋でいいでしょ。せっかくだし」
「だね! 雑魚寝しよ!!」
荷物を運び終わった由美が窓を開けた。
熱を含んだ潮風が、部屋を通り抜けていく。
「最高じゃん、ここ」
私も、思わず頷いた。
慌ただしかった夏の中で、ふっと時間が緩む感覚があった。
「さーて!! 荷物置いたら、まずは何するぅ!?」
奈央が振り返って、目を輝かせた。
「やっぱり海でしょ!!」
「だよね~っ!!」
このまま放っておいたら海に駆けていきそうな二人に飲まれないよう、私はわざとらしく咳払いをしてから時計を指差した。
「その前にお昼でしょ? 食べなきゃ溺れるよ」
「理子に賛成」
「う……確かに。じゃあ海行きながらどこかで食べよう~!!」
荷物を置いて、勢いのまま無計画に外へ繰り出した私達は、たまたま行き着いた海沿いの食堂で、遅めの昼食を取る事にした。
一番の人気メニューと書かれていた海鮮丼は、地元で獲れた魚の新鮮なネタが山のように乗っていて、想像以上に豪華だった。
「うっま!! なにこれ、東京で食べたら絶対倍の値段するよ!!」
「ほんとだ……! 身がぷりぷり!」
奈央が頬張りながら興奮し、由美も目を丸くしている。
凛は黙々と食べていたけれど、その箸の進み方が満足度を物語っていた。
私もマグロの赤身を一口食べて、思わず頷く。
噛めばすぐに身がほどけて、じわっとマグロの旨味が口内を飛び回り、薬味で乗せたワサビの爽やかな風味が鼻をツンと抜けていく。
……旅先で食べるご飯って、どうしてこんなに美味しいんだろう。
「リコリンー、視線ちょうだいー!」
「ん!?」
シャッター音が鳴り、不意を打たれた私はおそらく変な顔をしていた……と思う。
ハッと凛へ視線を送れば、ばっちりクールな顔でピースサインを取る余裕すら見せていて、その差は歴然。
「ぷふっ……ちょっ……理子……!」
「どれどれー? ッ……!!
「ちょ、ちょっと!! リテイク!! リテイクを要求する!!」
「えー? 理子可愛いよー? ふくくくっ!」
「こらぁーっ!!」
散々写真でひと騒ぎした後、しっかりとお腹を満たした私達は、いよいよ海へと向かった。
* * *
白くサラサラした砂浜が広がり、その先で波が穏やかに寄せては返している。
平日ではあるものの、夏休み期間という最高のシーズンが訪れている今、砂浜には色取り取りのパラソルの花が咲いていた。
「うわぁぁぁ!! 海ーっ!!」
「待って奈央! 日焼け止め塗ってから!!」
今にも海へ飛び込んでいきそうな奈央を由美が引き止める。
二人がきゃあきゃあと日焼け止めを塗り合っている横で、私と凛は黙々とレンタルしてきたパラソルを立て始めた。
出来た日陰にレジャーシートを広げ、風でシートが飛ばないように四隅に荷物を置く。
「ここを安全地帯とする!」
「ふふ……だね」
凛がラッシュガードの上に、さらに薄手の上着を羽織りながら、淡々と頷いた。
日焼けは仕事に響く為、こうして長袖で防御しなければならない。
分かってはいたけど、折角海まで来たのに二人並んで日陰にじっと座っていると、なんだか少しだけおかしかった。
「じゃあ、いってきまーす!!」
「ほんとにいいのー? 海綺麗だよー??」
「うん、大丈夫。 二人共気を付けてね」
準備を終えた奈央と由美が、歓声を上げて海へ走っていく。
水しぶきを上げて二人が波の中ではしゃいでいる姿を、私と凛はパラソルの下から眺めていた。
「……元気だねぇ」
「ねー。わたしゃもう若くないよ」
「凛おばあちゃん」
「何だい理子ばあさんや」
「……」
「……」
「「ふふっ」」
しばらく二人とも黙って、海を見ていた。
波の音と、はしゃぐ人々の笑い声。
時々海から吹き抜ける風は心地良く、深呼吸する度に潮の香りが肺を満たしていく。
普段では考えられないくらい、穏やかな時間だった。
「……理子」
「ん?」
「今日、ありがとね」
凛が、海を見たまま言った。
「誕生日、こんな風に旅行で祝ってもらえると思ってなかったから」
「あはは……奈央と由美が張り切ってたからね」
「うん。でも」
凛が、少しだけこちらを見た。
「理子がスケジュール空けてくれたの、嬉しかった。……忙しいの、知ってたからさ」
「別に、無理してないよ。私もみんなと来たかったから来ただけだよ」
半分だけ、本当。
もう半分は、凛の誕生日祝いを去年しっかり出来なかった贖罪の気持ちもあった。
凛はそれを聞いて、ふっと笑った。
いつもより少しだけ、柔らかくて、嬉しそうな笑顔だった。
「……そっか」
それだけ言って、また海に視線を戻す。
私もつられて海へと視線を向けると……海の中から奈央と由美が大きく手を振っているのが見えた。
「理子ぉーっ! 凛ーっ! やっぱりこっちおいでよー!!」
「海、すっごい気持ちいいよーっ!!」
思わず凛と顔を見合わせ、ふにゃっと笑い合った。
せっかく海に来たんだから。と、お互い本当は心の底で思っていたみたいだ。
「ね、凛。……足だけならいいかなって」
「ん……だね。さすがに裸足の役はないし」
立ち上がって靴下を脱ぐと、それだけでちょっぴり解放感を感じる。
シートから砂浜へ踏み出す初めの一歩はそっと。
足の裏に触れる粒の小さな砂はさらさらして温かくて。踏み出した足に重心が動くと、それだけで足の甲まで砂がふんわりと転がって来る。
「わ……なんだろ、この砂浜気持ち良いかも」
足の指の間まですっぽりと砂で埋まる感覚が心地良くて、つい駆け出したくなってしまう。
これは、はしゃいでいた奈央を笑えないな。と小さく苦笑して、凛の手を取った。
「いこう! 凛!」
「……うん!」
ちょっぴり、はしゃいでしまってもいいや。
だって……夏だもの。
「奈央ーっ! 由美ーっ!」
凛の手を引きながら、奈央達へ手を振りながら、私達は白く輝く砂浜を走っていった。




